ぽちっとな。
れんはレジェにもたれかかりながら、配信開始をぽちっとしました。光球と文字の流れる黒い板がふわりと出てきます。早速、黒い板にたくさんの文字が流れ始めました。
『はじまた』
『あれ? れんちゃん?』
『れんちゃんこんちゃー』
「え? あ、えと……。こんちゃー?」
『かわいい』
『付き合ってくれるれんちゃん、いい子だなあ』
『ミレイはどうしたの?』
レジェのもふもふを感じながら、れんは答えます。
「あのね。次の日曜日のことで、山下さんとお話ししてるよ」
『ああ、なるほど』
『そっか、そろそろ準備とかしないとな』
『ぶっつけ本番でするかと思ったw』
れんとしては、みんなを自慢するだけなのでそれでもいいと思っています。みんなでもふもふもふもふすればいいのです。そうしたらきっとみんな、嬉しいはずです。間違い無い。
「さすがにそれはだめなんだって。だから、うちあわせ? してるよ」
『おk。この配信はちゃんと許可取った?』
「うん。シロと一緒にいることと、お外には行かないことって約束して、それならいいよって」
『その条件で認めるなんて』
『成長したなあミレイ……』
『褒めてるようで馬鹿にしてるなこれw』
れんはよいしょ、と立ち上がりました。とりあえずレジェの大きな体に抱きつきます。もふもふ。やっぱりレジェのもふもふはとっても気持ちいいもふもふです。
『あ、それレジェか!』
『近すぎてわからんかったw』
『近いとよく分かるもふもふ感……。触ってみたいな……』
やはりレジェは人気者です。さすがなのです。
昨日ここに来てくれたアリスとエドガーさんも、帰り際にレジェをもふもふしてました。二人とも、すごく興奮していたのを覚えています。自分でもテイムしたくなっちゃった、そうです。アリスさんは生産しないといけないから、やらないそうですけど。
もふもふぎゅー。……よし、大丈夫です。
「それじゃあ、今日は探検に行きます!」
『お? 探検?』
『そこの森? それとも雪山?』
『確かにモンスの住処としか聞いてないけど』
「あ、ううん。今日はね、ファトスを探検します!」
『ふぁ!?』
『ファトス!? 一人で!? 街に行くの!?』
『百人中百人が村だろって突っ込むけど街に行くのか!?』
「怒られるよ?」
確かに、比較対象が少ないれんですら、ファトスは村だと思います。セカンと比べると、とてもではないですが街とは言えません。
それはともかく。今日はファトスにお出かけして、お散歩するのです。お姉ちゃんから少しだけ案内してもらいましたけど、あの時は興奮していてあまり覚えていなかったりします。
『ホームの散歩で必ずシロといろっていうのは過保護すぎだろって思ったけど、そういうことか』
『まあファトスから出ないならやっぱり過保護だけど』
『それでもまさか、ミレイが許可出すとはな』
正直なところ、れんとしても実はダメかなと思っていました。でも、お姉ちゃんは、認めてくれました。ファトスの中だけなら、と。
「五分ぐらいかな。悩んでたけど」
『地味に長いw』
『ミレイの葛藤が容易に想像できるw』
『それでもちゃんと許可もらえたんだね。ミレイちゃんはすごく心配してそうだけど』
それは、れんでも分かります。離れる時もすごく心配そうにこっちをちらちら見ていたぐらいです。
でも、きっと。
「きっとおねえちゃん、見てるでしょ?」
『ぎくぅ!』
『お前ミレイかw』
『まあいるだろうなあw』
不満がない、と言えば嘘になります。でも、お姉ちゃんが見てくれていると思うと、それはそれで安心です。ふんにゃりしちゃいます。ふんにゃり。
『私の妹が世界一かわいい』
『お前はコメントになってても変わらないなw』
『でも確かにかわいい』
『ふにゃふにゃれんちゃんかわええ』
なんだか失礼なこと言われてる気がします。
ともかく、これからファトスに行きます。とても、とっても、楽しみです。
『ファトスに何しに行くの?』
「犬さんとか猫さんとかもふもふしたい!」
『ぶれないw』
『そうだろうと思ったよw』
もちろんディアたちもかわいいのですけど、街にはモンスターではなく、動物の犬猫がいるそうなのです。れんとしては、その子たちにとても興味があります。
是非ともなでなでしたい。もふもふしたい。今からとてもわくわくです。
というわけで、出発!
