そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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サブタイトルを入れ忘れるというミス。
睡魔と戦いながら投稿の準備をしていると大概どこかでポカをやらかしてるんですよね(笑)
平成29年5月17日9:59修正。


砂塵と瓦礫と廃墟

 

「……要するにこれって、危険がないかどうかをわたしたちで確かめてるってことじゃないの?」

 

瓦礫があちらこちらに散らばっていて不安定になっている足場を乗り越えながら、アサレアちゃんが憮然(ぶぜん)とぼやいた。

 

俺たちの部隊は隊長さん含めて十人。種別では小隊にあたるのだろうか。

 

十人いるが、裏を返せば十人しかいないわけで、街の中で見落としがあってはいけないので小隊からさらに二つの分隊に分けて、捜索の効率アップが図られた。隊長さん率いる一つの班と、もう一つの班ーー別働班とあり、俺、ユーノ、クレインくん、アサレアちゃん、ランドルフ・シャフツベリー愛称ランちゃんは後者、別働班に入っている。

 

俺たち五人が別働班として分けられたのは一緒にいて仲が良さそうだったから。ちなみに別働班のリーダーはランちゃん。理由は班の中で一番年上だから。その人員配置の理由は筋が通っているのかいないのか俺にはわからない。

 

「良いか悪いかは考えようってもんだ。予備戦力として後方待機、とかって命じられるよりかは断然マシだろ?結果を出さなきゃいけないアサレアちゃんなら尚更にな」

 

俺は不機嫌そうにしているアサレアちゃんに振り向いて意見を述べる。

 

あんまりお喋りしすぎるのはどうかと思うが、チーム内で意思疎通を行うのは大事だろうし、なにより隊長さんの班とはそこそこ距離を置いて進んでいるので、大声を出さない限りは目をつけられることもなかろう。

 

「そうだけどそういうことじゃなくてっ、まるで消耗品の道具みたいに捨て駒扱いされるのがわたしは気に食わないの!嘱託とか『海』の新人とか、あいつらの部隊に直接関係のない人間を先に行かせて安全確認してるってことじゃないこれっ!なにかあった時、真っ先に火の粉を浴びるのはここの部隊なのよ!なにより司令官とその取り巻きが郊外に残って、ふんぞり返って戦果を待ってるってのが納得いかない!」

 

アサレアちゃんは感情の発露を抑えるのが苦手なのか、それとも抑えるつもりがないのか、事もあろうにというか予想通りというべきか、やっぱり大声を出してしまわれた。

 

手をぱたぱたと動かし、俺たちの部隊の運用法に怒りを表しながら口を出すアサレアちゃんだが、ちんまい容姿と仕草とが噛み合い、ただただ可愛いだけだった。

 

とはいえ、アサレアちゃんほど露骨に表現はしないが、俺も配置について思うところはある。俺たちがいる部隊内だけの話ではなく、周囲に散らばっている他の部隊も含めて、だ。

 

この作戦の指揮をしている司令官殿の考えは、俺には(いささ)か図りかねる。俺みたいな一介にして末端の隊員には持っていない情報を上の人たちは持っているのだろうか。

 

思案を巡らせる俺に代わって、アサレアちゃんのさらに後方で周囲に目を光らせているランちゃんが呆れた調子でアサレアちゃんに忠告する。

 

「あら、そんなことでいちいち癇癪起こしてたら管理局で働いてなんていられないわよ?世の中綺麗なことばっかりじゃないんだから。清濁併せ呑む度量を身につけるべきねぇ、お嬢ちゃん?」

 

「むぅぅぅううっ!言いたいことはわかったわよっ!でも……そのお嬢ちゃんって呼び方はやめてよ!子ども扱いしないで!」

 

「子ども扱いしてほしくなければ、それ相応の振る舞いをしなさいな、お嬢ちゃん」

 

「やめてってばぁっ!」

 

「……ランちゃんさん、それくらいで……。隊長さんからの視線が痛いので……」

 

「あら、ごめんなさいねユーノちゃん。気をつけるわぁ」

 

「アサレアもだよ。もう任務は始まってるんだから緊張感を持って」

 

「言われなくてもわかってる!」

 

クレインくんからも忠言を受けたアサレアちゃんは反発しながら歩みを進める。

 

