そんな結末認めない。   作:にいるあらと

122 / 195
お久しぶりです。一年以上、二年近く経ってしまっていますが、今更ながら再び書き始めようかな、などと厚かましく考えております。
感想を見て、とても元気をもらいました。感想の一つ一つが、僕の砕け散った心をつなぎ合わせてくれました。感想をくれた方々、それだけではなくこのお話を読んでくれていた方々、ありがとうございます。
シナリオですが、無印編と二期の間が作中でけっこう時間が開いていることから、繋ぎのお話を差し込むことにしました。そのためここからオリジナルの要素も増してくると思います。ご容赦ください。
感想欄で多く寄せられていました後日談については、一応書き進めてはいます。話に組み込まれているので後日談と呼んでいいかは疑問ですけれど。
あとですね、以前使っていたパソコンがぶっ壊れてしまいましてですね、行の頭とか感嘆符や疑問符のあとに空白を入れる等、書き方の仕様が変わっています。申し訳ないですけど、ご理解ください。
どこまで続けられるか自信がありませんが、出来る限り頑張ろうと思っています。あらためて、よろしくお願いします。




魔法少女リリカルなのは 幕間編 第一章
決意表明


本日のメニューは、豚の角煮と鰆のムニエル、小龍包とパエリア、特製ドレッシングのシーザーサラダ、ボルシチというラインナップで、ずいぶんと多国籍な食卓となりそうだ。というのも、これらすべては我が姉、逢坂真守の好物であり、今回の一件についての謝罪を兼ねた晩餐なのである。おかげで、まだ調理を始めていないというのに材料だけで台所はしっちゃかめっちゃかの様相を呈していた。

 

「さて、どれから手をつけたものか……」

 

正直、ちゃんと作ろうとすればどれか一つでも相当に手間がかかる料理ばかりなのだが、こればっかりはぼやいても仕方ない。やるしかないのだ。これで許してくれるのなら安いものである。

 

「フェイトちゃんとアリシアちゃん、やったっけ?徹が助けた子らって」

 

リビングダイニングのソファで寝っ転がっている姉ちゃんが口にする。フェイトとアリシアの名前を出した時点で自明であるが、俺はもう全てを説明した。

 

四月十五日から始まった、長いようで短く、短いようで長かった一件を。

 

 

アースラの医務室で目覚めて、ユーノに気苦労を負わせ、クロノに友愛の名を借りた説教を散々受け、リンディさんにべったべたに甘やかされて慰められたのが五月五日。今日はその翌日だ。

 

正直なところ、前日の五月五日の覚醒時点で体調にそれほど深刻な症状はでなかった。時の庭園での戦闘による負傷と疲労が、いかに治癒魔法といえど短時間でここまで綺麗に癒えるとは到底思えないので、エリーとあかねが何らかの処置をしてくれたのだろう。

 

なにはともあれ、動くだけならすぐにでも動ける状態だった。だったのだが、クロノとリンディさんが急に体調が悪化するかもしれないからと強く言って留めてきたので、様子見ということで昨日は医務室に泊まらせてもらった。

 

そして本日、五月六日の朝のこと。医務官さんに身体に異常がないかどうかを診察してもらった。なぜかその際、徹夜が続いているのか目元の隈を濃くしているクロノと、ぽやぽやとした母性全開で慈愛顔を携えたリンディも立ち会っていた。

 

リンディさんは艦長という立場もあって事後処理が山のようにあるだろうし、クロノは溜まっている仕事に忙殺されているのが目に見えていたのだが、俺の斜め後ろくらいに立って診察風景を眺めていた。俺が心細くならないようにという配慮だったのかもしれないが、付き添いをするくらいなら少しでも休んでほしい。俺の身より二人の健康のほうが心配だ。

 

魔法や機械類による検査の結果、前もって聞かされていた魔法適性二つ(射撃魔法と魔力付与魔法)と左目以外に特段の異状は見受けられなかった。ただ、疲弊しきったリンカーコアも、負った手傷も回復していたことには医務官さんが首を傾げていた。そりゃまあ不思議でしょうね、本人ですら不思議でいっぱいなのだから。

 

こうして医務官さんから『もう大丈夫』とのお墨付きを得た俺は、体調の悪化を懸念してもう数日ほどアースラで休んでいたらどうか、と言うハラオウン親子のご厚意を謹んで辞退し、強引に退艦する運びとした。

 