メニューを開いて、ホームから出るを選択します。するとすぐに移動して、れんはファトスの入口に立っていました。
ファトスは、広さだけならセカンや、サズというまだ見たこともない街に勝るそうです。主に田畑が多いという理由で。なのでやっぱりのどかなのです。
早速歩き始めます。のんびりゆっくりまったりと。今日は急ぐ予定もないので、今日のれんはのんびりれんです。のんびりゆっくりまったりと。
「犬さんどこかな? 猫さんどこかな? 羊さんでも牛さんでもいいよ?」
『犬猫はうろうろしてるけど、羊と牛は放牧地だよ』
『案内いるか?』
「んーん。平気」
場所が分かっているなら、後でも行けばいいでしょう。今は他の子を探します。
のんびり歩いていると、田園地帯を抜けて家屋の多い区画に入りました。なんだかちょっぴり視線を感じます。あちこちから見られてるような。
どうしてかな、とちょっと考えたところで、れんは見つけました。茶色の犬。
「犬さん!」
思わず叫んでしまいました。犬がびっくりして逃げてしまいます。どうしようかな、と思いましたが、れんは追いかけることにしました。
れんのレベルは低いですが、速さにステータスのポイントを多く振っているので、犬程度なら見失うことなく追いかけられます。家の裏に、細い道にと走る犬を追いかけると、いつの間にか田園地帯に戻ってきてしまいました。
「あれ……? 見失っちゃった」
『あらま。残念』
『まあまた会えるさ』
それなら嬉しいのですが。
仕方ないので戻ろうかな、と思ったところで、
「あれ? もしかして君、れんちゃん?」
そう声をかけられました。
『誰だ!? 不審者か!?』
『助けないと!』
『野郎ぶっ殺してやる!』
『お前ら過激すぎて逆に怖いぞ……』
なんだかコメントさんたちは大騒ぎです。れんは気にせず振り返ります。
そこにいたのは、麦わら帽子を被った女の人でした。こんがり小麦色の肌です。その人はれんを見ると、嬉しそうに笑いました。
「やっぱりれんちゃんだ! こんなところにどうしたの? お姉さんは?」
「あ、えっと……。その……」
「うん?」
「おねえちゃんが、知らない人と話しちゃだめって……」
『草』
『それは間違い無いなw』
『教えることはちゃんと教えてるんだなw』
コメントさんたちも同意見のようです。
女の人は、どうにも困ったように眉尻を下げてしまいました。
「あー、そっか。そうよね。どうしようかな……」
れんも、少し困ります。おねえちゃんとの約束を破りたくはないのです。
二人で困っていると、おねえちゃんからのコメントが流れました。
『れんちゃんれんちゃん』
「あ、おねえちゃん……?」
『シロが側にいるから、大丈夫。ただ、ファトスの外についていく、はだめだよ』
許可が下りました。同じものを見ていたお姉さんがほっと安心しています。れんも一安心です。
「お姉さんは、もふもふが好きな人?」
つまり、配信を見てくれているのでしょうか。少しだけわくわくしましたが、お姉さんは困ったように首を振りました。
「ごめんね。動物は好きだけど、配信は見てないの。ログインできる時間が短くて、こっちに全部時間使ってるからね」
そう言ってお姉さんが隣の田んぼを指差します。たくさんのお米です。なんだかきらきら輝いて見えます。
お姉さんが育ててるのかな、と思っていると、稲の間からひょこりと犬が姿を見せました。
「あ、犬さん!」
「え? あ、この子追いかけてたのか。なるほどね」
犬がとてとてお姉さんの側へ行きます。お姉さんが犬を撫でると、犬はとても気持ち良さそうに目を細めました。いいなあ、撫でたいなあ。
「ファトスの犬はみんな人懐っこいから、いつでも撫でられるよ」
「え、でも……」
れんは、逃げられてしまいました。もしかして、モンスターに好かれる代わりに、犬には嫌われてしまっているのでしょうか。
しょんぼり肩を落としていると、お姉さんは困ったような笑顔で言います。
「いや、その……。狼が追いかけてきたら、逃げると思うよ……?」
はっとして、振り返ります。シロがお座りして待機しています。かわいい。いやそうじゃなくて。
『なるほど確かに!』
『言われてみれば当然だなw』
『しかもシロってミレイのテイムモンスだろ? それなりに育てられてるのでは?』
『そりゃ逃げるわw』
『私のせい……!?』
シロが原因だったみたいです。こんなにかわいいのに。シロを手招きして、首元を撫でます。くるる、と気持ち良さそうな鳴き声です。
シロをもふもふしていたら、いつの間にか犬が近くまで来ていました。怖くなくなったのかな?
