ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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2話連続投稿、2話目。


11話

 最近、忘れがちな事実。

 私、パチュリー・ノーレッジは『喘息』持ちである。

 

「お母さんッ!」

 

 美鈴の声が遠い。

 だんだん、自分の呼吸音しか聞こえなくなっていく。

 目の前に迫る下っ端妖怪。

 まさか、こんなのに殺されるのか?

 

 

 

 

 唐突に現れたスカーレット卿。

 私と美鈴は、応戦する為、庭へ飛び出した。

 しかし。

 

 彼の後ろから現れた、大量の配下達。

 そう、今回の彼は、独りではなかったのだ。

 

 配下の質はお粗末な物で、一人一人は、私や美鈴の敵ではなかったが。

 その数が、圧倒的過ぎた。

 1000人以上だろうか?

 

 まさしく、圧殺である。

 

 それでも。

 それでも、私が健康な呼吸器を持っていれば、どうにかなったかもしれない。

 しかしながら。

 

 悲しいかな、私、パチュリー・ノーレッジは『喘息』持ちの紫もやしであった。

 

 空に月が昇り、ゆっくりと沈んでいく。

 夜明け前のことだ。

 400人くらい倒しただろうか?

 喉が引き攣り――……息が出来なくなった。

 紛れもない、発作である。

 

 

 ……そういえば、色々あったせいで、昨日の朝から一度も薬を飲んでいなかった。

 

 

 そう思い至った時には、地面に体が沈んでいた。

 

 

 

 

 目の前に迫る下っ端妖怪。

 人化もまともに出来ていない、出目金の化け物みたいなソレ。

 こんなのに殺されるとか、嫌すぎる。

 

 それに、まだ、死ぬわけにはいかない。

 

「が、はっ、ひゅっ、ひゅーッ!」

 

 空気が漏れていく。

 息が吸えない。苦しい。

 でも、立たなければ。

 ああ、くそ。

 間に合わない。

 下っ端妖怪の振り上げた刃が、私の身体に振り下ろされる――……、

 

 

「させるものかッ!」

 

 

 空気を引き裂いた、その声は。

 幼くも、凛と澄んで、美しかった。

 

 

 ――……レミィっ!? 

 

 

 レミィは。

 紅い長槍で、下っ端妖怪を一刀両断すると、その穂先を父親に突き付けた。

 

「お父様……いいや、父上! 此処に何をしに来られたのか!?」

 

 改まった口調で。

 大きな声で、問い掛ける。

 

「……知れたことを!」

 

 スカーレット卿は。

 嘲笑いながら、返答した。

 

「愛する妻の敵討ちだ! お前等全員、殺してやるッ!」

 

 それを聞いて。

 レミィは、眉を顰めると。

 槍を持つ手に、力を込めて、さらに問いを重ねた。

 

「何を以って! 私達を仇とみなすのか!?」

 

 スカーレット卿は、その問いに青筋を立てながら怒鳴り声を上げた。

 

 

「彼女を、見殺しにしただろう! 腹の子を助ける為に、彼女を犠牲にしたのだ!!」

 

 

 スカーレット卿の瞳が、揺らぐ。

 それは、怒りの炎による物か。

 それとも、悲しみの水滴による物か。

 

 

「殺してやる! 殺してやるとも! 特に、アイツは――……嬲り殺しにしてやるッ!!」

 

 

 そう叫んで。

 フランの居る家へ視線を向けた。

 

「アイツが、彼女を殺したのだ! 愛しい彼女の美しい肌を、内側からミンチ肉に変えたのだ!!」

 

 怒りの咆哮が、空をつんざく。

 

 

「産まれてきたことを、後悔させてや」

「ふざけるなあッ!!」

 

 

 一閃。

 高速で射出された紅い槍が。

 スカーレット卿の腹を、勢いよく突き破った。

 

「ふざけるなよ……」

 

 レミィは。

 投擲姿勢のまま、顔を上げて。

 自らの父親を睨み付け、吠えた。

 

 

「お母様の思いを、なにひとつ汲まずに!! 愛しているなどと、寝言を垂れるなあっッッ!!!!」

 

 

 それは、走り抜けた槍よりも。

 真っ直ぐな『怒り』だった。

 

「お母様は、フランに言った! 『私に、そっくりね』って! 『だから、貴女は、きっと幸せになるわ』って!」

 

 レミィは、叫ぶ。

 敬愛する亡き母の想いを、代弁する為に。

 

「それは! お母様が、最後の最期まで! 自分は幸せだ、って、思っていたからだ!」

 

 小さな背中に生やした、大きな羽根を力強く広げて。

 心の限り、叫んだ。

 

「お母様は、フランを産んだことを、後悔なんてしていなかった! 最後まで、笑顔だった!

