青白い光で構成されたぶっとい柱が空へ伸びているところを見るに、緊急事態であることは明らかだ。
まずは状況の把握が最優先、そこからどうするかを考えて行動する。
「アルフ、少しの間作戦会議したいんだ、守っててくれ。ユーノ、あのジュエルシードの状態をお前はどう見る?」
「えっ、わ、わかったよ……っ」
「……ジュエルシードの暴走状態です。最初に魔法にあてられて強い反応を示したのは励起状態とでもいいましょうか、危険ではありますけどすぐに悪化するものではないのでなのはに任せました。何がトリガーになったのかはわかりませんが……今はジュエルシードがその身に内包する魔力を暴れさせています……大変危険な状態です」
そりゃあ危険な状態だろうな、青白い輝きは勢いを弱めるどころか徐々に強くなっていっている。
稲光がそこかしこに飛散してビルを穿っている、俺たちとジュエルシードを阻んでいたビルの腹に風穴を開けたのでその威力を知ることができた。
こちらにも青白い魔力そのものが飛び散ってきているが、オレンジ色の障壁がそれらを防いでいる。
アルフが狼状態から人間状態になって――どちらがデフォルトなのだろうか?――障壁を展開してくれているのだ。
アルフの障壁の硬さは身をもって知っている、いくらジュエルシードが魔力を大量に保有していたとしてもあんな方向性も定まっていない、ただ表出されているだけの魔力ではそう簡単にアルフの防御は貫けない。
それにこの程度の密度の魔力、なのはの砲撃を味わったことのある俺には恐るるに足らんな。
……足が震えているのは怖いからではない、筋肉痛だから立っているのがつらいだけだ、そうに決まっている。
「次、暴走状態になったジュエルシードは最終的にどんな被害をもたらすんだ?」
「ジュエルシードはかなりの力を持つロストロギアです……このまま悪化すると次元断層が発生すると思います……。次元断層が発生した場合、ジュエルシードたった一つだけでもこの星を丸ごと崩壊させるかもしれません……少なくともこの街が跡形もなくなることは保証できます」
「徹っ……障壁維持するの、大変になってきたんだけどっ……」
「もうちょっと頑張って」
跡形もなくなる……か、そんな保証いらねぇなぁ……。
落ちつけ……落ち着けよ、俺。
冷静に頭を回せ、パニックになったらそれこそ終いなんだぞ。
「最後に、今の状態のジュエルシードを平静な状態にするにはどうすればいいかわかるか?」
「もう力技しかないと思います……暴れ狂うジュエルシードの魔力を純粋な魔力で制する、これしかないと……でもっ」
「危ないっつうんだろ? わかってるって、危ないってことは重々承知だ。でもそれしかないならやるしかないんだ。ユーノは暴走を止められなかった時に備えてリニスさんと一緒に結界の補強に回ってくれ、敵とか味方とか今は関係ないからな? アルフ、もういいぞ、ありがとう。次はユーノをリニスさんのところまで運んでやってくれ」
「と、徹っ! もしかしてあの魔力の嵐みたいなのに近付く気!? 死んじゃうって!」
「そうですよっ! 危険すぎます! まずは遠距離から砲撃か何かで抑えつけないと近付くこともできません! なのはや、あの金色の少女に遠距離封印砲撃を撃ってもらう方が……」
あぁそうだろうな、普通はそういう手段を取ってから近付いて全力の魔力で封印、これが最善手だろうさ。
でも、それには問題がある。
ユーノのセリフにかぶせるように反論を述べる。
「こんな時真っ先に動きそうななのはも、生真面目な性格をしているフェイトの姿も見えない。意識を失っているか、そうでなくても動けないくらいのダメージを負っているんだろう」
「じゃあリニスにやってもらえばいい! リニスは砲撃の腕もいいからさ!」
リニスさんになのはとフェイトの役目を担ってもらうという方法も考えたが、そこにはリスクが生じる。
「いつジュエルシードが暴発して次元断層……だったか? それを引き起こすかわからねぇ。リニスさんに砲撃に集中してもらう以上、結界を解かなくちゃいけないんだ。その時に次元断層が発生しちまったら結界は一瞬で崩れ去り、俺たちの街に被害がでる。もしそうなった場合どれほどの数の死者が出るかは想像すらしたくねぇよ」
「僕が結界を維持します! そのリニスって人と兄さんでジュエルシードの封印を行えば……」
「一人分の結界でジュエルシードが暴発した時のエネルギーを抑え込めるわけがないから、リニスさんとユーノの二人でやってくれって言ってんの。いや、今の状態でも結界を破る程のエネルギーを放出するかもしれない。次元断層を起こさなくても結界を貫かれたら悲惨なことになるだろう、屍山血河阿鼻叫喚の地獄絵図の一丁上がりだ。だからユーノにも結界の方に回ってもらわなくちゃならねぇんだよ。それに俺一人でジュエルシードをやるっていうのは、別にそこまで分の悪い賭けってわけでもねぇんだよ」
「徹、どういうこと?」
俺の魔力量や他の魔法の適性を考えると近付くこと自体が困難極まる至難の業であるが、近付くことさえ出来れば俺の特色が効力を発揮する。
「触れるくらいに近付ければ、俺のハッキングでジュエルシードを中からいじ繰り回すことができる。魔力の放出量を減らすこともできるだろう、後は自分の魔力でジュエルシードを抑え込んでしまえばそれで終わり。ほら、簡単だろ?」
俺の弁でユーノもアルフも押し黙る、言い返す材料が見つからないようだ。
当然ながら俺の説明には無理がある部分もたくさんあるが、それについては口に出していない。
嘘を吐いているというわけじゃあない、ただ喋っていないだけ。
レイハ曰く、これが交渉のコツらしい。
訊かれていないことまで教える必要はないのだ!
