「よかったですね、担当者さんに許しがもらえて」
「計算とは違ったけど……まあラッキーだった」
昼食を挟み、現在は午後の作業中である。
ベルカ語とミッドチルダ古語、二つの言語で記された本を発見してすぐ、担当者さんが俺たちの作業場まで降りてきた。そこで知らされたのだが、どうやら周囲で雑多に築かれている大量の本の山(どころか本の連峰と呼んで差し支えない)は、俺たちに課されたノルマではないらしい。
新しく持ち込まれた本をとりあえず置いておくという、作業場兼仮置場みたいなところなのだと。ここにある本をすべて片付けるなんて、俺たちに与えられた二日という期限ではそもそも不可能だったのだ。
「でも驚きましたね。まさか予定していた作業量を午前中で終わらせちゃってたなんて」
「ほんとにな。ここにあるぶん全部やらなきゃいけないと思ってたから、わりと頑張ってたわ俺」
「片っ端から片付けてたのに、あれでも
そんなことを知らずに仕分けしていた俺たちは、ユーノの検索魔法のお陰もあって担当者さんの予想をはるかに超える速さで作業を進め、なんと二日分以上の作業を午前中で終わらせてしまっていたのだ。しかもタイトルと収納場所に加えジャンルごとに分けるという、担当者さんの要求を上回る仕事振りというおまけ付きで。大変なお褒めの言葉を頂いてしまったのだった。
簡単に要約すると、こういったことが昼前にあった。
今回の任務の給料分の仕事を終わらせてしまったのでもう帰ってもいいよとすら言われてしまったほどである。
ただ、任務も大事だが俺は俺でやることがあるので帰るわけにもいかなかった。そこで交渉、というほど大仰なものではないお喋りの末、残業ということにして期日である今日と明日の二日間、ここで作業を続けられることになった。ただ働きでもいいやと思っていたが、別途残業代にプラスして色をつけてくれるとのことである。どちらとしてもおいしい方向へ話が転がった。
「これでやっと自分の目的を果たせるってもんだ。自由に休憩も行っていいって言われたし、やりやすくなったな」
「ゆっくりやっていいよ、とも言われましたしね。一応僕は怪しまれないように作業を進めておきます。こんなに雑然と散らかっているのを見ると、無性に綺麗に整えたくなりますし」
「やっぱ学者気質だなー。そっちはよろしく」
「はい!任せてください!」
思わぬところで担当者さんの信頼を得てしまった俺たちは、午後に入ってから伸び伸びと気まま気楽に励んでいるのであった。
「……さすがに、難しいな……」
しかし、やっと俺の目的に取りかかれるというのに、進捗はよくない。
頭を悩ます原因は、手元の本だ。
「さすがに兄さんでも苦戦します?」
「辞書なんかがあると踏んでたからな……一からやらなきゃいかんとは。こんなのほとんど解読作業だぞ……」
「ほとんどっていうか解読そのものですよ。ベルカ語がわからないからこそ、古い時代の文献が手つかずで放置されてるんですし」
「ミッドチルダの学者の中には読める奴もいるんじゃねえの?そいつらはなにしてんのさ」
「読める人もいるでしょうけど、そんな教養のある人はたいてい要職に就いていたり、あとは教会とかに属してるんじゃないですか?古い文献を翻訳するよりお給料良さそうです」
「はっ、とどのつまりは金かよ」
ため息をつきながら、古代ベルカ語とミッドチルダ古語が書かれている本に集中する。
「……兄さん」
「なんだ?分類を判断できないものは空番に、ベルカの本は俺のほうに置いといてくれればいいぞ」
「いえ、そういうことではなく……なんで仕分け作業もやってるんですか……」
呆れているのか、それとも諦めているのか、ユーノが嘆息しながら言う。
俺の手には件の本があるが、周囲にも本が浮いている。およそ十冊程度の仕分けと解読の並行作業。おそらくこれについて言及しているのだろう。
答えは簡単だ。
