そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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《彩葉大丈夫っ?! 怪我してない? 転んだりしてない? 今どこにいるの? お姉ちゃんがニアス探すから、もう帰ってきて? あ、やっぱりダメっ! もう暗くなってきてるから、動いちゃ危ないかも……お姉ちゃんが迎えに行くからっ! なにか目印になるようなものある? なんでもいいから教えて? 大丈夫だよ、今から行くからねっ! 電話はつなげたままにしてて、その方が少しは不安もまぎれるよね? あ、送ってあげるとか言われても、怪しい人についてっちゃだめだよ? でも、あからさまに拒否するのはよくないからね? 逆上されたりとかしたら大変だからっ! どこか明るいところがあればそこにいてね? コンビニとか近くにあったら入ってそこで待っててね? あと……》

 

 自然公園の広場で彩葉ちゃんのお姉ちゃん――鷹島さん――に連絡していなかったことに気づき、急いで彩葉ちゃんが電話を入れると、ほぼタイムラグなしで繋がった。

 

繋がったのはいいんだが……怖いよ……。

 

鷹島さん心配しすぎだろう、彩葉ちゃんが喋るタイミングどこにもねぇじゃん。

 

優しい人だとは思ってたし、家族には尚更、輪をかけて優しいんだろうなとも思ってたけど……いやはや、ここまでとは。

 

シスコンや心配性も行くとこまで行くと、恐怖にクラスアップするんだな。

 

 あわあわしている彩葉ちゃんを助けるため、一言彩葉ちゃんに了承を得てから電話を借り、少し強引だが代わりに俺が話すことにした。

 

予定では彩葉ちゃんに最初に話してもらい、渡りをつけてもらうような感じで俺に代わってもらう算段だったが……尋常じゃないくらいに話が進まないので仕方ない。

 

「いきなり代わってごめんね。逢

《だ、誰ですかっ!? い、彩葉はどこに行ったんですかっ?! 彩葉を出してください! 何が目的なんですかっ!》

 

 自己紹介すらさせてもらえないなんて、彩葉ちゃんが絡むと別人だな……。

 

なんとか落ち着いてもらわないと、文字通りに話にならない。

 

「お姉ちゃんがすみません……時々おかしくなってしまうんです……」

 

 彩葉ちゃんが申し訳なさそうに、恥ずかしそうに頭を下げてきたので『気にしてないよ』という意味を込めて頭を撫でる。

 

あぁ、髪ふわふわ……柔らかい、いい匂いする、思わぬところで役得だ。

 

『にゃあ』とニアスが、自分も撫でろというような鳴き声を出すので、しゃあなしでニアスも撫でる。

 

自然公園で暴れまわっていたくせに、こいつの真っ白の毛はさらさらで、とても撫で心地がいい。

 

 元気をチャージして、もう一回挑戦する。

 

「鷹島さん、俺だ、逢さ

《誘拐ですかっ!? お金なら用意しますっ! 彩葉は小学三年生なんですよっ! ひどいことはしないでください!》

 

 はぁ、だめだ。

 

これ以上は時間の無駄だ。

 

 今にも太陽が完全に沈んでしまいそうで、周囲には暗闇が音もなく這い寄ってきている。

 

公園灯があるとはいえ、一つ一つの灯りは距離があるので、あまり照らされているという実感はない。

 

近くに設置されている自販機の方が、俺たちの周りを明るくしているくらいだ。

 

このままでは彩葉ちゃんが家に帰る時間がどんどん遅くなる。

 

仕方ない、最終手段だ。

 

「彩葉ちゃん、悪いんだけど、耳をふさいであっち向いててくれる? ニアスもな」

 

 そういって指差すのは、俺がいる位置と正反対の方向、草木が所狭しと生い茂っている場所。

 

彩葉ちゃんは素直に『はい』と返事し――ニアスも『にゃあ』と返事し――俺に背中を向けしゃがんで耳をふさいだ。

 

ニアスは彩葉ちゃんの頭の上で耳を、ぴこっと閉じた。

 

しゃがめ、とまでは言ってないんだけど。

 

ニアスは絶対、俺の言葉理解してるよなぁ! ってか自分の意思で耳閉じれんのかよ!

