「やる!」
配信の打診をしてみたところ、れんちゃんは即答だった。断られるだろうと思っていたからびっくりした。
「え、あの、いいの?」
「うん! みんなに見てもらうんでしょ? 見てもらう! 自慢する!」
それを聞いて、妙に納得してしまった。血は繋がってないけど、私の妹だなあ、と。
つまりれんちゃんは、テイムしたラッキーとディア、それにたくさんの草原ウルフを自慢したいのだ。私が妹を自慢したいように、この子は友達を自慢したいのだ。
分かる。分かるよれんちゃん。その気持ち、とっても分かる!
今、ここに! 私とれんちゃんの利害は一致した!
「よし、じゃあれんちゃん。早速だけど、今日は配信してみよう!」
「うん!」
と、ここまでが病室でのやり取りなわけだ。
帰宅した私は早速ゲームマスターの山下さんに連絡した。するとすぐにゲーム内で会いたいと言われたので、ログインして山下さんと会ってみた。
「正気ですか?」
大変失礼ではあるけど至極真っ当なお言葉でした。
「だ、だめですか?」
「だめ、とは言いませんけど……。佳蓮さんがそれをやりたいと言っているなら、止めはしませんけど……」
なんとも不思議な表情。山下さんが何か悩んでいるのは分かるけど、それが何なのかは分からない。私が首を傾げていると、山下さんは少し考えながら口を開いた。
「佳蓮さんもやりたいのなら、こちらとしては構いません。お二人なら妙なことはしないと思いますし……。ですが、佳蓮さんのテイムモンスターを見せるのですよね?」
ラッキーとディアのことかな。それはもちろん出すことになる。むしろれんちゃんはあの子たちを自慢するのが目的みたいだし。かわいいからね、気持ちは分かるとも。
「必ず、心無い言葉をぶつけられます。これに関しては、断言します。それでも、大丈夫ですか?」
「あー……」
なるほど。ちょっと考えてなかったけど、当たり前だ。きっと、チートとかそんなことを疑う人も出てくると思う。罵詈雑言も、きっとある。
「そのことも、一度佳蓮さんに話してみてください。それでもやってみたいということでしたら、こちらでもできる限りのサポートはさせていただきます」
「すみません。ありがとうございます」
その後は色々と細かい部分を決めてから、時間になったのでれんちゃんに会いに行くことにした。
で、話した結果のれんちゃんの反応は。
「別にいいよ」
とってもあっさりしたものだった。これには私の方が予想外です。
「いいの? 私が言うのもなんだけど、やめた方がいいかもしれないよ」
「だいじょうぶ。いやならやめるよ!」
「あ、はい」
それもそうか、とも思う。れんちゃんの目的はこの子たちだものね。変な悪評が立ってパーティに入れなくなった、なんてことがあっても、関係ないのは確かだ。多分気にせずここでもふもふし続けてる気がする。
「それにね、そういう怒られるのも、いいかなって」
「れんちゃんが変態さんになった!?」
「おこるよ?」
「ごめんなさい」
いや、でもだって、そんな怒られるのもいいとか言われたら、いわゆるMな変態さんになったと思うと私は思うのですよ。私だけですかそうですか。
「あのね、そうじゃなくて」
「うん」
「わたし、他の人を知らないから」
「あー……」
納得した。してしまった。
れんちゃんは病室から出ない。出られない。だから、れんちゃんの世界はあの部屋で完結してしまっている。れんちゃんにとって、他の人というのは、家族を除けば主治医のおにいさんと、れんちゃんのことをよく知る看護師さんの二人だけ。
もちろん検査とかで会う人もいるけど、稀にしか会わない人はいないものと大差ないだろう。あの子にとっての他人は家族含めても五人しかいなくて、五人ともれんちゃんを叱るということがあまりない。れんちゃんが良い子だから叱る必要もないだけなんだけど。
だから、れんちゃんにとっては、人の悪意ですら珍しいものなんだと思う。見てみたい、と思うほどに。こればかりは、私には理解したくてもできない感覚だ
けれど、うん。れんちゃんがそれでいいなら、やってみよう。
というわけで、配信準備です。まあ準備といっても、タイトルやコメントを考えるだけで、あとは自動的に設定してくれるんだけどね。
「ところでれんちゃん。さっきから、ラッキーが私をよじ登ろうとしてるんだけど」
「うん。かわいいね」
「いやかわいいけど」
さっきから、小さい足で私の足をのぼろうとしてるんだけど、まあ当たり前だけどうまくいってない。私が座ってるならともかく、立ってるし。だからなのか、前足でぺふぺふ叩かれてるだけになってる。
仕方ないので抱き上げてみる。何故かとっても嬉しそう。
「れんちゃんれんちゃん。この子ちょうだい」
「は?」
「いやごめん。冗談だからそんなに怒らないで」
びっくりした! れんちゃんのマジギレなんて初めて見たんだけど! 怖い!
