冷たいお蕎麦より、温かいお蕎麦が好き。
冷え性な私、パチュリー・ノーレッジ。
――……残念ながら、今の私には、お蕎麦を食べてる暇なんてない。
「第二部隊は敵の後方に回り込みつつ、第三部隊と合流……慌てずに急いで」
ホームグラウンドである図書館にて。
魔法で空中に展開した、無数のディスプレイ。
そこに投影した戦場の映像に、忙しなく目を走らせながら。
「第四部隊は前に出すぎ! 深追いする必要はないわ」
ルーマニアを出立する前にネット通販で購入したインカム越しに、指示を飛ばす。
「いい? 今回の戦いで、いちばん重要なのは『誰も死なない、殺さない』よ。――……分かったら、お蕎麦を投げ渡して撤退!」
今回の私の仕事は、司令官。
直接戦場には赴かず、映像越しに戦況を確認し、無線を使って全体の指揮を執る。
その合間に。
ちらっ、と己の隣を盗み見る。
「……」
いつも通り可愛い、私の
彼女は、コーラを飲みながら、ディスプレイの向こうの戦いを、静かに観戦している。
「……あっ」
そんな彼女が、小さく声を上げた。
彼女の視線の先を追う。
そこに映っていたのは、レミィ率いる第一部隊。
――……文字通り先頭に立つレミィと相対する、その人物は。
「レミィ! 気を付けて! 親玉よ!」
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紅魔館当主、レミリア・スカーレット。
彼女の率いる第一部隊は、目の前に立ち塞がるすべてを薙ぎ倒しながら、前へ前へと進んでいった。
その後には、気絶して倒れ伏す妖怪達と、ビニールパックに包まれた蕎麦と……たまに、うどんが残されていた。
「ちょっとー、誰よ? うどん撒いたのー」
うどん派が紛れていたのだろう。
みんな、「自分ではない」と視線を逸らした。
その様子に、レミリアは笑う。
「うどんも美味しいけど、今日は蕎麦じゃなきゃダメなのよー?」
戦場に似つかわしくない、和やかな空気。
「――……随分と、楽しそうですわね」
そんな、台詞と共に。
空中に走る『亀裂』。
その『スキマ』が、ゆっくりと広がり――……。
「はじめまして」
姿を現した、金髪の美しくも怪しい『妖怪』。
「私は、この郷の管理者の一人……『八雲紫』といいます」
扇子で口元を隠しつつ、紫はレミリアに問いかけた。
「単刀直入に聞かせて貰うわね――……いったい、どういうつもりなの?」
レミリアは、不敵に口角を吊り上げて、目を細める。
「なぁに、見たままさ」
そして。
背筋は伸ばしたまま。
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ。
見事なカーテシーを披露しつつ、答えた。
「
後ろを振り返り、己の配下を見回しながら。
「家族みんなで、引越してきたんだ」
――……家族。
その言葉ひとつで、途端に広がる、喜悦の気配。
その様子を見て、紫は悟った。
「私の名前は、レミリア・スカーレット。誇り高き吸血鬼で、紅魔館の『当主』だ」
相対する存在は、紛れもなく『王』である、と――……。
紅魔館の門前にて。
敷地内に押し入ろうとする妖怪達を、片っ端から殴り飛ばす美鈴。
「申し訳ございませんが、本日は部外者の入館許可は出ておりません、お帰りください!」
突き出される右拳。
その手には、『ビニールパックされた蕎麦』。
「これは『手土産』です! 今後とも、よ ろ し く、お願いします!」
それを顔面に叩きつけられた妖怪は、そのまま数十メートル吹っ飛び、湖に落ちた。
水柱が上がり、一瞬、虹が煌めく。
「――……派手にやっているな」
そんな言葉と共に、現れたのは。
「お前達こそ、誰の許可を得て、この郷で好き勝手しているんだ?」
