ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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1話

 ――……この私、七曜の魔女『パチュリー・ノーレッジ』の最大の悲劇は、彼女と出会ってしまったことかもしれない。

 

 初めて会った頃の彼女は、痩せっぽちの小さな子供で。

 薄い背中と細い肩を見て、私らしくもない庇護欲を覚えた。

 

 成長した彼女は、私よりも背が高くなり。

 見下ろしてくる綺麗な瞳に、胸が高鳴って、非常に戸惑った。

 

 時が過ぎて、彼女の銀髪に白い物が混じり始めると、終りを意識するようになったけど。

 彼女の存在の全てを、尊いと感じる私がいた。

 

 気が付いた時には。

 どうしようもない程に、愛おしく想っていたのだ。

 

 ……だけど、だから。

 決して、『愛している』とは、伝えなかった。

 

 それは、知っていたからだ。

 

 人として産まれながら、『化物』扱いされてきた彼女が。

 化物に拾われてから、初めて、人として存在することを許された彼女が。

 

 化物と共に生きながらも、誰よりも『人間』であろうとしていることを。

 人間として、終ることを、望んでいるのだということを。

 

 嫌になるくらいに、知っていたからだ。

 

 ――……この私、七曜の魔女『パチュリー・ノーレッジ』の最大の悲劇は、彼女と出会ってしまったことかもしれない。

 出会わなかった方が良かった、なんて。

 そんなふうには、絶対に、思えないのだけれど。

 

 

 

 

「理解できませんね」

 

 使い魔である『小悪魔』は、私のことを馬鹿にするように嗤いながら言った。

 

「惚れた相手が、自分を置いて逝ってしまうのを、指を咥えて見ているつもりですか。貴女は、『魔女』でしょう?」

 

 厭味ったらしさの中にも、確かな思いやりを感じたので。

 

「そうね、私は魔女よ――……人間に、恋した魔女なの」

 

 私は、苦笑しながらも、それだけは答えて、書物に目を落とした。

 小悪魔の吐き出した細い溜息が、妙に耳に残った。

 

 想いを口に出すのは、苦手だったから。

 百も二百も浮かんでくる、下手糞な愛の言葉は、胸の奥に仕舞い込んで。

 代わりに、たったひとつの誠実さを捧げようと、決めていた。

 

 

 

 

 周囲の大多数も、私と同じ結論に達したようで。

 そう遠くない未来に訪れる別離に向けて、心の整理に努めていた。

 

 

 

 

 

 ――……でも、だからといって。

 

 

「こんな、こんな最期なんて、受け入れられるわけがない!」

 

 

 血、血、血。

 血溜まりが、広がっている。

 

 別れは、唐突に訪れた。

 

 

 

 

 人妖共に『紅魔館』と呼ばれるこの館には、多種多様な妖が暮らしている。

 それを束ねているのは、私の親友であり、彼女の主人でもある吸血鬼『レミリア・スカーレット』だということは、周知の事実だ。

 

 そして、レミリア・スカーレット――『レミィ』に、『妹』がいることも。

 その妹、フランドール・スカーレット――『妹様』が、抑えきれない強大な力と、長い幽閉生活によって、精神に異常をきたしていることも。

 多くの者が、知っていた。

 

 知っていて――……意識しないようにしていた。

 

 強大過ぎて、凶悪と言う他ないその『力』は、決して妹様が望んで得た力ではなかった。

 産まれ付き、妹様に備わっていた物で、きっと、一番の被害者は妹様自身だった。

 しかし、レミィや私を含めた周囲は、臭い物に蓋をするように、彼女の自由を奪い、暗い地下に追いやって。

 

 多少、力の制御が出来るようになってからは、限られた範囲での行動を許し、それまでの仕打ちは『なかった』ことにした。

 

 それは、正しく『外道』の所業であったかもしれない。

 

 しかし、そんな中で。

 彼女は、妹様のことを、とても気にかけていた。

 

 ――……だから。

 

「一緒に行かないの?」

「はい、妹様が、体調が優れないと仰せでしたので、本日は、お傍に控えさせていただきます」

 

 彼女は、そう言って、宴会に出掛ける私達について来ようとせず、館に残ったのだ。

 

 

 

 

 ――……その結果が、コレか。

 

 

「こんな、こんな最期なんて、受け入れられるわけがない!」

 

 

 血、血、血。

 血溜まりが、広がっている。

 そのほとんどが、彼女の体から流れ出た物だと考えると、酷い眩暈を覚えた。

 

 私達が、呑気に酒を煽っている間に。

 館では、妹様が暴走して。

 彼女は、それを止めようとして。

 

 ――……殺すことは、出来た筈なのだ。

 

 彼女は、確かに年老いてしまっていたけれど。

 歳月に伴い、彼女の固有能力『時間を操る程度の能力』は、その効果を増していた。

 殺し合いであれば、吸血鬼である妹様の命でさえ、奪ってしまえるほどに。

 それなのに。

 

「……妹様の呼吸は、安定しています。致命傷に成り得る傷は、ひとつもありません」

 

