ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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3話

 小さな生き物というのは、基本的に愛らしい物であると、私――パチュリー・ノーレッジは常日頃から考えている。

 上述の理由により――……放っておけなかった。

 

 

 

 

「……しっかりしなさい」

 

 あてがわれている自室にて。

 拾って帰った幼子をベッドに寝かせて、その赤い前髪を指で払い、濡らした手拭いを額に乗せてやった。

 青痣や、裂傷等の外傷は、治癒魔法で癒したが、医者ではないので、体内に異常が起きていた場合は、どう対処すれば良い物かわからない。

 齢を重ねた妖怪ならば、放って置いても自然に回復するかもしれないが――おそらく、この子は見た目通りの年齢であると確信していた。

 その為、非常に落ち着かない心持ちで見守っていたのだが……意識は未だに戻らないものの、呼吸は落ち着いてきたように思う。

 その事実に多少安堵しながら、息を吐き出したところで――……。

 

「――ッ! ゲホッ、ゲホッ!」

 

 ……咳が、止まらなくなった。

 おそらく、喘息の発作をおさえていた『魔法薬』の効果が、切れたのだ。

 

「くっ、かは……っ!」

 

 死ぬ程の、苦痛。

 しかし、私は魔女なので、この程度では決して死なないことは、今までの経験で理解している。

 ただ、呼吸がままならなければ、意識を保つことが出来ないので、気を失うだろう。

 

「……あ」

 

 私の上げた、咳の音と、呻き声に反応したのか。

 やっと意識を取り戻した、赤い髪の幼子。

 その見開かれた目と、視線が交わった。

 綺麗な緑色からは、困惑が見て取れた。

 

 ――……呼吸がままならなければ、意識を保つことが出来ないので、気を失うだろう。

 その間、に。

 

(その間に――……殺されなければ、いいのだけれど)

 

 敵のアジトから、拾ってきたのだ。

 寝首をかかれる可能性は、決して、低くはない。

 

 しかし、まだ。

 死ぬわけには、いかないのだ。

 

 

 ――……暗転。

 意識は、闇に沈んだ。

 

 

 

 

「……大丈夫、ですか?」

 

 目覚めにかけられた第一声に、自分が生き長らえたことを知った。

 

「大丈夫、みたいね――……おはよう」

 

 返答を返しながら、己の額に手をやり、気付く。

 濡れた手拭いが、額の上に置かれていた。

 この部屋には、私と、目の前の赤い髪の幼子しか、存在しない。

 

「……」

 

 無言で幼子の顔を見詰めると、幼子は、困ったような顔で、『笑った』。

 どうやら、この幼子は――……『良い子』のようだ。

 

「……私の名前は、パチュリー・ノーレッジ。魔女よ」

 

 自己の名前を名乗り、返答を待つ。

 良い子ならば、答える筈だ。

 

「……私、は」

 

 しばしの間を置いてから。

 幼子は、困った顔のまま、言った。

 

 

「私には、名前がありません。ただの、雑種です」

 

 

 名前が、ない。

 その返答を聞いた瞬間――……脳裏に、銀色がフラッシュバックした。

 

 

 

 

 拙い口調の幼子から、ゆっくりと話を聞いた。

 彼女は、遠い国の生まれで、気が付いたら『独り』だったらしい。

 それ自体は、珍しいことでもない。

 人間でも、妖怪でも――……『捨て子』なんて、いくらでも存在する。

 ただ、彼女には、いくつかの『不幸』があった。

 

「この、角は――……」

 

 幼子の長い髪を掻き分けると、とても小さな『角』が生えていた。

 その角が、牛等の物だったならば、問題ではなかったのだけれど。

 

「……『龍の角』だって、知らない妖怪が言っていました。混ざり物だけど、餌には十分だ、って」

 

 角を触らせて貰いながら、魔法で解析をしてみたところ、幼い彼女の体の中には、雑多な妖怪の血と力が詰め込まれていて――……その中には、非常に希少価値の高い力も存在した。

 下等で下劣な妖怪ほど、栄養価の高い餌を喰って、強くなることを望んでいる物だ。

 成程、確かに彼女は『雑種』だが、上等の『餌』だろう。

 

「逃げていました。いつも。何故生きているかはわからなくても――……死にたくは、なかった」

 

 それは、『本能』だ。

 生きる物として、正しい『感情』だ。

 

「……そうしているうち、一人の人間と出会いました」

 

 彼女の前に現れたその人間は、真っ白な髭をたくわえた老人だったそうだ。

 

「何か、優しい言葉をかけてくれたわけではなかったけれど。傍に居ても、怒らなかったし――……食べ物を、分けてくれました」

 

