そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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今でもはっきりと、瞼の裏に焼き付いている。

 

 

「さってと、どこにいるかな」

 

ばたばたと(周りが)慌ただしかったテスト期間も(つつが)なく明けた今日、五月三十日、金曜日。俺はアースラに訪れていた。

 

遅ればせながら、任務を手配してくれたクロノや、ご兄妹にお世話になったレイジさんに挨拶するため。というのは理由の三分の一だ。他にも情報収集、フェイトやアリシアとお喋りしにきたなど、目的はたくさんある。

 

なにはともあれ、フェイトやアリシアの部屋に行くにも、レイジさんが今どこにいるのかも、情報収集するためにデータベースにアクセスするのも、体裁上クロノを通さなければいけない。まずはクロノを探すところからである。

 

といっても、クロノのいる場所は大方見当がつく。

 

クロノは大抵お仕事をしているので、探すとすればブリッジか訓練室は鉄板。次点で食堂。大穴で自室。これくらいがクロノの行動範囲だ。

 

「やっぱりいた」

 

いの一番に足を運んだブリッジに、クロノの姿があった。

 

人の数は(まば)らだ。リンディさんも見えない。時間帯からして、食事休憩のローテーションなのかもしれない。

 

「……出会い頭にやっぱりとは、いつも通りで安心したぞ、徹」

 

「そうだろ?人に安心と癒しを与える人間性をしているという自負はあるんだ」

 

「もちろん皮肉のつもりだ」

 

「だろうな、わかってた」

 

久しぶりに会ったクロノは、眉根を寄せながら随分とご挨拶な挨拶をしてくれた。このくらいの軽口の応酬は、それこそ挨拶がわりである。

 

「任務を終えてすぐに報告にきたかったんだけどな。ちょっとこの頃自分のとこが忙しくて」

 

「任務の成否と簡単な顛末(てんまつ)は耳に入っていたから構わない」

 

「ほんと情報早いな。どこから……ユーノか?まあいいか。……なかなか密度の濃い任務だったぞ。やってて痛感したわ。これは大変な仕事だ」

 

「話を聞いた限り、僕の予想よりも(こじ)れていたようだな」

 

「……最初からああなるってわかってたわけじゃなかったのか」

 

「僕もそこまで鬼じゃない」

 

「…………」

 

戦闘訓練の時は鬼のほうがまだ慈悲がある、と口をついて出そうになったが、懸命に(つぐ)んだ。そんなふうに口を滑らせてしまっては、次に行われる訓練がどれほど恐ろしいものになるか。想像もしたくない。無論、クロノ手ずからつけてくれる訓練には感謝はしているのだが。

 

「初任務は仕事の流れを掴ませるために軽いものを、と思っていたんだ。まさか、あそこまで拗れるとは想像できなかった」

 

「結果的にはいい経験になった。自分の能力でもある程度は通用するっていう手応えと、自分の能力では到底届かないこともあるっていう苦い無力感をな」

 

「コルティノーヴィス魔導師の話か?全力を尽くしてもどうにもならないことなんて、いつだってある。徹だけじゃなく、もちろん僕にも、艦長にだって……誰にでもある」

 

クロノが俺から目線を外す。どこか遠い景色を見つめるかのようで、どこか遠い記憶を思い出しているかのようだった。

 

ふ、と軽く息を吐く。話を切り替える咳払いというよりは、自虐的な失笑に近かった。

 

「しかし、それとは別に惜しい人物をなくしたものだ。数少ない『陸』のエースとも言える優秀な魔導師だったというのに」

 

「クロノはコルティノーヴィスさんのこと知ってたのか?」

 

「『海』に移らないかという話が以前上がっていた。推薦を受けていたはずだ。結局転属はしなかったが」

 

「なんでだろうな、給料はいいはずなのに。飛行適性が微妙だったとか?」

 

「適性も考慮にはあっただろうが、それより家族との時間を優先させたかったのが大きいんじゃないか?『海』はなかなか家に帰れないからな」

 

「そういえばずっとアースラにいるもんな、クロノもリンディさんも。可愛い娘さんと奥さんがいるんだから、単身赴任はつらいか」

 

「そういうことだろう。そうだ、徹に表彰が届いていたぞ。『陸』からのものだった。さて……どこに置いたか」

 

「おい、あまりにも雑すぎないか」

 

ふと思い出したように、クロノがデスクをごそごそと探る。いったい何に対してのどういった表彰なのかは知らないが、送られてきた表彰をどこにしまったのかわからないというのはどうなのだ。

 

「表彰が届いた時、少し忙しくてな。きっと、このあたりに……。まったく、最初から徹に直接送りつければいいんだ。なぜこっちに送るのか」

 

