なのはとフェイトが戦闘の場を空へと移したので、俺は身を隠すのをやめて二人がいた開けた場所へと移動する。
隠れていたのは二人の会話を邪魔しないようにとの配慮だったので戦いが始まった時に姿を現してもよかったのだが、出ていくタイミングを
「ユーノ、結界頼む」
「あ、兄さん。合流できてよかったです、近くにいたんですね。了解しました」
最初になのはが立っていた場所の近くでユーノがドラム缶の給油口に座っていたので、結界を張ってもらうよう頼んだ。
いくらこの付近に人が見当たらないとはいえ、空でドンパチを繰り広げてはいつ、どこで、誰の目につくかわからない。
こんなところで手を抜いて素性がバレるような危険要素を作るつもりは毛頭ないのだ。
ユーノを中心に淡い緑色の結界が展開され、俺を包み、さらに広がっていく。
積み上げられたコンテナに囲まれたこの開けた空間も、さらには上空にまで伸びていき舞い踊るように戦闘を繰り広げるなのはとフェイトも淡い緑色に包み込まれた。
結界の魔法を知っておくべきかなぁ、とも思うのだが、俺の適性では充分な広さの結界を展開できる自信がないので結局ユーノに任せっきりだ。
空を見上げながらユーノが口を開いた。
「ジュエルシードを探している途中にばったり遭遇してしまって……結局こんなことになってしまいました」
どこか申し訳なさそうな声音。
「そうか、やっぱりフェイトたちも反応を捉えていたんだな。予想の範囲内だろ、気にすんな」
「まだジュエルシードを見つけられていないのに……」
「それならもう見つけたぞ。ほれ」
「えっ! もう見つけたんですか?!」
上空を見やりながら給油口に座っていたユーノが飛び上がりながらこちらへ視線を向けた
雑にポケットに突っこんでおいたジュエルシードを取り出してユーノに手渡す。
ユーノは渡されたそれを両手で掴み、確認するようにまじまじと見た。
「封印は……もうしているんですね」
「おう、前に術式を教えてもらったからな。発動前の睡眠中だったから俺でもできたぜ」
「魔力の反応はとても弱々しいものだったのに……よく見つけられましたね」
「こいつのおかげでな。場所を教えてくれたんだ」
『こいつ』と言いながらシルバーのチェーンを引っ張り、台座にくっついたエリーを取り出してユーノに見せる。
ユーノはぷらぷらと揺れるエリーを見ながら驚いたように言葉をもらした。
「ジュエルシードが違うジュエルシードの場所を教える……? そんなことがあり得る……のかな」
「おいユーノ、本質的にはなにも変わっていないが、一応『元』ジュエルシードな。今は綺麗な青い宝石のネックレス、名前はエリーだ」
「なに名前までつけてるんですか……」
ユーノに紹介すると、エリーは俺の言葉を肯定するように小さく、でも夕陽に負けない光量できらりと輝いた。
この名前を気に入ってくれたのだろうか? そうだとしたら俺も嬉しい。
「名前をつけるのは別に構いませんが……『エリー』というのは女性の名前ですよね? 性別があるんですか?」
「さぁ? ただこいつの暴走を止めていた時に流れてきたイメージでは女性のシルエットだったから、まぁ女性でいいんじゃねぇかな」
「さぁ? って……ざっくりしてるというか、いい加減というか……。でも納得しました。デバイスだろうと次元干渉型エネルギー結晶体のロストロギアだろうと、女性的な意思を持っているのなら口説けますもんね、兄さんなら」
「どういう意味かな? ねぇ、どういう意味かな?」
「きゅっ!」
子猫を咥える親猫のように、ユーノの首の後ろをつまみあげて追及する。
鳴き声は上げるものの手足をだらんと脱力させていて、されるがままといった
なんだかとても可愛い。
もとから怒っていたわけではないので早々に許し、ユーノを肩へ移動させる。
ジュエルシード確保の報告(内容はだいぶ逸れたが)を終えると背後で、すたっ、という高い位置から地面に着地するような音がした。