幸いすぐに怒りは治まったみたいで、れんちゃんは私が呼び出していたシロをもふもふしてる。とりあえず、一安心。
ラッキーを頭に載せて、改めて準備だ。
えっと、とりあえずタイトルは、テイマー姉妹のもふもふ配信、でどうだろう?
午後七時前。カメラの役割になる光球がふわふわ浮かぶ。この光球が私たちを撮影して、皆さんにお届けする、らしい。淡い光の光球には小さい黒い点があって、これが向いている方向を撮影している、とのことだ。光球そのものは配信者である私を自動追尾して、思考を軽く読み取って私が撮りたいものを撮ってくれる。
で、その光球の上には大きめの真っ黒の板みたいなものがある。ここに、誰かが書き込んだコメントが流れてくる、という形だ。一応設定で、視界にそのまま表示されるようなこともできるらしいけど、私だけ見れても仕方ないからこの形式にした。
主役のれんちゃんは、ウルフたちと追いかけっこの真っ最中だ。まあ、うん。勝手に始めよう。
というわけで、七時になりましたので配信開始をぽちっとな!
わくわく、わくわく!
…………。
うん、まあ、初配信にいきなりコメントがつくわけが……。
『初見』
「なんかきた!?」
『ひでえw』
「あ、ご、ごめんなさい。いや、正直なところ、誰も来ないと思ってました」
『大手のゲーム配信だから初放送でもそれなりに来る』
『もう結構来てるぞ』
『百人。一回目でこれなら十分では』
そんなばかな。半信半疑で視聴者数を見て……、あれ? どうやって見るんだっけ?
「すみません。視聴者数ってどうやって見るんですか?」
『うそだろwww』
『コメントの右下にちっちゃく出てるぞ』
「ありがと! ……おお、ほんとだ。百人こえてる」
言われて黒枠の右下を見てみると、視聴者数の欄があって人数が書かれていた。百二十人。十人いくかな、程度しか思ってなかったからびっくりだ。
「百人も、何するか明記されてない配信に……。暇なの?」
『辛辣ぅ!』
『ははははは。その言葉は俺にきく』
『まあなんだかんだと、やっぱりゲームは男の方が多いからな』
『女の子の配信、しかも姉妹、数が取れないわけがない』
「はあ……。そんなもんですか。退屈な配信だと思いますけど、ゆっくりしていってください」
『あいよー』
『ところでもふもふは? もふもふは!?』
おっとそうだった。れんちゃんを探すと、真っ先にディアが視界に入る。いやあ、さすがに大きいから一番目立つね。
『あれってフィールドボスか? てことはここは、ファトスのお隣?』
「あ、いえ。妹のフィールドです」
『待って。それって、フィールドボスをテイムしたってこと?』
「ですよー。我が最愛の妹のテイムモンスターです。もふもふです」
そう言った瞬間、なんか大量のコメントが流れ始めた。やっぱりフィールドボスがテイムされてるってのは衝撃だったらしい。気持ちは分かる。とても分かる。
ディアは追いかけっこには参加せずにひなたぼっこをしているみたいなので、手招きしてみる。すぐに気が付いてくれて、こっちに来てくれた。のっしのっしと、貫禄がある。改めて見るとかっこいい。
『うわ本当にテイムしてやがる。情報! 情報はよ!』
『まてまて落ち着け。テイムしたのは妹さんだろ? 主に聞いても仕方ないだろ』
『そう言えば完全に流れてたけど、自己紹介してくれ』
なるほど自己紹介。そう言えばしてなかった。光球に向き直って、こほんと咳払い。わざとらしい、なんてコメントが流れたけど、私は気にしない!
