ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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7話

 私の名前は、パチュリー・ノーレッジ。

 義理の娘の手を借りて。

 おっかない上司の妻子を攫い。

 現在、逃亡中。

 

「行く宛はあるんですか、お母さん?」

 

 娘(美鈴)の問いに、足を止めずに返答する。

 

「……秘密の拠点なら、複数用意してるわ」

 

 そう。

 備えあれば患いなし。

 この数十年の間、喘息の体に無理を強いて、必死に働き。

 コツコツと、貯蓄したお金。

 それを使って、こっそりと。

 目暗ましの為に、敵対者に発見されることが前提の拠点をふたつ。

 予備の拠点をふたつ。

 本命の拠点をひとつ、用意していたのだ。

 

「スカーレット卿を敵に回してしまったのだもの。

 拠点四つについては、多少時間は稼げるでしょうけど、発見されると考えて行動した方がいい。

 ……本命の拠点はトランシルヴァニアにある。

 足を止めている暇はない。強行軍と行くわよ」

 

 

 

 

 辿り着いたトランシルヴァニア。

 ブラン城のお膝元。

 山中に丸く切り取った結界の中。

 小さな赤い屋根の家。

 

「ここが、あたらしいおうちなの?」

 

 レミィの言葉に、頷いて答える。

 

「ええ、そうよ。屋根しか赤くないけどね」

 

 美鈴が、率先して中に入っていく。

 家の中は埃だらけだろう。

 早く掃除をしなければ、喘息の私は入室できない。

 ああ、気の利く良い娘だ。

 

「……レミィ」

「なぁに? ぱちぇ」

 

 小首を傾げながら見上げてくる幼子。

 静かに、問いかける。

 

「私達と一緒に来てよかったの?」

「え?」

「ここは、立派な館ではないし、お父様にも、会えないわよ」

 

 私の言葉に。

 

「……」

 

 レミィは、少し黙り込んだ後。

 ゆっくりと、口を開いた。

 

「おとうさまは、もともと、あんまりあえないし……あっても、おはなししてくれない。だから」

 

 服の裾を、キュッ、と握られる。

 吸血鬼の目は赤い。

 でも、赤とはいっても、色んな赤がある。

 レミィの赤は、深みがあって、美しい。

 まるで、ピジョンブラッドのようだ。

 その、美しい紅が、僅かに揺れた。

 

「おかあさまも、めーりんも……ぱちぇもいなくなるのだったら。

 あそこにいても、ひとりぼっちだわ」

 

 そう言って。

 私のスカートに、顔を押し付けて。

 気のせいみたいに、小さな声で。

 

 ひとりにしないで、と。 

 

 続けられた、幼い願いは。

 でも、確かに耳に届いたから。

 

「……私と貴女が離れることは、この先一生ありはしないわ」

 

 やわらかな。

 蒼い髪に、指を滑らせながら。

 

「だって、貴女は、産まれる前から――……私のかけがえのない親友なんだもの」

 

 まるで。

 愛の告白みたいに、そう告げて。

 それが、我ながら、照れ臭くて。

 ちいさく、笑った。

 

 

 

 

 幾日か、経過して。

 夜間。

 

「ひ、ぃ、っ、ぅ、ぅううあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!」

 

 奥方様の美しい唇が。

 口裂け女のように広がって。

 そこから、血と一緒に、獣染みた絶叫が撒き散らされる。

 暴れて怪我をしない様に、美鈴が取り押さえて。

 私が、沈静化の魔法をかける。

 

「おかあさま……っ」

 

 悲痛なレミィの声。

 

 それを受けて。

 奥方様の、スペサタイトガーネットのような瞳に。

 理性の色が、ゆっくりと戻っていく。

 

「れ、みりあ……」

「おかあさま、おかあさまッ!」

 

 細い、その体に。

 小さな体で。

 必死に、すがりつくレミィ。

 

 痛ましいその光景は、ここに隠れ住み始めてから、何度も繰り返されていて。

 

「……」

 

 やりきれない思いに、拳を握りしめた。

 

 

 

 

 考えなかったわけではない。

 奥方様と、妹様を早期に切り離す方法。

 

『帝王切開』。

 

