そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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まさしく、出オチ。

2014/10/11
クロノに対するエイミィの呼び方について修正しました。


評価は全部『良くできました』と『もう少し頑張りましょう』のどちらかでいい

 中指をあて、前後に滑らせる。

 

ぬめりのある液体が指に纏っているおかげで潤滑油の役割をして動かしやすくなっていた。

 

「ここが弱いんだろ? もう知ってるんだぜ」

 

 突起しているところをくにくにと指で転がせば、一段といい反応を返してくる。

 

「くくっ、喘ぎ声を押し殺すように震えちゃって……可愛いなぁ」

 

 耳元で囁くように、俺は口を近づけて言葉で羞恥心を煽った。

 

 指をなぞらせるスピードを時に緩めてもどかしさを与え、時に激しく動かして一息に攻め立てる。

 

緩急を織り交ぜることで飽きさせることなく、終わりまで愉しませることができるのだ。

 

「こんなに漏らして……困った子だな」

 

 溢れ出したそれを見て、思わず笑いが込み上げてくる。

 

 俺もあまり経験が多い方ではない。

 

ちゃんとできているかどうか、満足させることができているかどうか不安だったが、この様子を見る限り俺は下手ではないようだ。

 

「さて、ラストスパートといくか」

 

 俺の一言に呼応するように、触れている部分をぴくんと期待するように震わせた。

 

 それを見て取り感じ取り、俺は…………清潔な布巾で余剰分の精密機械整備用オイルを拭う。

 

これにてお手入れ終了である。

 

「いくら明るい時間帯とはいえ、そんなに魔力光を漏らすなよエリー。誰かにバレたらどうするんだ」

 

 エリーは応答か、もしくは小さく抗議するように、弱々しくぷるぷると震えた。

 

 レイハといいエリーといい、お手入れすると様子が変わるのはこういう形状の物体には共通していることなのだろうか。

 

気を良くすることはあっても気分を害することはないようなので、別段構いはしないのだが。

 

 今日は四月二十七日の日曜日、午前十時。

 

言うまでもなく、勉強会があった土曜日の翌日である。

 

 なぜこうして休日の朝から唐突にエリーのお手入れをしているのかというと、理由はとても簡単で単純、ほかにすることがなかったからだ。

 

 せっかくのお休みなのでどこかへ遊びにでも、それこそ高校生らしく買い物やカラオケや映画にでも行けばいいのだが、いかんせん、行く相手がいない。

 

恭也は店を二日連続で休んだのでシフトが向こう十数日組み込まれたらしいし、忍もあれで忙しい身の上なので習い事などの所用により予定が埋まっていた。

 

勉強会の帰りに連絡先を教えてもらっていたので長谷部と太刀峰にも遊べるかどうか聞いてみたが、試合が近いということで日曜日にも部活があるとのだった。

 

土曜日にも部活はあったそうだが、無理を言って休ませてもらったそうだ。

 

勇気を振り絞って鷹島さんにも連絡してみたが、家族みんなでお出かけするとのことで予定が合わなかった。

 

こちらが申し訳なく思うくらいに謝り倒されたので、もうなにも言えなかったのである。

 

 よって俺は掃除洗濯などの家事を片付けると特になにをするでもなく、だからといってぼぉっと佇んでいるのももったいないと思い、せっかくなのでジュエルシードを発見してくれた慰労を兼ねてエリーのお手入れをしていたというわけである。

 

 球体のレイハよりはひし形のエリーのほうが多少手間があったが、それでもさほど時間はかからなかった。

 

 趣味はないし、家事も終わらせてしまったし、なにか買い足しておかなければいけない消耗品も特に思い当たらない。

 

姉ちゃんは今日も今日とて就労に励んでいるので姉ちゃんの世話を焼くこともできない。

 

《逢坂徹、これから暇か?》

 

 この際、お仕事中かもしれないが鮫島さんに電話して、余裕があるようであれば稽古でもつけてもらおうか。

 

鮫島さんがダメなら、翠屋に行ってお手伝いでもさせてもらおうかな、などという考えに帰結しようとしていた時、変声期をまだ迎えていないようなボーイソプラノが俺の頭に響いた。

 

 どこかつんけんした声色がちら見えするこの声には聞き覚えがある。

 