「皆様初めまして。今日から配信を始めましたミレイです。この配信では妹がテイムしたもふもふをのんびりうつしていきます」
『戦闘とかは?』
「予定はないです。のんびりまったり配信です」
『把握』
よかった。戦闘しろ、とか言われたら面倒なところだった。
きょろきょろ見回す。この先はれんちゃんに聞かれたくないからね。視聴者さんたちが不思議そうにしているので、すぐに視線を戻した。
「というのが妹の方針です」
『ん?』
『おや?』
「私の目的はもふもふをもふもふする妹がとってもかわいいので自慢したいだけです。妹がとってもかわいいので。とっても! かわいいので! 大事なことなので三回言った!」
『草』
『把握www』
『シスコンかw』
「ああそうだよシスコンだよ文句あるかこの野郎! れんちゃんかわいいからね、仕方ないね!」
『自分で言うなw』
『やべえ久しぶりにぶっとんだ配信者だw』
『で、その妹さんはどこ? ミレイと同じ美人さん?』
『もしくは妄想の中の妹とか』
「ぶっ殺すぞ」
『ヒェ』
まったく。失礼な視聴者さんだ。いや、私も沸点低くなりすぎかな。どうにも、れんちゃんが絡むと怒りやすくなりがちだと思う。もう少しのんびりしていきましょう。
「妹はれんちゃん。美人というか、かわいいよ」
『どういうこと?』
「んー……。見れば分かる!」
というわけで、改めてれんちゃんを探します。れんちゃんれんちゃんどこですか。いや、その前に側まで来てくれたディアの相手かな。
『でけえ』
『間近で見ると迫力あるな』
『紛う事なき初心者キラーだからな。調子に乗った初心者を絶望にたたき落とす』
「うんうん。私も苦労した。勝てるかあほ、とか思った」
『わかるw』
みんなが通る道だと思う。
そんなことよりれんちゃんを探しましょう。
「ディア。れんちゃんを探したいんだけど、乗せてもらってもいいかな?」
ディアは頷くと、私が乗りやすいように寝そべってくれた。なんてかわいい子なんだ。よしよし、のどをもふもふしてあげよう。ここ? ここがいいの? うりうり、かわいいやつめ。
『いや、妹さん探せよw』
「は! そうだった!」
ディアの頭を撫でて、その背に乗る。ディアがゆっくりと立ち上がった。おおう、見晴らしいいね。いい景色だ。
視聴者さんもあまり見ない光景に興奮してるみたい。まあ大きいウルフに乗るなんてみんな初めてだろうからね。
さてさてれんちゃんは、と……。追いかけっこはもう終わってるみたいで静かだ。でも、すぐに見つけることができた。草原ウルフが三匹集まっていて、その中心でもふもふしていた。
「見つけた!」
『え? ちょっと待って、小さくない?』
『まてまて落ち着け、制限に引っかかる。ミレイさんよ、妹さんは何歳だ?』
「七歳。今年で八歳」
『アウトじゃねえか!』
『チートか!?』
「ほんっとうに失礼だね。説明してない私も悪いけど」
まあさすがに黙っておくわけにはいかないとは思ってる。それに、仮にもれんちゃんは一度だけとはいえテレビに顔を出しているのだ。気付く人もいるだろうと思えば、早めに言った方がいいと思う。
ディアから下りて、もう一度撫でてかられんちゃんの元へと向かう。
「れんちゃんに関しては特例で許可をもらってるの。もちろん、行政にも届けてあるよ。なので、ちゃんと公認です。疑うのなら運営に問い合わせてもいいよ」
『はえー。なにそれずるい』
そう言われるのは分かっていたけど、実際に言われるとちょっとだけ頭にきてしまう。口を開こうとしたところで、
『本当にそう思うのか?』
そのコメントに、口を閉じた。
『どういうこと?』
『運営と行政が許可を出したってことは、それなりの理由があったってことだろ。間違い無く楽しい話じゃない』
ああ、それだけで察する人もいるのか。当然と言えば当然だけど、でも少し驚いた。気付いても、何も言わないと思ってたし。
『まあそれ以前に、ミレイの妹っていったら、あの子だろ?』
『おや?』
『なんだ、知り合いか?』
「え、誰? 知ってる人?」
コメントしか流れてなくて名前まではないから分からない。せめて声があれば分かるけど、仕方ないね。
『エストだ』
『おま、正真正銘の上位プレイヤーじゃねえか!』
『なんでこんな配信にいるんだよ!』
さりげなくバカにされたような気がするけど、けれど、その名前を見た瞬間の私の反応は一つしかない。これ以外あり得ない。
「うげえ……」
『めっちゃ嫌そうwww』
『顔w 顔がひどいことにw』
『そこまで嫌がらんでも……』
「おっと、失礼」
エストはちょっとしたことで知り合った私の知り合いだ。何かしらイベントがあると常に上位に名前を連ねるプレイヤー。つまり、正真正銘の、
「廃人さん……」
『事実だけど。事実だけど!』
『エストがここまで嫌われるって珍しいなw』
まあ、うん。なら説明役とかは任せてもいいかな。だからもう放っておこう。そうしよう。触らぬ変人になんとやら、だ。
れんちゃんの元まで行くと、れんちゃんは頭にラッキーを載せたまま草原ウルフに乗って頬ずりしていた。我が妹ながら大丈夫かいろいろと。
『おお、幼女だ』
『これは間違い無く、幼女!』
『幼女! 幼女!』
「へ、へんたいだー!」
『お前が言うな、シスコンw』
「さーせん」
否定できないので謝っておく。れんちゃんはかわいいからね。変態さんを大量生産しても致し方なし! れんちゃんかわいいからね!
