『魅力的だよ……アリサちゃん』
「ああ……しまった」
油断していた。まっこと、俺は油断していた。
アサレアちゃんが『荷馬車』とこき下ろす管理局のおんぼろ艦船での帰り道の途中、俺は今回の任務でお世話になった人たち、同じ部隊の面々や違う部隊の協力的だった人(ゴーグルをかけた隊長代理さんなどなど)に挨拶しに出向いた。
いや、常識的な観点から見ても挨拶しに行くことは正しかったことだと思っているが、これが案外時間を取られた。厄介な同僚に苦労している話などで盛り上がってしまい、なんだかんだで長引いてしまったのだ。
睡眠不足とここ二日間の疲労がたたって寝落ちしたユーノを背に担ぎながら、地球に帰った頃には日を
完全に朝だった。なんなら近所の家の小学生たちが登校しているくらいの時間だった。
たとえ遅刻してでもベッドに転がって泥のように、というかなんなら泥になりたいくらいだが、寝ることはできない。寝たが最後、太陽が頭上にあるうちに起きられる自信がない。なのでシャワーだけ浴びて、疲労感で重たい身体を引きずるように家を出た。
ちなみに担いで持って帰ってきたユーノはベッドに寝かせようとしたが、しかし今日も今日とて姉ちゃんが俺のベッドで丸まっていたので、ユーノを一度起こしてフェレットモードになってもらい、タオルをわんさか敷き詰めた籠の中で寝てもらった。
家を出る時点でどう足掻いても遅刻だったのでゆっくりとした歩みで学校に到着。一時限目は五分十分くらいしか受けられそうにないが、六時限すべて欠席よりかはだいぶましだろう。
そんな心持ちで校舎内を歩いていたのだが、俺はそこはかとない違和感を覚えていた。普段であれば、授業中でもある程度の騒がしさというか、廊下にも響くような賑々しさがあるものだ。だが、今日の学校にはそれがない。
首を捻りながら自分の教室まできて、扉を開いて、やっと違和感の正体が判明した。どうやら俺は、身体だけでなく頭も疲れていたようだ。
今日がとっても大事な日であることを、俺は忘れていた。
「えっと、逢坂くん……遅刻です」
担任の
ちらと教室内の友人たちに目を向ける。恭也と忍は心底呆れた様子で、長谷部と太刀峰は笑い声を噛み殺していて、唯一鷹島さんだけが心配そうにしてくれていた。
対して俺は、現実から目を背けるように天井を見上げた。
そう。俺は油断していたのだ。
管理局関連、魔法関連だけが問題ではない。
日常生活、学生生活にも避けては通れない障壁がある。
「中間テスト……今日だったかあ……」
エリーとあかねのことばかり考えていた俺の頭の中には、中間テストなんぞを覚えておく余剰メモリなどなかったのである。
*
「あんたね、中間テスト初日から遅刻とかなにやってんのよ」
「いつだったか、テストさえ受ければ大丈夫などと大口を叩いていたというのにな」
「……うるさい。忘れてたんだ。覚えてたらもう少し急いできたっての……」
「テストを忘れるとかありえるの?」
忍はため息をついて、恭也は腕を組んで、席に座ったままの俺を見下ろしていた。
本日の科目をすべて消化したあと、俺は自分の席でみんなに囲まれながらお小言を頂いていた。
「これで補習一つは確定したようなものだね」
「……勉強会まで、開いたのに……ふふ」
「笑いながら言ってんじゃねえよ。……普通にテスト受けてたお前らが補習になってたら、その時は大笑いしてやるからな」
長谷部は窓枠に座ってスカートの端をひらひらさせながら、太刀峰は屈んで机から顔の上半分だけ出してちらちら覗きながら、なにより二人ともがにやにやしながら意地の悪い顔をしていた。俺のミスがそんなに嬉しいか。
「えっと……体調が悪くて遅れたとかじゃ、ないんですよね?」
「うん、まあ……ちょっと用事で遅れただけ。眠たさはあるけど体調はぜんぜん大丈夫なんだ」
