袋から取り出したクッキーを手に、博麗の巫女――……霊夢が発した、第一声。
「なにこれ……煎餅?」
――……煎餅?
首を傾げるしかないルーマニア人の私、十六夜咲夜。
つられて霊夢も同じ方向に首を傾げたものだから、首を傾げたまま見詰め合う、というおかしな光景が出来上がった。
そんな光景にヒビを入れるように、掛けられた声。
「違うぜ、霊夢。それは外の世界の食べ物なんだ」
多少驚きつつ、振り返る。
しかし、背後には、誰もいない。
「上だ、上」
声に従い、顔を上げる。
「よう、はじめまして、だな?」
そこには、箒に跨って空を飛ぶ、魔法使い(幼女)の姿があった。
「ッ!?」
咄嗟に警戒し、臨戦態勢に入る私。
そんな私に構いもせず、霊夢がのんびりと応待する。
「あら、魔理沙。素敵な賽銭箱はあっちよ?」
どうやら、霊夢の知り合いらしい。
パチュリー様の方に視線を向ける。
彼女は、紫と並んで縁側に腰を下ろし、静かにこちらの様子を見守っているようだ。
目が合うと、小さく微笑んでくれた。
「……」
少し、気恥ずかしく思いながら、視線を戻す。
ちょうど、霊夢がクッキーを口に放り込んだところだった。
もきゅもきゅ、咀嚼音が響く。
霊夢の眦が、ゆっくりと垂れ下がる。
ごくん、と喉を鳴らした後。
口角を上げながら、霊夢が感想を溢した。
「うん、この外の世界の煎餅、美味しいわね」
苦笑しながら地面に降り立った魔法使い――……魔理沙が、訂正の声を上げる。
「だから、煎餅とは違うって。クッキー、って言うんだ」
そして、霊夢の抱えている袋に手を突っ込むと、クッキーを摘み上げ、齧り付いた。
「うん、美味いな!」
美味しい。
その言葉は、素直に嬉しいと感じる。
なにせ、料理を作ったのは、初めてだ。
……まあ、作った、とは言っても。
実際には、パチュリー様の指示通りに生地を捏ねたり、型抜きをした程度だけど。
「あんた、名前は?」
問い掛けられて。
答えられる名前を得たのは、つい最近の出来事だけど。
随分、自然に答えられるようになってきたと思う。
「私は、咲夜。十六夜咲夜よ」
――……それよりも。
気になることが、ひとつ。
結局のところ。
「……ねえ、煎餅って、なに?」
単純に、疑問だった。
「あー、食べたことないの?」
後頭部を掻きながら問い掛けてきた霊夢に、頷いて返す。
「そっか……紫―!」
霊夢は、少し思案顔を見せた後、紫に声を掛けた。
「はいはい」
微笑みながら、紫が空中に指を滑らせる。
空間に走った亀裂、そのスキマから。
落ちてきたのは、菓子器に盛られた――?
「これのことだぜ」
「そう、これが『煎餅』よ」
ニンマリと、悪戯っ子その物の顔で笑って。
両側から私の手を引く、霊夢と魔理沙。
「ほらっ」
二人に促されて、恐る恐る口へと運ぶ、未知のお菓子。
「……っ!」
それは。
初めて食べる味だけど。
「……美味しい」
自然と零れた、そんな言葉に。
さらに、笑みを浮かべる二人。
「でしょ? お茶にあうのよ」
紫ー、お茶―! って。
さらなる要求を叫ぶ霊夢。
やれやれ、と。
溜息を吐いた後。
結局は微笑んで台所へと向かって行く、妖怪の賢者様。
驚きと呆れで目を丸くしながらも、煎餅を齧り続ける私。
そのすべてを楽しそうに眺めつつ、私の作ったクッキーを齧っていた魔理沙が、口を開いた。
「でも、このクッキーだって美味いぜ! それにコレ、手作りだろ?」
一人で作ったのか? と。
そう問われて、自然と視線を向けた先。
こちらの様子を微笑ましそうに見守っていたパチュリー様と、視線が交わる。
「いいえ、パチュリー様と一緒に……」
私の視線の先を追う、霊夢と魔理沙。
