事件から数日後、凛は零子と共に聖居に顔を出していた。彼等の目の前には豪奢なドレスや高級そうなスーツを着込んだ紳士淑女が卓を囲んでひしめいている。
凛と零子は彼等から少し離れ、壁に背を預けた状態で零子はワインを、凛はオレンジジュースを飲んでいた。
二人の装いのうち、零子は真紅を基調とし肩が全て見え、その豊満な胸が強調されるように胸元がバックリと開いたドレスに身を包んでおり、普段黒を好んでいる彼女と比べると少々違ったいでたちだ。
凛はいつもの様に黒いスーツに、下は黒いワイシャツ、更にネクタイさえも黒い全身黒ずくめの格好だった。
「それにしても、蓮太郎君の叙勲式なのになんで僕たちまで呼ばれたんですかね」
「さぁね。というか面倒くさいから早く終わりにして欲しいのだけど」
肩を竦める零子はやれやれと言った様子だ。凛の方もオレンジジュースを口に運びながら本日の主賓が現れるのを待つ。
すると、入り口の扉が開きそこから真っ白なフォーマルスーツを着込んだ蓮太郎が現れた。その蓮太郎の姿を見ながら零子が呟いた。
「蓮太郎くん、白いスーツ似合わないわね……後で菫に話しておこうかしら」
零子は悪戯っぽい笑みを浮かべながら蓮太郎を見つめていた。零子の行動に苦笑いを浮かべつつも、凛も蓮太郎の姿を見やるが、これもまた口元を押さえて笑ってしまった。
……ゴメン、蓮太郎くん。零子さんの言うとおり白スーツが似合ってない。決して君を蔑むつもりではないんだ。
心の中で謝罪しながら凛は軽く咳払いをすると蓮太郎と玉座に座っている聖天子を見やる。既に数回言葉が交わされているようで、彼らは互いに視線を交わしている。
彼女は玉座に座したまま蓮太郎に薄く微笑みながら凛とした声音で問う。
「里見さん、貴方はこれからも東京エリア存続のため尽力してくださいますか?」
「はい。必ず」
蓮太郎は床に跪き聖天子に返答する。それを見た零子が小さく肩を竦めた。
「あら、今日は随分とおとなしいのね蓮太郎くん。天童社長にああいう風にしろっていわれたのかしらね」
「多分そうかもしれませんね。そう言っておかないと蓮太郎くんの性格からして聖天子様に突っかかりそうな感じがしますし」
「まぁ確かにそうね。こんなところで突っかかったりすれば不敬罪で処罰されかねないし」
肩を竦めワインを口に含む零子はクスクスと笑っていた。すると、先程よりも大きな声で聖天子が蓮太郎に告げる。
「里見さん、貴方の今回の功績、ゾディアック『
途端、会場が歓声と拍手に包まれた。皆が喜びを露にする中、聖天子は蓮太郎に微笑みかける。同時に彼女は蓮太郎に問うた。
「では、最後に貴方から何かご質問はありますか?」
会場にいた全員が蓮太郎の答えを『いいえ、ありません』と判断していただろう。しかし、蓮太郎の口から飛び出したのは全く逆の言葉だった。
「はい、あります」
彼は跪いたまま聖天子を真っ直ぐに見る。
「……聞きましょう」
「俺は、ケースの中身を見た」
その言葉に会場がどよめいた。恐らく七星の遺産と言う言葉自体を耳にしていないものもいるのだろう。動揺や困惑が入り混じったような空気が流れていた。
それを見ていた凛と零子は「あちゃー」と言った風に顔を押さえ小さく溜息をついた。
「やっちゃいましたね」
「やっちゃったわねぇ……薄々こんな予感はしていたけどまさか本当に言っちゃうとはね。……と言うか結構ピリピリしてきたわね空気が」
零子の言うとおり、会場内には痛いほどに殺気がはびこっていた。質問を聖天子に投げかけることに集中しているため気付いていないようだが、既にそこかしこから殺気が発せられていた。
「どうしますかねぇ?」
「黙ってれば平気よ。それに、彼もそろそろ気が付くんじゃないかしら」
