そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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『王』

 

 

「……そうか。あいつは……間に合わなかったか」

 

ノルデンフェルトさんはほとんど表情を変えず、ただ視線だけを下げた。きっと、こういう結末になることも考慮のうちだったのだろう。

 

「……はい、すいません……っ」

 

「いや、すまない。君を責めているわけではないのだ」

 

「しかし……」

 

「おそらくは、あいつからの定期連絡が断たれた段階でもう殺されていたのだろう。我々がこの街に来た時には既に手遅れだった。その状況から考えれば、君は最善の結果をもたらしたと言っていい。あいつの嫁と娘を助け出したのだからな」

 

「っ……ありがとう、ございます」

 

コルティノーヴィスさんと戦い、ジュリエッタちゃんを保護した後、俺は二人を担いで司令部まで戻った。

 

過度の疲労と極度の緊張から泥のように眠っているジュリエッタちゃんは、ユーノとニコルに預けて治療用テントのほうへと運んでもらった。

 

コルティノーヴィスさんについては、違う部隊のとある人たち、部隊長代理の無精髭さんを筆頭にとやかく文句を言われたが、少々話が長くなるし大変気分が悪くなるので割愛する。納体袋にコルティノーヴィスを納め、そのあとはランちゃんやファル、エルさんに任せた。

 

そこから、報告のために司令官代理のノルデンフェルトさんがいる天幕まで足を運び、俺が知り得た限りの事の顛末(てんまつ)を伝えた。

 

これで、今回の任務は完了のはずである。

 

もともとの任務内容は、このサンドギアの街の生存者の捜索と犯罪者の確保だった。意図しない形ではあったが街全体にローラー作戦を敢行したことで、生存者・犯罪者ともに捜索することができた。当初の予定と見積もりからは大きく外れることになったが、目的自体は達成されたのだった。

 

しかし今、俺は受けた任務以上に気にかかる問題を抱えていた。

 

「あの……ジュリエッタちゃんや、コルティノーヴィスさんの処遇については、どうなるのでしょうか?」

 

ジュリエッタちゃんとジュスティーナさんのこれからの生活と、コルティノーヴィスさんの(おとし)められた名誉。

 

これらの問題を解決しなければ、俺は任務を果たしたと心晴れやかに胸を張って帰るなんてできない。もっとも、こんな結末になってしまった時点で、心晴れやかに、なんて帰れはしないけれど。

 

俺の質問にノルデンフェルトさんはほんの少しだけ表情を穏やかにして、答える。

 

「その点については心配しなくて良い。君の部隊が生き残っていた住民を保護したのだが、その方が証言してくださった。街が襲撃された直後、アルヴァロ・コルティノーヴィスが果敢に戦っていた……と。つい先ほど、その住民を君の部隊の副隊長がここへ連れてきた」

 

「副隊長……あ、ランちゃんか……」

 

「そうだ。そこからなぜ『フーリガン』側についたような振る舞いをしていたかは、あいつの嫁が……ドラットツィア、だったか?その魔法についての証言と、あとは君が得た情報で説明をつけられるだろう。おそらく、離反したなどという疑いは払拭できる」

 

「そう、ですか……よかった。ジュリエッタちゃんについてはどうなるでしょうか?」

 

「両親を人質に取られていたような状況で、しかも幼い身で見るに耐えない光景を目にして……父親を目の前で殺されたのだ。君の目にも彼女の振る舞いには異常なものを感じたのだろう?」

 

「はい。問いかけてもまともな反応はなく、正常な状態とは思えませんでした」

 

「であれば、脅迫されていた事に加え、尋常ならざる精神的負荷により一時的な心神喪失、もしくは心神耗弱状態に陥っていたとすることもできるかもしれん。知り合いに詳しい者がいるので一度話を聞いてみるつもりだ」

 

「それならっ……」

 

「部分的な責任は生じるかもしれないが、あいつの嫁も娘も、悲惨なことにはならない。私がさせない。あいつの……アルの忘れ形見だ。私が、保証しよう。これで君も多少は安心できるかね?」

 

口元をわずかばかり緩めて、ノルデンフェルトさんが言う。

 

俺の態度がわかりやすかったせいもあるのだろう。考えていることは読まれていたようだ。

 

「……はい。少しだけ……心が軽くなりました」

 

