ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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2話連続投稿、1話目。


10話

 私、パチュリー・ノーレッジは、己のことを優れた存在であると自負していた。

 しかしながら――……思い知った。

 

 私は、どうしようもない無能である、と。

 

 

 

 

 その日は、良く晴れた日で。

 奥方様が亡くなった日と、酷似していた。

 

 

「レミィッ!!」

 

 

 ――……そうだ、たかだか魔術布で、その能力を抑え込めるなら。

 彼女は、地下に押し込められたりしなかった。

 

 

「ぁ、あ、ああ゛あ゛あ゛あ゛……っ」

 

 

 嗚咽まじりの呻き声が、悲痛に響く。

 

 

 穏やかな日々が崩れるのは、一瞬だった。

 その日、どこから紛れ込んだのか、一匹の蛾が、部屋を舞った。

 スカーレット姉妹は大騒ぎで、その後を追い駆けた。

 そして、レミィの頭に、蛾が止まったのだ。

 フランは、咄嗟に、魔術布で覆われた手を伸ばした。

 

 その結果――……。

 

 

 魔術布は弾け飛び、蛾は爆散し、レミィの頭から血が噴き出した。

 

 

 美鈴の行動は、非常に迅速で。

 次の瞬間には、手刀で断ち切られたフランの両腕が、血飛沫と共に宙を舞った。

 

 

 平和な昼下がりが、一気に血の惨劇だ。

 吐きそうだった。

 

 

 

「ふ、ら……」

 

 床に転がったレミィが発した、細く、掠れたその声からは。

 一切、負の感情など感じられなかった。

 ただ、ただ。

 

「だい、じょうぶ……お姉様は、大丈夫、だか、ら……」

 

 ただ、精一杯の愛情だけが、詰め込まれていた。

 

 でも。

 だからこそ。

 

 

「う゛うぅわぁあああ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ っ ッ ッ ! ! ! !」

 

 

 繊細なフランの心を、決壊させた。

 

 

 

 

 血の滲む様な声で叫び続けるフランを魔法で拘束し、レミィと引き離すために、地下室へと運んだ。

 そう、この家にも、地下室がある。

 私の両親が、研究資料を保管するのに使用していた部屋だ。

 

 その間も、フランの両腕は再生を続けていた。

 まだ幼い彼女だから、一瞬で再生する、なんて芸当は出来ないが。

 それでも、10分もあれば、ピカピカの両腕が生え揃うだろう。

 

 私は、急いで予備の魔術布を引っ張り出した。

 この魔術布は、10年間の間に少しずつ私の魔力を染み込ませて強化した物だ。

 ひとまず、これで抑えられるはず。

 ……ただの、応急処置にしか過ぎないだろうが。

 

 

 

 

「フラン、フラン……落ち着きなさい」

 

 呼びかける。

 呻くばかりで、返答はない。

 

「フラン!」

 

 怒鳴りつける様に、もう一度。

 すると、フランの肩が、ビクリッ、と跳ねて。

 

「……殺しちゃう」

 

 小さな口から、そんな言葉が零れた。

 

「殺しちゃうよ、嫌だ、もう、嫌だよ……ッ」

 

 フランの大きな両目から。

 涙が、ボタボタと溢れ出す。

 

 

「お願い、パチェ……私を、殺して!」

 

 

 その叫びに。

 考える間もなく、言葉が飛び出した。

 

 

「出来るわけないでしょう!?」

 

 

 ああ。

 そんなこと、

 そんなこと、もう。

 

「出来るわけが、ないじゃない……っ」

 

 そうだ。

 10年前なら、出来たかもしれない。

 でも、今の私は、そんなことを考えるだけで――……眩暈がして、倒れそうだった。

 

 

「でも、それじゃ、また殺しちゃうっ!」

 

 

 ……、

 …………え?

 

 私は。

 その言葉を、一瞬、理解できなかった。

 いいや、本当は――……、

 

 

「お母様を、殺したように! みんなを、殺しちゃうよ!!」

 

 

 ――……理解、したくなかったのだろう。

 

 

「フ、ラン?」

「……あ」

 

 フランは。

 しまった、というふうに、目を見開いて。

 顔から、サァッ、と、血の気を引かせた。

 

「フラン、貴女……」

 

 私は。

 同じく、青褪めているであろう顔で。

 

 

「貴女、産まれた日のこと、憶えているの……?」

 

 

 ひくつく喉から、無理矢理、声を絞り出して。

 そう、問いかけた。

 

「……ぜんぶ、じゃ、ないけど」

 

 フランは。

 繊細な心を持つ、子供は。

 

「私が、お母様を、『殺』してしまった、ってことだけは、知ってる」

 

 そう答えて。

 くしゃり、と顔を歪め。

 泣きながら嗤って、叫んだ。

 

 

「でも、そんなの、認めたくなくて……知らないふりしてただけなのッ!!」

 

 

 ……ああ。

 私、パチュリー・ノーレッジは、己のことを優れた存在であると自負していた。

 しかしながら――……思い知った。

 

 私は、どうしようもない無能である、と。

 

 こんな、優しい子供の心ひとつ、守れない。

 最低の、愚鈍だ。

 

 

 

 

 その後。

 独りにしてほしい、という彼女をその部屋に残し。

 私は、逃げるように、レミィの治療に没頭した。

 

 薄暗い地下室に、彼女独り。

 ああ、なんにも変っていない。

 

 妹様に、したように。

 私は、また、『フランドール・スカーレット』を、切り捨てるのか――……。

 

 

 

 

「フラン!」

 

 しかし。

 前の世界とは異なる点が、確かに存在した。

 

「フラン! ここを開けなさい!」

 

 レミィだ。

 

「この怪我を気にしているの?」

 

 レミィは、地下室の扉の前で、大きな声で、言い募る。

 

「お姉様は強いのよっ、この程度の傷、屁でもないわ!」

 

 嘘だ。

 フランの能力でつけられた傷は、銀の攻撃に勝る。

 事実、一昼夜経過した今も、レミィの傷は、完全に塞がっていない。

 きっと、大きな声を出すたびに、ズクズクと疼いているだろう。

 それでも、レミィは、扉越しの妹に言葉を掛け続けた。

 

「私が貴女にやられるはずがないじゃないっ! 姉より優れた妹なんて存在しないのよ!」

 

 それは。

 字面のみだと、高飛車な言葉だ。

 しかし、その声は、ひたすら優しく響いた。

 

 

「私は、大丈夫! だから、フラン、貴女も大丈夫よ!」

 

 

 小さな親友の。

 その強さと。

 その、優しさが。

 育まれた一因が、私にもあったのだとしたら。

 

 私は、自分のことを、ほんの少しだけ、見直してやれるかもしれない。

 

 

 

 

 そんなことを考えて。

 目頭が熱くなるのを感じていた、

 次の瞬間。

 

 

 ビキィッ!! 

 

 

 ヒビが走るような、大きな音がして。

 

 

 ガッシャアアアアアアアアンッ!!!!

 

 

 盛大に、世界が、割れた。

 

 

「……まさか、こんなタイミングで!?」

 

 そう、それは。

 この家を外界と分かつ見えない壁が、破壊された音だ。

 

 

 

 

「……ようやく、みつけたぞ」

 

 男性的でありながらも、蠱惑的な声。

 

「ああ、やっとだ……やっと、貴様等を」

 

 それが、徐々に罅割れていく。

 そして。

 

 

「み な ご ろ し に で き る っ っ ッ ! ! ! !」

 

 

 夜闇さえ、彼の者を恐れ、平伏すだろう。

 現・夜の王――……スカーレット卿の御出座しだ。


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