零子がそういうのとほぼ同時に聖天子に掴みかかろうとしていた蓮太郎が止まり、自分が凄まじい殺気に狙われていることに気が付いたのか押し黙った。
しかし、彼は一度深く息をついて己を落ち着かせるような素振りを見せると、義手ではない方の腕で壁に背を預けていた凛を指差した。
「じゃあ、もう一つだけだ。どうして俺の序列は上がってあの人の序列は上がらない!?」
蓮太郎の言葉に聖天子は一瞬顔を曇らせる。
「あの人だって立派な功績を残したはずだ! 第一あの人がいなければ俺はここまで戻ってこれなかったし、レールガンだってまともに撃てなかった!! なのに、どうして凛さんの序列は変動しないんだ!!」
一度自身を落ち着かせたのにもかかわらず、またしても興奮した様子で聖天子に問う蓮太郎であるが、それを見ていた凛はなんとも微妙な表情をしていた。
「僕を巻き込まないでー……。なんかすっごい見られてるしー」
「確かに、不信に思うのも仕方ないといえば仕方ないわよねぇ」
零子も呆れた様子で首を振っているが、凛は小さく溜息をつくと聖天子の眼前まで行くと彼女に対し頭を垂れた。
「恐れながら、聖天子様。発言の許可をいただいてもよろしいでしょうか」
「許可します」
「ありがとうございます。……いいかい蓮太郎くん。僕の序列が変動しないのは聖天子様とIISOが決めたことなんだ。だから、君がいくら騒いでも変わることじゃないんだよ」
凛は立ち上がりながら未だ納得が言っていない様子の蓮太郎に告げる。蓮太郎はそれに歯噛みをすると苛立ち混じりに踵を返し、「失礼します……」とだけ告げるとそのまま大扉から出て行った。
その姿を見送った凛は一度聖天子に深く頭を下げると、卓を囲んでいた会場の皆にも頭を下げた。凛はそのまま、零子がいる壁際まで戻った。
「随分と思い切った行動にでたわねぇ」
「あの場を納めるためにアレしかないと思ったので。それに、あのまま行ったら蓮太郎くん間違いなく聖天子様の胸倉を掴んでましたよ」
「そうなったら東京を救った英雄から一転、聖天子に掴みかかった愚か者ってレッテルを貼られると同時に、すぐさま処刑でしょうね」
鼻で笑いながら首を横に振る零子はいたって冷静だ。凛もまた特に気にした様子はなく場をまとめている聖天子に目を向けた。
そして、それから凡そ五分後、聖天子の言葉により会場に集められた来賓は皆それぞれの帰路についた。
「さて、じゃあ私達も帰りましょうか」
「ですね」
零子に言われ凛も扉から出ようとするが、不意に後ろから聖天子が呼び止めた。
「凛さん。少々お話があります」
彼女は真剣なまなざしで凛を見ており、零子もそれを確認すると「先に行ってるわ」とだけ告げ大扉を外側から閉めた。
会場に残された凛と聖天子は向かいあったまま互いの顔を見つめる。
「それでお話と言うのは?」
「まずその前に先程のお礼から、ありがとうございました凛さん。あの場をうまく納めてくれて」
「いいえ、アレぐらいだったら貴女にも出来ますよ。僕はアレ以上蓮太郎くんを危険な状況に追い込みたくなかっただけなので」
凛は言いながら先程まで蓮太郎に対し、強い殺気を放っていたであろう人物達が隠れていた柱の陰などに目をやる。今は聖天子が控えさせているのか、気配は感じられない。
「では、本題に移ります。凛さん……貴方の序列のことを知っているのは今現在誰まででしょうか」
「社長に社員の二人、母と祖母、聖天子様に菊之丞さん。……あとは社長が勝手に話しちゃったことですが、四賢人の室戸菫さんですかね」
菫の名が出た瞬間聖天子が驚いた表情を浮かべていたが、凛が菫の状態を教えると、納得した様子で頷いた。
すると、聖天子は曇った表情を見せながら口元に手を添えて呟いた。
