私が誰だか言ってみろ。
どうした? 恐れ多くて声も出せないのか?
ふふふ、それも当たり前。
私は、誇り高き夜の王。
紅魔館、当主。
レミリア・スカーレット様だ。
――……そんな感じで。
結構、尖って生きている私だけれど。
実はね?
やわらかーい部分だって、あるのだ。
「私、今日は咲夜を連れて出掛けるから」
頬をほんのり赤く染めながら、そう言った彼女に。
「ん、了解。お土産、期待してるわ」
軽い口調で返答すると、小さく笑ってくれた。
「はいはい、お菓子でも買ってくるわね」
その言葉に、「期待してるわ」なんて返しながら。
私は、胸がポカポカするのを感じていた。
幼い頃から、変わらないこの気持ち。
彼女が笑うと、嬉しい。
だって。
彼女は、私の、大切な。
「いってらっしゃい、『親友』」
パチェは、軽く片手を振りながら、部屋を出て行った。
欧州の夜を生きる存在にとって。
スカーレット家は、絶対的な君臨者だった。
私は、そんな家の跡取りとして生を受けた。
それゆえに、両親以外の存在は、ただ、見上げてくるだけ。
私はそれを、見下ろすだけ。
決して、対等な視線に並び立つ者はいない。
その筈だった。
でも、実際には、そうならなかった。
彼女がいたからだ。
パチュリー・ノーレッジ。
愛称、『パチェ』。
彼女は、優秀な魔法使いで。
もともと、先代当主――……私の父に仕えていた。
そして、私が産まれてからは、教育係に任命されて。
まあ、ぶっちゃけると、育児を丸投げされた。
パチェは、そりゃもう容赦がなかった。
私が悪戯をしたら、平気で本の角をお見舞いしてきたのだ。
雇い主の子供、それも跡取りに対してだ。
非常識とさえ言えた。
――……でも。
ずっと、同じ目線で傍に居てくれた。
絵本の読み聞かせをねだった時なんか、ちゃんと悪い狼になりきってくれて。
「どうして、こんなに大きな口なのか、って? それはね……おまえを食べる為さー!」って。
本気でやりすぎて、喘息の発作を起こしたくらいだ。
そんなパチェを、美鈴が気功治療している横で。
私は、お腹を抱えて笑ってしまった。
パチェったら、おとなげなくて。
それを根に持って、しばらく口を聞いてくれなかった。
幼い私の日常は。
その大部分が、パチェに依存していたから。
寂しくて、悲しくて。
鼻水垂らして泣いてしまった。
そしたら。
「……しょうがない子ね。ばっちぃわよ」
溜息を吐きながら、そう言って。
私の頭を、わしゃわしゃ撫でると。
綺麗なハンカチで、鼻水を拭いてくれた。
その後。
そのハンカチで、涙まで拭ってきたから、目元やほっぺたに、鼻水が付いてしまって。
「拭う順番が逆でしょっ!」って、また喧嘩した。
パチェは、賢いくせに、常識がなくて。
おとなげもなくて。
たまに、デリカシーもない。
――……でも。
どんな時でも、傍に居てくれたのだ。
楽しい時も。
悲しい時も。
心が、壊れてしまいそうな時だって。
私の傍らには、彼女がいた。
ある日、告げられた、彼女の想い。
「……私と貴女が離れることは、この先一生ありはしないわ」
「だって、貴女は、産まれる前から――……私のかけがえのない親友なんだもの」
きっと、彼女は知らないのだ。
その言葉が、どれだけ私の心を、奮い立たせたか。
彼女と私が、『親友』であるなら。
対等な視線で、共に歩んでいきたい。
だから、今のままでは駄目だ! って。
幼い私は、そう思った。
だって、私の親友様は。
賢いくせに、常識がなくて。
おとなげもなくて。
たまに、デリカシーもないけれど。
強くって、優しい……素敵な魔女なのだ。
だから、私も。
そんな彼女に負けないくらいに。
素敵な王様になってやる。