「それならよかったですっ!いえよくはないですけど……それでも体調不良とかじゃなくて。やっぱり健康が一番ですから」
「ありがとう、鷹島さんありがとう……」
安心したように小さく息をはいて、鷹島さんは頬を綻ばせた。純粋に俺の身を案じてくれていたようだ。
この
俺が感動に打ち震えているのを横目に見ながら、恭也は鞄を肩にかけ直して身体を扉に向ける。
「さて、帰るとするか……徹、お前
「持ってきてない。弁当なんて作る暇なかったし、食堂で食べればいいやと思って」
「あんた、鞄を弁当箱を入れるための袋かなにかだと思ってない?」
「教科書もノートも手元にないままテストを受けるというのもすごいですね……」
「でもカバンがないんじゃ筆箱も持ってきてないんじゃないのかい?答案用紙にはどうやって書いたのさ」
「いつも胸ポケットにはシャーペンとボールペンを差してんだよ。これを忘れてたら本格的にまずかったけどな」
「シャーペンの芯が……切れてたり、中で……中途半端に、折れてたりしたら……おもしろかったのに」
「さっきからお前は俺の不幸を祈りすぎだろ!」
机からひょっこり出ている藍色の頭をがしっと掴む。これは罰である。
「きゃあー……いたいー……」
棒読みにもほどがある太刀峰だった。そもそも痛くなるはずがないのだ。手を置いている、と表現した方が適切なくらいである。
「なんて気の抜けた悲鳴……小学生でももうちょっとは演技できるぞ。そもそも痛いってほどに力なんて入れてな「薫ちゃんから手を離しなさい」
「……太刀峰、見ろ……これが本物のアイアンクロォぉお頭割れるって忍!ギブギブ!」
俺のアイアンクローを止めるために忍がアイアンクローしてきた。太刀峰のあの大根役者そこのけな棒読み演技を見て信じるなんてありえない。
「徹、はやく薫ちゃんから手を離しなさい」
「もう離しとるわ!なんなら一度目にお前に言われる前に離していたくらいだ!」
「あら、反省が見えないわね」
「反省もなにもねぇよ!忍のアイアンクローに比べたら撫でてたようなもんだ!」
「撫でてもらってたんだ……薫、いいなぁ」
羨ましそうなニュアンスを含んだ鷹島さんの囁きは、今は聞かなかったことにした。
「そうなの?薫ちゃん」
「しくしく……いたかった」
「痛かったそうよ。泣いてるわ」
「『しくしく』なんて言うような奴は絶対泣いてねぇよ!演技に決まってんだろうが、気づけ!」
「ひどいこと言うわね。力の設定を『中』に引き上げるわ」
「今までは『弱』だったってのか?!」
戦慄する。この痛みでまだ出力が『弱』なのだとしたら『中』では真剣に頭蓋骨が変形する。きっと『強』では砕かれてしまう。
「忍。徹が本気でやるわけないだろう。それに俺の方向からなら太刀峰さんの口元が見えているのだが、笑っているようだぞ」
恐れ
「あら、そうだったの?悪いわね徹」
「悪いわねって言うくらいならもう少し申し訳なさそうにしてくれ」
「前向きに検討するわ。ところで……薫ちゃ〜ん?」
「あ……矛先が、こっちに……ああぁぁ」
俺と随分扱いが違うなーと眺めていると、横合いからなんだか視線を感じた。
「鷹島さん?どうしたの?」
鷹島さんがくりくりとして大きな瞳をこちらに向けていた。
「あの……わ、私にもアイアンクロー……?しても……」
「……ん、え?どういうこと?」
「な、なんでもないです……」
縮こまって目を伏せてしまった。
なんだろう、まさか忍のアレを見てアイアンクローしてほしいなどということではなかろうが。唯一の安らぎである鷹島さんにはそんな特殊な趣味に目覚めてほしくない。
「もうそろそろ帰るとするぞ。せっかく昼で帰れるんだからな」
帰り支度を済ませている恭也が、いつまでも動こうとしないみんなを促す。