「地球は管理外だもんな。身近なアクセスポイントはアースラになるだろ」

 

「お、あったぞ。位の高いものではないが、ないよりかは箔がつく。とってつけたような理由で授与されているが……これはおそらくいい気にさせて『陸』に取り込んで便利な駒にしようという算段だろう。乗せられるなよ」

 

「ほんとに『陸』とは険悪だよな。……こうして賞状をもらえたことは、ラッキーだとは思うけど喜べはしねえよ。結局、サンドギアの街はめちゃくちゃになっちまったし。そもそも俺一人でやったわけでもないしな」

 

黒字に金色の装飾が控えめに施された円柱状の筒をクロノから受け取りながら、言う。

 

「それに……不完全燃焼っていうか、事件も全部解明できたわけじゃねえし……」

 

「『フーリガン』だったか。それについては『陸』の管轄でこちらではあまり話を聞く機会はないが」

 

「そうそう。その『フーリガン』が事件を引き起こしたんだが、根幹部分の目的も判明しないままだし、手に入れた内部情報のうちの一つもよくわからんまま。もやもやが残りっぱなしで気持ちが悪い」

 

「そいつらは街を破壊することが目的ではなかったそうだな」

 

「どうやらあの街に住んでる……住んでいた一族伝統の魔法を解析したかったみたいだ。でも、その解析した魔法を使って何がしたいのか、何をするのかまではわからなかった。……はあぁあ。俺たちの部隊がコルティノーヴィスさんと戦っていた間に、組織の頭を捕まえとけ、とまでは言わないから、幹部の一人くらいは他の部隊で逮捕しといてくれよと……」

 

「終わったことを嘆いても仕方ない。それに徹は嘱託なんだ。次も関連した任務になるとは限らない。というより、ほぼない。気にしないほうがいいだろう」

 

「でも、一回は関わっちまったわけだし……知っちゃったわけだし……『フーリガン』捕まえてないし……な」

 

気にするなと言われても気にしないわけにはいかない。

 

奴らの目指すところが何かはわからないが、目的のためには手段を選ばないのはサンドギアの街襲撃とコルティノーヴィスさんの一件ではっきりしている。このままでは、同じように悲しい思いをする人が現れるかもしれない。

 

大勢の罪なき人を苦しめた悲劇が、大勢の罪なき人を傷つけた惨劇が、再び繰り返されるかもしれない。

 

思い出す。

 

まざまざと、目に浮かぶ。

 

ただ一人、その身を犠牲にしてでも、街を守ろうとして守れなかった、哀れで気高い男の末期を。

 

幼い身で、(くずお)れそうな身体を引き摺り、愛する家族を救おうとして救えなかった、(みじ)めで尊い少女の姿を。

 

今でもはっきりと、瞼の裏に焼き付いている。

 

「……はぁ」

 

ぐるぐると考え事をする俺を見て、クロノは呆れたようにため息をついた。肩を(すく)めてやれやれと首を振る。

 

「『陸』の連中が聞き入れて活用してくれるかはわからないが、情報を集めて報告するくらいならできるかもしれない。手に入れた情報とやらを足掛かりに、できる範囲で調べていったらどうだ?」

 

困った奴でも相手にするみたいに、クロノは苦笑しながらそう言った。どうやら、俺が調べ物をするのを許可してくれるらしい。どころか、口振りから察するにクロノ自身も表立ってではないが協力してくれるようだ。

 

本当に、頼りになる上司だ。

 

「おお、そうだな。そうしてみる。あ、そういえば」

 

調べる、という流れで思い出した。

 

「クロノに訊きたかったことがあったんだ。歴史は学んでないからな、俺」

 

「歴史?」

 

「ミッドチルダって君主制だったりすんの?『フーリガン』から奪っ……入手した情報で『王』って単語が出てきたんだけど」

 

「……勉強は充分かと思っていたが、まだ足りていない部分があったようだ」

 

「し、仕方ないだろ……文字通りに住む世界が違うんだから」

 

嘱託魔導師試験を受けた時のようなデスマーチ的猛勉強が再び幕を開けるのかと思うと、自然と身体が震えてくる。

 

「教材は後日発注するとして……『王』と言われてまず誰もが思い浮かべる人物は聖王だろう」

 

「聖王、ね。仰々しい名前だな」

 

「ベルカの時代の王だ。ベルカの戦乱を終結に導いた傑物(けつぶつ)で、現代でも聖王教会で崇められている。最も有名な王と言っていいだろう」

 