腹の底に降り積もる鬱憤を吐き出す場所がなく、踏み込む足に力が入ったのだろう。レンガの破片やらが散らばった地面に、がしゃんと音を立てて足を振り下ろした。

 

オレンジ色のレンガの破片がころんころんと転がってきて、俺の靴の隣で止まった。

 

「……ひどい有り様だな」

 

移動用の艦船から街の外れに降り立ち、街に入ってしばらくの間歩いた俺の感想がこれだった。

 

辺りを見渡しても無事な建物を見つけられない。大抵の家は屋根ががっぽりと抜け落ちていたり盛大に壁が破壊されていたり、一番損傷が少ない家でも窓ガラスが割れていたりドアがなくなっていたり。とてもではないが人の住める環境ではなかった。

 

だからなのか、人の姿はまだ確認できていない。住人も、犯罪者集団の残党も、どちらもだ。

 

「私ね……だいぶ前にこの街、サンドギアの街に来たことがあったのよ」

 

ランちゃんが言うには、当時の街の外れには我が世の春とばかりに百花繚乱咲き誇る花畑があり、街の中は目に鮮やかなカラフルなレンガで建築された家家が建ち並んでいたりと、風光明媚な良い街だった(・・・)そうだ。このあたりの地域で採れるめずらしい果実を使ったワインや、伝統的な手法で作られたチーズがこの街の名産で、どちらも美味しくてついお酒を飲み過ぎちゃってねぇ、なんて懐かしむように教えてくれた。

 

「この街にはね、違う管理世界にまで届くほど高名な人形遣いがいたのよ。クレスターニっていう劇団で、その人形劇を観たいがために以前はこの街に訪れたの。……でも街がこんなことになっちゃってたら、流石にもう観れそうにないわねぇ……」

 

「人形劇?」

 

隊列の後方で周囲の警戒をしてくれているランちゃんに尋ねる。

 

寂しげに眉を歪めるランちゃんは、後頭部で纏められた紫色の長髪をゆらりと揺らして頷いた。

 

くいくい、と手招きして近くまできてもらう。その際、腕を絡めてきたが振り払った。

 

周囲への用心はサーチ魔法の数を増やすことでカバーしよう。

 

「そうなのよ。人形劇。糸を使うわけでもなく、下から手で操るわけでもないの」

 

「ん?んじゃどうやって操ってんの?」

 

「魔法よ。操作系の魔法みたいなんだけど、私は見たことない術式だったわ」

 

操作系の魔法。俺には聞いたこともなければ見たこともない分類だ。語感だけならとても汎用性が高そう。ぜひ俺にも教えてほしい。

 

「まるで人形に魂が宿ったように自然に動いていたわ。小さな身体には血が流れて、人形自身の意思で物を考えて動き回っているみたいでね……。それで私、どうやってそこまで精密に柔軟に人形たちを操っていたのか気になって、鑑賞を終えてから劇団の方に訊いたのよ。そしたら人形遣いの女性が快く教えてくれたわ。なんでも、クレスターニの劇団で代々伝わる魔法らしいの」

 

「なるほど、人形を操るためだけに編み出され、代を重ねて洗練された魔法ってことか……。でもだとすると……」

 

「……ええ。その劇団の人で、しかもその魔法の術式を受け継いでいる人が生き残っていなければ、人の心と目を奪うあの人形劇は、あの芸術は……もう観れないでしょうね」

 

ランちゃんはそう呟き、手に持つ大きなケースの持ち手が軋むほど強く握り締める。情緒に溢れ、景観は美しく、素晴らしい伝統芸能があったサンドギアの街。ここを破壊し、蹂躙した無骨者共に怒りを募らせていた。

 

空戦魔導師の人たちが荒くれ者たちを鎮圧に来た時、何人の住民を保護したのかはわからない。かなりの人数を救出できたのかもしれないし、その救われた街の住人の中に、もしかしたら劇団の人形遣いがいるかもしれない。先んじて制圧した際の細かな情報は下っ端にまでは回ってこないのでわからないが、今はそう願っていたほうが精神衛生上いいだろう。ぐちゃぐちゃに(わだかま)憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちを、解消とまではいかずとも誤魔化すことはできる。

 

「どんな目的があれば、どんな理由があれば……こんなことができるんだ……」

 

