ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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8話

 私はパチュリー・ノーレッジ。

 動かない大図書館と呼ばれる魔女である。

 ――……しかしながら。

 

 

「み な ご ろ し に し て や る っ っ ッ ! ! ! !」

 

 

 うん、動かないと『死』ぬ。

 間違いなく、『殺』される。

 ここは、大好きなあの娘に倣い、電光石火で、

 

 

「逃げるわよ!」

 

 

 早口で叫びながら。

 奥方様の血と肉片で真っ赤な妹様を、身に纏っていた上掛けで包んだ。

 ……ああ、お気に入りだったのに。

 

「はいっ!」

 

 美鈴の行動は、迅速だった。

 窓枠に掛けられた暗幕の様なカーテンを引き千切り。

 それでレミィを包み込むようにして抱き上げると。

 次の瞬間。

 

「せいやぁっ!!」

 

 窓を蹴り砕き、飛び出した。

 部屋に差し込む日光。

 奥方様の遺体にも、それは降り注ぎ。

 

「ああっ!」

 

 立ち昇る、白い煙を目にして。

 お館様が、短い悲鳴を上げた。

 

 ――……その隙を突き。

 私も、妹様をしっかりと胸に抱いて、飛び出した。

 

「……」

 

 首だけで、後ろを振り返ると。

 シーツや自分の上着で、必死に奥方様の遺体を守ろうとするお館様が目に入った。

 

「……ああ」

 

 

 彼は、確かに。

 彼女を、愛していたのだ。

 

 

 縋りつくようなその姿に。

 かつての自分自身を幻視して。

 こめかみが、酷く疼いた。

 

 

 

 

 少し走った先。

 あらかじめ用意しておいた、逃走用の魔法陣。

 

「早くっ!」

 

 美鈴の声に応え、素早く飛び乗った。

 

 

 ――キュイイィィイイイイイン……!

 

 

 高音が空間を引き裂く。

 徐々に発光する魔法陣。

 

 

「 逃 が す か ぁ ! ! 」

 

 

 追いかけてくる怒鳴り声。

 

「水符『プリンセスウンディネ』!」

 

 水の力を纏った光弾を牽制に放つ。

 

「ふんっ!」

 

 裂帛の気合と共に突き出された拳。

 スカーレット卿は、その拳圧で周りの木々を薙ぎ倒しながら、光弾を掻き消した。

 

「さすが、レミィの父親……無茶苦茶ね」

 

 強い。

 単純に、強すぎるのだ。

 時を重ねた今の私でも、殺し合いで勝つのは難しいだろう。

 

「だけど……今回は、私の勝ち」

 

 これは、撤退戦なのだから。

 魔法陣が、一際強く発光する。

 

 

「 く そ が あ あ ぁ ぁ あ あ あ あ ! ! ! ! 」

 

 

 スカーレット卿の血の滲む様な怒りの咆哮が、耳に飛び込み、鼓膜を焼く。

 次の瞬間――……私達は、空間を飛び越えた。

 

 

 

 

 転移先に設定していた場所は、そう距離の離れていない山中だった。

 早く移動しなければ、すぐにでも追いつかれるだろう。

 なんせ吸血鬼は、鬼の腕力と天狗の速力を持つ種族なのだし……そろそろ、日も暮れる。

 夜の王の舞台に上がるのは、御免被りたい。

 

「……仕方ないわね」

 

 溜息を吐く。

 色々な意味で、選びたくない選択肢だったが、背に腹は代えられない。

 

「お母さん?」

 

 顔を覗き込んでくる美鈴を払い除け、新たな魔法陣を描く。

 

「ぱちぇ、どうするの?」

 

 不安そうに眉を垂らしているレミィの頭を、片手で撫でながら。

 

「……私の実家に逃げるわよ。あそこなら、早々追っては来れないでしょう」

 

 

 

 

 我が親友『レミィ』と、その妹である『妹様』に、両親が存在したように。

 私だって、木の股から産まれたわけではない。

 

 空間の歪に隠され、決まった手順を踏まなければ、辿り着くことが出来ない場所。

 古すぎて、風化しそうになっていた記憶の通りに。

 私の生家は、確かに存在した。

 

 

「ここが、お母さんの実家……ということは、この中に、外公(おじいさん)と外婆(おばあさん)が……?」

 

 美鈴の呟きに、眉を顰める。

 

「さあ? どうかしらね。それに、いたとしても……」

 

『両親』は、私に憶えはないだろう。

 なんせ、本来であれば、未だ産まれてさえいない存在なのだ。

 

「……」

 

 思い出す。

 記憶の中の彼等は、学者然とした人達だった。 

 外界と遮断された空間で。

 本の山を所蔵する、図書館のような家に籠って。

 ひたすら、研究に没頭する。

 家族、とは呼べなかった。

 

 私のことも、研究対象のひとつに過ぎなかったのだろう。

 

 だからこそ。

 お互いの利害関係さえ一致すれば、協力はしてくれるはずだ。

 私には、この時代には確立されていなかった技術や、知識がある。

 それを交渉材料に、匿って貰うことは可能だろう。

 

 そう考えて。

 実家のドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 

 ――……結果。

 白骨化した母の遺体と対面した。

 その母の膝の上に置かれていた日記で。

 実験に失敗して、父も数年前に亡くなっていたことを知った。

 

「ぱちぇ……」

 

 ついさっき、母親を亡くし、父親と決別したばかりの幼子が、気遣うように声を掛けてくる。

 

「……」

 

 私は、それに返事を返せなかった。

 

 

 

 

 深く。

 深く、深く。

 墓穴を掘った。

 

「……私のせい、なのかもしれない」

 

 独り、呟いた。

 

 

 XがY無しに生じ得ず、YがX無しに生じ得ない場合、最初に生じたのはどちらだろうか?

 私、パチュリー・ノーレッジは、到底認めることの出来ない悲劇をなかったことにする為に、過去へと遡った。

 その為、居る筈のない時代に、私という存在が生じたのだ。

 もし、両親が健在であれば――……彼等は、本来の歴史通りに、私を産んだのではないか。

 そうすると、『パチュリー・ノーレッジが同時に二人存在する』という矛盾が発生する。

 その矛盾を正すために、『世界の修正力』とでも呼ぶべき力が働いたのだとしたら?

 私は、常々、今居るこの世界が、元の世界と同一ではないと感じていたが。

 それが、私がここに存在することで引き起こされた歪みなのだとしたら――……。

 

 

「父と、母を……殺したのは、私だ」

 

 

 元居た世界では。

 思い出すことさえなかった両親だが。

 

「……」

 

 言語化できない想いと共に。

 丁重に、埋葬した。

 

 

 

 

 墓前に花を一輪添えて。

 額に流れる汗を手の甲で拭い。

 ふぅ、と溜息を吐いてから。

 これから暮らすこととなる家を見上げて、気を入れ直す。

 

 

 ……さて。

 苛烈な子育ての始まりだ。


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