偶然とはいえ発見できた証拠と、この鉱山で起きたのだろう惨劇の推論を携えて、数時間ぶりに小部屋に戻る。
「…………」
あまり気分は乗らないし、口は重みを増す。
こうして仮説が立った以上、みんなにも事情を伝えなければいけない。その義務が俺にはある。あるが、結末を知ったとしてもまったくすっきりとしない。どころか気分を害するだけの話をみんなにするのは、やはり抵抗がある。
一つため息をついて気を取り直して、扉を開ける。
「戻っ……」
「あんた!遅いじゃない!」
戻ったよというセリフさえ言い切らせてくれない反応の良さで、さっそくアサレアちゃんに
どうやらゆっくり眠って元気と体力を取り戻したらしいアサレアちゃんは、
「ローテーションで休むって言ったのあんたでしょ!提案した本人が休まないってどういうことよ!」
「……こうなると思って、ランにも言ってたのに……」
「徹ちゃぁん……もうちょっと早めに戻ってきてくれていると私嬉しかったわぁ……」
「あー……悪い」
フェイトは小部屋に入ってきた俺に一瞥くれて、深い吐息をもらした。
フェイトのすぐ正面に、大きな身体を縮こませて珍しく元気なさげにしょぼんとしているランちゃんがいた。どうやら約束を破ってしまったことについてフェイトに怒られていたらしい。実に申し訳ない思いだが、俺としてももう少し早くに戻ってくるつもりではあったのだ。
「……そもそもお嬢ちゃんが起きなきゃいけない時間に起きてなかったせいで徹ちゃんがベッドを使えなかったのよぉ?諸悪の根源を辿ればお嬢ちゃんじゃない」
「……アサレア」
「なんあなっ、なによ!テスタロッサ、にら、睨まないでよ!寝過ごしちゃったのは、まあ……わたしにも責任あるけど……」
「『わたしにも』じゃなくて全面的にお嬢ちゃんの責任でしょ」
「わ、わかってるわよ!さすがに悪いと思ってるわよ!だから謝ってるじゃない!」
「これまで一言たりとも謝ってはいないわねぇ」
「寝過ごしてたんなら起こせばよかったじゃない!」
「アサレア……逆ギレにもほどがあるよ……」
「ううるうるるさいクレイン兄!そっ、それなら……ベッドが空いてなかったんならっ……わ、わたしがいたベッドで……い、一緒に……」
「そこだけはアサレアの言う通りだよ。徹は私のベッドで休めばよかったのに。いつも一緒に寝てるんだから」
「そうよね、一緒に……ってんあぁ?!あんたっ、ちょっと詳しい話聞かせなさい!」
「俺の喋る隙間なんて一つもなかったのになにをどう話せと……」
「ああ……逢坂さんすいません、うちの妹が……」
「いいよ、うるさ……賑やかなのがアサレアちゃんのいいところだから」
「ちょっとあんた!うるさいって言おうとしたでしょっ!」
「事実そうじゃないの。お嬢ちゃんは
申し訳なさそうにするクレインくんの肩を叩く。この元気が過ぎる妹を御するのはさぞ難しかろう。
「ていうかベッドなら一つ空いてるじゃない!わたしが寝過ごそうが起きてようが関係ないでしょ!」
「え?いや、ベッドは……」
四基あるベッドは埋まっていた。フェイト、クレインくん、アサレアちゃん、フランちゃんでちょうど四人だった。
そう思って、フランちゃんが寝ていたベッドを見やると、そこはもぬけの殻だった。
「ほら、空いてるじゃない」
「あ、あれ?」
戸惑う俺に対して、妙にどや顔のアサレアちゃんだった。仮にベッドが空いていたのだとしてもアサレアちゃんが寝過ごしたという事実は変わらないのだが、黙っておこう。
「徹ちゃん。フランちゃんならあっちよ」
ランちゃんが部屋の奥を指差した。
土の壁と一体化しているようでわかりづらかったが、よく見ると大きな土の塊ができていた。どことなく、ゴーレムに似ている気が。
「……あんなのあったっけ?」
「あの中にフランちゃんが入っているわぁ」
「え、なにそれ……どういうこと?」
「徹ちゃんが出て行ってそう時間が経たないくらいでフランちゃんが起きちゃってねぇ。『クーニヒは?』って聞かれたの」
「俺を?」
「そ。徹ちゃんなら席を外してるわぁって伝えると、ふらふらっと部屋の端っこに行ってゴーレムの中に入っちゃったわぁ。そのほうが落ち着くのかしら?寝袋みたいねぇ」
「……目覚めた時のフランちゃんって……」
「
「……そうか」
「……徹?」
「ちょっ、ちょっと……あんたたち二人でなんの話してんのよ」
「なにかあったんですか?」
気持ちのいい話でも気乗りのする話でもない。
