ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第十話

 焚火に拾ってきた適当な枝を折って放り入れながら凛は隣に座る夏世の傷口を見やる。巻かれている包帯には血が濃く滲んでいるが、恐らくその下の傷口は既に回復が始まっているだろう。

 

 ふと凛は思い出したようにポケットをまさぐり始めた。そして、目当てのものがあったのかポケットの中身を夏世に手渡した。

 

「はい」

 

「……なんですかこれ? アメ?」

 

「うん。庁舎であった時お腹空いてたみたいだから後で渡そうと思って持ってたんだ。いる?」

 

 首をかしげながら聞く凛に夏世は小さく笑みを零した。同時に彼女はアメを受け取ると封をあけそれを口の中に運ぶ。

 

 アメはりんご味だった。フルーティな甘みと酸味が口の中に広がり、夏世は頬を綻ばせた。

 

 それを見た凛はトーチカの外で周囲を警戒している摩那にもアメを手渡した。

 

「それで、将監くんとは連絡はついてないのかい?」

 

「はい。生きているとは思うのですが、どうにも」

 

 夏世は無線機を持ちながら小さく溜息をついた。

 

 彼女の話では、森に降り立った際罠にかかったのだという。しかもそれは人間が仕掛けた罠ではなくガストレアが仕掛けた罠らしい。それは薄青い光を点滅させていたらしく、彼女らはそれを味方の誰かだと思って近づいたとのことだ。

 

 しかし、その光に近づくにつれ物が腐ったような強烈な腐臭が漂っており、彼女等が気づいた時にはガストレアは身をぶるぶると震わせ、まるで歓喜しているような素振りを見せたらしい。

 

 そうして、彼女は咄嗟に榴弾を使用してしまったとのことだった。その影響で森のガストレアたちが目を覚まし、それらから逃げている最中に将監とはぐれてしまった。と言うのがことのいきさつだった。

 

 凛はそれを聞いても特に咎める事はしなかった。夏世はそれに少し驚いていたが、すぐに視線を落としぱちぱちと音をたてる焚火を見ていた。

 

「ねぇ断風さん。貴方は私達イニシエーターを殺すための道具だと思っていますか?」

 

「いや、そうは見てないけど……どうしてかな?」

 

「私は此処に辿り着く前、出会ったペアを殺害しました」

 

 冷淡な口調で言う夏世だが、凛はそれを聞いても眉一つも動かさなかった。それを不信に思ったのか、夏世は凛を見つめながら彼に問う。

 

「驚いたりしないんですか?」

 

「うーん……内心では驚いているけど、まぁそういった考えの人もいるからねぇ。君にそういうことを命令したのは将監くんだろう?」

 

「それは……そうですけど……」

 

「だったら僕は気にしない。けれど人を殺すことはとても悪い事だ。それは君もわかってるんだろう?」

 

 凛が言うと、夏世は顔を伏せながら静かに頷いた。すると、凛は彼女の背をなでながら優しく告げる。

 

「いいかい、君たちは決して道具じゃない。僕達と同じ生きた人間だよ。イニシエーターだから道具のように扱っていいなんてことは僕は考えてない。……まぁ将監くんを責める気にもならないけどね。彼も戦争の被害者だから」

 

「被害者……」

 

「いや……彼だけじゃないね。言ってしまえば東京エリアや他のエリアの人々。そして、君たち『呪われた子供たち』も被害者だね。僕は直接的にガストレア戦争で親族をなくしてはいないけど、他の人々は言葉じゃ表現できないような苦しみを味わったんだろうね。

 家族、親戚、恋人、友達、自分達の大切な人々が目の前でガストレアに殺され、引きちぎられ、切り裂かれ、喰われ、ましてや喰われるだけではなくその人達が異形のバケモノに変貌し自分に襲い掛かって来るなんてある意味、死よりも辛いだろうね」

 

 枯れ木を炎に放り投げながら言う凛は真剣な表情だった。しかし、どこか彼の瞳は悲しげだ。

 