 

 ニアスには疑心が尽きないどころか確信に変わりつつあるが、それは泣く泣く隅に置いて、まずは鷹島さんの問題を解決させる。

 

すうぅっと深く、肺いっぱいに空気をため込み、通話先の相手へ砲口を向ける。

 

「落ち着け綾音ェーーッ!!」

 

《ひぅぅっ! ……あ、あれ? もしかし、て……逢坂……くん……?》

 

 はぁ、やっと通常の鷹島さんに戻ってくれた。

 

苗字を呼んでも、一切反応を返してくれなかったからつい名前で呼んじゃったよ、なんか気恥ずかしいな。

 

会話が成立するようになったんだから、さっさと話をつけてとっとと帰ろう。

 

彩葉ちゃんも、ついでに俺もいつまでたっても帰れない。

 

「冷静になれた? 彩葉ちゃんなら大丈夫だから。ニアスも見つけたし、俺がこれから家まで送るから安心して家で待ってて、わかった?」

 

《はれ? なんで、え?》

 

「わかったら返事して」

 

《は、はひ! わかりましたです! 待ってますっ、はいっ!》

 

 少々強引な感もあるが致し方ない。

 

こうして電話している間に、もう辺りは真っ暗になってしまった。

 

日没前とは様変わりしている自然公園は、もはや、どちらに向かえば出口なのかもわからなくなっている。

 

この自然公園はその広大な敷地ゆえに、年に何人も迷子になっていると聞いたことがあったが……さもありなん。

 

俺はこの自然公園は何度も足を運んでいることもあり、どれだけ暗くなろうが、目をつむっていようが帰り道はわかる。

 

いや、さすがに目をつむっては無理だな、言い過ぎた。

 

 通話を切って、耳に接していたところを袖で拭い、彩葉ちゃんに返す。

 

返す……返そうと思ったのだが、彩葉ちゃんがしゃがんで震えたまま動かない。

 

えっ……ちょっと、どうしたの?

 

 どうしたものかと彩葉ちゃんの正面にまわろうとしたら、じとーっとした目付きで俺を見るニアスに気付く。

 

ニアスは彩葉ちゃんから俺へと転乗し、足から一気に登攀して肩のところで腰を据えた。

 

『にゃあ』と一声鳴き、俺の頬を爪を立てずに肉球で、ぷにっとぶつ。

 

どうやらさっきの俺の怒声にも似た大声で、彩葉ちゃんが驚いて泣いてしまった、とのこと。

 

なんで俺は、こいつの言いたいことを察しているんだろう?

 

 彩葉ちゃんの前に回り込み、目線を合わせる。

 

「い、彩葉ちゃん? 俺怒ってたわけじゃないんだぞ? ただ君のお姉ちゃんに、話を聞いてもらおうと思っただけでな?」

 

「っ……ぅぅ……っ……」

 

 優しーく、穏やかーに声をかける。

 

ユーノも言ってたじゃないか、俺は小さい子と仲良くなるのがうまいって。

 

多少、セリフを都合のいいように改ざんしてはいるが、俺はできるはずだ!

 

「大丈夫だよ。君のお姉ちゃんにも怒ってないし、もちろん俺は怖い人じゃないからね?」

 

 くそう! こんな時に限って、俺の頭はベストな言葉を出力してくれないっ!

 

「ち、違うんです……っ……私が、悪い子なんですっ」

 

 展開が読めないので、俺はすすり泣く彩葉ちゃんに心を痛めながら、話の続きに耳を傾けた。  

 

もはや仄暗いなんて表現できるレベルはとうに過ぎ去り、公園灯や自販機の光がなければ、完全に真っ暗だろう自然公園の広場で、ゆっくりと彩葉ちゃんの話を聞く。

 

聞き終わって、俺の取った行動は単純明快だった。

 

壊れ物を扱うかのように丁寧に、少女を抱きしめ、頭をなでる。

 

 端的に言えば、彩葉ちゃんは罪悪感に苛まれていたようだ。

 

俺の怒鳴り声を聞いて、恐怖を感じ、『この人は危険な人だ』と思ってしまったらしい。

 

