原作から離れたストーリーに果たして需要があるのかどうかはわかりませんが、読んでやるよという寛容な方はどうぞよろしくお願いします。
嘱託魔導師の認定試験を受け、その後ブガッティにエリーとあかねを奪われてから、およそ一週間。俺は二人を取り戻すため、クロノやリンディさんに協力を仰いで勉学や訓練に奮励し、その合間を縫って
クロノが調べてくれたところによると、アロンツォ・ブガッティのとんとん拍子の出世には後ろ暗いところがあると噂されている、らしい。ブガッティが魔法を使えないという点も、その栄進の不可解さを助長している。
魔法を使えない局員はそこそこの割合でいるらしいが、魔法を使える局員のほうが出世するスピードは圧倒的だ。有能な魔導師が集められる『海』ともなると殊更に。
立身栄達の差にも『海』と『陸』の
話の肝は、『海』のエリート魔導師に引けを取らないブガッティの出世の早さ。それは異常とも呼べることだった。
しかしまだ、関わっている職務が前線の指揮や部隊の管理統率なら、見合うだけの優れた能力があれば昇進できる可能性は残されている。事実、さほど能力の高くない部隊だったのに巧みに運用したことで最大限の戦果を叩き出して出世したという前例もある。
だが、ブガッティの仕事はそういったものでもない。まず本人が名乗った通りに古代遺物管理部に籍を置き、査問委員会なるものの委員長を務め、局員の装備品の開発に携わる部署や、ついこの間までは司法に関する部署にも出入りしていたとのデータも残っていた。
かなり手を広げているようだ。影響力もそれ相応に、といったところだろう。
とはいえ、管理局で早く昇進する局員は戦いに関連する魔導師ばかりのである。華々しい活躍や派手な印象を残すことはどこも難しいように思う。
ちなみに、管理局の各部署への出入りの履歴情報などが一介の嘱託魔導師に許されているわけはない。よって、いつも通りアースラのデータベースから不正アクセスして盗み
俺の話はさておいて。
有能さや仕事の成果をアピールする場がなければ上役に取り立ててもらうことはできない。ブガッティは魔法の才こそないが、現在の仕事の面においては優れた能力を持っているようだ。しかし、アピールする場がなかった。なのにどんどん昇進している。
そこを奇妙に思い、調べ進めると、さらにおかしなことが見つかった。
『おかしなこと』というより『おっかないこと』のほうが的を射ているかもしれない。
ブガッティの直近の上司、役職がすぐ上の人間という意味合いになるのだが、その上司たちの
偶然と呼ぶには、あまりにもブガッティに都合が良いように重なりすぎている。不可解を通り過ぎて因果関係があると断言できてしまいそうなほどだが、半端な年齢での自主退職も、時季外れの異動も、不祥事が理由の解雇も、不審な事故死すら、処理は適正に行われていた。以降、事故死について捜査されたなどと記述もなかった。
ブガッティは罪に問われていないどころか、疑われてすらいないようだ。
結果として、上司がいなくなって空いたポストにブガッティが座ってきていた。
本人の才覚もあるだろうが、ブガッティの出世の早さは
確実に、アロンツォ・ブガッティには裏がある。それも、黒よりもどす黒い裏が。
データベースのもっと深くまで調べてブガッティの裏の顔を暴きたかったが、集積されている情報の量に加えて閲覧制限がかかっているページも多く、手掛かりを掴むにはもう少し時間が必要なようだ。
*
エリーとあかねを取り戻すための条件として、執務官試験に合格する、というものがある。
この執務官試験がそもそも難関も難関、超難関。この執務官試験は筆記と実技の二つの試験があるらしいが、合格率は驚異の(あるいは脅威の)十五パーセント以下。しかもこれは一つ一つで十五パーセントなのだ。つまり筆記試験単品の合格率が十五パーセント、実技試験単品の合格率が十五パーセントなので、同時に受験して両方合格できる確率はさらに低くなる。