九尾の狐――……八雲藍。
放たれる眼光は、まさに『獣』のソレだ。
しかし。
「これはこれは。引越し早々
向けられた敵意に、一切、動じることなく。
美鈴は、朗らかに笑った。
「……」
その、あまりの毒気のなさに、気が抜けたのか。
藍は、ひとつ大きく溜息を吐き。
「もう一度、聞くぞ。……どういうつもりだ?」
多少、眼光を和らげて、問いを重ねた。
「此処は、素敵な場所ですね」
美鈴は。
微笑んだまま、言葉を紡ぐ。
「でも、ちょっとばかし、平和ボケしすぎちゃいませんか? こんなんじゃ、いずれ破綻しますよ。外の世界の二の舞です」
「ッ!」
思いがけず鋭い指摘に、息を呑む藍。
――……確かに、それは幻想郷の妖怪達を悩ませる、大きな問題のひとつだった。
大結界によってもたらされた『平穏』。
その平穏を維持する為には、妖怪と人間の間に、数や勢力のバランスが必要だ。
上記の理由により、妖怪は気儘に人間を襲うことが出来なくなってしまった。
存在意義が消失すれば、弱体化は免れない。
現に今、『外』からやって来た紅魔館の住人達に、良いようにされている。
「だからこそ、引越しの挨拶と共に、注意喚起でも、ってね? そんなふうに、私のお母さんと、ウチのお嬢様が考えたようでして」
美鈴は、足元に置いてあったクーラーボックスから、蕎麦を5袋取り出し、藍に差し出した。
「おそばに引越してきました。細く長く、よろしくお願いいたします!」
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――……吸血鬼異変。
以前の時間軸では、敵味方共に、甚大な被害を出した『異変』。
最終的に敗北したのは、私達『紅魔館』。
しかし。
それは、私達にとっても、幻想郷にとっても、絶対に必要な異変だった。
私達の敗北後、管理者側といくつかの契約を結び、和解することで、異変自体は決着した。
しかし、この出来事がきっかけで危機感を覚えた妖怪達が、大結界の管理人である博麗の巫女に相談を持ち掛けた。
その結果として生まれたのが『スペルカードルール』。
命の奪い合いではなく、美しさを重視する、平和的な決闘。
そう、『弾幕ごっこ』だ。
――……だからこそ。
今回も、異変は決行した。
でも、作戦内容は大幅に変えた。
『決して、死ぬな。そして、殺すな』
命は、大事に。
コレが一番だ。
「レミィ……」
以前の時間軸では、レミィは紫と戦って、負けた。
だからこそ、ディスプレイの向こうのレミィが心配で、画面に釘付けになった。
その、結果――……。
「ッ!?」
気が付くのが、遅れた。
「うぉらあっ!」
そんな掛け声と共に、いきなり頭上から降ってきた、『拳』。
「月符「サイレントセレナ」!」
咄嗟に発動したスペル。
足元から放つ、無数の青いレーザー。
「うぁいてててっ!」
奇声とともに、ひっこめられた拳。
その動きに合わせて、咲夜の腕を掴み、横に飛ぶ。
距離をとり、襲撃者の顔を確認。
――――……ああ。
「なんで……」
思わず、呻く。
「なんで、貴女が現れるのよ……」
彼女と出会うのは、本来、後10年は先の筈だ。
脳裏に去来するのは。
緑の葉を茂らせた、桜の木と。
延々と終らない、宴会。
その狭間で、酒気を纏う――……『鬼』。
「
萃香は。
腕にぶらさげた鎖を、じゃらりと鳴らしながら。
瓢箪に入れた酒を、ぐびりとあおり。
にやぁ、と笑って、口を開いた。
「ほう? あんた、私のことを知っているのかい?」
ああ。
知っているとも。
嫌になるほど、その強さと。
「なんで現れたのか、って言われりゃあ、まあ……久々に活きの良いのを見つけたから、食っちまおうか、ってねぇ!」
厄介さを、知っている!
