ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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※Caution!!

1. 実際のルーマニアの歴史を参考にしている箇所もありますが、あくまでフィクションです。
2. 過去に書いた自作の短編パチュ咲小説(題:砂の落ちる音)から、お気に入りの部分を一部再利用しております。※過去作とストーリー上の繋がりは一切ありません。
3. 捏造設定満載です!


13話

 その魔女は、『私』を見るなり、紫水晶(アメジスト)の瞳を潤ませた。

 息を詰まらせながら、白皙(はくせき)の頬を赤く染める彼女を。

 私は、言葉を失くして見詰め返すほかなかった。 

 

 

 

 

 ――……自分の名前は憶えていない。

 いや、そもそも、私に名前などなかったのだろう。

 誰にも呼ばれない名前など、最初からないのと同じだ。

 

 正確な年齢も分からない。

 誕生日を祝われたこともなかった。

 おそらく、八つか九つ程度だろうが――……栄養不足で、外見上は6歳程度にしか見えない。

 

 まだまだ、人生経験に乏しい私だが。

 ひとつだけ、骨身に沁みて理解していることがある。

 

 

 愛など、この世に存在しない。

 

 

 

 

 国力とはすなわち人口なり。

 独裁者は自分の考えを下々の者に植え付けることに執心した。

 5人以上子供を産んだ女性は公的に優遇され、10人も産めば『英雄の母』の称号を与えられたが。

 逆に、定期的に実地される妊娠検査をクリアしなければ、高額の税金を徴収された。

 上記の経緯により、私には血縁上の兄姉(けいし)が3人存在した。

 私は、4人目の子供だった。

 

 

 そして、私の誕生と共に、貧しいながらも何とか保たれていた家庭の平穏は『崩壊』した。

 

 

 ――……家族はみんな、髪も目も茶色で、肌の色も浅黒かったのに。

 私だけ、白銀の髪に青い目で……肌の色も白かったのだ。

 

 かといって、先天性白皮症(アルビノ)とも異なり、特有の病状に悩まされることもなく。

 逆にそれが仇となって、父は母の浮気を確信するに至った。

 

 毎日、喧嘩が絶えなかったが、悪しき法によって、離婚さえ禁止されている。

 夫婦共に解消出来ないストレスを抱え込み――……その捌け口として、私は日々虐待を受けた。

 特に、母からの扱いは苛烈を極めた。

 

 母は、浮気などしていなかったのだ。

 

 だからこそ、繰り返し、私へ向けて唱え続けた。

 ――……呪いの言葉を。

 

 

「この、化物め!」

 

 

 だから。

 私は、自分の名前を知らない。

 

 

 

 

 1989年12月25日。

 独裁者は、クリスマスに処刑された。

 

 虐げられてきた人々の多くは、自由を手に入れたが。

 どんな時にも、犠牲は付き物だ。

 

 政権崩壊後、待ちに待ったと言わんばかりに、両親は離婚。

 私は、孤児院に捨てられた。

 

 そこは、非常に劣悪な環境だった。

 栄養失調で、次々と死亡していく子供達。

 

 職員達は、子供の死を、心から悲しんだ。

 子供が死ぬたび、給与が減らされるからだ。

 

 その為、荒療治が始まった。

 栄養剤の代わりに、大人の血液を輸血されることが常態化していき。

 最終的には、注射器の針さえ使い回された。

 

 

 それが原因で、事態は悪化。

 子供達の間で、エイズと結核が蔓延した。

 

 

 こんな場所には居られない。

 此処に居れば、そう遠くない未来に、自分も同じ道を辿るだろう。

 そう確信した私は、孤児院を飛び出した。

 

 

 飛び出した先は、さらに地獄だった。

 

 

 街頭には、私と同じように孤児院を飛び出した子供や、そもそも孤児院にさえ入れて貰えなかった子供達が溢れていて。

 そんな子供達の多くは、生きる為に自分の性を売り物にしていた。

 

 セックスツアーに訪れた観光客達に、コンドームを使用するような良識はない。

 そして、子供達に、コンドームを買えるだけの金がある筈もない。

 

 白濁で膨らんだ腹を抱えて。

 飢えと寒さを紛らわせる為に、シンナーを吸う子供達。

 

 

 ――……私には、そんな子供達に混じって生きることは、どうしても出来なかった。

 

 

 ストリートチルドレンに人権などない。

 涙ながらに物乞いをしても、振る舞われるのは暴力と悪意だけだ。

 白濁にまみれて生きることも、綺麗なまま野垂れ死ぬことも受け入れられなかった私は。

 

 目立つ頭髪を帽子で隠して。

 食いつなぐために、窃盗を繰り返した。

 

 

 

 

 ――……たった独りで、無力な子供が。

 そんな日々を、長く続けられるはずもなかった。 

 

 