時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。

 

 クロノの念話による予定の有無の確認に、俺はもちろんイエスと即答した。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 呼ばれて飛び出て向かってみれば、行き先はL級次元巡航船アースラの船内、その一室である訓練室だった。

 

 時空管理局の乗組員さんに案内されて訓練室の扉をくぐると、もちろんクロノもいたのだが、他にもちらほら人がいた。

 

 しかし、みなさんずいぶんとカラフリーな頭をしていらっしゃる。

 

男性だけでなく、人数は少ないものの女性もいらしたのだが、揃いも揃って顔面偏差値が高い。

 

この輪に混ざるのはかなり気後れする。

 

 クロノは部屋に入ってきた俺の姿を捉えると、すでに訓練と職務に勤しんでいた局員たちから離れて俺へと足を向けた。

 

「思ったより早かったな。もう少し時間がかかるかと思っていた」

 

「まさしく暇だったんだ。することがなくて困っていたくらいだったからな。で、俺はなんで呼ばれたんだろうか」

 

「理由も聞かずに二つ返事でよく来たな……。なのはやユーノの魔力値は計測できたんだが、貴様……失敬、逢坂徹の数値だけはいまいち判然としなかったから、今回はその測定だ」

 

「今日の予定はわかった。あと俺の呼び方はなのはやユーノを呼ぶように徹でいいだろ。これから……少なくともしばらくは行動を共にするんだから、仲良くやろうぜ。俺も悪かったからさ」

 

「……釈然としないが、たしかにその通りだ。僕のほうにも態度や接し方に問題があったと思う。それじゃこれからよろしく、徹」

 

 俺が差し出した手を、眉間にしわを寄せながらもクロノは握った。

 

今までの鬱憤(うっぷん)を一気に解消できるわけではないだろうが、この第一歩を手始めとしてお互い歩み寄ればいい。

 

 一緒に仕事をするんだから、軋轢を残したままではやりづらい部分も生まれるだろうし、立ち行かなくなる可能性もあるだろう。

 

そんな危険性は芽のうちに潰しておくのが懸命である。

 

 俺が握るクロノの手は、そりゃあ年相応に小さいが、それでも柔らかかったりはしない。

 

マメができていたり、皮がむけて硬くなったりしているところから察するに、常日頃から鍛えているのだろう。

 

真面目そうなクロノらしいといえばらしいが、こういうタイプの人間はえてして責任という重荷を背負いやすく、無理をしがちだ。

 

同じ職場に親もいるのだから職責に押し潰されたりはしないと思うが、気を抜くことも知っておくべきではなかろうか。

 

「ん?」

 

 握手したままのクロノの手が、きゅっとかすかに強まった。

 

 仏頂面のクロノの顔には少し笑みが浮かんでいる。

 

 なるほど、男の子らしく握力勝負と行きたいってか。

 

そっちがその気なら、こちらは大人げもなく本気を出してやろう。

 

 勝てそうな試合であれば躊躇なく、ついでに恥も外聞もなく白星をもぎ取るのが俺の信条である。

 

年の差がどうこうなんていう綺麗事はゴミ置き場にでも()(ちゃ)っておけばいい。

 

 魔法が絡めば赤子の腕をひねるが如くあっさりと地に伏すことになるだろう俺であるが、単純な筋力の勝負では負ける気がしない。

 

何を隠そう、俺は聖祥大附属高校のゴリラとさえ言われているのだ(おそらくこれは異名とかではなく単なる蔑称)。

 

 俺の右手は真っ赤に燃えることも轟き叫ぶこともしないが、リンゴを握りつぶすくらいには力がある。

 

現代日本で照らし合わせれば中学生そこそこのクロノとは、身体の成長具合や筋肉のつき具合からして違うのだ。

 

 いい機会である、ここで以前負けた礼を返させてもらおう。

 

「んっ……くっ!」

 

 じわりじわり、ゆっくりと手に込める力を増やしていくと、クロノが短く苦悶の声をもらす。

 

クロノの手からも圧力を感じるが、食い下がるような最後の抵抗程度だ。

 

旗色はいい、このまま万力のように握力を強めて、是非ともクロノの口から降参のセリフを聞きたいものである。

 

「なにしてるの、クロノ君。早く紹介してほしいんだけど」

 

