認められる筈もない『最期』を回避する為に、時間を『逆行』した私、パチュリー・ノーレッジ。
――……しかし。
「いくらなんでも、戻りすぎでしょう……」
城下町で確認した結果、『ドラキュラ伯爵』のモデルとして有名なヴラド3世が、オスマン帝国に協力したという罪状で捕らえられ、幽閉されたのが、つい先日起こった出来事らしい。
※ちなみに、『ドラキュラ伯爵』はあくまでも、ブラム・ストーカーの小説に登場するキャラクターであり、ワラキア公ヴラド3世、通称ヴラド・ツェペシュはれっきとした人間である。
我が親友レミリア・スカーレットは『ツェペシュの末裔』だとかなんだとか嘯いているが、ただのはったりだ。
上述の事実により、『今』は1462年、15世紀半ばということである。
「これから、どうしよう……」
今夜の寝床のあてもないし、勢いのまま時空の裂け目に身を投じたので、着の身着のままだ。
正確には、財布はポケットに入っていたのだが、幻想郷で流通していた紙幣が、15世紀のワラキア公国で利用出来る筈もない。
「……まあ、幸いと言えばいいのか、私は魔女だから、寝食が確保出来なくても、早々死にはしないのだけれど」
そうは言っても、このままで良いはずもないわよね、と。
ひとつ溜息を吐いてから、歩き出す。
ひとまずは、静かな場所で今後のことを考えよう、と思った。
居場所を探して、分け入った森の中。
丁度良い倒木を見つけたので、腰を下ろして考え事をしていると、無粋な声に邪魔をされた。
「おお、こんな所に魔女がいやがる!」
顔を向けると、醜い妖怪が3匹近付いて来るところだった。
観察したところ、やたら腕だけ太かったり、顔の下半分だけ鱗が生えていたりと、人化もまともに出来ない木端妖怪の集まりであった。
「こりゃあ幸先がいい! 食ったら精が付きそうだ!」
「右足は俺が貰うぞ!」
――……ゆっくりと、溜息を吐く。
さて、どうするか。
相手をするのも、面倒臭い。
「ちょっと待てよ、おまえら」
転移魔法でも使用して、まこうかと考えていると。
3匹のうち1匹が、興味深いことを口にした。
「どうせだから、とっつかまえて、スカーレット卿への手土産にすれば、いい待遇で迎え入れてくださるかも知れんぞ!」
――……我が親友レミリア・スカーレットは『ツェペシュの末裔』だとかなんだとか嘯いているが、ただのはったりだ。
しかし、彼女とて、木の股から産まれたわけではない。
つまりは……ああ、なんでこんな簡単なことに思い至らなかったのか。
今は1462年、15世紀半ば。
レミィは、まだ産まれていないだろうけれど――……。
「……ねえ」
ゆっくりと立ち上がりながら、目の前の醜い妖怪共に問いかける。
「聞きたいことが、あるのだけれど」
その問いに対し、彼等は下卑た笑みを顔に貼りつけて、吠えた。
「ああ? うるせぇな、舌ぁ引っこ抜くぞ!」
それは、完全に予想通りの返答だった。
その為、微笑みながら、言ってやった。
「……そう、良かったわね」
すると、彼等は怪訝そうな顔をして「ああ?」と声を上げたので。
わかりやすいように、説明してやった。
「私も、貴方達のことを、うるさい下等生物の群れだと思っているけれど、舌を引っこ抜く気はないわ。聞きたいことがあるから」
怒りからか、顔を真っ赤に染め上げた3匹が、腕を振り上げながら突進してくる。
私は、右手を上げながら、言葉を続けた。
「そのかわり――……上手に焼いてあげるわ」
――……ウルトラ上手に焼けました。
足元には、こんがり焼けた物体が、3つ転がっている。
人間ならば、確実に致命傷だろう。
しかし、妖怪は、しぶといのだ。
「……さて、聞いてもいいかしら?」
問いかけたが、こんがり焼けた物体達は、呻き声を上げるばかりだ。
「ねえ……」
左足で、その中のひとつを、勢いよく踏みつける。
一際大きな悲鳴が、辺りに醜く撒き散らされた。
「答えて、くれるわよね」
疑問符は、付けなかった。
――……聞いた話によると。
スカーレット卿は、シギショアラに拠点を構えている吸血鬼で、現在のヨーロッパでは名の知れた豪傑として、恐れ敬われているらしい。
私が黒焦げにした彼等は、その威光にあやかろうと、みずからスカーレット卿の手下になることを志願しに行く最中だったそうだ。
「……ふむ」
ひとまず。
やることは、決まったようだ。
「行きましょうか、シギショアラ――……レミィの、父親のところへ」
「……これは、予想外ね」
シギショアラに辿り着いた私は、さっそくスカーレット卿の住まい……後の『紅魔館』を探した。
普通の人間には見つけることの出来ないよう結界が張られていたが、逆に人外にとっては目立つ状態だったので、すぐに発見できた。
しかし――……。
「第23回スカーレット入団試験を行います! 希望者の方は、私の後をついてきてください!」
犬の耳を生やした執事服の男が、そう声を張り上げた。
周りには、屈強な体格の化物共が、ひしめいている。
――……どうやら、スカーレット卿の下につきたい連中は、掃いて捨てるほど存在するようだ。