気絶した自分を、ベンチへ運び上着までかけてくれて。

 

家で飼っている愛猫を、服がボロボロになるくらいに一生懸命探してくれて。

 

その上、大きな男の人三人に絡まれていたところを、危険を顧みずに助けてくれた。

 

ただのクラスメイトの妹というだけなのに、ここまでしてくれた人を自分は、『危険な人』などと思ってしまった。

 

それが恥ずかしくて、情けなくて、申し訳なくて。

 

そんな思いが頭をぐるぐるとかき回して、涙が止まらなくなった。

 

と、いうことらしい。

 

 ベンチに移動させたのは、戦闘に巻き込まれたら大変だからっていうだけの、こっちの都合だし。

 

服がボロボロになっちゃってるのは、フェイトと戦ったからだし。

 

あのロリコン三人組に挑発しながら割り込んだのは、勝つ見込みしかなかったからだし。

 

 はぁ、全くこの子は、というか鷹島家の姉妹は揃いも揃ってどこまで。

 

「どこまでいい子なんだよ」

 

「わ、私……いい子じゃありませんっ……恩知らずの、悪い子です……」

 

 健気というか、奥ゆかしいというか。

 

どうすれば、こんなに人に気を使えるいい子に育つんだろうな。

 

教えてほしいぜ、十年前の俺に。

 

「そんなことに泣くほど、気に病むような子は悪い子じゃない。俺ですら、寝起きの自分の顔を見たらちょっとビビるぞ。十六年間、この顔や、声や、性格と連れ添ってきた俺でさえ、時々怖いくらいだ。そりゃ今日、初めて会った彩葉ちゃんは怖がって当然、なんにもおかしなところはないぜ」

 

「でもっ……私は、助けてもらっておいてっ……あ、あんなことを考えるなんてっ……」

 

 真面目だなー、俺にはこの実直さが眩しいわ。

 

俺にこんな時期あったかなー、なかったなー。

 

「普通の人間はな、君みたいに思うことはあっても、口には出さねぇんだよ。表面では、にこにこと人の好さそうな顔を取り繕って、絶対に自分にマイナスになるようなことは言わないんだ。普通の人間でそんなもん。悪い人間はもっと、想像もできないような悪辣さと狡猾さで人を貶めて、自分にプラスになるように動く。彩葉ちゃん、君は正直に話しただろ? 相手と誠心誠意、正面から向き合うために自分の本音を言葉にしたんだ。それは誰にでもできることじゃないんだぜ? 君は、誇っていいんだ。それは、ほかの人間は持っていない……美徳だ」

 

「っ……逢坂さんが、そう言ってくれるならっ……、そう思うことにします……ありがとうございますっ」

 

 この子は、他人の善意を素直に受け入れることもできる。

 

本当にいい子だな、この少女は。

 

このまま真っ直ぐと、心の綺麗な子に育つことを祈るばかりだ。

 

俺の胸に顔をうずめる彩葉ちゃんを見てかどうかはわからんが、ニアスが一件落着とばかりに『にゃあ』と締めた。

 

最後はお前が持ってくのかよ。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 鷹島家へと彩葉ちゃんを送る帰り道。

 

鷹島家は都市部の近くにあるらしく、ビルが立ち並ぶ街を通って帰る。

 

 道には仕事帰りなのだろう。

 

疲れた顔の中年のサラリーマンが、皺の入ったよれよれのスーツを着て、形の崩れたビジネスバッグを持って駅の方向へ歩いていく。

 

リクルートスーツを着た、若い二人のOLは仕事の愚痴を言い合いながら、これから飲みに行こう、などと大声で話している。

 

この時間帯は帰宅途中の人間がすごく多いようだ。

 

 自然公園からこっちへ来ると、光源の量の違いに目が痛くなりそうだ。

 

ビルのほとんどにまだ電気がついていて、その明かりの下には仕事に追われる社会人が残業しているのだろう。

 

一等星がぎりぎり見えるか見えないか、というほど人工的な光が満ちていた。

 

「この辺までくると明るくて安心しますね」

 

 俺とはずいぶん、捉え方が違うようだった。

 

やっぱり女の子は暗いところは怖いんだろうか、何があるかわからないしな。

 