したのだが。帰り際にクロノとお喋りしたり、いっそ過剰なほど世話を焼こうとするリンディさんに捕まったり、エイミィとセキュリティ関連の議論をしていたりするうちに時間が経ってしまい、自分の世界に降り立った頃にはすでに太陽は真上を通り過ぎていた。

 

昼食は食べ損ねたのでどこか適当な店で腹を満たそうかとも考えたが、これ以上姉ちゃんを待たせるわけにはいかないと思い直し、道草も食わず帰路についた。

 

そして。

 

想像通りに家にいてくれた姉に、想像以上に負担をかけてしまっていた姉に、すべてを打ち明けた。

 

ユーノと出逢い、ロストロギアと呼ばれる異世界のロストテクノロジーをなのはとともに集めていたことを。異なる文化と技術を持つ世界のことを。数多ある世界を平穏に保つためにそれらを管理監督する組織があることを。

 

そしてフェイトのこと。プレシアさんのこと。アリシアのこと。俺が首を突っ込んでいたことの次第を、あまねく、もれなく、すべからく説明した。

 

とつとつと語る俺に、姉ちゃんは驚いて、戸惑って、怒って、心配して、悲しんで、叱って、でも最後まで聞いてくれた。語り終えた時には安堵して、喜んで、労って、複雑そうな顔をしながらも頭を撫でて褒めてくれた。

 

それで俺が『今まで黙っていたことについて謝る』と言ったら『好きなご飯いっぱい作って!そんなら許す!』と返してきた。そんな経緯があり、舞台をキッチンに移して格闘しているのである。

 

おそらく謝罪をご馳走というわかりやすい形にすり替えることで長引かないようにしたのだろう。気が利く姉である。

 

「そう。お姉ちゃんがアリシアで、妹がフェイト。双子みたいなもん」

 

姉ちゃんは暗い雰囲気を早々に払拭したいようだったので、その気遣いに乗っかって俺もつとめて明るく返事をした。

 

「めっちゃかわええんやろ?ごたごたが落ち着いたら家に呼んでぇや。お友だちになりたい!仲よくしたい!愛でたいっ!」

 

これも場の雰囲気を明るくする一環のジョークだと信じたい。

 

「結局それが目的かよ。撫でくりまわしたいだけだろ……。アリシアには家に遊びにくるように約束したけど、まだまだ時間はかかると思うよ。アリシアが外を出歩くには体調面で万全を期したほうがいいだろうし、いろいろ後処理とか手続きとかあるだろうし」

 

「そっかぁ……。よし、徹。その二人がすぐ遊びにこれるように協力してあげなさい!」

 

「言われるまでもなく協力するつもりではあったけどそういう言い方されると無性に癪だなー」

 

姉ちゃんにそう返しつつ、作業は止めない。幸いにも焼き物だったり煮込み料理だったりと、やろうと思えば並列調理が可能だった。腕がもう一対欲しいところではあるが。

 

「それにえっと……関数空間やったっけ?」

 

「言いたいことは伝わるけども。虚数空間な」

 

「そう、それ!いっぺんに専門用語並べてきてんもん、ごっちゃなるわ」

 

「なんか数学っぽい単語だってことだけは憶えてたんだな。で、虚数空間がどうしたの?」

 

「フェイトちゃんたちの家、っていうかお城?はその虚数空間にあって、そんで崩れて今はもうなくなってもうたんやろ?住むとこないんやったらこの際うちに住んだらええんちゃうの?部屋やったら余っとるし」

 

「いったいなにがどう『この際』なのか……」

 

「なんや、徹はいやなん?」

 

「いやじゃないけど。むしろ住んでほしいくらいだけど」

 

「せやったらええやん。呼ぼうや」

 

さすがに肉やら野菜やらを切る手を止めて、リビングのソファでだらけている姉ちゃんに振り返った。

 

泣き腫らした赤い目と、ぼさぼさに乱れた髪が痛々しくて、罪悪感に胸が軋んだ。

 

「……そうなったらいいんだけど、そんな簡単なもんじゃないんだってば。一応三つの大きな罪は擦れ違いから生じた誤解だったってことにして誤魔化したけど、まだいろいろ残ってんの。今回の一件の範疇でさえ細々とした違反はまだいくつかあるらしいし、それ以前のも含めれば相当数が手付かずで放置されてる。すぐに管理局の監視を外して無罪放免にはならないよ」

 

