ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第一章 神を目指した者たち
第一話


 ガストレア。

 

 ガストレアウイルスに感染し、異形のバケモノと化した生物の総称である。異常なまでの再生力と赤い眼、醜悪で巨大な体躯が特徴の人類最大の敵。

 

 2021年。人類はこのガストレアとの戦争に敗北し、巨大なモノリスと呼ばれる黒き壁の内側へと追いやられた。

 

 かつて人類が統治していた世界は異形のバケモノたちが闊歩する死の世界と成り果てた。その中で細々とエリアと呼ばれる箱庭で震えながら暮らす人類達だったが、戦争に負けてから数年。人類は民警と呼ばれる対ガストレアのスペシャリストを結成し、ガストレアを少しずつであるが狩っていた。

 

 そんな民警の中の一つ。黒崎民間警備会社で働く青年、断風凛(たちかぜりん)は相棒であるイニシエーター、天寺摩那(あまでらまな)と共に、今日も人類のために戦っている。

 

 これは、この二人が織り成す物語。

 

 

 

 

 

 冬。

 

 季節らしく東京エリアにも雪が降っていた。大雪と言うほどではなく、薄っすらと路面に雪が積もっている程度に積もっていた。

 

 その中を傘をさし、黒いロングコートに身を包んで、マフラーを巻いているのは、今降っている雪と同じように真っ白な髪をした青年、断風凛。彼の手を握るのは、女の子らしいフワフワとしたファーがついたコートを着込み、これまた暖かそうなモコモコとした耳あてをつけた燃えるような赤毛の少女、天寺摩那。

 

二人はとある場所に向けて足を進めていた。

 

「摩那、寒くない?」

 

「大丈夫。凛の方こそ寒くないの? 耳当て貸してあげようか?」

 

「僕は平気だよ。それに、これから戦うわけだから多少は身軽になっておかないと」

 

 見上げながら言う摩那に対し頬を掻きながら苦笑いを浮かべる凛であるが、摩那はそれを見ると彼の腕を包み込むように両手で握った。

 

 手袋に包まれた彼女の小さな掌はとても暖かかった。

 

「ありがとう、摩那」

 

「……」

 

 礼を言う凛だが、摩那はそれが恥ずかしかったのか頬を真っ赤にしながら顔を伏せた。しかし、彼女の顔は僅かにほころんでいた。

 

 それから歩くこと数分、凛と摩那は依頼に記された建物までやって来た。依頼は警察からであり、エリア内にガストレアが侵入したとのことで呼び出されたのだ。

 

 さほど大きなガストレアではないらしいが、その一体がとんでもないことにつながる可能性もあるので早急に駆除を頼みたいとのことらしい。

 

 建物は背の低いビルなのだが、使うものがいなくなってからか壁には大きな穴があいており、所々ひびも入っている。

 

「いまにも崩れそうな感じだけど……行くしかないか」

 

「サポートは任せて」

 

「うん。よろしく!」

 

 二人はそれぞれ互いの武器に手を添えた。

 

 凛は腰から下げられている日本刀に、摩那は袋に入れてあった黒い爪がついたクローを手にはめた。彼等が使う武器はガストレアの再生力を阻害するバラニウムと言う鉱物で出来ており、それらは東京エリアを囲む巨大な壁、モノリスもそれで出来ている。

 

 互いに頷き合うと、二人はビルの中に足をすすめる。その瞬間、凛の隣で周囲を警戒していた摩那が臭いをかぐようにヒクヒクと鼻を動かした。

 

 同時に顔をしかめると、凛の袖を引っ張り彼に告げた。

 

「凛。ガストレアの臭いは二階が一番強いよ」

 

「わかった、なるべく察知されないように一気に行こう!」

 

 凛の指示に摩那は頷くと階段まで駆け、一気に二階へと駆け上がった。先導するように摩那が凛を引き、凛もそれに続く。彼女、天寺摩那はイニシエーターであり、モデルはチーターだ。その速力はまさにチーターのように速く、力を解放していない今でさえかなりの速度が出ている。

 

 摩那と凛は二階へと駆け上がると摩那は二階のある場所へと足を向ける。そこはホールのようになっており、かなりの人数が収容できるつくりとなっている。

 

 そのホールの真ん中に黒い異形の影、ガストレアが獲物を待ち構えていたかのように鎮座していた。

 

