ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

17 / 30
お久しぶりです……(´・ω・`)


16話

「明日、一緒に出掛けましょうか……二人で」

 

 私のことを、愛していると(のたま)う魔女から、そう誘われた。

 

「……」

 

 その言葉に、返答はせずに。

 ただ、ジィッと、魔女の端整な顔を見詰めてみる。

 

「……」

 

 睨めっこみたいに、魔女も見詰め返してきた。

 ――……そのまま、数十秒が経過すると。

 

「……ッ」

 

 どんどん潤んで、揺らいでいく、紫水晶(アメジスト)の瞳。

 

「え、っと……」

 

 魔女の、白くて細い喉が、小さく引くついた。

 薄めの、しかし、柔らかそうな唇が、ふるりと震えて。

 そっと、紡ぎ出される音。

 

「……咲夜(さくや)

 

 それは、魔女――……パチュリー・ノーレッジが、私に与えた『名前』だ。

 

 

 私の名前は、十六夜咲夜(いざよいさくや)というらしい。

 

 

「……」

 

 私は。

 

「……」

 

 彼女の紡ぐ、その音の響きが。

 

「…………はい」

 

 

 嫌いでは、ない。

 

 

「ありが、とう……っ」

 

 ゆるめられた白皙(はくせき)の頬に、うっすらと朱色が灯った。

 

 その様子を見て。

 大袈裟だ、

 馬鹿みたいだ、と。

 そう、思いつつも。

 

 ほんの少しだけ、胸に感じる、むず痒さから。

 私は、そっと、視線を逸らした。

 

 

 

 

 彼女達と出会ってから、数カ月が経過した。

 あまりの環境の変化に、戸惑いも感じたが。

 この数カ月が、私の今までの人生の中で、最も『幸福』な時間であったことは、疑いようもない。

 

 ――……皮肉な物だ。

 化物だらけの、真っ赤な館で。

 

 私は、産まれて初めて、『人間』扱いを受けたのだから。

 

 

 

 

 真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を歩いていると。

 大きな声で、呼び止められる。

 

「お父さん!」

 

 輝く笑顔に、目が眩み。

 ブンブンと、揺れる尻尾を幻視した。

 

「お母さんとデートに行くんですって?」

 

 紅葉のように色付いた長い髪が、床に着くことも厭わずに。

 跪いて顔を覗き込んでくる人懐っこい女性の、秀でた額を手で押しやった。

 

「……デートじゃない。出掛けようって、誘われただけ。

それと、私は貴女の『お父さん』じゃないわ、美鈴」

 

 紅美鈴――……あの魔女、パチュリー・ノーレッジの義理の娘。

 素っ気ない否定の言葉程度では、彼女の笑顔は曇らない。

 

「でも、お出かけするんでしょう? 二人っきりで!」

 

 弾んだ声で言われたら。

 咄嗟に返せる言葉もなくて。

 ぐっ、と息を詰まらせると、余計に笑われた。

 

「廊下の真ん中で、なにやってるんですか?」

 

 声を掛けられて、振り向くと。

 赤毛の悪魔(ざつようがかり)が立っていた。

 

「ああ、小悪魔さんっ、聞いてください!」

 

 美鈴が、勢い込んで言葉を返す。

 

「明日、お母さんとお父さんの『初デート』なんですっ!」

 

 それを聞いた小悪魔は。

 左手で、軽く後頭部をかきながら。

 

「へえ……」

 

 なんだか、すごくげんなりとした顔をした。

 

「……なんですか、その顔は」

 

 己の期待と異なるリアクションに。

 美鈴が、唇を尖らせながら訊ねると。

 

「いや……やっぱり、私のご主人様は、『ペド』なのか、と」

 

 小悪魔は、視線を逸らしながらも、そうぼやいた。

 

「ペド……? な、なんてことを言うんですか!」

 

 ――……驚いた。

 美鈴が声を荒げるのを、初めて聞いた。

 

「私のお母さんは、ペドフィリア性向者(へんたい)じゃありませんよ!