俺の答えは姉ちゃんのお気に召さなかったようで、むすっと頬を膨らませてクッションを抱き寄せ、ぎゅむっとかかえた。クッションを絞めている、と表現してもいいくらいの圧力だ。

 

「じゃあこれからフェイトちゃんたちはどうやって過ごすん?監獄みたいなところで四六時中悪いことせぇへんか見張られながら生活するって言うん?」

 

「いや、納得いかないっていくら何でも投げやりすぎるよ、その考え方。べつにそんなことにはならないって。なんか時空管理局に協力したら、執行猶予と司法取引のごった煮みたいな制度でわりかし自由は確保できるようになるらしい」

 

「なんやそれ、ずいぶんふわふわした仕組みやな」

 

「解釈しやすいように噛み砕いて憶えてるだけだからな。実際はもうちょっとちゃんとした言い回しで説明してくれた。まあそんな感じの仕組みがあるってことがわかればそれでいいんだけど。それで、プレシアさんやフェイトたちの動向を把握する監察官……後見人も、今回の件で世話をかけた時空管理局の人、リンディさんが引き受けてくれるって言ってくれた。だから窮屈な思いはしないで済むと思うよ」

 

「おぉっ!それはええことやな!徹を助けてくれたその時空管理局とやらの組織の人には、いつか会うてちゃんとお礼言わなあかんなぁ。でもその立派な役職についてるらしい人が後見人についてくれるんやったら、フェイトちゃんとアリシアちゃんもすぐに家に泊まりに、ひいてはここで暮らせるようにも……」

 

きらきらと輝かんばかりの笑顔で言う姉ちゃんに背を向けて、晩御飯の準備に戻る。現実的な話をしようにも、無数の星を散らしたような瞳を直視しながらではできなかった。

 

目をそらした俺は、オーブンを見ながらフライパンを揺らしながら鍋の灰汁を取りながら、姉ちゃんが期待を膨らませる前に釘を刺しておく。

 

「それでも……もう再犯の恐れなしと判断されるまでは、模範的に日常を過ごして仕事をこなして信頼を勝ち取らないといけないんだろうな」

 

「なんでやぁっ!」

 

切れるまでが早すぎる。

 

ぷっちんした姉ちゃんは抱きしめていたクッションを俺に投げつけてきた。クッションを足蹴にして姉ちゃんのもとまで返す。気持ちはわかるが理不尽だ。

 

「いや、そりゃそうだろ。上層部の人間が、まだなんの実績も役職もない、以前ちょみっと悪いことをした魔導師を一般人の家に監視もつけずに送り出すなんて許すわけないっての」

 

「それやったら後見人の人も一緒に泊まったらええやんかぁっ!」

 

「その後見人がすごい忙しい人なんだよ。今回のことだって、他にたくさん仕事があるのに全面協力してくれてるんだ。こっちの都合でせっかくの数少ない休日を潰させるわけにはいかないでしょ。そもそもプレシアさんやフェイトたちが受け入れてくれるかどうかもわかってないのに」

 

「むぐぐぅ……」

 

姉ちゃんは小さい両手を握りしめてぷるぷるし始めた。理解もできるし納得もできているけどそれでも認めたくはないのだろう。どれだけテスタロッサ家の美少女姉妹に会いたいんだ、この姉は。

 

しばらく背中で姉の唸り声を聞いていたが、急に止まった。と同時に、クイズ番組の回答ボタンを押したときに発生する、ぴこんっというような効果音を幻聴する。

 

「はっ!ひらめいたっ!」

 

いやな予感しかしない。いやな、予感しか、しない。

 

「……一応訊いてあげよう、何を閃いたの?」

 

「徹が、管理局?ってとこのえらい人から信頼されて任されるくらいの立場になればええんや!」

 

どうしよう、理解も解釈も追いつかない。

 

「えっと……つまりどういうこと?」

 

「だぁ・かぁ・らぁ」

 

細い指を三回振って、出来の悪い生徒にわかりやすく解説する女教師みたいな真似をしだした。激しくいらっとする。マサイ族クラスの視力のくせして眼鏡をあげる仕草までした。もちろん眼鏡などかけたことはない。甚だしくいらっとする。

 

「協力してもらった徹が、今度は時空管理局の人たちに協力すんの!助けてもらった恩返しができるし、信頼されて仕事を任せてもらえるようになったらフェイトちゃんやアリシアちゃんやプレシアさん?の助けにもなるやろ?」

 