さらに恐ろしいことに、あくまでこれはエリーとあかねを助けるための最低条件なのだ。
執務官試験に合格するのがまず前提。肩書きを得て、エリーとあかねを任せてもらえるだけの信用を勝ち取らなければいけないのだが、これらに加えてもう一つ、実績も条件となっている。
実績に関してはどの程度の仕事をこなせば良い等といった基準のラインが明言されてない。任務の
ともあれ、はっきりと明文化されていなくても嘱託魔導師になれた今、まずはとにかく動き始めなければならない。
先週、ブガッティとの
そして本日、五月二十四日。依頼された任務を受けることになっている。アースラでも書類作成やデータの管理・整理など事務員さんみたいなお手伝いはしていたが、正式なルートからのお仕事は今日が初めてなのだ。
その任務の概要としてはこんなもの。
とある辺境の地にある街が荒くれ者の集団に襲われた。その荒くれ者たち自体は、先んじて派遣された空戦魔導師数人があらかた制圧したらしいが、街の中に荒くれ者の残党や住人が生き残っているかもしれない。仕事が山積みで多忙な空戦魔導師に街の調査をさせるほど余裕はないので、『陸』の魔導師たちとともに街の調査をして、荒くれ者たちが残っていればその掃討と、生存者の捜索と保護をしてこい。
要約すればだいたいこんな感じ。
結構な大人数で向かうらしく、アースラを三段階くらい劣化させたような、人員を送り込む以外の性能には目をつぶりましたみたいなお粗末な艦船に乗り込み移動。おそらく、野菜や果物を出荷するトラックよりも環境は悪い。アースラの快適さに慣れてしまっている俺には苦行であった。
目的地であるサンドギアという街の北に広がる平地に降り立ち、そこで今作戦の部隊の編成とメンバーとの顔合わせが行われる予定となっていた。
「……さて、そろそろ時間なわけだけど……」
顔合わせが行われる予定だったのだが、そこで見知った顔があった。
「よかった、僕も兄さんと同じ部隊に配置されたみたいですね」
「なんでこんなとこにいんの……ユーノ」
黄土色の髪と、女の子と見紛うほど整った顔立ち。小柄な身体に民族衣装を纏った少年。
ユーノ・スクライアが、そこにいた。
ユーノが第九十七管理外世界に、つまりは俺やなのはがいる地球にいたのは、遺跡から発掘されたロストロギアーージュエルシードを管理局へと輸送する際、
ユーノが抱えていた問題はもう解決しているのだ。ユーノ自身の魔導師的素質が高いせいで忘れそうになるが、専門は考古学で、本職は遺跡の発掘作業員。ジュエルシードの問題を解決して安全が確保されたのだから、元いた場所に戻るのも本人の自由だし、こんなに一緒にいたのにすぐ帰ってしまうなんて薄情だ、などと言うつもりもない。
事件が解決してこれからユーノはどうするんだろう、とここ最近考えていたけれど、今この場にいるということは、管理局に入局するということなのだろうか。
「僕がいる理由、ですか?だいたい兄さんと同じだと思いますが。あとは……そうですね、僕とクロノで喋ってる時にちょうど兄さんの話になったんです。兄さんが初めて任務に就くとか心配だなー、って」
「俺年下二人に心配されてたの?!」
「任務の内容自体はともかく、隊内での上下関係とか人間関係とか大丈夫かなー、って」
「しかも心配される内容は俺の人間性についてだったのか……」
「なのでタイミングもよかったので、クロノを通して僕も申請しておいたんです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……。だったら……あれか?俺を気遣ってお前はこの仕事を受けたってことか?内心めちゃくちゃ嬉しいけど、でも、これからの人生に関わってくることなんだからもっと自分本位に考えてくれよ。自分の選択の責任を取れるのは、自分以外にいないんだからな?」
わざわざ自分の時間を削って来てくれたユーノに対して素っ気ない上に厳しい物言いになってしまったが、それでもここだけははっきりと口にしておく。