片付けられることもなく、周囲には物が散らばっている。建物の瓦礫もそうだが、家具など生活感を感じるものも爆発か何かに巻き込まれたのか道路へと飛び出してきていた。

 

壁が崩れて中が丸見えになっている家に、ふと目が向かう。穴が開いて(しぼ)んでしまったゴムボールと、(すす)けたように薄汚れたぬいぐるみ、焼け焦げた衣服が見えた。

 

こうして目の当たりにして、ようやく実感として認識する。ここには、つい最近まで実際に人が生活をしていたのだ。砂塵と瓦礫と廃墟だけになってしまったこの街には、つい最近まで。

 

どうしようもないほどの怒りを覚える。

 

街を破壊し、人を傷つける。いったいどんな理由があればそんなことができるのだろうか。大勢の罪なき人を蹴落とし踏み(にじ)って不幸にし、その対価として自分は幸せになる。いったいどれほど絢爛な錦の御旗を掲げれば、自分の中でそんな残虐非道な所業を正当化できるのだろうか。

 

俺はべつにプロファイリングができるわけではない。そういった犯罪者の思考や動機は読めない。

 

いや、これは読む必要もない唾棄すべき事柄だ。思考のリソースを振ること自体に苛立ちが募るほどに。

 

だが、ここでふと疑問が浮かんだ。

 

「なあ、ランちゃん。この街って裕福だったりすんの?」

 

「そう、ねぇ……裕福とは言えないわね。ここ、サンドギアの主な産業はさっきも言った通りワインやチーズといった生産業と、あとは観光業もかしら。ワインとチーズは、これが結構評価が高いのだけど、それも必要最低限にしか作っていないのよねぇ。あんまりお金に執着がないのか、それとも基本的に自分たちで飲んで食べる分を作れたらそれでいいのか、そこは街の人たちにしかわからないわね。あとは農業や畜産業で細々と、ってところかしら」

 

「……ここの近くから貴重な鉱物が産出するとか、政治的に重要な立地にあるとか、そういうこともない?」

 

「そんな話は聞いたことないわねぇ。街の外にあるのは、だだっ広い平原と森、お花畑くらいじゃないかしら。このあたりではここが一番栄えているけど、それでも大都市と比べれば規模は大きく落ちるし、都市圏からも離れているわ。前に来た時、バーのおじ様は観光で人が来ることが多いって言ってたけど……それって逆に言えば観光以外ではこの街に来る理由はないってことよねぇ」

 

「そうか……。それじゃあ、なおさらだな……」

 

「この街を襲撃するメリットがない……ってことかしら?」

 

「ああ……」

 

このサンドギアの街をここまで表立って襲撃した理由がわからない。犯罪組織の人数や規模がどの程度のものかは知らないが、派手に動いた結果、すぐに管理局に発見され、空戦魔導師が派遣されて鎮圧された。この地域ではサンドギアは大きな街らしいし、そう時を置かずに管理局に対処されるのは犯罪者側だって目に見えていたはずだ。

 

にもかかわらず、襲撃した。ならず者が欲しがるような金目の物などほとんどない、この街を。

 

「俺たちが気づいていない『貴重な物』があったのか……いや、もっと根本的に『襲撃』すること自体に意味があったのか……」

 

「もう一つあるわよ。そもそも『理由なんてなかった』っていう、ね。ただ暴れたい、自分の力を辺り構わず使いたいっていう(やから)もいるんだから」

 

そういった輩に心当たりがあるのか、それともそういう輩を成敗した経験があるのか、ランちゃんは肩を竦める。

 

俺も俺で、そういう輩に苦労したことがあったので共感できてしまった。もっとも、俺の場合は程度の低い馬鹿共(先輩方)だったが。

 

「そういうはた迷惑な感情は俺には理解できないな」

 

「ええ、同感ね。それより、この街の警備はなにをしてたのかしら?ここまで被害が広がるなんて尋常じゃないわよ」

 

「人数はどうか知りませんが、優秀な魔導師がこの街に住んでいたらしいですよ?」

 

街の惨状を眺めて呟いたランちゃんの疑問には、近くで歩いていたクレインくんが答えた。

 