 掠れがちな美鈴の声が、耳に届いた。

 ああ、それは。

 それは、きっと、彼女が。

 

 妹様を、倒そうとしたのではなくて。

 守ろうとしたから、なのだろう、と。

 

 膝をつき、手を伸ばす。

 触れた彼女の頬は、冷たかった。

 嫌でも、理解せざるをえない。

 

 

 ――……彼女は、死んでしまったのだ。

 

 

「こんな最期なんて、認められるわけがないっ!」

 

 悲しみと、口惜しさと、何より深い後悔とともに、涙が溢れ出した。

 そして――……。

 

 

「――……そうだ、こんな最期を、認めてやる必要など、ない」

 

 そんな言葉が発せられた、次の瞬間。

 絶大な力が、唐突に背後で爆発した。

 

「レミィ!?」

 

 その力の発生源で、私の親友であり、彼女の主人でもある吸血鬼『レミリア・スカーレット』は。

 紅い魔力光を辺りに迸らせながら、不敵に笑って、咆哮した。

 

「私は、レミリア・スカーレット! 『運命を操る程度の能力』を持つ、夜の王だ! 理不尽極まる『運命』なんぞ、捻じ曲げてやる!」

 

 目を見開き、言葉を失った私を嘲笑うように、小悪魔も、咆える。

 

「まだ、腑抜けているおつもりですか! 貴女は魔女でしょう!?」

 

 そして、小悪魔は、己の魂を削りながらも、荒っぽいレミィの魔力に、魔力を重ねていった。

 

 結果として――……空間に、亀裂が発生した。

 空間と、時間は、密接に関係している。

 つまり、これは『時空の裂け目』だ。

 本能的に、理解した。

 この裂け目に身を投じれば――時間を移動できる。

 

 ――……運命を、変えられる!

 

「……っでも、」

 

 そんなことを、彼女は望んでいるのだろうか。

 この理不尽な『死』さえも、受け入れて、逝ってしまったのならば。

 超常の力で、その事実を捻じ曲げることは、彼女の想いを否定することになるのではないか――……。

 

「……パチュリー」

 

 名前を呼ばれたので、反射的に視線を向けると、床に寝かされていた妹様が、意識を取り戻していた。

 瞬間、衝動的な『殺意』が込み上げたが。

 消え入りそうなほど小さな声で続けられた内容に、そんな想いさえ、霧散した。

 

「あの子が、ね。最後の、最後に。呟いたんだ。――……パチュリー様、って」

 

 ねえ。

 それは、いったい。

 ――……どうして?

 

「そう、呟いた時。すっごい、優しそうな顔、だったんだよ。でも」

 

 どうしてか、なんて。

 

「でも、すっごい……寂しそうでも、あったんだよ」

 

 どうしてか、なんて――そんなの、決まっている。

 わからないふりを、していただけだ。

 

「……ッ」

 

 傷付けたくなくて。

 なにより、傷付きたくなくて。

 ずっと、ずっと。

 

 逃げていただけだ。

 

「……っ、き、なの」

 

 下手糞でも、いいじゃないか。

 ただ、叫べばよかった。

 

 

「好きなのよ! 『咲夜』が!!」

 

 

「――……だったら、さっさとつかまえに行け! 親友っ!」

 

 親友《レミィ》の激励を後押しに。

 この私、七曜の魔女『パチュリー・ノーレッジ』は。

 時空の裂け目へと、身を躍らせた。

 

 

 

 

「――……ん、う」

 

 船酔いしたような、倦怠感。

 鼻をひくつかせると、先程までとは異なる臭いが、鼻腔をくすぐった。

 ゆっくりと、目を開く。

 

「……え?」

 

 周囲の景色は、一変していた。

 視界に広がる、雄大な山脈と。

 遠くに見える――西洋風の城。

 その城には、見覚えがあった。

 

「あれは……ブラン城?」

 

 吸血鬼ドラキュラ伝説で有名な、あの城だ。

 幻想入りする前に、レミィと物見遊山で訪れたことがあるので、記憶に残っていた。

 

「と、いうことは……ここは、ルーマニア?」

 

 時間を飛び越えるついでに、場所まで移動してしまったということなのだろうか。

 

「いや、それよりも」

 

 今は、いったい――『いつ』なんだ?

 

「……っ!」

 

 嫌な予感に、心臓が騒ぎ出す。

 しかし、じっとしていても始まらない。

 私は、胸元を拳で押さえ、現状を把握する為、駆け出した。

 

 そして――……。

 

 

 

 

「ルーマニア、ではなかったわね」

 

 盛大に、溜息を吐き出した。

 城下町に辿り着き、判明した事実は、そんなに生易しい物ではなかった。

 

「ワラキア公国――……15世紀、か」

 

 咲夜どころか、レミィも産まれてないわよ、と。

 独り呟いて、項垂れる。

 

 

「これから、どうしよう……」

 




どうも、鬼灯です。
東方が大好きです。
パチュ咲を愛しています。
よろしければ、完結までお付き合いいただけますと、幸いです。

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