「いや、解読作業だけじゃリソースがあまるから、ちょっとずつでも仕分け作業もやっとこうかなって。さぼってるって思われたらいやだし」
「解読に集中してもまだ余力があるんですか……。ていうか、ちょっとっていう量じゃないですよね。何冊やってるんですか?」
「今は十冊だ。本の種類によってはこれのプラスマイナス二冊が、余裕を持って回せる限界値だな」
「ほ、ほんとうに……こういう情報処理に関しては規格外ですね、兄さんは……」
「情報処理に関して
「拗ねないでくださいよ、褒めてるんですから」
「すねてない」
軽口を言い合いながらも、ユーノは手を止めずに作業を進める。
なので俺も頭をひねりながら、脳みそを絞りながら、ミッドチルダの古語をじわじわ読み解いていく。これをまず読めるようにしないことには、古代ベルカ語と照らし合わせることもできない。
手間がかかるが、他のベルカの書物はベルカ語単独でしか書かれていない。手出しもできなければ手のつけようもない。
ならば、まだ読むことができる言葉が載っているこの本のほうがまだだいぶ易しいと言える。
「えっと……こういうのはまず、どういった文字かを判断する、んだよな……」
姉ちゃんの部屋には、どこに売っているのかもわからないような突拍子もない本がたくさん置かれている。そんな混沌とした本棚の中に、まだ比較的まともそうなタイトルの本があった。
その名も、『未開言語の解明』。
一般人には毛ほども関わりのない書籍だろう。普通の人生なら一生読まなくてもいい本だった。
雑談の種にするのも難しいような内容の、毒にも薬にもならなそうなその本を、俺は暇に明かして読んだことがある。まさかその時に取り入れた知識が、ここにきて役に立つとは思わなかった。
いつ、どこで、どんなものが自分を助けるか、わからないものである。
「つくり自体は……ミッドチルダと同じ表音文字だな」
文字は『表音文字』と『表意文字』の二種類に大別できる。
『表音文字』というと、一文字一文字には意味がなく、発音の仕方を表している文字だ。これはいくつかが集まってこそ意味を成す。アルファベットやひらがな、カタカナが例に挙げられる。
文字の種類を数えてみたところ、どこのページを確認しても三十種類程度。五十も六十も種類がある表音文字はないらしいので、これも『表音文字』と判断していい材料になる。
「これは……歴史書、なのか?」
名前を示す単語が
「これは、ここの意味で……こっちのは……」
ミッドの文章の中で同じ単語が五回出たのなら、ベルカの文章にも同じ単語が五回出てくる、はず。そうした手がかりから作業を続け、読み解いていく。
一冊を読むのにかなり時間がかかっているが、単語同士の符号が取れて意味を理解していければ、解読のペースは上がるだろう。速度を優先して誤った解釈をするほうがタイムロスになる。
「どこかの国の、興亡の話か……。ん……ん?これ……」
少しずつ読み進めていったところ、歴史を記した本であることは明らかなようだ。正直なところ、知らない世界の知らない国の歴史はあまり興味がそそられないが勉強と割り切って読み進めていく。
その中で、見知った名前を、そして予期していなかった名前を目にした。
「クレスターニ……って、サンドギアの?」
クレスターニ。
サンドギアの街襲撃で出会った親娘の母親の旧姓、というかミドルネームがクレスターニだった。この本のクレスターニがサンドギアで知り合ったクレスターニと同じかどうかはわからない。この本の古さを考えれば、ただの同姓という可能性のほうが高いだろう。
ただ、引っかかるものもあったのだ。
クレスターニ家に伝わるという、人形を操作する特殊な魔法『ドラットツィア』に、その家系に生まれ持つものの多いという
任務中にその話をしたところ、ランちゃんはベルカの魔法なんじゃないかとも言っていた。
もしかしたら、ベルカの時代から脈々と継がれてきた血、なのかもしれない。
「…………」
読んでいけば、その謎も判明するかもしれない。
