そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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万策も精魂も尽き果てた

『勇姿はちゃんと見てるから頑張れ』

 

 ユーノを経由し、徹から激励の言葉を受け取ったなのはは、脳髄に、全身に電流が走る思いをした。

 

 徹お兄ちゃんが見てるんだ! 直接お喋りできなかった分、バシっ、と頼りになるってところを見せなきゃ!

 

 意気込みとしては少々不純な動機ではあったが、恋する一人の女の子としてならば、これ以上ないほどに純粋な理由であった。

 

 なのはは左手に携えるインテリジェントデバイス、レイジングハートを握り直す。

 

「行くよ、レイジングハート!」

 

『はい、マスター。準備は万端整っています』

 

 なのはは急旋回して大型傀儡兵の照準から外れると、レイジングハートの先端部を標的目掛けて突きつける。狙うは六本あるアーム。まずはそれらを機能停止に追い込む。

 

 一気呵成(いっきかせい)に大型を葬り去りたいのは山々であったが、大型はその巨体に恥じぬ装甲と打たれ強さを誇っており、数発程度の射撃魔法や、チャージ時間の短縮を優先した結果威力が落ちたやっつけの砲撃では撃墜することはかなわない。最大まで魔力を蓄えたなのはの砲撃でさえ、大型の装甲板を撃ち貫けるかはわからなかった。

 

 なのでまずは、魔力で構成された弾丸を雨の如く撒き散らす六本のアームから取り除き、砲撃の溜め時間を作り出すことを先決した。

 

 同じタイミングで大型の銃口から逃れたフェイトが隣に立ち、目配せしてくる。

 

 フェイトからのアイコンタクトになのはは無言で頷いた。

 

 今から何をするか、どう攻めるか、どのタイミングで仕掛けるか、どこを攻撃するかなど、打ち合わせしておくべき事柄は多くあったが、事ここに至って二人の少女の間に言葉など無用であった。

 

 気持ちが通じ、思いが伝わったなのはとフェイトの心は繋がっていた。

 

 互いが手に携えるデバイスの、コアとも言える宝石のような部分が、一つ二つと瞬く。その輝きは頑張れ、と応援しているようにも、しくじるなよ、とせっついているようにも見えた。

 

 一秒にも満たない無声の作戦会議を視線で交わし、なのはとフェイトは再び散会した。

 

 大型と一定の距離を保ちつつ、なのははレイジングハートへ話し掛ける。

 

「弾幕が薄くなってる……今がチャンス、だよね?」

 

『はい。ユーノが大型の注意を引きつけたおかげで、蜘蛛の足のような爪二本分魔力弾が減っています。これもユーノの戦果ですね』

 

「ひやひやするところもあったけど、ユーノ君すごかったよね。十本以上の拘束魔法を自在に操って、大型の砲撃まで利用して、文字通りに一網打尽にしちゃうんだもん」

 

『たしかに、あそこまで己の手足のように複数の拘束魔法を同時に展開、操作するのは賞賛して(しか)るべきですが、無鉄砲というか、とある誰かさん(・・・・・・・)と重なる部分がありましたね。向こう見ずな性格まで真似をする必要はないでしょうに』

 

 レイハの痛言に、なのははただ楽しそうに、にゃははと笑う。

 

 これまで、なのはとフェイトが二人がかりで大型に相対していたのに攻めあぐねていたのは、大型が放つ弾幕が原因だった。降り頻る魔力弾の豪雨により、大型を撃ち落とすどころか牽制の射撃魔法さえままならない状況であったのだ。

 

 しかし、ユーノの働きがあり、大型のアームが二つもなのはとフェイトから外れた。これまでとは格段に弾幕の密度が減少し、反撃に打って出ることが可能になったのである。

 

「ユーノ君は活躍したし、徹お兄ちゃんもどこかで……きっとみんなのために頑張ってるはず! なら、わたしもいいとこ見せなきゃ!」

 

 なのはの気合いに同調するように、魔力がレイジングハートに込められた。

 

 蛇行しながら魔力弾を回避し、タイミングを見計らって急停止。なのはの周囲に桜色の魔力球が三つ浮かぶ。左手のレイジングハートを払うようにして振ると、三つの桜色の弾丸は大型へと強襲した。

 

