――……美鈴を拾ってから、間もないある日。
スカーレット卿――『お館様』のもとに呼び出された私――『パチュリー・ノーレッジ』は、何を言われるのだろうかと、内心、気が気ではなかった……の、だが。
開口一番、彼は言ったのだ。
「よく考えたものだな」
……、
…………はあ?
よく考えたものだな――……とは、いったい、何のことなのか。
まったく思い当るところがなかった。
その為、むしろ、貴方は何を考えた、いや、何を妄想したのか、と。
そう、返しそうになったのだが。
私が何事かを口にする前に、彼は不敵に笑いながら言葉を続けた。
「君が拾ってきたあの『雑種』、育てればそれなりの物に仕上がりそうだ。今食って僅かな糧とするよりも、手懐けて使ってやり、役立てた方が得だろう。いらなくなれば、食ってやれば良いのだし」
――うわあ。
「は、ははっ」
自然と、私の口からは、乾いた笑いが零れ落ちた。
それをどう勘違いしたのか、お館様も笑みを深めた。
――……やはり。
お館様と、レミィとでは、似ても似つかない。
お館様は、非常に冷徹で、残酷な――『怪物』だ。
そう考えながら。
しかし、同時に、私は思ってしまったのだ。
(人の話をろくに聞かずに、全てわかっているって雰囲気を醸し出しながら、自信満々な顔して笑う――……しかも、見た目だけなら文句なしに『夜の王』って感じ)
――……やはり。
お館様と、レミィは。
『親子』なのだなあ、と。
そう思ってしまい――……小さく、溜息を吐き出したのだった。
しかしながら。
傍目から見れば、確かに、お館様の予想していた通りに、事態は推移したかも知れない。
成長した美鈴は、役に立つ、なんて物ではないほど、凄まじい働きぶりだった。
朗らかに笑いながら、『親孝行がしたいんですよ』なんて言って、現場仕事を代行してくれるようになったのだ。
おかげで、私の仕事は館内での事務仕事がメインになったのだった。
(なお、現在のスカーレット家の行っている主な仕事はふたつだ。ひとつめは、一部の人間の権力者に単純な武力等を提供してやり、金品および『不要と判断された人間』を貢がせている。ふたつめが現在の私が担当している仕事だが――貢物の金品や、その伝手で得た貴重品等を適切に捌いて、何倍もの収入に膨れ上がらせるという仕事だ。『元の世界』でも、私の仕事は似たような物だった)
自分の能力には、自信がある。
その辺の木端共に対して敗北を喫する程、情けなくはないつもりだ。
だけれども――……肉体労働は、向いていないのだ。
自作の魔法薬で己の体を誤魔化しながら、戦闘任務をこなしていたが――ぶっちゃけ、すっっっごい! しんどかった!!
ホント、美鈴様様である。
――……と、まあ、そんな感じで。
それなりに安定した日々を過ごしていたのだが。
ある満月の夜のこと。
お館様が、一人の女性を連れて帰ってきた。
「――……おお、ノーレッジ。紹介しよう」
彼は。
出会って以来、初めて見るような、『やわらかな笑み』を浮かべて。
傍らの女性の細い肩に、そっと手を置きながら、言ったのだ。
「彼女は、私の妻になる女だ」
――……ああ。
やっと、か。
『奥方様』は。
とても、美しい女性だった。
金糸の髪に、オレンジがかった赤い瞳。
宝石のように光り輝く『翼』。
つまりは。
『妹様』に、瓜二つであった。
少なくとも、外見は、レミィが父親似で、妹様が母親似のようだと私は思った。
しかし、奥方様が館で暮らすようになってから、しばらく経ち――私は、認識を改めた。
奥方様は、物静かで、思慮深く。
あまり、感情を表に出さない人物で。
それは、精神状態が安定している時の妹様を思い起こさせた。
どうやら。
内面も、妹様は、母親似であったらしい。
季節が一巡した頃。
奥方様が『懐妊』された。
日に日に膨らんでくる腹を、多少距離を置いて眺めながら。
静かに、胸に熱が広がるのを感じた。
お館様から、出産に立ち会ってほしいと言われた。
治癒は専門ではないが、簡単な回復魔法ならば行使出来る私を、『万が一』の時の為に、傍に置いておきたいらしい。
お館様は、奥方様にだけは、優しかった。
私は、一も二もなく、頷いた。
そして。
産声が響いた。
「――……貴女の名前は、レミリア。レミリア・スカーレットよ」
奥方様は、息を乱しながらも、腕の中に納まった『産まれたての赤子』に、そう囁いた。
薄く生えた髪の色は、蒼銀。
ピコピコと揺れ動く、小さな、黒い翼。
ふと。
赤子が、こちらに視線を向けた。
その瞳の色は、とても見慣れた『紅』だった。
――……胸が、熱い。
恋情ではない。
私がその感情を捧げる相手は、たった一人だ。
だけど、この感情は。
それにも匹敵するものだろう。
微笑んで。
声には出さず、呟いた。
――……はじめまして、親友。
後日。
お館様に、重要な話があると言われ、呼び出された。
何事か、と。
身構えていたのだが。
「レミリアの、教育係を任せたい」
配下の中では、君がいちばん教養を持っているのだよ、と。
お館様が、微笑んだ。
「……えー」
いや。
だから。
――……どうして、こうなるのだ。
今回は、繋ぎのお話なので、短めです。
次回はレミリアお嬢様回!