だけど、話しておかなければいけないことだ。
勧善懲悪のわかりやすい図式だけが、俺たちの仕事ではないのだから。
「……フランちゃんがまだ寝てるんなら、今のうちに話しておくか……」
「徹ちゃん、もしかして……」
「ああ。情報をもとにした推察だけど、大筋はあってるはずだ。……ただ」
小部屋の奥にフランちゃんの寝袋がわりのゴーレムがある。聞こえるとは思えないが一応入り口に近い場所、フランちゃんから一番遠くに離れて五人、輪になる。
俺とランちゃんのやり取りからきな臭さは感じ取っていたようだ。フェイトも、アサレアちゃんも、クレインくんも、真剣な表情で俺を見る。
「……胸糞悪い話になることだけは、覚悟しといてくれ」
*
「ランちゃんにはもう言ってたんだけど、この鉱山の住人はもういない」
「いないのは知ってるわよ。……もしかして」
「ああ、いなくなっただけじゃない。死んでた。殺されてた」
「こ、殺されっ……」
「ってことは、もしかして……っ!」
勢いよくウィルキンソン兄妹が後ろを振り返る。視線の先には、壁と一体化するようにして
クレインくんとアサレアちゃんがそう
俺も最初はそう考えてしまったものだが、ウィルキンソン兄妹のように振り返りもせず、まったく疑いもしていなかった者がいた。
「ちがうよ。フランじゃない」
「な、なんでよ、テスタロッサ!誰も、フラン以外にやれる人なんていないじゃない!」
フェイトだけは、取り乱したりせずに俺の話を聞く姿勢を保ったままだった。
アサレアちゃんの発言に不思議そうに首を傾げて、フェイトは口を開いた。
「フランが犯人なら、徹は犯人をこの部屋に置いて出て行ったりしないから」
「ぐっ……それは、そうだけどっ」
「えっと……ちゃんとした理由がある、んですよね?」
「もちろん。ここの鉱山の人口は、さすがに正確な人数を弾き出すことはできなかったけど十人やそこらの人数じゃない。住居の数や畑の規模、一部を掘り返して出てきた遺体の数から概算するに数十人、もしかしたら百数十人規模でいたはずだ」
「そんな大人数を手にかける技術も、動機もないでしょうしねぇ」
「発見された遺体……その骨を確認したけど、粉々に砕けたようなものはほぼなかった。着ていた服には焼け焦げたような跡があったが、射撃や砲撃を使えないフランちゃんじゃそんな跡は残らない」
「ゴーレムを使って攻撃すれば、人間なんて絶対に潰れちゃうわ。骨を折らずに殺めるなんて、フランちゃんからすればさらに難しいでしょうね」
「それじゃ誰がやったっていうのよ。もしかして、違う誰かがやったなんて言うつもり?」
「ああ、その通りだ」
頷いて、アサレアちゃんからの問いに答える。
大広間で拾った物をポケットから取り出して、みんなに見せる。
それは趣味の悪い指輪。指輪の形をした小型デバイス。みんなも見覚えはあるはずだ。
「『フーリガン』だ」
「見つけられたのね、証拠」
「『フーリガン』?!なんであいつらが!」
「ここに……どうして……」
「ふーりがん?徹、ふーりがんって?」
「フェイトは知らなかったな。『フーリガン』は前の任務で事件を引き起こした犯罪者グループの名前だ。組織としての規模は大きくないらしいんだけど、その頭領は非常に狡猾で残忍でな。頭の切れる奴で、前回は結局捕まえられなかった。厄介な奴だ」
聞いている話では、『フーリガン』は犯罪者組織としては大きくない。だがここまで来るとその評価は改めなければいけないだろう。時系列的にはサンドギアの街襲撃事件の方が、ここ、
烏合の衆ではあるかもしれないが、かといって弱小とは既に言い切れない組織になっていることは明白だ。
「それじゃあ、その『フーリガン』っていうのがここに?」
「そうだ。……訪れた土地の住人を皆殺しにするって手口も、サンドギアの時と同じだしな」
「で、でも、逢坂さん……『フーリガン』では……」
「クレインちゃん、大丈夫よ。徹ちゃんならそれらも踏まえて答えを見つけたのでしょうからねぇ」
俺の推察の問題点に気づいたようにクレインくんが控えめに声を上げたが、ランちゃんが先回りで穏やかに制した。妙に信頼されているようで、ちょっと緊張する。
「え、ちょっと、クレイン兄なんなのよ」
「アサレアちゃん、クレインくんは気づいたんだ。『フーリガン』ではこの鉱山までくることができないって」
「……んぇ?」
アサレアちゃんはまだちょっとぴんとこないご様子だ。この子の脳みそはたまに度肝を抜く閃きを