 なのはの魔法を撃ち落そうと大型が連射するが、誘導弾は速度を維持したまま軌道をくんっ、と変え、迎撃を躱し続ける。

 

 六つある大型のアーム、その左側の一番上にある一本に、なのはの誘導弾は着弾。しかもただ直撃しただけではない。虫の足の関節部のような、動作性をスムーズにするために装甲が薄くなっている()ぎ目の部分を狙い澄ましたのだ。

 

 速度自体はそれほど速くないが、誘導性能と威力は申し分ないなのはの射撃魔法をまともに受けた大型傀儡兵のアームは、派手に爆発の火の粉を散らし、ついには半ばから折れて落下していった。

 

 なのはが落としたアームの反対側、右側でも、三本の内の一番上にあるアームが根元からすっぱりとなくなっていた。

 

 構造上の弱点である関節部には、金色の魔力で構築された刃が突き刺さっている。投擲(とうてき)も可能なフェイトの魔力刃が、アームの一つを斬り落としたのだ。

 

 たじろいだようにも見える大型の様子を視認し、なのはは畳み掛けるならここだ、と確信する。

 

「レイジングハート、少しの間防御をお願い」

 

『お任せください』

 

 空中に立ち止まり、なのはは音叉状のレイジングハートを構え、チャージを開始する。

 

 六つのうち二本のアームの狙いは、ユーノに向けられてからまだなのはとフェイトに戻ってきておらず、また二本はなのはとフェイトがそれぞれ一本ずつ使用不能にした。現在使えるのは残りの二本だけ。たった二本のアームから放出される魔力弾では、到底なのはとフェイトの進撃を抑え(とど)めることはできなかった。

 

 フェイトは射出することもできる刃、アークセイバーで大型のアームを落とすと、距離を置かずに敢えて接近する。鎌状に変形しているバルディッシュの先端には、投げ飛ばした金色の光刃が既に再生されていた。

 

 フェイトは大型から放たれる魔力弾を容易く回避しながら、通った道に輝線を描くほどの速度でもって肉薄する。

 

 対してなのはは足を止め、砲撃のチャージに神経を集中させていた。

 

 躱せそうな弾道のものなら緩やかながら動いて躱し、直撃するものはレイジングハートに障壁を張らせて防ぐ。一撃に途轍もない重さがある砲撃ならともかく、連射性に重きを置いた魔力弾であれば、短時間防ぎきることになんら問題はない。豊富な魔力と、優れた防御適性を持つなのはならではの戦法だった。

 

「そろそろいいかな」

 

『枯れ果てた木の枝のようなひょろひょろの腕を弾き飛ばすには、充分過ぎる魔力です』

 

 フルパワーとまではいかないにしろ、充填された魔力はレイジングハートの先端に集積した。あとはもう、引き金を絞られるのを待つだけ。

 

「それじゃあいくよ!」

 

『All right!』

 

 杖に纏う四つの環状魔法陣が、一際強く光り輝く。

 

「ディバイン……」

 

『Divine……』

 

 音叉の先端部に蓄えられた球状の魔力がどくんと脈動し、ふた回りほども大きくなる。

 

「バスターっ!」

 

『Buster!』

 

 破裂寸前の水風船に穴を開けたように、桜色の魔力は前方へと吐き出された。

 

 なのはへ向かって大型が放っていた魔力弾は、強風にあおられる羽虫の如く払い飛ばされ、消滅する。なのはの砲撃と軌道が微かにずれていても、魔力の圧力で弾丸の射線は歪められていた。

 

 桜色の奔流は大型の背部から伸びる左側のアームの真ん中、爪の先から中間あたりまでを焼き払い、消し去った。

 

「ユーノ君もあれだけがんばったんだもん! わたしだって!」

 

『え? ちょっ! マスター! 危険です!』

 

 空中に描かれた魔法陣の上に立ち、砲撃を放っていたなのはは、同時に飛行魔法を展開する。砲撃は維持したまま、飛行魔法を精密制御し、姿勢はそのままに身体の向きだけ下へとずらす。

 

 照射され続けている砲撃はゆっくりと照準が下方へと移動し、大型傀儡兵についている左側のアームの最後の一本までをも焼き切った。

 

 仕事を終えた砲撃魔法は柱のように太かった状態から徐々に細まっていき、そして完全に消える。

 

「ふぅ……できたの!」

 