「俺は明るすぎてなんか落ち着かないけどな、ニアスはどうだ?」

 

 まだ俺の肩に乗っているニアスは、きょろきょろと周りを見渡して『にゃあ』。

 

「どうやらニアスも、ここまで明るいところは好きじゃないみたいだな」

 

「なんで会話できてるんですか……?」

 

 それは俺が聞きたいし、俺も知りたい問題だな。

 

明るくにぎやかな街を、手を繋いで歩きながら帰っていると、ふと疑問が浮かんだ。

 

「一つどうでもいいことが気になったんだけど、聞いていい?」

 

「はい、私に答えられるものなら」

 

「こいつの名前ってなんか由来でもあんの? 最初鳴き声から取ったのかと思ったんだけど、どうもすんなり納得できなくてな」

 

 俺の本当にくだらない質問に、彩葉ちゃんは苦笑いを浮かべた。

 

なんだろうか、その苦笑いはすごく苦労している子のように見える。

 

「えぇと、名付け親はお姉ちゃんなんです。その子、ニアスは拾ったんですけど、家に連れて帰って名前を付けようってなった時に、お姉ちゃんが『なにか偉大な名前をつけよう!』って言い出して……」

 

 あぁ、なるほど。

 

さっきの苦笑いの理由がわかったよ。

 

彩葉ちゃんは実際に、天然の姉の相手で苦労しているのか。

 

「その時テレビで、宇宙関係の番組がやってまして……月の話題になった時にお姉ちゃんが、『これだっ』って……」

 

 なぜか恥ずかしそうにしている彩葉ちゃん。

 

心なしか、手を繋いでいる彩葉ちゃんの右手の体温が上がった気がする。

 

良い事なのになー、面白いお姉ちゃんで。

 

時々、度が過ぎてるのが問題と言えば問題だけど。

 

 それにしてもニアスの名前の由来……偉大な名前で、月?

 

「もしかして月面に初めて降り立った人の名前から? ニール・アームストロングから取ったのか?」

 

「は、はい……」

 

「あはははっ! すごいな! さすが鷹島さんだ!」

 

 さすが、と言う他ない。

 

『ニ』ール・『ア』ーム『ス』トロングから取って、ニアスか、確かに偉大だな。

 

「あと二匹猫飼ってるんですけど、それも名付け親はお姉ちゃんで……」

 

「くっふふ、な、なんていう名前なんだ?」

 

あの人の考えることは予想付かないからな、こういう話はいくらでもありそうだ。

 

「『タエ』と『オリノブ』です」

 

「オリノブっていうのは大体予想付くけど、タエがわからないなー」

 

 なんだろうな、このクイズ。

 

めちゃくちゃ楽しい!

 

タエ、たえ、妙。

 

失礼な言い方だが、鷹島さんでも思いつくような偉大な人物だ。

 

そう難しいものではないと思うのに……わからない!

 

「あぁダメだ、ギブアップだ。オリノブはわかるがタエが見当もつかない」

 

「オリノブは恐らく予想通りと思いますが、織田信長からです。お姉ちゃんが『今日勉強したの~』と言っていたのを憶えています。たしか去年の事ですね」

 

 これは予想通りだな。

 

『織』田『信』長から取って、織信になり、読み方を変えてオリノブと。

 

頭から取るの好きだなー鷹島さん。

 

答えよりも、その時言っていたセリフの方が心配になるけど。

 

「しかしタエとは何から取ってるんだ? いろいろ考えたが答えが出ないぞ」

 

「タエは、お姉ちゃんにしては珍しく、少しだけひねってあるようですから。エジソンから取ったと言っていました」

 

 少し毒吐いてない? いろいろ困った姉を持って疲れがたまってるの?

 

「エジソン? トーマス・アルバ・エジソンだよな? タエなんてどこにも……」

 

 そういえば少しだけひねったって言ってた……な……っ!!

 

「英語表記か! Thomas Alva Edisonの頭文字を取ったのか!」

 

「ふふ、正解ですっ」

 

 一般的に言えばこちらの頭文字の方が普通なのに、ニアスの例があったせいで勘違いした!

