「愛してる」
万感の思いを告げた。
それは、私の主観では、数百年越しの愛の告白だった。
しかしながら。
「……幼女趣味の変態ですか?」
確かに。
客観的に見れば、私、パチュリー・ノーレッジは。
外見年齢6歳程度の幼女に求愛する、ペドフィリアだった。
振り払われた手。
片想いの相手から向けられる、冷めきった視線に。
後頭部から、汗が噴き出した。
――……数時間前。
私は、フランに会いに地下室へ向かった。
どうしても、彼女に伝えておきたかったからだ。
「今日はどうしたの? パチェ」
フランは、嬉しそうに私を部屋に招き入れてくれた。
その両手は、魔術布と同様の効果を持つ拘束具で覆われている。
それは、私とフランの共同作業により、50年ほど前に完成した魔道具だ。
魔術布より頑丈でありながらも、指先は自由に動かせる設計となっており、装着した状態で、紅茶や卓上遊戯を楽しむことが出来る。
さらに、一人で着脱が可能な作りとなっているので、彼女は自室に来客を迎える際、それを必ず着用するよう心掛けていた。
「チェスの続きでもやりにきたのかな?」
「心惹かれるお誘いだけど、今日は別件……大切な話があって来たの」
「大切なお話……?」
首を傾げている彼女に。
私は、数瞬躊躇った後。
覚悟を決めて、口を開いた。
「そう、とても、大切な話よ。すべては語れない。それでも、貴女に告げるべきだと思った」
ゆっくりと、深呼吸をして。
スペサタイトガーネットの瞳と視線を交わらせながら。
静かに、言葉を続けた。
「……私はね、此処とは少しだけ違う世界から来たの」
心臓が、早鐘を打つ。
そのリズムに、次の台詞を乗せていく。
「その世界に居た頃の私は、今よりもずっと未熟で、色んな物が見えていなかった。そう、『貴女』のことも、見えていなかった――……謝るわ」
ゆっくりと、深く、頭を下げた。
数十秒経過した後。
顔を上げてから、『告白』する。
「ごめんなさい。私は――……『貴女』のことを、憎んでいた」
数百年越しの『懺悔』。
だけど、頭を繰り返し下げるつもりはなかった。
視線を逸らしたくないからだ。
今の私は、しっかりと、『フラン』を見ている。
「フラン……今、此処にいる私は、ちゃんと貴女のことを見ている。繊細で優しい貴女を……私の大切な『家族』を、見ているわ」
私が、そう言い切ると。
それまで、黙って話を聞いてくれていたフランは。
「……お話してくれて、ありがとう、パチェ」
眉を下げて、笑いながら。
穏やかな声で、受け止めてくれた。
「正直、内容を完璧に理解出来たとは言えないけれど……でも、私が見詰めてきた貴女は、今此処にいてくれる、かけがえのない貴女だけだから」
きっと、それでいいんだと思うの、って。
細められた瞳の光は、やっぱり焚火みたいに温かで、優しくて。
ああ。
そんな、貴女だから。
「それでね、フラン」
「うん、なあに? パチェ」
「私ね」
「うん」
「実は、その別の世界に居た頃からね」
「うん」
「ずぅっ、と……好きな人がいてね」
「うん……んん?」
「今から、迎えに行ってくるわ」
「うんぇえええええええ!?」
すぐには、難しいだろう。
それでも。
いつか、私の愛しい『あの娘』と。
大切な家族である『貴女』が。
隣り合って、笑ってくれたらいい、と。
心から、そう願っている。
――……それが、数時間前の話だ。
その後、レミィと共に部隊を編成して。
美鈴に留守を任せて、此処までやって来た。
私は東から。
レミィは西から。
二手に分かれて、襲撃を決行した。
結果、レミィは『当たり』で。
私は、『ハズレ』を引いたから。
こうしてはいられない、と。
文字通り、飛んで駆け付けたのだ。
そして。
彼女を――『咲夜』を、視界に入れた瞬間。
それまで押し込めてきた、私の『恋心』は――……見事に、決壊して。
「愛してる」
万感の思いを告げた。
それは、私の主観では、数百年越しの愛の告白だった。
しかしながら。
「……幼女趣味の変態ですか?」
確かに。
客観的に見れば、私、パチュリー・ノーレッジは。
外見年齢6歳程度の幼女に求愛する、ペドフィリアだった。
振り払われた手。
片想いの相手から向けられる、冷めきった視線に。
後頭部から、汗が噴き出した。
そんな私の隣で。
「ぶはっ!」
勢いよく噴き出した親友に。
育て方を間違えた! と。
瞬間的に、青筋を走らせながら。
あれ? これもしかして詰んだ? いきなり失恋確定?
恐ろしい思考が、脳裏を駆け巡る。
……眩暈がしてきた。
「い、いや……別に、そんな特殊な嗜好は持っていないけど」
「……」
「本当よ……?」
「……」
「…………」
――……無言。
ああ、続く沈黙が痛い。痛すぎる。
銀のナイフのような切れ味で、私の心をズタズタにしていく……っ!
