ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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この話は、すごく難産でした。


17話

 ――……天使が舞い降りた。

 

「……」

 

 言葉を失くし、立ち尽くす、私。

 パチュリー・ノーレッジ(推定700歳)。

 

「……おはようございます」

 

 不愛想な声で掛けられた目覚めの挨拶に。

 つっかえつっかえ、返答する。

 

「お、おはよう……」

 

 銀色の頭髪に、朝日が反射する。

 細い顎を持ち上げて、こちらを見上げてくる、愛しい人(さくや)

 立ち襟のフリルシャツを飾る、ふんわりとした黒いボウタイが揺れた。

 上品さと愛らしさを同居させた、紺地にレジメストライプのミニ丈ワンピース。

 その裾を縁取るフリルの下から覗く、真っ白な太腿――……一瞬目が釘付けになり、慌てて落とした視線の先には。

 フワッとした白いファーとこげ茶のリボンで飾られた、ショート丈の黒い革ブーツ。

 

 ……足先まで可愛いとか、どういうことなの?

 

 

「……服」

 

 かけられた声に、ハッとして顔を上げる。

 咲夜が、抑揚のない声で、言葉を続けた。

 

「……貴女も、普段とは、違いますね」

「え……ああ、うん、そうね」

 

 自分の身体を見下ろす。

 

「まあ、人間の街に行くのだから、周囲に合わせないと、浮いてしまうしね」

 

 今日の、私の服装。

 お気に入りのナイトキャップや、ビクトリア朝パジャマはお留守番。

 

 我ながら長すぎる髪は、邪魔にならない様に、ハーフアップにまとめて。

 まだ少し肌寒いので、ゆったりとした黒のニットセーターを着込み。

 首元には、白いレースのあしらわれたストールを巻いた。

 実年齢的に、足を見せるのは、少しばかり抵抗があるので。

 薄紫のマキシスカートで、踝まで隠して。

 歩きやすい、黒のスエードブーツを履いている。

 

 ――……うん、完璧。

 至って普通の、現代人女性に見えるはずだ。

 

「……」

 

 無言で。

 じぃっ、と。

 こちらを見詰めてくる、咲夜。

 

「……さ、さくや?」

 

 恐る恐る、声を掛けると。

 一瞬だけ、ハッと目を丸くして。

 少し、バツが悪そうに、視線を逸らした。

 

「ど、どうしたの?」

「いえ、別に」

「え? ……もしかして」

 

 もう一度、自分の恰好を確かめる。

 不安になって、言葉を漏らす。

 

「に、似合ってない? もしかして……ダサい?」

 

 一応、私も女だ。

 それに、今日は、咲夜と二人でお出掛けだ。

 

 つまり――……デートだ。

 

 咲夜が、どう思っていたとしても。

 私にとっては、デートなのだ。

 

 もし、今の自分の恰好が、見るに堪えない物だとしたら――……。

 それは、正直、かなりショックだ。

 

「……」

 

 目頭が、じんわり熱くなってくる。

 この子に相対した時の私は、情緒不安定にも程がある。

 自覚はあるのだ。

 でも、治せる気はしない。

 

 ハァ、と。

 溜息が、鼓膜を揺らした。

 

「……そんなこと、一言も言ってません」

 

 そう言って。

 私の左手を握る、咲夜。

 

「行きましょうか」

 

 胸が、じんわり熱くなってくる。

 この子に相対した時の私は、情緒不安定にも程がある。

 自覚はあるのだ。

 でも、治せる気はしない。

 

「……うん」

 

 

 頬が緩む。

 治す必要も、ないと思った。

 

 

「咲夜――……今日も、可愛いわね」

「……そうですか」

 

 

 

 

 拠点のシギショアラから首都ブカレストまで、通常の移動手段では、片道5時間程度かかる。

 その為、魔法で移動することにした。

 転移魔法は、得意な魔法のひとつだし、事前に下準備も済ませていたので、簡単だった。

 

「わあ……」

 

 いきなり変わった景色に、咲夜が小さく声を漏らす。

 可愛い。

 

「咲夜」

「なんですか?」

 

 指をパチン、と鳴らすと。

 私達ふたりの頭上から、キラキラとした光の粒子が降り注ぐ。

 

「……っ!?」

 

 息を呑み、驚いている咲夜。

 可愛い。

 

「な、なにをしたんですか?」

 

 問い掛けに、微笑みながら答える。

 

「ちょっとした、認識疎外の魔法をかけたのよ。私と貴女の髪色は、目立つから」

 

 なんせ、紫色と銀色だ。

 ルーマニア人の一般的な髪色は、黒か茶色である。

 金髪でさえ、少ないのだ。

 

「……見た目は、変わらないんですね」

 