「れんちゃん」
「あ、おねえちゃん」
れんちゃんがこっちを見る。私の少し上を浮かぶ光球と流れるコメントを見て、首を傾げて。すぐに配信のことを思い出したのか、あ、という顔になった。
「お、おねえちゃん、もう始まってるの?」
「始まってるよ。れんちゃんがウルフにだらしない顔で頬ずりしていたのもばっちり撮ったよ」
「ええ!? ひどい! おねえちゃんのばか! だいっきらい!」
「え」
あ、まって、そのことば、結構心にきちゃう。すごく痛い。心が痛い。
「れんちゃんに嫌われた……」
膝を突いて、がくりと落ち込む。するんじゃなかった……。
「あ、あ、おねえちゃん、ごめんね、ちがうの、きらいじゃないよ、だいすきだよ」
「本当に……? 許してくれる?」
「うん。怒ってない。おねえちゃん、だいすき」
「れんちゃんありがとうかわいいなあああ!」
「わぷ」
れんちゃんはなんて優しいんだ! 思わずぎゅっと抱きしめて頬ずりする。はあ、もちもちだ。ここまでリアルとか、すごいね運営。れんちゃんいい子!
『なるほど姉妹だ』
『てえてえ』
『てえt……いや違うだろw』
れんちゃんがもぞもぞ動いているので放してあげる。もう少しなでなでしたかったけど、うっとうしがられると泣きたくなるから。立ち直れないから。
「おねえちゃん、えと、カメラ? って、どれ?」
「それ。そのぼんやり光ってるやつ。ちなみに黒い穴がレンズみたいなもの、なのかな? で、上の黒い部分がみんなのコメントね」
『れんちゃんこんちゃー』
『幼女! 幼女!』
『れんちゃんはれんちゃんでいいのかな?』
なんか変な人がまじっている気がするけど、まあネットゲームなんてそんなものだから。
れんちゃんを見ると、少し緊張しているみたいだったけど、丁寧に頭を下げた。
「初めまして! れんです! えと、テイマー? です!」
『えらい』
『挨拶できてえらい』
『ミレイとは全然違うな』
「はいはい挨拶忘れてすみませんでしたよ」
『ところでれんちゃん。その頭にのってるのって、もしかして……』
やっぱり気が付く人もいるか。れんちゃんは頭の上のラッキーを撫でて、言う。
「えと、私が初めてテイムした子です。らっきーです。ラッキーウルフ、なんだって」
「察してる人もいるみたいだけど、あの逃げる小さいウルフね」
『マジかよあれテイムできたのか!』
『かわいい! すごくかわいい! もっと見せて!』
そのコメントに、れんちゃんがぱっと顔を輝かせた。ラッキーを持ち上げて、ずいっと光球に近づけて。さすがにそこまで近づけると、視聴者さんからはラッキーの顔、というかお腹しか見えてないんじゃないだろうか。
「この子はね! すごくもふもふしてふわふわしてるの! すっごく甘えてきてくれて、かわいくてかわいくて! すごく、すっごく! かわいい!」
『なるほど姉妹』
『れんちゃん落ち着いて落ち着いて。見えないから。お腹しか見えないから』
『お腹だけで分かる圧倒的ふわふわ感。しかし近いw』
「あ、ごめんなさい」
慌ててれんちゃんがラッキーを下げると、それはそれで不満なのか、もう少し、もうちょっと、というコメントが流れてきた。どっちなんだよ、と思わず呆れてしまう。れんちゃんも困惑してるみたいだ。
ネットゲームだからね。いろんな人の意見があるから、全部聞いていたらきりがない。
『すぐ逃げるのにどうやってテイムしたん?』
当然くるよね、その疑問。私は山下さんから答えを聞いてるけど、れんちゃんには話してない。というより、それ以前にれんちゃんはすぐに逃げられることすら知らないと思う。言ってないし。