「……まったく」
やれやれ、とでも言いだしそうな声音で。
レミィが、咲夜に話しかけた。
「おい、銀髪。私達と共に来い」
咲夜は、瞳に警戒心をたっぷりと滲ませて、レミィに問い返す。
「私を、どうするおつもりですか」
レミィは、片手を振りながら、軽い口調で返答する。
「なに、危害を加えるつもりはない。私は親友の嫁取りの応援をしたいだけだ」
その言葉に。
数瞬、目を伏せた咲夜は。
レミィのピジョン・ブラッドの瞳を真っ直ぐに見返しながら、言い放った。
「体を売るつもりはありません」
レミィは、一瞬目を丸くした後。
楽しそうに口角を上げながら、言った。
「おや、身持ちが固いんだな……良かったわね、パチェ。この子、生娘みたいよ」
「ッ、レミィ!」
その瞬間だろう。
レミィは、咲夜を『認めた』のだ。
「ははっ、ぎんぱ、いや、『咲夜』――……私も、貴女を咲夜と呼ぶわね」
今度は、咲夜が目を見開く。
少し、考え込んだ後。
彼女は、短く了承の意を返した。
「……はい」
レミィは、満足したように頷いてから、言葉を続ける。
「私の親友はね、気難しいところもあるけれど――……魔女のくせに、すごく誠実な奴なのよ。それは、この私が保証する」
その声音は、疑いようのない自信に満ち溢れていて。
だからだろう、咲夜は黙って、話を聞いていた。
「貴女に受け入れて貰えるまで、そういった意味で手を出すことはないでしょう……そうよね? パチェ」
「レミィ……」
私は、親友から向けられた信頼に、目頭が熱くなるのを感じた。
「……あ、それとも、もう辛抱堪らん! って感じ? 押し倒しちゃう?」
しかし、次の瞬間には、その親友によって感傷をブチ壊された。
――……おい、この500歳児め。
「レミィ、燃やすわよ?」
悪びれもせずに、彼女は笑う。
「ははは! ごめんって!」
その笑顔が。
本当に悪魔か? って思ってしまうくらいに。
無邪気で、可愛らしい物だったから。
私は、普段通り溜息を吐いた。
うん、なんか、落ち着いた。
ありがとう、『親友』。
――……よし。
どうせ、のっけから愛の告白をしてしまったのだ。
初志貫徹と行こうか。
さあ、パチュリー・ノーレッジ。
口説き落とせ!
「咲夜」
精一杯の、愛情を詰め込んだ声音で。
私は、睦言を囁くように、言葉を重ねていく。
「貴女には、なにがなんだかわからないでしょうけど……私は、貴女に会える日を待っていた。もう、何百年も前から、待っていたのよ」
言葉の真意が伝わることはないだろう。
別に構わない。
「もう一度言わせて」
ただ。
この想いだけ、届けばいい。
「愛してる」
この想いと共に。
私の500年はあったのだ。
「私に、貴女を幸せにさせて欲しいの」
そうして。
私は、小さな彼女の前に跪いたまま。
心と手を、差し出した。
再び、沈黙。
いつまでたっても、取って貰えない手。
……あれれ~? おかしいぞ~?
コ○ンくんでもお手上げだ。
女心は迷宮入りか。
――……所詮、私は紫もやし。
カビの生えそうな『魔女』である。
白馬の王子を気取るには、いささか無理があったのかもしれない。
っていうか。
ヤバい、なんか。
一気に、恥ずかしくなってきたわ……ッ!
羞恥と、絶望感で。
プルプルと、震えだした手。
その手の隣に。
小さな手が、もう一本、差し出された。
「私からも、提案よ」
レミィは。
紅い悪魔は。
傍若無人な、夜の王様は。
「嫁入りが嫌なら、ひとまずウチのメイドになってみない? 広い館だから、掃除の遣り甲斐があるわよ」
笑顔で、餌をぶらさげた。
「衣食住完備、オヤツも付けるわ」
「よろしくお願いします」
「即答!?」
――……そして、私の愛しい人は。
私の手ではなくて、私の親友の手をとった。
いや、手をとった、というよりは。
見事な『お手』であった。
世界が変わっても。
出会いが変わっても。
彼女はやっぱり。
『悪魔の犬』であるらしい。
その後。
咲夜を連れて、紅魔館に帰宅すると。
「あ、お母さん! おかえりなさい!」
門前で、美鈴に出迎えられた。
「ただいま、美鈴」
美鈴は。
私の横に居る、咲夜を視界に収めると。
ゆっくりと、目を見開いていき。
大きな声で、叫んだ。
「私のお父さん、ちっちゃいですね!!」
……、
…………、
………………えー。
……ぱっちぇさん、頑張れ(´・ω・`)