 咲夜は、私の娘(めいりん)と同じように編み込んだ己のもみあげを持ち上げて、ジッと見詰めた。

 普段と変わらず、美しい銀色が輝く。

 

「ええ、あくまで、他者からの認識をずらしただけよ」

 

 本当は。

 実際に、全く別の色に変えるくらい、簡単なのだけど。

 

「だって、もったいないじゃない」

「え?」

 

 やわらかな前髪を、指ですく。

 自然と、自分の目尻が下がっていくのが分かる。 

 

「貴女の銀髪、とても綺麗だもの」

 

 だから、ずっと見詰めていたい。

 色を変えてしまうなんて、以ての外である。

 

「……」

「咲夜?」

 

 俯いた、小さな頭。

 なにか、おかしなことを言ってしまっただろうか。

 よくわからなかったので。

 

「……なにするんですか」

 

 ひとまず頭を撫でたら、振り払われた。

 

 

 

 

 首都ブカレストは、『国民から愛されない都』である。

 かつては東欧の小パリと称されるほど美しい街だったが、彼の独裁者の傲慢で愚かな都市計画によって、歴史的な建造物の多くが破壊されてしまった。

 無機質な街を歩けば、物乞いに金を渡すことを禁止する看板が目に入る。

 

 実は、先程掛けた認識疎外の魔法は、髪や目の色を隠すだけではない。

 むしろ、メインは、『存在感を希薄にする効果』だ。

 

 そうでもしなければ、物乞いの大群に集られて、デートどころではなくなる可能性があるからだ。

 

 物乞いだけではない。

 バスや電車に乗ればスリ、

 タクシーに乗ればぼったくり、

 道端では、ヤミ両替商と偽警官のタッグがお出迎え。

 

『ヨーロッパ一治安の悪い都市』の異名は、伊達ではない。

 

 用心するに越したことはないのだ。

 

 

 まあ、そんなに強い魔法ではない。

 こちらから声を掛ければ、問題なく認識されるし。

 私達と同じような超常の力を持つ存在には、効かない程度の効果だ。

 

 

 

 

 最初に腹ごしらえ。

 100年以上の歴史を持つ老舗のレストランで昼食を摂った。

 ルーマニアは、紙幣価値が低い。

 コース料理を楽しんだが、日本円で換算すると、一人当たりわずか1000円程度で済んだ。

 味はかなりの物で、お得感満載だった。

 咲夜は無言で、一生懸命もきゅもきゅしていた。

 可愛い。

 

 

 

 

 昼食後は、ショッピングをすることにした。

 長年この国で暮らしてきたけれど、出不精なので、のんびり見て回ったことはなかった気がする。

 

 人だかりをみつけて、足を止めた。

 クルトゥース(バームクーヘンを揚げて砂糖をまぶしたようなお菓子)の屋台だった。

 昼食からあまり間は空いていないけど、この程度であれば問題はない。

 むしろ、デザートと考えよう。

 

「食べましょうか」

 

 2つ買って、1つを咲夜に手渡した。

 自分の分に齧り付く。

 甘い。

 安っぽいが、嫌いな味ではない。

 隣を見る。

 

「咲夜?」

 

 咲夜の視線の先に目をやる。

 

「……」

 

 そこでは、気分の良くない光景が繰り広げられていた。

 擦り切れて痛んだシャツを着た、素足の子供達。

 彼等は、膝を地面につけて、手を合わせながら、周囲の人間に食べ物を恵んで欲しいと懇願していた。

 しかし。

 

 彼等に投げつけられる、罵声と石。

 

 5歳程度の見た目の幼子の額から飛び散った血の赤は、妙に鮮やかだった。

 

「……ッ!」

 

 思わず、跳び出しそうになった。

 そんな私の腕を掴んで、止めたのは。

 

「……咲夜?」

 

 咲夜は、静かに首を横に振った。

 何も、言葉にしようとはしなかった。

 ――……唇を、噛みしめているのが、分かった。

 

「……」

 

 私なんかより。

 咲夜は、知っているのだ。

 それこそ、骨身に沁みる程。

 

 今、この瞬間。

 私が彼等を助けたとして、何の意味もない。

 

 最期まで、責任を負えないのなら。

 手を出すべきではない、ということを。

 

「……行きましょうか」

 

 咲夜の小さな手を握り、歩き出す。

 齧ったクルトゥースの味は。

 先程とは異なり、少しだけ、苦かった。

 

 

 

 

 その後。

 嫌な気分を振り切るように。

 コヴァチ通りに軒を連ねる小さな店を冷かしながら、ふたりで歩いた。

 

 実を言うと。

 私は、店の商品よりも。

 愛しい人(さくや)の横顔を盗み見ることに、夢中だった。

 

「……うん?」

 