「ベルカ……。そのあたりの、っていうか歴史については完全に無知なんだよな。はあ……やっぱ一から勉強しないといけないのか」

 

取り組まなければならないことが更に増えてしまいそうで憂鬱だが、学んでおかなければならないだろう。嘱託試験の際にクロノ式スパルタ勉学に苦しみつつ励んだが、結果としてそこで得た知識は俺の助けになっている。

 

勉強してメリットはあってもデメリットはないのだ。少々どころじゃないほどに面倒ではあるが、学ばなければ進めないのなら、学ばねば。

 

「……あー、いや……」

 

俺が熱意を固めて決意を改めていたが、クロノはなにやらバツの悪そうな、決まりが悪そうな複雑な顔をしていた。

 

「どうしたよ、クロノ」

 

「それがだな、歴史といってもベルカの時代は詳しく究明されていないんだ」

 

「……は?なにそれどういうこと」

 

「部分的に明らかになってはいるが、なにせミッドチルダとは言語から違うからな」

 

「そんじゃ『王』関連……ベルカの時代関連について調べることは……」

 

「事実上、不可能に近いな」

 

「……データベースに集約されてたり……いやそんなわがまま言わない。書籍とか……」

 

「ない」

 

「なんだよそれ、誰かやっとけよ……。あ、そういえば、なんかすっごいでかい図書館があるって話をいつかどこかで小耳に挟んだ!そこならどうなんだ?」

 

「無限書庫のことか……。あそこには古今東西津々浦々から書物が集められている。ベルカ時代の書物ももちろんな」

 

「無限書庫……ちょっとわくわくする響きだな。学術知識の宝物庫って感じだ」

 

ちょっとテンションの上がった俺がそう言うと、クロノは乾いた笑みで目を逸らした。

 

「宝物庫、か……。まあ、間違いではない。金銭では代えられないレベルの貴重な書物もあると言われている。……ただ、な……」

 

「なんだよ、煮え切らないな。そこに行けばわかるんだろ?ベルカ時代の本があるんだから」

 

「膨大、かつ、未整理。蔵書数は日々増え続け、溜め込まれるばかりで管理されているとは言い難い」

 

「司書さんなにやってんのー!」

 

「そもそも司書と呼ばれるべき人間もいない。集められる書物を眺めるだけの仕事だと揶揄(やゆ)する者もいるほどだ」

 

「なんだそれ……図書館として使えねえじゃん……」

 

「そもそも管理体制が確立していない上、予算も人員も不足しているのが現状だ。そのせいで、知りたいものは必ずあるとまで言われているのに、知りたい知識が記された本を探すのに大掛かりな部隊を編成して長期間探索しなければいけない始末だ」

 

「本末転倒じゃねえか……」

 

「はは、うまいことを言う」

 

「シャレ言ったつもりはねえよ」

 

思わず頭を抱える。

 

『フーリガン』の目的を探る手がかりは、今となっては『王』というワードのみ。他に情報はない。嘱託魔導師という立場にいても、できることには制限が多い。公的に調査する権限など俺は持ってない。

 

手詰まり。

 

そう諦めそうになった俺だが、クロノは閃いたような様子で口を開いた。

 

「いいことを思いついた。書庫の担当者に、管理整頓の人員を増やすよう打診してみよう」

 

「いやいや……今から多少増やしたところでなにが変わる、いや、なにがわかるってんだ。すぐには整理できないからこそ、部隊組んで探索しないといけないような荒れ放題の無秩序図書館になるんだろ。それに俺が知りたいのはベルカの時代についてだ。書物があっても読めないんなら意味ねえよ」

 

「そう……数十人を追加しようと、おそらく期待した成果は得られない。しかも『そういった作業に耐性がなければもれなく鬱になる』とまで称されていて、生半可なそれではないほど不人気だ。簡単に人員が集まるとは思えない」

 

「ああもうだめだ……絶望だ……」

 

「だから、外部に委託してみてはどうか、と付け加えておく」

 

にやりと口角を上げながら、絶句している俺を置いてクロノは続ける。

 

「調べたいことがあるのなら、自力で調べろ。そのためのお膳立てならしてやる」

 

「……クロノ、お前天才かよ」

 

「そう褒めるな。それにベルカの書物時代は自分で読み解かないといけないんだぞ?」

 

「なんでもあるんなら、きっと辞典みたいな本もあるだろうよ。時間をかければなんとかなるって」

 

「一応仕事として引き受ける以上、整理するという作業も並行しなければいけないぞ?」

 

「んー、そうだ。ユーノも連れていこう。きっと力になってくれるはずだ」

 