突拍子もないことを言い出すわりに存外メリットが多いから、この姉は手に負えない。

 

たしかにクロノやリンディさんには報いるべき恩が、いや、その二人だけじゃない。アースラの乗務員全員に恩義がある。

 

やむにやまれぬ事情があったとはいえ、プレシアさんたちはアースラの乗組員全員に迷惑をかけた。魔法という技術が認知されていない世界で堂々と魔法を行使してみたり、アースラの情報処理システムにハッキングを仕掛けてみたり、アースラに直接雷撃をぶちこんでみたりと、こうして列挙してみればかなりやらかしてしまっている。普段から職務に追われている彼らにわんこそば感覚でさらに仕事を送り込んでいったのだ。

 

怒りを買ってもおかしくないのに、むしろ当然なくらいなのに、アースラの人たちは快くプレシアさんたちを受け入れてくれた。彼女たちを救うために立ち上がってくれた。尽力してくれた。

 

その厚意に、その善意に、その義侠心に、どうにかして報いたいと胸の片隅でずっと考えていた。

 

考えていた、けれど。

 

「……難しいかな。予想以上にいい提案ではあったけど」

 

手伝えることなら手伝いたい。しかし、今の俺に、一体何ができるというのだろうか。

 

あえてこの単語を使おう。そもそも俺は『才能』のある方ではなかった。

 

これまでなんとかなったのは、無色透明という一風変わった魔力色が偶然、本当にただ偶然備わっていたからだ。相手に対しても自分に対しても、だましだまし使っていただけ。残りの要因は行き当たりばったりなその場しのぎの勢いと、ひらめき頼りの大博打だ。まあ、それだけやってもまともに勝利を納めた記憶はないのだが。

 

「ちょっと前ならまだしも、今の俺じゃあなにもできない。仕事場を荒らすだけになる。邪魔をするだけだろうな」

 

ぐらぐらと煮える鍋を見つめながら、呟いた。半ば以上、自分に向けて放った言葉だった。

 

昨日、リンディさんに慰めてもらったときは何か別の手段で代用すればいい、なんて(うそぶ)いてみたけれど、その代替案がまるで浮かばない。

 

いつものように思考が回らない。歯車が噛み合っていない。気持ちだけが空回りし続ける。

 

そんな俺の頭に、突然衝撃が走る。

 

「こんのっ、あほぉっ!」

 

「いだぁっ?!」

 

物理的な衝撃だった。後頭部を痛打した淡いピンク色をした小さななにかは空中で高速回転し、やがて重力に従って落下し始めた。肉を煮込んでいる鍋に入りかけた投擲物(とうてきぶつ)を右目で視認した俺は、慌てて右手を伸ばす。

 

左目に暗幕がかかっているせいで距離の感覚が鈍い俺だが、何度かお手玉したのちにキャッチに成功した。

 

姉ちゃんの威勢のいい掛け声とともに投げ放たれたのは、テーブルに置かれた小物入れに入っているはずのリップクリームだった。小さい子向けのイチゴ風味の歯磨き粉みたいな甘ったるい香りが特徴の、姉ちゃんのリップクリームであった。

 

「なにしてくれてんだ!危うく鍋にナイッシューされるとこだったぞ!俺言っただろ、全部説明した時に!左目見えなくなったって!」

 

俺の至極当然でまっとうなクレームに我が姉はーー

 

「うっさい!そんなん魔法でなんとかせぇ!なに情けないことほざいとんねんっ!」

 

ーーなどとこんな切り返しをしてくれた。

 

まさか返す刀でここまでばっさり斬り伏せられるとは思いもよらなかった。

 

あっけにとられた俺は、脳みその機能回復まで数秒を要した。

 

「ちょっ、あのなぁ……。魔法って聞いたらなんでもできそうな気がするかもしれないけど、あいにくそんなに万能じゃないんだよ。魔法で視力を戻したりはできない。艦にいた専門家に聞いたし、調べてもらったりもしたけど、そんな治癒術式は今までに開発されていない。できることとできないことがあるんだよ」

 

「逃げ口上はそんだけか?せやったらうちが言わせてもらうで」

 

「べつに、逃げてるわけじゃねぇし。自分の現状を正確に認識してるだけだ」

 

はぁ、と姉ちゃんはこれ見よがしに大きなため息をつく。

 

回りくどい言い方はせず、オブラートに包んだりもせず、真正面から追撃してくる。

 