「――……咲夜! 逃げなさい!」
叫びながら、突き飛ばす。
「今すぐに!」
咲夜は、戸惑ったように瞳を揺らした後。
一瞬、萃香へと視線をやり。
相手が、圧倒的な強者であることを、見て取ったのか。
「ッ!」
息を詰まらせながら、肩をビクリと震わせた。
そして、勢いよく瞼を下ろし――……次の瞬間。
見開かれた目は、いつもの『青』ではなく、『赤』い光を放っていた。
その赤は、磨き上げられたカーバンクルのようだった。
そして。
「は? え、消えた?」
萃香の戸惑いの声が、虚しく響く。
咲夜は、刹那の内に姿を消した。
ホッ、と息を吐く。
これで、巻き込まずに済む。
「……さあ」
目の前のいけ好かない鬼を指差し、告げる。
「鬼退治といきましょうか」
――……伊達に700年も、生きてきたわけではない。
「くっはあ、やるねぇ!」
萃香の、楽しそうな声。
この鬼と初めて戦った時。
散々嫌味を言われた後、叩きのめされたのは、苦い思い出だ。
その後、入念な事前準備を経て、無事リベンジを果たしたが、辛勝だった。
だけれど、あれから私は数百年の時を生きたのだ。
「今の私なら、事前準備無しでも……!?」
正面に対峙する萃香が、牙を覗かせながら、嗤う。
――……背後に、気配。
「しま……ッ!?」
振り返る。
そこには、拳を振り上げる、もう一人の『伊吹萃香』が居た。
避けきれないッ!
――……その、次の瞬間。
「あいたっ!?」
飛来した『銀のナイフ』が、萃香の後頭部にブチ当たった。
それは、萃香の高い防御力により、刺さることはなく、硬質な音をたてながら、地面へと落ちた。
萃香の後方。
そこで、投擲体勢のまま、立ち尽くしているのは。
「さ、咲夜!?」
私の想い人。
十六夜咲夜、その人だった。
「へえ……やってくれるじゃん!」
己の頭を摩りながら、笑みを深めた萃香。
彼女は、勢いよく咲夜の方へ振り返った。
「ちょ、待ちなさ……ッ!?」
風を切る、拳。
「お前の相手は、こっちの私だよ!」
叩きつけられた拳と、咄嗟に張った障壁がぶつかり、ガキィンッ! と硬質な音が響いた。
「くッ!」
マズい。
今の咲夜は、まだ子供で。
自分の能力を、ちっとも使いこなせていない。
発動までタイムラグがある上に、連発すれば、すぐに霊力が尽きてしまう。
だから、今日も私の隣で、大人しくしていたのだ。
このままでは、咲夜が!
「どいてっ!」
「やーなこったぁ」
その、返答に。
ブチィッ! っと。
己の血管が、盛大にブチ切れる音を聞いた。
最近、血管が切れやすくなった気がする。
「……いいから」
拳を握り締める。
体中の魔力を、右拳に集めていく。
骨と筋線維、それから血管まで。
ベキッ、ギチギチ、ブチィッ!
……出してはいけない音を、奏でていく。
「どけって、言っているのよーッ!!」
――……バキィッ!!!!
己の腕の損壊を、気にも留めず。
荒れ狂う魔力を込め、全力で振り抜いた、拳。
それは、萃香の頬にクリーンヒットした。
ボフンッ!!
そんな音をたてて。
殴り飛ばした萃香が、弾けて消えた。
「こっちが、分身だったか……っ」
急いで咲夜の方に視線を向ける。
本体の萃香が、驚いた顔をしてこちらを見ていた。
――……チャンス!
「吹っ飛べ! ドヨースピア!」
床から射出される、土の槍。
「うわあぁぁああああ!?」
見事命中。
地面にバウンドしながら、吹き飛ぶ萃香。
「やった……って、えええ!?」
萃香は、そのまま本棚に激突し。
その勢いで倒れた本棚が、さらに隣の本棚にぶつかって。
勢いよく、倒れ始めた。
その、先には。
「さ、さくやぁっ!?」
「ッ!」
咲夜の目が、赤く輝く。
でも、ああ!
間に合わない!
「きゅっとして――……ドカーン!」
次の瞬間。
咲夜にぶつかる寸前だった本棚が、爆発した。
「ええッ!?」
降り注ぐ、本棚の欠片達。
それから守るように、咲夜の頭上に差しかけられた『日傘』。
「ダメじゃない、パチェ」
やわらかな声音。
優し気な光を放つ、スペサタイトガーネットの瞳。
背中で揺れる、虹色の宝石。
「貴女の大切なお姫様なんでしょう? ちゃんと、守ってあげないと」
そう言って微笑む、彼女は。
「――……フラン!」
今日も館の地下室で、一人で大人しく過ごしていたはずの、フランだった。
「おおっと、新手かぁ?」
「ッ!」
ゆっくりと起き上がる萃香を見て、息を呑む。
「しぶとい……ッ!」
かくなる上は、以前から研究を続けていた、『炒り大豆を百発撃ちだす魔法』を――……!