「この鉱山は、ある種の密室みたいなもんなんだ。しかも、鉱山の外と内で、二重にな」
「みっしつ……あ、襲ってきた魔法生物……のこと?」
正解か不正解か不安そうに、おそるおそるアサレアちゃんは答えた。よくできました。正解です。
「そうだ。飛行魔法等の移動手段を持つ俺たちですら、この鉱山に逃げ込むのがやっとだった」
『……………………』
みんなが総じて押し黙る。きっと『いやお前飛行魔法使われへんやんけ』といった内容と同じようなことをそれぞれ頭に思い浮かべているのだろう。それについて突っ込んだら俺が一方的に傷つくだけなので気付かないふりをして続ける。『飛行魔法等』の『等』に俺が含まれているんだよ。
「烏合の衆でしかない『フーリガン』なら、俺たちが最初に出くわしたでかい鳥どころか、猪にすら歯が立たない。轢き殺されて猪たちのおやつになるか、でかい椋鳥のご飯になるのが関の山だ。あの魔法生物たちを凌がないとこの鉱山に入ることさえ叶わない。それが外側の密室だ」
「内側の密室っていうのは、魔力を奪う金属とゴーレムのことねぇ。ゴーレムに襲われて鉱山の中を逃げ惑っている間に魔力を吸い上げられて、鉱山の肥料になるのがオチね」
「うん、うん……うん?それなら、やっぱりここまでくるの無理じゃないの。あんなくそみたいな連中じゃ、全滅必至でしょ」
「ちょっとアサレアちゃんのお口が悪いけど……ま、順当な評価だな。だが、ここに落とし穴があった」
「落とし穴?」
「鉱山の外では獰猛な魔法生物に追われ、鉱山の中では魔力を吸い取られながらゴーレムに追われた。これはあくまで俺たちが体験したケースであって、全員に当て嵌まるわけじゃなかった。クレインくんと喋ってて気づいたことだ」
「クレイン兄と?」
名前のあがったクレインくんにみんなの視線が集まった。
少々居心地悪そうにしながら、クレインくんが口を開く。
「もしかして、ここの生き物は本来は穏やかな気性をしているっていう……」
「そう、その話だ。クレインくんによると、ここの生き物は俺たちが見たように獰猛じゃないらしい。本来は、な」
「どうして獰猛になっちゃったのかしらぁ?」
「フランちゃんが言ってたこと、ランちゃんは聞いたか?最近はかたつむりの数が増えてるって」
「そういえばそんなことも言ってたような、気がするような?」
「ランは見たよね、大きなかたつむり。あのかたつむりが草食動物のご飯を奪ったせいで草食動物が減って、そのせいで肉食動物のご飯が減った……って徹が言ってた」
「よく覚えてたな、フェイト」
代わりに説明してくれたフェイトの頭を撫でる。
するとわかりやすいくらいにアサレアちゃんの眉根が寄った。
「そのかたつむりがなんなのよ!なんか関係があるの!?」
「フランちゃんが寝てるんだから静かに、アサレアちゃん。大事なのは、かたつむりが増えたせいで、外の生き物が凶暴になったってことだ。なら、なぜかたつむりが増えたのか?」
「……え?えっと、この山の居心地が良かった、から?」
「…………」
予想の斜め上の解答に、思わず絶句してしまった。
はぁ、とランちゃんは大きなため息をついて、呆れたような目をアサレアちゃんに向ける。
「現場にいなかったお嬢ちゃんじゃ実感がわかないのかもしれないけれど……ここまで説明されておいて、ねぇ……。この山で暮らしているのがフランちゃんだけになって、これまで均衡の取れていたかたつむりの繁殖と退治のバランスが狂い始めたのよ」
「うぐっ……わ、わたしもわかってたし……」
「俺もそう考えた。フランちゃん一人だけではかたつむり退治が間に合わなくなっていた。逆に言えば、この山の住人が生きていた頃にはかたつむりの退治は間に合っていたんだ」
「うん……あれ?ってことは……」
ちょっと照準がずれることがあるが、基本的にはアサレアちゃんは賢いらしいのだ。ならばもう、気づいたのだろう。
アサレアちゃんに一つ頷いて、続ける。
「『フーリガン』がこの山に入って住人を皆殺しにするまでは、かたつむりは異常繁殖してなくて、生態系のバランスは保たれていて、生き物たちは獰猛じゃなかった。フーリガンはこの鉱山まで、俺たちほど苦労することなく来ることができたんだ」
「まさか『フーリガン』の連中も、それで密室状態を形成することになるなんて思いもしなかったでしょうねぇ……」
