ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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15話

 隣から突き刺さる視線もなんのその。

 鍛えられていない表情筋が、引き攣って痛い。

 それすら幸福感をもたらし……なんというか、我ながらヤバい。

 

「……なんですか」

 

 食卓にて。

 私、パチュリー・ノーレッジは、対面に座る咲夜を見詰めながら、にやけていた。

 

「たくさん食べるのよ」

 

 私がそう声を掛けると。

 彼女は返答の代わりに、スプーンをオムライスに突き刺した。

 小さな口を精一杯開いて、オムライスを乗せたスプーンを咥えると。

 目をきゅぅっ、と閉じて、頬を膨らませて。

 口を、モキュモキュ動かした。

 ごっくん、と飲み込むその動作は、本当に子犬の様で。

 

「可愛すぎる……」

 

 情動が口から零れ落ちた。

 

 

「……うわぁ」

 

 

 ――……そんな私の隣で。

 嫌そうな声を上げる『小悪魔』の皿に。

 

「おすそわけよ」

 

 私は、彼女が嫌いなブロッコリーを放り込んだ。

 

 

 

 

 咲夜を館に連れ帰ってから、色々なことがあった。

 まず、帰宅早々、門前で美鈴が唐突にブチかました『爆弾発言』。

 

 

 

「私のお父さん、ちっちゃいですね!!」

 

 

 ――……うん、その発想はなかった。

 

「おとうさん?」

 

 自分の顔を指差して、小首をかしげる咲夜。

 

「はい! あ、私は、紅美鈴って言います。紅が名字で、美鈴が名前。パチュリー・ノーレッジ様の娘です」

「……母娘なのに、名字が違うの?」

「養子なんですよ。それで、貴女がお母さんの想い人であってますよね?」

 

 美鈴の問い掛けに。

 咲夜が私の顔を見上げた。

 私は、そんな彼女を真っ直ぐに見返しながら、美鈴に返答した。

 

「ええ、そうよ。この子が私の愛しい人」

 

 迷いなど、一切ない私の言葉に。

 咲夜が、ほんの少しだけ、息を詰まらせたのがわかった。

 

「やっぱり! ……じゃあ」

 

 声を弾ませた美鈴は。

 咲夜の前に屈みこみ、視線の高さを合わせると。

 

 

「これから、よろしくお願いします! お父さん!」

 

 

 輝く笑顔で、そう言い放った。

 

 しばらくの沈黙の後。

 咲夜は、静かに口を開いた。

 

「……私は、この魔女様のお婿さんに来たわけじゃないのだけど」

「ええっ!?」

 

 目を見開いた美鈴が、私の顔を振り仰ぐ。

 

「そうね」

 

 私は、大きく頷いて答えた。

 

 

「咲夜はお婿さんではないわ。お嫁さんよ」

 

 

 そんな私の台詞に。

 黙って話を聞いていたレミィが「ぶはっ!」と噴き出した。

 

「え? お母さんのお嫁さん? お嫁さんってことは、お母さん? ……どうしよう、どっちもお母さんじゃ、わかりづらいなあ……」

 

 素直に受け止めた美鈴は、眉を八の字にして頭を悩ませている。

 

「……嫁入りでもありません。就職に来ました」

 

 一連の流れをそう切り捨てて、憮然とした表情を浮かべる咲夜。

 それを見たレミィは、笑いながらその頭に手を伸ばして。

 白銀のくせっ毛を、わしゃわしゃと撫でまわした。

 

「きゃ……っ」

 

 小さく声を上げた咲夜は。

 次の瞬間には、気まずそうに目を伏せて。

 髪の間から覗く小さな耳を、赤く染めた。

 

 今からでも遅くないから、永久就職に変更しない? なんて。

 本気の怒りを買う前に、そんな戯言は喉の奥で噛み殺した。

 

 

 ――……焦るな。

 すでに、数百年抱え込んだ想いなのだ。

 落ち着いて、じっくりと。

 余すことなく、この想いを伝えていけばいい。

 

 

「うん、やっぱり、分かりやすさを重視して、お父さんで!」

 

 

 苦笑が漏れる。

 間の抜けた美鈴の台詞に、妙に癒された。

 

 

 

 

 館内に足を踏み入れ、一歩進むたびに、集まる視線。

 当主(レミィ)と参謀(私)が、冷戦状態にあった教会に戦争を仕掛けてまで奪い取ってきた戦利品(咲夜)に、みんな興味津々なのだ。

 