「ほら、作戦は決まったんだから持ち場につけ。ユーノは結界に集中しろ、アルフはユーノとリニスさんの護衛を頼む。リニスさんには結界の維持に力を尽くしてくださいと言っておいてくれ。はい、ユーノはアルフと一緒に行ってくれ」
頭の上のユーノを掴んでアルフへ渡す、少しじたばたと抵抗していたが諦めてアルフの肩に乗った。
今こうしている間にもジュエルシードはその輝きを緩やかにではあるが強めていっている、早く対処しないと本当に手遅れになるかもしれない……させないけどな、俺がなんとしてでも。
「徹」
「ん? どうしたアルフ、まだ何かあっ…………」
二人に背を向けジュエルシードへ向かおうとしたが、アルフに呼び止められた。
まだ何かあるのか? と振り向きざまに尋ねようとしたがセリフが途切れる。
アルフが突然俺を抱きしめてきたからだ。
アルフは女性の平均と比べると背が高い方だが、俺も平均身長より高いので頭半分くらいの差がある。
視線を下げるとすぐそこにつむじが見えるしいい匂いする、ぎゅうっと抱きしめられているおかげで豊満な胸部が身体に密着している、腕にあたるオレンジ色の髪がさらさらしていてこそばゆいけど気持ちいい……って、なにしてんのっ!
やばいやばいやばいっ、心拍数が急激に上昇しているのが自分でもわかるっ、脳溢血発症したらどうしてくれる! 俺は抱きしめるのは平気だが、抱きしめられるのはダメなんだよ!
「ごめんね徹、あたしたちが無理にジュエルシードを見つけようとしたせいだ。しかもその始末を徹に任せることになっちゃった、ほんとにごめん……」
「あ、いにゃ……ごほんっ。……いや、き、気に……するな。すぅ、はぁ……。別に誰のせいとかじゃねぇよ、お互いの信念の下ぶつかった結果が今の状況だ。だからお互い協力して解決しようとしてんだろ、全力を尽くして最悪の結末だけは避けようぜ」
必死に作り上げた
「精神一到何事か成らざらん! やろうと思えばなんでもできる! 頑張ろうぜ!」
にっ、と笑ってアルフへ拳を向ける。
「あははっ、不思議だね、徹がいると何でもできる気がしてくるよ。うん、がんばろう!」
「兄さんは指揮官に向いてますよね、絶対。頑張りましょう、ここで終われませんからね。街を消すわけにもいきません!」
アルフが俺の拳に自分の拳をぶつける、ユーノには人差し指を差し出してハイタッチのような感じでぶつける。
よし、いい感じに士気が上がってきた、やっぱり雰囲気は暗いよりも明るい方が良い。
ミッションの成功率にも影響するからな、テンション上げていかねぇと。
*******
怖くないわけがない。
あんな全方位に魔力をばら撒いてゴジラも真っ青なほどにビルを壊しまくっている、俺の三十メートル前方に浮かんでいる魔力の塊に突っ込んでいかなきゃならないんだから、そんなもん当然怖いに決まってる。
誰かが代わりにやってくれるのなら是非やってほしいし、できることなら今すぐ逃げたいとも思っている。
足だってめちゃくちゃ震えてる、武者震いとか言って誤魔化せないレベル、生まれたての小鹿か、今バスドラムのフットボードに足を乗せたら六十四ビートとか出せそう、なにそれこわい。
手だって強張ってしまって握り締めた状態から戻らない、緊張とは無縁の生活を送っていたせいで耐性がないんだ、今ジャンケンしたら百パーセント負ける自信がある。
ジュエルシードの暴走止めるの失敗したらどうなっちまうと思ってんだよ、この街が地図から消失するんだぞ、そりゃ緊張もする……やばい胃袋出てきそうだ、カエルかよ、胃袋出てきたら飲み込んでやる。
道路を破壊してアスファルトを融解しながら、光を放ち続ける小さい宝石を見る。
ギアを徐々に上げているジュエルシードの青白い閃光がとうとう俺の近くまで飛んできた、魔力の放出量が増えているんだ、終末へと着実に歩みを進めている。
ジュエルシードが脈動するように一拍、ドクンと動き、一際大きい稲光が天空めがけて空気を焼きながら飛んでいく。
永遠に伸び続けるかと思ったがすぐに結界に阻まれた、と同時に危機感を覚える。