「奴らからしたらただの偶然だろうな。なにも考えず、ただ目的以外の物を壊して殺すだけだから」
「でも徹。魔法生物もお腹を空かせていれば人を襲うこともあるってことだよね?私たちの時みたいにたくさん襲ってはこなくても、ちょっとくらいは寄ってくるんじゃないかな?」
「あるだろうけど、おそらく問題ないレベルだ」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「俺が今回の任務を受ける時、上司に教えられたんだ。何回か『陸』の部隊が調査しようとここを訪れたって」
「ええ、そうだったわねぇ。『陸』の魔導師だと話にならないからって嘱託にお仕事が回ってきたんだものねぇ」
「この世界の情報や鉱山の位置を教えてくれなかったのよね……今思い出しても腹が立つわ!」
「情報を共有してくれなかったってのはひとまず置いといてくれ。その時俺の上司が一緒に言ってたんだ。『陸』の魔導師たちが現場に突入するも『山の中で正体不明の物体から襲われた』ってな」
「『正体不明の物体』……あ、フランさんのゴーレムですか?」
「ほかに思い当たるものがないから、そうだと俺は思ってる」
「……だから?」
「……そう。ここで『陸』の魔導師さんたち?がゴーレムを見ているってことは、鉱山まではこれたってこと、だよね、徹?」
「なるほどねぇ……。『陸』の魔導師が来れたのなら、大して程度の変わらない『フーリガン』の連中も来れるでしょうねぇ」
「んぐぐっ……み、密室の一つが解けたのはわかったけど、もう一つ……内側の密室はどうなのよ!わたしたちがいるあたりは大丈夫だけど、鉱山の上のほうは魔力を吸い取られるんだから!あんなところでゴーレムと戦えばお手軽にミイラのできあがりだわ!この国の人に近道でも案内されない限り、あのくそ連中じゃゴーレムと戦わなくても辿り着けないわよ!」
自分だけわからなかったからか、アサレアちゃんは若干へそを曲げたように早口でまくし立てた。
「これについては……今ひとつ根拠が希薄なんだよな」
「あらぁ……徹ちゃんでもわからなかったの?」
「当事者がいない以上、想像するしかないんだ」
「でも逢坂さん。希薄でも一応根拠があるんですよね?」
「まあ……一応は、な。結果論だけど。あとは国民性、かな」
「どういうことよ、結果論と国民性って」
「上の層から落っこちて別行動した時、一休みした部屋があっただろ?あそこにあった本や資料、あれから推察するにこの国は外部からの人間を拒絶するような排他的な人々じゃないんだなって、俺は考えたんだ」
「……え?」
排他的ではない。そう口にして、程度の差はあれどみんな驚いた。
驚くのも無理はない。なんせ俺たちは、忠告も警告も宣戦布告もなく、問答無用でゴーレムに襲われたのだし。
「……あんたは殴りかかられても潰されそうになっても排他的じゃないって、そんなことを本気で思ってるわけ?」
「言いたいことも気持ちもわかるけど、まあ聞いてくれ。排他的じゃないっていうのは、『フーリガン』がこの鉱山を襲撃する前だ」
「ずっとこの山で住んでいるのなら、外部の人間には優しくなさそうだけれどねぇ……なんというか、閉鎖的なイメージかしら?」
イメージというよりも、先入観に近い感覚かもしれない。実際、外界との関係を閉ざして鎖国しているようにも見える。
ただ、この国の住人たちの場合、自主的な意思で国を閉ざしているわけではない。魔法生物と鉱山の性質によって、外との交流が非常に困難になってしまっているだけなのだ。
本来の国民性は、俺たちが抱くイメージとは違うように思う。
「休憩小屋みたいな部屋にあった絵本では、オンタデンバーグの人たちは違う世界からこの世界の、この鉱山に移り住んだ。……いや、他国からの侵略って脅威から逃げ延びてきた。同じように、外で
「そう考えることもできるかもしれないけれど、ちょっと都合よく捉えすぎじゃないかしら?」
「いや、そうでもない。部屋には絵本の他に紙が束ねられた書類もあった。この鉱山で掘り出された鉱物の数や種類。その他に、輸出入が記された帳簿みたいなものもあった。他国か他世界か、少なくとも外部との交易はあったんだ。外部と交易するだけの友好的な姿勢があったんだ」
「思えば、そうですよね……。この鉱山の中では布や紙だって作るのは難しいです。それなら……よそから譲ってもらうしかないですよね」