「本人の意思をまったく考慮していないが……適任であることは同意する。手筈は整えておく。日程はどうする?すぐでいいのか?」

 

「すぐにとか日程まで調整できんの?」

 

「担当者に話を通す時に、便利な人間に心当たりがあるなどと言っておけば任務の日程を徹に合わせることもできる。なにせ常に人材を求めているからな、多少の無理は利かせられる」

 

「お、おお……なんかちょっと腹黒いけど格好いいぞ。そんなら日にちは……来週、は絶対確保できるかわからんから……再来週あたりか」

 

「明日明後日はさすがに厳しいとしても、来週もとは。……なにか、もしくは誰かと予定でもあるのか?」

 

意地悪げにクロノが口角を上げた。浮ついた用事だとでも勘ぐっているのかもしれない。

 

残念ながら、そんなに愉快で心踊る予定ではないのである。

 

「つい最近、学校でテストがあってな。それの補習に引っかかるかもしれないんだ」

 

「補習……なぜ徹が。そっちの世界の勉強はできないのか?それとも徹でも補習になるほど難解なのか……」

 

「はっは、テストの日に遅刻しちゃったんだぜ。任務明けでなあ、眠たくてなあ」

 

「納得した」

 

最初のテスト、国語以外は自信があるが、国語だけは時間が短すぎて欠点のボーダーラインを超えたかどうか怪しい。

 

ただでさえ問題児だと勘違いされているのだ、補習をバックレるわけにはいかない。念のためにその日は確保しておかなければ。

 

「そういうことで、悪いけど任務は再来週で頼むな。そんじゃ、そろそろ行くわ。フェイトやアリシアの顔も見たいし。仕事中に邪魔したな」

 

簡単な感謝をしてブリッジを出て行く。その間際に、クロノに呼び止められた。

 

「言い忘れるところだった。フェイトとアリシアのことなんだが」

 

「な、なんだ!なにか悪いことでもっ……っ!」

 

「……少し落ち着け。別に良くも悪くもない話だ。いや、比較的良い話か?」

 

「いい、話……?」

 

「ああ。フェイトの裁判の終わりが近い。フェイト自身、魔法が認知されていない管理外世界で魔法を行使したことを反省しているし、本人も管理局に入ることを希望している。まだ若いし、魔導師としても将来有望だ。悪い結果にはならないだろう。もう少し時間はかかるが、ほぼ無罪放免に近い判決になると読んでいる」

 

「…………」

 

フェイトの違法行為には同情する余地はあるし、止むに止まれぬ事情があったし、事件が解決した今は反省しているし、管理局で働きたいとも申し出ている。

 

しかし、司法取引的なやり取りが成立したのだとしても、もっと重い判決になってもおかしくはなかった。

 

今回そうならなかったのは、クロノやリンディさん、エイミィ、アースラの人たちが俺たちの見えないところで頑張ってくれたからだろう。

 

「……ほんと、感謝してもしきれないな……」

 

「ん?なんだ?」

 

「いいや、なんでも。まだ判決は下されてないにしても、良いことだよな」

 

「結果は決まったようなものだからな」

 

「頭上がんねえわ……ありがとう」

 

「ふん……徹が礼を言う道理はないだろうに。あとアリシアのことだが」

 

アリシアのこと。そう言われて心臓がどくんと脈打った。

 

長い眠りから目が覚めて、そう時は経っていない。体調を崩しでもしたのかと心配になったが、その焦りは呑み込んでクロノの言葉を待つ。

 

「経過観察も良好、食欲もあるし、本人に尋ねても身体に痛いところもおかしなところもないとのことだ。医務官からも、もう退院しても大丈夫だろうとお墨付きをもらった。別に入院していたわけではないがな」

 

「おお!そうか!それはいい……あれ?それって、どうなるんだ?」

 

アースラを降りてもいいとの許可はもらえた。部屋の中は退屈だと言っていたアリシアにとって、それはとてもいいことだろう。

 

だが、アースラを降りて、アリシアはどこへ行けばいいのか。どこに住んで、誰と暮らすのか。

 

「……だって、親であるプレシアさんは……」

 

「問題はそこなんだ。フェイトにも当てはまることだが、プレシア・テスタロッサの裁判にはまだしばらく時間がかかる。事が事だけにな」

 

「そうだ、たしかフェイトたちは駅の近くにマンションを借りてたはずだ。アリシアの退院の日を、フェイト……とアルフ、が(ふね)を降りるタイミングと合わせてもらえれば、あのマンションで暮らすことも……」

 

「その話も事情聴取で聞いている。使い魔リニスが用意した住居らしい。だが、それも非合法な手段で用意したようだ。もうその住居は使えなくなっている」

 