 北国の冬は、路上生活者の命を容赦なく奪う。

 だから、本格的な冬の到来を前に。

 鳴き続ける腹を押さえ、駆け回った。

 少しでも多くの物資を溜め込もうと。

 

 私は、焦っていたのだ。

 

 

 

 

「がは……ッ」

 

 

 側頭部を蹴りあげられた。

 目の奥がチカチカして、意識が遠退く。

 

 

 

 

 私はその日、軒先に吊るされていた一枚の毛布を盗んだ。

 逃げる私の後を、成人男性が追いかけてきた。

 

 歩幅が違う。

 逃げきれなかった。

 

 その男は、私の腕を乱暴に掴むと、生ゴミの臭いが漂う路地裏へ連れて行った。

 そして――……5つか6つ程度にしか見えない私に、覆い被さろうとした。

 私は、必死に抵抗した。

 すると、それに腹を立てた男は、私に暴力を振るった。

 

 長時間に及ぶ、殴る蹴るの暴行。

 私は、体を丸めて、ひたすら耐えた。

 

 

 そして。

 ついに男が蹴るのをやめた。

 一瞬、助かった、と思った。

 ――……知っていたはずなのに。

 

「薄汚ねぇ糞餓鬼が、大人を舐めやがってッ」

 

 ストリートチルドレンに人権などない、って。

 

 ナイフの切っ先が、月光にギラリと反射した。

 男が握るそれは、発育不良の小さな子供くらい、簡単に殺せそうな刃物だった。

 

 

 誰にも望まれていないのに。

 何で、私は生きているんだろう。

 そんなふうに考えたことは、何度もあった。

 

 それでも。

 それでも、やっぱり。

 

 ――……私は、死にたくなかった。

 

 そして、

 次の瞬間。

 

 

 世界が、停止した。

 

 

 

 

 気が付いたら。

 男の身体が、私の足元に転がっていた。

 

 その身体から流れ出し、地面を染めていく、赤。

 私の手にあるナイフ。

 その刃から滴る、赤。

 

 赤、赤、赤。

 赤い、血。

 

 泥棒の私は、その日。

 初めて、人の命を奪った。

 

 

 

 

 呆然と座り込んでいると、通りがかった人間にみつかり、警察に通報されて。

 抵抗する気力などなかったから、おとなしく連行された。

 事情聴取では、どうやって男を殺したか聞かれたので、素直に答えた。

 

 時間を止めて、ナイフを奪って、刺しました。

 

 話をした三人の刑事の内、一人目は馬鹿にしたように鼻で嗤い、二人目は眉を八の字にして瞳に哀れみの色を浮べ――……三人目は、肩を小さく震わせた後、真剣な顔で観察するような視線を向けてきた。

 

 

 

 

 そしてしばらく経った後。

 留置場で膝を抱えて座り込んでいると、三人目の刑事が法衣を纏った神父と一緒に入ってきた。

 神父は微笑みながら言う。

 

「迷える子羊よ、君は神に、罪を償うチャンスを与えられている」

 

 気持ちの悪い、作り物の笑顔だった。

 

 

 

 

 世の中には、本当に悪魔や魔女が存在する。

 そして、一般人には秘匿されているが、そういった悪しき存在を倒すための部署が教会にはある。

 彼等は銀で作られた武器を手に、神の名の下、化物達に正義の裁きを下すのだ。

 だけども、敵はしぶとく、手強い。

 どうにか効率的な対抗手段はない物かと、教会の人間達は考えた。

 その結果。

 悪魔の子として討伐の対象だった特殊な力を持つ子供達は、本当は神が使わした正義の矛だったことに気付いたのだと、神父は語った。

 

 ……なんとも、都合のいい言い回しだった。

 ようは、利用価値に気付いただけだ。

 

 化け物同士で潰しあってくれればいいと、そう思っているのでしょう?

 

 喉もとまで出掛かった言葉を吐き出さなかったのは、与えられた食事(エサ)と一緒に飲み込んでしまったからだ。

 

 

 翌日から、私の手には銀のナイフ。

 毎日、化け物退治、教会の者達いわく、裁きの訓練をする日々が続いた。

 

 その最中(さなか)にぶつけられる、隠し切れない侮蔑を含んだ視線や、

 聞こえないとでも思っているのか、垂れ流され続けている陰口から。

 神父も修道女も、ただの人間なのだと思い知らされる日々でもあった。

 

 そんな彼等が説く神の教えに、如何ほどの神聖さがあるのか。

 

 だけど、私はもともと『神聖なる神の教え』なんて物を信じたことはなかった。

 いつか訪れる救い、そんなもの、信じられやしないし、信じる気にもなれない。

 だって、いつか救ってくれるのならば、何故今救ってくれないのだ。

 

 

『たすけて』

 

 

 何度も何度も、心の中で叫び続けてきたのに。

 

 

 

 

