―interlude―
やはり裏切られてしまうのか。
真っ先に思い浮かんだのはその言葉であった。
彼は言った。自分を信じろと。
彼は手を差し出したのだ。傷付きながらも。
それら全ても、まるで偽りに感じられてしまう。
お願いだ……もう嫌なのだ。
私は仲間だと、自身の剣を捧げた者に疑念を抱きたくはない。
しかしそれでも私は彼の好意を許せなかったのだ。
それは私が知っているから。
裏切られることの痛み、裏切ってしまうことの恐怖を。
―interlude out―
「セ、セイバー! 聞いてくれ、これは……」
「質問に答えなさい、シロウ!? 貴方はあの少女の父をキリツグと……いやそれ以前に貴方はあまりに多くのことを知っているのではないのか」
眼光鋭く言い放つセイバーは、最早言い逃れすることを許すことはない。
その視線に居心地の悪さを感じながら、俺はどう真実を告げるべきか分からなかった。
そう。この場でキリツグとイリヤの関係を彼女に語ってしまえば、俺がこの戦いに臨んでいる本当の理由を話してしまえば、あまりに深い溝が出来てしまうことは火を見るより明らかだ。
しかし、このまま言い淀んでいれば関係が悪化することも事実。
意を決し傍に立つ騎士王を正面から見据え、俺はゆっくりと先程発覚した事実を再び言葉にした。
「あの子は……イリヤは、確かにキリツグの娘だ」
「まさか!? アイリスフィールの娘であるならば……!」
語気強く言い放ったセイバーであったが、何か思い当たる節があったのだろう。彼女は考え込むように視線を少し逸らした。先程まで相対していたイリヤの姿 に、彼女の語った『アイリスフィール』という人物の面影があったのだろうか、それはこちらからでは汲み取ることは出来ない。
ただ一つ分かったことがある。
それは彼女が、セイバーがどれだけキリツグに……かつてのマスターに憎悪を抱いているかということ。彼女は努めて『キリツグ』という名を出そうとはしていない。名を出すことすら意識的に止めてしまうほどに、嫌悪を抱いているのだろう。
そしてその感情は不信という形で俺へ向けられているということを。
「しかし……アイリスフィールの娘であったとして、彼の者は我々の敵。そうではないのですか、シロウ!?」
苦渋に滲む表情を見せながら、セイバーは言い放つ。
たとえ、かつて自分の剣を預けた者の肉親であったとしても、今の自分自身にとっては競い合う敵。どんな感情を相手からぶつけられようとも、自らの望みを果たすために決して妥協することはない。
だからこそイリヤのことを、ハッキリと『敵』であると言い切ったのだろう。
「分かっているさ……あの子が敵だってことも、倒さないといけないってことも」
そう言葉にしながら、それでも納得できない自分がいる。
セイバーのために、彼女のために行動したいと思いながら、それでも俺はそれを徹底することが出来ていない。フラフラと、何の決意も出来ないままに俺は上辺を取り繕うために嘘をつき続けている。
「また、ですか?」
「何が……」
「また、私に嘘をつくのですね。貴方という人は……」
溜息混じりにセイバーはそう呟くと、踵を返し桜の去って行った方へと歩を進めていく。何故だ、嘘を悟られるような態度をとってしまったのだろうか。
俺は思わず去りゆく彼女の腕をとっていた。
乱暴に彼女を引き寄せながら、その言葉の意味を考える。しかし、振り返った彼女の瞳は先にも増して冷え切っていて、何を言おうが彼女の胸に響かないだろうことは想像に容易かった。
「待てよ!? 嘘って……一体何が!」
考えあぐねいた末、口から出たのはそんな言葉。
違う。こんな言葉を言いたいわけではない。今セイバーにそんなことを言っても意味がないことは自分でも分かっているのに。
「――私は言ったはずだ。信頼して下さいと」
「信頼していない訳がないだろう!? 共に闘う仲間だろう、俺たちは」
「ならば何故他のマスターと接触した? 何故私に伝えないままに行動を起こす? 貴方は言いましたよね、信頼していると。しかしどうだ。貴方の行動は私の存在など、お構いなしではないか!?」
“結局綺麗事ばかり並べているだけではないか”と、彼女はそう続けながら俺の腕を振り払い、俺の方に向き直る。それは朝、道場で相対していた時の和やかで近しい距離感ではなく、昨夜敵と向かい合った際の殺伐としたものであった。
そう。彼女は今、俺を敵として見ているのだ。
「結局貴方は何よりも自分個人の利益を優先しているのだ」
「それは……」
最早何も言うことが出来ない。彼女の言ったこと、それが俺の総てを表していた。
俺が聖杯戦争に臨んだ理由。
桜やイリヤと敵対できない訳。
俺は自分の我が儘を通すために行動を起こしている。
上辺だけ、人のことを気に掛けながら、結局俺は傲慢なまでに自分ために動いていた。
かつて正義のために生きていた時も。自分自身を殺そうとした時も。
それに気付きたくは……いや、気が付いていたのだろう。
認めることを恐れて、いつも何かを言い訳にしている。それをセイバーが、真摯なる騎士王が見過ごしてくれるはずがない。
「……確かに貴方は我が剣を捧げた相手だ。聖杯を得るために、私は貴方を守ろう」
どれくらい黙っていたのだろうか。痺れを切らしたように彼女は再び口を開いた。
棘はある言い方ではあるが先までの突き放すような物言いではなく、セイバーらしいどこか優しさのある言葉だった。
「ああ。俺もそれに応えられるように……」
その言葉に少し励まされた気がした。だからだろう。俺はまた過ちを犯す。つい先ほど、指摘されたはずの取り繕っただけの上辺の言葉を俺はまた口にしていた。
しかし俺の淡い期待だと、次の彼女の言葉であっさりと打ち砕かれてしまう。
「いえ、そんな必要はない。貴方は自らの役割をこなせばいい。私もそうする」
それは決別の言葉だった。決してもう信頼関係を築こうとは思わない。彼女は簡潔にそう告げる。
「――セイ、バー…」
今の俺はどんな表情をしているだろう。ただ一つ分かっていたのは、最早彼女にとって俺は聖杯を得るための一つの“モノ”になり下がってしまった……、彼女からの信頼を完全に裏切ってしまったのだ。そんなことは、一番望んでいなかったというのに。
「マスター、それくらいのことは出来るでしょう?」
―interlude―
告げた言葉に偽りなどなかった。
私は自らの願いを成就させたい。
そのために聖杯が必要で
そのために戦いに臨むしかない
私は信じ込んでいたのだ。
私を召喚するマスターも、私と同様に聖杯を欲する理由があり、そのために死力を尽くしてくれるはずの人物であると。
マスターがそれに当てはまらない訳ではない。
しかし、彼の行動はあまりに不信で、あまりに私を惑わせる。
だからあのような言葉を告げた。
彼に思い出してほしかった。自らが聖杯を求めた訳を。
しかしその前提自体が間違っていたことに、今の私は気が付いていなかった。
いや、それ以前に、『エミヤシロウ』という人物を私は全くというほど理解していなかったのだ。
―interlude out―