ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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5話

 お館様からとんでもない命令を受けて。

 すでに、4年の歳月が経過した。

 この私、『パチュリー・ノーレッジ』にとって、その4年間は――……、

 

「ぱちぇーっ!」

「ぐえっ!?」

 

 背後から衝撃。

 耐え切れずにスッ転んで、床で額を強打。

 あまりの痛みに、俯せに倒れたまま、ぷるぷる震える私。

 そんな私の様子には、構いもせず。

 背中によじ登ってくる、『幼い悪魔』。

 涙目で見上げると、満面の笑み。

 小さな牙が、キラリと輝く。

 

「ぱちぇ! あそびなさい!」

 

 舌ったらずな声。

 でも、命令口調。

 

「……はあ」

 

 思わず、溜息を吐いて。

 次の瞬間。

 

「きゃあ!?」

 

 思いっきり、横に転がってやった。

 私の背中から、勢いよく転がり落ちる、小さな身体。

 ゴチンッ! と、痛そうな音が、鈍く響く。

 

「いたい……」

 

 後頭部をおさえて呻く、幼子に。

 

「私だって、痛かったわ……レミィ」

 

 真っ赤であろう己の額を見せつけながら、そう返した。

 

 

 

 

 ――……4年前。

 

 

「レミリアの、教育係を任せたい」

 

 

 その命令を受けた私は。

 正直なところ。

 心底、混乱した。

 

「……えー」

 

 だって、レミィは。

 レミィは、私の。

 

「……」

 

 でも。

 自分の立場を考えたら。

 断る、などという選択肢が。

 あるはずも、なくて。

 

「……承りました」

 

 そう、返すよりほかに、なかった。

 

 

 

 

 しかし。

 その後、1年間。

 私とレミィが関わることはなかった。

 まあ、当たり前である。

 乳幼児の仕事は、

 

 1. 母親の乳にしゃぶりつき、

 2. オムツを臭くして泣き、

 3. ぐっすりと、眠ることだ。

 

 ……教育係が教えることなど、ない。

 

 と、いうか。

 4歳か5歳くらいまでは、私の出番はない。

 そう、思っていた。

 の、だが。

 

 

 

 

「はぁあああ……」

 

 色んな感情を、抑え込むために。

 ゆっくりと、長く、溜息を吐いた。

 

「……お館様は」

 

 溜息くらい、吐いていないと。

 やってられない。

 

「教育係と、ベビーシッターを、混同しているのかしら……」

 

「う?」

 

 無垢な声。

 腕の中に視線を落とせば。

 紅い瞳が、キラキラ輝いている。

 

「あー!」

 

 小さな口から。

 幼子特有の、聞き取り辛い、高い声。

 

「……はあ」

 

 もう一度、溜息を吐くと。

 その吐息で、幼子の前髪が、フワッと浮いた。

 それの何が楽しかったのか、幼子は――『レミィ』は。

 あどけない顔で、キャッキャッ、と、笑いだす。

 

 

 

 

 幼い頃の吸血鬼の成長速度は、人間と変わらない。

 一般的に、5歳くらいから、その速度は緩やかなものとなる。

 

 ※500年後のレミィの外見年齢は、10歳程度だった。

 

 世話の仕方も、人間と一緒だ。

 お乳を飲みながら、すくすく育っていく。

 奥方様は、乳母を雇うことを拒否して。

 ご自分のお乳を、レミィに与えたいと望んだ。

 お館様は、奥方様に優しい。

 だから、奥方様の好きなようにさせていた。

 

 しかし。

 レミィの、初めての誕生日。

 お館様は、レミィの小さな口に、自分の指を突っ込んで。

 そこに、とても小さな牙が生えているのを確認すると。

 

 

「乳離れの時期だ」

 

 

 そう言って、奥方様とレミィを――……引き離した。

 

 

 お館様は、奥方様に優しい。

 奥方様にだけ、優しい。

 奥方様だけを、愛しているのだ。

 

 だから。

 我慢の限界、だったのだろう。

 あの男は、あろうことか。

 

 

 自分の娘に、嫉妬したのだ。

 

 

 

 

「……」

 

 キョロキョロと。

 何かを――……誰かを、探すように。

 忙しなく動き回る、紅い瞳。

 

「……レミィ」 

 

 その、やわらかな頬に手を添えて。

 

「レミィ、私は『パチェ』よ」

 

 笑って、告げる。

 

「貴女の『親友』なの」

 

 世界が変わっても。

 出会いが変わっても。

 絶対に、変わらないこと。

 

 

「末永く、よろしくね」

 

 

 きゃあ! と。

 幼い声が、応えるように弾けた。

 

 

 

 

 この4年を振り返る。

 ……うん。

 私、頑張った。

 めっちゃ! 頑張った!