「……」

 

 居心地が悪そうに沈黙する咲夜。

 私は、その手をそっと握った。

 

「ッ!」

 

 息を呑みながら見上げてきた彼女には、気が付かないふりで。

 そのまま、ただ前を見据えて歩く。

 

「……」

 

 咲夜は。

 私の手を、振り払わなかった。

 

 差し出した手は、取って貰えなかったけど。

 こちらから手を握る程度なら、許容はしてくれるようだ。

 

 そんなことを考えて、小さく笑ったら。

 

「痛っ!?」

 

 そのまま力任せに、ギュウゥッ! と握り絞め……いや、握り潰された。

 あ、待って、本気で痛い。

 

「さ、さくや……?」

 

 恐る恐る名前を呼ぶ。

 返答はなかった。

 

 ……そして、やっぱり手は繋がれたままだった。

 

「くくっ」

 

 レミィが笑った。

 

 

 

 

 その後。

 咲夜をお風呂場に連れて行き、「洗ってあげる」といったら絶対零度の視線を向けられた。

 

 いや、誓って下心はなかったわよ?

 

 前の世界でも、咲夜が幼い頃には、普通に一緒に入浴していたから、その感覚で提案しただけで。

 でも、この世界では、断固拒否された。

 

 ……あれ?

 前の世界より、好感度が低下してる?

 

「ふははっ」

 

 レミィはやっぱり笑っていた。

 

 このチビ蝙蝠め。

 夕食に炒った豆を混入してやろうか。

 

 

 

 

 事前に用意しておいた子供服。

 悩みに悩んで、厳選して購入したつもりだったのに、ウォークインクローゼットを埋めてしまった。

 

 お金はあった。腐るほど。

 前の世界と違って、読書時間さえ犠牲にして働き続けたおかげだ。

 この世界での私は、みんなよりずいぶんと年上の存在なので、率先して行動する癖がついてしまった。

 

 ――……『動かない大図書館』失格かもしれない。

 もう少し落ち着いたら、以前のように穏やかな引き籠り生活に戻ろう。

 

 密かに決意しながら。

 多種多様な子供服の中から3着選んで、メモ紙と一緒に脱衣場に置いた。

 

『気に入った服を着なさい。

 着替え終わったら、お風呂場から右に真っ直ぐ進んだ先にある部屋に来ること』

 

 

 

 

 その後、厨房に向かった。

 もちろん、夕食を作る為だ。

 紅魔館お抱えのシェフは、不満そうな顔をしていた。

 

 しかし、仕方ないではないか。

 この館で普段から振る舞われている食事を、人間の子供に食べさせられるはずもない。

 

 前の世界でも、幼い咲夜の食事の用意は、私がしていた。

 思い出して、苦笑する。

 ああ、あの頃はひどかった。

 なんせ、自分自身は、食事をする習慣さえなかったから。

 もちろん、料理などやったこともなくて。

 だから、料理の本を片手に。

 子供に人気がある上、初心者の定番メニューでもあるという『これ』を、どうにかこうにか作り上げたのだ。

 

 鍋をかき回し、お玉でひと掬い。

 味見をして、頷く。

 

「さすが、私」

 

 

 

 

 サービスワゴンを押しながら、部屋の扉を開けると。

 咲夜だけではなく、レミィと美鈴が椅子に座っていた。

 

「……なんで居るの」

 

 美鈴が、嬉しそうに返答する。

 

「ひさしぶりの、お母さんの手料理ですから!」

 

 溜息を吐く。

 

「お皿とスプーン、取ってきなさい」

「はーいっ! 行きますよ、お嬢様!」

「えー、私の分も取って来てよー」

 

 苦笑する。

 本当は、予想通りの展開。

 ちゃんと5人分、おかわりも計算した量を作っていた。

 

 ――フランには、後で持って行ってあげよう。

 

 視線を感じて、顔を向ける。

 咲夜が、こちらを見ていた。

 

 お風呂上がりで、濡れた髪。

 わしゃわしゃ、乱暴な拭き方をしたのかしら。

 頭のてっぺんの髪が、明後日の方向に跳ねている。

 

 服装は、ニット生地でゆったりした作りの黒いタートルネックワンピースに、白タイツとこげ茶のブーツ。

 長い袖から、ちょこんと指先が出ている。

 

「よく似合ってるわよ」

 