心から、強く。
そう願った。
――……その先に在るのが、今の私だ。
我ながら、震えるぐらいカッチョイイ、夜の王様だ。
「……そっか、パチェ、例の子と出掛けちゃったんだ」
私の妹――『フラン』は、小さくそう言うと、紅茶を口にした。
頭の片側で結わえた金糸の髪が、サラリと揺れる。
「ええ、お土産頼んどいたわ。何を買ってくるか、当てっこしてみる?」
私がそう軽口を叩くと、フランは小さく笑った。
でも、心なしか眉が下がっているし、元気もない。
その様子を見ていたら、思わず言葉が零れた。
「……フランは、本当にパチェが好きね」
途端に、顔を真っ赤に染めるフラン。
「んなっ!? も、もう、お姉様ったら……っ」
慌てて、何か言っているけど。
聞く必要もないレベルの『言い訳』で。
「……はぁ」
溜息を吐く。
フランがパチェを好きなのは、当たり前だ。
過酷な状況の中、産まれた時からずぅっと支え続けてくれた存在に対して。
好意を抱かない方が、どうかしている。
――……その、『好意の種類』は別としても。
「……」
ああ、何故だろう。
深く考えれば、考える程……面白くない。
心が、ささくれ立つのを感じた。
『私の――……世界で一番、愛しい人』
パチェが、咲夜への感情を吐露した瞬間。
ほんの一瞬だけ、感じた想い。
それを、もっと煮詰めて、ドロドロにしたような。
「……フラン」
「きゃっ、ふぇ? え、なあに、お姉様?」
丸テーブル越しに、その両頬に手を添えて、視線を合わせる。
綺麗なスペサタイトガーネットの瞳が、今は私だけを見ている。
パチェとは、対等な視線で、前を見ながら並んで歩んでいきたい。
フランには、私の背中を見ていて欲しい。
「貴女、可愛いわよね」
「え、え? なに、いきなり」
「さすが、私の妹」
「……えっと、あり、がとう?」
ぎこちない会話。
でも、少し嬉しそう。
ほんのり赤く染まった、やわらかな頬。
世界で一番カッチョイイ夜の王様の座は、譲れないけれど。
世界で一番可愛い夜のお姫様の座は、謹んで贈呈しよう。
「もう、なんなの」
変なお姉様、って。
クスクス笑う、私の『お姫様』。
フランには、私の背中を見ていて欲しい。
それで、私が振り返った時には。
私だけ見詰めて、笑って欲しい。
この感情が何なのか。
実は、自分でもよくわからないのだけれど。
私は、誇り高き夜の王。
紅魔館、当主。
レミリア・スカーレット様だ。
欲しい物は、何だって手に入れるし――……逃さない。
「お姉様が好きでしょう? フラン」
「うん、お姉様も大好きだよ」
「……」
「あは、お姉様、照れてる」
「照れてない」
「うそつき。ほっぺた真っ赤だよ」
……うん。
今はまだ、これでいい。
「――……とにかく、大変だったのよ」
帰宅したパチェは、今日一日のことを話し終えてから、溜息を吐いた。
相槌を打ちながら話を聞いてやった私は、「そっか」と答えてから、問い掛ける。
「それで、お土産は?」
私の親友様は、「あ」と一言漏らした後、椅子から立ち上がり。
「……代わりに、プリン作ってあげる」
そう言って、部屋から出て行った。
「プッ、ふふ、ははは!」
きっと。
この後出されるプリンは、やわらかくて、甘い。
それは、私の心の大切な部分と、よく似ている。
パチェ、美鈴、フラン。
一緒に食べたいと思える存在が、こんなに居る。
そこに、銀色の小犬や、赤毛の悪魔も、加えてやったっていい。
そう考えて、笑った。
うちのお嬢様は父親似、フランちゃんは母親似。
お父様はお母様を溺愛していました。
そう、つまりレミフラです(*´ω`*)
表紙絵描いてみました。
お絵描きも好きです(これ描いてて更新が遅れたw)。
【挿絵表示】