結界に亀裂が入った……リニスさんとユーノが魔力を注ぎ込んだんだろう、すぐに亀裂は修復されたがさっきの一撃は悠長にビビっている暇はないというサインだ。
ジュエルシードの暴走状態は俺の予想を遥かに超えるスピードで進んでいる、今の魔力の放出を何発も受けたら修復が間に合わない、結界はじきに砕かれるだろう……もう、時間がない。
覚悟を決めろ、ここで動かなかったら数多くの死人が出るんだ、俺が大切に思っている人も死ぬかもしれな……い。
死ぬ……? 俺が大事だと感じている人たちが……? なのはや恭也や忍、最近増えた学校の友達、高町家、月村家、バニングス家の人たちも…………たった一人の、家族も……。
「それだけは……ダメだろうッ……!」
腕に足に身体全体に力を籠める、動けよ俺、正念場だ。
正直言って世界がどうとか、地球がなんだとか、そんなもん俺にとってなんら関係ねぇ。
知らない人間が何千人何万人死のうがどうだっていい、俺の人生に影響を及ぼさない。
でも俺の大切に思っている人たちだけは、絶対に死なせるわけにいかない……何をしてでも、何としてでも。
あんな顔色の悪い小さい宝石一つに、好き勝手にぶち壊されていい物なんて存在しない。
「ジュエルシードがなんだ……ロストロギアがなんだってんだよッ! 人間様の方が強いってとこ見せてやらァッ!」
いつものように……いつもより強く魔力付与を全身に巡らせる。
だが、このまま突っ込んでいったところで返り討ちに合うのはわかっている。
なので、なのはと模擬戦をやった時に思いついた、密度変更型障壁を互い違いに四重に重ね合わせる障壁……名付けて魚鱗でジュエルシードまで接近する。
その名の通り、魚の鱗のように展開された密度変更型障壁群による防御の硬さは驚くなかれ、なのはの
身体は補強した、盾も持った、あとは……この魔力の嵐に突貫する勇気だけだッ!
ジュエルシードを目指して駆ける。
放射される青白い閃光をできる限り回避し、躱せない光は障壁で防ぐ。
さすが……ビルに風穴を開けるほどの威力、凄絶なまでの衝撃が俺の盾を殴りつけたが……なんてことはない、なのはの砲撃に比べたら甘ったるいってもんだ。
なのはの砲撃の半分は、命を落とすかもしれないという恐怖でできているからな。
「くそ……くそッ……こんのクソ石っころがッ!」
順調にジュエルシードとの距離を縮めていたが、残り十メートルを切ったあたりで光がその密度を増した。
すぐ横を通った稲妻がコンクリートを砕き破片が飛散し、閃光で熱せられたアスファルトが肌を焼く。
もはや戦場のような様相を呈している。
視界は青白く輝く光と赤熱したアスファルトで埋め尽くされ、放射される閃光を防ぎ続けてきた障壁は見る影もなく、必死に歩みを進めている足にも放射される圧力で負担がかかっている、なによりもメンタル面が限界に近い。
押しつぶされるような重圧、障壁が砕かれる前にジュエルシードへ辿り着かないといけないという焦燥感、失敗したら大切な人たちが死んでしまうかもしれないという恐怖、膝を折ってすべて投げ出したくなるほどの疲労……心の中はさまざまな色で塗り潰されたキャンバスみたいにぐちゃぐちゃだ。
足の力が抜け、視線が下がりそうになったその時、一瞬だけなのに時間が止まったように鮮明に、閃光を絶えず放ち続けるジュエルシードの向こう側の光景が見えた。
ビルの瓦礫の上で気を失っているなのはを、健気に……必死に守っているレイハの姿が。
ひび割れたその身体に鞭打って、防御魔法を使い続けていた。
そういやレイハ言ってたな『マスターをお守りするのが私の役目です』って……っ。
レイハが自身の職務を全うしようとしてるんだ……それなのに俺が、自分で買って出た役割りを投げ出して逃げるわけにいかねぇよな。
もう一度、気合を入れ直してジュエルシードを見据える。
このままではいずれ押し潰される、一手でもいい、なにか手を打たないと事態は悪化の一途を辿るだけだ。