「ここに来る前に今回の任務地や概要を兄に話したんですが、『陸』の所属の魔導師さんがサンドギアにいたはずだ、って言っていました。兄が管理局に入ったばかりの頃にお世話になったベテランの魔導師さんで、たしか……魔導師ランクはAAだそうです」

 

魔導師ランクなる聞き馴染みのない単語が出てきた。

 

よくわかっていない俺とは対照的に、ランちゃんは大きく目を見開いた。

 

「ランクAAっ?!本当に?!」

 

「は、はい。そう言っていました。僕も驚きましたが……」

 

「な、なに?そのランクとやらはそんなにすごいの?」

 

「当たり前よ!AAって言ったら大きな任務で指揮官を任されるくらいのランクなのよ?」

 

指揮官クラス、とそう聞くとかなり偉い立場なように思えたのだが、今回の任務の指揮官を思い浮かべてしまってあまり実感がわかなかった。そこまですごいとされているのなら、もしかすると今任務の指揮官も相応の実力を持っているのかもしれない。そうは見えなかったけど。

 

「へー。でも、そのAAランクの魔導師さんがここに住んでるんなら、街はこうまで破壊されなかったと思うんだけど。仕事が入っていて街には不在だったとか?」

 

「それが……街の郊外にいた時、アサレアを追いかけていたら上官たちの天幕の近くまで行ったんですけど、そこで聞こえたんです。街の襲撃事件が起きた日はそのベテランの魔導師さん……アルヴァロ・コルティノーヴィスという名の方なんですが、コルティノーヴィスさんは非番だったそうです。つまり、この街にいたようなんです」

 

「AAランクの評価を受けているほど優秀な魔導師が、そこらのごろつき風情(ふぜい)に負けるとは思えないわ」

 

「そうなんです。それに管理局への通報はコルティノーヴィスさんがされていたそうで、この街にいたことは確実なんですけど……」

 

クレインくんが言葉を濁す。

 

俺は続きを促した。

 

「管理局へ通報されてから、コルティノーヴィスさんと連絡がついていないみたいなんです。状況把握のために定時連絡をするようにと指示があったそうなんですが……」

 

話がきな臭くなってきた。

 

クレインくんからの情報を普通に受け取れば、襲撃してきた犯罪組織の人間に倒されてしまった、と考えてしかるべきだが、豊富な経験と優れた技術を持っていることが証明されているコルティノーヴィス魔導師が烏合の衆相手に遅れを取るとも思えない。思えないが、定期連絡なしと、街の荒廃ぶりを鑑みて、そう見るほかにない。

 

「相手にそのコルティノーヴィスって人を討ち取れるくらいの魔導師がいたってことか?」

 

「それはない、と思うわ」

 

真剣な表情で腕を組んで考え事をしていたランちゃんが俺の推測を否定する。

 

「それほどの腕を持つ魔導師を擁している組織なら管理局がマークしてるはずよ。それにAAランクの魔導師を討ち取れるほどの実力者が相手にいるのなら、空戦魔導師を投入した時に相当な抵抗があるはず。少なくとも簡単には制圧できないわ。下手したら返り討ちにあうレベルだもの。それくらい、AAランクの魔導師は並の火力じゃないのよ」

 

「ですが、僕たちにこうして任務が回ってきているということは、すでに空戦魔導師の方がその魔導師を倒しているのでは?」

 

「だとしたら任務の内容が変わるか、任務自体がなくなっちゃうわねぇ。ランクAA以上の魔導師が本気でやり合えば、街は焼け野原よ。任務があったとすれば……そうね。『遺体を探せ』になるんじゃないかしら」

 

私ならそんなお仕事ごめんだけど、とランちゃんは嫌そうに言って首を振る。一つに束ねられた長い紫色の髪が左右に揺れた。

 

「たしかにそうですね……。でも、それならどうしてコルティノーヴィスさんは消息を絶っているのでしょうか……」

 

「…………」

 

クレインくんの言葉に、ランちゃんはなにも返さなかった。

 

きっとランちゃんも俺と同じ予想を立てているのだろう。

 

敵組織にコルティノーヴィスさんを圧し潰すだけの戦力はない。敵勢を打ち破る能力があったはずなのに街を無法者に好き放題させた。生き残っているはずなのに連絡をとらず行方をくらませている。空戦魔導師が派遣された際にも姿を現さなかった。

 