シロから手を離して、犬を撫でます。今度は受け入れてくれました。
「えへへ、かわいい……」
『おまかわ』
『今回は逃げなかったな。なんでだ?』
『シロを撫でてたから、れんちゃんが上位者で安心だと判断したとか?』
『そう、なのか……?』
どうなのでしょう。分かりませんし、あまり興味もありません。れんとしてはこうして撫でているだけで幸せなのです。
ふと思い出して顔を上げると、お姉さんは優しい笑顔でそこにいました。
「ふふ……。なるほどね。みんなが夢中になるのも分かるわ」
「んー……?」
「こっちの話」
お姉さんが笑います。れんも笑いました。笑顔が一番なのです。
「そうだ。れんちゃん。よければ、とれたての果物、お裾分けしてあげる」
「え?」
戸惑うれんの目の前で、お姉さんの前に大きなかごが出てきました。そのかごには、たくさんの果物が入っています。お姉さん曰く、今日収穫したところなのだとか。
『確かこの世界でも収穫したてって美味しいんだっけ』
『そう。新鮮な味を味わえるのは農業をしてる人の特権』
『格別に美味しいってよく聞くね』
そんなになのでしょうか。今食べてもいいでしょうか。
お姉さんを見ると、小さく笑って何かを取り出しました。赤い果実。多分、りんごです。かごにもたくさん入っています。
しゃくり、とおねえさんが直接かじりました。しゃくしゃくと、いい音が聞こえてきます。
『音が! 音が!』
『やべえ、リンゴが食いたくなってきた……』
『ちょっとりんご買ってくる』
コメントさんたちも大騒ぎです。れんも、少し緊張しながら、りんごをもらいました。
しゃくり、とかじります。とてもみずみずしくて、そして優しい甘さ。とても美味しいと思います。少なくとも、病院で食べる果物よりもずっと。
「おいしい……!」
「そう? よかった。それじゃあ、これ、持っていってね」
そう言って、お姉さんがかごを押しつけてきます。れんとしては嬉しいですが、いいのでしょうか。
「いいのいいの。私も、有名人と会えて嬉しかったしね。是非とも味わって、宣伝もしてね」
「えっと……。うん。ありがとう。でも、あの、どうしてわたしのこと、知ってるの?」
あの配信以外では、れんはあまり人に関わっていません。セカンでの買い物と、テイマーズギルドの時ぐらいです。
お姉さんは、くすりと小さく笑いました。
「少なくともファトスで知らない人はいないと思うよ」
「え?」
『なんで?』
『ファトスにはテイマーズギルドがあるだろ? で、テイマーにはれんちゃんのファンが多いわけだ』
『同じ村で話題になってたら気になるだろ』
『そういうことか。でも村言うな。あれでも街だ』
『おっと失礼』
そういうもの、なのでしょうか。れんにはよく分かりません。
手を振るおねえさんにれんも手を振り返して、次は猫に会いに出発しました。
猫の元へは、なんと犬が案内してくれるみたいです。多分。気が付いたら、ついてこい、とでも言いたげな様子でれんの前を歩いていました。そんなわけで、れんは今、犬の後ろを歩いています。
