ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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本日2回目の投稿です。


9話

 私、パチュリー・ノーレッジは、200歳を越えた「ババァ」である。

(※見た目は多めに見積もっても十代後半)

 

 しかしながら、婚姻や出産の経験がある筈もなく。

 産まれたての赤子の世話など、初めてのことだった。

 レミィを1歳から世話していたので、甘く見ていた部分があったのだが。

 首も座っていない赤子の世話が、どれだけ大変か。

 身を以って、思い知った。

 

 

 

 

「ふぎゃあ、ふんぎゃぁああっ!」

 

 夜毎、響き渡る泣き声。

 まさしく、ギャン泣きである。

 

「……はぁ」

 

 溜息を吐きながら、小さな赤子を抱き上げる。

 魔女で良かったと、心から思う。

 夜泣きに睡眠を妨げられ、体調を崩すなんて事態を避けられたから。

 それでも……ストレスは溜まる。

 

「おしめは代えた。お乳もあげた……なにが不満なの?」

 

 もしかして味か。

 仕方ないではないか。

 母乳は、望むべくもない。

 

 貴女の母は、貴女自身が『殺』してしまったのだから。

 

 羊の乳でも、ないよりマシでしょう?

 ――……なんて。

 

 そんな、残酷なことを考えていたら。

 

「へっぷしゅっ!」

 

 客観的に見て、愛らしいくしゃみ。

 そして、飛び散る鼻水。

 

「……」

 

 顔面に付着したソレ。

 紫の前髪から、ポトポト滴り落ちる。

 

「……はぁ」

 

 

 溜息と共に、日々を重ねていった。

 

 

 

 

「フラン、フーラーン、貴女はフランよっ」

 

 8ヵ月ほど経過して。

 しっかり言葉を発音出来るようになったレミィ。

 彼女は、妹の小さな顔を覗き込みながら、言葉を教えようと躍起になった。

 

「フラン、私はお姉様! お姉様よ、言いなさい!」

 

 はたから見れば、愛らしい光景なのだけど。

 小さな赤子からしたら、恐怖を感じたのだろう。

 

「ふぇ……っ」

 

 あ、泣くな、コレは。

 そう思ったので。

 

「レミィ、貸しなさい」

 

 そう言って、赤子を抱き上げた。

 泣かれると面倒だ、と。

 そう考えただけ、だったのだけど。

 

「あーっ」

 

 赤子は、安堵したように声を上げて。

 にぱぁっ、と、笑った。

 

「……」

 

 息を呑む。

 それは、予期していなかった、心理的攻撃で。

 完全なる、不意打ちだった。

 

「あ、パチェずるいっ!」

 

 レミィの拗ねたような抗議の声。

 

「……ぱー?」

 

 小さな彼女は、それを聞いて。

 さらに苛烈な攻撃を繰り出した。

 

 

「ぱーてー!」

 

 

 満面の、笑顔で。

 私を、真っ直ぐに見据えて。

 不完全では、あったけど。

 

「あ! 今、パチェって言った!」

 

 レミィが叫ぶ。

 そう、それは。

 彼女が……フランドール・スカーレットが、産まれて初めて発した言葉だった。

 

「……ッ!」

 

 その瞬間。

 私の中に凝り固まった偏見が。

 どかーん、と。

 破壊された気がした。

 

 ……だから、私は。

 

「ぱーてー、では、なくて。パチェよ……『フラン』」 

 

 

 彼女のことを。

『妹様』ではなくて。

『フラン』と呼ぶことに決めた。

 

 

 

 

 思い返す。

 そう、きっと。

 私は、『彼女』を見ていなかったのだ。

 最初から、ずっと。

 

 

 

 

 幼子の泣き声が、痛切に響く。

 

「おてて、やだー! わたしも、おえかきしたいー!」

 

 4歳になったフラン。

 彼女は、未だに一人では何も出来ない。

 それは、決して彼女が人より劣っているからではない。

 むしろ、非常に優秀な娘だ。

 ただ、そんな彼女を妨げる物がある。

 それは。

 

「やだよぅ、これ、ほどいてよー!」

 

 彼女の両手をグルグル巻きに縛り上げる、魔術布だ。

 

「……それは出来ないわ、フラン」

 

 ドラ○もんや、アン○ンマンではないのだ。

 グルグル巻きの丸っこい手では、何も出来はしない。

 

 痒い所を掻くことも、自分で食事を取ることも、用を足した後、尻を拭くことも。

 お絵かきや、積み木で遊ぶことだって。

 なんにも、出来やしないのだ。

 

 泣き叫んだって、仕方ない。

 しかし。

 

「……どうしたの、今まで、そんなこと一度も言ったことなかったじゃない」

 

 そう。

 フランは今まで、ただの一度も、その拘束を拒まなかった。

 それは、幼くも聡い彼女が、それは必要なことなのだと、察したからだ。

 

 なのに、何故、今になって?

 

 視線をあわせるために、床に膝を着く。

 涙に潤んだ赤い瞳が、こちらを見ている。

 

 レミィもフランも、綺麗な赤い目をしているが、色合いが異なる。

 レミィの瞳の色は、ピジョン・ブラッド。濃色の赤で、高貴な光を放つ。

 フランの瞳の色は、スペサタイトガーネット。

 スペサタイトガーネットは、色域の広い石ではあるが、フランのそれは赤が強く、光の加減でオレンジが灯る。

 それは、夜闇の静寂を慰める焚火のように温かくて、優しい色だ。

 

「だって……」

 

 フランが視線を横に滑らせる。

 そこには、気まずそうに佇むレミィの姿があった。

 

「おねえさまが、おねえさまがぁ……っ」

 

 声を震わせるフラン。

 

「……レミィ、どういうこと?」

 

 私の問い掛けに。

 レミィは、1枚の紙を突き出した。

 

「ん」

「え、なに?」

「んっ!」

 

 ……お前はト○ロのカ○タか。

 そんなことを思いつつ、その紙を受け取って。

 

「……」

 

 言葉を失くす。

 

「わっ、可愛い! よく描けてますねっ!」

 

 後ろから覗き込んできた美鈴が、歓声を上げた。

 

 その紙には。

 紫色の髪を生やした、目付きの悪い女が描かれていた。

 

「おねえさまが、ぱちぇのえを、かいててっ! ぱ、ぱちぇに、あげるんだー、って!」

 

 しゃくりあげながら、言葉を重ねるフラン。

 

「ず、ずるいよっ!」

 

 鼻水まで垂らして。

 ああ、鼻の頭が真っ赤だ。

 

「わたしも、ぱちぇのえ、かいてあげたいのにっ!」

 

 ……気が付いたら、私は。

 

 

「なんでわらうのおっ!?」

 

 

 だって、笑うしかないじゃない。

 ごめん、ごめんね。

 謝るわ。

 

 

 本当に、ごめんなさい、フラン――……。

 

 

 

 

 意外なほどに。

 穏やかな日々が続いて。

 さらに六年が経過した。

 

 

「レミィッ!!」

 

 

 崩れるのは、一瞬だった。




最終話までのプロットが完成しました。
後は書くだけなので、休みの日は出来るだけ投稿します。
仕事のある日は無理です。夜9時から朝9時までの長時間勤務なので。
(通勤時間等含めると睡眠時間の確保で精一杯)
気長にお付き合いください。

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