終わりの続きに   作:桃kan

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迫りくる時

 

 

 時は刻一刻と過ぎていく。

間近に迫る季節に焦りを覚えながら、俺は歩みを止めることはしない。

 

ただ、この笑顔に報いるために。

ただ、己の中に後悔を残さないために。

 

 東の空が白み始め、新しい朝を告げようとしている。

季節は冬、ついに俺の待ち望んだ季節は目の前に迫っていた。

 

 

「――投影……開始(トレース・オン)」

 

 俺の中の総てが変わる、魔術を使う、“魔術師”としての自分へ変質していく。

言葉など、切り替えるための言葉など正直どのようなものでも構わない。

ただその言葉が俺にとって “魔術師としてのエミヤシロウ”を容易にイメージすることが出来る一番しっくりくる言葉だったということだけだ。

 

立ち上がりながら俺は両手に夫婦剣を投影し、誰に向けるでもなく正面を見据えた。

そうして干将を縦一線、躊躇うことなく振り下ろす。

剣術の型だとかそんなことは考えない、ただ身体が赴くままに干将を、莫耶を振るい続ける。ただ足掻くように、ただ贖罪するかのように。

 

そう。俺は、エミヤシロウは理解して、覚悟しておかないといけないのだ。

自分はまた、間違った道を歩んでいるのかもしれないと。

 

 自分はあの魔術使いに教えられたはずだった。

 

 正義の味方として生きてきた道に間違いはなかったと。胸を張っていいものなのだと。

 

 それなのに、今の自分はどうだ?なんのために強くなろうとしている?他にやるべきことがあるのではないのか?オレがあの時にあの少女にいった言葉を偽り のモノにするつもりなのか?オレには、オレにはもっと大事にするべきことがあるはずだろう?もっと多くの命を救うこと、より強固な正義の味方を目指すこ と。それがオレのするべきことではなかったのか?

 

「分かっている! そんなことは分かっている!」

声を荒げ、繰り出す剣撃を止めることなく叫ぶ。

 

はっきりとしていた。俺は相反する思いを抱えていると。

 

“成れるなら、再び正義の味方になりたい”

 

 正義の味方になるならば……やるべきことは一つだ。

これから起こりえること、自分が知っている限りの戦いを止めるために奔走し戦いに身を投じればいい。それこそエミヤシロウが貫いてきた生き方、“正義の味方”の生き方だ。

 

 

 

“大事な人を守りたい、その人一人を守れる確かな力を持ちたい”

 

 だが今の自分はどうだ? 再び士郎になった時、何を思った? いったい何を望んだ?

 

 ただ、再び彼女に会えるであろうことを喜んでしまった。出来るならば自分は彼女を守る存在でありたい。俺はそう考えてしまったのだ。

正義の味方として恥ずべき思いを、自分は持ってしまったのだ。

 

「――ッ――ハァ! ハァ、――ッッ!」

 もう一度力強く、自分の中に在る曇りを断ち切るように横一線、莫耶を振るう。徐々に身体は限界に近付いていく。

それでももう少し、今一度と俺は夫婦剣を、自らが描き続けてきた馴染みの剣を振るい続ける。

 

 

 断ち切ろうとしたのは自分の甘さ。

俺はこの境遇に立ってもなお、成し得ていないことがあった。

強くなると、覚悟を揺るがさないと決めていたのに、俺は常に揺れている。

 

 桜の、この街で出会うはずだった人たち事、これからの戦いできっと危険に晒されるであろうことを分かっていて、俺は考えてしまうのだ。

どうしてもこの人たちを救いたいと、危険な目にはあわせたくないと。彼女を選んでしまった俺が、そんなことは出来ないと一番分かっているはずなのに……。

切嗣が最期に見せた笑顔が、幹也さんと式さんが言った言葉が胸に突き刺さり、俺を苦しめる。それはきっと、俺があまりに無謀で自分勝手な思いを抱え込んでしまっているとハッキリ理解させられてしまうからだろう。

 それでも、それでも俺は守り抜きたいんだ。

大事だと思えたモノを、絶対にこの手からは落とさないと誓いたいんだ。

 それが、かつての俺に出来る唯一の贖罪だと思うから。

 

 

 震える手に力が入らず、ついに干将、そして莫耶を床に手放し、膝を付き倒れこんでしまう。

きっと今の俺の姿はあまりに情けないだろう。きっと笑われるかもしれない。

 

 

 それでも、こんな生き方しか出来ないから……俺は這いずってでも前に進むしかない。

もう引き返すことが出来ない。俺が気付かぬふりをしていた間にも刻一刻と時間は迫る。

 

 俺の、エミヤシロウの矛盾を孕んだまま、物語はその重い幕を開こうとしていた。

それは回避できるはずだった戦争……俺が招いてしまった災厄だった。

 

 

 

 

―interlude―

 

 

 

 

「それで結局、橙子さんから何を言われてたの?」

 

「――ん?そんなに大したことじゃないさ」

 

「でも、あんなに必死だったじゃないか?」

 

「……はぁ、幹也には隠し事って出来ないな」

 

「まぁ、君の事ずっと見ているかな……分かっちゃうんだよ」

 

「――言われたんだよ、『お前に足りない最後の部分』を埋めてくれるってさ」

 

「足りない部分?」

 

「あぁ、何ていうのかな……説明しづらいんだけど、結局オレは不確かだったんだよ。いくら幹也と一緒に居ても、どれだけ日常の中で生きてても」

 

「式……」

 

「アイツは、士郎はそこを埋めてくれるって、トウコは言ってた。……まぁ実際、トウコに良いように使われただけなんだろうけどね」

 

「士郎くんを、強くするため?」

 

「さぁな……まぁ良いきっかけにはなっただろ」

 

「確かに。橙子さん凄く士郎くんにご執心みたいだからね」

 

「とりあえず、これからは士郎自身がどうするかってとこだろうな。」

 

「そうだね。士郎くんなら大丈夫だよ……それで、君は大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫に決まってるじゃないか。だって……」

 

 

 

 

 

「うん。僕は君を一生、離さないからな」

「――当たり前だろ? 離れてやらないよ、オレも」

 

 

 

 

―interlude out―

 

 


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