「非合法……なんで。……あ、違う世界の人間なんだから、用意できるわけないのか……」

 

マンションに限らず、賃貸契約には絶対に必要になる書類がいくつかある。住民票や源泉徴収票、家賃を引き落とすために銀行口座だって持っておかないといけないし、最近では連帯保証人を求められるケースも増えているという。

 

それらを用意できない時点で、入居審査が通るわけがない。

 

どこかで違法な手を使わなければ、一時的といえど住むところを用意なんてできない。

 

「徹の住む世界は管理外世界だが、魔導師はいる。公的書類を発行できる組合が存在するんだ。そこの組織のシステムに侵入し、書類を準備したそうだ」

 

地球にも管理局に繋がる窓口と関連した組織があったことは驚きだが、今はそれ以上にフェイトとアリシアのこれからのほうが気がかりだ。

 

後見人にリンディさんがいるとはいえ、苦労することは免れない。まだ幼い二人が大変な思いをしなければいけないなんて、胸が苦しくなる。

 

「……あ、そうだ」

 

フェイトとアリシア。美少女姉妹を思い浮かべて、なぜか紐つけたように姉ちゃんの顔が現れた。

 

そうだ、姉ちゃんがうるさく言っていたことがあった。

 

「俺ん家にきてもらおう」

 

「……は?」

 

「俺の家で生活させればいいだろ。部屋は余ってるし、姉ちゃんもきて欲しいって、二人を見たいって言ってた。問題はこっちにはないぞ」

 

「いや、しかし……」

 

「裁判が終われば、公的な書類を正式に発行できるよな?それなら住民票も発行できるかもだし、住民票ができれば扶養で保険証も作れる。今現在収入がない状態だから賃貸はできなくても、俺の家で暮らすだけならできるよな?」

 

「ん、んん?しかし、後見人がいても……嘱託魔導師の家で管理外世界だ。暮らすというのは法的に……」

 

「知人の家に一時的に身を寄せる、ってことにしたらいいんじゃねえの?」

 

「……屁理屈を言わせたら右に出る者はいないな……さすがだ」

 

「さては褒められてないな、これ。……あとは当人が認めてくれればオーケーか?」

 

「そうなるが、おそらく三人とも嫌がりはしないだろう」

 

「さん、にん……」

 

一瞬、思考が停止する。

 

フェイト。アリシア。あと、一人。

 

考えるまでもなかったのに、そこに気づかなかった。いや、おそらく目を背けていただけなのだろう。気づかない、ふりをしていた。

 

「フェイト、アリシア、フェイトの使い魔アルフの三人だ。……どうした?三人だと厳しいか?」

 

「い、いや……部屋的にも姉的にもそこはまったく問題ないんだ……。あるのは、俺の気持ち的なあれこれだけで……」

 

以前、アルフにこっぴどく振られてから今日に至るまで、一度も会話していない。向こうが今どう思って、どんな感情を抱いているのかわからない。

 

結果を出してアルフが抱いていた罪悪感を拭いたいなどと意気込みはしたが、それが実になってはいない。芽を出しつつある程度だ。俺としても、こんな中途半端な形で再び顔を合わせるのは、非常に気まずい。というか気恥ずかしい。

 

「無理をする必要は……」

 

「いや、うん、大丈夫。いけるいける」

 

「それならその方針で進めるが……これで僕からは以上だな」

 

「…………」

 

「どうした。浮かない顔をして」

 

「いや……エリーとあかねを取り戻すための功績には、あとどれくらい成果を出せばいいんだろうって思って、な……」

 

フェイトとアリシアとアルフが俺の家で事実上住むことになれば、静かでうら寂しくなってしまった我が家も明るくなるだろう。

 

だが、その三人の前に、俺の家には二人、住んでいたのだ。

 

エリーとあかねが。

 

俺の相棒の二人が。

 

あの家にいたのだ。

 

フェイトたちが俺の家にくるかもしれないという段取りになって、今はいない二人を強く想起してしまう。感傷的になってしまっていた。

 

「あの腹黒クソ野郎が文句をつけられないくらい、だろう。ブガッティは生半な成果では難癖をつけてくるに決まっているからな。こちらでも予定が合いそうな依頼は引き続き探しておく。奴には必ず目に物見せてやるぞ」

 

俺を励まそうとしているのだろう。あの真面目なクロノが悪い笑みを顔面に貼りつけていた。

 

まだ小さいくせに、気の回る上司様だ。

 

「……はは。クロノ、人相が悪くなってるぞ」

 

「元から悪い徹に言われたくはないが」

 

「うっせえよ!」

 


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