行き着くのは、胸糞悪い一つの仮説。

 

なにか理由があって、コルティノーヴィスさんは敵組織に寝返った。管理局の空戦魔導師がサンドギアに来た時も身を隠していた。そして、犯罪組織の目的がこの街にあるのであれば、コルティノーヴィスさんはまだこの街のどこかにいる。

 

「生存者の捜索がメインになると思ってたんだけどな……」

 

俺の仮説には決定的な証拠が一切ない。情報と情報を繋ぎ合わせ、状況的にそう考えるのが自然だというだけのものだ。

 

だが、この仮説が的外れでないのなら、かなり厄介なことになる。ランクAAという優秀な魔導師が敵対勢力についたことだけでも目を覆いたくなるような話だが、それだけじゃない。サンドギアの住人であるコルティノーヴィスさんなら、身を隠せる場所も熟知しているだろう。空戦魔導師がやってきた時には隠れられる場所を犯罪組織側の人間に教え、息を潜め身を潜め、見つからないようにもできる。空戦魔導師をやり過ごした今、彼らは目的のために動いているかもしれない。

 

残党なんて呼べない人数が、この街にいる可能性がある。

 

 

 

 

 

 

しばらく瓦礫散らばる道を進むと開けた空間が見えてきた。

 

広場だった。中央に噴水が据えられた、きっとこんなことになる前には人々の憩いの場であっただろう空間。今やその噴水は半壊しており、広場の中央付近は水たまりになっていた。

 

その噴水広場を囲むように、レンガ造りの家が建ち並んでいた。無論、軒を連ねる家々もよくて半壊、ひどいものは屋根も壁もなくなっている。

 

「ちょっと開けたところに来たじゃない。水があるからかしら、ほこりっぽさが若干ましね」

 

俺に続いて角を曲がり、視界に広場跡を収めるとアサレアちゃんは足取り軽く進む。

 

ここまでの道程に敵がいなかったことと倒壊した家しかなかったことで退屈していたのだろう。ようやく風景に明確な違いがあらわれたことで気持ちが浮ついている。一言掛けておいた方がいいだろう。

 

「アサレアちゃん、あんまり前に出すぎないようにな」

 

「は?なんであんたにっ……って、その目……」

 

アサレアちゃんは注意されて不機嫌そうに振り向いたが、俺の顔を見て言葉を呑み込んだ。

 

ランちゃんともしかしたら面倒なことになってるかもしれないと話をした時に、万が一があるかもしれないと思い、左目につけていたカラーコンタクトを前もって外しておいたのだ。おかげで左目は灰色にくすんでいることだろう。

 

わざわざカラコンを外したのはこんな左目でも役に立つことがあるからだ。この左目は光を映さないが、その代わり違う光(・・・)を視認することができる。

 

「ちらほらと、視える……。少なくとも数人の魔導師がいるな。敵か味方かはわからないけど、この様子じゃああんまり好意的とはいえないか」

 

「な、なにそれ、どこに見えるの……なにが見えてるのよ。……もしかしてその左目、なにか見えるわけ?」

 

「んー、以前にちょっとばかり無茶してな。その後遺症ってやつだ。視力を失った代わりに魔力が視えるようになったのは拾いもんだったが、欠点は魔力しか視えなくて距離感が掴みづらいところだな。あんまり遠いと正確な位置がわかりにくい」

 

「ごくまれに魔力が視える人がいるって聞いたことあるけど、実際にそんな人を目にしたのは初めてだわ。……特別って感じがするわねって言ったら、傷つく?」

 

「……今はもう、大丈夫。とある人がこの目を綺麗だって褒めてくれたんだ」

 

「……ふーん」

 

アサレアちゃんにそう言いながら、ランちゃんに念話を送る。違うところで捜索している隊長に、敵と思しき存在が広場にいることを伝えてもらうためだ。俺から報告してもいいのかもしれないが、一応俺たちのいる別働隊のリーダーは年長者のランちゃんなので、そちらから伝えてもらったほうが余計な揉め事も起きないだろう。

 

俺の顔を仰ぎ見て何か言いたげにしているアサレアちゃんの肩を押して、広場から死角になるところに移動させる。きーきーと文句は言われたが気にしない。

 