「けど、だからと言って君たちのような存在を否定し、迫害して良い理由にはならないと僕は思うよ」

 

「それは……綺麗事ですね」

 

「うん、僕もそう思う。……それでも僕はこの気持ちを持ち続けるよ。この考え方を僕に託したおじいちゃんのためにもね」

 

 拳を握り締め燃え上がる火をどこか儚げで、悲しげな瞳で見つめる凛の言葉にはとても硬い決意の念が込められている様に夏世は思えた。

 

 同時に、彼の瞳が物語るもう一つの感情を夏世は読み取ることが出来てしまった。

 

「断風さん、貴方は――」

 

 と、彼女がそこまで言いかけたところで無線機がなり、粗暴な男性の声が聞こえてきた。

 

『……い! おい、夏世!! 生きてんだったら返事しやがれ!』

 

 声からして将監だろう。夏世は言いかけた言葉を飲み込み、無線機を手に取った。

 

「はい。そちらもその様子から察すると元気そうですね」

 

『まぁな。って、んなこたぁどうでもいい、夏世、いいニュースだぜ』

 

 いいニュースと言う言葉に凛と夏世は首を傾げるが、次に将監が言った言葉に納得した。

 

『仮面野郎を見つけたぜ。海辺の市街地だ。今から他の民警の連中総出で奇襲をかける手筈になってる。本当は出し抜いてやりたいところだが、仮面野郎の序列は俺よりも上だし、何より肝心のイニシエーターがいねぇからな。まっ、報酬は仲良く山分けって感じだってよ。テメェもさっさと合流しろよ』

 

 将監は夏世の返答を聞かずに一方的に無線を切った。夏世もまたそれを聞き終えると焚火を足で踏み消した。

 

 凛もまた腰を上げると、トーチカの外にいる摩那を呼んだ。

 

「腕は大丈夫かい?」

 

「はい。もう治りました」

 

 夏世は包帯を取りながら告げる。確かに既に彼女の腕には傷一つ残っていなかった。

 

 そして、三人は将監の言っていた海辺の市街地へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 森の中を歩くにつれ、段々と風に乗って漂う潮の匂いが濃くなってきた。トーチカから出た当初から鼻がきく摩那を先頭に三人は作戦が行われる市街地に着実に近づいていた。

 

 ……四時か……奇襲ってことはやっぱり朝駆けかな。

 

 時計を確認しながら将監が言っていた奇襲作戦のことを考えていた凛であるが、先程から胸騒ぎがしてならないのだ。

 

 影胤の斥力フィールドは凄まじい力だ。一度戦った凛だからこそ分かることなのかもしれないが、彼の斥力フィールドはまだ出力が上がると凛は踏んでいる。

 

「早く着かないとまずいかもね……」

 

 呟いた凛であるが、そこで先頭を行く摩那が二人に声をかけた。

 

「見えたよ。二人とも」

 

 摩那が指差す方には街が広がっているが、街の規模は大して大きくはない。港には小型船の船舶やボートが多く係留されている。

 

 当然のように街には灯りが灯っていないだろうと、三人は街を見やるものの、一つの建物に明かりが灯っていた。形からして恐らく教会だろうか。

 

 途端、その建物から銃声が響いた。最初の一発だったのか、それを皮切りに次々に銃撃音が鳴り、剣を使っているであろう剣戟音も聞こえる。

 

「始まったみたいだね……っとその前に!!」

 

 凛は言いながら振り向くと、腰に差してある刀を鞘から抜き放ちそのまま茂みへと投げつけた。回転しながら茂みへ突き刺さった刀であるが、次の瞬間その茂みから虎のようなガストレアが頭に深々と刀を突き刺されたまま倒れ付した。

 

 倒れ、絶命したガストレアの頭部に刺さっている刀を引き抜くと、頭部から血が吹き出す。

 

 血が付着した刀の血を振り払い、街が見えるところに戻るが既に作戦は終了してしまったのか、それとも影胤が勝利したのかわからないが凛は真剣な面持ちのまま二人に告げる。

 