テスト期間中は一日二科目から三科目のテストがあり、だいたいお昼頃には終わる。そこからは一夜漬けのテスト勉強をしようが、現実逃避で遊び呆けようが自由だ。
とりあえず俺は寝たいけど。
「そうだ!そうじゃないか!今日はお昼で帰られるのだから、動かない手はない!」
「なんだ長谷部、テンション高いな」
「朝に……話してた。今日はたくさん……」
「テスト勉強すんのか?おいおい、珍しく殊勝な心がけ……」
「……ストバスできる、って……」
「ああ、良かった。いつものお前らだ安心した」
バスケバカ二人は現実逃避タイプだったようである。
「はぁ……二人とも勉強なさい」
「そうだよっ!勉強会でわからないところを克服したって言っても油断したら落としちゃうかもしれないんだからっ」
「長谷部さんと太刀峰さんのバスケ好きには時々度肝を抜かれるな……」
「これからお昼ご飯を食べてからでも暗くなるまでなら五時間くらいは取れるんだ!もったいないじゃないか!」
「いくらこの時期でも五時間もぶっ通しでストバスしたら倒れるぞ」
「もはや、本望……」
「そこで倒れちまったらテスト勉強できねえだろうが。やるならせめてテストの最終日にやれよ」
「僕たちは今やりたいんだ!この熱く
「今、動かなければ……わたしたちじゃ、なくなる……っ」
「その熱い思いをすこしでも勉強に回せれば……」
拳を握って意気軒昂に叫ぶ長谷部、静かにやる気を燃やす太刀峰に対して、忍は冷ややかだった。
「ということでっ!」
「逢坂も……くる、よね……?」
テスト後とは思えないほどの輝かしい笑顔を二人揃って(太刀峰はいつも通りの無表情だが)俺に向ける。
いつものコンディションなら喜び勇んで俺もついて行って、途中で切り上げさせてテスト勉強に時間を割かせることもできただろうが、いかんせん今日はこれ以上動けそうになければ頭も働かない。
「悪いが今日はパスだ。眠たくて仕方がなくてな。明日以降ならテスト勉強くらいには付き合うから、今日はおとなしくテスト勉強に熱意を注いでくれ」
「ま、まさか逢坂まで……くっ」
「救いは、なかった……」
「大袈裟すぎる」
「はい、決まりね。今日は私の家でお勉強しましょう。ノエルにお菓子を用意しておくよう伝えておくわ」
がくりと
「これは行くしかない」
「同意……主に、お菓子」
「ふふ、伝えておくわね。きっとノエルも喜ぶわ。綾ちゃんもいらっしゃい」
「ありがとうございますっ」
何気に一番心配だった鷹島さんの面倒も見てくれるようだし、ぜひ忍には頑張っていただきたい。
女子四人の華やかにして賑やかな空間を抜け、教室の扉の近くで待っている恭也の隣に並ぶ。
「恭也はどうすんの?家の手伝いとかあんの?」
「テスト期間中は手伝わなくてもいいと言われた。おかげで言い訳はできないからな、しっかりと取り組まなければいけない」
「翠屋大丈夫かな……。そんじゃ恭也も忍の家で勉強か」
「いや、三人の勉強を見るだけでも大変だろう。俺は家で勉強しようと思っている。前の勉強会で苦戦していたところは乗り越えられたし、一人でも大丈夫だろう。なにより女子四人の中で男は俺だけというのは……な」
遠い目をしながら恭也が言う。
俺としても、女子四人の中男一人なんていうアウェーな場は遠慮したい。気持ちはわかる。
「まあ、明日以降なら俺も合流できるから、明日は一緒に勉強しようぜ」
「そうだな、その時は頼む」
「おっけ」
なんだかこういう普通の高校生っぽい会話も久し振りな気がする。
そう考えると、なぜか不意に頬が緩みそうになる。どうにも耐え難く、思わず手で隠す。
恭也からは
平和で安全な世界。
埃っぽくもないし、血生臭くもない。
何の変哲もなければ、取り留めもない会話。