『できたの! じゃないです! 凄く危ないことをマスターはしたのですよ!? わかっていますか?!』

 

 攻撃が成功して、安堵とちょっぴり疲労の溜息をつくなのはに、レイジングハートが語勢を強めて上申する。

 

 レイジングハートの恐れももっともであった。

 

 砲撃を使いながら方向を変えるのは、本来は大変危険な行為だ。それは超高圧に圧縮された水をホースから出しながら動くようなもの。飛行魔法の魔力コントロールをしくじれば体勢が崩れ、砲撃がどこへ向かうかわからなくなる。魔法を行使した魔導師はもちろん、周囲にいる仲間にまで被害が及ぶ可能性もあった。

 

 (あるじ)の身の安全を(おもんぱか)った末、珍しくレイジングハートがなのはに苦言を呈したのだ。

 

 注意を受けたなのはは、咲き誇る花のように可憐に笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だよ。わたしが失敗した時は、レイジングハートがフォローしてくれるでしょ? 心強いパートナーがいるから、わたしはいつも力一杯全力でできるんだよ」

 

『あぅ……。あの、マスタぁ……でも……。……んぅ……はぃ』

 

 信頼している、頼りにしている、と言外に言われ、その上純度百パーセントの笑顔を見せられれば、主思いのデバイスとしてはもうなにも言えなくなる。レイジングハートはもごもごと口籠り、二の句を継げずに認めることとなってしまった。

 

「あ、フェイトちゃん!」

 

 なのはとレイジングハートが主従の()を深めていると、黒色の大鎌を携えたフェイトが大型がいる方向から飛んできた。

 

 ちらとフェイトの遠く後ろにいる大型傀儡兵になのはが目を向けると、なのはが撃ち貫いた左側のアーム三本はもちろん、右側のアームも一本残らず消え去っていた。なくなっている部分を注視すると、プラスチックをホットナイフで溶かし切ったかのように滑らかな切断面が見えた。魔力刃でフェイトが叩き斬ったのだ。

 

 フェイトはなのはの少し手前でくるりと一回転し、さらにひねりを加えるというアクロバットを披露すると、隣に並び立ってぴたりと静止する。

 

 何気なくといった風に平然とやってのけたフェイトだが、たったそれだけの挙動の中にも驚嘆に値する技術の数々が盛り込まれていた。

 

 なのはの横で浮遊するフェイトの身体は油断なく大型傀儡兵に向けられていたが、首を傾けるような形で隣の少女を見やる。

 

 フェイトは微笑を湛えていた。

 

 フェイトの笑みにつられ、なのはもはにかむように笑う。

 

 大型の三対の砲口を潰したお互いの頑張りを褒め合うような視線のやり取りだった。

 

 仲が良すぎる二人に業を煮やした大型が、ついに再び動き出す。

 

 重たい機体を浮かばせるためだけの流線形の円盤型脚部かと思われていたが、そのような無駄な構造にはなっていなかったらしい。脚部の前面装甲がスライドし、そこから、後背に備えつけられていたアームなどとは比べ物にならないほど大きな砲門が姿を現した。

 

 それは見るからに威圧的なフォルム。外敵を駆逐(くちく)するためだけに設けられた、排他的な外観の砲台は見るものに畏怖を与えて(はばか)らない。

 

 人を傷つけることのみを用途とした凶器の眼光に、正面から見据えられたなのはとフェイトは目を見開いて息を呑んだが、しかし、闘志にはなんら(かげ)りは見えなかった。どころか笑みを絶やすこともなく、なのはが口を開く。

 

「あれはさすがに手強そうだね。きっとわたし一人じゃ撃ち負けちゃう。でも……」

 

「うん。二人で(・・・)、なら」

 

 二人は見つめ合って想いを伝えると、同時に手に持つデバイスを大型へと突きつける。

 

「不思議だね。隣にフェイトちゃんがいたら……なんだか、なんでもできそうな気がする」

 

「私も、心があたたかくなって、不安とかそういうのがなくなっていく。負ける気なんて全然しない」

 

 なのはが両手で持つレイジングハートには四つの環状魔法帯が取り巻き、フェイトの足元には金色の閃光を瞬かせる魔法陣が描かれる。

 

 ただ魔法を起動させただけ、ただチャージを始めただけなのに、二人の圧倒的なまでの魔力により空気は震え、建物がわずかに軋みという名の悲鳴をあげた。

 