 さて、ここから徐々に攻めていくぞ、と俺の内なるエスっ気が顕現し始めたところで、女の子の声による待ったが入った。

 

 クロノの背後に目をやれば、見た目俺と同じくらいの年齢の茶色の髪をした女性が立っている。

 

時空管理局の規定なのか、青い制服を着用に及んでいるのだから相当に若いと見受けられるがこの子も局員なのだろう。

 

 思えばこの部屋へ連れてきてくれた人も青い制服だったし、訓練に励んでいる人たちも同様だ。

 

リンディさんも他と仕様は異なっているにしても基本の配色は青色だった。

 

クロノだけ黒色というのはいったいなぜなのか、役職に関連するのだろうか。

 

些細なことが気になってきてしまった。

 

「あぁ、そうだった。すまない、忘れていた」

 

「わざわざ呼んでおいてこの扱いはひどいよ」

 

 クロノは俺の手を離し、一歩下がって突然現れた女の子の隣についた。

 

 俺の勝ちが濃厚だった勝負は口惜しいことにお流れの様相である。

 

 心なし険しさが和らいだクロノの顔が、俺へと真っ直ぐ向けられた。

 

「こっちはエイミィ・リミエッタ。このアースラの通信主任を受け持つ傍ら、執務官補佐もしている」

 

 クロノはエイミィと言うらしい女の子に向けていた手を俺に向け、顔はエイミィに向けられる。

 

 次の紹介は俺の番のようだ。

 

「そっちは逢坂徹。今回ジュエルシード収集の協力を買って出た奇特な人間だ」

 

「エイミィです。よろしくね」

 

「逢坂徹だ、よろしく。しかしクロノが俺を褒めるとは驚きだ」

 

「注釈を加えておくべきだったな。なのはとユーノは『感心する』という意味の奇特で、徹は『珍しい』という意味の奇特だ」

 

「なんで俺だけ別枠なんだよ!」

 

「クロノ君がもう他人と仲良くなってるなんて、それこそ珍しいよね」

 

 どうやらこのエイミィという女の子はクロノととても親しい様子だ。

 

あの気難しいクロノをいじっているというのに怒られないのがなによりの証左である。

 

「やることがあるんならさっさとやろうぜ。エイミィさんを待たせるのも悪いし」

 

 なにはともあれ、こんなところでちんたらやっていても何も始まらないし終わらない。

 

さっさと手をつけさせてもらいたいところだ。

 

「僕の時とはずいぶん差のある対応だな。そんな殊勝な態度も取れたのか」

 

「失礼だな、おい。いい年してるんだからそりゃできるわ」

 

「あはは、そんなに年も離れてないみたいだしさん付けはいらないよ。徹君って呼んでいい?」

 

「おう、構わないぞ。そっちのほうが気楽でいい」

 

「だんだん人目が集まってきてるな。そろそろ計測に移ろうか」

 

 クロノの言葉でやっと足が動き、訓練室の一角に設置されている機械へと移動する。

 

 どうやらこの測定機で計るようなのだが、正直俺の気分はアンニュイだ。

 

 なにが嬉しくて自分の素質のなさを再確認しなければならないんだ。

 

お手伝いという名目だが、入社して早々にイジメを受けている気分である。

 

「艦長から少しだけ話は聞いてるよ。魔力色が透明なんだってね、初めてそんな人に会ったなぁ」

 

「話を聞いてるんなら名前も聞いてたんじゃないの?」

 

「そりゃあ名前も聞いてたけど、ほら、こういう紹介は顔を合わせてやるものでしょ?」

 

「そういうもんかね」

 

「待て、僕にはそんな話入ってないぞ」

 

「それじゃあ測定始めるね」

 

「エイミィ! 僕はそんな話聞かされてなかったぞ!」

 

 仲が良いだろうとは見当をつけていたが、その予想を超えるレベルの仲の良さであるようだ。

 

力関係の天秤は、驚くことにクロノよりエイミィに傾いていた。

 

 

 

「やっぱりこんなもんじゃねぇかよ」

 

 いくつかの診断項目を消化したが、思いの外計測自体は短時間で済んだ。

 

 当たり前だし、(はな)から期待などは一切していなかったし、儚い希望なども抱いてはいなかったが、やはり魔法適性に大きな変化はなかった。

 