 返答はなかったけど。

 椅子に座った状態だと床に着かない短い足が、小さく跳ねた。

 

 ああ、可愛い。

 

 にやけていると、美鈴とレミィが戻ってきた。

 急かされながら、サービスワゴンの上に置いた炊飯器の蓋を開ける。

 炊き立てだ。湯気がもわぁっ、と広がった。

 

「わーっ、白米! ひさしぶり!」

「最近、パンが多かったしねえ」

 

 人数分、器に盛っていく。

 

「……それは、なんですか?」

 

 咲夜が、目を丸くしていた。

 お米を見たことがなかったのだ。

 

 無理もない。

 咲夜と同じような境遇の子供達には、パンと水とミルクしか食べ物と認識出来ない者も、大勢いるのだ。

 

「お米よ。穀物の一種」

 

 答えた後、横の鍋の蓋も取る。

 食欲をそそる匂いが、辺りに広がった。

 

「カレーライスですね!」

 

 美鈴が嬉しそうに声を上げた。

 レミィが、皿を差し出しながら聞いてくる。

 

「甘口? 甘口よね?」

 

 頷いて答える。

 

「もちろん」

 

 夜の王様は、にぱぁっ! と、向日葵みたいな笑顔を浮かべた。

 

 4つの皿に盛りつけて、水の用意もして。

 それぞれの席の前に並べていく。

 テーブルの真ん中には、自由に取れるように、らっきょうと福神漬けもセットした。

 

「「「いただきます」」」

 

 私とレミィと美鈴の声が重なる。

 咲夜が、不思議そうに首を傾げた。

 

「日本という島国に伝わる、食前の挨拶よ。食材となった動植物へ、感謝を捧げる言葉。俗説だけどね。

 ……ただ、神に祈る言葉よりは、言ってやるか、って気になれるでしょう?」

 

 私の説明を聞いた咲夜は、数拍の間を開けてから。

 

「……いただきます」

 

 静かに、そう口にした。

 

 

「美味しい!」

 

 がっつきながら、美鈴が叫ぶ。

 レミィも高速でスプーンを動かしていた。

 ほっぺた膨らませて、リスみたい。

 

「熱いから、気を付けてね」

 

 そんな、私の台詞を受けて。

 恐る恐る。

 僅かに震える手で、スプーンを握り。

 控えめに掬ったそれを、ゆっくりと口に運んだ咲夜は。

 

「ふっ!?」

 

 大きく目を見開いた。

 

「ふぁふっ! ふっ!」

 

 水を差しだしてやると、ゴクゴクと飲んだ。

 

「熱いって言ったでしょう?」

 

 私がそう言うと、彼女は俯きつつ口を開く。

 

「……すみま」

「美味しかった?」

「え、」

 

 謝罪が聞きたいわけではない。

 言葉を遮って、問いを重ねた。

 

「美味しかったかしら?」

 

 咲夜は、頬を赤く染めて。

 また、スプーンを口に運ぶと。 

 ふー、ふーっと息を吹きかけて。

 パクッ、と口に入れて。

 もぐもぐ、もぐもぐ。

 よく、噛んだ後。

 ごっくん、と飲み込んでから。

 

 

「……はい」

 

 

 そう言って、頷いてくれた。

 

 

 

「あいたぁっ!? 舌がぁっ!?」

 

 レミィの悲鳴。

 

 ――……ああ、親友。

 炒った豆のお味は、どう?

 

 

 

 

 それが、3カ月前の話。

 本日、私、パチュリー・ノーレッジには、やらねばならないことがあった。

 

 

 円で囲った五芒星。

 真ん中には鶏の死骸。

 呪文を唱えつつ、小瓶から血を撒いていく。

 

 3歩後ろで、その光景を眺めている咲夜。

 今日の服装は、青いジップアップパーカーに、白のフレアスカート。

 黒タイツに、ハイカットシューズを履いている。

 

 うん、可愛い。

 世界一可愛い。

 

 ……でも、口に出しても、無視されるか無表情で見詰め返されるかなので、なるべく言わない様に務めている。うん、なるべく。

 

 さあ、気を取り直して。

 始めようか。

 懐かしい、『再会』を。

 

 

「……我が名は、パチュリー・ノーレッジ。七曜を操る魔女である。我が名を以って命ずる。来たれ、異界の者よ! その真名を、私に捧げよ!」

 

 

 発光する魔法陣。

 光が一際強まった時。

 

 ボゥンッ!!