「それは拗ねてるだけやろ、怯えてるだけやろ。実際やってみて失敗すんのが怖いから、行動に移した時うまくできひんくて周囲から失望されんのが怖いから、やりようがない言うて逃げ道作っとるだけや」

 

毅然とした声音で、情け容赦なく、一切の躊躇なく、逢坂真守は言い切った。

 

その台詞に、後ろ暗いことなんてなにもないはずの俺の心臓は、どくんと一つ大きく脈打った。

 

「誰かを助けるために身体を張った……それは立派なことや。その結果、目が見えへんくなった……それは悲しいことや。誰にでもできることやない。やからそこは認める。正しい行いをしたんや、自慢の弟や。そんななるまで頑張ったんは……ちょっと辛なるけど、姉として誇らしい。せやけど、やからこそ……それを逃げるための言い訳にしたらあかんやろ」

 

胸の奥を、ぎゅっと締めつけられた。怒りを感じているわけではない。違う感情が理由だ。

 

的外れなことを(まく)し立てられても、こんな気持ちにはならない。筋違いなことを並べ立てられても、こんなに調子を狂わされることはない。

 

ならば、この動揺の原因はきっと、的外れでも筋違いでもないところをついてきているからだ。図星を突いて、正鵠(せいこく)を射てきているからだ。

 

「だから……っ、逃げてないって!言い訳もしてない!俺は受け止めようとしてるんだ。自分でもなにかできることはないかって探してる……また戦えるようにするにはどうしたらいいかも探してる!それでもすぐには見つからないんだよ!そんな都合のいい代わりなんて!」

 

本心を悟られたくないからか、もしくは本性を暴かれたくないからか、思わず語気が荒くなる。

 

なのに少しも怯む様子を見せず、姉ちゃんは続ける。

 

「まったくヒントがないなんてことはなかったはずや。自分で目をそらしとっただけ。徹が言うてた話の中だけでも見えとった。あれは何日の話やったかなぁ……」

 

「は?なにがあるっていうんだ」

 

姉ちゃんはこめかみに指を当てて目を瞑る。記憶の糸を手繰っているようだ。

 

ほんのわずか、三秒ほどの黙考で口を開いた。

 

「たしか、四月二十七日。アースラっちゅう船?そこで映像を見ててんやろ?自然公園におる人の数が少ないゆうことから映像がダミーに挿し替えられとったことに気づいた言うてたやん」

 

相変わらず本気になると異常なポテンシャルを発揮する姉である。さらっと流した話をどれだけ憶えているんだ。

 

「そうだけど……その話がなんの役に立つっていうんだ」

 

「たしか時空管理局の船は違う次元にあるとも言うとったな。話の後半で、うちらが住んでるこの世界と近い次元におるとかなんとか」

 

「いや、それも言ったけど……だからそれがなんの役に……」

 

「その映像情報は、どうやって船に送られとったんやろな。どんな媒体を通して船に送られとったんやろか」

 

「あ……」

 

気の抜けた声が漏れてしまった。別の位相にアースラがあった以上、望遠カメラなどでは撮影できない。直接聞いたわけではないが、魔法が組み込まれていると考えてまず間違いない。

 

しかし、重要なのはアースラの情報収集方法ではない。要点は、映像情報の取り込み方。

 

つまりは。

 

「治療できればそれに越したことはないやろな。せやけど、現時点で治療による回復は難しい。せやったら、ちゃう媒体を用意したらええ。自前の目が使えんくなったんやったら、代わりに『目の役割を果たすもの』を用意したらええんちゃうの?」

 

姉ちゃんはこともなげにそう言った。

 

目から鱗が落ちるという表現はここにこそ使うべきだろう。笑えるほど俺にぴったりと当てはまる。ぐうの音も出なかった。

 

記憶を漁る。

 

俺は、確かに見ていたのだ。実際のところどんな技術を使っているかわからない曖昧なアースラの技術ではなく、失った視力の代用ができるような魔法を、俺はたしかに見ていた。

 

仕掛けられたダミー映像を看破して、外部からのハッキングを跳ね除けてジュエルシードの収集に向かった日、その先の話だ。主街区にほど近い、大きな倉庫が建ち並ぶエリア。リニスさんは、アースラから出撃する俺の姿を捉えていた。

 

サーチ魔法、などと言っていたか。その魔法で、転移するところから倉庫街に華麗に着地(若干表現に誇張あり)するところを見ていたと語っていた。それを使えば、左目の代わりに、いや、もしかすると使い方次第ではさらに便利にできるかもしれない。