振り向けばそこには、腰に届くほど長い橙色の髪を優雅にたなびかせた女の子。
私服姿のアルフが立っていた。
戦闘時の衣装なのか知らないが、以前戦っていた時の服装は胸元が大胆に開いていて年頃の男の子には目の毒だったからな。
布地が少なめとはいえ、こちらの服のほうがまだ気楽だ。
今日の服装は、肩のあたりがざっくり開いている五分袖の淡い水色のシャツに、へそ上くらいの白色のチューブトップ。
下は七分丈のダメージジーンズにフラットなミュールのような履物。
これも充分扇情的だった。
フェイトの付き添いでコンテナの上か、近くの倉庫の屋根にでもいたのだろう。
さっぱりした性格なのできっと本人は意識してはいないのだろうけど、少し首を
「久しぶり、っていうほど久しぶりでもないね。元気そうでよかったよ、徹。ユーノもね」
「おう。そっちもやっぱり反応をキャッチしてたんだな」
「本来なら敵同士なのにずいぶん友好的な挨拶ですね、兄さん」
「別にいいだろ? 仲悪いよりいいじゃねぇか。アルフ、今日はリニスさんはいないのか?」
「ああ、リニスは本部で待機だよ。用事があるとかって」
上空で戦う少女二人に目をやる。
頭上、天高くでは桜色と金色の光が交錯し、爆ぜ、舞い散っていた。
金色の星々が瞬き、桜の花びらが咲き誇るようなその光景にしばし目を奪われる。
熾烈さと華やかさを共存させる刹那的な美がそこにはあった。
そうだ、というアルフの声で視線を地上へと戻す。
「貰ったケーキだけど、三種類とも美味しかったよ。ありがとうね。プレシ……あぁう、えっと……リーダー! リーダーもすっごい褒めてて、お店で買ってきたものと勘違いしたくらいだったよ!」
「そうか、それはよかった。文化が違うみたいだし、口に合うか不安だったんだ。そこまで言われるとちょっと照れるけどな。またいつか機会があればお裾分けしに行くわ」
「うんっ、また頼むよっ!」
「兄さんはどこまで手を伸ばしていくつもりなんですか?」
「なにか言ったかね? ユーノくん」
「きゅ! きゅきゅうっ!」
「あははっ、やめてあげなよ徹! とても可愛いけどユーノがかわいそうだからさ!」
肩に乗るユーノの首の後ろをつまんで、今度はさらにプラプラと揺らしてみる。
最近ユーノのセリフに棘を感じるようになってきた。
これが世に言う反抗期というやつか。
俺の悪影響を受けるのも困るが、言葉使いが荒っぽくなっても困る。
ユーノには純粋な良い子のまま、すくすく育ってほしいものだ。
戦いの趨勢はどうなっているかな、と麗しき少女たちが舞うには狭すぎるダンスステージを見上げると、ずいぶんと近い位置に彼女たちがいる。
誘導弾を撃ち放つなのはの真面目な表情や、高速機動で射撃魔法をかいくぐるフェイトの鋭い目も視認できた。
とても高度を下げてきていて、今もなお、急速に地表へと接近している。
誘導弾の破裂音やフェイトの振るう大鎌が空気を切り裂く音まで、それはもう危険なほど鮮明に見えて、聞こえた。
背筋に寒気が走る。
つまみ上げていたユーノを両手でつつみ、足に力を込めて後ろに飛び退きながら叫ぶ。
「アルフっ、下がれ!」
「えっ、いきなりなん……わぷっ」
地を震わせるほどの轟音と衝撃で砂埃があたりに浮き上がる。
なのはとフェイトが空戦から地上戦へと戻ってきたその余波だった。
砂埃は潮風に乗り、すぐに晴れる。
そこでは二人の少女が鍔迫り合いをするように、互いのデバイスで押し合っていた。
二人ともまだ余力は残している感じで案外余裕のある表情をしていたが、バリアジャケットの破損具合が戦闘の苛烈さを表徴していた。
フェイトの大鎌でやられたのか、なのはは純白のロングスカートや肩の部分を切られていたり、いくつか射撃魔法が掠めたのか所々破けている。
フェイトのバリアジャケットも負けず劣らず損傷していた。
開始早々の誘導弾でお腹が見えてしまっているし、なのはの誘導弾に襲われたのだろう、ひらひらと風になびくマントには焦げ跡がついている。