『さよならだけが人生だ』とは言うが、やはりお別れするのは寂しい。寂しいけれど、そんな俺個人の感情で引き止めることはできないのだ。
仲が良いと、自分の道と同じ方向について来てほしいと思ってしまいがちになるが、きっと、それではいけないのだ。仲が良い相手ほど幸せになってもらいたい。たとえ頻繁に顔をあわせることができなくなってしまったとしても、本人にとって幸せになれる人生を歩んでほしい。
俺はユーノに、自身の夢や、やりたい事を押し殺してまで一緒にいてほしくない。
突き放したような言い方だったが、ユーノはくすくすと口を押さえて笑った。
どこに笑えるような要素があったのかと首を傾げる俺に、ユーノは平然と言う。
「すいません。兄さんのことだから、そういう注意をされるだろうなぁってクロノと一緒に話していたんです。やっぱり注意されちゃいました。でも僕、最初に言いましたよ?だいたいのところは兄さんと同じ理由だって。僕も……この繋がりを絶ちたくないんです。『知り合えた仲間とあっさり別れたくない。仲間に必要とされたい』。……安心してください、無理をしているわけではないですから。僕の理由も『ただの欲』ですから」
『知り合えた仲間とあっさり別れたくない』、『仲間に必要とされたい』、『ただの欲』。どこかで聞いたようなセリフだ。どこかで言ったようなセリフだ。というか、俺が口走った黒歴史だ。ひた隠しにしておきたかった赤っ恥だ。
汗がぐわっと出た。顔どころか全身が熱い。
わしっとユーノの頭を両手で掴む。これは追及せずにはいられない。
「なんでっ、お前もっ、知ってるんだよっ!あれからリンディさんにもクロノにも言い触らすなと口止めしたのに!」
「わわっ。なんでって……クロノが、嬉しそうに、言ってましたからっ。たぶんっ、もうアースラの人たちみんなに伝わってるんじゃないですかっ?」
「なんで約束破って言い触らしてんだあいつ!」
「僕が聞いたのはずいぶん前なのでっ、もしかしたら兄さんが口止めをする前だったかもっ、知れませ……ちょっ、兄さ……頭がぐらぐらしますっ!」
ユーノの頭から手を離し、今度は自分の頭を抱える。どうしよう、周囲の人の目が怖くてもうアースラに戻れない。こんな毒みたいにじわじわ効いてくるパワハラとかあるのかよ。
「みんなに伝えたくなるくらい、クロノも兄さんの言葉が嬉しかったんですよ」
「それは言い訳にも理由にもなんねえよ……」
「少しだけとはいえ僕のほうが付き合いが長いのに、クロノには言って僕には言ってくれないというのはちょっとだけ……ちょっとだけ、不満ですけど……」
「なんで拗ねてんの」
リンディさんだけではなく、アースラの局員さんたちにもこの話が知れ渡っているとかかなり恥ずかしいが、とりあえず近い将来の不安は脇に置くとしておこう。
「まぁ、ユーノが自分で決めてここにいるってんなら俺からはもうなにも言わねえよ。頼もしいし、いつ怪我しても大丈夫だしな」
「頼もしいと言われるのは嬉しいですけど、だからって無茶はしないでくださいよ?治癒魔法にも限界はあるんですから」
「おっけおっけ、だいじょぶだいじょぶ」
「あ、これは聞いてないやつですね」
俺の存在が影響してユーノが管理局に入ろうとしてるのならもう今一度考え直すように説くところだったが、話を聞く限りにはどうやらそれが全てでもないみたいだ。
ユーノは戦闘も行えるが、どうしても能力的に後衛に回る。がちがちの戦闘向けというわけではないので管理局内のどういった職種に就くのかわからないが、それでもユーノ自身が管理局で働くという道を選んだのなら、俺からあれこれと口を挟むべきではない。
もとより小言を言っていたのも心配だったからであって、文句などありはしなかったのだ。こうして共に働くことができてとても嬉しく感じているのもまた事実。
クロノと同様、ユーノとも長い付き合いになりそうで緩みそうになる表情筋を意識して引き締め、ユーノと一緒に指示された部隊の集合場所へと赴く。