 この時代、人間であれば帝王切開による妊婦の死亡率はおよそ75%を超えるが、奥方様は吸血鬼だ。

 医療知識が書籍で齧った程度しかない私が腹を切開したとしても、死にはしないだろう。

 奥方様にも、提案は行った。

 しかし。

 

「ちゃんと最後までお腹で育んで、普通に産んであげたいの」

 

 そう、奥方様は言った。

 それに、無理に切開手術をした場合、妹様がどのような拒絶反応を示すかも気掛かりで、決行に踏み切れなかった。

 ……腹を開いた瞬間に、能力を使用されて内臓が爆発四散、という未来は、十分に有り得る。

 

 

 結局のところ。

 守る、なんて口した癖に。

 

 ――……私に出来たのは、魔法によって苦痛を緩和する程度の事だった。

 

 

 

 

「ぱちぇ」

 

 奥方様の苦痛の声も止んで。

 隠れ家の庭で、一息ついていると。

 背中からレミィに声を掛けられた。

 

「どうしたの、レミィ」

 

 振り返る。

 視線は交わらなかった。

 

「……ぱちぇ、わたし、いもうとがうまれるの、たのしみだったの」

 

 レミィは。

 自らのスカートの裾をギュゥッ、と握りしめて。

 俯いたまま、言葉を続ける。

 

「いいおねえさまに、なりたかったの」

 

 私は。

 その、震えて掠れる声に。

 

「めいりんに『やさしいおねえさま』だっていってもらえて、すごくうれしかったの」

 

 ただ、黙って耳を傾けた。

 

「……でも」

 

 黙って、耳を傾けることしか、出来なかった。

 

「おかあさまが、くるしがってるのをみてたら」

 

 ああ、だって。

 やっぱり、どうしたって。

 

「いもうとなんか、いらない、って」

 

 産まれてさえいない、あの子のことを。

 私は、確かに。

 

 ――……恨んでいるから。 

 

 

「いなくなっちゃえばいいんだ、って」

 

 

 だから。

 その気持ちにも、覚えるのは『共感』で。

 

「わたし、やさしくなんてない」

 

 違う。

 レミィは、優しい。

 それは、仕方のない感情だ。

 そう言ってあげたかった。

 

「こんなの、おねえさまじゃないよ……」

 

 それでも。

 それは。

 醜い自分自身さえ、肯定することに繋がりそうで。

 

「……っ」

 

 結局。

 私には、何も言えなかった。

 

 

 

 その日は、良く晴れた日で。

 奥方様が産気付いたのは、まだ陽も高い日中のことだった。

 

 

 

 

「ぎぃっ、や、あああ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!」

 

 絶叫。

 無理もない。

 ただでさえ、出産は強烈な痛みを伴う。

 それに加え。断続的に上がる爆発音。

 ――……奥方様の下腹部は、血塗れだった。

 

「おかあさまッ!」

 

 レミィは。

 キッ、と目を吊り上げて、吠えた。

 

「……わたし、いもうとなんて、いらない!」

 

 そして。

 その手に輝く、紅い魔力光。

 それは。

 現在のレミィの体格相応の、紅い短槍へと姿を変えた。

 

「おかあさま、いたいとおもうけど、がまんしてね!」

 

 そう言って。

 その紅い短槍を振り上げた。

 

「駄目です!」

 

 それを、美鈴が掴んで止めた。

 

「はなして!」

「なにをするつもりですか!」

「さすの! おかあさまのおなか!」

「どうして!」

「おかあさまは、これがささったくらいじゃしなない! でも、おなかのあかんぼうはしぬわ!」

「なっ、」

「おかあさまが、ころされるまえに! いもうとを、ころすの!」

「……ッ!」

 

 美鈴が、息を詰まらせる。

 その顔に、逡巡の色が浮かぶ。

 そうだ、このままでは、奥方様の命が危うい。

 

 ……美鈴は、母親想いの、自慢の娘だ。

 レミィの気持ちは、きっと痛い程わかっているはず。

 レミィを押し留めている美鈴の手から、少しずつ力が抜けていくのが、見ていて分かった。

 

「……」

 

 私は、やっぱりただ黙って、それを見ていた。

 だけど。

 

「……れみ、りあ」

 

 歯を食いしばりながら。

 奥方様が、口を開いた。

 

「レミリア……ごめんね」

 

 その声は。

 震えて、掠れていたけれど。

 

「貴女と、もっと、一緒にいたかったわ……愛してる」

 

 凛とした強さに、満ち溢れていた。

 

「でも――……私は、お父様のことも、お腹の中の、この子のことも、愛しているの」

 

 レミィの体から、力が抜ける。

 紅い短槍も、光の粒子になって、弾けて消えた。

 

「だから、レミリア……お願い。

 お母様の我儘、許してね」

 

 そして。

 泣きながら、笑って。

 懇願した。

 

「私の分まで――……可哀想なこの娘を、貴女の、たったひとりの妹を、愛してあげて」

 

 次の瞬間。

 

 

 ――バンッ!!!!