「……本当を言うとゾディアックが現れたときすぐさま貴方を呼び戻そうと思っていました。しかし、あの時幸運にも天の梯子があったことであの場は里見さんに託すことが出来ました」
「結果的に蓮太郎くんの手によって東京は救われたんですからそれでいいじゃないですか。何を気にすることが?」
「……ですから、もうそろそろ頃合いだと思うのです。貴方を本来の序列に戻す頃合いだと」
聖天子の言葉に凛は顔をを伏せ悲しげな表情を浮かべる。しかし、彼は顔を挙げ聖天子に向き直ると、静かに首を横に振った。
「聖天子様、勝手だとは思うんですがまだもう少しだけ待ってください。せめて夏までは待ってくださいませんか」
「夏まで……ですか。どうし――」
そこまで言いかけたところで、彼女は口元を押さえハッと息を呑んだ。凛はそれに静かに頷くと聖天子に笑いかけた。
「考えを汲んでくれてありがとうございます。……本当にあと少しだけ待ってください」
凛の言葉には覚悟の重みが込められており、聖天子もまたそれに対し深く頷いた。
聖居から出た凛と零子はある場所へと向かった。そこは自分達と同じ民警会社『三ヶ島ロイヤルガーダー』に顔を出していた。
ビルの前には一人の少女と、社長である三ヶ島影似の姿があった。
「遅れて申しわけありません。三ヶ島社長」
「いえ、そこまで待っていませんよ。……では、この娘のことを頼んでもよろしいのでしょうか?」
三ヶ島が言うこの娘と言うのは、彼の隣で考えを読めない表情を浮かべている千寿夏世だ。彼女は相棒である伊熊将監を失い、IISOの施設に送られる予定だったのだが、凛が将監に『夏世を頼む』と言われたことを三ヶ島に話すと、三ヶ島もそれに了承し、夏世は黒崎民間警備会社が預かることとなった。
「勿論ですわ。うちの子がそちらの伊熊将監くんと約束をしていたのですから、これは当たり前と言うことです」
零子が優しげな声で告げると、三ヶ島は深く頷くと二人に頭を下げそそくさとビルへ戻っていった。
後に残された三人の中で、零子が夏世の肩を軽く叩き車に乗るように促した。夏世もそれに素直にうなずくと、車に乗り込んだ。
しかし、零子の車は二人しか乗れないため、夏世は凛のひざの上に乗っている。
「さて、じゃあ行きましょうか」
零子はギアを変速させ車を走らせる。
少し走ったところで信号に引っかかった。そのタイミングを見計らってか、夏世が零子と凛に問う。
「あの……私を預かってくださるのは感謝しているのですが、私のプロモーターはもう決まっているんですか?」
「ええ。すでに決まってるわ。……まぁ目の前にいるんだけどね」
零子はウィンクをしながら夏世に言うと、夏世はその言葉に納得がいったのか零子に聞き返した。
「その言い方からすると……私のプロモーターは貴女ですか、黒崎社長」
「大正解。そう、私が貴女のプロモーターを勤めるわ。あんまり任務なんてしてないから序列はまだまだ全然下だけれどね。確か六万とちょっとぐらいだったかしら」
零子が言い終えると同時に信号が青になり、再び車が走り出す。
「まぁ細かい説明は明日にでもするわ。今日は行くところがあるしね」
夏世はそれに首を傾げるが、凛が夏世の肩を軽く叩いて目の前を指差した。
「あそこだよ」
「……あれは、墓地……ですか?」
「そう、ちょっと御墓参りに行くからね」
墓地に到着した三人は墓地の頂上を目指す。墓地は丘のようになっていて、一番上にはガストレアとの戦いで戦死したプロモーターやイニシエーターの少女達の名が刻まれている石碑がある。
つい先日も蛭子影胤との戦闘の際戦死してしまった民警たちの名が刻まれたばかりだ。
その中には夏世の相棒であった将監の名前もあった。
凛達三人は慰霊碑の前に行くと線香を置いて手を合わせる。ひとしきり目を閉じて祈り終えると、夏世は将監の名前が彫られているところを指でなぞる。