「そうだ。しかも、おそらくこの国の公用語は比較的近代のベルカ語。でも書類の中には古いミッドチルダの言葉もあった。言語が違っても交流して交易するくらい、に、は……」
ふと、フランちゃんの振る舞いが脳裏をよぎった。俺たちに対して友好的なフランちゃんと、
違和感の正体の尾が、頭を掠めた気がした。
「どうしたの?徹?」
「……いや、なんでもない。あー、つまり、この国の人は外部の人間に対して寛容的だった。言語の違う外部の人間と交易をするくらいには、な。そのせいで、鉱山に入ってきた『フーリガン』を、大広間まで案内してしまったんだと思う」
「案内……。こうやって聞いてるとあんたが言うような展開になりそうな気もするけど……」
「そんなに事がうまく運ぶのかって思ってる?」
「う、うん……だって……」
「それがさっき言ってた結果論だ」
「結果論……ちょっとよく……」
「『フーリガン』じゃ、ゴーレムと坑道で戦っても勝負にならない。それくらい上手いこと状況が転んで、魔法が阻害されない大広間まで案内されない限り、奴らがこの国の人たちを一方的に虐殺なんてできないんだよ」
『フーリガン』には、冷酷にして
その恐るべき頭領が自らこのような
「……あれ?」
鈴を転がすような可憐な声で呟いて、フェイトは金色の髪を揺らしながら疑問符を頭上に浮かべる。
「どうした?」
「さっき徹、言ってたよね。『フーリガン』は皆殺しにするって」
「…………そう、だな」
薄いピンク色の唇が『皆殺し』などという剣呑な言葉を口にしているところを見ると、フェイトの情操教育上すごくいけない話をしてしまった気がしてくる。
口ごもりながら答える俺を特段気にした様子もなく、フェイトは続ける。
「なら、どうしてフランは生き延びれたの?」
「そうだ……『フーリガン』は年齢も性別も関係なく、命を奪います。フランさん一人を見逃す理由はないはずです」
「そう、よね……。あいつら、女とか子どもとかお年寄りとか、そんなの気にしないで、全員……」
全員殺す。その一文は、アサレアちゃんの口からは聞かれなかった。あの街で繰り広げられた惨劇を思い出したのだろう。容易く言葉で表現してしまうのを避けた。
「俺もずっと考えてたんだ。優しさなんて欠片もない、たぶん優しさなんて言葉の意味すら知らねえ奴らが、なんでフランちゃんだけ見逃したのか。その理由は、今わかった」
「今、ですか?」
「フランちゃんは寝る時ですらゴーレムの中に入ってる。なんでベッドを使わないのか、ゴーレムの中のほうが寝心地がいいのか落ち着くのか知らないけど」
「そういえば、歩く時もゴーレム使ってたよね。そのせいでびっくりするほどフラン自身の体力はなかったけど」
「ほぼ全ての時間ゴーレムの中で生活していたおかげで『フーリガン』に見つからなかった、のかしら?この鉱山の中、たった一人で生き残ることが幸運と呼べるかどうかは……微妙なところだけれど……」
ランちゃんは腕を組み、フランちゃんを見やる。その目は憐憫か、同情か。不遇にして救いのない運命を悲しむ瞳だった。
「ッ…………」
ジュリエッタちゃんのいたサンドギアの街、そしてここ、フランちゃんが生活していた国、オンタデンバーグ。俺たちが実際に遭遇した事件だけでも二つも発生していて、実際に目撃した被害者だけでも百を超える。あまりにも理不尽で、あまりにも不条理だ。ただ平穏に暮らしていた人々が『フーリガン』に傷つけられ、殺められていい理屈など、どこにもないのに。
いずれ尻尾を掴み、必ず罪を立証し、必ず厳しい罰を与えなければならない。奴らに対する憎悪と忌避感は膨れ募るばかりだが、今どうにかできるわけではない。
かくもとりあえず、この鉱山で行われた事件は『フーリガン』の仕業であることを解明できたんだ。今はそれでいい。前回のように指示書や報告書などは持っていなかったので、この国に何を目的として訪れたのかまでは判明することができなかったが、それもとりあえずいい。
今は奴らのことはどうでもいい。
最優先はフランちゃんだ。
フランちゃんは被害者だった。
親や親戚や友人を、一瞬で、全て失った被害者。そんな少女をこの土地に一人残すわけにもいかないだろう。非常時に助けてくれる人も、菜園を手伝ってくれる人も、言葉を交わす人すらいない山の底で、たった一人、孤独だけを
俺たちがこの鉱山を出る際には彼女もともに連れていかなければいけない。彼女がそれを、認めるかどうかはわからないけれど。