 飛び抜けているのは俺の主力であり、生命線とも言える魔力付与のみ。

 

他は前にユーノに調べてもらった通り、すべてなのはを下回っている。

 

使っていたら伸びるのか、多少防御魔法の適性に向上が見られたが、それでもなのはやユーノたちと比較した時、些末な数値となるのは間違いない。

 

射撃や砲撃ともなれば見窄(みすぼ)らしい以外の言葉が見つからないほどに惨憺(さんたん)たる結果だった。

 

射撃や砲撃でそれなのだから、飛行魔法など目を向けることすらしたくない。

 

 取り繕わない俺の今の状態を言わせてもらえば、絶賛涙目である。

 

 なんで現実を見せつけられて叩きつけられなければいけないんだ。

 

数値で表すなよ、なんなら評価は全部『良くできました』と『もう少し頑張りましょう』のどちらかでいいんだ。

 

胸囲にコンプレックスを抱いている太刀峰の気持ちを、今なら寸分のずれもなく理解できるだろう。

 

「こんなに極端な適性だったのか。魔力量もやはり見劣りするな」

 

「トータルで算出すると管理局員の平均を下回ってるね。とくに飛行魔法が壊滅的なんだよ。これが足を引っ張ってる」

 

 診断結果に目を通した二人の辛辣な評価に、俺の心はいたく傷つけられた。

 

肩を落とすどころか地面に倒れ込みたいくらいだ。

 

現在の俺の心境なら地面に抉り込みさえできる気がする。

 

アースラの床に風穴あけてやろうか、人間穿孔爆撃かよ。

 

 才能のあるやつはこれだから困るんだ。自分を基準としたものさしで物事を測るのだから手に負えない。

 

「わざわざ口に出さなくてもわかってんだよ。俺を傷つけるためだけに言葉を発するな。批評するにしても、せめてもう少し言葉を選んでくれ……」

 

 腕を組んで、浮かび上がっているホログラフィックディスプレイを眺めていたクロノと、クロノの隣に並んで表示されていた数値を記録していたエイミィは一拍黙り込み、目を丸くして俺を見た。

 

「なにを言ってるんだ、褒めてるんだぞ? この適性でなにをどう駆使すれば短い時間とはいえ、僕と相対することができたのか不思議でならない。それに魔力量も、なのはと比べてしまえば優劣の差がはっきりと表れるが、一般局員の平均よりは多いくらいだ。合計値こそ目も当てられないほど悲惨だが、適性のいくつかは優れている」

 

「私、戦闘映像も見させてもらったんだ。魔法の恩恵を受けているにしても人間離れした動きをしてたし、クロノ君の拘束魔法を一瞬で破壊する未知の技術。あんなの優秀な魔導師でもそうそうできることじゃないよ。徹くんは数字の上でのスペックを超える力を戦闘中には叩き出すんだね。興味をそそられるよ、実際に戦ってるところを見たいな」

 

 ヘコんだ俺を慰めるためなのか、それとも本当にそう思っているのか、クロノとエイミィはフォローの言葉を投げかけてくれた。

 

 しかし、クロノの言をそのまま受け取ると、なのははとんでもない人材ということになる。

 

俺で局員の平均くらいの魔力量らしいのに、以前ユーノに測ってもらった時、なのはは俺の三倍と言っていたのだから、その鬼才ぶりたるや、もはや想像の埒外だ。

 

その上魔法の適性も優れているともなれば、その資質に嫉妬することすら叶わない。

 

あまりにも隔絶された差があると、人間は妬み嫉みではなく羨望の念を持つのだ。

 

 才能と英気溢れるなのは、勤勉で優秀なユーノ、自分の俊才に驕ることなく努力を重ねるクロノ、フェイトとアルフの非凡な能力も俺は身をもって知っているし、リニスさんに至っては力の全貌すら把握できないほどである。

 

なんとまあ、俺の周りには嫌というほどに出来の良い人間が揃っているものだ。

 

 『才能があるから』などと一概に、十把一絡げに纏めるつもりは決してない。

 

各々持って生まれた素質だけで現状の能力に行き着いたわけがないだろうし、血の滲むような苦労と、諦めずに進達した過程があってこそだと思う。

 