「……民警の死っていうのは随分と簡単に済まされてしまうんですね」
「まぁ……ああいう戦いだと特にね。中には遺体が確認できなくて火葬さえもしてもらえない人もいるし」
凛は悲しげな面持ちで立ち上がると、まだ数本余っている線香を持ちながら慰霊碑から少し下がったところにある小さな墓まで行く。
夏世と零子もそれに続くと、凛は車から出してきた包みを広げた。それはバラニウムで出来たバスターソード。将監の愛刀だったものだ。
袋から開けたバスターソードを凛は小さな墓の隣に突き刺した。
夏世はその意図を理解したのか、墓の前でしゃがみ込んだ。
「此処に将監さんが眠っているんですか?」
「うん。火葬してもらって、特別に此処に眠らせてもらえることになったんだ」
夏世に線香を渡しながら言う凛は自身も持っていた線香を将監の墓に手向ける。
「いつの時代も人の死ほどやるせないものはないわよね……」
眼帯に覆われている右目を抑えた零子も悲しげな表情のまま目の前にある小さな墓を見る。同時に彼女は持ってきた花を将監の墓に手向けると、「先に戻ってるわ」と告げ車に戻っていった。
夏世はと言うと、墓石をゆっくりと撫でていた。その表情はどこか悲しげであるが、その双眸には何かを決めたような光がある。
「断風さん。私が将監さんのために出来る供養ってどんなことでしょうか?」
「……それは、君が生き続けることじゃないかな。将監くんは亡くなる間際、君に謝っていたよ今まで悪かったって。だから、将監くんからしたら君にはもっと生きて欲しいんじゃないかな? そして、いろんな体験をして欲しいんだと思うよ」
凛はそう言うものの、「まぁ僕の勝手な想像なんだけどね」と苦笑いを浮かべながら言っていた。しかし、夏世はそれに僅かに顔を綻ばせると、将監の墓石をペシッと軽く叩く。
「まったく……将監さんは亡くなっても勝手ですね。勝手に謝って勝手に死なないでくださいよ。言いたいこともたくさんあったんですけど……まぁいいです。貴方の分まで生きてみますよ。だから、できれば天国で見守っていてください」
夏世はそれだけ告げると立ち上がり、踵を返し車の方へ下っていった。凛はそんな彼女について行きながら階段の途中で将監の墓を見やった。
……安心してよ、将監くん。夏世ちゃんは絶対に守りぬくから。
心の中で今は亡き将監に誓うと、凛は夏世と共に零子の待っている駐車場に戻った。
将監の墓参りを終えた後、凛は冷蔵庫の残りが少なかったことを思い出し行きつけのスーパーで零子に降ろしてもらい食料品を買いに向かった。
「今日の夕飯どうしようかなぁ……明後日あたりに零子さんがみんなで焼肉に行くって言ってたし……少し軽めにうどんにしようかな」
買い物籠を片手にぼやいた凛は、乾麺を取り扱っているコーナーへ足を運び、うどんをかごに入れる。
次に具を何にするかと野菜や肉を品定めする凛はある程度悩んだ後、かごをいっぱいにした状態でレジへ向かい、会計を済ませた。
「とりあえず今日は肉うどんでも作ろうかな。肉ないと摩那がふてくされちゃうし」
小さく笑いながら凛は家路についていたが、その途中黒塗りの高級車が凛の隣を通り過ぎたかと思うと、サングラスをかけた強面の男性が運転席から出ると、凛の前まで進み彼に頭を下げた。
「断風凛様。天童閣下が車に乗っておられます。少し話をしたいとのことです」
「……わかりました」
凛がそれに頷くと、男性は後部座席のドアを空け「どうぞ」と促した。それに一度頷くと凛は車に乗り込む。
後部座席は思ったよりも広く、リムジンほどではないにしろ人が向かい合って座れるようになっていた。
そして、扉が閉められると同時に凛が前を向くと、そこには普段と変わらぬ巌のような表情の菊之丞が腕を組んで座っていた。
