「とも、だち……?」
きょとん、と目を丸くして。
私の
そのあどけなさに、絆されたのか。
案外、本当に子供好きなのか。
微笑ましそうに目を細めて、紫は言葉を続ける。
「ええ、友達。一緒に遊んで、時々、喧嘩もする。そういう、かけがえのない相手」
それを聞いた、咲夜は。
「……」
口を閉ざして、俯いてしまった。
そうしていると、小さな彼女が、余計に小さく見えた。
「……咲夜」
囁くように、呼びかけて。
やわらかな銀髪に、そっと指先を滑らせる。
きっと。
生きるのに精一杯だった彼女には。
『友達』なんて、夢物語の存在だったのだろう。
戸惑うのも、無理はない。
だけど。
「……あのね、友情、ってね」
少し、照れ臭いけれど。
確かな『真実』。
「生きていくうえで、もっとも大切な物のひとつなのよ」
私、パチュリー・ノーレッジは、心の底からそう思っている。
そんな私の言葉を聞いて。
咲夜は、ゆっくりと顔を上げた。
私の顔を見上げた彼女は。
その目を、緩やかに細め、口角を上げる。
ああ。
可愛いなあ。
「……明後日」
彼女の代わりに、答えを返した。
「明日、というのも急だから、明後日。私とこの子の二人で、神社に伺うわ」
――……そこまでが、昨日の出来事。
約束の日は明日だから、今日も二人で映画を鑑賞中。
「……」
本日の映画は『猫〇恩返し』。
猫好きの私としては、はずせない名作である。
だけど。
「……」
隣の咲夜は、ずっとそわそわと落ち着きがなくて。
映画の内容なんて、まったく頭に入っていないっぽい。
「……うーん」
どうしようか。
ずっとこの調子では、明日の朝には疲れ切っていそうだし。
そんな感じで、こっそり悩んでいる間に、映画も終盤。
猫の王子様が、美しい雌猫に、プロポーズをするシーン。
プロポーズ、かあ。
咲夜は、きっとウエディングドレスが似合う。
いやいや、白無垢も捨てがたい。
そうすると、私はタキシードか、紋付袴を着ればよいのだろうか?
……でも、私だって、花嫁衣装にそこはかとなく憧れはあったりするし。
なんて。
脇に逸れた思考を、引き戻す。
画面には、誓いの指輪代わりの『魚の形をしたクッキー』が映っている。
……うん。
これだ。
「咲夜」
呼びかけると。
数拍の間を置いてから、咲夜がこちらへ視線を向けた。
微笑みながら、提案する。
「手土産に、クッキーでも作りましょうか」
バターに砂糖、卵に小麦粉、バニラエッセンスも添えて。
二人で協力して、生地を作った。
最初は戸惑っていた咲夜だけど、段々と表情を和らげていくのが分かった。
「型抜き、どれ使う? 色々あるのよ」
ガシャガシャ音を鳴らしながら抜き型を調理台に広げた。
定番の形から、そんなのもあるんだ、ってビックリするような形まで、数多く揃っている。
「すごいですね、こんなにたくさん」
三日月の抜き型を手に取った咲夜が、感心した様子でそう言った。
「はじめにクッキーを作った時はね、私の趣味で、コレとコレを使ったんだけど」
猫と肉球の抜き型を手に取って、咲夜に見せる。
「……猫、好きなんですね」
「うん、好き」
似合わないかしら? って。
はにかみ笑いを浮かべながら、そう答えると。
何故か咲夜は、その2つの抜き型を、端に除けてしまった。
「え?」
「……」
「咲夜?」
「……」
「……猫、嫌いなの?」
「別に――……でも」
犬の方が、役に立ちますよ、なんて。
少しばかり不満気に、そう言いながら。
私の
「……?」
彼女は犬派、ということだろうか?