素直な言葉が口をついて出た。

 

これから非常に大変にはなるだろうが、ジュリエッタちゃんと、その母親であるジュスティーナさんの生活は悪いものにはしないと、ノルデンフェルトさんが断言してくれた。コルティノーヴィスさんの名誉も守られると、確言してくれた。

 

俺たちの努力は実を結んだと、言外にそう言ってくれた気がした。

 

「ここに入った時から表情が固かった。一人で抱え過ぎなのだよ、君は」

 

ノルデンフェルトさんは居住まいを正して、俺の目を直視した。

 

その姿勢を変えぬまま、続ける。

 

「……君が何を考えているか全てわかるとまでは言わん。だが、君は最善の選択をして、その結果取れ得る限り最善の結末を迎えたと、私は思う」

 

続く言葉を強調させるように一拍置いて、ノルデンフェルトさんは口を開く。

 

「だから、誇りたまえ。胸を張りたまえ。君は一つの家族を救った。君は、正しい行いをしたのだ」

 

「っ……」

 

俺は、俺のしたことが本当に正しかったのかずっとわからなかった。

 

だがこうして、違う立場から俺のやったことが正しかったと認めてもらえて、ようやく自分で自分を認められるような気がした。ようやく自分の不甲斐なさを許せる気がした。

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

ようやく、コルティノーヴィスさんの最期の想いを受け止めることができた気がした。

 

「あり、がとう……ございます」

 

ノルデンフェルトさんから目線を外し、天幕を見上げる。顔を上げておかないと、泣いてしまいそうだった。

 

そんな俺を見てノルデンフェルトさんはかすかに笑う。

 

「君はまだ若いのだ。今はまだ、前だけ見て突き進めば良い。……さて、おそらく君と一対一で話すことができるのはこの場が最後だろう。なので伝えておこうと思う」

 

「……伝える?なにをでしょうか?」

 

「私は君の能力を、そしてそれ以上に心の在り様を認めている。今任務における君の功績は無論、上へと余さず報告するが、それとは別に私個人としても君を買っているのだ」

 

「あ、ありがとうございます。み、身に余るお言葉、痛み入ります……」

 

唐突な褒め言葉に戸惑った。

 

あたふたする俺に、ノルデンフェルトさんは続ける。

 

「私の役職は立派とは言えないが、なに、管理局に在籍している年数は長いのだ。部署によっては多少の融通は利く。何か困ったことがあれば気にせず言うといい。連絡先を渡しておこう」

 

「ありがとうございます!」

 

思わぬところで頼りになるコネクションを獲得できてしまった。

 

ただ俺はまだ学生の身であって管理局のどこかの部署で働くとかはできないしな、などと考えていたが、ふと思い出した。『陸』に所属している、俺の怨敵を。

 

「……あの、さっそくで申し訳ないんですけど、お聞きしたいことが……」

 

「何かね?私の知っていることであれば教えよう」

 

「……古代遺物管理部のアロンツォ・ブガッティについて、なにかご存知ですか?」

 

ブガッティと同じく『陸』に属しているからだろう、その名を知っているようだ。

 

ノルデンフェルトさんは(にわ)かに顔を歪めた。

 

「奴か……。真偽の定かではない噂はよく耳に入るが、実態は私も……いや、誰も掴んでいないのだろう。でなければ、今も管理局に籍を置いていられるわけがないのだからな」

 

「そう、ですか……」

 

なにか少しでも奴の弱みを握ることができればと思ったが、やはりそう簡単に事は運びそうにない。考えてみればそれも当然だろう。

 

奴の異様な速度の出世の裏には多くの疑問点がある。そのすべてにブガッティ自身が絡んでいるとまでは思わないが、偶然にしては重なりすぎている。いくつかはブガッティが直接的にしろ間接的にしろ、なんらかの形で関係しているはずだ。

 

非合法な手段を、まず間違いなく使っている。だというのに記録上では一切問題なく片付けられている。つまりは、証拠どころか痕跡すら残さないようにする手腕があるということだ。

 

一縷(いちる)の望みに賭けてみたが、やはり奴は書類上だけでなく『陸』の局員相手にも、尻尾もぼろも出していないようだ。ブガッティに対する手札は、依然として見つからない。

 