 その証拠に、3人も子供を立派に育て上げたんですから!」

 

 美鈴は、自分の胸をドン! と力強く拳で叩き、声高に言い放つ。

 

「私や、お嬢様が、証拠です! ……私達がお母さんから貰ったのは、確かな『慈愛』と、『親愛』でした!」

 

 真剣な、深緑の眼差しを受けとめきれず。

 怯んで逃げ出した小悪魔の視線が、慌ただしく宙を泳ぐ。

 

「……え、っと」

「……」

「その……」

「…………」

 

「……ご、ごめんなさい?」

 

 戸惑いで喉を詰まらせながら発された小悪魔の謝罪。

 それを受けた美鈴の顔に、パアッと笑顔が広がった。

 

「はいっ! わかってもらえて、嬉しいですっ!」

 

 その勢いのまま。

 美鈴は、小悪魔の手を両手でぎゅぅっ、と握って。

 嬉しそうに、ブンブンと上下に振った。

 

「うあ……っ!?」

 

 小悪魔の顔が、カアッ、と赤く染まる。

 美鈴が、さらに笑みを深める。

 

「……ッ」

 

 ついに、小悪魔の目が潤み始める。

 美鈴は、笑みを浮かべたまま、小首を傾げた。

 

 ――……うん。

 この『小悪魔より小悪魔な大型犬』を育てたのが、あの魔女であるなら。

 確かに、凄い偉業である。

 

 

 

 

 これ以上、ここにいる必要もない、自室に戻ろう、と。

 そんな二人に背を向けて、歩き出す。

 ――……だけど。

 

「なに?」

 

 振り返る。

 にっこり笑う美鈴と、そんな彼女に手を引かれている小悪魔。

 二人そろって、後をついてくる。

 

「お困りではないかと思いまして」

 

 美鈴の言葉に、首を傾げる。

 

「……なにを?」

 

 ウインクをしながら、美鈴は言った。

 

「せっかくですから、『おめかし』しないと! でしょう?」

 

 

 

 

「うあー……」

 

 ウォークインクローゼットを埋め尽くした子供服を見て、小悪魔が呻き声を上げた。

 

「可愛い! こっちも! シャツだけでも、レギュラーカラーからスカラップカラーのような物まで、細かく揃ってますね!」

 

 ひとつひとつ確認しながら、美鈴が歓声を上げる。

 

 しばらくして。

 不思議そうな顔をしながら、美鈴が問い掛けてきた。

 

「こんなに色々持っているのに、なんで普段は同じような物しか着ないんですか?」

 

 ――……今日の私の服装。

 青いビッグパーカーに、グレーのスキニ―ジーンズと、白のハイカットシューズ。

 

「おかしい?」

「いえ、可愛いです。でも、ガーリーとかフェミニンとか、挑戦してみません?」

「……どこも破れていない清潔な服を着ているのだから、十分じゃない?」

「ちゃんと全部着ないと、もったいないじゃないですか」

 

 美鈴は、両手を広げて、言い放つ。

 

「だって、これ、全部……お母さんから貴女に向けた『愛情』なんですよ」

 

 そうも、真っ直ぐ言葉にされると。

 

「……」

 

 拒むことは、難しかった。

 

 

 

 

 2時間後。

 

「これで、明日は完璧ですね!」

 

 満足そうな顔の美鈴と、疲れた顔をした小悪魔。

 そして、小悪魔よりも疲れ切った顔をしているであろう、私。

 

「お二人にとって、良き一日であることを願ってますよ、お父さん!」

 

 ベッドのふちに座り込んで。

 溜息混じりに、言い返した。

 

「だから、私は貴女の『お父さん』じゃないってば」

 

 ――……ポフッ、と。

 頭に置かれた、あたたかな手。

 そのまま、クシャッ、と撫でられる。

 

「私の敬愛する『お母さん』は、ペドフィリアではありません」

 

 見上げる。

 目が合う。

 

 優しそうな、

 でも、

 少しだけ、寂しそうな。

 

 とても綺麗な、緑の瞳が。

 

 僅かに、揺れた。

 

「でも――……貴女のことを、心から大切に想っているんですよ」

 

 その声は。

 静かで、穏やかなのに。

 火傷しそうな『熱』を孕んでいた。

 

「あの人の想いが、報われないなんて、ありえない――……あの人の願いが、叶わないなんて、認めない」

 

 美鈴は。

 にっこりと、笑った。

 

 

「――……だからね、貴女は『お父さん』なんです」

 

 

 穏やかに笑う、彼女の背に。

 吠える龍を、幻視した。

 

 

 

 

 視界の片隅で。

 

「うわあ……」

 

 小悪魔が、顔を真っ青にしていた。




ホントはデート含めて一話で納めるつもりだったのですが、切りがいいので続きは次回!
もうちょっとで幻想入りです!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。