「え? 逃げなかったよ? 近づいたら、こっちを見てたの。だからおねえちゃんからもらったエサをあげたの。手のひらにおいて近づいたら、ぺろぺろなめてね。すごくかわいかった!」
『なるほど、わからん』
『かわいさだけは伝わった』
『チートでもしたんじゃねえの? もしくは運営のえこひいき』
そういう意見も出てくるだろうね。れんちゃんは意味が分からなかったのか首を傾げてる。仕方ない、代わりに答えよう。
「チートはない。なんなられんちゃんはずっと運営に見守られてるから、すぐにばれる」
『つまりそれって、仮に俺らが無理矢理聞き出そうとしたら……』
「いわゆるBANじゃないかな?」
『ヒェ』
おっと、他の視聴者さんたちからも当たり前だろうが、馬鹿か、とすごく突っ込まれてる。仮にだから、と言い訳してるのが面白いけど、私としては助かった。わざわざ説明しなくて済んだからね。
「おねえちゃん、チートってなに?」
「あとで教えてあげる。とりあえずラッキーをもふもふしていなさい」
「はーい。もふもふもふ……」
『なにこれかわいい』
『子犬も嫌がるどころかめっちゃ気持ち良さそう。なにこの癒やし空間』
『子犬www 狼だからなw』
子犬と言いたいのはとても分かる。見た目子犬だからね、仕方ないね。
『チートはないとして、えこひいきの疑いはあるんじゃね?』
「んー……。それは私じゃ否定できないけど、ないと思うよ。一応、私は仕組みを聞いて納得したし。教えていいっていう許可をもらってないから、内緒だけど」
『仕組みがあるってことは、やろうと思えば俺たちもできるのか』
『すっごい気になる』
「内緒だよー。ちなみに誰でもできる可能性はあるけど、少なくとも私には無理だ」
テイムしたい、という考えですら敵意判定を受けるなら、一般プレイヤーはほとんどが難しいのではなかろうか。れんちゃんみたいに、ただただ純粋に仲良くなりたいとか思えないよ。
「私はいつの間に、こんなに心が汚れてしまったんだろう……」
『急にどうしたw』
『哲学だな……。結論、生まれた時から』
「うん。れんちゃんと比べたら私は生まれた時から汚いね」
『だめだこいつ、はやくなんとか……、手遅れか』
『草』
ほっとけ。
「でもちょっとした特別扱いは感じてるよ。いろんな表記の違いとか。例えばステータス表記だけとっても、私たちはstrだけど、れんちゃんはちから、だし」
『小学生にも分かりやすく、かな』
『わざわざれんちゃんのためだけに変更入れたのか』
『優しい』
「あとは、びっくりしたのはテイムした時。みんなならテイムに成功しました、だろうけど、れんちゃんの場合は友達になれました、らしいから」
『なにそれかわいいw』
『運営いい仕事してるなw』
『確かにえこひいきだけど、それなら許せる』
うん。まあシステム的には優遇されてるわけじゃないしね。それでもこれがあるなら優遇も、なんて思われるかもしれないけど、それならもう勝手にそう思えばいいと思う。
『ところでミレイさんや。一つ聞きたいことがあるんだがね』
「はいはい。なにかな?」
『なんでミレイもれんちゃんも初期装備なの? 着飾ってあげなよ』
「あー……」
痛いところを突かれてしまった。
いや、ね。私も最初は考えたんだよ。配信するんだし、いい服を買ってあげようかなって。でもれんちゃんが服にまったく頓着しないんだよね……。毎日同じ服だから仕方ないのかもしれないけど。
れんちゃんが初期装備なら私もそれに合わせよう、ということでこうなってる。
「せめて時間があれば、買っておいても良かったのかも」
『時間とは?』
「一昨日れんちゃんがこのゲームを始めて、昨日もふもふするれんちゃんがかわいくてスクリーンショットを投稿して、もっと自慢したくなって、今日配信してます」