 

 大きな音と、視界を埋め尽くす紫の煙。

 その煙が、晴れた先。 

 

「……酷い契約主もいたものですね」

 

 厭味ったらしい口調。

 靡く、血色の髪。

 

「名前さえ奪い取り、一方的な隷属を強いる術式……これでは、契約とも呼べません」

 

 白いシャツに、黒のベストとスカート。

 懐かしい顔に、自然と目頭が熱くなるのを感じながら。

 

「あら、思考と発言には、一切制限をかけていないわ。希望や意見があれば、ほどほどに聞いてあげる」

 

 そう言い放って、笑ってやった。

 

 ――……ひさしぶり、『小悪魔』。

 

 

 

 

 小悪魔。

 私の使い魔。

 低級悪魔で、名前はない。

 契約時に、私が奪い取ったからだ。

 

 悪魔との契約には、本来代償が必要になる。

 例えば、視力とか、寿命とか。

 

 視力をやったら、本が読めなくなる。

 寿命をやったら、研究に支障が出る。

 どちらも、ごめんだ。

 

 そう考えた私は、わざと己よりも数段力の弱い悪魔を召喚した。

 力尽くで、名前を奪い取り。

 代償なしで、無理矢理に契約を結ぶ為だ。

 

 そして、その企みは成功し。

 彼女は、私の使い魔となった。

 これが、前の世界での、私と彼女の出会いの顛末だ。

 

 

 ――……この世界に来た私は。

 すぐにでも、彼女を召喚しようと思った。

 でも、思い止まらざるを得なかった。

 

 召喚の際。

 狙って召喚できるのは、名の知れた悪魔だけだ。

 せめて、同じ条件を揃えてから召喚しなければ、まったく別の悪魔を召喚してしまう可能性が高かった。

 

 だから、待った。

 私が、前の世界で小悪魔を召喚した日と同じ、今日この日まで。

 ひたすらに、待ったのだ。

 

 

 

 

「――……それで?」

 

 小悪魔が、厭味ったらしく嗤いながら、口を開く。

 

「この私めに、何をお望みでございますか? ご主人様」

 

 私は。

 咲夜の腕を引いて、自分の隣に立たせて、言う。

 

「この子。私の大切な子」

 

 小悪魔が、片眉を上げる。

 それに構わず、言葉を続けた。

 

「この館で、メイドをすることになったの。将来は、当主の側仕えにするつもり。……でも、正直、まだまだ教養が足りない」

 

 周囲を見渡す。

 屹立する、本の山脈。

 ここは、紅魔館、地下。

 大図書館。

 

「私は、この子の『教育係』をやることになった。

 だから、もともと、私のしていた仕事や――……趣味で収集した本の整理が、滞っている」

 

 小悪魔の顔色が変わる。

 低級悪魔のくせに、聡い彼女だ。

 私がこれから言う言葉を、察したのだろう。

 口が、への字に曲がっていった。

 

「だから、貴女を呼んだの」

「えー……まさか」

 

 微笑んで、言い放った。

 

 

「うん――……雑用、よろしく」

「……マジかー」

 

 項垂れる小悪魔。

 柄にもなく、噴き出す私。

 大人しく、私の隣に立って居る咲夜。

 

 

 ああ、やっと。

 これで、『みんな』揃った。

 

 

 

 

 ――……館の当主は、別勢力の長と会談があり。

 魔女の娘は、その御供。

 それ故、魔女と子犬と悪魔の3人で囲んだ、夕食の席にて。

 

「可愛すぎる……」

 

 熱の籠った瞳で子犬を見据える魔女を、観察しながら。

 

「……うわぁ」

 

 悪魔は低く呻いた。

 

 ――どうやら、ご主人様は特殊な性癖をお持ちらしい。

 

 「おすそわけよ」

 

 放られたブロッコリー。

 皿に盛られたオムライスと見比べて、悪魔は深く溜息を吐いた。

 

 ――……何故、この魔女は、私の嫌いな食べ物と……好きな食べ物を、把握しているのだろう?

 

 眉間に皺を寄せつつも。

 ふんわりとやわらかく、黄色いそれを。

 ぱくりと、口に放り込んで。

 

 悪魔は、へにゃぁっと、頬を緩めた。

 

 

 ――オムライス、おいしーい。




さっきゅん以外には、ちょっとツンデレ気味のぱっちぇさん( *´艸`)

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