 訓練を開始して三ヵ月。

 三日後には、初めての任務に向かう。

 その『予定』だった。

 

 

 突如。

 教会が、襲撃された。

 

 

「ぎゃあああああああ!? 助けてくれえぇええええ!!」

 

 我先にと逃げ出す教会関係者達。

 情けない。

『化物達に正義の裁きを下す神の使徒』が、聞いて呆れる。

 

 ――……などと内心で呟きつつも。

 私も、彼等に混ざって逃げ出した。

 

 ここ、ルーマニアにおいて。

 魔物の討伐を生業とする者であっても、決して手を出さない相手。

 それこそが、レミリア・スカーレット――……『紅い悪魔』と、彼女の率いる『化物軍団』だ。

 

 幸いと言っていい物か、彼女達は人を殺すこともあるが、大量虐殺はしない。

 それに、彼女達が未だ権勢を保っているおかげで、その他の有象無象の抑止力ともなっている。

 そういった背景もあり、紅い悪魔に対して、教会側から手を出す予定は、微塵もなかったのだ。

 

 それなのに――……真紅の長槍を手に、大勢の部下を率いて、彼女はやって来た。

 

 

「待て、待ってくれ! やめてくれ! どうして、いきなりこんな……!?」

 

 大聖堂にて。

 神父が、大慌てで命乞いを繰り返す。

 周囲の教会関係者も、震えながら見守っている。

 

 私達を追い詰めた紅い悪魔は、長槍を振り回しながら、笑って言い放った。

 

「んー? まあ、友情の為だな」

 

 そして、視線を走らせると。

 私をみつけて、動きを止めた。

 

「ああ……当たりだ」

 

 

 呟いた彼女は。

 その槍を、勢いよく投擲した。

 

 

「へぶ」

 

 次の瞬間。

 神父の頭部が串刺しとなり、死体が地面に転がった。

 

「きゃぁああああああああ!」

「うわあああああああああ!!」

 

 周囲から、耳の痛くなるような悲鳴が上がる。

 

「さて……諸君」

 

 紅い悪魔は、ニヤリと嗤いながら、こうのたまった。

 

 

「其処の銀髪の彼女以外、席を外してくれないか?」

 

 

 数瞬の沈黙。

 その後。

 

「……ッ!!」

 

 我先にと、逃げ出す周囲。

 

 

 銀髪。

 ぎんぱつ?

 え、

 ……わたし?

 

 

 状況が呑み込めず。

 首を傾げていると。

 

 

 ――ガッシャアアアアアアアアン!!!!

 

 

 割れ散るステンドグラス。

 

「おーおー」

 

 紅い悪魔が、眉を下げて笑った。

 

「慣れないことするもんだね……親友」

 

 

 

 

 割れて飛び散ったステンドグラスに。

 反射して煌めく月光。

 それらに照らされながら。

 ふわりと、風に乗って舞い降りてきた『魔女』。

 

「……っ、あ」

 

 その魔女は。

 私を見るなり、紫水晶(アメジスト)の瞳を潤ませた。

 息を詰まらせながら、白皙(はくせき)の頬を赤く染める彼女を。

 私は、言葉を失くして見詰め返すほかなかった。

 

「さ……」

 

 彼女は。

 一瞬、何かを躊躇って。

 その後。

 

 

「……咲夜」

 

 

 私のことを、憶えのない名前で呼んだ。

 

「さくや? ……それは、誰のことですか?」

 

 咄嗟に、問い返した。

 彼女は、眉を下げて。

 不器用な笑みを浮かべながら、答えた。

 

「貴女の名前よ……たとえ、世界が変わっても。貴女の名前は、『十六夜咲夜』」

 

 そして、私に歩み寄ってきた彼女は。

 

「咲夜、ねえ、咲夜。待っていたの――……ずっと、ずっと」

 

 彼女は。

 紫色の――……美しい魔女は。

 私の前に跪いて、手をとると。

 真っ直ぐな眼差しを、私に向けて。

 

「貴女に会いたかったの――……だから、つかまえにきたわ」

 

 唇を震わせながらも。

 凛とした声で、言い放った。

 

 

「愛してる」

 

 

 

 まだまだ、人生経験に乏しい私だが。

 ひとつだけ、骨身に沁みて理解していることがある。

 

 愛など、この世に存在しない。

 

 

 

 

 ――……そのはず、なのに。 

 心臓が、トクンッ、とひとつ。

 確かに、音をたてた。




 ……自分なりに納得できる作品にしようとした結果、こうなりました。

 ごめんよ、さっきゅん。
 でも、これから君は幸せになるんだ。
 ぱっちぇさんが頑張ってくれるからね!

 投稿しても良い物か少し悩みましたが、これが私の精一杯です。
 これからも少しでも面白い物が書けるように頑張りますので、「読んでやるよ!」って方は、ぜひぜひ、よろしくお願い致します。

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