 

姉ちゃんの意見に可能性を感じた俺だったが、素晴らしいアイデアを与えてくれた姉ちゃんは俺とは対照的に表情を暗くしていた。

 

「ぁ、ん……えと、みんなの不幸を避けるためにがんばってきた徹に対して酷な言い方になってもうたけど……そうやって解決する方法もあるんちゃうかな。失った視力を取り戻したいて思うんはあたりまえやろうけど、でも先が見えへんねやったら今はなにか別のもので代用して、治療方法が発見されるのを待つっていうのも……ひとつの、手段やと……お姉ちゃんは……」

 

とても申し訳なさそうな顔をしながら絞り出すように姉ちゃんは言う。もしかして、俺が話の途中でいきなり黙り込んだから傷ついたなどと勘違いさせてしまったのだろうか。俺の心情的には正反対なのだが。

 

まだ左目の代替品のあてができただけだし、これがうまく運ぶとも限らない。しかも依然として戦闘手段の喪失については解決策がない状態だが、俺はかなり気持ちが前向きに変わってきている。

 

昨日嘯いた通りに、違う技術で埋め合わせが可能かもしれない。俺にもまだできることはあるかもしれない。確定しているわけではないのに、こんなにも心持ちが変わるとは思いもよらなかった。

 

可能性を目の前にぶら下げられただけで、こんなにも走りたくなるとは思わなかった。

 

姉ちゃんの言葉は叱咤激励であって、(そし)りでも酷でもない。俺のことを思いやってこその厳しい物言いであると、ちゃんと理解できている。

 

「姉ちゃん、ありがとう。おかげで伸び代を見つけることができそうだ」

 

「そ、そうなん?ほんまに?無理してへん?お姉ちゃん、ちょっと言いすぎてもうたから……」

 

「ほんとだって。これからどう頑張ればいいか方向性がわかっただけでも、充分にありがたいよ」

 

俺がにこやかに礼を述べると、もはや半泣きだった姉ちゃんはにへらっと相好を崩した。

 

「そ、そっか。そっか、よかった……。徹くんがお姉ちゃんのこときらいなって家出てってもうたらどうしょうかと……」

 

「妄想がネガティブすぎるわ。俺この家を出ていったとしてどこに行けばいいんだ」

 

「せ、せやな。徹くん友だちおらんから、せいぜい行くとこなんて恭也くんとこか忍ちゃんのとこくらいしかないし」

 

「なに卵取るついでに牛乳も一緒に取ろうかな、くらいの軽いのりで傷をえぐってるんだよ。友だちはちょっとだけ増えたし、行くところだってもう少しある!」

 

「そうやったね。友だち増えてんね。真希ちゃんと薫ちゃん。でも女の子の家に転がり込むのは、お姉ちゃん、ちょっとどうやろって思うなぁ」

 

「いや、寝泊まりならネカフェとか深夜まで営業してるカラオケ店とか、あとはカプセルホテルとか」

 

「……その選択肢であれだけ堂々と行く先にあてがあるような宣言するやなんて……徹くんの交友関係の狭さには、時々お姉ちゃん悲しなるわぁ……」

 

落ち込んでいた姉ちゃんを励まそうとしたらなぜか憐れまれてしまった。なにがどうしてこうなった。

 

ともかく残念な気持ちになったのが切り替えのきっかけにはなったようで、潤んでいた目をくしくししてもう一度開いた時には、きりっとした通常モードに戻っていた。ここまで雰囲気が変わるともはや二重人格のような疑いまである。

 

「まったくもう、なんでうちがこんな悲しい思いせなあかんのや。どれもこれも徹のせいや。徹が情けないこと言うからあかんねん」

 

「おおう、全責任をこちらに丸投げされた……」

 

「徹はな、案外できる子やねん。自信持ってとりあえずやってみたらええんや」

 

「二ヶ月前なら根拠もなしに自分を信頼できただろうけど、最近はそうでもないんだ。できないことのほうが多くて無力感と遣る瀬なさに打ちひしがれてるよ」

 

「そないなことあらへんよ。徹の長所は小器用なことと小賢しいことやからね」

 

「小器用はともかく小賢しいは褒め言葉じゃない」

 