『行動力の化身w』
『まさかの三日目w』
『何よりもたった二日しかないのに小さいウルフとフィールドボスをテイムしてるって、どんなプレイスタイルだよw』
「あ、ちなみにその二匹をテイムしたのは初日です」
『ええ……』
『草も生えないw』
『生えてるじゃねえか』
ふむう。服。服か。でも私もあまりゲーム内の衣装に詳しいわけじゃないんだよね。
「明日あたり、れんちゃんと一緒にセカンにでも行ってみようかな」
『服を買いに?』
「うん。生産者さんが作った服もあるだろうし。まあ、予算は少ないけど……」
私は基本は戦闘スキルメインだったけど、のんびりスタイルだったからお金はたくさん持ってるわけじゃない。それでも、服ぐらいなら買えるかも。
「ちなみに参考程度に聞きますが、一番高い服はおいくらまんえん?」
『M単位。つまり百万以上』
「無理」
『知ってた』
『普通は無理だわなあ』
『安心しろ、何かしらエンチャントされたようなものがその値段だから』
服や鎧に特殊な魔法効果をつけるものがエンチャントだ。なるほどそんな効果があるのなら、高くなるのも頷ける。さすがに買おうとは思えないけど。
「それじゃ、明日はれんちゃんと一緒に行こうかな。れんちゃんれんちゃん」
「もふもふもふ……。もふ?」
「いやいつまでもふってるの!? 心なしかラッキーがぐったりしてないかな!?」
いつの間にか、気持ち良さそうな顔をしていたラッキーが疲れたような顔になってる。それはそれでかわいいけど、もふり過ぎではなかろうか。
「れんちゃん。明日は買い物に行こっか。服を買いに行こう」
「服? これでいいよ?」
ラッキーを頭に載せたれんちゃんはとても不思議そう。視聴者さんも困惑を隠せないようで、どうして、なんて言葉が並んでいる。れんちゃんはこういう子なのです。
「私がかわいい服を着たれんちゃんを見たいの。だめかな?」
「んー……。よく分からないけど、いいよ」
とりあえず許可をもぎ取りました。一安心だ。
「ありがとう。お礼に、お買い物が終わったらテイマーズギルドの放牧地に行こうね。他のテイマーさんのモンスターと触れ合えるよ」
「行く! 行きたい!」
れんちゃんの瞳が輝く。素直なのはいいことだけど、服より動物っていうのは本当にれんちゃんらしい。
「じゃあ明日は買い物だね。明日も同じ時間に配信するからね」
後半は視聴者さんたちに向けたものだ。私が終わろうとしていることに気が付いたみたいで、でも特に引き留められることもなく、配信を終えることができそうだ。
「それじゃあ、そろそろ終わるよ。れんちゃん挨拶」
「はーい。ばいばーい」
『かわいい』
『おやすみー』
『ばいばい』
メニューを開いて、配信を終了させる。そこまでやってから、視聴者数を見てなかったことに気が付いた。それを見て、思わず絶句してしまった。
「おねえちゃん?」
「い、いや、なんでもないよ」
さすがに視聴者数千人はびっくりだよ……。大丈夫かこの国。
配信を終えた後は、ディアにもたれてのんびり過ごす。れんちゃんはお腹にラッキーをのせて、もふもふに挟まれて幸せそうだ。
「配信はどうだった?」
「んー……。自慢したりない……」
それはまあ、確かに。れんちゃんは結局もふもふし続けてただけだしね。でもかわいかったので、私は満足です。
「おねえちゃん」
「ん?」
「お金、大丈夫?」
それはどっちの意味だろうか。リアルなのか、ゲームなのか。どっちも、だろうなあ。
「大丈夫大丈夫。れんちゃんは気にしなくていいからね。もっともっと遊びましょう」
そう言って、れんちゃんを撫でてあげる。するとれんちゃんは気持ち良さそうに目を細める。やっぱり私の妹は世界一かわいい。