「なにかほかの部隊とはちがいますね。おもに表情と年齢が」
「この人員の配置にはなんか意味があんのかね。たぶん平均年齢をグラフにしたら、俺らの班だけがくっと頭が下がってんだろうな。軽く十以上歳の差があると思うんだけど」
集合場所に到着したのだが、道すがら眺めていた他の部隊とは空気が異なる。他の部隊はだいたい二十代後半から三十代以上という外見の人が多かったのに比べて、俺とユーノがお世話になる部隊は(俺とユーノを含めて)経験の浅そうな若い人ばかりだ。不安げにきょろきょろとしている者も多い。二十代前半に見える『陸』の制服を着ている人の次に年長者にあたるのは、俺よりも二つ、三つくらい年上に見える、大きなケースを持っている背の高い人くらいだ。女の子もちらほらいるし、中には十代前半くらいの者もいる。いや、ユーノがいる時点でおそらくユーノが最年少だろうけれど。
「ここの部隊だけほとんどが外部からの補充みたいです。嘱託の魔導師や、あとは研修中の『海』の隊員が割り振られているみたいですね」
「え?『海』と『陸』で一緒に任務やってんの?仲悪いって聞いてたんだけど」
「あはは……まあ仲良くはないですね。そのわけがここにもあるんです。『海』の新米局員が『陸』の部隊に入って経験を積んで、一人前になったら出ていって『海』の職務につく……という流れだそうで」
「『海』のほうが過酷な仕事が多い……だから比較的安全な『陸』で場数を踏んでから、ってことか。そりゃ『陸』の人らは腹立つわ。どれだけ取り繕っても結局は踏み台にされてるわけだしな」
オブラートを突き破る俺の発言にユーノが苦笑いを浮かべた。
ちらと周囲を見やると、一人、目を引く隊員がいた。目を引くと言っても悪い意味でだが。
「俺ずっと気になってたんだけどな、なんでこの任務を取り仕切ってる『陸』の局員たちはみんな総じてだるそうなわけ?やる気がねえの?睡眠不足なの?数時間前に違う仕事をこなしてきたの?おなか痛いの?」
唯一の二十代前半の局員。かすかに彩飾された制服から察するに部隊長さんなのだろう。その局員さんを視界の端に入れながらユーノに質問する。
面倒な役割を命令された部下みたいな不満げな顔と、真剣味皆無な態度のこの局員さん。もしかしたらこれから戦闘があるかもしれない場所へと向かう部隊、そのリーダーとは到底見受けられない体たらくに、俺も不安がいや増してくる。
「おなか痛いって子どもですか。たぶんですけど……もっと大きな事件を担当したいんじゃないですか?」
話の内容が内容なので、声のボリュームを絞ってユーノが囁く。近くに
ユーノの推測に、俺は呆れながら返す。
「なんだそれ……。つうか今回のお仕事は大きくねえの?」
「よくあるらしいですよ。その名の通り、管理局が管理している地域はとても広いので、今日くらいの任務は多いんです。そして一番評価される部分、ならず者の制圧という華やかな部分のお仕事はすでに空戦魔導師が持って行っています。残っているのは調査だけ。もちろん生存者の捜索は大事なことなんですけど、これをがんばったところで一気に昇進が近づくわけでもないんです。『陸』の人たちのモチベーションの低さはそういう理由かと」
「ほぉう……華々しいお仕事を回してもらえなくて出世できないから、と。気持ちはわからんでもないけど、なんかなあ……」
ここまでくれば、この二十歳そこそこの部隊長さんがなぜこんなにも無気力なのか推測できる。
おそらく、先輩にひよっこの新米たち(俺たちのこと)の指揮を押し付けられたのだ。上司に命令されて、断ることもできずに今に至るってとこだろう。常識に照らし合わせると、新人の監督指導をこそ上司や先輩など経験豊かな人が担うべきだと思うが。
「おう、注目」
合計十人ほどか。周囲に人が集まると隊長さんは実に緩慢な動きで立ち上がり(驚くべきことにこの人、手近にあった大きめの石の上に座っていたのだ)、覇気のない声をあげた。隊のメンバーの視線が集まったかどうかも確認せずに続ける。