「こうして話すのは久しいな。凛」
「ええ。お久しぶりです菊之丞さん。……と言っても一度庁舎で顔合わせだけはしましたけど」
買い物袋を適当に置きながら凛が返しても、菊之丞は表情を全く変えなかった。すると、彼は鋭い眼光で凛を睨む。
「……凛、貴様なぜ蛭子影胤との戦闘の時蓮太郎にあの場を任せた? ヤツが戦うよりも貴様が戦っていた方が絶対もっと早く勝てただろう」
「うーん、まぁあれは蓮太郎くんの覚悟を見たからですかね。彼が影胤さんと同じ機械化兵士って言うのはある人から聞いてましたし。彼も自身と同じ存在の人が東京エリアを滅ぼそうとすることを彼は許せなかったっんじゃないでしょうかね? そんな感じで僕は彼に任せました」
相手を威嚇するような眼光にも全くひるむことはなく、凛はいたって軽い調子で菊之丞に返答した。しかし、菊之丞は相変わらず表情を変えないままだ。
すると、今度は凛が菊之丞に問いを投げかけた。口元は笑っているが、目元はとても鋭い。
「僕の方からも聞いていいですか菊之丞さん。……貴方はどうして蛭子影胤を使い東京エリアを滅ぼそうとしたんですか? 貴方は聖天子様を裏切るつもりだったんですか?」
「……何のことかわからんな。なぜ私がそんな無意味なことをせねばならん?」
「実際のところこれから話すのは僕の想像です。しかし、貴方にはそれをするだけの理由があるじゃないですか。……十年前、大戦中に貴方は奥さんをガストレアに殺されました。以来、貴方は超がつくほどのイニシエーター差別主義者ですね。
今回の事件には蛭子影胤だけでなく、彼の娘でありイニシエーター……つまり『呪われた子供たち』が含まれています。もし、東京エリアを滅ぼすようなテロ事件にあの子たちのような存在が世間し知られれば彼女たちの居場所は一気になくなります。
今は外周区で何とか暮らしている彼女達もやがて追いやられてしまうでしょう。貴方はそれが狙いだったんじゃないんですか?」
「くだらん戯言だ。第一、そんなことをして私に何の得がある?」
「それは簡単です。――『ガストレア新法』の撤廃……が貴方の真の目的だったんじゃないんですか? あの法律はイニシエーターの子供たちや他の『呪われた子供たち』の社会的人権を確立し、共に共生てしていくと言う新しい法律です。貴方はそれがどうしても気に食わなかったんじゃないんですかね。だから影胤さんと取引をして今回の騒動を起こさせた」
凛の言葉が終わると同時に、今まで眉一つとて動かさなかった菊之丞が眉間に皺を寄せ拳を握り締めていた。
「確かに貴方があの子たちやガストレアを憎む理由はわからなくはありません。しかし、貴方がやったことは聖天子様に対する反逆と同意です」
凛が言い切ると、菊之丞は凛の顔を見据えながら憎悪に満ちた表情で言い放った。
「あぁ、そうだとも!! 私があの蛭子影胤と取引をしゾディアックを呼び寄せさせたのは真実だ。しかし、それを知ったところでどうする? 私を告発するか? 無理だろうな、既に証拠はない。貴様がいくら方便を聞かせたところで所詮はただの戯言だ」
「僕は別に貴方を告発する気はありませんよ。ただ……どうして『呪われた子供たち』を排除するためだけにこんな大掛かりで、なおかつ東京が消滅するかもしれない事件を引き起こさせたのか、その根本的な理由が知りたいだけです」
「理由など……貴様が全て話したではないか。だが、まぁ確かに一つだけ抜けているところがあるな。……すべては平和ボケしている哀れな連中の目を覚まさせてやるためよ! モノリスで囲まれたこのエリア内にいれば安全だと誰もが思っている。しかし、それと同時に十年前におきたあの惨事のことすらもおろかな連中は忘れようとしている!!
