ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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6話

 新たな命の誕生を控えて、キラキラと輝く笑顔から目をそらしながら。

 私、パチュリー・ノーレッジは、どうしようもない焦燥感に苛まれていた。

 

 

 

 

 レミィの誕生日から、7ヵ月が経過した。

 

 自室にて。

 ベッドに俯せに横たわり、本を広げている私。

 

「いっもうとがうまれたら♪」

 

 その背中の上に。

 

「な~にをしーてあーそぼうっ♪」

 

 無遠慮に寝転んだまま、ご機嫌に歌い続けるレミィ。

 

「……うるさいわよ」

 

 低い声で、恫喝しても。

 

「ぱちぇー、いもうとは、どんなこかしら?」

 

 楽しそうに、言葉を連ねる。

 普段なら。

 その無邪気さにほだされて。

 溜息で流すところ、だけど。

 

「いい加減に、」

 

 柄にもなく。

 声を荒らげそうになった。

 ――……しかし。

 

 

「只今戻りました! お母さん!」

 

 

 そのタイミングで。

 勢いよく開かれた扉と、放たれた声。

 

「……」

 

 顔を向ければ。

 美しい赤の髪に。

 穏やかな、緑の瞳。

 

「めいり、」

「めいりーんっ!」

 

 私よりも早く。

 その名を呼びながら。

 ばびゅぅん! っと飛び出す、小さな身体。

 

「わぁ、っとと! ……あははっ」

 

 それを受け止めて。

 勢いを殺すために、くるりと一回転。

 笑顔で、幼子と顔を見合わせる、

 私の『愛娘』。

 

「ただいまです、お嬢様」

 

 長期任務終了後。

 まっすぐにこの部屋に来たのだろう。

 まだ、薄汚れた格好の『美鈴』。

 その豊満な胸に、子猫のように顔をこすりつける、レミィ。

 

「おかえりなさい!」

 

 舌っ足らずな声で、レミィが叫ぶ。

 

「良い子にしてましたかー?」

 

 美鈴が、その頭をクシャクシャと撫でる。

 

 ……前の世界では、ありえなかった光景だ。

 

「おかえり、美鈴」

 

 遅れて。

 私が、やっとそう口に出すと。

 輝く笑顔が、こちらに向けられて。

 

「はい! お母さん!」

 

 そのまま。

 突っ込んできた。

 

「きゃああっ!?」

 

 レミィを抱いたまま。

 私の寝転がっているベッドへダイブしてきた美鈴。

 布団が、軽やかに宙へ舞い上がる。

 

「……えへへ」

 

 次の瞬間には。

 レミィとまとめて、抱きしめられて。

 

「会いたかったです」

 

 そんな。

 

「……」

 

 そんな声で、囁かれて。

 

「……」

 

 そんな目で、見られたら。

 

「……はぁ」

 

 もう、なにも言えない。

 

 やっぱり。

 前の世界では、ありえない。

 

 でも。

 この世界では、もうこれが『当たり前』で。

 

 私は、真ん中にレミィを挟んだまま、美鈴の背中に腕を伸ばした。

 

 

 

 

 運命を捻じ曲げた結果。

 私の養い子になった美鈴。

 そして、乳歯も生えたての時期に、私に押し付けられたレミィ。

 このふたりは、必然的に関わることが多くなり。

 今では、年の離れた姉妹のような関係になっている。

 ――……だからこそ。

 

「ねえ、めいりん! わたしね、おねえさまになるのよ!」

 

 レミィは、真っ平らの胸を張って自慢した。

 ついに自分も、姉になるのだ、と。

 そして。

 

「……わたし、いいおねえさまに、なれるかしら?」

 

 不安そうに。

 そう、言葉を続けた。

 

「うーん……」

 

 美鈴は。

 考えるように、視線を彷徨わせた後。

 

「良いお姉様、というのは、わかりかねますが」

 

 目尻を下げながら、穏やかな声で答えた。

 

「すでにお嬢様は、とても優しいお姉様だと思いますよ」

 

 それを聞いたレミィは。

 少し、『お姉さん』っぽい顔をして。

 照れくさそうに、笑った。

 

 

 そんな二人を眺めながら。

 私は、気持ちがどこまでも沈んでいくのを感じていた。 

 

 

 

 

 目を瞑れば。

 いつだって、思い起こせる。

 

 彼女と過ごした記憶。

 切なくも、愛しい日々。

 

 その最後を。

 

 血、血、血。

 血溜まりが、塗り潰す。

 

 彼女は、妹様のことを、とても気にかけていた。

 それなのに。

 その結果は。

 

 ああ。

 

 恨んでいない、なんて。

 嘘でも、言えない。

 

 

 

 