『なんだこの不思議パーティ』
『犬に幼女に狼にキツネ。謎パーティすぎるだろ』
「え? キツネ?」
『キツネ!?』
慌てて振り返ります。コメントさんの言う通り、キツネさんがシロの後ろを歩いていました。真っ黒なキツネさんです。
「あ、クロ!」
『クロ?』
『黒色だからクロ?』
『いつの間に名付けを……』
『まって。そのネーミングセンスってまさか……』
『あっはっはっは』
黒いキツネのクロを抱き上げます。クロは特に抵抗することなく、大人しく抱かれてくれました。嬉しそうにれんのほっぺたを舐めてきます。とても可愛らしいです。れんはクロをこちょこちょ撫でました。
「この子はおねえちゃんのテイムモンスターだよ。雪山に行った時に、偶然テイムしてたんだって」
『なるほどあの時』
『報告ぐらいしろよ』
『すみませ……いやそんな義務ないよね?』
頭はラッキーがすぴすぴ眠っているので、肩にのせます。きゅ、と小さく鳴きました。とてもかわいいです。
さて。犬に案内されたのは、ファトスにある池でした。大きな池で、釣りをする人のために桟橋がたくさんあります。でも、今日は一人だけです。
『寂しいところだな。釣りって不人気?』
『いや、それなりにやる人は多いぞ。ただやっぱり街中よりも、フィールドの川や池の方が釣果はいいんだ』
『ほーん。だからこんなに人がいないのか』
『そしてそれ以前に、ファトスにいるプレイヤーはここの視聴者がとても多い』
『なるほど!』
ということは、つまり普段はここにも人がいるということでしょうか。それならいいのかもしれませんが、れんとしてはちょっぴり寂しく感じます。
『ここに来るなら待機してたのに!』
『れんちゃんに会える機会があああ!』
『おーおー、釣り師どもの嘆きが聞こえてくるぞ』
『愉快ですなあ』
なんだかコメントさんたちが騒がしいですが、れんは気にせず桟橋をきょろきょろします。犬が案内してくれたということは、ここに猫がいるはず。
そしてすぐに見つけました。一人だけで釣りをしている人の側に、三匹ほど。大きな猫と、多分子猫が二匹。二匹はじゃれあってます。
「かわいい……」
ふわふわ子猫たちが遊んでいるのは、とっても、かわいい。
『れんちゃんが引き寄せられてるw』
『かわいいからね、仕方ないね!』
『桟橋にくる猫は人懐っこいから好き』
気付けば、釣りをしている人の側に来てしまっていました。猫三匹もこちらを見上げています。もふもふしたいところですが、やっぱり声を掛けた方がいいでしょうか。
「あ、あの……」
れんが声を掛けると、んー? という間延びした声でその人が振り返りました。そして、れんを見て、何故か固まりました。
「あの……?」
「え? え? れ、れんちゃん……?」
「れんです」
ぱくぱくと、お魚さんみたいに口を開け閉めしてます。どうしたのかな?
釣りをしていた人は、男の人でした。側に小さなバケツがあって、ちらりとのぞき込むとお魚が三匹ほど泳いでいます。かわいいですけど、食べちゃうのかな……?