「……君は、奴と何か(いさか)いでもあったのかね」

 

眉根を寄せて肩を落とす俺を見て、ノルデンフェルトさんが言う。

 

ブガッティへの悔しさと腹立たしさから、外面を取り繕うのを忘れていた。

 

「……ええ、まあ」

 

言葉を濁す。事情を説明すれば、もしかしたらこの人なら協力してくれるかもしれないが、そうはしなかった。

 

ブガッティのやり方は下種の一言だが、手腕だけは優秀で徹底している。悪事を暴こうとする者がいれば、潰しにかかることは目に見えている。

 

他人を巻き込むようなことはしたくなかった。

 

「……奴の権力は膨れ上がるばかりだ。比例するように横暴になっているとも聞き及んでいる。私の方でも調べておく。何か分かれば連絡しよう」

 

「い、いえ、やめておいたほうがいいのでは……。ブガッティの性格を考えると敵対した相手に容赦をするとは思えませんし……」

 

「さすがに真正面から奴を糾弾するつもりなどない。裏から情報を集めるというだけだ。なに、長く勤めていればある程度は違う部署にもパイプはできるし、横の繋がりもある。奴のやり方に不満を持っている者も少なくない」

 

「しかし……」

 

「それに、君は私の友人の家族を救い、友人の名誉を守った恩人だ。手を貸すのは、もはや責務と言える」

 

「…………」

 

正直に言ってしまえば、すごくありがたい。

 

俺は管理局のデータベースこそ(非合法に)閲覧できるが、逆に言えばそのエリアくらいしか探れない。嘱託魔導師の身分で『陸』の部署内に出入りするのは不自然だし、局員から情報を聞き出すなんて不可能だ。

 

俺がどうしたって立ち入れない部分を、昔から管理局に勤めているノルデンフェルトさんがやってくれるというのは非常に助かる。

 

しかし、そうやって探っていることがブガッティに露見した場合、どうなるかわからない。危険な目に合わない保証はない。

 

管理局の内部で手伝ってくれる人がいるのはとても助かる。助かるけれど危険性を考えれば、お願いします、と即座には言えない。

 

下唇を噛んで黙りこくる俺に、ノルデンフェルトさんは一つ溜息を吐いた。

 

「あまり君が気に病むことではない。これは私にとってもメリットがあることだ」

 

「メリット、ですか?」

 

「そうだ。目の上の(こぶ)がなくなれば仕事がしやすくなる上、奴が失脚すればポストが空く。それに、そう時を待たずして出世するだろう優れた人材と人脈を形成しておくことは、私の未来にとって大きくプラスに働くだろう」

 

どうだ、とでも言わんばかりに唇の端を上げる。

 

優れた人材というのが俺を指しているのかどうなのかすごく悩ましいところではあったが、そこはどうでもいい。

 

本音なのか建前なのか判断に困るが、ノルデンフェルトさんがここまで言ってくれたことが重要なのだ。これで断るなんて、かえって失礼だ。

 

「ノルデンフェルトさんが思った以上にユーモアのある人でよかったです」

 

「君は見た目に反して生真面目で心配性なようだがな」

 

くすりと笑いながらノルデンフェルトさんは言う。見た目に反してとはどういうことか。

 

笑い終わると、手を俺の前に差し出してきた。意図を察してその手を握る。

 

「これからよろしくお願いします」

 

「ああ、任せたまえ。私自身のためだからな」

 

やっぱり、本音か建前かはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

治療用天幕内部。その端っこ、角のほうにはありあわせの布で作ったと(おぼ)しきカーテンが引かれていた。

 

そのカーテンで仕切られた場所まで近寄ると、開く前に一言声をかける。

 

「俺だ。ユーノ、いるか?今入って大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

返事をもらってから、カーテンを開く。

 

そこには、ユーノとニコルと、もう二人。簡易ベッドの上で小さな寝息をもらしているジュリエッタちゃんと、ジュリエッタちゃんの手をぎゅっと握るジュスティーナさんがいた。

 

「……ユーノ、ニコル、お疲れ様。下がって休んでていいぞ」

 

「兄さんも怪我をしているみたいですけど……」

 

「ん?あ、左腕のことか。服破けちゃったんだよなー」

 

「心配してるのは服についてじゃないですよ」

 