先に疑問を口にしたのは、霊夢だった。
「咲夜の保護者?」
保護者。
まあ、世間的に見るならば、間違いではない。
衣食住と教育、そのすべてを面倒みて貰っているのだ。
でも。
それでもやっぱり、私と彼女の関係性は――……。
「旦那さんよ」
唐突に告げられた、『解』。
急須と湯呑をお盆に載せて台所から戻って来た紫は、笑顔で言葉を続けた。
「彼女は、咲夜の旦那さん」
数拍の沈黙を挟んだ後。
「「はあっ!?」」
大声を上げる、霊夢と魔理沙。
「……えー、っと」
痛みさえ感じそうな視線の集中砲火を浴びながら。
咳払いしつつ、口を開いたパチュリー様。
「……はじめまして。私の名は、パチュリー・ノーレッジ。種族は魔」
「「このロリコンめ!」」
「ッ!?」
自己紹介を罵倒と共に遮られ、困惑を隠せないパチュリー様。
汗を垂らしながらも、弁解を口にする。
「ろ、ロリコンじゃないわ、私はただ……」
次の台詞は。
真っ直ぐな眼差しで、言い切った。
「咲夜を愛しているだけよ」
その、あまりにも堂々とした物言いに。
呆気にとられる霊夢と魔理沙。
しかし、幾許か経過後。
霊夢が、ゆっくりと問いかけた。
「あんた、何歳?」
パチュリー様は、視線を泳がしながら、小声で答える。
「……700歳くらい?」
その返答に。
勢いよく指を突きつけ、魔理沙が叫んだ。
「やっぱロリコンじゃん!」
私は。
そんな、騒がしい光景を眺めながら。
なんだか、胸がポカポカと温かくなるのを感じた。
霊夢が、私の腕を引きながら問い掛けてくる。
「咲夜、あいつと祝言挙げたの?」
祝言……聞き慣れない言葉に首を傾げた後、思い当り、口を開く。
「結婚式のこと? いいえ」
私の答えに、魔理沙が意地悪そうに笑いながら、パチュリー様を煽る。
「じゃあ、
「~ッ!」
少しだけ眉間に皺を寄せ、息を詰まらせるパチュリー様。
その様子を見ながら、私は頷いた。
「そうね」
そんな、私の肯定を聞いて。
軽く下唇を噛みながら、パチュリー様は俯いた。
「……」
その様子をジッと見詰めながら。
私は、言葉を続けた。
「でも私、パチュリー様の娘には『お父さん』って呼ばれてるわ」
再び、魔理沙が叫んだ。
「子連れかよ!?」
「っていうか、それじゃあ咲夜が旦那じゃない?」
首を傾げつつ、指摘する霊夢。
よせばいいのに、パチュリー様がしたり顔で返答する。
「いいえ、咲夜は私のお嫁さんよ」
もちろん、霊夢と魔理沙は声を揃えて叫んだ。
「「ロリコン!」」
幼子からぶつけられる罵倒に、仰け反るパチュリー様。
いつも綺麗な
わあ、涙目だ。
「……ぷっ」
思わず、噴き出した。
面白い、とか。
そういうのじゃなくて。
可愛いなあ、って。
そう思ったら、なんだか。
自然と、笑ってしまったのだ。
「ねえ」
声を掛けられて、振り向く。
紫が身を寄せてきた。
楽しそうに細められた、金色の瞳と視線が交わる。
小さな声で、質問された。
「貴女は、ウエディングドレスとタキシード、どちらが着たいかしら?」
私は。
数瞬の沈黙の後、口を開く。
「よく、わかりません……でも」
これも、境界の妖怪の能力なのか。
その台詞は、本当に自然に、唇のスキマから零れ落ちた。
「パチュリー様には、ドレスが似合うと思います」
私の言葉を聞いて、一口お茶を飲んだ後。
楽しそうに、でも穏やかに、紫は笑った。
そんな彼女から視線を外し、立ち上がる。
まだまだ、わからないことばっかりだけど。
ひとまずは。
「さ、さくやー……」
霊夢と魔理沙にいじめられ、涙目のパチュリー様を、助けてあげよう。
さっきゅんには、あともう一人お友達ができる予定です(*´ω`*)