*
「はーっ……。波乱万丈だ……」
就業時刻が目前に差し迫ってきた頃、ようやく読了することができた。
この歴史書みたいな本は、どうやらパティーナクノールンという国の興亡を記したものらしい。国の成り立ちから、何が起こってどう栄え、戦争を経て、内乱が発生し、国が傾き、廃れ、そして他の国に併呑されるまでを書いた興亡史。
その中で、執政としてクレスターニの名前が登場した。重要な役職に就いていたことにも驚いたが、彼女たちが使っていた魔法『ドラットツィア』も大きく関わっていて、そちらにも驚いた。
「まさか、人を自由に操るための魔法だったとはな……」
執政として活躍していた当時のクレスターニは『ドラットツィア』を使って、妨害する者、刃向かう勢力、時には王をも操って、国の政治を司っていた。驚くべきことに『ドラットツィア』を扱う術者の多くは同時に
現代のクレスターニは人形劇という形であの魔法を使っていたが、根源は生きたまま人を操る、という魔法だった。
時代の流れに揉まれて術式が書き換わっていってしまったのか、それとも故意に書き換えたのかまではわからない。
だがおそらくは、故意に書き換えたのだろう。そんな結末を匂わせる理由が、興亡史に記されていた。
「……恐れられて、追放、されたんだろうな……」
権力者を操り、長きに渡って裏で実権を握っていたクレスターニを脅威に感じた周囲の人間は、クレスターニを排斥した。クレスターニは国を追われたのだ。
レアスキルと併用すれば、という条件付きだが、人の記憶もそのままに操るという魔法は、まさに究極的なまでに磨き上げられた完成された魔法と呼んでもいい代物だ。だが、他の魔法については才能があったとは言えないらしい。攻撃的な魔法に劣るクレスターニ家は、周囲に槍玉に挙げられると脆く、容易に追放されてしまったようだ。主に国側からの目線で書かれているので悪し様に書き記されている可能性はあるけれど。
そこからは、クレスターニの名前が出てくることはなかった。
だから、クレスターニ家のその後は、俺の想像でしかない。
人を、その意識までをも操る『ドラットツィア』という魔法は、人々にとって恐怖の対象でしかないと先代の術者たちは思い至ったのかもしれない。術式に手を加え、魔法の効果に制限をかけて、人々の生活に馴染むよう、拒絶されることなく迎合するように、洗練された『ドラットツィア』を改悪していったのだろう。
そうした変遷を経て生まれ変わったのが、現代のクレスターニが使う『ドラットツィア』。人形を操る
何世代も、下手をすれば何十世代もかけて積み重ねて、築き上げて、研ぎ澄ました魔法。その完成された術式のほとんどを、人の世で生きるために捨てざるを得なかったことが幸せだったのかは、本人たちにしかわからないことだろう。その思いだけは、他人の俺が推し量れるものではない。
「……で、結局国は混乱の最中に他国から侵略された、と……。そりゃそうなるわな」
クレスターニ家を追放した国・パティーナクノールンは内外の政治が崩壊し、すぐに
事実上、
「……はあ、なかなかのボリュームだったな」
見知った名前があったことで興味を持てたからか、夢中で進めてしまっていた。最初はあまり気乗りしなかったが、歴史を追うというのは存外楽しい。
気付けば。
「……あ、こっちベルカ語のほうじゃん」
当初はミッド古語とベルカ語を照らし合わせながら読み進めていたが、いつの間にか片側のベルカ語のページだけを読んでいた。
発音はわからないので会話は難しいだろうが、これならもう読み書きくらいはなんとかできそうだ。
「この本のおかげだな」
ベルカ語の学習とクレスターニ家の裏側、その両方を知ることができた興亡史のおかげで集中して学べた。
「はっは、マスターしちゃったぜ、ベルカ語」
「兄さん、もしかして読めるようになったんですか?」
「ああ。この本が二つの言語で書いててくれてたからな。言葉の意味を把握するまでそう時間はかからなかった」