「……あれ?ね、徹。『フーリガン』っていうのはひどい犯罪者たちなんだよね?」
「ああ。控えめに言っても極悪人だ。間違いなく、な」
「なら、そんな人たちが……」
「ん……。んぅ……クーニヒ」
フェイトが俺に何かを問おうとした時、石や砂が落ちる音とともに蚊の鳴くような声が聞こえた。
部屋の隅、音の発生源へと視線を向ける。
土と眠気を払うように頭を二度三度振り、ゴーレムのおおよそ肩あたりを掴むと、引っ張り出すように下半身も寝袋から出てきた。
「フランちゃんが起きたみたいだな……。これからの話をフランちゃんにしとかないと」
フランちゃんの名を呼び、俺の場所を教える。
周りを見渡していたフランちゃんは俺の姿を認め、ふにゃりと表情を緩めた。
寝覚めはいいほうじゃなさそうで、多少ふらつきながら歩み寄ってくる。
「徹、ちょっと待って」
「ん?フェイト、どうした?」
服を引かれて振り返る。フェイトが指先で俺の服をつまんでいた。
なぜか、フランちゃんからは見えない位置で。
「ここの人たちを殺したのが『フーリガン』ってことはわかったけど、埋めたのは?すごく悪い人たちが殺した住人たちを埋めたの?」
何に、誰に配慮しているのか知らないが囁くような小声で、途中で遮られた疑問を再び口にした。
「そ、そうよ……っ!あのくそ野郎どもは殺したら殺しっぱなし……隠しもしないし誤魔化しもしないわ!」
「なのにご遺体は綺麗に大広間に隠すように埋められていたということは、少なからずフランさんが関わっているということでは……」
「フランちゃんが『フーリガン』のことを一言も口にせず、教えてくれなかったことには、どうにも納得できないわねぇ。住民がいなくなったと嘘をついていたこともわからないし……」
フェイトを呼び水に、みんなも残された不可解な点を口々に指摘する。近くにいる人にしか聞こえないように、フランちゃんには聞こえないように、声のボリュームを絞っていた。
「……それは、たぶんすぐにわかることだ」
答えに満たない答えを返し、寝ぼけながらゆっくり歩いてきたフランちゃんに身体を向ける。
「グーテンモルゲン、クーニヒ」
「おはよう、フランちゃん」
「ヤー、お、はよう」
長い前髪の隙間から柔和な笑顔を覗かせる。
かたつむりの殻を置いている小道で俺にゴーレムをけしかけてきた時とはまるで様子が違う。
フランちゃんに潜んでいる一つの可能性を胸に秘めながら、俺は
「なあ、フランちゃん。外への道、教えてくれるか?」
「そと……みち……。ヴァゴムニヒト?」
『どうして?』と訊ねるフランちゃんの口元は笑みを
剣呑な気配に息を呑む俺の肩を、誰かが掴んだ。いつもの緩い雰囲気を取っ払ったランちゃんだった。
「徹ちゃん、ちょっと性急すぎないかしら?もう少しゆっくりとでもいいと思うわよ。……あまり、刺激しすぎても……」
「いや、今話すべきだ。昨日からフランちゃんと接していてわかったんだ。時間をかけても、遠回りをしても、この件はどうしようもない。他にやりようがない。現実から目を背けているだけじゃ、前に進めないんだ」
「そう……そうね」
短い沈黙の後、ランちゃんは理解を示してくれた。俺の肩から手を離す。
俺としても
フランちゃんと本音で話して、現実を突きつけて、それで事態が好転する確証はない。
でも、このままではみんな幸せになれないことだけはわかるんだ。
「フランちゃん、俺たちはここに、この鉱山に仕事でやってきたんだ」
「…………」
「見せてくれたよな、アブゾプタル。あれを調べにきたんだ」
「ちがう。クーニヒ……」
「俺はここの国の王様じゃないんだよ」
「ちがうっ!イッヒホッフェニヒト!マインクーニヒ!マインアインズィガクーニヒ!」
取り乱したフランちゃんが、俺の胸ぐらを掴んで叫ぶ。必死に、懸命に、まるで自分に言い聞かせるように、大声を張り上げる。
俺の服を力一杯、固く握り締めている小さな手を、包み込むように握る。せめて話ができるくらいには落ち着いてもらえるように。
「……聞いてくれ。君は知ってるはずだ、フランちゃん。この国の人がどこに言ったのか……どうなったのか」
「みんな、みんな……っ!」
まるで堪え難い頭痛に苦しむように、フランちゃんは眉根を寄せて片目を
「みんな、どこか……いった。っ……いなく、なった……っ!」
「いなくなったんじゃない、そうじゃないだろ。知ってるはずだ」
「っ!……し、らないっ!ワタシ、は……っ、