 

「ぱちぇー?」

 

 ぱたぱた。

 ちっちゃな羽根をはばたかせて。

 立ち尽くした私の背中に、ふわりと飛びついたレミィ。

 

「ねえ、ぱちぇ」

 

 その声が。

 なんだか、いつもと違ったので。

 

「なあに、レミィ」

 

 ことさら優しく聞いてやる。

 

 世界が変わっても。

 出会いが変わっても。

 私と彼女は、親友だけど。

 それは、絶対に、変わらないけれど。

 

 やっぱり、この世界では、私の方が『年長者』だから。

 接し方が変わるのは、仕方のないことだ。

 

「あのね」

「うん」

「あの、あしたね」

「うん」

「わたしの、おたんじょうび、でしょう?」

「ええ、そうね」

「だから、だからね?」

「うん」

 

 つっかえながらも。

 幼いなりに、一生懸命。

 とても真剣に、話そうとしているから。

 急かすことなく、耳を傾けた。

 

 そして、レミィは。

 

 

「だから……おかあさまと、おはなしできるのよね?」

 

 

 そう言って、私の肩に置いた小さな拳を、ぎゅぅっ、と握り締めた。

 

「……」

 

 私は。

 その拳に、そっと手を重ねて。

 

「ええ、そうね……いっぱい、お話しするといいわ」

 

 そう答えてやった。

 すると、

 

「……うん!」

 

 レミィは。

 本当に嬉しそうに、笑った。

 

「……」

 

 小さな生き物というのは、基本的に愛らしい物であると。

 私――パチュリー・ノーレッジは、常日頃から考えている。

 

 そして、愛らしい物は、大切にされてしかるべきだ。

 

 

「……あの、糞男め」

 

 

 小さな。

 誰の耳にも、届かない声で。

 抑えきれない感情を、吐き出した。

 

 

 

 

 翌日。

 レミィの、4歳の誕生日。

 

「それでね、おかあさま! そのとき、ぱちぇったらねっ」

 

 母娘の語らい。

 丸テーブルを囲んで座り、紅茶を飲みながら。

 楽し気に、毎日のくだらない日常を語るレミィ(9割方、私の話だ)。

 

「……ふふっ」

 

 それに相槌を打ちながら、時折小さく笑う、奥方様。

 

 毎年、この日だけは、一日中、二人一緒だ。

 

 この時間は、お館様からレミィへの、誕生日プレゼントなのだろう。

(……まあ、普通は、母娘が共に過ごすのは、当たり前のことだけども)

 

 そして私は、毎年それをレミィの隣に座って眺めている。

 もちろん、邪魔をしてはいけないと、遠慮しようとしたこともある。

 

 しかし。

 立ち去ろうとした私の袖を。

 レミィは、ギュゥッ、と引いて、引き留めた。

 そして、

 

「ぱちぇは、わたしのとなり!」

 

 ――って、偉そうに、椅子を指差した。

 

 

 だから、私は彼女の隣。

 いつだって、隣にいるのだ。

 

 

「……ねえ、レミリア」

 

 奥方様が。

 あらたまった調子で、口を開いた。

 

「なあに、おかあさま?」

「あのね、貴女に、プレゼントがあるの」

「え? うん、さっきもらったわ。ありがとう!」

 

 レミィの膝の上。

 愛らしい、クマのぬいぐるみ。

 しかし、奥方様は首を横に振った。

 

「いいえ、それとは別に」

 

 その言葉に。

 レミィは、楽し気に身を乗り出した。

 

「えっ、なになに!?」

 

 奥方様は。

 レミィの小さな手をとって。

 自分の腹に、そっと触れさせた。

 

「……あ」

 

 私は。

 2個目のプレゼントの正体に、気が付いた。

 

「ほら、レミリア……ここにね」

 

 ドクリと。

 心臓が、嫌な音をたてた。

 

 

 

「妹が入っているの。貴女は、お姉様になるのよ」

 

 

 

 ――……ああ。

 来るべき時が、来た。

 




おひさしぶりです。
また少しずつ書いていきますので、よろしくお願いいたします。

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