 笑顔で、あの娘を私に託したんだ! ――……それこそが、『愛』だッ!!」

 

 迸る、紅い魔力光。

 新たな槍を形作りながら、レミィはさらに言葉を重ねようとした。

 

「それを、その想いを否定するお前なんかに、お母様を愛しているなんて言う資格は……!?」

 

 轟音。

 音速を越えて、繰り出された拳。

 

「お嬢様ーーッ!!」

 

 美鈴の叫び声。

 次の瞬間。

 

 盛大な土煙と共に、レミィは地面に埋まっていた。

 

 

 

 

「……うるさい」

 

 腹に突き刺さった紅い槍を、力任せに引き抜いて。

 

「うるさい、うるさい、うるさいッ!」

 

 スカーレット卿が、叫んだ。

 

「では、どうすればいい!? 私の、この憤りと悲しみを!! どう処理しろというのだ!!?」

 

 それは、慟哭の様だった。

 

 

 

 

 レミィが、クレーターの中心で、震えながら身を起こそうとしている。

 しかし、スカーレット卿は、それを待つつもりはないらしい。

 レミィに――……自分の娘に止めを刺す為に、一歩を踏み出した。

 

「……しゅー、ふしゅーっッッ!」

 

 私は。

 息を乱したまま、ポケットを探って、喘息の薬をみつけると。

 それを水なしで、無理矢理飲み込んだ。

 

 ああ。

 動け、

 体よ、動け……っ!

 

 

 

 ――……キラリ、と。

 色鮮やかな燐光が、夜闇を裂いた。

 

 それは、虹色の宝石のような翼だ。

 

 

 

「きゅっ、として」

 

 突き出された小さな手。

 露わとなった、細い指。

 

 

「どかーーーーんっッッ!!!!」

 

 

 生まれて、初めて。

 彼女は、自らの意志で、拳を握りしめた。

 

 

「ぐ、うああああ!!?」

 

 

 スカーレット卿の左足が、爆発四散。

 血煙が、夜風に乗って吹き荒ぶ。

 

「ふ、ら……?」

 

 掠れた、レミィの声。

 

「お姉様、ごめんね」

 

 フランは、金糸の髪を爆風にたなびかせながらレミィに視線を向けると。

 温かなスペサタイトガーネットの瞳を細めて、不器用な笑みを浮かべた。

 

 

「それと、ありがとう――……大好きだよ」

 

 

 そして。

 父親に視線を移すと。

 その、焚火のようだった瞳に強い意志をくべて、燃え上がる焔に変えた。

 

「お父様」

 

 スカーレット卿は、突如現れた憎い娘に、鋭い眼光を向けて。

 

「……ッ!」

 

 次の瞬間、息を詰まらせた。

 

「お父様、ごめんなさい」

 

 

 それは。

 彼女が、亡くした愛しい存在の、生き写しだったからだ。

 

 

「私は、貴方から、いちばん大切な物を奪ってしまった」

 

 フランは。

 深く、深く――……頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

 そして。

 顔を上げて、真っ直ぐな目で、言い放った。

 

 

「だけど、だから……死ねない」

 

 

 その、静かに燃え上がるような『強さ』は。

 

「だって、私が生きることを諦めたら」

 

 本当に、

 

 

 

「お母様の『想い』まで、殺してしまうことになるから!!」

 

 

 

 彼の、愛した女性、

 彼女の母親、其の物だった。

 

 

 

「お父様!」

 

 

 ――……だからだろう。

 彼は、その攻撃を防ごうとしなかった。

 

 

「おとうさまぁ……ッ」

 

 

 いつかの彼女と同じように。

 胸から下の肉を弾けさせた彼の。

 

 

 その死に顔は、とても穏やかな物だった。

 

 

 

 

「お、お館様を、やりやがった……ッ!」

 

 有象無象の妖怪達の騒めき。

 ああ、頭を潰されたことで、解散してくれればいいものを。

 そう、都合よくはいかないらしい。

 

「げほっ、けほ……、はぁ」

 

 よし、

 ……イケる。

 

「パチェ!」

 

 ゆっくりと、立ち上がった。

 やっと、薬の効果が出てきたらしい。

 

「……頑張ったわね、フラン」

 

 目算……ざっと、600人程度か。

 

「悪いけど、あと少し、頑張ってくれる?」

 

 そう言って、首を傾げると。

 フランが、大きく頷いた。

 

「……うん! 頑張るよ!」

 

 そして。

 突き出された右手が、真っ赤に燃え上がり。

 炎の大剣が、姿を現した。

 

「……私も、いるぞ!」

 

 土塗れのレミィが、クレーターの真ん中から飛び出してきた。

 その手には、紅の長槍。

 

「もちろん、私もです!」

 

 美鈴も、力強く足を開いて、拳を構える。

 

 さて、もう一踏ん張りだ。

 

 そう、気合いを入れたところで。

 

 

「静粛に!!!!」

 

 

 遠吠えの様に後を引く声が、轟いた。

 

 

 目を向ける。

 そこには。

 いつもスカーレット卿の傍に控えていた、犬耳の執事がいた。

 

「静粛に! こちらにおわすお方は、お館様……スカーレット卿のご息女ですぞ!!」

 

 彼は、周囲の妖怪に向けて、言葉を連ねる。

 

 

 

「彼の方が崩御された以上、次のお世継ぎに相違ない! 頭が高い! 控えよ!!」

 

 

 

 ――……そして。

 ついに、長い夜が明けたのだった。


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