 そのガストレアは四本足であるものの頭はまさに異形だった。狼のような顔の横には、更に二つの頭がついており、まるで地獄の番犬であるケルベロスを思わせる体躯をしていた。大きさから考えればステージⅡあたりと言ったところだろうか。

 

 するとガストレアは入ってきた獲物である凛と摩那にその赤い眼光を光らせる。

 

 普通の人間であればこの時点で腰を抜かしてしまうかもしれないが、凛と摩那は違った。彼等は自分達を睨みつけるガストレアを臆することなく見据えていた。

 

 ガストレアもまたそれを理解したのか、すぐに飛び掛ることはせず態勢を低くし唸る。摩那もまた、それに対応しクローを構える。それと同時に摩那の双眸が赤く染まった。力を解放しようとしているのだ。けれど凛がそれを制した。

 

「いいよ、摩那。僕がやる」

 

 優しく告げると摩那は瞳をもとに戻し凛の後ろに下がる。

 

「さて……君に恨みがあるというわけではないけれど、狩らせてもらうよ」

 

 声音を変えずに目の前のガストレアに告げる凛はコートのボタンを外し、腰に差してある刀に手をかけようとする。

 

 だが、その一瞬を狙ったのかガストレアが唸り声を上げたまま凛へ飛び掛った。

 

「……断風流参ノ型、懺華(ざんか)

 

 ぼそりと小さく告げた凛の姿が突如としてそこから消失したかと思うと、ガストレアの背後に一瞬にして移動していた。見ただけでは只移動しただけのように見える。

 

 ガストレアは凛がいたところに着地するが、瞬間、その身体に亀裂が入った。そしてせきを切ったようにガストレアの体がバラバラと裂かれ、叫び声も何もあげられず崩れていった。

 

 もはや只の黒い肉片となったガストレアを振り返りながら見つめるが、その瞳には光が灯っていなかった。

 

「凛」

 

 その様子に摩那が呼ぶと、凛は首を振り大きく息を吐いた。

 

「どうにも……こうなるのは癖になっちゃってるなぁ」

 

「まぁそれは後から直していけばいいと思うよ? ところで刀の方は大丈夫?」

 

「いや、多分刃こぼれしてるだろうし、もう使い物にならないよ。やっぱり冥光(みょうこう)じゃないとダメだね」

 

 苦笑いを浮かべながら腰にさしている刀を鞘から抜くと、凛の言ったとおり刃はボロボロになっており、今にも折れそうだった。

 

「最初から冥光を持って来れば良いじゃん。また社長にどやされるよ?」

 

「いやーなんて言うか。あれはそんなに使いたくないというか……」

 

「そういうものなの? ……まぁいっか。じゃあさっさと後始末をして依頼を完遂しちゃおう!」

 

「そうだね」

 

 刀を鞘に納めながら凛は頷くと、現場の後始末と、依頼主である警察に連絡をとった。

 

 

 

 

 

 

 十数分後、依頼主である警察が到着すると、こげ茶色の髪と、無精髭が特徴の男性が二人に声をかけた。

 

「いやー、お疲れさん。悪いねこんな雪の日に頼んじゃって」

 

「いえ。これが僕たちの仕事なので。それじゃあ、後は頼みます金本警部」

 

「ああ。また頼むよ凛くん。摩那ちゃんもまたね」

 

 金本警部と呼ばれた男性は二人に手を振った。凛と摩那もそれに頭を下げながら会社へと戻っていった。二人の後姿を満足そうに見送った金本の後ろから若い刑事が彼に声をかけた。

 

「それにしてもアイツ、どんな殺し方すればガストレアがあんな風になるんですかね警部。もうバラッバラでしたよ。パズルの名人でもありゃあもとの形には戻せませんよ」

 

「そりゃそうだ。なんてったって彼は民警の中でもかなりの実力者らしいからな。彼の勤めてる会社の社長に聞いたことがあるんだが。彼の民警の中の序列は――――」

 

 そこまで言ったところで金本の携帯がなる。

 

「っと。……はい、金本ですが? あぁ、黒崎さん。……ええ、先ほどそちらに戻りましたよ。はい、……いつも通り素早い解決でした。ありがとうございます。彼なら特に問題なさそうでしたよ。ガストレアは凛くんの話ではステージⅡの犬型のガストレアだったようです……はい、わかりました。ではまた、失礼します」