 

『T』homas 『A』lva 『E』dison

 

で、TAE→タエか、なるほどな。

 

「はははっ! 本当センスあるよな、鷹島さんは! たしかに偉大な人物から名前を貰ってる!」

 

「お姉ちゃんは少しなんてものじゃなく、天然なところがあるので私は心配です。朝だってそうでしたよ」

 

 まだあるのか。

 

さすが妹、お姉ちゃんのことはよく知ってるんだな。

 

「朝どうしたんだ? そういや今日は鷹島さん遅れてきてたけど」

 

「恥ずかしながら、今日は少し寝坊しまして。私もお姉ちゃんも寝癖が付きやすいので、いつもは早く起きるんですけどね。家訓に、『朝ごはんはしっかりとる』というのがあり、そのせいで更に慌てまして」

 

 二人とも同じふわふわの髪だからな、寝癖付きやすそうだな。

 

鷹島さんは時々寝癖のまま学校に来ていたが、それはそれでクラスの女子に可愛がられていた。

 

「お姉ちゃんがすごく急いじゃってて、カバンはよく忘れてたんですけど、今日は服も着替えずに、パジャマのまま出そうになりまして。さすがに焦りました」

 

 カバン頻繁に忘れてんのかよ、妹がしっかり者に育つわけだよ。

 

「今日は何を思ったのか、カバンも持たずにパジャマのままでサンダルを履いていたので、最初、新聞でも取りに行くのかと思いました」

 

「もうっ、鷹島さんたらっ……お茶目だっ、くははっ」

 

「学校ではお姉ちゃんのことを見れないので、ちゃんと出来ているか心配なんです。天然なお姉ちゃんですが、これ本人に言うと怒るんですけどね、学校にいる時、見守るだけでもいいのでお姉ちゃんの事お願いできませんか?」

 

「こんなに楽しい時間を過ごせたんだ、喜んで引き受ける。彩葉ちゃんの頼みだしな、ふふっ。出来る限り協力するぜ」

 

 それからも鷹島さんの武勇伝合戦が繰り広げられた。

 

俺は学校でのこと、彩葉ちゃんは家であったことを喋りあっていたがネタが尽きない尽きない、いくらでも出てきて鷹島さんのすごさを再認識していた時の事。

 

 俺の肩からニアスが飛び降り、ビルとビルの間、狭い路地裏に入っていってしまった。

 

 明るい街とは切り離されているかのように、路地裏は暗く、汚い。

 

室外機が雑にどん、と置かれており、ビルの上の階からゴミでも放っているのか、ビニール袋に包まれたゴミが散乱している。

 

週刊誌や情報誌と思われるさまざまな雑誌が、十把ひとからげにビニールテープで縛られて、長い間放置されたのか、表紙などは判別できないほどだ。

 

街を歩く人達がポイ捨てしているのだろう、空き缶や空き瓶まで転がっていて、とても入りたいとは思えない空間と化している。

 

「ニアスっ! どこ行くのっ!」

 

 繋がれたままの彩葉ちゃんの右手を握って、追いかけようとするのを制止する。

 

こんな路地裏を走ったら、まずこけるだろう。

 

「待って彩葉ちゃん、俺が行くから君はここで……あぁいや、そんな必要もなさそうだ」

 

 俺が追いかけようとしたら、路地の奥の方から白いのが走ってきた。

 

白いのは当然、ニアスである。

 

「もうっ! ニアスあんまり心配かけないで! んぅ? なにくわえてるの?」

 

 ニアスはなにかをくわえて戻ってきた。

 

ゴキさんとかやめてくれよ? 俺、虫とか得意じゃないんだ。

 

「逢坂さん、これ、ニアスからのお礼みたいですっ! ニアス偉いね、ちゃんと恩を返せるんだ。私もなにか……」

 

 え、お礼? こいつやっぱり知性があるよな、絶対。

 

彩葉ちゃんがニアスから受け取り、俺に渡してくれた。

 

「うおぉ……マジか。……ニアス、お手柄だぜ……!」

 

 彩葉ちゃんの小さく柔らかい手から俺の手に移った、ニアスからの贈り物。

 

青白いひし形の、宝石のような石。

 

異世界のオーバーテクノロジー、ジュエルシード。

 