ここから先は、俺の推測でしかない。正しいかどうかの保証はないし、仮に俺の推測が正しいのだとしても、それをフランちゃんに突きつけることまでもが正しいこととは思えない。
だがもう、彼女を説得することしか俺には思いつかないのだ。
現状の問題と向き合うために、これからの未来を歩み始めるために、フランちゃんには今の危うさを理解してもらわないといけない。
だからこそ、後戻りできない道へと一歩、踏み出す。
「ゴーレムを使ってみんなの遺体を埋葬した君なら……知っているはずだ」
「うっ、うぅぐぅぅっ……」
ついに俺の服から手を外し、両手で自らの頭を抱えた。辛そうに、苦しそうに、荒く息をついてうずくまる。
思わず、その小さな身体を抱きしめてしまいそうになる。慰めの言葉をかけてしまいそうになる。
だがこれは、こればかりは彼女自身が受け止めなければならないのだ。逃げて目を背けたとしても、現実は変わらない。『フーリガン』に国をめちゃくちゃにされた事実は変わらない。この重荷ばかりは、俺が代わりに背負うことはできない。
「やっぱり、フランが住んでた人たち、を……」
「……ああ、みんなが指摘した通り、『フーリガン』は隠蔽なんてしない。殺したら殺しっぱなしだ。埋めるとするなら、そして全員分を綺麗に埋葬できるのは……彼女しかいない」
「でもフランさんは自分が埋めたことも、襲ってきた『フーリガン』のことも、それどころか住民が亡くなったことさえ忘れて……いえ、まるで知らなかったかのようでしたが……」
「っ、もしかして徹ちゃん、フランちゃんは本当に?」
「……俺も信じられないのが正直なところだけど、そうとしか考えられない」
「徹、それにランも……なんの話?」
「二人で話してたんだよ。フランちゃんは解離性同一性障害なんじゃないか、って」
「か、かい……り?」
「俗に言うところの二重人格だ。『フーリガン』にみんなを殺されたことでフランちゃんの心に大きなストレスがかかり、その精神的負荷から心を守るために、自分の命を守るために、人格が二つに分裂した」
「そ、んなの……ありえるの?ドラマや小説じゃあるまいし、そんな都合よく……」
「都合の悪い世界から自分を守るための自衛本能だ。そうでもしないと生きていけないほどの苦痛が、言葉通りに心を引き裂かれるほどの地獄が……ここにはあったんだろ」
ふと、自分に置き換えて想像してしまった。
眠りから覚めてベッドを出ると、これまで何事もなく平穏で幸せだった世界が、自分の力では抗えないほどに壊されていたら。姉ちゃんが、フェイトが、アリシアが、アルフが、血にまみれて冷たくなっていたとしたら。なのはや恭也やすずかや忍やアリサや鮫島さんや彩葉ちゃんや鷹島さんや長谷部や太刀峰が殺されていたとしたら。家族親戚親友友人知人隣人顔見知りに至るまで、自分を取り巻く環境が全て、取り戻せないくらい破壊されていたとしたら。
俺ならどうだろうかと自問した。
血が凍る。吐き気を催す。自分の命を絶ちたくなる。
愚かで考えなしの、浅はかで薄っぺらい自答だった。
歩けば歩くほど、探せば探すほど遺体を見つけられてしまうような、そんな環境。まともな精神でいられる自信はない。
フランちゃんもまともではいられなかったのだろう。ただ、迷いなく自死を選ぶ俺よりかは、どうにか生きようと
「これだと……フランちゃんのは
「……そうだな。
「どういうことですか?」
「人格が入れ替わっている間の記憶は、人格間で共有されないことが多いらしいの。違う人格で知人と接して話が通じなかったり、といったふうに日常に支障が出るから解離性同一性
「それどころかうまい具合に入れ替わって生活できてたみたいだ。元の人格がゴーレムのためのアブゾプタルを作って、二次的人格……俺たちと接してくれてた人格が生活の大半を過ごすって感じでな。二次的人格のほうはアブゾプタルがどうやって作られるか知らなかったみたいだし」
「なんでわたしたちと一緒にいたフランが後から生まれた人格だってわかるのよ。確かめる方法なんてないでしょ?」
「この国の公用語はベルカ語だったけど、外部との取引ではミッドチルダの言葉も勉強する必要があったんだ。そして、人格が引き裂かれる時、目の前に迫るストレスから逃げるために多くの場合、小さかった頃の人格をモデルとして作られるそうだ。いつものフランちゃんはベルカ語を喋っていた。ミッド語を本格的に勉強する前の幼少期のフランちゃんが、つまりは新たに作られた二次的人格のモデルなんだろう。……まあ、フランちゃんはもとからだいぶ幼いだろうけど……」