「俺はこれから今回の任務の司令官と他んとこの隊長たちと、街のどこの地区を担当するかのミーティング行ってくっから、適当に顔合わせやっとけよ」
注意して耳を
隊長さんが足を向けている方向、その先へと視線を送ると、妙に大きな天幕が張られていた。天幕の入口には局員が二人
「なんなの、あの腑抜け。真面目にやろうって気がかけらも見えないんだけど!」
なんか段取り悪くないか、と心配になったのは俺だけではなかったようだ。
声の主を見やる。まだ幼さを残す女の子だった。
気の強さを表すように少しつり上がった
あごを引いて睨みつけるような視線で腕を組んでいるその少女は、むすっと唇を尖らせていた。
一応は上司にあたる隊長さんに対してなかなか切れ味鋭く切り込んでいくなー、と俺が呆気に取られていると、少女の連れらしき少年が少女の口を押さえた。もっとも、少年が話し始める前に、少女のほうは口を押さえていた少年の手を振り払ってしまったが。
「や、やめなよ、アサレア……。僕たちの部隊の隊長さんなんだから、そんな言い方はだめだよ……。それに、周りの人にも聞こえちゃうし……」
「かまわないわ!きっとこの有象無象たちも同じこと思ってるでしょ!」
少年から顔を背けて指先で頬をなでながら、アサレアと呼ばれた少女はわりと大声で言う。空気が若干ぴりっとした。
なんとまあ、言葉を選ばない子だ。
「だ、だから、これから一緒に仕事する人たちにそんな言い方は……」
「もうっ、うるさいわね!クレインはいつも人の顔色ばっかり見すぎなの!こういう実力主義の世界じゃあね、我を張らないと上に立てないのよ!」
男の子のほうはクレインというらしい。
耳にかかる程度の深い赤色の髪、端整な顔立ち、穏やかさを引き立てる垂れがちの目尻。アサレアちゃんと並ぶと、クレインくんの優しげな雰囲気が際立つ。
しかし、なんだろうか。この少年少女を目にするのは初めてのはずなのに、奇妙な
「アサレアが我が儘すぎるんだよ……。レイジ兄さんはそんな自分勝手なことをしろなんて言ってなかったし……」
「このあんぽんたん!そのレイ
「……目立たなきゃいけないっていう理屈はわかるけど、それと失礼なことを言うのとはまた違うよ……」
「ううううるさいっ!」
レイジという名でぴんときた。
俺は十人弱の人間の集まりの中でぽっかりと孤立している二人に歩み寄る。
「なあ、君た……」
「なっ……なにゅよっ!な、なんか文きゅあったわけ!?ぜんぶじ事実なん、なんだからっ!わたしは優秀なのよっ!こんなとこでくすぶってるあんたらとちぎゃって!……ちがって!」
「す、すいませんっ!本当にすいませんっ……アサレアいい加減にして!謝りなさい!」
「なによっ!兄貴面しないで!ほんの少し早く産まれたくらいで!」
「え、いや……」
大胆なことを大声で話していた途中にいきなり俺が割って入ってしまったので、どうやら二人は怒られると思ったらしい。アサレアという少女は動揺し、クレインという少年は萎縮してしまった。
違うんだ。俺は別に怒ろう、驚かそうというつもりはなかったんだ。『君たちもしかして』と声をかけようとしただけなんだ。というか、少年少女の過剰なリアクションに、逆に俺が驚いたくらいだ。
明らかに年下の男の子と女の子を怯えさせる目つきの悪い男の図のおかげで、これまで遠巻きで二人を疎ましそうに眺めていた他の隊員は鮮やかに手のひらを返し、なんだあいつ大人げないな、みたいな白眼を俺にぶつけてくる。
やめろ、俺が悪いみたいな空気を作ろうとするな。というかユーノも俺から距離を取って自分は無関係ですみたいな雰囲気を
「わ、わたしっ、謝らない……からっ!ま、まちがったこと、言ってないもん!」
「ばか、アサレア!…………怖い人だったらどうするの……っ!」
クレイン少年がアサレア少女を
このままだと、年下二人をいじめてる最低野郎として俺の人格評価が底を割ってしまいそうだ。これ以上俺の評判を悪くしないため、そして話を進めるため、努めて穏やかな声で二人に対する。