「一日で……っていうか半日じゃないですか。……もはやちょっと引きますね」
「なんでだよ!今回ばかりは結構すごいだろ。自分でも驚きなくらいだ」
ふふんと踏ん反り返る。天狗になっている自覚はあるが、今ばかりは調子に乗っても許されるだろう。俺が調子に乗れることなんて、若干法に抵触するようなグレーなことをしている時と、今日みたいな作業をしている時くらいなものである。
「すごいんですけど、すごすぎて一周回って気持ち悪いんですよね、兄さんって」
「ほんと言葉選んで。表現濁して」
「そういえば、ついさっきまたベルカの本が出てきたんです。これ、呼んでもらっていいですか?」
「立派なメンタルになったなあユーノ。頼もしいわ」
もちろん皮肉である。
是も非もなくユーノは空中を滑らせるように手元にあった古びた本をこちらに寄越した。
就業時刻が迫っているからか、ユーノの周囲の本は少なくなっていた。切り上げ始めているのだろう。おかげで障害物にぶつかることなく、俺の手に収まった。
「他と比べてもとても古くて、内容が気になってたんです」
「本当に古そうだな……よく残ってたもんだ」
時代を感じる装丁。手触りも他のベルカ時代の本と違う。
中身はもっと違った。
「え、あれ……全然……」
全然読めない。
部分的に単語に見覚えはある。あるのだが、文章の構成が、文法が、単語の用法が、さっき読んでいた本とはまるで違う。
「ええー……」
伸びた鼻は、ぽきっと折られた。
*
「なんで……」
無限書庫の近くに建てられている公務員宿舎みたいな場所で、俺とユーノは休んでいた。無限書庫以外に公的施設の見当たらないこの付近で、このような宿舎が必要なのだろうかとは思うけれど、納税者の方々には悪いが俺とユーノにとっては都合がいいので黙っておく。どの世界も公的事業などはこんなところなのだろう。まあ今のところ、あまりそちらには興味ない。
俺の興味と関心は、眼下の机に広げられたいくつもの本に注がれている。
「……なんで、読めない。ベルカ時代であることは確実なのに……」
ベルカ時代の本をできる限りかき集めて目を通したが、本によって読める程度が異なる。比較的読めるものもいくつかあったが、読めないものが大多数だ。
その読めない本を頑張って読み解こうにも、俺が教材にした興亡史とは違ってベルカ語オンリーで記されている。
手のつけようがない。
お手上げだ。
手詰まりである、完全に。
「まだやってるんですか、兄さん」
長い黄土色の髪をしっとりと湿らせ、タオルを肩にかけながらユーノが部屋に入ってきた。シャワーから上がったところらしい。
「うるせ。諦め悪くまだやってんだよ。……解読できたと思ったんだけどなー……」
見つけたら願いを叶えてもらえる宝玉を苦労の末に探し当てたと思ったら、あと六つ必要だと言われた気分だ。落胆の度合いが半端なそれではない。
「一部読めるようになっただけでもすごいと思うんですけどね、僕は」
「ベルカ語の勉強は目的に辿り着くまでの手段であって、あくまで目的はベルカ時代の『王』についての文献を調べることなんだぞ。部分的に読めたってしょうがねえの」
「『王』……前の任務の残されたキーワード、でしたっけ?なんでそんなに気にするんですか?もう僕たちが関われることじゃないですよ?」
「関われないってのはわかるんだけどな、無性に気になるんだよ。なにかわかればどこか適切な部署に報告しとけばいい。調べて俺が得することはないかもしれないけど、それで損することもないし」
「それはそうですけど……だからってここまでします?クロノに手を回してもらって任務扱いにして」
「それにしたって誰も損してない……どころか無限書庫が整理されるんだからいいことだろ。焼け石に水程度だけど無限書庫は図書館に近づいて、俺は『王』について調べれる。ウィンウィンだ」
