終わりの続きに   作:桃kan

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試練

 

“あぁ、なんでこんなにも頭だけは冷静でいられるのか?”

 

 目の前の敵と対峙しながら、俺はそんなことを考えていた。

 

その人間離れした動きも、非情なまでの攻撃も、それら全てを俺を倒すために駆使しながら、その死に神は俺の目の前で酷く嬉しそうに笑っていた。

 

 

「おい、そんなもんじゃないだろ? 少しは本気を出せよ、衛宮?」

 

 死に神は告げる。それは最初の出会いの時に聴かされたあの冷ややかな響き。

 死に神は見据える。それはずっと感じていた、あまりに大きな殺気を孕んだ視線。

 

奴の総てが語りかけてくる。それは明らかな俺への嫌悪だ。

そう。初めて出会った時、こうなることは予想していた。それが時間を経て、今ここに再現されている。

ただそれだけのことなのだ。

 

 

「――さぁ、殺し合おうぜ」

「やられてばっかりでは――いない!!」

 

 言葉を交わした刹那、甲高い音をたて互いの得物がぶつかり合う。

互いに容赦なく、己の力を籠めて結び交わされる。それはさながらただの殺し合いではなく、卓越した舞のようで。

 

 俺は自分自身が命の危険にさらされているはずなのに、あまりの楽しさに身ぶるいすらしていたのだ。

 

 

 きっかけは些細なことだった。

橙子さんからの依頼で観布子の鮮花さんのところを訪れた時、不思議な違和感があったのだ。

鮮花さん自身はその違和感には気付いていなかったようであったが、確かに何かに『視られている』感覚が俺を支配していた。

 

「――あ、そう言えば式が久しぶりに会いたいって言っていたわよ」

 報告が終わった後、世間話ついでに鮮花さんがそんなことを話してくれた。珍しいこともあるんだねと彼女は笑いながら話していたが、それを聞いたときに俺は違和感の正体に気が付いた。

 

「そうですか……式さんが」

 それ以上は言葉にせず、俺は鮮花さんに別れを告げてその場を離れ、違和感の正体に確証を持つため俺は足早に式さんのところへ急いだ。

 

 

 

“式さんが、俺に会いたがっている”

 

 

 

 きっぱりと確信を持って言える。そんなことは絶対にあるわけがない。

例外があるとすれば、俺にとっては良くない意図を持っているということに他ならないはず。だからこんな場合は色々考えてしまうよりも、シンプルに式さんと幹也さんのところに赴くのが一番なのだ。

 しかし俺にはその『自分にとって良くない意図』というものが推理出来なかった。それだけがどうしても気がかりで、自然と歩を進める足もその速度を上げていったのだった。

 

 

 少し街はずれにある竹林を抜けていった先に両儀の屋敷はある。数回しか来たことはなかったが、どうにかここまで迷わずにくることが出来て少しホッとする。

おそらくホッとしたそれだけではなく、両儀の屋敷の門前で見覚えのある顔を見付けたからだろう。

 

「やぁ士郎くん、久しぶりだね」

「お元気そうでなによりです、幹也さん」

 幹也さんは相変わらずの笑顔で俺を迎えてくれた。俺は軽く会釈しながら彼と合流し、式さんの待つ道場へと歩を進めた。その間、俺は鮮花さんから聞いたことが本当なのかを尋ねることにした。

 

「――幹也さん、式さんが俺を呼んでいるって本当ですか?」

 それは少し怯えを孕んだ響きだった。しかしそれに笑顔で幹也さんはその言葉に返してくれる。

「そうなんだよ。久しぶりに橙子さんから連絡が来たんだけどね……それからなんだよ」

 不思議そうに小首を傾げる幹也さん。俺は彼のその後この言葉がどうしても気になってしかたがなかった。

 

「それからってどうしたんです?」

「ソワソワしながらよく言ってたんだよ。早く士郎くんに会いたいってね」

 自分の中でそんなことがあり得るわけがないと思っていた答えをあっさりと口にする幹也さん。それは道場まであと僅かという距離まで来た時のことだった。

もうここからは引き返すことは出来ない。大変なことが起こらないことを祈りながら佇まいを正し、ゆっくりと道場の中へと足を踏み入れた。

 

 

「――よぉ、来たか。衛宮」

 響く。それはいつか聴かされたあまりに美しい響き。冷ややかで、俺の存在を否定していることをハッキリと分からせているようだ。

一歩、そしてまた一歩と近付く彼女に少なからず畏怖を感じていた。

いや、そんなことはどうでもいい。俺は確かめるためだけにここに居る。橙子さんから連絡を受けてからの式さんの変わりよう……俺にとっての最悪の状況が本当に起こっているのか。