 対する大型傀儡兵も、好き勝手やってくれたなのはとフェイトへ借りを返すべく、砲身にエネルギーを充填させる。

 

 円盤を彷彿とさせる脚部の各所が小さくスライドし、赤熱した配線のようなものが顔を覗かせた。赤い光を灯す数条のラインは、蒸気を吐き出しながら脚部全体から伸ばされ、砲身に収斂(しゅうれん)されていく。エネルギーの送搬と冷却を兼ねた機構のようだ。

 

「フルチャージ完了! いくよ!」

 

「こっちも大丈夫。いつでもいける」

 

 なのはが握っているレイジングハートの先端、音叉状の先には、暴発寸前のような危うさを感じさせるほど凶暴な魔力を圧縮、集約させた桜色の球体。魔力帯は放つ光を強めながら、レイジングハートの杖身を回転する。

 

 フェイトが携えるバルディッシュは、その身に余すところなく主からの魔力を内包し、解き放つ時を今か今かと待っていた。表情には現れなかったが、フェイトの感情が昂ぶっているのが、周囲で弾かれるように鳴り渡るスパーク音と閃光が(もたら)す煌めきによって、ありありと見て取れた。

 

 二人の少女の顔に、不安や恐怖など一切なかった。

 

 唇を小さく開いて肺いっぱいに空気を吸い込み、つぶらな瞳とデバイスの照準を大型傀儡兵へと向ける。

 

「ディバインっ!」

 

「サンダー……っ!」

 

 短くとも、二人の息と言葉はずれもぶれもせず、調和する。

 

 なのはとフェイトの和音は、砲撃魔法の発動音や、傀儡兵が動くたびに生み出す稼働音を貫き、引き裂き、響き渡る。

 

「バスター!」

 

「スマッシャー!」

 

 金と桜の光は互いに寄り添い、互いに掣肘(せいちゅう)することなく、どころか相乗効果でその勢いを増しながら大型へ一直線に叩きつけられる。

 

 しかし大型の装甲を穿つ寸前、脚部の砲門に蓄えられたエネルギーのチャージが完了した。頭部に嵌め込まれているアイレンズが妖しく瞬く。なのはとフェイトの砲撃に抗うように、巨大な魔力の塊が応射される。

 

 両勢力の砲撃は伯仲していた。

 

 真っ正面から大規模な魔力がぶつかり合い、それにより岩にぶつかる水流のように、継続して照射されている砲撃魔法は魔力粒子をあたりに散乱させる。弾け飛んだ魔力の欠片は建物内部の壁を焼き、穴を開けた。

 

 数秒ほど彼我の魔法は拮抗していたが、それも長くは続かなかった。

 

 魔法は人の感情、心により、その威力を増大させもするし、減少させもする。精神が衰弱し、弱り切っていれば万全の状態の時と比べて半分以下にまで落ち込むこともある。

 

 機械仕掛けの傀儡兵はスペックデータ通りのポテンシャルを、常に百パーセント発揮することができるのだろう。人間の魔導師とは違い、そこに調子の良し悪しなど介在しない。

 

 しかし、人間は時として、百パーセント以上の力を、己の限界を超えた力を振るうこともあるのだ。

 

 すれ違いばかりで敵対していた関係が変わり、面と向かって笑顔で気持ちを伝え合うことができ、穏やかに言葉を交わすことができるようになって、共に困難を乗り越えようとしている友だち(・・・)が隣にいるのなら、限界なんて容易く翔び越える。

 

 ここまでの戦闘で疲労のピークを迎えていてもおかしくはない二人の少女は、揃って顔を見合わせ、笑みを浮かべ、声高らかに叫ぶ。

 

「「せーのっ!」」

 

 なのはとフェイトの魔法陣はより一層輝きを強め、放たれる砲撃は密度を高めて勢いを増した。大型からの砲撃を呑み込むように、桜と金の奔流が覆い尽くす。

 

 大型は最後の抵抗のように一瞬だけ持ち直そうと出力を上げたが、悪足掻きはそこまでだった。

 

 力の天秤が傾き、じわりじわりと進行していたなのはとフェイトの砲撃が大型傀儡兵の砲口を潰す。瞬間、抗う手段を失った大型は激流に呑まれる一枚の木の葉のような呆気なさで、その巨体を二つの砲撃に容赦なく食い破られる。