「どこか根本的に間違っているはずなのに、問題がないように聞こえちゃうのはなぜなんでしょうね……。それにしても『王』ですか……」
ユーノは顎に手をやって、視線を下げた。考えるような仕草で、しばし黙り込んだ。
「なに?『王』についてなんか知ってんの?」
「……いえ、ちょっと引っかかったような気が、したんですけど……」
なんでもないです、とユーノは誤魔化すようにはにかんで笑った。
「そうか……ユーノが知ってりゃ手取り早かったんだけどな」
「……あはは、すいません。やっぱり『王』っていうと、聖王……なんでしょうか?」
「クロノもそう言ってた。ま、聖王にしたところであんまり詳しくは解明されてないらしいから、結局わざわざこうして足を運ぶことになってるんだけどな」
「あれ?たしか聖王に関する文献ならミッドチルダの言葉で書かれた本がいくつもありましたよ?そこから調べることができるんじゃ」
「ああ……あったな。聖王を正義のヒーローに祭り上げて褒めちぎった、信憑性に欠ける本がいくつもな」
「なんて言い方をするんですか……」
その国のトップが、自分たちの政治支配の正当性を示すために書物が著されることなんて、よくある話だ。
とどのつまり、勝てば官軍。
勝利した側を、まるで運命に導かれ神に愛された特別な人間であるかのように崇め奉る。著者の政治的主観が色濃く滲んでいるなんちゃって歴史書なんて、目を通す価値がない。
「あんなライトファンタジー小説みたいな、勧善懲悪にして御涙頂戴のフィクション作品は参考にならん」
「それを聖王協会とかで口が裂けても言わないでくださいね……兄さんの身が裂けることになりますよ」
「怖っ!あ、でも読み物としてはおもしろかったぞ」
「なんですか、そのフォロー」
「俺はべつに教会を批判したいわけじゃないんだ。ただ、近代の本はあてにならないってだけで」
「それでもっと古い史料を、ってことですか?」
「そ。もっと古いもんならまだ信憑性のある内容になってると思ったんだけど……」
「古い本を見つけたまではいいですけど、次は読めない……と」
「んぎ……むぐぐ」
はっきりと言っちゃうユーノに、俺は歯噛みしながらため息をついた。
反論しようにも、事実その通りなのだからぐうの音も出ない。出るとしたら言い訳くらいだ。
「……同じ単語なのに、本によっては意味が違ってたりする……。有り体に言ってわけわかんねー」
ぐっと背筋を伸ばして背もたれに体重を預ける。ぎしっと不気味に不吉な音がしたけれど気にもできない。
頭が疲労感を訴えている。クレスターニが絡んでいた興亡史を読んでいた時には感じなかった疲れだ。これもそれも、解読作業の進捗が悪いのが原因だろう。
「いろんな国が世界規模で離合集散して戦争してたみたいですから、やっぱり言語もいろんなところと混じっちゃったんでしょうか」
「……え?なにそれ?」
俺の知らない歴史だ。クレスターニの一族がいたパティーナクノールンという国は、弱体化の末、他国に侵略されたと本に書かれていたが、それはさほど珍しくないことだったようだ。ユーノが触りだけ説明してくれたところによると、周辺諸国、どころか世界単位で戦争して、併呑と分裂を繰り返したのだと。
なんともスケールの大きな話だ。そんな時代には生まれたくない。
「簡単になら学校でも習うことですし、無限書庫の本にも載ってるのがありましたよ」
「そういった本に俺が当たってなかっただけか……」
「兄さんは正式な教習を受けてるわけじゃないですから、仕方のない部分もありますけどね」
「戦闘関連しか学んでないからな。クロノにも注意されたっけか……ん?離合、集散……」
時代の流れによって言葉というのは思いの
だが、外部からの他言語の流入までは考えていなかった。
「これだ……これが、解読の鍵」
一応持ってきていた、ミッドチルダ古語とベルカ語が併記されている本を強く見据える。元からあった言語に、違う国から渡って来た言葉が入ってくる。クロノにしたイギリスの話ではないが、要はそういうことだ。