 長期任務により蓄積した疲労で眠りに落ちた美鈴。

 その腕の中で、穏やかな温もりがもたらす安心感に沈んだレミィ。

 そんな愛らしい二人を部屋に残して、人気のない場所を探し、彷徨い歩く。

 

 本当は、理解している。

 

 彼女が、最後の最期まで。

 妹様を、守ろうとしたこと。

 

 恨むなんて。

 憎むなんて。

 お門違いも甚だしいこと。

 

 それでも。

 感情が、言うことをきかない。

 

 

 ――……吐きそうだ。

 自分自身に対する、嫌悪感で。

 

 

 

 

 館の裏庭。

 滅多に人の訪れない、生垣の向こう側。

 たまに、独りになりたい時に、訪れる場所。

 

「……え?」

 

 そこに。

 初めて、先客を発見した。

 

「が、ぁ、……っ!」

 

 苦しそうに。

 嘔吐く、その細い背中。

 

「……奥方様?」

 

 呼びかけに。

 弾かれたように振り向いた、その人の口元は。

 

「……ッ!」

 

 吐き出された血で、真っ赤に染まっていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 反射的に叫んで、駆け寄る。

 背中に触れようとした、その瞬間。

 

 

 ボンッ! と。

 奥方様の体内から、小さな爆発音が響いた。

 

 

 くの字に折れた体が、ゆっくりと地面へ沈んでいく。

 

「奥方様ッ!」

 

 急いで抱き留めた体は、小刻みに震えていて。

 

「奥方様! 早く館へっ、」

「やめて!」

「!?」

 

 その声は。

 痛みに震えながらも、凛々しかった。

 

 私の腕を、ギュウッと握り締めて。

 奥方様は、懇願した。

 

「今は、館に夫が居る。

 今の私の状況を、あの人に知られるわけにはいかない……っ」

 

 滴る血が。

 愛のように。

 ゆっくりと、地面に染み込んでいく。

 

 

「この子を、守らせて……!」

 

 

 ――……ああ。

 フラッシュバックする。

 

 

 血、血、血。

 血溜まりだ。

 

 

 酷い眩暈を覚えた。

 

 

 

 

 数分か、数十分か、数時間か。

 容態の落ち着いた奥方様から聞き出した現状は。

 残酷極まりないものだった。

 

 奥方様の腹の中に収まっている胎児は。

 後に『フランドール・スカーレット』と名付けられる彼女の娘は。

 

「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」を有している。

 

 全ての物質には「目」という最も緊張している部分がある。

 フランドールはその「目」を自分の手の中に移動させ、握り潰すことで対象を破壊する。

 

 ――……母親の腹の中にいる今の彼女が視認出来る世界は、その胎内のみ。

 

 

 つまりは。

 破壊対象は、母親だということだ。

 

 

 内側から破壊され。

 血反吐を吐きながら。

 

「……大丈夫よ」

 

 奥方様は。

 一人の、母親は。

 

「お母様が、守ってあげる」

 

 愛おしそうに、膨らんだ腹を撫でた。

 

「……」

 

 

 フラッシュバック。

 鮮明な。

 

 銀色。

 血溜り。

 赤、赤、赤。

 

 痛かっただろう。

 苦しかっただろう。

 死にたくなんて、

 きっと、

 

 それでも、

 

 守りたかったんだろう。

 

 

「……守るわ」

 

 自然と。

 言葉が。

 決意が。 

 口から溢れた。

 

「え?」

 

 戸惑いの視線を向けてくる奥方様の。

 その腹に、手を添えて。

 告げる。

 

 

「貴女ごと、私が守るわ――……今度こそ!」

 

 

 さあ。

 そうと決まれば。

 

 夜逃げの準備だ。

 

 

 

 

「どこだ! どこに消えた!」

 

 館に、スカーレット卿の怒号が響き渡る。

 

「お館様! 奥方様もお嬢様も、敷地内にはおられません……ぐあっ!」

 

 八つ当たりに放たれた拳で。

 報告に訪れた使用人の頭が、壁にめりこむ。

 

「ノーレッジは! 奴はどこだ!」

 

 古株の犬耳執事は、己の主から5歩程離れた位置を確保し、その問いに答えた。

 

「おりません。彼女の子飼いの雑種もです。

 ……おそらく、奥方様方を拐かしたのは、彼女かと」

 

 その言葉を聞いて。

 スカーレット卿の真紅の瞳が、憎悪の炎を灯し。

 勢いよく燃え上がった。

 

「おのれ、おのれぇっ! ノーレッジ! 裏切りおったなあぁぁあああッ!!」

 

 

 

 

 パチュリー・ノーレッジ。

 義理の娘の手を借りて。

 身重の人妻と、その娘を引き連れ。

 恐ろしい上司から、絶賛逃亡中。

 

 ああ、本当に。

 どうして、こうなった……!




逃げるんだよォ!

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