「大丈夫だから、怒るつもりも叱るつもりもないから、とりあえずちょっと落ち着いてくれ。もしかしたら知り合いの関係者かもしれないと思って話しかけただけなんだ」
そもそも俺は、アサレアちゃんの不敵な振る舞いに関して特になにも気にしていない。もちろん同じ部隊のメンバー相手に礼節を欠いた発言は口に出すべきではなかったし、少なからず思うところがあっても可能な限り心の中に留めておくべきだった。そういった点では、アサレアちゃんの態度は改めたほうがいいし、大人が注意なり忠告なりしなければならない。
でも、アサレアちゃんの角度によっては横柄にも捉えられかねない言動は、その実、演技みたいなものなのだ。
彼女はまだ経験が浅いのか、もしくは俺と同じく今日が初の任務なのだろう。優秀だなんだと嘯くのもーー本当に優秀なのかもしれないけれどーー不安や動揺、自信のなさを隠すためのビッグマウスだ。自分ならできると奮い立たせるための自己暗示に近い。
そういう深層心理が身体の動きにも表出していた。
必死に強がって弱音を隠そうとしている姿勢に、すこし好感を覚えたくらいだ。大きな犬に立ち向かう仔猫みたいな可愛さがある。
「誰よ!わたしはあんたみたいな犯罪者面に知り合いなんていないんだから!」
可愛さはあるが、この仔猫は舌に毒でも持っているようだ。ひたすら口が悪い。
一応、出来得る限りの親しみやすいお兄さんを演じたのだが、やはり慣れないことはしないほうがいい。俺の心遣いは少女に届かなかったようだ。
「いい加減にして、アサレア。ちょっと頭冷やして。……すいませんでしたっ、妹が失礼なことばかり……」
アサレアちゃんを背中で押し出しながらクレインくんが俺の正面に立つ。申し訳なさそうに頭を下げた。
会話を盗み聴いている限りでは、この二人は兄妹らしい。苦労性なお兄ちゃんだ。困った姉を持つ俺としては同情の念を禁じ得ない。
「いや、いいって。……たしかに多少傷つきはしたけど。そういえば名乗ってもいなかった。俺は逢坂徹。そんであそこにいる小さいのが……」
「僕はユーノ・スクライアといいます!兄さんが前衛、僕が後衛のツーマンセルでやってます!」
「……いきなり戻ってきた上に大胆な嘘をついてんじゃねえ」
「えっと……ご兄弟ですか?あまり、その……」
「顔は似てないんです。よく言われるんですよ!」
「なにさらっとでまかせ言ってんだ。だいぶ久しぶりに言うけど兄弟じゃないからな」
一番助けてほしい時に見捨ててくれやがったユーノの頭をわしわしする。
当のユーノはなにが楽しいのか笑っていた。いったい誰の影響か、ずいぶんしたたかになったものである。
「そんで、君がクレインくんで、後ろの女の子がアサレアちゃんでいいんだよな?」
「っ!なんで名前知ってるのよ!」
「いやいや、あんだけ騒いでりゃ会話の内容も聞こえるって」
「盗み聞きしてたのね!?この変質し……」
「頭冷やしててって言ったでしょ。落ち着くまで黙ってて」
クレインくんに叱られたアサレアちゃんは深く気にしたふうもなく、しかしぶつぶつと文句を呟きながらではあるがクレインくんの背後に戻った。
なんだかとんでもない冤罪をアサレアちゃんから被せられそうになった気がする。
「二人とも、レイジ・ウィルキンソンって人のこと知ってる?」
俺がそう尋ねると、クレインくんは驚愕に目を見開いた。後ろにいるアサレアちゃんの耳もぴくっ、と反応した。本当に猫みたいだ。
「知ってます!知ってるというか家族です!ぼくたちの兄なんです!」
「やっぱりそうだったんだな。髪の色とか顔の作りとか似てるなって思ったんだ。決め手はレイジさんの名前が出たからだけどな」
「あ、ほんとに似てますね。顔かたちもそうですけどクレインさんは雰囲気がとてもレイジさんに似ています。それにしても、レイジさんにはご兄弟がいたんですね。知らなかったです」