ジュエルシードの暴走がエスカレートして次元断層を引き起こすか、そうでなければ俺が羽虫の如くプチッと潰されて道路のシミになるかの二者択一、どちらにしても……生き残るという未来はありはしない。
考えろ、死ぬかもしれなくても考えろ、死ぬその瞬間まで考え続けろ、この騒動は俺が死ぬだけじゃ終わらないんだから。
一つ、違和感を発見した。
「……これは……! なんとか、なんのか……?」
障壁の維持でいっぱいいっぱいになっていて今まで気付かなかったが、ジュエルシードの可視魔力流の放射はランダムな部分もあるけど、同時にある程度の規則性もある。
情報を照合する為、視界には入っていたが見流していた記憶を想起する…………やはり間違いない。
放たれる光の柱は三百六十度全方位を隙間なく埋め尽くすように照射されてはいるが、そこにはタイムラグが存在する。
一本一本を照射する間隔があまりにも短いために把握しづらかったが……分かってしまえば、気付いてしまえばそれははっきり見て取れる。
ざっくりと例えるなら……ABCDEの五ケ所があるとする。
地点Aに向けて閃光が放たれたなら、地点群BCDEにも閃光が放たれないと地点Aには再度撃たれることはない。
BCDEへ向けて放たれる順番はランダムなようだが、A以外の全てを撃ってからでないとAには撃たれない。
つまり……一度地点Aへ閃光が放たれたのなら、すべての地点へ閃光が放たれるまでの間に限り、地点Aは安全地帯となる……空白が生まれるんだ。
ならば、俺がいる場所からジュエルシードまでの道が拓けるその瞬間が、いつかできるはずだ。
その瞬間がくるのを障壁の裏に隠れてじっと待つ。
俺の障壁が砕かれる前にその瞬間がくるのか確証はないんだから滅茶苦茶不安だし、今行くべきなんじゃないかという焦燥感にも駆られ続けるという精神的拷問……ヤスリで心臓を削られるような責め苦。
それでもいつかくると信じ、ジュエルシードが放ち続ける光の柱を観察し、計算する。
四重に展開された多重障壁・魚鱗の一番内側の障壁にひびが入ったその時に、きた。
「こッ……こだァ!!」
背後も、左右も青白い魔力光で埋め尽くされているが、俺とジュエルシードの間には……遮るものは何もない、閃光はこない!
これを逃せば確実に終わる。
乾坤一擲、溜めて残しておいた力を足にまわし、襲歩を使い急速接近。
十メートルを切った距離を零距離まで詰める、いつもなら気にも留めない時間なのにすごくもどかしい。
早く、早く近付けッ、ぼろ雑巾みたいになってしまった障壁は邪魔だから展開を解いてしまったんだ、今あの青白い稲妻を放たれれば俺は消し炭になる、そのダメージに耐えることはできない、障壁の後を追うように次は俺がぼろ雑巾になる。
スロー再生するようにゆっくりと動く世界、その世界でジュエルシードが閃光を放つために青白い光を収縮させ俺の方向へと向けた。
「届けええぇぇッ!」
間に合わないかと諦めかけたが間一髪、紙一重の差で俺の方が早かった。
ある意味待ち焦がれたジュエルシードにやっと、この手が触れる。
触れた瞬間、青白い魔力流で押し潰されそうになった借りを返すが如く、握り潰す勢いで俺の全力をもって魔力を注ぎ込み、抑えつけ、ハッキングを発動。
ここまできたら後はジュエルシードの中身、暴走した回路を断ち切るようにハッキングで暴れ回って終わり……それでやっと……終わる!
ジュエルシード内部へ魔力を潜り込ませ、深層部のコアがあるところまで辿り着いた。
このコアへ俺の魔力を送り込み、あらゆる回路を遮断させるように書き換えてしまえば暴走は止まる、ジュエルシードのメインコンピューターに相当する部分が壊れてしまう可能性が無きにしも非ずだが……別にいいだろう危険なものだし、きっとユーノも許してくれるさ。
両手に力を籠めて実行に移そうと思った時、俺の脳内にうねりを伴いながらイメージが、意識が、叫びが流れ込んできた。
『いやだ……いやだよっ……一人はいやだっ……』
『母さん……まだ帰って、こないのかな…………っ』
『『寂しいよっ』』
次で……次で終わるはず……。