「よし、行こうか」

 

「私は残らせてもらいます」

 

 凛の言葉に夏世は首を振って否定をした。隣にいる摩那はそれを聞いてぎょっとするが、凛はその意図が分かっているように彼女を見据えた。

 

「ガストレアを此処で止めるつもりだね?」

 

 夏世は静かに頷くと、先程凛が殺した虎のようなガストレアを見やりながら背嚢を下ろす。

 

「今のガストレアもそうですが、断風さんや摩那さんにも聞こえてますよね?」

 

 確かに彼女が言うとおり、先程から森の奥から唸るような声や甲高い声が聞こえている。恐らく、周囲のガストレアが交信しているのだろう。

 

「ここで誰かがガストレアを止めなければいけません。その役を私が買わせてもらいます」

 

 夏世はショットガンに弾薬を込めながら二人に告げる。しかし、凛は彼女に告げた。

 

「だったら、僕はこれから一人で行くよ。摩那、夏世ちゃんをサポートしてあげて」

 

「了解!」

 

「な、なにを言ってるんですか!? あの蛭子影胤にイニシエーターなしで挑むつもりですか!?」

 

「うん。だって、そうしないと夏世ちゃん絶対に無茶するでしょ? それに、摩那は近接戦闘型で夏世ちゃんは遠距離型いい関係じゃないか。だけどもし、無理だとわかったら撤退していいからね」

 

 凛はそれだけ告げると、一気に街へと駆ける。

 

 それを呆然とした表情のまま夏世が見送るが、摩那はそんな彼女の肩を叩くとベルトから黒い爪を取り出し腕に装備した。

 

「さぁ、私達もがんばろう!」

 

「摩那さんは心配じゃないんですか!? たった一人であのバケモノのような男と戦うんですよ!?」

 

「大丈夫だよ。凛は絶対に負けないもん。だって凛は強いしそれに――」

 

 そこまで言ったところで摩那がいいとどめた。夏世は首を傾げるが、摩那は小さく笑うと首を横に振りこれからやってくるであろうガストレアの群れがいるであろう森に対峙する。

 

「ごめん、なんでもないや。けどね夏世ちゃん。これだけはわかるんだ、凛は絶対に負けないし強いよ」

 

 摩那の力強い言葉に夏世は呆れながらも、ショットガンを構え摩那と同じように森をにらみつけた。

 

「序列666位の力。見せてもらいますよ?」

 

「ふふん! 上等だよ!!」

 

 

 

 

 

 

 二人と別れた凛は森を抜け街へ辿り着いた。

 

 街は人が住まなくなったからか老朽化や自然の力の前に成す術なく所々ひび割れ、ビルにも大穴があいているところがあった。

 

 港に止められている船舶も先程から風あおられ軋む音をたてるが、凛はそれを気にした様子もなく進んでいく。

 

 ……この様子からして作戦は失敗したと見るほうが妥当かな。

 

 先程もそうだったが、既に街中で銃声や剣戟音はまったく聞こえなくなっていた。不気味な静けさに包まれた街であるが、ふと凛の耳にジャリッという靴で砂を踏んだような音が聞こえた。

 

 一瞬影胤かと思ったが、凛が見た方向にはバスターソードを支えに何とか立っていた伊熊将監が立っていた。

 

 しかし、彼は荒い息を吐きながらその場に倒れた。

 

「将監くん!!」

 

 凛が駆け寄り彼の上体を起こすが、凛はその時彼の腹部からまだ温かみのある血が出ていることに気がついた。

 

「血が……早く止血しないと!」

 

「や……めろ。俺はもう、助からねぇ」

 

 将監は止血しようとする凛の手を力ない手で払うと、一度大量に喀血した。

 

「断……風……。テメェに頼むのは……釈然としねぇが……ゲホっ! グッ……アイツを、蛭子影胤を倒しやがれ」

 

「わかってる。だけど、君の手当てもしないと」

 