「プライベートな話を率先してするタイプでもないだろ。でも、今思えばレイジさんのあの面倒見の良さは弟や妹がいたからなんだろうな。なんか納得したわ」
「……ところでお二人はどこで兄と面識を?」
「どう言えばいいんだろうな……ちょっと前に俺と、あとユーノも、とある事件に関わったことがあるんだけど、その時に世話になったんだ。まさかこんなところでレイジさんの兄妹と一緒に仕事することになるとは……」
「こんな巡り合わせもあるんですねー」
「……なあ、ユーノ」
「なんですか?」
ふと気にかかることがあり、ユーノに耳打ちする。
「……このウィルキンソン兄妹も、クロノの差配だったりしねえかな?」
「……さすがにそこまではしないんじゃないですか?いくらクロノといっても、やれることには限りがあるでしょうし」
ユーノの一件もあるので、これもクロノが根回しというか、手を回していたのかと一瞬勘繰ってしまった。さすがにそこまではしないか。
そこからしばらくウィルキンソン兄妹と雑談していた。といっても
俺の乏しいコミュニケーション能力を遺憾なく発揮していると、こちらに歩いてくる人影があった。
俺よりも十センチ以上高い身長、すらりとした細身のシルエットはファッション誌からそのまま出てきたかのようだ。スタイルだけではなく、
右手になにやら大きなケースを持っているその人は、俳優や女優なんかよりも自然に微笑み、くすみのない真っ白な歯を嫌味なんて感じさせずに見せながら、
「こっちには可愛い男の子がたくさんいるわねぇ。私もご一緒していいかしらん?」
女性か男性かわからなかったが、どうやらどちらも不正解のようだ。
「……ってオネエじゃないのっ!」
とても強烈な衝撃が走って返事ができなかった俺やユーノやクレインくんのかわりに、みんなが思っていたことをはっきりくっきりドストレートにアサレアちゃんが代弁してくれた。
その正直すぎる感想に、
「なによ、悪いの?言っときますけど、身体は男でも中身はお嬢ちゃんより女らしいわよ」
「そ、そんなのわかんないじゃないっ!わたしがどれくらい女子力高いかなんて、あんたは知らないでしょ!」
「そうやって大声張り上げてる時点で女子力なんてたかが知れるわぁ、お嬢ちゃん?」
「こんっの男はっ!」
「そんな呼び方やめてほしいわぁ。私のことは親しみを込めて『ランちゃん』って呼んでちょうだいな」
「なにがランちゃんよ!二メートル近いでか男のくせに!」
「二メートルもないわぁ、百九十二センチよ」
「そんなのわたしから見たらたいして変わんないわよ!」
「そうね、お嬢ちゃんはちんまいものね。いろいろと……」
「どこ見て言ったの!わたしのどこを見てちんまいと言ったのよぉ!」
アサレアちゃんは寂しい胸元を手で隠しながら目を剥いた。魔法の素質に自信はあっても、プロポーションには自信がなかったようだ。
なんかもう状況がよく分からないけど、この自称『ランちゃん』さん、すごい。デフォルトで言葉にとげがついてくるアサレアちゃんを手玉に取っている。手玉に取ってるところもすごいんだけど、それ以外にもなんかこう、パンチが強い。アクが強いとも言える。
「……兄さん、とても濃厚な個性を持った人がきましたよ」
「濃厚な個性……言い得て妙だな。あんまり今の話題に関わりたくないけど収拾つかなくなるからどうにかするか……」
ちょっとした覚悟をしながらアサレアちゃんと『ランちゃん』さんの舌戦に介入する。
「アサレアちゃん、ちょっとクールダウンしようか。ここで騒ぎすぎて目をつけられても損するだけだぞ?」
「なによ!わたしはずっとクールなんだから!大人なんだから!」
「今のところクールで大人な要素は見受けられないんだけど……まぁ、大丈夫だって。気にしなくてもいいんだよ」
「なにがよ!はっきりと言いなさい!」
「十六から十八歳くらいで急に胸が膨らんだっていう実例を俺は見たことがあるから、まだ若いアサレアちゃんが悲観する必要は……」
「うっさいわぁっ!」