……発動する前のものは初めて見たな。

 

 ユーノに教えてもらっておいて助かった。

 

『単独でジュエルシードを見つけたはいいが、なのはがいなくて封印できない』なんていう無様をさらさぬよう、自然公園で教えてもらったがこんなに早く使うことになるとは。

 

俺は、なのはのように攻撃とともに封印、というのはできないから、あまり使う機会はないと思っていたのだが……なんでも学ぼうとするのは、自分を助けることになるようだ。

 

 何はともあれ、このジュエルシードが暴れだす前に封印することにしよう。

 

術式を構築して、魔力を通して、あとはコマンド。

 

「妙なる響き、光となれ……赦されざるものを、封印の輪に……」

 

 彩葉ちゃんはニアスとおしゃべりしているので、彩葉ちゃんに背を向けて気付かれないように、なるべく静かに発動キーを紡ぐ。

 

こういう時、俺の魔法色は透明で良かったと感じるぜ。

 

魔法を周りの人に気付かれずに行使できるんだから。

 

 封印は成功したようで、ジュエルシードの青白い光が弱く、薄くなり、消えた。

 

「よし、なんとかなったか……よかった」

 

 しかし、ニアスはジュエルシードに縁があるな。

 

たった一日で、二つのジュエルシードに触れるとか……エンカウント率高すぎだろう。

 

「ありがとうな、ニアス。うれしいよ」

 

 彩葉ちゃんの方へ向き直りニアスの頭を撫でると、『にゃあ』と嬉しそうに猫なで声をあげた。

 

貰ったはいいが、大事にできないのが残念だ。

 

明日にでも、レイハに保管してもらうことになるだろうからな。

 

「あ、あのっ、今は無理ですが……いつか私もっ、ちゃんとお礼しますからっ!」

 

「いやいや、無理しなくていいからな? 礼が欲しくてやったんじゃねぇんだから」

 

 これも家の教えなのか、鷹島さんも似たようなことを言ってた気がする。

 

相手から何かを貰うばかりではなく、助けてもらったんなら自分も相手に何かを返す、という考え方なのだろうか。

 

常識のように思えるが、実際そうできる人は少ない。

 

 俺の言葉を聞いても、どこか複雑そうな表情をしていた彩葉ちゃんは急に、ぱぁっと顔を明るくした。

 

『いい事考えたっ!』って顔だが、俺はにわかに不安感が増してきた。

 

「今すぐには恩を返せません。なので、仮払い? しておくことにします!」

 

 服を、くいくいっと引っ張りながら『しゃがんでくださいっ』という彩葉ちゃんに従い、視線を合わせる。

 

すると彩葉ちゃんはすすっと近づき、俺の頬に軽く口づけをした。

 

しゃがんでください、の時点で予想すべきだった。

 

「なっ……彩葉ちゃん、なな何をっ……」

 

「今はこれくらいでしか返せませんが、いずれちゃんとお礼しますからね? 待っててくださいね」

 

 さっきのだけで完済どころか、お釣りがくるくらいだぞ。

 

「さぁ、早く帰りましょう。ずいぶん遅い時間になってしまいました」

 

 本人はあまり深く考えていないのか、ちゃんと理解していないのか、それともこの子も姉と同様、ちょっと天然なのか?

 

さっきまでと変わらぬ口調で喋る彩葉ちゃん。

 

この子が大きくなって、俺なんかに『ほっぺにちゅー』をしたのを思い出して、恥ずかしくて死にたくなったりしなければいいんだが……。

 

そうならないよう、立派な大人になるように努力しなければっ!

 

 まだ頬に残る柔らかい感触を感じつつ、彩葉ちゃんに手を引かれて道を歩く。

 

さっきより歩くスピードがゆっくりなのは、気のせいだろうか。

 

 しかし記念すべき初頬ちゅーが、まさか小学三年生とは……これだけ抜粋すると犯罪者だな、俺。

 




前回の話でここまでやるつもりでしたが、妙に長くなってしまいました。

あと、これからプライベートの方が忙しくなるので、これまでのように安定したペースで投稿するというのは難しくなるかもです。

なるべく早く投稿できるよう努力していきます。




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