意識しなければ気づけないような日常の大切さが、今ならとても実感できた。
*
学校から帰ったあと、窓から
姉ちゃんも、仕事探しなのか単発の仕事が入ったのかわからないが家を空けていた。
そのため俺は家事の一切を後回しにして、晴天に恵まれた平日の真昼間から惰眠を貪り尽くしていたわけだが、そんな俺を叩き起す存在がいた。
「……電話、か……。……誰からだよ」
けたたましく鳴り続ける通知音に目を擦りながら、身体を起こす。
寝起きでしばしばする目をどうにかこじ開けて、ディスプレイを覗き込む。
電気は消して、外部からの明かりも届かないようにした俺の部屋は、物の輪郭すらはっきりと掴めないほどに暗かった。
バックライトの眩しさが眼球に突き刺さる。
薄目になりながら画面を確認すれば、鮫島さんからだった。
「はい、こちら逢坂」
一も二もなく電話に出た。
鮫島さんが相手であれば、居留守を使うなんてできない。
『突然のご連絡、申し訳ありません。……いつもと声の調子が違いますね、休んでいらしたのでしょうか?』
たった一言で気付かれた。普段通りの声を出そうと努めていたのに。
「気にしなくていいよ、どうせそろそろ起きないといけなかったわけだし」
『そう言って頂けると助かります』
「それで?鮫島さんがわざわざ電話してきたってことはなにか大事な用件があるんじゃないの?」
『はい、そのことなのですが……旦那様の会社の方でトラブルがありまして……』
「ほぁ、鮫島さんまで対処に回らなきゃならないとは、それはまた大変そうだ。で、俺はなにしたらいいの?俺が手伝える範囲の仕事ならいいんだけど」
『申し訳ありません。御配慮痛み入ります』
「いいってば。いつもお世話になってんだし。……ただ、俺にできることあんのかな?バニングスさんの仕事はよく知らないし」
『徹くんには私の代わりにお嬢様を迎えに行って欲しいのです。ご友人のすずか様とともに塾へと送り届けたまでは良かったのですが、そこから旦那様の会社で重大なミスが発覚してしまったそうでお迎えにあがることができず、どうしたものかと』
「塾ってこんな遅い時間までやってるんだ。……って、あれ?ノエルさんにも頼めそうだけど」
「ノエル様はお屋敷でお客様の応対をしているそうで、すぐには迎えに行けそうにないと」
「え、珍し……ああ、そっか」
そういえば学校で、鷹島さんと長谷部と太刀峰の三人が忍の家でテスト勉強するとかって話をしていた。この時間帯でもまだ忍の家にいるとなると、夕飯どころか、下手すれば(主に長谷部と太刀峰の駄々により)忍の家にお泊まりとかってことも考えられる。
それら全部のお世話をどじっ子のファリンに任せてしまうのは、あまりにも無謀だ。どうやらノエルさんも手が離せなさそうである。
『徹くんがお忙しいのであれば、どうにか他の方法を検討してみますが……』
「いや、行ける行ける。忙しくないし、俺が行くよ」
『ありがとうございます。この恩は必ず』
「いいってば。そんじゃ塾の場所教えてくれる?」
ついでに晩御飯の材料も買いに行かなければいけなかったので、家を出る理由ができて好都合だ。
*
「で、徹がきたってわけね」
私立聖祥大学付属小学校の、白を基調としている清楚可憐にしてどこかふわふわとしたシルエットの制服に身を包んでいるアリサちゃんが、塾が入っているビルの前で腕を組みながら仁王立ちしていた。
すでに鮫島さんの方から迎えに行けないという旨は伝えられていたようだが、誰が来るかは聞かされていなかったらしい。
「車持ってないから歩きだけどな。ごめんな、アリサちゃん、すずか」
「たまにはいいんじゃない?夜の散歩っていうのも。ここ繁華街だけど」
「ふふ、そうだね。それじゃあ徹さん、お散歩のエスコートお願いします」