コルティノーヴィスさんから殴られた際に不穏な音を発した左腕は、今ではさほど痛みもなければ違和感もなかった。ただ、左腕を含めた全身に、虚脱感にも似た気怠(けだる)さとぴりぴりとした痛みはあった。

 

まあ、激しい戦闘の後なのでこういうこともあるのだろう。タイミングを見計らってユーノかニコルに治癒魔法を使ってもらおう。その方がユーノも安心できるだろうし。

 

「これでもずっと治癒魔法使ってたから、もうほとんど痛みはないんだ。でも一応、後で診てくれ」

 

「……わかりました」

 

「わたしは魔力を使い切っていたせいでほとんど役に立ってないんですけど……。ジュスティーナさんのそばについて、ジュリエッタちゃんの服を着替えさせたことくらいで……」

 

「いや、同性が近くにいるってだけで安心感は違うだろう。助かったよ」

 

俺は言いながら、ユーノとニコルが出られるようカーテンを開く。

 

別にこれは気を利かせているわけではない。ジュスティーナさんと話がしたいから、二人は席を外してくれというアピールだ。

 

「……それじゃ兄さんの気遣いに甘えます。ニコルさん、外に出て休憩しましょう」

 

「え……でも、隊長もずっと働き通しで疲れているのでは……。それにジュリエッタちゃんの身体も心配ですし……」

 

「それなら大丈夫です。兄さんはフィジカルお化けなので」

 

「お化け……たしかに」

 

ニコルさん、『たしかに』ってのはちょっと心外ですよ。

 

「それに兄さんなら、そこらの安っぽい医療機器よりも正確に診断できますから、心配ご無用です」

 

「そう、ですか。それなら安心ですね」

 

「はい、安心です。兄さん、ジュリエッタさんの容態(ようだい)は安定してますけど、もし急変したらすぐに教えてくださいね」

 

「ああ、わかった」

 

どうやらユーノは俺の言外のメッセージを読み取ってくれたようだ。ニコルを連れて外に出てくれた。

 

カーテンを閉じると、簡易ベッドのすぐ隣に置かれた椅子に腰掛けているジュスティーナさんに歩み寄る。

 

「……すいませんでした」

 

穏やかで、しかし深い悲しみを(たた)えた面持ちのジュスティーナさんに、頭を下げる。

 

「…………」

 

黙したままのジュスティーナさんに、自分の力のなさを謝罪する。

 

「……必ず保護すると約束したジュリエッタちゃんを、守ることができませんでした。旦那さんを……アルヴァロ・コルティノーヴィスさんを、助けることはできませんでした……」

 

罪悪感を和らげるためのおためごかし。自分が楽になりたいだけのパフォーマンス。そう受け取られても仕方がない。

 

厳しく責められるかもしれない。酷く罵られるかもしれない。怒りのあまり、殴られるかもしれない。

 

それでも、こうして直接謝らなければいけないと思った。

 

他の誰でもない、父親と離れたくないというジュリエッタちゃんの意志を(さえぎ)った俺が。謝罪と、何が起こっていたのかの説明をしなければいけない。その義務が、俺にはある。

 

何を言われるだろう、どんな叱責を受けるだろうと覚悟していたが、俺にかけられた言葉は想像をはるかに超えていた。

 

「……あなたには、重い負担をかけてしまっていたんですね。本当にすいません」

 

ジュスティーナさんは眠っているジュリエッタちゃんの頭を慈しむように撫でながら、あくまでも穏やかな表情でそう言った。

 

罵倒なんてものではない。非難なんてとんでもない。聞き間違えたのかと、そう思ったほどに。

 

彼女は身体の向きを変え、思考が空回りして呆然としている俺をじっと見る。

 

翠玉(すいぎょく)を彷彿とさせる瞳には、俺への怒りや恨みといった暗い感情はない。俺を気遣うような優しい色合いだけが、エメラルドグリーンに含まれて輝いていた。

 

「私、薄々こうなるんじゃないかと思っていたんです……」

 

「それ、は……どういう……」

 

「あの人は、たとえ自分の身がどうなろうと犯罪者を野放しにはしませんから。時間が経っても犯罪者たちが街に居座っていたということは、きっとそういうことなんだろうと……覚悟はしていました」

 