お互い損耗してはいるものの、決定的な一打はいまだ入っていないようだった。
「ちょっと徹っ! もうちょっと早めに教えてくれると嬉しかったんだけどっ!」
「すまんな、俺も気づくのが遅れて退避しながら教えるのが限界だったわ」
「あ、ありがとうございます、兄さん。いきなり真っ暗になったのでびっくりしましたが」
「ユーノも無事みたいだな、よかったよかった」
「退避するのが限界、とか言う割にユーノの安全はしっかり確保してるんだね」
「ユーノは小さいからな。巻き込まれたら大変だろ」
「さすが僕の兄さんですね」
「いや、お前の兄ではないけどな」
咄嗟に飛び退き、真上からの小規模の隕石のような破壊力を持った飛来物はなんとか回避に成功した。
二人からはだいたい十メートルほど離れた位置。
アルフ、ユーノと喋っていたらここでやっと、戦っている二人がこちらの存在に気づいたようだ。
「にゃあっ! と、徹お兄ちゃん!」
「徹っ……。あんまり、見ないで……」
俺に気づいた途端、今の今まで
なのははレイハを持ちながらも、両手でロングスカートの右側に入った切り口を隠す。
身体にまで鎌の魔力刃は届いていないようだが、バリアジャケットのロングスカートは右腰付近の高さからざっくり切られていたのでチャイナドレスのスリットのようになってしまい、きわどいところまで素足を曝け出していた。
フェイトも片手にバルディッシュを持ちながら、誘導弾の直撃によりバリアジャケットが飛散した腹部を両手で隠す。
なのはの誘導弾は速度があまり速くない代わりに直径が大きめなのに加え、被弾箇所が腹部よりちょっと下だったこともあり、下腹部のあたりまで肌を晒していて、こちらもこちらでかなりきわどい。
とくに邪念や劣情を抱いた覚えはないのだが、なぜか小学生女子両名(フェイトは推定)に懐疑的な目で見られた。
痴漢の冤罪をかけられた電車通勤のサラリーマンはこんな気持ちなのだろうか。
これは相当精神的にくるものがある、それでも俺はやってない。
「兄さんの歳でなのはくらいの女の子に手をつけるのはちょっとどうかと……っ! 兄さんっ、なにか来ますっ! 上っ!」
途中まで弛緩した空気だったが、後半で口調を一変させて語気まで荒げるユーノ。
今この空間はユーノの結界に覆われている。
安全ともいえるこの領域内になにが来るというんだ。
ユーノの警告を聞いて、頭上へと視線を向ける。
変わらないように思えた矢先、結界のてっぺん、俺たちのほぼ真上の部分にひびが入った。
「くっ……っ、結界が破壊されますっ。注意してください!」
この速さでユーノの結界を
きっと本人は謙遜するだろうが、ユーノは優秀な魔導師だ。
攻撃的な魔法のバリエーションこそ乏しいが、防御的、支援的な魔法はかなりの技術を有している。
そもそも、なのはにデバイスを譲ってなお障壁や結界、バインド、回復を高い水準で行使できているのだ。
優れた魔導師であるのは火を見るより明らかである。
そのユーノの結界を外側からごく短時間で打ち破るような相手……それほどの実力者など、思い当たるところではリニスさんくらいしか出てこない。
なにがあってもすぐ行動に移せるように魔力付与で全身をコーティングしておく。
身体の端から端まで魔力が行き渡る感覚、疲れもだるさもなく、調子もいい。
しかし身体が十全に動いたとしても、冷静な判断ができなくては速やかで正確な対応はとれない。
身体は燃え滾らせ、脳みそはクールなまま回転率を上げていき、それでいて姿勢は自然体。
これで準備は万全だ。
見上げる先の結界には亀裂が広っていき、そしてとうとう砕けた。
破砕された結界の隙間から何者かが入り込む。
水色の光を伴いながら目にもとまらぬ速さで急降下してくる人影は、まだ現状を認識していないままのなのはとフェイトの間に降り立った。
地に着いたとほぼ同時にフェイトとなのはをバインドで拘束、先端に近代的な装飾が施された杖を、かつっ、と地面に突いて侵入者は口を開く。