小首を傾げた後、ひとまず話題をもとに戻すことにした。
「えっと、それでね? さっきの抜き型で作ったクッキーを、レミィ達に初めて振る舞った時にね?」
「はい」
「蝙蝠の型はないのかー、とか。2種類だけじゃつまらないー、とか。色々言われたのよ」
「……ああ」
その情景が、目に浮かんできたのか。
咲夜が、薄く苦笑を浮かべた。
私も、思い返しながら、眉を下げて笑う。
「だから、クッキーを作るたびに、新しい抜き型を用意するようになっちゃって」
コレとか、自作なのよ? って。
蝙蝠の形の抜き型を指先で弾きながら語ると。
咲夜が『心底驚いた』といった様子で、目を丸くした。
「わあ……器用ですね」
感嘆の声を漏らす咲夜。
素直過ぎて、照れ臭い。
熱くなった頬を誤魔化すように、軽く首を横に振りながら、言葉を返す。
「慣れれば簡単よ。デザインを決めたら、アルミ板を曲げていくだけだし……ッ!?」
どんっ!
唐突な『衝撃』。
よろめいて、調理台に手をついた。
危ない。
自分の顔で型抜きをするところだったわ。
「きゃっ……あっぶな、え、なに?」
「おかあさーんっ、お父さんとお菓子作ってるんですかー?」
「……美鈴!」
背中からとびついてきたのは、私の愛娘だった。
「いきなり抱き着いたら、危ないでしょう?」
「えへへ、ごめんなさーい」
嗜めてみても、一切曇りを見せない、輝く笑顔。
溜息を吐く。
ああ――……可愛い。
そんなふうに、感じてしまって。
結局、叱りつけるどころか、頭を撫でてやる私は。
多分、駄目親である。
「あら、なにやってるの?」
――……千客万来。
「レミィ」
今度は、親友様の御出座しだ。
「あ、クッキー! 私の分もあるわよね?」
そう問いながら、蝙蝠の形の抜き型を指先でつまみあげて。
にぱぁっ! と笑う、夜の王様。
そして、それを見ても。
……可愛いなあ、もう。
やっぱり、そう感じてしまう私だから。
「はいはい……はじめから、多めに用意してあるわよ」
「わぁい!」
……我ながら、クッキーよりも甘い対応だ。
過剰な甘さは、毒にもなる。
何事も、加減が大事なのだ。
でも、まあ。
私は、魔女だし。
魔女なんて、古来より、他者を堕落させる存在だと、相場が決まっている。
だから、これでいいのだ。
うん。
……うん。
「ってことは、皆でお茶会ですね! 小悪魔さんも誘っちゃおうっ」
そんな、美鈴の台詞を聞いて。
「ッ!」
脳裏に過った、『スペサタイトガーネット』の煌めき。
「……」
数瞬、黙考。
まったく不安がないと言ったら、嘘になる。
――……でも。
『今の彼女』を、まっすぐに見据えると。
私は、そう決めた。
「……レミィ」
それに。
もし、万が一。
「パチェ?」
いや、億が一。
悲劇の引き金が引かれてしまっても。
「フランも――……お茶会に参加して貰いましょう」
私のすべてを懸けて。
誰一人、傷付けさせはしない。
そう、それこそ。
フラン自身も含めて、守ってみせる。
「あらためて、ごきげんよう」
背筋は伸ばしたまま。
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ。
見事なカーテシーを披露しつつ、自己紹介。
「私の名前は、フランドール・スカーレット。紅魔館当主、レミリア・スカーレットの実妹よ」
フランの放つ、確かな気品。
その優雅さに圧倒されて、小悪魔が数歩後退った。
……情けない奴だ。
一方、咲夜は、ぎこちない動作ではあるが、しっかりと返礼した。
「ごきげんよう……先日は、ありがとうございました。十六夜咲夜と申します」
まだ幼いけど、流石、咲夜。
――……立派よ、可愛い!