誰よりもつらいはずなのに、ジュスティーナさんは俺を安堵させるように柔らかく微笑んだ。

 

「半分以上、諦めていたんです。もう顔も見れないだろうと思っていました。なのに、あなたは夫の身体を持って帰ってきてくれました。それどころか、こうして娘と生きて再会させてくれました」

 

ジュリエッタちゃんに目を向けて、また俺に戻す。

 

ふわりと柔らかな微笑、穏やかな声音。

 

「心の底から感謝しています。ありがとうございます」

 

純粋な感謝の気持ちしか、その瞳にはなかった。

 

ジュスティーナさんにそういった意図があったのかはわからないけれど、それでも俺の心は少しだけ、軽くなった。

 

 

 

 

 

 

治療用天幕でジュスティーナさんと少しばかりお話して、ジュリエッタちゃんの容態を確認した俺は天幕を出て、同部隊のメンバーと合流した。

 

残っていた諸々の仕事が終了したらしく、とうとうこの地を離れる運びとなったのだ。

 

最初にサンドギアの街を訪れた艦船と同じ型の船に乗り込み、帰途に就く。

 

任務中はどうなることかと思ったし、多少の怪我もあったが、こうして無事に帰ることができて安堵のため息をつく。この船の乗り心地の悪さは相変わらずで、そこは嘆息するほかないが。

 

「ほんっとに『陸』はオンボロ船ばっかりなのねっ!行きも士気が下がるほどうんざりだったけど、任務で疲れきった帰りにこの船は苦痛でしかないわ!」

 

嘆息だけですまないアサレアちゃんはここでも元気よく文句を言っていた。

 

抑えることができないのかしないのか、やっぱりはきはきとした甲高い声で言ってのけるアサレアちゃんにクレインくんが顔を青くして(たしな)める。

 

「あ、アサレア……他にも人がいるんだから、もうちょっと静かに……」

 

「でもクレインさん、船に乗る前にぼやいてませんでしたっけ?『またあの船に乗るのか、やだな……』って」

 

「なんでこのタイミングで言うんですかスクライアさんっ」

 

「なによ、クレイン兄も同じじゃない」

 

「ぼ、ぼくは大声で言ってないよ……」

 

ウィルキンソン兄妹とユーノが、なにやら仲良さげにお喋りしていた。ウィルキンソン兄妹とは歳も近いし話しやすいということもあるのだろう。

 

「徹ちゃん、お隣いいかしら?」

 

年下三人を眺めていると、ランちゃんが液体が入った瓶二つを片手に、俺の隣に来た。

 

取るように促されたので瓶の一つをありがたく頂く。

 

「ん、ランちゃんか。さんきゅ」

 

「どういたしまして。……ノルデンフェルトさんとお話ししていたのよね。夫人とその娘さんのこと、何か聞いたかしら?」

 

俺の隣に腰を下ろすや、ランちゃんはそう尋ねてきた。

 

父親を亡くした親娘が気がかりだったのだろう。

 

「これから苦労は多いと思うけど……いろいろノルデンフェルトさんが手を回してくれるみたいだ」

 

「そう……旧友だったんだものね。娘さんのほうは?」

 

「ジュリエッタちゃんについても、身体の方は大丈夫そうだった。安静にしてリンカーコアが回復すれば問題ないはずだ。魔力を通して視た限り、後遺症もなさそうだったし。心のほうは……わからないけど」

 

「そればっかりは時間をかけるほかに手はないでしょうねぇ……」

 

遠くを見るように目を細めて、ランちゃんは瓶を傾ける。

 

しんみりとした空気を誤魔化すように、同じように俺も飲み物を一口含んだ。

 

どこから調達したのか知らないが、水かと思っていたそれは炭酸水だった。ほのかにレモンのような香りがするその炭酸水は変な甘味などがなく、とても飲みやすい。

 

「そういえば、聞いたかしら?捕まえた犯罪者たちのこと」

 

「ん、なにかあったの?なにも聞いてないんだけど」

 

「逮捕した連中に尋問していた人に話を聞いたのだけど、めぼしい情報はなにも持っていなかったらしいのよ」

 

「……それは、全員か?」

 

「ええ、全員よ。とくに隠そうともせずぺらぺら喋ったらしいわぁ。しかも、誰も統率していた人物の名前を知らないの。驚くわよ」

 