本によって、読めるものと読めないものがあったのも納得だ。新しい時代の本であればあるほど、古いミッドチルダの言葉と混ざりつつある。
この線で考えを進めれば、また新しい発見があるはずだ。
ミッドチルダ古語から比較的現代に近い時代のベルカ語を翻訳したのと同じように、時代をゆっくりと
「そうと決まれば!……ユーノ、これはいったい……」
さっそく無限書庫へ向かおうとしたが、立ち上がる前に椅子と一緒に拘束されていた。
淡緑色の鎖を見るまでもなく、この部屋にはユーノしかいない。
「なにかを思いついたように本を見つめていた段階で、こういう展開になるだろうことは読めていました」
「ずいぶん手荒な真似だな……なにすんの」
「今日はもうおしまいです。休みましょう」
ドクターストップがかかってしまった。
「いや……ちょっとだけ、ちょっとだけだって。この情熱と閃きを持て余すことなんてできねえんだよ」
「明日やればいいんです」
「俺の発言をまるっと無視したな」
「今日は充分働きましたよ。ベルカ語の勉強をしながら、僕と遜色ないくらい本の整理もしてたじゃないですか。だから今日はもう閉店です。ゆっくり休んで、明日に備えましょう」
「仕事は終わらせた。ここからは個人的な趣味の領域だ。就業時間は関係ない」
「だめです」
「ばっさりだ……」
俺の身を案じてくれていることは理解しているが、時間に余裕はないのだ。明後日は学校だ。今回の無限書庫の本整理のお仕事は、今日と明日の二日間しか枠を取っていない。
明日ぎりぎりまでベルカ語の勉強に時間を費やしたとしても、おそらく時間が足りない。なんなら今すぐ作業を再開しても、手応えを得られるところまで進められるとは思えないくらいだ。
収穫がなければもう一度任務を発行してもらえるようクロノに頼んでもいいのだが、ただでさえ力を借りることが多いのだ。あまり頼りきりにはなりたくない。なるべくなら、期日中に一定の成果を上げておきたい。
「……仕方ない」
捕縛の鎖に魔力を流す。
「壊させてもらう」
ハッキングで魔法を破壊。
立ち上がって出て行こうとしたら、新たに拘束がかけられた。温かく、柔らかく、抜けようと思えば抜けられるけれど、抜けられない。
「これも
「いやいやお前……できるかよ」
ユーノが俺の腕を抑えるようにひしと抱きついていた。
振り払うことはできる。力技でも解ける。
でも、できない。
「……でもなあ、制限時間があるし……」
「休んで明日に備えたほうが効率がいいです。攻撃的な魔法よりも消費は少ないといっても、ずっと使っていれば検索魔法でも魔力を消費します。それに、いくら兄さんでもずっと集中力を維持し続けるなんてできないですよ。これから夜通しでやるなんて、絶対に効率悪いです」
「……ぐう」
ぐうの音しか出ない。
ユーノの言う通り、消費量は大きくなかったがずっと使い続けていたため少なくない量は消費した。いくら自分仕様に術式を書き換えて省エネに勤しんでも長時間使っていれば積もり積もって負担は重くなってくる。
このまま休息を取らずに作業を続ければ、どこかで限界を迎えそうだ。集中力か、魔力か、どちらが先かはわからないが。
「明日は僕も手伝います。兄さんがやる分の仕分けは僕が担当して、兄さんがベルカ語の解析に専念できるようにしますから」
「……そこまで言うんなら、わかった。今日は休む」
「そうですか!よかった!はい、休みましょう!」
ユーノは声を明るいものにして、俺の拘束を解いた。
振り返れば、ユーノは安堵したような笑顔を浮かべていた。
そんな顔を見せられたら、こっそり出ていって作業しようかな、なんていう毒気も抜かれる。
「……はあ。そうと決まればさっさと寝るか。っと、その前にシャワー浴びないとな」
「はいっ!それじゃ僕は先にベッドで待ってますね!」
「ああ……って、おいこら。お前の部屋は隣だ」