 

 

 奥方様の胸から下が、爆発して。

 ミンチ肉になって、弾け飛んだ。

 

 

「おかあさまああぁぁあああッ!!」

 

 

 レミィの悲鳴が、空気を引き裂いて。

 

「おぎゃあ! おぎゃぁああ!!」

 

 赤子の産声が、それに追走した。

 

「くっ!」

 

 私は。

 細切れの肉の間に手を突っ込んで。

 血溜まりの中から赤子を掬いあげると。

 その小さな手が、これ以上何かを握り潰すことがないように。

 この日の為に用意しておいた魔術布で、てのひらを開いた状態で固定する形で、ぐるぐる巻きにした。

 

「いや、そんな、おかあさま、おかあさまぁっ!」

 

 レミィの呼び掛けに。

 胸から上だけになった奥方様は。

 口から血の泡を吐き出しながら。

 それでも、微笑んで。

 

「ノーレッジさん……」

 

 私のことを、呼んだ。

 弱々しい、その声に。

 

「……はい」

 

 私は、それにも負けるくらい、小さな声で、応答した。

 

「ありがとう……その子を、こちらへ」

 

 その願いに。

 腕に抱いた赤子を、奥方様の顔の前まで持って行った。

 

「ああ……」

 

 奥方様は。

 

「私に、そっくりね」

 

 そう言って、目を細めて。

 

「だから、貴女は、きっと幸せになるわ」

 

 最後の最期まで、

 

 

「はじめまして。

 そして、さよなら。

 私の可愛い『フランドール』、

 ……愛してるわ」

 

 

 愛だけ遺して、死んだ。

 

 

 

 

 吸血鬼は、強い。

 ちょっとやそっとでは、死なない。

 それでも、限界はあった。

 特殊な、霊体さえも破壊するような能力で、体の大半を消し飛ばされれば、それは致命傷に成り得る。

 奥方様は、死んだ。

 死んだのだ。

 

「……お嬢様!?」

 

 美鈴の制止の声。

 気が付いたら、レミィが妹様を覗き込んでいた。

 妹様の瞳の色は、奥方様と同じ、スペサタイトガーネット。

 レミィは、その瞳と視線を交わらせて。

 静かな声で、口を開いた。

 

「……やくそくする」

 

 妹様の、魔術布でぐるぐる巻きになった手に。

 壊れ物に触れるように、指を伸ばして。

 

「まもるよ……あいしてみせる」

 

 レミィは。

 後の、夜の王は。

 

「だって、わたし」

 

 震えて、掠れて。

 それでも、凛と澄んだ、

 敬愛する母親と、そっくりな声で。

 

 

「おねえさまだから!」

 

 

 そう、宣言した。

 

 

 ――……ああ。

 そうか。

 それなら、私は。

 

「……妹様を愛する貴女を、守るわ」

 

 なにもかも。

 許せなくて。

 ふっきれなくて。

 結局、なんにも出来なかった。

 そんな、情けなくて。

 醜い、私だけど。

 それだからこそ。

 

 

「このうえ、親友も守れないような女に、振り向いてくれるほど……あの娘は安い女じゃないもの」

 

 

 ねえ?

 ――……咲夜。

 

 

 ドガァアアアアアンッッ!!!!

 

 

 感傷に浸る間もなく。

 轟く轟音。

 

 振り返る。

 破壊された壁。

 差し込む夕日。

 骨の折れた蝙蝠傘。

 そこには、まさに悪鬼羅刹といった風貌の――……、

 

 

「み な ご ろ し に し て や る っ っ ッ ! ! ! !」

 

 

 現・夜の王――……スカーレット卿が仁王立ちしていた。


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