「ほ、ほかの奴らは?街でぶっ転がした奴らがいただろ?あいつら全員から聞き出せばなにか一つくらいは……」

 

「隊を整えて確保しに向かった時には大多数が逃走、残っていたのは気を失ってる間に刺されたような死体だけ。……昨日の私たちの時と同じよ」

 

「マジかよ……」

 

逃げ遅れた、もしくは逃げられない状況だった魔導師の口封じを行った。

 

今回逮捕された連中が本当になにも情報を持っていないのだとすると、口封じされた魔導師たちは逮捕された連中よりも多くの情報を知っていたのかもしれない。そうでなければ逮捕された者と口封じされた者の二種類がいる理由に説明がつかない。

 

「……逮捕された奴らって指輪とかつけてた?昨日見せたみたいな趣味の悪い指輪」

 

「んー?そんな話は聞いていないわねぇ」

 

「そうか……」

 

もしかすると『フーリガン』の幹部みたいな立場の人間にしかあの指輪は支給されていないのかもしれない。

 

俺の推察が当たっているのだとすれば、もうこれ以上有力な手がかりは得られない。なにか全く別の情報源か、新しいアプローチの仕方を考えなければ解答には辿り着けない。

 

「それじゃ、最後の一文は……」

 

「ねぇっ!あんたらは二人きりでなに話してんの!」

 

最後のキーワードは逮捕した奴らを絞れば出てくるだろうとあたりをつけていたのに、あてが外れた。

 

肩を落としていたら、アサレアちゃんがてとてととやってきて、腰に手を当ててふんぞり返った。椅子に腰を下ろしている俺たちを見下ろしたいのかもしれないが、背の低いアサレアちゃんと俺とランちゃんではさほど目線の位置に変わりがなかった。

 

「大した話じゃないよ。ちょっとした情報交換、かな」

 

「……なんでわたしに隠すの」

 

「べつになにも隠してないってば」

 

「うそっ!私がくるまで二人して真剣な表情で話してたじゃない!」

 

じとっとした目つきで、むーっ、と唸りながらアサレアちゃんが睨む。

 

おおっぴらにして困る種類の話でもないが、すっきりしないオチだけに空気が悪くなることは確実だ。あまり率先して議論を交わしたい話題ではない。

 

どう矛先を躱そうかと悩んでいると、ランちゃんが助け舟を出してくれた。

 

「お嬢ちゃん?詮索しすぎる女は嫌がられるわよ」

 

「詮索って……わたしはそんなつもりじゃないわっ!」

 

「私たちはこの任務が終わったらどうするのかって話していただけ。世間話みたいなものよ」

 

「そ、そう……」

 

俺とは踏んできた場数が違うのか、それとも天性のものなのか、うまいことアサレアちゃんを丸め込んだ。

 

ランちゃんが作ってくれたこの流れ、俺も乗らせてもらおう。

 

「アサレアちゃんたちはこれからどうすんの?まだ『陸』で経験積むことになんの?」

 

「んー……あんまり先の話は聞いてないのよね」

 

「たしかクレインちゃんもお嬢ちゃんも今回の任務が初めてなんでしょう?」

 

「お嬢ちゃんって呼びかたはやめてって……はぁ、もういいわ。そうよ、今回が初任務よ、ランドルフ」

 

アサレアちゃんとランちゃんのこのやり取りも慣れたものである。今では様式美すら感じる。

 

「親愛を込めてランちゃんとお呼びなさいな。今回が初めてなら、まだいくつか受けることになるのでしょうね」

 

「……まだ『陸』の仕事しなきゃいけないの?逢さ……あんたは?」

 

一瞬アサレアちゃんが『逢坂さん』って言いかけたような気もするが、やっぱりいつも通りの『あんた』呼びになった。俺も今回の任務ではそこそこ活躍したはずだが、名前で呼ばれるほどには認められていないようである。

 

「俺はそうだな……時間を作れた時にタイミングよく嘱託を募集している仕事があれば、それを受けるって感じだな。学業を優先してほしいって家族に言われてるし」

 

「学業って……あんたの能力なら今の時点でも十分管理局で働けるでしょ?まだ勉強とか必要なわけ?」

 