 

 (とど)まるところも加減も知らない二人の才気(みなぎ)る少女の放射は大型の装甲を噛み千切るだけでは飽き足らず、背後の壁を貫通、破壊し、砲撃の勢いそのままに空けられた穴から大型を弾き出した。

 

 機体の殆どを、ウェルダンなんてレベルではないほど焼き尽くされた大型傀儡兵は、システムに深刻なダメージを受け機能停止。次いで魔力回路を大きく損傷したことで爆発する。その身を以て綺麗な花火を作り出し、薄暗い庭園内を照らした。

 

 大型傀儡兵が現れた時の穴と、なのはとフェイトが貫いた穴とが合わさり、建物の壁の一角には巨大な空洞が出来上がっていた。破壊された規模は円周部分の内壁の、実に三分の一にまで及ぶが、縦長の建造物は案外頑丈に建築されているらしく、今の所倒壊する恐れはなさそうだった。

 

 建物の被害箇所を増やしつつも大型を排除した二人は、額に汗を浮かばせ、息を多少荒げてはいたが、両者ともに顔色は明るいままであった。

 

 首筋に張りつく金色の長い髪を小指で払いながら、フェイトが微笑む。

 

「徹が来る前に倒しちゃったね。少しくらいは活躍の場を残しておいたほうがよかったかな」

 

 砲撃を使用した為に砲身に溜まった熱と余剰魔力をレイジングハートが排出するのを眺めていたなのはは、同じように明るくフェイトに返答する。

 

「気にしなくていいの! いつも無理とか無茶して徹お兄ちゃんはがんばりすぎるから、たまには働かないときがあってもいいんだよ」

 

 おどけた調子で、なのはは右手の人差し指を立てて、続ける。

 

「それに毎回最後のおいしいところを持ってくんだもん、活躍の場をもらいたいのはこっちなの!」

 

「ふふ、そうだね」

 

 自然と口から言葉がついて出る。

 

 二人が話している様子は、はたから見れば年相応の女の子のお喋りとなんら変わりはしなかった。

 

 

 なのはとフェイトが力を合わせて大型を片付け、これまでの時間を取り返すように談笑していると、二人の支援に回っていたユーノとアルフが合流する。

 

 ユーノとアルフにも特段怪我はないように見受けられたが、心なし服装が埃っぽくなっていた。

 

 暗い笑みを顔面に貼り付けたユーノが口を開く。

 

「ねえ、二人とも。ど派手な魔法で大型を打ち倒したのはいいんだけどさ。僕たちが近くにいたことを憶えてくれていたかな?」

 

「「あ」」

 

 なのはとフェイトは二人揃って、手で口を覆った。気まずそうに目を逸らす。

 

 ユーノから視線をずらしたフェイトに、アルフが回り込む。

 

「忘れてたのかい? 忘れてたんだね。間一髪で巻き添えは喰わなかったけど、急いで離れても建物の瓦礫とか砂埃を被ったんだよ、こっちは」

 

 おかげで尻尾を動かすたびに埃が出るんだからね、と言いながらフェイトに、元はふわふわでキューティクルに輝いていた自慢の狼尻尾をぶつける。

 

「ご、ごめんね。けほ、終わったらシャワー浴びなきゃだね。けほ、こほ……アルフの尻尾、掃除の道具みたいに埃を絡め取るんだね」

 

「誰のせいだーっ!」

 

 フェイトは咳き込みながらアルフに謝るが、最後に余計な一言をつけ加えたせいでいらぬ反感を買う。

 

 なのはとユーノは、仲の良い姉妹のような二人を見て、失礼だとは思っていても笑うのを堪えることはできなかった。

 

 一頻(ひとしき)り朗笑し、笑いすぎて目元に浮かんだ涙を拭いながら、ユーノは大型を破壊したMVPであるなのはとフェイトを褒め称える。

 

「でも、傍迷惑なほどの威力と規模だったとはいえ、二人の砲撃はすごかったよ。最後、大型が溜めていた魔力は凄まじい密度だったからね。あの(せめ)ぎ合いに競り勝って、しかも壁まで貫いて外に追いやるなんて」

 

 ユーノからの手放しの賞賛を受け、面映ゆいといったようになのはは顔を赤く染めた。

 

「あれは……まぁ、隣にフェイトちゃんがいたし……」

 