ユーノとクレインくんには手でこちらに来るように指示した。気付いた二人は何かあったことを察したのか、素早くかつ静かに近くまで来た。

 

「いたんですか?テロリストが」

 

「近い近い、ユーノ近ぇよ。もうちょい離れろ。あと相手は別にテロリストじゃねえよ、政治的な思想があるわけじゃねえだろうし」

 

「この先の広場、ですか?まだ距離が開いてますが……」

 

「こういったことに関しては、兄さんはとてもめざといんですよ!」

 

「褒めてんの?それ。あんまり嬉しくないんだけど」

 

「ねぇっ!あんた、ほんとにいるのが見えてるの?わたしにはなにも見えないんだけど」

 

「アサレア……『あんた』じゃなくて『逢坂さん』でしょ。失礼だよ」

 

「うっさいわね!あんたこそ、なんでこいつの部下みたいに従ってんのよ!言っちゃえば同僚じゃない!命令されるいわれなんてないんだから!」

 

アサレアちゃんが癇癪起こしたみたいにクレインくんに突っかかる。言い方にこそ難はあれど、その言い分には間違いはない。ただ、問題があるとすれば、それは声量だった。

 

「まぁ俺は仕切る立場にいないのはたしかだけどさ。でも……アサレアちゃん。この先で敵が待ち構えているかもしれないっていう状況で大声を出すってのは、ちっとばかり危機感が足りないな」

 

「ひぅっ……そ、それ、は……」

 

「さっきのアサレアちゃんの声で、相手が気づいたかもしれない。大声を出してなければ奇襲できた可能性があったかもしれない。……そんな優位をわざわざ潰すような真似をする理由って、なに?」

 

「う……ぅぅ……」

 

自分のミスで自分が傷つくのなら、まだ納得はできる。だが、自分のミスで他人が傷つくのは、思っている以上に心に負荷がかかる。

 

アサレアちゃんにそんな思いをさせたくない。という気持ちは、もちろんあった。

 

しかしそれよりも、他人がやらかしたミスでチーム全体に危険が及ぶようなことを、俺は看過できない。

 

「…………」

 

アサレアちゃんに厳しく言う俺を、兄であるクレインくんは止めなかった。妹を庇うこともしなかった。きっとクレインくんも、俺と似たようなことを考えていたのだろう。

 

ここで、くいくい、と服を引っ張られた。ユーノだ。

 

「そのへんにしときましょうよ、兄さん。注意するのはいいですけど、それで萎縮させてしまってはこれからに影響が出ますよ。それにアサレアさんも理解はしたでしょうから」

 

「そう、だな……俺も言い過ぎたか……。ごめんな、アサレアちゃ……」

 

ユーノから向き直ってアサレアちゃんを見る。

 

「っ……ぅぅぅっ……」

 

涙目になって俯いてしまっていた。

 

服をぎゅっと握り締めて、唇を固く噛み締めて、ぷるぷると肩を震わせていた。

 

どこからどう見ても『泣くのを我慢しています』という絵だし、この構図ではどこからどう見ても悪いのは俺である。

 

違うんだ。ちゃんとわかってもらうためにきつく言ったのは認めるが、泣かしてやろうとは思ってなかったんだ。

 

『……徹ちゃん。さっきお嬢ちゃんが大声出したのは私も、何してんだ、って思ったわ。でも女の子泣かしちゃうのは、ちょっとどうかしら』

 

離れたところで生存者の捜索をしていたランちゃんから念話が飛んできた。どこかでしっかりとこちらの動静を確認しているらしい。

 

『俺だって泣かせるつもりなんてなかったんだよ!……それより、隊長さんのほうは?』

 

どうにかこうにか『泣いて、ない……泣いてないわよっ』といじけるアサレアちゃんを宥めすかしつつ、別の班にいる隊長さんがどんな判断を下したのかランちゃんに聞く。

 

『一度合流するそうよ。もう近くまできているわ』

 

『えっ、合流すんの?』

 

『ええ。……徹ちゃんが何を言いたいかは予想がつくけれど、変に抗議して波風立てるのも馬鹿らしいわ。従いましょ』

 

『……そうだな、わかった。きっと何か考えがあるんだろ。ランちゃんはどうすんの?』

 

『彼に何かプランがあるといいんだけどねぇ……。私も合流するように言われたわ。……今はあなたの背後にいるわよ』

 

