終わりの続きに   作:桃kan

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開幕

 

 イリヤとの遭遇から数日、俺は普段通りの生活を送っていた。

相変わらず学生としての生活においては、一成からの頼まれごとも多く、遅くまでかかることも少なくない。

事実、今日も部活動をしているであろう生徒たちと同じくらいの時間まで、校舎に残ることになってしまった。

 

 

「さて、さっさと帰るかな……」

 俺は鞄を手に、校外に向かって校庭を歩く。

ふと視線の先に、よく知る少女の顔を見付ける。少女は部活動の帰りだというのに一人、足早に学校の外に出ようとしていた。

 

 

「おーい、さく……」

「おい!何僕の事無視してるんだよ!?」

 

 前を歩く少女、桜に声をかけようとした時、ほぼ同じタイミングで響く怒鳴り声。

その声の主は桜に走り寄り、彼女の腕を乱暴に掴む。

 

「――や、やめて下さい、兄さん」

「うるさいんだよ、おまえは僕の言うことを聞いてりゃいいんだ!」

 

 二人のやり取りを見て見ぬ振りをしながら脇をすり抜けていく者や、ヒソヒソと遠巻きにそれを眺めている者たちもいる。そんな中で、桜の手を掴んだ男子は強引に桜を引っぱりながら、校門の外へと連れて行こうとする。

 そう、こいつは昔からそうだった。平気で人を……桜を傷つける。そんな風にしか自分を表現できないやつだと分かりつつも、だが俺はその男子の、間桐慎二の行動を許すことが出来なかったのだ。

 

 

 

「――何してんだよ、間桐!!」

 

 

俺は、自分でも驚くほどに大きな怒鳴り声を上げていた。周囲に居た生徒たちも、その声にビクリと身を振るわせる。

俺は二人の間に割って入りながら、鋭い視線を慎二に送った。

 

 

「……な、何だよ? また、またお前かよ衛宮!?」

「あぁ、だからなんだよ?」

 

 俺の顔を見た途端に先程までの強気の表情が一変、オドオドとしたものになってしまう慎二。

コイツとだけは何故か一成のように仲良くすることは出来なかった。むしろ桜への態度の事もあり、俺はかなり冷たい態度で慎二に接していた。

 

 

「――そもそもね!」

 勢いよく俺の胸倉をつかみ上げながら詰め寄る慎二。

 

「僕たちがこんな風になってるのは衛宮、おまえのせいなんだって前にも言ったよな?」

 グッと力を込めながら挑発的な瞳を見せる。

 

 確かに以前にそう言われたことがあった。そもそも桜が俺のところに手伝いに来る必要も正直に言えばない。

しかし俺は桜の好意を無下には出来ず、桜の好きなようにさせてやっているだけだ。何を選ぶのも、それは桜の自由にさせてやりたいと思うから。

 

「あぁ、そうだったな……でもな、それで妹に暴力を振るってもいいのか!?」

「そ、それは……」

 

 俺がここまで怒ると思わなかったんだろう、慎二の手の力が弱々しくなっていく。

それを確認しもう一言、慎二に対して言葉をかけた。

 

「なぁ間桐、俺が悪いのは分かってる。お前の言うことだって理解しているつもりさ。でもさ、頼むから兄が妹に暴力を振るうなんて事だけはしないでくれよ」

 

 俺の言葉に何かを感じたのだろう、慎二は手を退けて桜に向き直って一言呟く。

「分かったよ、とりあえず衛宮との話はまた後でだ。でもね、衛宮の家に行くのも程々にするんだ!」

 

 そう言葉を残し、慎二は足早にその場から去っていった。

何というか、本当に去り際の手際に良さと、捨て台詞には相変わらずビックリさせられる。

 

 

「先輩……本当にすいませんでした」

 慎二の逃げ様に感心させられていた俺に、桜は謝罪の言葉を述べる。

まぁ、元々は俺が桜に甘えているせいなのだから、しょうがないのだが……。

 

「まぁ、自分でちゃんと選んでな。間桐の言うことごもっともだから、気を付けるんだぞ?」

 

 桜にそう笑いかけながら、俺たちは校門の外を目指した。周囲は落ち着き、普段の下校の風景にその姿を戻していた。何事もなかったように、そして今からも何も起こらないことを示すように。

 

 

 

 そう。思えば今日こそ、俺が一度死ぬはずだった日。

 俺が慎二を『間桐』と呼ぶ関係になったせいで。

 俺が今日、学校に残らなかったせいで。

 

 この戦争で起こりえたはずの事象は、その様相を変えていくことになった。

 

 

 周囲にはそれぞれの営みの光が見え始めて久しい時間帯、俺は桜を家まで送りに出ていた。夕飯の片づけを終えて、少しばかり休憩をしていた時のことだっ た。普段ならば藤ねえが桜の事を送ってくれる。しかし今日に限って藤ねえは“お姉ちゃんは色々と忙しいのだ!”などと言い、そそくさと自分の家に帰ってし まった。

 確かに俺個人としても普段から桜には世話になっているので、快く送っているわけなのだが、何故だか普段のような会話がない。俯き加減に俺の後ろを歩く桜に俺はどうしたらいいか分からず、黙ったまま歩き続けた。

 

遠くの車の音が聞こえるほど、あまりに静かな路地。

最近の騒ぎのせいもあるのだろう、俺たちの歩く路地にもう周囲に人の影すらない。

 