「君が隣にいてくれたからあれだけの力を出せたんだって……私も思う、よ……」

 

 なのはとフェイトはそこから指の先を絡ませ、互いに目を伏せて、時折ちらちらと盗み見るように窺いながら話をする。両者の顔は熟れた林檎より紅潮していた。

 

 違う世界へ旅立った二人の少女に早々に見切りをつけたユーノは、そちらは放っておいてアルフへ話しかける。

 

「この建物って結構丈夫に作られているんだね。これだけ魔法を撃ちまくってびくともしない」

 

「そりゃそうさ。プレシアがじきじきに増改築の設計図をひいて、リニスが手ずから魔改造を施した……らしいからね。こんなもんじゃ崩れたりしないよ。そうだね、あと一回二回くらい大型と戦っても大丈夫なんじゃないかな」

 

「そう何回も戦ってたら、建物じゃなくて僕たちのほうが大丈夫じゃないよ」

 

 アルフの冗談に、ユーノは笑いながら返す。

 

 おそらく、この場にいる四人全員、大型を倒したことで気が緩んでいたのだろう。

 

 道を阻んでいた大型は薄闇を裂く贅沢な花火となり、普通サイズの傀儡兵は瓦礫の山に成り果てた。ここからは、なのはとユーノは魔導炉を止めるために建物を上っていき、フェイトは母親であるプレシアの元へ、アルフはフェイトに付き添う形でこの場を後にするだけ。束の間の休息に心身を休め、戦勝の余韻に浸り、強敵撃破の喜びを仲間とともに噛みしめる。そのくらいは許されるだろうと、心のどこかで思っていたのかもしれない。

 

 しかし、ここは敵の本拠地にして、本丸にして、作戦遂行の為の中核である魔導炉へと通じる道である。

 

 余裕など、猶予など、あるわけがなかった。

 

 地響きのような轟音が、四人の耳朶を打つ。

 

 四人は一斉に、音の発信源へと目を向ける。

 

 四人がいる位置よりも少し下、大型傀儡兵となのはとフェイトにより壁が壊され、ぽっかりと大きな穴が空いているその空洞から、見覚えのあるとても大きな(・・・・・・)シルエットが姿を見せた。

 

 なのはが、信じられない、という目でその存在を凝視する。

 

「大型……まだ、あったんだ……」

 

 しばし現実を受け入れられずに固まっていたユーノが、心を強く持って新しく現れた大型傀儡兵を認める。

 

 と、同時にアルフを詰問する。

 

「アルフが余計なフラグを立てるからまた出てきちゃったじゃないか!」

 

 八つ当たりだった。

 

「いやいや! あたしのせいみたいに言わないでほしいよ! まさか本当に出てくるなんて思わないじゃないか!」

 

「二人とも落ち着いて。今はあれを倒す算段を立てることが一番大事だよ」

 

 緩んだ空気を引き締め直したのは、凛と響くフェイトの声だった。

 

「大丈夫、なにも問題はないよ。なにより一回勝っているし、こっちは四人もいる。アルフとユーノはあいつの動きを少しでも抑えて。あとはさっきと同じように、砲撃でやっつければいいだけだよ」

 

 ほら、簡単だよね? そう言って、フェイトは三人に小さく笑みを見せる。浮足立った雰囲気を、前向きなものへと一変させた。

 

「相手はたった一体、みんなで協力すればなんてことは……」

 

 轟音は鳴り止まない。建物の壁の一部がさらに崩れた。

 

 新しく現れた大型の後ろから、さらにもう一体、いやらしげにアイレンズを輝かせながら登場する。

 

「…………」

 

 言葉を失ったフェイトに代わり、なのはが引き継ぐ。

 

「だ、大丈夫なの! ユーノ君とアルフさんの二人で片方を引きつけてくれたら、わたしとフェイトちゃんで力を合わせてもう片方を倒すから!」

 

 なのはの輪郭に沿って冷や汗が伝うが、本人は気にも留めずに作戦を伝達する。気にも留めずというか、気にしている余裕がないだけであるし、作戦と呼ぶには大雑把に過ぎるが、へこたれそうになったみんなの精神状態をその一言で持ち直させたのは事実だった。

 

「問題ないよ! みんなで精いっぱいがんばれば、大型の一体や二体や三体なんて、敵じゃないの!」

 