そこまで解ければ、他もある程度察することができる。
「全員を、誇張なく国民
しかし現実的な問題があった。かたつむりという外敵が襲ってくる以上、武器が必要になる。ゴーレムの心臓部となるアブゾプタルの核だ。俺が話していた限りではおそらく、幼少期のフランちゃんはアブゾプタルを精製できなかった。
フランちゃんは言っていた。アブゾプタルは明日にはある、と。最初聞いた時は意味がよくわからなかったが、今なら理解できる。人格が入れ替わり、元の人格がアブゾプタルを作ってポーチの中に補充していたのだ。
そのため、アブゾプタルを精製するためにかたつむりの殻を保管している小道にいる時だけは、元の人格が表層に浮上してこなければならなかった。そのタイミングで、俺が声をかけてしまったのだろう。
「うぅ……ぅあっ、わたしはっ……っ」
「……どうしてフランちゃんはこんなに苦しそうに……」
頭を抱えてぽろぽろと涙を流すフランちゃんを、ランちゃんが悲痛そうに見つめていた。
「……フランちゃんの解離は不完全だったんだ。揺さぶりを与えられて、元の人格と二次的人格の記憶が混濁してるんだと思う」
「不完全?」
「思い出してくれ。上層と、大広間。どちらの戦闘も表に出てるのは二次的人格だった」
「……そうね。元の人格はゴーレムの核を作る以外は出てこないのでしょう?」
「それに大広間で徹がフランをひっぱり出した時、喋ってたのはベルカ語だった。ベルカ語を喋るほうが後から生まれた人格なんだよね?」
「そうだ。でも、それだと
解離性同一性障害を克服するには、作り出された二次的人格を許容し、理解し、洞察することが大事だとされている。生み出された原因である多大なるストレス、抑圧された葛藤から目を逸らさず、噛み砕いて自分の心に吞み下して、苦痛と向き合い、自身が自己分析して乗り越えなければならない。
であれば、俺の行為は荒療治だったのかもしれない。
解離が起きた原因、抱えきれないほどの精神的ストレス。オンタデンバーグという国の人々が皆殺しにされたという、フランちゃんが目を背け続けてきた事実を直接的に突きつけたのだから。
「……フランちゃん、この山の出口を教えてくれ。そして、できるなら君も……一緒、に……出よう」
もっと穏便に伝える方法があったのではと、思わず考えてしまう。嗚咽を漏らし、涙を流し、肩を震わせるフランちゃんを見て、もう遅いのにそんなことを考えてしまう。
どうあがいても、いずれは伝えなければいけないことだったとわかってはいても。悲痛に顔を歪ませる彼女を目の当たりにしてしまっては、判断は正しかったと自分に言い聞かせることもできない。
「…………捨てるの?王……」
「っ……」
言葉が出ない。
充血した瞳が、涙で濡れた頬が、掠れた声が、凍えるように震えて身体を抱く姿が、俺の心をじくじくと
迷った末に、事実だけを告げる。取り繕うだけの嘘が、機嫌を
「……結果的には、そうなる」
フランちゃんはこの国の、
知り合いもおらず、帰るべき故郷も失い、どこに進めばいいかわからない。それがフランちゃんにとってどれほどの負担になるか、どれほど不安に感じているか。理解できる、なんて軽々しく言えはしない。同情すら
理解も、同情も、同じ立場で同じ体験をした人間にしかできないだろう。
「……だめ」
「フラン、ちゃん……?」
俯きがちな彼女の表情は、長い前髪に隠されて窺い知れない。
ただ、声の調子が、放たれる雰囲気が、場の空気を
「……王、わたしの王、わたしたちの王……」
わずかに、フランちゃんが顔を上げる。垂れ下がる髪の隙間から、煌々と、爛々と、銀に輝く虹彩が俺を見据えていた。視線に質量が伴っているような、執念すら感じる淀んだ瞳で、俺を見つめる。
フランちゃんは、他者に一言すら口を挟ませずに、不気味に口角を歪ませた。
「……わたし『だけの』王。ふふ……だめ、行かせない」
行動に移すことも、戸惑いの声すら上げることも許さずに、フランちゃんは動いた。
薄暗かっただけの俺の周囲に暗闇の帳が下ろされる。近くにいたはずのフェイトたちの声が、俺を呼ぶ声が、どこか遠く、くぐもって聞こえた。
「ふふ……。ここで、ずっと……一緒」
完全なる黒に塗り潰された世界の中、フランちゃんの声だけがいやに鮮明に耳に届いた。