「両者、そこまでよ」
そんな、台詞と共に。
空中に走る『亀裂』。
その『スキマ』から、姿を現したのは。
「うっわ、ボロボロね、パチェ」
「レミィ!?」
私の『親友』だった。
その後ろから。
「あら、萃香。こんなとこに居たの」
「よぉ、紫! ひさしぶりだねぇ」
妖怪の賢者、八雲紫も顔を出す。
Phボス様の御出座しだ。
「萃香、悪いけど、遊びは終わりにしてくれる?」
「えー?」
「ここのご当主様と私で、穏便に話し合いをすることになったの」
「……うーん」
「お願い。美味しいつまみを用意してあげるから」
そんな紫の提案に、萃香は。
「まあ、結構楽しめたし、もういっかぁ」
頭をポリポリかきながら、そう答えた。
その会話を聞いた、私は。
張り詰めていた緊張の糸が、一気に切れて。
限界がやってきた。
「……げほっ!」
「パチェ!?」
「げほ、ごほっ! ッ!」
苦しい。
息が出来ない。
発作だ。
オマケに腕が、めっっっちゃ痛い!!
立って居ることも、困難で。
体が、ふらりと傾いた。
「――……チュリー様!」
その時。
誰よりも愛しい声に、名前を呼ばれた、気がした。
暗転。
意識は、闇に沈んだ。
「ぅ……んう?」
瞼を上げる。
目に入ったのは、見慣れた自室の天井だった。
「……やっと、起きましたか」
掛けられた声に、視線を向ける。
私の横たわっている、ベッドの隣。
そこに置かれた、一人掛けの椅子に座っている、
「もう、目を覚まさないかと思いまし――……きゃあっ!?」
勢いよく、起き上がった私は。
その勢いのまま、彼女に跳びついた。
「な、なにを……ッ!?」
「怪我!」
「え?」
「怪我、してない!? 無事!?」
そして。
彼女の小さな左手に巻かれた包帯に、気が付いた。
「これ……」
「ああ、本棚の破片で、少し。掠り傷です」
咲夜は、何でもないことのように、そう答えた。
「……」
でも。
そんな問題じゃ、なかった。
「……ごめん」
情けなさで、視線を合わせることも出来ないまま。
ただ、謝罪を重ねた。
「貴女は、私が守る、って。私、そう言ったのに……貴女を、危険な目にあわせたわ」
あの時。
もしも、フランが来てくれなかったら。
「……っ」
考えただけで、怖かった。
視界が、滲む。
――……次の瞬間。
ごちんッ!
「あいたぁっ!?」
目の前に、火花が舞い散る。
咲夜に、『頭突き』を喰らったのだ。
「さ、さくや……?」
至近距離。
額を、あわせたまま。
「ほんと、貴女は……」
掠れた声で、咲夜が囁く。
「なんで、私なんですか」
その言葉に。
私が、答える前に。
「……パチュリー様の、ばか」
そう、言って。
咲夜は、『笑った』。
「……」
それは。
「…………」
私にとっては。
「~~ッ!?」
萃香の拳よりも、強烈な一撃だった。
「パチュリー様っ!?」
――……
私は再び、ベッドへと沈んだ。
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「――……じゃあ、今後ともよろしく」
紅魔館、応接室にて。
レミリアと紫は、円満に話し合いを終えた。
「そういえば」
立ち去り際。
紫が、思い出した、といったふうに、口を開いた。
「この館にも、人間が居るのね」
紫は、探るように目を細めながら、レミリアに問いかける。
「どうやら、普通の人間ではないようだったけど――……貴女の従者? それとも、非常食かしら?」
その問い掛けに。
レミリアは、己の顎を摩りながら。
「ああ、アレは、私の従者だよ」
そう、答えた後。
「でも、それ以上に」
にぱぁっ、と笑って、言い放った。
「親友の『嫁』だな!」
――……紫は、思った。
この館の住人は、変人ぞろいのようだ、と。
戦闘シーンは、読むのも書くのも苦手なので、なるべく書かなくてもいいようにプロットを組んでいるのですが、まったく書かない、というのも難しく……(´・ω・`)
精進せねば……っ(`・ω・´)