侵入者の持つ杖の先端から水色の光を帯びた半透明の球体が浮かび上がった。
「そこまでにしてもらおうか。こちらは時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。事情を説めっ……っ!」
クロノ某とやらが口上の途中、強烈な衝撃を受けたかのように後ろに吹っ飛んでいった。
っていうか、まぁ……俺がやったんだが。
なのはとフェイトをいきなり目の前で拘束されて、呑気に大人しく侵入者のセリフを聴けるほど俺は人間ができていなかった。
だがクロノ
「兄さんっ、ダメです! 時空管理局の人ですよっ!」
「なんだって? 鉄道公安局?」
「時空管理局っ……もう出張ってきたのかい」
俺の背後でユーノとアルフがなにやら言っている。
頭の何割かの冷静な部分でちゃんと聞き取っていた。
思考全てが闘争心で埋め尽くされたわけではないので安心してもらいたい。
しかし、ユーノはたしか俺の肩に乗っていたハズだが……もしや相手との距離を縮めるための『襲歩』で振り落してしまったのだろうか? そうだとしたら申し訳ないことをしてしまったな。
侵入者と入れ替わるようになのはとフェイトの間に立ち、二人の手首にかけられているバインドに手を伸ばす。
二人の少女の
自分の魔力をバインドの内側に走らせる。
整然として無駄のないプログラムの拘束魔法だが、俺の能力はこういった手合いに関しては絶大な効力を発揮できる。
術式を強制的に書き換えて綻びを生み出し、穴をあけ、そこから一気に瓦解させる。
こうなってしまえばもうバインドとしての本来の役割を成すことはできない、握る力を強めればあとは――
「ぼ、僕のバインドをいとも容易く……っ」
「徹お兄ちゃんありがとうっ!」
「ありがとう、徹。助かったよ」
――甲高い音を響かせて砕け散るだけのハリボテでしかない。
愕然と目を見開くクロノ某を見るのは――我ながら根性がひん曲がっているとは思うが――すこしばかり愉快だ。
拘束から解放したので二人には一度下がるように言い聞かせつつ、右手を自分の背中に回す。
物言いしたそうな二人の肩をぽんぽん、と軽くたたいて退くように指示をして、俺は一歩前に足を踏み出した。
「クロノとやら。いくら年頃とはいえ、初対面の女の子をいきなり束縛するのはやりすぎだと思うんだ。なにより俺の連れなわけだし、こうして横やりを入れさせてもらうくらいのことは許してくれよ」
レイハとは
背が低いし童顔だしいまいち年齢がわかりづらいが、だいたい
黒に近い青色の髪、漆黒の外套の下には青のズボン、上から下まで寒色系で揃えられている。
色使いのせいか、それとも少年の醸し出す風格のせいか、どこか冷たい印象だ。
パッとこない地味な色合いだが外套の腕の部分、筋肉で例えるとだいたい三角筋のあたりに円錐の形をした世紀末的な棘がついていて、それだけが暗めの服装の中で異彩を放っていた。
「大きな魔力は感じない……なのに僕のバインドを赤子の手をひねるように握り潰した。僕の魔法はそんなに容易く解かれるほど脆弱じゃない。君はいったい何者だ」
「あぁ、そうだったな。これは失礼した。そっちだけに自己紹介させておいて俺が名乗らねぇのは不公平だった。俺は逢坂徹だ。お前が拘束した茶髪の可愛い女の子の兄貴分ってところだな。ってなわけでクロノ某……」
忘れていた自己紹介を済ませ、杖を構える少年を
この少年はいきなり結界をぶち壊して乱入してきたかと思えば、これまたいきなりなのはとフェイトを拘束魔法で縛り上げた。
こちらが攻撃魔法で抵抗したとかならまだしも、唐突に介入してきて何も発さずに手枷をして、そのうえ高圧的な態度で事情を説明しろときた。
こいつは少しばかり……おいたが過ぎるというものだ。
「なのはが受けた分の借り、俺が返すけど……文句はねぇよな?」
敵意を隠す気なんてさらさらなしに、真っ正面から吐き捨てた。
三人称で書きたいけど書くだけの技術がないという。
なんとも悔しい限りです。