 

「誰っスか?」

 

「さっきの子達の社長だよ。事件のことを聞きたかったらしい」

 

「なるほど、ていうか先輩。良いんですかあんなにベラベラしゃべっちゃって」

 

「良いんだよ。彼等だって市民を守ることに変わりはない」

 

 タバコに火をつけながら笑いながらいう金本に、後輩の彼は肩を竦ませるが、思い出したように手を叩いた。

 

「で、あいつ等の序列って何位なんスか?」

 

「あぁそうだったな。確か彼等の序列は……666位だ」

 

「ろ、666位!? それってかなり上のほうじゃないですか!?」

 

「だろう? 俺も最初は思わず疑ってしまったが、彼等の社長もそれは本当だって言っていたよ。だが、彼等の実力は本物だよ。……さて、無駄話はこれまでだ。さっさと終わりにしてラーメンでも食いにいこう」

 

 金本はタバコをポケット灰皿に押し込むと、踵を返し、現場へと戻っていった。それを彼の後輩も追うが、その顔は未だに半信半疑と言った感じだった。

 

 

 

 

 

 

 行きと同じ道を戻った凛と摩那は一つのビルに入っていった。

 

 看板には『黒崎民間警備会社』と書かれていた。そう、ここが凛と摩那が所属する民間警備会社なのだ。ビルは四階建てであり、全てが黒崎民間警備会社が所持しているものだ。

 

「ただいま戻りましたー」

 

「あぁ。お疲れ様」

 

 凛が言いながら事務所に入ると窓際にある高級そうな椅子に座った女性が彼にねぎらいの声をかけた。

 

 彼女の名は黒崎零子。この会社の社長である。彼女の特徴を一言で言えば美人である。端整な顔立ちに肩にかかる程度に伸ばされた黒髪。体つきも実に女性らしく、十人男がいれば十人全員が美人と答えるだろう。

 

 それでも、彼女の顔にはその顔つきにはそぐわないものがあった。それは眼帯だ。無骨なデザインの黒い眼帯が巻かれている。

 

 凛は彼女のもとまで行くと、腰に差していたバラニウム刀を机の上にのせながらバツが悪そうに告げた。

 

「すいません社長。また刀壊しちゃいました」

 

「またか!? まったく……だから冥光を持って行けと言うんだ愚か者。司馬のお嬢さんから仕入れるのも大変なんだぞ?」

 

「まぁそれはわかってるんですけど……。冥光は出来ればあまり使いたくないというか」

 

「君のその信条はわかっているつもりだがもう少し力をセーブしろ。一回の出撃で一本壊すとか出費がハンパないぞ!!」

 

 声を荒げながら言う零子は若干呆れ気味だが、凛は苦笑いを浮かべたままだ。零子はそれに溜息をつきつつも目の前にある刀を抜き、再度大きな溜息をついた。

 

「それにしてもよくもまぁここまで派手にぶち壊せるものだ。君の剣術の衝撃は相変わらず凄まじいな」

 

 タバコを吸いながら刀を鞘に収めた零子は感心とも取れる言葉を漏らす。すると、ソファに座っていた摩那が零子に聞いた。

 

「社長。杏夏と美冬はどこかへ出かけたの?」

 

「ああ、彼女達には夕食の買出しに行って貰っている。今日は整理する書類が多いからな。君達にも悪いが今日は残ってもらって良いかな?」

 

「はい、構いません」

 

「私も大丈夫!」

 

 二人の返答に零子も頷くと椅子から立ち上がり、凛の軽くたたきながら、

 

「と言うわけで……夕飯は頼んだ」

 

「……やっぱり」

 

 零子の指示に小さく溜息をつきながらも、凛は笑みを浮かべながら頷いた。

 

 その後、夕食の買出しから戻ってきた後二人の社員、春咲杏夏(はるさききょうか)秋空美冬(あきそらみふゆ)が帰り、社員総出の書類整理を行った。

 

 

 

 

 

 それから数ヶ月後、黒崎民間警備会社は東京を救うための極秘任務を背負うこととなる。




……やってしまった……。
妄想を抑えきれなくなってしまった……。

とりあえず一話はこんな感じです。
次は数ヶ月跳んで春先、蓮太郎くんたちが影胤あたりと遭遇する辺りのお話を出来ればと思っております。

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