「……ただ、会わせてくれって言っても、会わせて貰える相手でもないでしょうし、今後のことを考えると、その方が都合の良いことも確か、か」
少し癪だが、仕方ない。
私は、『第23回スカーレット入団試験』とやらを受けるべく、集団に混じって、執事の後を追った。
「よく来たな」
男性的でありながらも、蠱惑的な声が、広大な部屋に響き渡った。
蒼銀の髪と、真紅の瞳。
白い肌と、整った唇から覗く鋭い『牙』。
スカーレット卿は、レミィと良く似ていた。
「さっそくだが――……殺しあえ」
スカーレット卿は、いきなりそんな台詞をぶっぱなした。
「はあっ!? あんた、いきなりなに言ってやがん……ッ!!」
文句を言おうとした奴の頭が、目にも止まらぬほどの速度で射出された光弾によって、綺麗に吹っ飛んだ。
「……」
――……ああ、そういうことだったのか。
私は、疑問に思っていたのだ。
我が親友レミリア・スカーレットは、何故、『ツェペシュの末裔』だなどと、嘯いていたのか、と。
実の父親が、十分に強大な吸血鬼だったならば、そんな嘘なんて吐く必要はないはずなのに、と。
彼女の性格からしても、スカーレット卿のことを、自慢しそうなものなのにと、そう思っていたのだ。
「殺しあえ――……この私に、殺されたくないのならば、な」
前言撤回。
スカーレット卿は、レミィとは、似ても似つかない。
非常に冷徹で、残酷な――『怪物』だ。
「素晴らしい」
拍手の音が鳴り響いた。
すでにこの空間に立っているのは、私と、執事と、スカーレット卿だけだ。
「見事な実力だ、魔女よ」
賞賛の言葉と共に歩み寄ってきた彼は、「しかし」と言葉を続けながら、足元に転がっている『私の倒した誰か』を蹴っ飛ばした。
「私は、『殺しあえ』と命じたはずだ……彼等には、まだ、息があるようだが?」
瞬間。
強い殺気が、私の体を、貫く。
「その必要もないわ――……彼等は、息をしているだけ。もう、噛みつくことも出来ない」
跳ねた鼓動を悟らせないように、平静を装いながら返答した。
スカーレット卿は、試すような目で私を見詰めながら、言葉を続ける。
「だが、彼等は妖怪だよ。放っておけば、回復するだろう。そうなれば、後ろから首を刈られかねないのではないかね?」
「あら」
出来る限り、余裕のあるふりをして。
私は、笑った。
「まさか、スカーレット卿は、この程度の存在を、脅威と考えておられるのかしら?」
刹那の間、目を見開いた後。
弾かれたように、スカーレット卿も『笑った』。
「く、くくっ、くははははははっ! 気に入ったぞ! 君の名前を聞こう!」
そして。
私は、己という存在を、名乗った。
「私は、七曜を操る魔女、パチュリー・ノーレッジよ――よろしくお願いするわ、『お館様』」
――……あれから、20年経過した。
色々とあったが、わかったことがひとつある。
ここは、『正史』とまったく同一の世界ではない、ということだ。
何故、そう判断したのかというと、歴史的事実が異なったのだ。
正史では、1474年に、ヴラド3世は12年間におよぶ幽閉から釈放され、1476年にワラキア公に返り咲くも、同年にオスマン帝国と戦って戦死するはずの人物であったと記憶していた。
しかし、この『世界』のヴラド3世は、なんと幽閉されて8年目に命を落としたのだ。
「きっと、この世界は起こり得る可能性のひとつ――……複雑に分かれた運命の枝の一本」
そう考えると、どうしても不安に襲われる。
スカーレット卿――お館様は、現時点では妻を迎え入れていない。
果たして――……本当に、私の親友《レミィ》は、産まれてくるのだろうか?
他の紅魔館のメンバーだってそうだ。産まれてこない可能性も、出会うまでに死んでしまう可能性だってある。
もしも――……咲夜に、二度と会えないのだとしたら。
私が過去に戻った意味は、まったくないのだ。
「……やめ。可能性を考えだしたら、きりがないわ」
私は軽く頭を振って、思考を切り替えることにした。
ひとまず今は、今やらなければならないことをやろう。
「しかし、お館様も、人使いが荒いわね」
敵対勢力のアジトを前に、溜息を吐く。
さて、突入だ。
――……この20年の間に出来た部下達が、倒した敵の死体が持つ所持品や、宝を漁っている間を、ふらふらと歩く。
なかなか大きな建物なので、興味深い書物の一冊もないものかと、視線を巡らせる。
……ああ、でも、今夜読書を行うのは無理かもしれない。
今は自作の魔法薬でおさえているが、今日は激しく動いたので、きっと喘息の発作が起きるだろう。
その際に感じるだろう苦しみを考えると、非常に憂鬱である。
「……ん?」
部屋の隅。
木箱の重ねられた一角から。
消え入りそうなほど微かな――呻き声が、聞こえた。
「……」
目を細め、近付く。
回り込み、木箱と壁の隙間を覗き込んだ。
「え」
そこには――……傷付いた、赤毛の小さな女の子が横たわっていた。
この物語は、パチュ咲の純愛物語であると同時に、おかんぱっちぇさんの奮闘記でございます。