「こんだけ喋っとっても料理の手を止めへんところとか、その最たるもんやろ。あんだけシリアスっぽいトーンで語ってるときも、顔色変えて大声張り上げたときも、焦げへんようにしっかりお鍋かき回して、オーブンの火加減調節してるし。笑うとこなんかと思ったわ」

 

「いや、食材使いまくってるから失敗なんてできないし、時間も余計にかかるし」

 

「もう完全に主夫のそれやなぁ」

 

再び調理に本腰を入れた俺を見ながら姉ちゃんはけらけらと笑う。

 

少しは手伝ってくれてもいいんじゃないかなー、なんて軽く愚痴を頭の中で呟いていたが、ここでふと思ったことがあったので聞いて見ることにした。

 

「姉ちゃん的には俺が管理局で働く……ていうかお手伝いなんだけど、そういうことするのって認めてくれる流れでいいの?」

 

うーん、と悩むというよりは言葉を選ぶように、姉ちゃんは小さく唸った。

 

「さすがにちょっと複雑やけどなぁ……。また大怪我して帰ってくんのを見んのはつらいし、悲しいんやけど……でもたぶん結果は変われへんやろうから、しゃあなしってとこやなぁ」

 

「毎回毎回ここまでぼろぼろにはならないだろうけど……。それより結果は変わらないってどういう意味?」

 

言い回しに疑問を感じ、訊き直す。

 

姉ちゃんは苦笑いを滲ませるような声で返す。

 

「うちがあかん言うても、最後は時空管理局ってとこに行くんやろなぁって確信してるから。うちが時空管理局さんのところに協力しに行ったら、って提案しても、提案せんでも、たぶん結局は徹が自分でいろいろ考えて、協力させてくれって申し出たんやと思う。なんにしたってどっちにしたって、早いか遅いかの違いしかないんや。せやったら始めから、行ったらあかん、て迷わせるようなこと言わんと応援したいなぁー、って」

 

照れを言葉の端々に残しつつも、姉ちゃんははっきりと言ってくれた。俺という人間を理解した上で、背中を押してくれた。心配はしているだろうし不安だろうに、第一に俺の想いを優先してくれているのだ。

 

今回の件の解決は見たが、それで『はい、これでおしまい。あとはみんなで頑張ってね』なんて片付けることは俺にはできない。

 

最初はうじうじ悩んでも、きっと遠くないうちに姉ちゃんが言うような答えに行き着いていたのだろう。できることが限られていたとしても、雑用でもなんでも手伝えることをやっていたのだろう。

 

姉ちゃんは、逢坂真守は、俺よりも俺のことを理解していた。

 

「……はは、そういう意味か」

 

これが仮に逆の立場になったとき、俺は同じことをできるのだろうか。いや、できる気がしない。必死で引き止めることが目に見えている。俺は、身内が傷つくことが何より耐えられたいのだ。

 

「ありがとう、姉ちゃん。できることを、一つ一つ探してやってみるよ」

 

俺の意思を尊重してくれる姉に、最大限の感謝と愛情を込めて、ここに宣言した。これ以上ぐだぐだと言葉を並べて言い訳せず、前向きに進むという決意表明だ。

 

身体はキッチンに向け、首だけ回して姉をちらりと瞥見(べっけん)すれば、姉ちゃんはソファに深く腰掛け、膝を抱えていた。袖で目元をくしくしと拭うと、ゆっくり頭をあげる。

 

見ていたことがばれないように、俺は目線を台所へ戻した。

 

背後からかすかに、二度三度深呼吸する声。

 

「がんばってや。お手伝いなんてそないしょぼい言い方したらあかん。もっと信頼を勝ち得てもらわなな。フェイトちゃんとアリシアちゃんを早く家に呼べるようにするためにも!」

 

潤んだ声色で、でも目元を拭う光景を見ていなかったら気づけないほどいつもと同じ調子で発破をかけてくる。

 

余計な気を使われるなんて一番嫌がるだろうから、俺もあえていつもと同じ調子を心掛けて、こう言った。

 

「近いうちに、いつかきっとね」

 




今回はずっと心配させていた姉への謝罪と、これから動き始めるという宣言をする回でした。
ちょこっとだけ書き溜めがあるので、次の話もすぐに投稿できると思います。
次話予告。
事情を説明しなければいけない親友へアポを取る話、です。

余談。
サブタイトルを考えている時に文中に『決意表明』があったので、もうこれ以外にないと思いサブタイトルに使いました。ある種のダブルミーニングになりました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。