 

「式さん、一体どんな要件で……」

「そんなことはどうでもいい」

 彼女の言葉が届いた刹那であった。視界の隅の方から自身に迫る鋭い光。

式さんは俺に肉薄し、隠していたナイフを振り下ろさんとしていた。

 

「――っつ!!」

 その動きがあまりに自然で、俺は身を翻しながらも彼女から目を離すことが出来なかった。故に何が起こったか、目の前の死に神…両儀式という女性が何をせんがために俺に刃を振るったかは容易に理解出来た。

しかし、その動機は一体何だ。互いに害を及ぼさなければぶつかり合うはずもないのに。

 

「ふぅん、やっぱり……アイツの言った通りだ。楽しくなりそうじゃないか」

 姿勢を正しながら、死に神は呟く。その言葉には嘘偽りは感じられず、その瞳から感じる剥き出しの感情は恐ろしいものだった。

だが、それも以前までの話。俺はこの死に神と出会った時のような臆病さを今も持ち合わせているわけではない。たとえ式さんの行動が理解しがたいものであったとしても、俺は目の前の障害を排除する。ただそれだけなのだ。

 

 

「――こんなところで、躓いていられない」

 ガチリと頭の中の撃鉄を落とす。自分の中の機能を変質させていく。

次の瞬間、衛宮士郎の……俺の身体は目の前の死に神に向けて疾走を始めていた。

 

気が付けば窓からは赤々とした陽の光が差し込み、闇が近付いていることを告げている。

 

しかし俺の頭を占めていたのは鳴りやむことのない、甲高い鉄の衝突音。

自分自身が直面している状況であるはずなのに、どこか画面の向こう側から観ているような錯覚に襲われる。そして徐々に思考がおぼつかなくなる。

一体どれくらいの間、俺は目の前の殺意と相対していただろう?

一体どれだけ、この美しい姿をした死に神に命を奪われかけただろう?

 

 そして、一体この戦いの意味はどこにあるんだろう。

 

「――ッ!!――ハァ、ハァ」

 胸が大きく上下する。それほどまでに緊迫した、油断の出来ない戦いに俺は身を投じている。相対した敵、両儀式さんの前で一瞬でも油断を見せてしまえば、その時点で勝敗は決まってしまう。

 

対照的に式さんは、余裕すら感じられる表情で冷やかに俺に言い放つ。

「――なんだよ、もうお終いなのか。そんなもんじゃないだろ!?」

 

手にしたナイフの切っ先を今一度俺に向けながら、流れるような動きで再び俺の懐に飛び込む。

 

その切っ先の進撃を防ぐように、手にしていた馴染みの夫婦剣を構え迎え撃つ。

再び甲高い音と共に打ち付け合われる互いの得物。

 

しかしその次の光景を誰が予想できるだろう。

俺が手にしていた二対の剣は、重低音をたててその場に砕け散った。

あまりに作りの違う刃物ごときに、自身が投影した剣が破れてしまうなど……唖然として声も出ない。

 

「こんなもんじゃないだろ?!」

 

 式さんは再びナイフの切っ先を向ける。直線だけでなく、式さんの軽やかなフェイントから繰り出される幾多の攻撃。

俺たちを取り囲む重々しい空気を引き裂きながらナイフを振るい続ける。

 

 しかしその度、彼女がナイフを振るう度に俺が創り上げた幻想は簡単に壊される。寸でのところで彼女の繰り出す凶器を避け探し続けた。

 

 

“何故こんなにも簡単に、俺の幻想が……俺の総てが壊されるのか?”

 

 

 いや、もう分かっているはずだ。

俺は知っている……以前、俺は『ソレ』を目にしたことがあるから。

その『禍々しく光るその眼』と同質のモノを。

 

 

 

「……ってんだよ……」

 

 不用意に近付き過ぎてしまえば、完全に式さんの間合いに踏み込む。それではこの状況は打開出来ない。

彼女の攻撃の手が休まった瞬間手に再び干将・莫耶を投影し、彼女の間合いから後退する。

 

 

「――何てモノと戦ってたんだよ。俺は」

 距離をとってようやく理解した。俺が戦っているモノの正体……。

あながち俺が式さんに感じていた『死に神』というイメージは全く間違いではなかったのだ。

 

 

「あぁ、気が付いたか? オレのは特別みたいでね」

 