内心で、拍手喝采。
「ふぅん……」
しかし。
何故かフランは、探るような眼差しで、ジィッと咲夜を見詰めた。
「……フラン?」
私が呼びかけると。
ハッとした顔になり、ブンブンと首を横に振って。
「うん、よろしくねっ」
そう言って、綺麗に笑った。
「……?」
首を傾げる。
なにか、様子がおかしい。
まともに会話するのは初めての相手だし、緊張しているのだろうか?
そこで。
「さあ、みなさん速く席に着いてクッキーをいただきましょうっ」
美鈴が、明るい声で言い放った。
「お母さんとお父さんの『初めての共同作業』の結晶ですよ!」
――……唐突に爆弾を放るのは、いい加減に勘弁してほしい。
まったく、誰がこんな娘に育てたんだ。
私だ。
「……め、美鈴の言う通り、席に着いて食べましょう。紅茶が冷めるわよ」
顔が熱い。
多分、今の私の顔は、熟れた林檎より赤い。
チラリ、と横目で咲夜を盗み見る。
特に様子に変化はない。
どうやら、まだ『初めての共同作業』の意味を知らないらしい。
ホッとしたような、少し寂しいような。
複雑な想いが、胸を過った。
「ぱーちぇっ!」
「きゃあっ!?」
席に着くなり。
私の右隣に座ったフランが、腕に飛びついてきた。
「ふ、フラン?」
「ぱちぇー、ハート型、可愛いねっ」
フランは、指先でつまんだハート型のクッキーを。
私の唇に、そっと押し付けてきた。
「あーんして?」
上目遣いで、甘ったるい声で。
少しだけ、頬を染めて。
ああ、甘える時のこの仕草は、幼い頃から変わらない。
可愛い。
――……拒めるわけがない。
「あー、ん」
口に入ってきたクッキー。
細い指先が、一瞬だけ、舌先に触れた。
「……っ!」
フランの顔が、耳まで赤くなり。
スペサタイトガーネットの瞳も、潤んで揺らいだ。
――……次の瞬間。
「ふご……ッ!?」
思いっきり、髪を引っ張られ。
追加で『犬型のクッキー』を口に押し込まれた。
「……っ、……ッ? ……ッ!?」
強制的に振り向かされた、左隣。
銀のナイフのような剣呑な光を宿す、青い瞳と視線が交わる。
何故か。
非常にご立腹らしい、私の
かわ……怖い。
うん、こわい!
「ちょっと! パチェにひどいことしないでよ!」
怒鳴りながら、さらに私に密着するフラン。
「ひどいことなんてしてません……食事中なんだから、離れたらどうですか」
淡々と言い返しながら、さらに私の髪をひっぱる咲夜。
え、ちょ、もう。
ホントにわけがわからない。
助けを求めて、対面の席の左側から順番に視線を走らせる。
「うわあ……」
小悪魔は、何故かうんざりした顔で私を見ていた。
なんでよ、私悪くないでしょ?
「仲良しですねっ!」
美鈴は、いつも通りの笑顔だ。
ちょ、貴女のお母さん大変なことになってるのよ美鈴?
貴女のお母さんハゲちゃうわよ美鈴!?
「……」
――……レミィは。
何故か、先程のフランと同じように。
ジィッと、私達を見詰めていた。
「れ、れみ……っ」
そして。
「あーーっ! もうっ! 私も混ぜろっ!!」
髪を掻き乱し、そう叫ぶなり。
「きゃああああっ!?」
テーブルを越えて、とびかかってきた!?
「ふらーんっ! お姉様にもあーんしてー!」
「い、いつもしてあげてるじゃんかあ!」
「……離れてください」
「ちょ、も、本気でやめ……ッ」
ずるっ!