『っ?!』

 

恐ろしい言葉で念話が切られた。背筋にぞくっと悪寒が走る。

 

ばっ、と勢いよく振り返る。後ろには瓦礫と、崩れた家しかなかった。どうやら変に重たくなってしまった空気を払拭するための、ランちゃんなりのジョークだったようだ。

 

ため息を(これが呆れなのか安堵なのかはわからないが)吐きつつ、元に直る。

 

「そんなに勢いよく振り返るほど私の顔が見たかったのかしらん?」

 

「っ?!?!」

 

目の前にいた。視界の八割がランちゃんの顔で埋まるくらい目の前にいた。

 

なにこれ並のホラー映画よりよっぽど怖い。悲鳴を出さずに堪えられたことは奇跡に近い。

 

俺のリアクションがよほど奇妙だったのか、クレインくんやユーノ、泣きそうになっていたアサレアちゃんも声を殺しながら笑っていた。俺としてはあまり面白くないが、雰囲気が明るくなったのでよしとしよう。

 

そうこうしているうちに、隊長率いるもう一つの班が見えた。

 

相手に見つからないように俺たちは広場に繋がる道の角で待機していたが、その反対側に隊長とほか四名がついた。

 

広場から射線が通らない限界まで俺たち側に近づくと、隊長さんは気怠げに口を開く。

 

「誰かが広場にいるっつう話だったな。街の住人ってことはねぇのか?」

 

ランちゃんは俺からの報告を隊長に回しただけであって、おそらくまだその存在を自分の目で認めていない。なのでランちゃんに代わり、俺が説明することにした。

 

隊長さんの方針にならって俺もぎりぎりまで近づいて相手に届く最低限の声量で返答する。

 

「住人にしては一つ一つの反応がばらけすぎています。広場を囲む建物の影に隠れるように位置していて、そこから動く気配がないので、街の人の生き残りの可能性は低いかと」

 

「敵だとしたらその数は」

 

「魔導師が少なくとも十人以上はいます」

 

「相手の装備は確認したのか?」

 

「サーチ魔法を飛ばしていますが、今のところ収穫はありません」

 

隊長はぼりぼりと頭を掻いた。眉間に皺を寄せて不機嫌そうに吐き捨てる。

 

「だいたいの人数しかわかってねぇじゃねぇかよ。しかもお前しか相手を捕捉してねぇんだろ。敵がいるっつうのは確かなのかよ。お前ら、びびってるだけじゃねぇだろうな」

 

見下すように、心底面倒くさそうに隊長が言う。

 

その歯に衣着せぬ物言いにはさすがに俺もかちんときたが、俺が行動を起こす前にアサレアちゃんが怒り心頭に発して暴れそうな様子だったので、かえって冷静になれた。

 

「事実です。俺たちだけで向かえば敵を取り逃がすおそれもあったので」

 

「かっ……それっぽいこと言いやがって。敵がいたとしても、所詮は街を荒らすくらいしかできねぇ小悪党どもだろうが。正面から強行突破して制圧すりゃいいだけの話じゃねぇか。おら、行くぞ。スリーカウントな」

 

止める間もなく、隊長は間延びしたカウントダウンを開始する。

 

俺たちの班のメンバーは彼の浅薄で無思慮な意思決定に戸惑うが、隊長が直接率いていた隊員たちはひとつ重たい息を吐いて突入の準備に入る。ここに至るまでに隊長の人間性を見ていたのだろう、諦めにも似た態度だった。

 

俺は俺で、こいつマジでこんな作戦とも言えない作戦で乗り込む気かよ、と内心ぼやいたが、しかし、隊長のカウントダウンは途中で停止する。

 

それは隊長が計画の杜撰(ずさん)さに気付いたとか、そんな殊勝な話ではない。

 

違う方向からの干渉があった。

 

隊の組み分けなどを行った街の郊外、そこに設置された仮設の指揮司令部からの、切羽詰まった救援要請が頭の中に響いた。

 

《あぁくそっ、なんでこんなことに……っ!指揮司令部が敵の攻撃にあった!指揮官は意識不明の重体、他にも怪我人多数!今は敵の姿は消えたが、またいつ攻めてくるかはわからない!至急、救援を求む!》

 

 

 


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