あの日、人類は外にいる虫けらどもに駆逐されかけた!! ではその因子を受け継いでいるあの悪魔どもが街を闊歩していていいのか!? 否、断じて否!! やつらはやがて世界を滅ぼす! そんな奴等に人権をだと? ふざけるのも大概にしろ!!」
菊之丞は拳を振るい怒りを露にしながら声を荒げて言い放った。それを全て聞き終えた凛は一度大きく溜息をつくと、哀れみの視線を菊之丞に送る。
「……やっぱり、貴方と僕の祖父では相容れないのは仕方のないことだったのかもしれませんね」
「ふん。劉蔵もかつては私の親友だった。しかし、こともあろうに奴はあの餓鬼共を集め、勉学を教えるだけでは飽き足らず育てるとまで言い出したのだぞ? 相容れぬのは当然といえるだろう」
「けれど、それでも僕は祖父の信念を託されました。もし世界中が敵となっても、僕はあの子たちを守り抜きます。何に変えても、祖父のようにこの命を捨てたとしても」
「……綺麗事だ。劉蔵もそういい残して結局はガストレアの餌食となったではないか……あんな悪魔どもを身を呈して守るなどと言うばかげた理想を追い求めた結果がそれでは元も子もないだろう」
菊之丞は決して凛の祖父を馬鹿にしているわけではない。寧ろその声にはやるせなさと、悲しさが込められているように思えた。
「……凛。最後に貴様に聞きたいことがある。何故お前は劉蔵を殺したガストレアと同一である餓鬼共と共に暮らしている?」
「簡単なことですよ。僕自身『ガストレア』は許せません。……だけど、僕が接してる『彼女達』はガストレアではありません。普通の人間と同じようにうれしいことがあれば笑って、悲しいことがあれば泣いて、腹が立つことがあれば怒って……それぞれの意思を持って行動しています。そんなあの子たちをガストレアと同一に見るなんて、僕には決して出来ません」
凛はそれだけ言い残すと、自ら車のドアを開け家路へ戻った。車の中に残された菊之丞はただ一言。
「くだらん……所詮は夢物語よ」
その日の深夜、凛は一人ベランダに出て星空を眺めていた。今日は月が出ていないが、星の明るさは目に痛いほどだった。
すると、彼の携帯が振動し、凛はそれに応答する。知らない番号だった。
「もしもし?」
やや不信な声で応対すると、携帯から案の定あまり聞きたくない声が聞こえてきた。
『やぁこんばんは、断風くん』
「……影胤さん。生きていたんですか?」
『おや? 随分と軽く返してしまうんだねぇ。里見くんはもう少し驚いていたよ?』
「まぁ貴方があれだけでやられる様な柔な人ではないと思ってはいましたから……」
『嬉しいことを言ってくれるねぇ。しかし、里見くんに与えられたダメージは思ったよりも深刻でね、しばらくは動けそうにない。だから安心したまえ、君たちの前にはまだ姿を現さないよ』
恐らく笑みを浮かべながら電話しているのだろうと、凛は想像した。
「そうですか、でもその口ぶりだといつかまた現れるぞ。といっているようにも聞こえますが?」
『ククッいずれそうなる時がくるよ。ではね断風くん』
影胤はそういい残し凛に別れを告げたが、凛がそれを止めた。
「影胤さん。貴方は先日戦ったときに言いましたね。『人を殺したことがあるだろう』って……その真実を次に会うことがあればお話しますよ」
『ほう! 君から話してくれるとはね。ふむ……ではいずれそのときが来た時話してくれたまえ』
そのまま影胤は通話を切り、凛も携帯をポケットにしまいこんだ。
「……さてと、そろそろ寝ようかな」
そういうと、ベランダから室内に入った凛はベッドにもぐりこんだ。
勾田大学付属の大学病院の地下室。
四賢人室戸菫の部屋で部屋の主である菫は零子からもらった凛の情報を眺めながら大きく溜息をついた。
「……やれやれ、まさかこんな近場にこんな化け物がいたとはね。……IP序列666位断風凛。またの名を……『
違うからね、決してエスパーダはブリーチのエスパーダから取ったわけじゃないからね!?
スペイン語とかで刀剣などを表すって書いてあったし!!
まぁそんなへんな説明は置いといて……とりあえずこれで第一巻の神を目指した者たち編は終了でございます!!
ここまで書けたのも皆様の応援があってこそでございます。ありがとうございました。
これからも皆様が楽しめるようにがんばって行きたいと思っております。
さて、今回の話の途中慰霊碑なるものが登場しましたが、あれは私の勝手な解釈ですので、もし「おかしい」「いらない」などのお声があればすぐに改変する所存でありますので、何かありましたらお願いします。
後のほう蓮太郎の言葉をちょいといじっただけのような感じもしますが……
では、感想などありましたらお願いします。