「んなあっ!?」
バランスを崩し。
椅子から、勢いよく滑り落ちる。
「うぐっ!」
床で背中を強打した上に。
私の上に倒れ込んでくる、3人。
「ぐえっ!」
怪我しない様に、と。
咄嗟に抱え込んだ咲夜の頭が。
ちょうど、鳩尾にクリーンヒット。
「ぱ、ぱちゅりーさまっ!」
焦りに満ちた、咲夜の呼び掛け。
それに応える気力さえ、すでになく。
「むきゅー……」
ああ。
色々、覚悟はしていたのだけど。
この展開は、予想外という他ない。
と、いうか。
サッパリ意味が分からない。
――……薄れゆく、意識の中で。
「小悪魔さん、小悪魔さん、あーんっ」
「えっ、め、美鈴さん?」
「あーん、ですよ!」
「……あ、あーん」
「えへへっ」
そんな会話が、耳に届いた。
……小悪魔め。
目が覚めたら覚悟しておきなさい。
普段の十倍、扱き使ってやる。
――……翌日。
綺麗にラッピングしたクッキーを胸に抱いた、咲夜。
そんな咲夜をお姫様抱っこして空を飛ぶ、私。
※咲夜はまだ自力では長距離の飛行が出来ない。
また、魔法を使用しているので、重さはほとんど感じない。
「……」
非常に緊張した様子の咲夜を抱く腕に、ギュッと力を込める。
こちらを見上げてくるタンザナイトを、静かに見つめ返した。
そのまま、数十秒が経過。
咲夜の身体から、少しずつ力が抜けて。
眦も、穏やかに下がっていく。
「っ!」
息を呑む。
咲夜が、私の肩口に、ほんの少しだけ、頬をこすりつけた。
とても控えめな。
でも、確かな。
甘えた仕草。
「……う、」
声が漏れそうになって。
慌てて、下唇を噛む。
うわあ、うわあ、うわあうわあうわあ……っ!
腕の中には、私の
それは、とても幸せなことだけど。
両手が塞がっているせいで。
真っ赤に染まっているであろう顔を、隠すことも出来ない……っ!
「……ふふっ」
「ッ!?」
小さく、吐息のように。
咲夜が笑い声を溢した。
堪らず、視線を空へと逃がす。
太陽が眩しい。
本日は、快晴。
――……あの巫女に会うのに、相応しい日だ。
正面鳥居の手前に着地し、軽く一礼。
左足から踏み出して、境内に入る。
咲夜も私に倣い、同様の作法で後に続いた。
「ごめんください」
声を上げるが、返答はない。
そのまままっすぐ進み、周囲を見渡すが、人影はなく、出迎えもない。
「……留守でしょうか?」
咲夜が小首を傾げる。
どうだろうか。
人が訪れることを分かっていて、外出することもないと思うが。
いや、もしかして、紫が今日の予定を伝えていないのだろうか?
「……」
顎に指を添え、しばし黙考。
「……もしかして」
今から会う巫女が。
私の知っている、あの巫女のままであれば。
一番、可能性が高いのは。
「パチュリー様?」
「咲夜、こっちきて」
咲夜の手を引いて、歩き出す。
「……やっぱり」
母屋の裏庭。
その縁側に寝転がっている、小さな人影。
「すぴー……」
気持ち良さそうに寝息を上げている、その人物こそ。
「博麗の巫女、
ぐーっ、と。
未だ眠り続けている霊夢の腹が、賑やかに鳴いた。
第14回東方人気投票は、1月14日より投票開始予定だそうですよ!
皆さん、誰に投票するか決めましたか?
毎年恒例ですが、今年も最大7キャラクタまで投票可能(そのうち一押しを1人選び、そのキャラクタには2ポイント)だそうです。
魅力的なキャラが多すぎて、誰に投票するべきか、私はまだ悩んでいます。
しかしながら、以下のキャラは投票確定です!
一押し:ぱっちぇさん
二人目:さっきゅん
三人目:おぜう様
あとは、どの子に投票しよう……。
悩むなあっ(*´Д`)