 老人は、武道の道に生きる人間だったようで、彼女の見ている前で、日々、修行に励んだ。

 滝に打たれ、木に拳を打ち付け、座禅を組んで、瞑想に耽る。

 彼女は、それを見様見真似で『真似』し始めた。

 

「師父、と呼んだら、睨まれましたけど」

 

 そして――……傍らに置いていた、幼い彼女には不釣り合いに大きな帽子を胸に抱いて、笑う。

 それは、泣き出しそうな『笑顔』だった。

 

「最期に、この帽子を、頭に被せてくれて――……『世界は、広いんだぞ』って」

 

 ああ。

 やっぱり。

 彼女は『良い子』だ。

 

「確かに、『世界』は、広かったですよ」

 

 でも――……『良い子』に対して、この『世界』は優しくないのだ。

 

「不思議ですね。広い筈の、この世界は――どうして、こんなに窮屈なんでしょう?」

 

 それは。

 不思議でも、何でもない。

 だって、この『世界』に住む人々の『心』は。

 とてもとても、『狭い』のだから。

 

「……何故」

 

 口を開く。

 疑問が零れ落ちた。

 

「何故、私にその『角』を見せたの。……何故、貴女の『弱み』を曝したの」

 

 しかし、本当は。

 聞かずとも、答えなど知っているのだ。

 

「……きっと」

 

 幼い彼女は、小さな肩をすくめながら。

 また『笑った』。

 

 

「きっと――……寂しかったんですよ」

 

 

 銀色が、フラッシュバックする。

 出会った当初のあの子は、決して、笑えなかったけれど。

 

「……っぐ!?」

 

 唐突に。

 目の前の幼子が、息を詰まらせながら、背中を丸めた。

 

「く、ぅうっ、あっ!」

 

 人間でも、妖怪でも――……『捨て子』なんて、いくらでも存在するのだ。

 ただ、彼女には、いくつかの『不幸』があって、そのひとつめは、『種族』だ。

 そしてふたつめの不幸も、大元は同じだった。

 幼い彼女の体の中には、雑多な妖怪の血と力が詰め込まれていているけれど――……それに、彼女自身が、振り回されている。

 

「……っ!」

 

 苦痛に歪んだ幼い顔を見て、胸が締め付けられた。

 小さな生き物というのは、基本的に愛らしい物であると、私――パチュリー・ノーレッジは常日頃から考えていた。

 

 

 放っておける、わけがない。

 

 

「……大丈夫」

 

 震える小さな体を、そっと抱きしめた。

 私の見立てでは。

 彼女は、生きた龍脈であり、龍穴である。

 それならば。

 東洋魔術の五大元素に加え、日と月まで極めた私が、御しきれないわけ、ないだろう。

 

「世界が、広くても。狭い心に、追い立てられても」

 

 貴女は、もう『独り』じゃない。

 

「私が――……『七曜の魔女』が、ついてる」

 

 

 

 

 そして。

 幼かった彼女は『成長』し。

『気を使う程度の能力』を手に入れたのだった。

 

 

 

 

「只今戻りました!」

 

 任務に出ていた彼女は、帰ってくるなり私の部屋へと尋ねてきた。

 扉を開けた途端飛びついて来た彼女を、非力な私が受け止めきれるわけもなく、尻餅をつく。

 怒鳴ってやろうかと思ったが、向けてくる満面の笑顔に、大型犬を幻視したので、その気力も萎えた。

 

 

「貴女に早く会いたくて、急いで帰ってきたんですよ――……『お母さん』」

 

 

 自分が『母』と呼ばれることなど、想像したことすらなかったが。

 その呼び掛けを否定することも、今となっては、出来はしない。

 しかし。

 

 

「おかえり――……『美鈴』」

 

 

 全力で叫びたい。

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

 成長した『彼女』は。

 長身に見合う豊満な肉体と、真っ赤な長髪と、深緑の目を持つ『美女』で。

『気を使う程度の能力』を有していた。

 

 

 つまりは、私の親友の従者となる筈の妖怪、『紅美鈴』である!

 

 

 以前の世界では、彼女にその名前を与えたのは、親友だったが。

 この世界では、未だ産まれてさえいない親友の代わりに、私がその名前を与えることになった。

 彼女は――……美鈴は、言う。

 

『この名前は、お母さんに与えていただいた、大切な宝物ですよ』と。

 

「大好きです、お母さん」

 

 私は。

 笑顔で甘えてくる可愛い『娘』の頭を、溜息を吐きながら、ゆっくりと撫でた。

 

 

 本当に――……どうして、こうなった。

 




仕事が忙しかったり、熱が39度出たりで更新が遅くなりましたが、今後も亀更新が予想されます。
のんびりお付き合いくださると幸いです。

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