ちんまいアサレアちゃんの右ストレートが俺の腹部に食い込んだ。なるほど、大口を叩くだけの実力を彼女は持っているらしい。
『悲観なんてしてないわよぉっ!うあぁぁんっ』と叫び声を残し、アサレアちゃんはどこかへ走り去ってしまった。クレインくんは俺に苦み走った笑顔を見せて会釈し、アサレアちゃんを追いかけた。
君の成長はまだまだこれからだよ、という意味で元気づけようと思ったのだがどうやら失敗したらしい。年頃の女の子はどうにも気難しい。
「あのお嬢ちゃん、いい拳持ってるわねぇ。……徹ちゃん、大丈夫?」
油断していたところにアサレアちゃんからもらった一撃で俺が膝をついていると、濃厚な個性を持った人こと『ランちゃん』さんが手を差し伸べてくれた。それは細くて長い指だったが、やはり男らしいがっしりとして大きな手だった。
「あ、ありがとうございます。俺の名前知ってるってことは、やっぱり俺たちの会話はそちらにまで聞こえてたんですか?」
「ええ。とても賑やかだったもの。後は、徹ちゃんたちの他に喋っている人がいなかったというのもあるわねぇ」
口元を隠しながら『ランちゃん』さんは、陰気でいやになっちゃうわ、と笑った。その仕草は板についていて品があったが、やっぱり声は低かった。
「い、一応改めて自己紹介を……。俺は逢坂徹です。後ろのちっこいのはユーノ・スクライア。あなたは?」
目の前の彼が俺よりも年上だろうことはわかるし身長の差もあるが、それにしても妙に気圧される。あと背中に変な汗をかく。
「私、ファーストネームもファミリーネームも好きじゃないのよ。……ランドルフ・シャフツベリーって名前だけど、是非ともランちゃんって呼んでちょうだい。間違ってもドルフなんて呼んじゃダメよ?」
ばちんとウィンクまで飛ばしてきたのだが、その姿に無性に鳥肌が立つ。無言で即座に頷いた。
話を切り替えるためにあたりに目を配る。彼が手に持っている大きなケースが、一際異彩を放っていた。
「ランドル……」
「……………………」
ランドルフさんと呼びそうになったら物凄い形相をされた。暗く澱んだ目に屈し、速やかに訂正する。
「……ランちゃんさん」
「よろしい。あ、さんはつけなくていいわよ?ついでに敬語もいらないわぁ」
だって敬語だと仲良くなれないもの、と照れたように身をくねらせながらランちゃんが言う。対する俺は乾いた笑いしか出なかった。
「……そんじゃ楽にやらせてもらおうかな。それで……ランちゃん。その大きなケースってなにが入ってるわけ?」
「これ?デバイスみたいなものよ。大型のねぇ。重いし大きいし、取り回しはしづらいけど、そのデメリットを補うだけのメリットもあるの。ま、できるだけ使う機会がないほうがいいものだけど」
ランちゃんは軽そうに持っているが、ケースの大きさは縦百センチ、横五十センチ、幅も二十センチ弱はあるだろう。ケースの重量だけでも相当なものになりそうだ。それを片手でこともなさげに持っているランちゃんは、かなり屈強といえる。
「徹ちゃんから、なにか悪い気配を感じたわ」
「そそそんなことないない、気のせい気のせい」
「そうかしら……あら、部隊長さんが戻ってきたわね」
ランちゃんが目線を俺からずらす。
その目線を追いかけると、遠くに隊長同士の会議に出ていた俺たちの部隊の隊長さんが戻ってきていた。
「……なんか、あんまりいい予感はしないな。隊長さんの顔を見る限りには」
「あら、徹ちゃん、気が合うわね。私も同感よん」
隊長さんはミーティングに行く前の無気力な表情から、不機嫌なものへとシフトチェンジしていた。
隊長さんは俺たちの近くまで歩いてくると立ち止まり、軽く周囲を見渡す。部隊の全員がいるか確認している様子だ。
まだウィルキンソン兄妹が席を外してるんじゃなかろうかと少し焦ったが、二人はちゃんと戻ってきていた。アサレアちゃんの腹の虫は多少落ち着いたようだ。
安心する俺の耳に、隊長さんの声が届いた。
「貴様ら、喜べ。我々が一番槍の誉れを
どうやら愉快な皮肉を効かせた作戦になるらしい。