 建物を震わせる振動の数が増える。三体目が現れた。

 

 三体目の大型は後背部から伸びる六本のアームを、まるでなのはたちを虚仮(こけ)にするかのようにちょこまかと左右に振っていたが、それに突っ込む元気は、なのはにはもうなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 フェイトに続き、なのはも撃沈。

 

 主人の遺志を継いだアルフと、魔導師としての弟子や後輩とも呼べるなのはの想いを代わりに担ったユーノが、敗戦ムード濃厚な空気をどうにか払拭しようと策を練る。

 

「……長時間は無理だけど、僕とアルフがそれぞれ一体ずつ大型のアームを拘束魔法で縛りつけて、邪魔をさせないようにする」

 

「そのうちにフェイトと……なのはとか言ったっけ? なのはが速攻で一体やっつける」

 

「二体にまで減らしたら、僕とアルフが片方の動きを全力で食い止めるから、なのはとフェイトも全力でもう一体倒して」

 

「一体ずつ順番に倒していったら、きっとなんとかなるさ! いけるいける!」

 

 口をへの字にして半泣きになっていたなのはとフェイトに、強気を装ってユーノとアルフが提案する。

 

 冷静に考えれば現実味に欠ける上に無理のある作戦ではあったが、一応それっぽく取り繕われていて、ぱっと聞いただけなら『あれ、もしかしたらなんとかなるかも』と気持ちを明るくする程度には道筋を示した作戦であった。少なくとも、擦り切れそうな神経を繋ぎ止めるには充分なものであった。

 

 三体目の背後にくっつくように、四体目、五体目が現れた。

 

「リぃぃニスぅぅっ! 大人気(おとなげ)ないにもほどがあるだろぉぉっ!」

 

 アルフの神経はぶち切れた。

 

 大型傀儡兵軍団は上空にいるなのはたちに、各々が六つ持つアームを差し向ける。破壊力満点の砲撃と、速射性連射性に優れた射撃の二種類を撃ち分けることが可能なアームが、合計三十本、なのはたちを捉えていた。

 

 四人は、万策も精魂も尽き果てた。

 

 大型傀儡兵の砲弾は建物の壁を容易に貫く。障壁を張っても長時間は持たない。大型一体であっても、アーム六本から繰り出される魔力弾の弾幕は躱すのがやっとで、近寄れないほど密度の濃い弾幕が展開される。それが五体分ともなれば弾丸のない空間などなくなる。魔力弾の雨ではなく、文字通りの壁となることだろう。逃げ場所すら用意されていなかった。

 

 五体いる内の先頭の傀儡兵のアイレンズが、あたかも勝利を確信したかのように淡褐色に輝いた。

 

 死中に活を求める四人だが、全員が助かる答えは見つけられなかった。

 

 なのはのスターライトブレイカーなら五体纏めて黄泉の国へと葬送できるかもしれないが、いかんせん準備に時間がかかる。フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトで弾幕を迎撃するにも、この大規模射撃魔法が放射される時間は四秒ほど。弾の数では張り合えても、継続して撃ち続けることができない以上先はない。防御適性に秀でたユーノとアルフが敵からの攻撃を防いで時間を稼ぎ、なのはとフェイトの大魔法で一掃する案も浮上するが、すぐに潰える。一発でさえ途轍もない威力を有している砲弾が、三十のアームから連続して放たれれば、さしものユーノとアルフの障壁とはいえ数秒と耐えられない。

 

 カウントダウンは刻一刻と数を減らしていく。

 

 アームの先端に魔力の光が灯り、それらは徐々に肥大化していく。

 

 ――もう、手がない――

 

 四人が諦めかけたその時、目の前に一つの影が降りてくる。右手に大きな丸い玉のようなものを掴んでいる人影は、足元に障壁を展開し、乾いた気味好(きみよ)い着地音を鳴らす。

 

 申し訳なさそうな表情でなのはたちへと振り返った。

 

「遅くなってごめんな。さすがにちょっと手間取った」

 

 逢坂徹。この場の誰よりも能力的に劣っている彼は、この場の誰も持っていない切り札を手に、圧倒的な戦力差がある戦いをひっくり返す。

 

 




次の話で傀儡兵さんたちにはご退場願いまして、とうとう「ラスボス」と会敵することとなります。……おそらく。

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