「だから、いいって言ってんだろ……!! ガハっ!」

 

 また口から大量の血を吐き出し、彼の血色はどんどんと悪くなっていく。目も焦点が合っておらず、とても虚ろだ。

 

 しかし、彼は凛の胸倉を残った最後の力で掴むと苦しげな息を吐きながら彼に言い放った。

 

「そんで……もしテメェが勝ったら、アイツを……夏世を頼めるか……?」

 

「夏世ちゃんを?」

 

「あぁ……。俺が死ねばアイツはまた施設に逆戻りになっちまうはずだ。そうなれば……アイツはまた一人だ。テメェはいけ好かねぇが……あいつ等みてぇな存在を大切にしてるって事はわかる……! 勝手だとは思ってる……! けどよ……恥を承知でテメェに頼む……!! アイツを、夏世を! 頼む!!」

 

 庁舎で会った時や、先程の無線の声の主とは思えないほど弱弱しくも、しっかりした声で凛に懇願する将監に、凛は胸倉を掴んでいる彼の手を握り締めると深く頷いた。

 

 将監はそれを確認できたのか、僅かに口元を緩ませながらゆっくりとまぶたを閉じながら、消え入るような声で最後の言葉を口にした。

 

「……あばよ、夏世……。今まで……わるかったなぁ……」

 

 それはきっと彼の心からの言葉だったのだろう。いつも粗野で粗暴な彼だったのかもしれないが、きっと内心では誰よりも夏世のことを思っていたのかも知れない。

 

 しかし、それを気付かれないために他の民警を殺してでも戦果を出すということを彼女に教えていたのかもしれない。

 

 凛は将監の遺体をその場に静かに寝かせると、そのまま立ち上がり彼に両手を合わせた。

 

「君の意思は受け継ぐよ。だから、ゆっくりと休んでくれ」

 

 将監の亡骸を背にしながら、凛は歩き出した。

 

 そして、大通りへ出た凛はそこに広がっていた惨状を見て眉間に皺を寄せた。

 

 通りには影胤たちによって殺されたであろうプロモーターやイニシエーター達の死体が転がっていたのだ。中には首を切られ、腕を飛ばされ、銃で頭を吹き飛ばされ、壁にめり込ませられ、最早原型を留めていないものまであった。

 

 血の海に沈む死体の山を見ながら凛はそれらを作り出した張本人二人と真っ向から対峙する。

 

「おやおやぁ? 君一人だけかい? イニシエーターはどうしたのかな」

 

 笑みを浮かべたような仮面がつけられた顔を凛に向けながら影胤は凛に問う。

 

「摩那は別のところで戦ってくれています……。悪いね小比奈ちゃん、摩那は来ないよ」

 

「いいよ、別に。来ないなら貴方を殺してその首を摩那に渡す。そしたら戦えるでしょ?」

 

 赤い瞳を凛に向けながら小比奈は笑みを零す。彼女の手に握られている小太刀には赤い鮮血がべっとりとこびり付いていた。

 

「それで、君は私達二人とどうやって戦うつもりなのかな?」

 

「もちろん……真正面からですよ。……蛭子影胤さん、ならびに蛭子小比奈ちゃん。僕は貴方達を止めます」

 

「面白い!! できるものならやってみてくれたまえ断風くん!!」

 

 影胤は両手を上げ、本当に面白げな声を発した。

 

 凛は態勢を低くしバラニウム刀に手をかけると影胤と小比奈を見据えたまま告げる。

 

「……断風流現当主、断風凛。参ります……」




なんか凄いお気に入り登録が増えててびっくりしておりますw
評価もつけていただいてありがたい限りです。

やっと此処まできました……
将監の願いは私の勝手な妄想ですので「将監はこんなこと思ってねーよ!」って思っていらっしゃる方がいらしたら申し訳ありません……!

次話は蓮太郎くん達を出します。

あと数話で一巻の内容も終わりになりますががんばって行きたいと思います。

感想などありましたらお願いします。

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