「――先輩、もうこの辺りで結構ですから」

 深山町の交差点を少し越えたところで、桜が遠慮がちに声をかけてくる。

 

「そうか……家の前まで送るぞ?」

「いえ……ここまでで十分です。すいません、ここまで付き合ってもらってしまって」

 深々と頭を下げる桜にこれ以上何も言えず、俺は彼女の言葉に従うことにした。

 

「じゃあ、気を付けて帰れよ」

「はい、先輩もお気を付けて」

 

 二人で笑顔を見せあいながら、その場で別れた。俺は桜の姿が見えなくなるまで彼女を見届ける。明日も元気な姿を見せてくれたらどれだけいいだろう。

そんなことを考えていた時のことだった、その響きが俺に投げかけられたのは。

 

 

「人の妹を自分のモノみたいに……本当に気にくわない奴だよ、お前は」

 

 街灯に照らされ、その影は立つ。

その立ち居姿は堂々とし、自らの威厳をこれでもかと見せびらかすよう。

その表情は自らの苛立ちを隠さず、ハッキリとした嫌悪を俺に向けている。

 “ここまで感情をぶつけてくるとは、こいつらしくない。”

それがこの男、間桐慎二の今の姿をみた時の、俺の素直な感想だった。

 

「――なんだ? 俺は桜を送りにここまで来ただけ……」

「うるさいよ!! あぁ、本当におまえはうるさい奴だよ!?」

 響き渡る大声。おそらくその声に反応する者もいるかもしれない。

しかしそんなことすら気付かないほどに、慎二は興奮していた。今すぐにでも、俺をどうにかしてしまいたいと言わんばかりの表情を向けながら。

 

 

「衛宮、おまえ魔術師なんだろう? だったら聖杯戦争の事も知ってるんだろ? そうだよなぁ!?」

 ニヤリと嫌な笑顔を見せながら、慎二は言葉を止めようとしない。

 

「――それがどうした? 知ってて、お前に何か関係があるのか?」

 努めて冷静に言葉を紡ぐ。

慎二が俺を試しているというのは明白。そしてこの後の展開も予想できる。

おそらくこの場を逃げきることは出来ない。慎二の後ろに居るであろう、“あのサーヴァント”に速度では敵わないということくらい分かっているから。

 

 ガキンと頭の中で、重い鉄が打ち鳴らされる。

目が覚めるような、慣れ親しんだ感覚。

ダラリと投げ出していた腕に力が、目の前の障害を打倒するための力が籠る。

 

「あぁ~関係ないね。だってさ、おまえは今日……僕に殺されちゃうんだし!」

 余裕に満ちた表情で慎二は呟く。その響きと共に、迫りくるは風すら切り裂く凶器。

ゾクッと身が震える。それはいよいよ始まることへの歓喜?それとも別の感情?

その答えを出せないまま、俺の聖杯戦争は再び幕を開ける。そしてその戦いにおいて最初に相対した敵は、かつて友人と呼んでいた男。

凶器の迫りくる中、苦笑いを浮かべ一人考えたのだ。

戦いの始まりがこんなに皮肉ったらしいものならば、俺は俺のスタンスを貫き通すと。

いつもの馴染みの言葉から、始めようではないかと。

 

 

「――投影・開始(トレース・オン)!」

 

 

 

―interlude―

 

 

 「ついに始めおったか……」

明かり一つない、仄暗い部屋に響く年齢を感じさせる枯れ果てた声。

その響きはどこまでも重い。まるで部屋中をさらに黒に染め上げるように。

声の主は、自分と同じ名を持つ者ととある魔術師の戦いを、自らの一部を介して見守る。

それは肉親を気遣ってでも、興味からの行動でもない。ただ、ついに始まった戦いを見届けんがための、その老人にとっての当たり前の行動であった。

 

「――うむ、一体どのようにして駒を進めていくか……それにしても不確定な要素が多すぎる」

 彼の言う不確定な要素、それは今まさに戦おうとしている魔術師の存在。

それがどのような動きをするのか、それによって自分の今後の選択は変わってくる。

 

「……しかし、前回以上になんとも面白いことよ!」

 誰に語るまでもなく、独り言のように呟く。

その老人を知る者ならば、驚くであろうその所作から、彼が興奮を抑えきれずにいるということは明白であった。

 

 

確かにこれまでにないほどに、戦いに臨まんとする者たちは多彩な人材が揃っていた。

 

 一流の血統を持つ、誇り高き魔術師。

 その流れを汲みながらも、違う色に染まりし少女。

 戦いに巻き込まれてしまった、元暗殺者。

 自らの望みを叶えんがために、生に執着する最早人とは呼べないモノ。

 聖杯を奪取すべく、そしてその受け皿になるべく造り出された聖女。

 監督役という皮を被りこの戦いの中で暗躍する、生まれながらの破綻者。

 そして、この戦い最大のイレギュラー。

 

 この老人が今総ての人物の素性を知らなくとも、いずれ総てが露見するだろう。戦局を見極め自らが勝利者となるために、老人はただひたすらに機会を窺い続ける。

 

 カランと玄関の開く音が聞こえる。

自らの最大の駒。老人の現状の最高傑作とも言える少女の帰宅の音。

 

 

「アレの仕上がりも上々、あとはどの場面でワシが舞台に立つか……」

 

開幕戦をその目で見ながら、呟く。自らの出番を待つ子どものような嬉々とした表情を浮かべながら。

 

 そう。これは老人自身も待ち望んだ戦いでもあったのだった。

 

 

 

―interlude out―

 

 


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