それらを引っ括めて『才能』なんていう一言で、たったの漢字二文字で言い捨てることはできない。

 

それは彼ら彼女らに対する侮辱で、彼ら彼女らの努力に対する冒涜だ。

 

 それでも、羨ましく思ってしまう気持ちまでは抑えることはできない。

 

 俺も、なのはたちのような光り輝くなにかを欲しいと、切に願ってしまう。

 

 分不相応であることは理解しているし、頑張ることもせずに力を得ようなどと都合のいいことは考えていないのだから、それくらいは許してもらいたい。

 

届かずとも、背伸びして天を見上げ、星に手を伸ばすことくらいは、許してもらいたい。

 

 ああダメだ、素質がどうとか才能がなんだとか考え始めたら、俺のネガティブな思考は(とど)まるところを知らない。

 

こんな暗い気持ちでいて得をすることなど何もないんだ、さっさと切り替えよう。

 

 ふぅ、ともやもやした感傷をため息とともに吐き出す。

 

 意識をアースラの訓練室に戻せば、クロノとエイミィがなにやら愉快そうに話しを進めていた。

 

どうしよう、俺としたことが思考のリソースをこちらに割り振っていなかったせいで会話についていけてない。

 

 俺の脳みそはオートパイロット状態になっていたらしく、クロノたちの振りには適当に相槌を打っていたようだ。

 

おかげで俺のテンションと内心の落ち込みようには気づかれていないようだが、同時に俺も話の方向性には見当がつかない。

 

 ここはしばらく黙っておいて、趨向(すうこう)を把握してから会話に参加するとしよう――

 

「ああ、それなら都合がいいな。徹もそれでいいか?」

 

「んぇあ? お、おう。万事つつがなくオッケーだ」

 

 ――としたのだが、唐突にクロノに水を向けられ、俺は咄嗟にYesと返事をしてしまった。

 

 え、なにに対しての採決だったの? どんな議題で議会は進行してたんですか?

 

「よし、決まりだな。早速準備に取り掛かるとしよう」

 

 俺の心中の動揺とは裏腹に、クロノはどこか楽しげな声色で訓練室の中央へと歩みを進めた。

 

 あんなご機嫌なクロノを見たのは初めてだ。

 

今さらイヤだなんて言い出せないし、なんの話だったっけ? などと口にできる雰囲気でもない。

 

 さてどうしようか、と頭を悩ませていた俺に、エイミィがいつの間にか近づいていた。

 

 彼女はクロノの背中を見やりながら言う。

 

「なかなかクロノと張り合える魔導師っていないからね、嬉しいみたい。徹くんの戦い方が面白いっていうのもあると思うけど」

 

「面白いとはなんだ。俺は極めて真面目にやってるってのに。ていうかぜんぜん張り合えてねぇよ……ん? なんで今クロノが嬉しがるんだ?」

 

「なんでって……今から練習試合をしようってことになったじゃない。また戦えると思って気が高ぶってるんだよ」

 

「…………ん。そう、だったな。なるほどなぁ、だからかぁ……」

 

 なにそのふわふわした返事、と笑いながらエイミィは俺に人の良さそうな笑顔を向けた。

 

 今日の天気のような、春の陽気を思わせるエイミィの表情に反して、俺の背筋には冷たいものが走る。

 

 三日前にクロノと手を合わせた時のように上手くいくとは到底思えないからだ。

 

そりゃあ俺としてももう一度戦いたいとは考えていたが、こんなにすぐに再戦の機会が訪れるなんて予想だにしていなかった。

 

 とはいえ、実戦を重ねることが上達の近道であることは俺も身に染みて知っている。

 

武道においてもその通りであったし、大変痛い目にはあったが痛い目の甲斐あって今の俺があるのだ。

 

 予定にはなかったし想定もしてなかったが、修練のためだと割り切ろう。

 

 そうやってポジティブに考えておかなければ、脳髄からの指令を待たずに俺の身体が一目散に逃げ出しかねないからだ。

 

想像以上に、クロノの魔法は俺に恐怖を刻み込んでいたようである。




冒頭、誰得な描写でしたね。
無機物萌えというジャンルの開拓は忘れていません。

次回は久しぶりに戦闘シーンです。
よくよく考えると前回の戦闘からだいぶ間が空いてますね。

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