「俺は管理外世界出身だからな。家族としては今の世界で通用する学歴を確保しといてほしいんだろ。こっちでは履歴書に『魔法を使えます』なんて書いたら頭の中が幸せな人扱いだし」

 

「えっ、徹ちゃん管理外世界の出だったの?なのにあれだけ戦い慣れてるって……こんな人が本当にいるのねぇ」

 

「俺の知り合いも管理外世界の生まれだけど、そいつは俺よりもすごいぞ。魔導師としての才能に満ち溢れている奴がいる。俺が正面から戦えばまず負けるくらいの」

 

言うまでもなく、なのはのことである。

 

「徹ちゃん以上の魔導師……すごいわねぇ。そんな人や徹ちゃんみたいな人がいるなんて、どんな世界なのかしら。いずれ機会があれば遊びに行ってみたいわぁ」

 

「遊びにくるなら前もって言っといてくれ。その時は案内するぞ」

 

「あら、ほんと?楽しみにしておくわね」

 

ランちゃんは手をぱちっと合わせてまだ見ぬ世界に思いを馳せる。その姿は純粋に楽しみそうだった。サンドギアの街にも訪れたことがあったようだし、いろいろな土地に旅行するのが趣味なのかもしれない。

 

「わっ、わたしもっ、行って、みたい……」

 

おずおずとアサレアちゃんが手を挙げていた。

 

普段の強気な態度とのあまりの落差に、思わず笑いそうになる。

 

「ああ、アサレアちゃんもぜひ遊びにきてくれ。宿は提供するぞ」

 

「っ!……っし!」

 

アサレアちゃんは俺に背を向けて小さくガッツポーズしていた。

 

なんだかアサレアちゃんの仕草が微笑ましくてつい安請け合いしてしまったが、ランちゃんはともかくアサレアちゃんが実際に第九十七管理外世界は地球に来訪することを考えると、わりと大変な気がする。主に周りの連中の反応が。まあそのあたりの面倒ごとはその時の俺に丸投げするとしよう。

 

「でも、今は学業を優先するってことは、当分は嘱託魔導師ってことなのよね?」

 

通常よりも声量三割増しになっているテンション高めのアサレアちゃんに、もう少し声を抑えるように注意しながら首を縦に振る。すると、あれだけ明るかった表情が(にわか)に曇ってしまった。

 

「次の任務もあんたがいるってわけじゃないのね……」

 

ひとりごちるような声音で、アサレアちゃんがぽつりとこぼした。

 

その迂闊(うかつ)な発言を聞き逃すようなランちゃんではなかった。

 

「あらぁ?お嬢ちゃんは徹ちゃんがいなくて寂しいのかしらぁ?」

 

「にゅあっ、はぁっ?!そ、そんなんじゃないわよっ!さっきのはちょっと、ちょっと、あれがどうかしただけよっ!」

 

あれがどうかしただけとは、いったい。

 

「ふふっ、いつでも頼りになる人が近くにいるわけじゃないのよぉ〜。でもまあ安心なさいな、今回みたいな任務なんて『陸』では少ないんだから。……うふふ」

 

「そのなにもかもお見通し、みたいなうっとうしい顔をやめなさいランドルフっ!さっきのは口が滑っただけよ!」

 

「口が滑っただけって、それはもう徹ちゃんを信頼しているって言ってるのと同じだけれどね」

 

「ああああんたがそう思ってるだけでしょっ!?ささいなニュアンスのちがいよ!」

 

「本当にお嬢ちゃんは素直なんだかそうじゃないんだかわからないわねぇ」

 

「やめなさいってばぁっ!」

 

やはり喋りではランちゃんに分があるようだ。二人の力関係は一日二日では(いささ)かも揺るがなかったらしい。

 

「…………」

 

二人の愉快なやり取りを眺めつつも、頭の中では懸案事項がぐるぐると巡っていた。

 

アサレアちゃんか会話に参加する前、ランちゃんと話していた内容についてだ。

 

今回の事件を引き起こした『フーリガン』。その首領は逮捕できていない。その点も気がかりであるが、まだ明らかになっていないことがある。

 

おそらく『フーリガン』の幹部であった魔導師から、俺が奪い取った紙束。その中の、最後の一文。

 

 

 

『王』

 

 

 

その答えは、いまだに見つけられていなかった。

 


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