「おう、任せとけ」
女性のエスコートなどしたことはないが、根拠もなく自信満々に安請け合いする。なのはへの扱いからグレードアップさせれば、それっぽくなるだろう。
なので手始めに、二人に片手を差し出してみた。
「ん?なに?」
きょとんとした顔で首をかしげるアリサちゃんにしたり顔で返す。
「
「お、お嬢様っ……徹さんがわたしをっ」
薄暗いこの時間帯でもわかるくらいにすずかは頬を赤らめて慌てたが、その点で言うとアリサちゃんは格が違う。きょとん顔からにやりと口角を上げた。
「ふふんっ、いい心がけね!」
機嫌良さげな声ですぐに俺に鞄を渡した。この程度で慌てたり照れたりしないところが、実にアリサちゃんらしい。
「ほら、すずかも徹に持たせておきなさいよ」
「で、でもこんな荷物持ちみたいなこと……」
「構わないわよ、徹が自分から言ってるんだから」
「そうだぞ、すずか。俺は今日、鮫島さんの
「そ、それじゃあ……」
おずおずと鞄を渡してきたすずかに思わず笑ってしまう。俺が言った瞬間に迷わず鞄を突き出してきたアリサちゃんと比べると、すずかは丁寧で
「はい、
「な、なんで笑うんですかっ」
「いや、すずからしいなぁって」
「わたしらしいって……褒められてるんでしょうか……?」
「ああ、褒めてる。気遣いができて優しいってことだからな」
「う、うぅ……」
すずかが小さく
すずかのこの純真さは大変可愛らしいが、ただ片方を褒めるともう片方に角が立つ。アリサちゃんが腰に手を当ててぷんすかしていた。
「ちょっと徹!つまりわたしは気遣いができなくて優しくないって言いたいの?!」
「違うって。アリサちゃんは人の厚意を素直に受け取れるところが美点だ。素直ないい子ってこと」
「素直ないい子って、すごく丸め込まれてるような気がする……」
「そんなことないって。はっきりと自分の言いたいことを言えて、自分のしたいことをできる。明朗快活な奔放さがアリサちゃんの長所の一つなんだから」
「……そう?」
「そうそう」
「ふーん……えへへ」
アリサちゃんの表情から険が取れて徐々に緩んでくる。この子は頭の回転とキレがずば抜けているが、やっぱりまだ幼い部分もあるようだ。褒められて機嫌が戻るというのは、扱いやすもとい、子どもらしくて微笑ましいものがある。
「それじゃわたしに『魅力的だ』って言ってくれる?」
「……ん?」
「ちょっ、ちょっとっ、アリサちゃんなに言ってるの?!」
「まあまあ、すずか。ただのネタ作りよ。徹、言えないの?やっぱりさっきのはごまかすための嘘だったの?」
「いや……嘘じゃないけど」
機嫌を直してほしいという考えはあったが、さっきのアリサちゃんの長所の話に虚言はない。たとえ切れ味鋭いセリフであろうとばっさりと口にできてしまえるところは、集団生活においてほんのちょっぴり問題がないでもないが、概ね長所と言える。
なのでさっきの俺の発言は本心からの言葉だが、なぜそれが『魅力的』云々に繋がるかはさっぱりわからない。前後の文があればまだ許容範囲内かもしれないが、『魅力的』という単語一つをくり抜かれると、しかもそれをこのような往来の激しい場で高校生が小学生に言っている図というのは、果たして世間体的にどうなのだろう。
などと少々戸惑っていると、アリサちゃんが俺から目を逸らして視線を下げた。
「やっぱり徹もすずかみたいなおとなしい子がいいんだ……。そうよね……わたしみたいなワガママな子よりも、すずかみたいにおしとやかでかわいらしい女の子のほうがいいわよね」
「え……いや、そういうことじゃ……」
「そ、そんなこと……アリサちゃんっ」
どこかいつもの口調とは雰囲気が違うというか、たどたどしさというか演技っぽさが見え隠れしていた気もするが、アリサちゃんは落ち込んだように顔を伏せてしまった。