 ずぅっ、と見詰めていたので。

 表情の変化には、すぐに気が付いた。

 咲夜の視線の先を追う。

 

「時計?」

 

 ショーウインドウ越しに輝く、銀色。

 そこに飾られていたのは、美しい『銀の懐中時計』だった。

 だけれど、その輝きよりも目を惹いたのは。

 

「夕暮れ時の空色――……タンザナイト、かしら」

 

 文字盤を飾る、青い宝石。

 それは、快晴の青ではなく。

 夕暮れ時の空を映し出したような――……。

 

「貴女の瞳と、同じ色ね」

 

 店のドアノブに手を掛ける。

 チリン、とドアベルが鳴った。

 

 

 

 

 買い与えた時計を、咲夜がジッと見詰めていた。

 そんな咲夜を、私も見詰めた。

 しばらくして、咲夜がこちらを振り向いた。

 視線が交わる。

 

 ――……タンザナイト。 

 夕暮れ時の空を映し出したような、美しい宝石。

 ダイヤモンドより1000倍希少だとも言われる希少性を持つ。

 石言葉は、『冷静』、『神秘』そして――……『誇り高き人』。

 まさに、彼女にふさわしい。

 

 だけど、それと同時に。

 

「……なんですか」

 

 その小さな頭に手を置いて、撫でる。

 ゆっくりと、精一杯の優しさを込めて。

 

 タンザナイトは、美しいけれど。

 モース硬度は、6~7しかない。

 

 とても、傷付きやすいのだ。

 

 だから。

 大切にしなければならない。

 

 

「貴女は、私が守るから」

 

 

 そう。

 何があっても。

 それこそ、時間さえ逆行して。

 

 

「愛しているわ」

 

 

 返答は、ない。

 

「……」

 

 でも、触れた手は、振り払われなかった。

 今は、それで十分。

 

 ああ。

 

「……可愛い」

 

 

 

 

 夕暮れ時。

 カラスがなくから、帰りましょう。

 色々あったけれど。

 概ね、今日は良い日だった。

 

「あ、でも、帰る前にレミィ達にお土産を買わないと――……!?」

 

 背筋に寒気が走る。

 

 

 これは、殺気だ。

 

 

「スプリングウィンド!」

 

 自分と咲夜を包むように、周囲に風を巻き起こす。

 弾かれて飛んでいったのは――……銀のナイフ。

 

 

「教会か!」

 

 

 周囲に注意を向ける。

 5、6……全部で、7人。

 

 囲まれていた。

 

 

「今日が、お前達の最期だ」

 

 教会の手下であろう男が、一人。

 前に進み出て、朗々とした声で言う。

 

 

「七曜の魔女と――……薄汚い、裏切り者め」

 

 

 ――……その、瞬間。

 

「……今、なんて言ったの?」

 

 己の血管が『ブチィッ!』と切れる音を聞いた、気がした。

 

「咲夜が、汚い……?」

 

 私の身体から噴き出す、魔力。

 石畳が『ベキィッ!』と音をたてて、割れる。

 

 

「その腐った目玉ごと、燃やし尽くしてあげるわ」

 

 

 世界で一番綺麗で可愛らしい、愛しい人(さくや)

 彼女は、私が守るのだ。

 

 

 

 

 帰宅後。

 

「――……そんなわけで。とにかく、大変だったのよ」

 

 無事、咲夜と共に無傷の生還を果たした私は。

 その日の出来事を、親友(レミィ)に話して聞かせた。

 

「ふむふむ……やっぱり、あれかね」

 

 レミィは、プリンをつつきながら言った。

 

「この前、教会を襲撃して咲夜を連れ去ったじゃん? あれが、宣戦布告ととられたんだろうねえ」

 

 その言葉に、溜息を吐く。

 

「ああ、やっぱり? でも、それにしては遅かったわね」

 

 あれから、すでに数カ月経過している。

 それこそ、私が咲夜をデートに誘えるようになるほどの時間だ。

 

「まあ、教会も一枚岩ではなかった、ってことでしょ」

 

 でも、と。

 レミィは、スプーンの上でプリンを躍らせながら、言葉を続けた。

 

 

「もう、全面戦争は、避けられないかもねえ」

 

 

 ――……私も、同意見だ。

 このままでは、近い将来、血の雨が降るだろう。

 

 天井のシャンデリアを見上げながら、しばし黙考。

 

「……うん」

 

 私は、レミィと視線を合わせながら、口を開く。

 

 

「レミィ――……引越そうか」

 

 

 そんな、私の提案を。

 

「はははっ!」

 

 レミィは、笑って。

 プリンと一緒に、呑み込んだ。




今回の話は、資料集めにすごく時間がかかりました……(´・ω・`)
でも、書くのはとても楽しかったです(*´ω`*)

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