 さらりと揺れる髪をかき上げながら呟く。

激しい動きによって肌蹴た着物を直しながら、決して瞳だけは俺から逸らさない。

 

「この眼のおかげで、色んなモノを失くしてきたんだ」

 言葉以上にその瞳の輝きが訴えていた。

式さんがこれまで生きてきた人生の痛切さ、厳しさを。

 

「――オレは、自分のモノは絶対に手放さない。お前はどうだ、衛宮?」

「お、俺は……」

 

 何も答えなかった。いや、答えることが出来なかったんだ。

俺は、この人のように自分の気持ちに真っ直ぐにはいられていない。

覚悟が揺らぎ、まだフラフラと考えている。結局タイムオーバーになるまで答えを先送りにしているのも、桜のことも……俺は覚悟を固められていない。

 

 

 気が付くと日の光はなく、幕を下ろしたような真っ黒な闇が辺りを染めていた。

そして再び死に神が、両儀式が呟く。

 

「――あぁ、じゃぁもういいよ」

 

 それはこれまでにないほどの冷ややかな響きで。

 

「今のお前は、オレの敵にはなれない」

 

 

 

 その言葉が耳に届いた瞬間俺の、エミヤシロウの身体は宙に浮いていた。

 

「―――ぁぐ……」

 

 声にならない呻き声が、静かだった道場に響く。

間合いを一気に詰められたところからの鳩尾への前蹴り。俺の身体は問答無用に後方へと押し流され、狙いすましたように二撃目の回し蹴りが頭部へと見舞われた。

 

 ここまでハッキリと式さんの動きを見れていたはずなのに、この戦いの中で疲弊しきった俺の身体は動こうとはしなかった。

 

 

「――そんなんじゃダメだ。お前はそんなんじゃなかったはずだろう」

 薄れゆく意識の中、再び言葉を投げかけられる。今度は本当に答えられない、頭が働かない。

 

「最初に会った時のお前はもっと鋭利な刃物、刀みたいだった……そんなんじゃただのガキだぞ、衛宮?」

 そして、俺の意識は途絶えた。

最後の言葉の意味するところも聞けず、ただ俺に残ったのは悔しさだけだった。

 

 

 

―interlude―

 

 少し昔の話をしよう。

これはそうだな……オレがアイツに出会った時の話だ。

 

 

 ハッキリ言おう。初めて、初めてアイツを見た時“化け物”だと思った。

 

これまで沢山のおかしな奴らを見てきた。

それにオレだって……おおよそ『普通』とは程遠い人種なのかもしれない。

 

 でも、それ以上だった。アイツから感じたモノ総てが、オレに見せつけているみたいだった。

『自分はこれまでお前が相対してきた者たちとは比べ物にならない、どうしようもない化け物』だって。

 

 眼は口ほどにモノを語るなんていうが、まさにその通りなんだろうな。

アイツの眼は、どんな修羅場を乗り越えてきた人間でも簡単には真似できない。そんな眼をしていたんだ。

 

 だから期待してたんだけどな……日を経るごとにアイツの眼はあの時持っていた鋭さを失っていった。いや、何かに迷ってるって言う方が正しいのかもな。

 

 

「――本当お前は、一体何がしたいんだよ?」

 オレの目の前に横たわる男、衛宮士郎を見ながら思う。

 

気にくわないのに。

幹也の近くに来てほしくはないのに。

オレの日常を壊すかもしれない男なのに。

 

 一体何を選ぶのか、そしてそれを決めるための踏ん切りを付ける手伝いくらいならしてやってもいい。

 

 何故だろう、オレはそう思ってしまったんだ。

 

 

「派手にやったね」

「……まぁすぐ目も覚めるだろ」

 声をかけてくれたのは幹也だった。

黙ってオレと衛宮の戦いをずっと見ててくれた。それがあったからこそ、オレは気兼ねせずに戦えたんだろうと思う。

 

 

「でも……」

「なんだよ?」

 幹也らしくない不安そうな声、オレは思わず聞き返してしまう。

返ってきたのはもちろん、幹也らしい言葉だったが。

 

 

「――式、君は大丈夫なのかい?」

「あぁ、オレは問題ないよ」

 

 嬉しかった、彼の言葉が。

思えばこの言葉が聞きたくて、この優しい笑顔が見たくて、オレは幹也の傍に居る。

 

 だからさ、オレはオレでいられるんだ。幹也がずっと、幹也らしくいてくれるから。

 

 

 

 なぁ、衛宮。お前はどうなんだ……一体、何を迷ってんだよ?

 

 

 

―interlude out―

 

 


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