しょぼんと肩を落としているアリサちゃんにすずかが寄り添う。すずかはアリサちゃんに違和感を覚えなかったようだ。
ともあれ、落ち込ませてしまったのは俺の責任だ。どうにか挽回せねばなるまい。
「言う、言うって。嘘じゃないからな。はっきりと言えるぞ」
「ほんとに?それじゃ『魅力的だ』のあとに私の名前も言ってくれる?」
「ん……あ、ああ、任せろ」
「あと耳元でささやくような感じでお願いね」
「…………」
「あ、アリサちゃん……?」
なんだかオプションが追加がされているけれど、それについて文句のひとつも言いたくなったけれど、飲み込んだ。
覚悟を決めて、アリサちゃんに一歩近づいた時、どこからか電子音が聞こえた気がした。まあ、近くでは人が行き交っているし、歩行者の携帯の操作音か、もしくは通知音か何かだろう。
やると決めた以上、全身全霊で取り組むのが俺である。囁くような感じとの演技指導はなかなか難しいが、全力でやらせてもらう。
「『魅力的だよ……アリサちゃん』……これでいいのか?」
「ふふっ、なかなかよかったわ!さすがわたしの親友よ!ありがとっ!」
「そうかい……喜んでもらえて嬉しいよ」
アリサちゃんにお許しをもらえた。笑顔に輝きが戻ったのを見るに、恥ずかしいセリフを言った甲斐はあったようだ。
「ひゃぁぁ……」
すずかは真っ赤に染まった顔を手で覆っていた。しかし、指の隙間からこちらをはっきり見ているのであまり目隠しの効果はなさそうだ。
そろそろ帰路につこうかとしたら、ものすんごい悪い笑みを浮かべたアリサちゃんに引き止められた。彼女の小さな手には、携帯が握られていた。
「ネタの提供ありがとね、徹!」
「ねた?なんの話……」
俺が訊いている途中で、アリサちゃんの細っこい指が画面の上を滑る。
アリサちゃんの携帯からとある音声データが再生される。
『魅力的だよ……アリサちゃん』
「…………」
どこかで聞いたことがあるセリフだ。そして、俺によく似た声だ。
というか、俺だ。
「……アリサちゃん?こ、これはどういうことかな?」
「使いようによっては楽しくなるわ!退屈な日常を彩る娯楽の提供、感謝するわね、徹っ!なのはに聞かせたら……ううん、
「……アリサちゃん……」
このお嬢様、おっそろしい計画を立てている。あんなセリフをなのはに聞かれた日には、俺の胴体に風穴が開くどころか腹から上が弾け飛びかねない。
「あ、アリサお嬢様?えっと……それ、消去してもらうってことは……」
おそるおそる、アリサちゃんにお願いしてみる。
するとお嬢様は、満面の笑みでこう答えた。
「うんっ、だめ!」
「ですよねー……」
なのはやすずかとはベクトルの違うアリサちゃんの賢さを侮っていた。
俺にできることといえば、来るべき日に備えて腹筋を鍛えておこうと固く決意をするくらいだった。
およそ一年ぶりくらいの更新です。
時間が経ちすぎていて何から謝ればいいかもわかりませんが、もし待ってくれている人がいたとするのなら、長々と待たせてしまって大変申し訳ありません……。
言い訳をさせてもらうと、仕事の合間合間でちょこちょこと書き溜めてはいたんです。区切りのいいところまで書き溜めようと思って、いつ投稿すればいいかタイミングを失ってしまったのです。本当にすいません。
ここからしばらくは更新できると思います。推敲しながらなので毎日できるかはわかりませんが、なるべく早く次を投稿できるよう頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
ちなみに、ここまであまりスポットライトが当たらなかったアリサの話を広げていく予定です。しばらくはのほほんといちゃいちゃしてます。