男の人はれんを、というよりも、光球を見て口をあんぐり開けました。
「配信中……?」
「うん」
「えっと……。今何時?」
「え? んと……。夜の七時過ぎ!」
れんが答えた瞬間、男の人が頭を抱えて叫びました。
「やらかしたあああ!」
「うひゃ」
ちょっとびっくりしちゃいました。シロとクロがれんの前に出てきます。多分大丈夫なので、シロをもふもふしましょう。もふもふ。
「ぼけっとしすぎた……! 配信見逃した……! ああ、くそ、何やってんだよお……!」
うん。悪い人じゃなさそうです。
『釣りは暇つぶしがてらのんびりするのに丁度いいからなあ』
『のんびりし過ぎて忘れてたのかw』
『いやでも、こいつ運が良いだろう。それでれんちゃんとお話ししてるんだぞ』
『確かに。判定は?』
『ギルティ』
『ぶっ殺す』
『過激すぎだろこいつらw』
コメントさんたちがちょっと荒れています。男の人もそれを見て、ひぇ、と顔を青ざめさせました。
「怖いこと言う人はいちゃだめ。帰ってね」
『ごめんなさい!』
『もう言いません追放はやめて!』
『許して……許して……』
「もう。仕方ないなあ」
許してあげます。れんは心が広いのです。えっへん。
「猫さん、撫でてもいいですか!」
れんが聞くと、男の人は頷きました。
では早速、とれんは大きな猫を撫でます。優しく、ゆっくり。猫は特に抵抗せずに目を細めてくれます。とてもかわいい。
けれど猫はすぐに抜け出してしまいました。ちょっぴり残念ですが、大きな猫は子猫を鼻でつつきました。子猫を撫でろってことでしょうか。
子猫を撫でます。子猫はちっちゃくて、れんにとっては撫でやすい大きさです。丁寧に優しく撫でてあげて、喉のあたりをこちょこちょします。とても気持ち良さそうです。
「えへへ……かわいい……」
「おまかわ」
『おまかわ』
『おまかわ』
れんがそうやって撫でていると、もう一匹の子猫が割り込んできました。じっとこっちを見つめてきます。撫でてほしいみたいなので、遠慮無く。もふもふなでなで。
しばらくそうして猫たちを撫でていると、ぽちゃ、と水の音がしました。見ると、男の人がまた釣りを再開しています。見られていることに気付いた男の人は、笑いながら言いました。
「気にしなくていいよ。ゆっくり撫でてあげて」
「うん」
ゆっくりなでなで。れんにとって、至福の時間です。犬もいいけど、猫もかわいい。
『れんちゃんは猫派かな?』
『犬派では? ラッキーもいるし』
『あ? やんのかコラ』
『お? やってやんぞコラ』
「どっちも好きだよ。喧嘩しちゃう人は嫌いかなあ」
『すみませんでした』
『ごめんなさい』
『お前ら学習能力ないのか……?』
喧嘩はよくないのです。みんなかわいい。
不意に、男の人が何かを釣り上げました。大きい猫が反応します。お魚を回収している男の人に、猫がすり寄っていきました。
「どうするかな……」
男の人がれんを見ます。何か気にしているようですけど、何でしょうか?
『ああ、そこのプレイヤーさん。れんちゃんは別に猫が魚を食べていてもそれほど気にしないから大丈夫ですよ』
「あ、そうかい? それじゃあ……」
男の人が魚をはずして、猫の前に置きました。ぴちぴちはねる魚を猫が押さえつけて、がぶりと食べちゃいます。すぷらったです。
『れんちゃん、本当に平気なのか』
「うん……。ちょっとかわいそうだけど、私もお肉とかお魚とか食べてるから……」
むしろ大好きなので、ここで文句を言うのはずるっ子なのです。
「じゃくにくきゅうしょくだよね。ちゃんと知ってるよ」
『うん……うん?』
『弱肉給食www』
『間違ってるのに、意味合い的には間違ってない気もするw』
「あれ?」
なんだか違ってたみたいです。ちゃんとお医者さんの先生にまた聞いておきましょう。
「れんちゃん。どうせなら釣りもやってみる? お魚をあげると、猫も喜ぶよ」
「やってみたい!」
それはとても楽しそうです。れんの返事に、男の人は笑って頷きました。
釣り竿を借りて、振ります。ぽちゃん、と落ちました。
釣り竿が。
『知ってた』
『正直期待してた』
『れんちゃんがすっごい涙目になってるぞw』
「あ、あの……。ごめんなさい……」
釣り竿を落としてしまいました。どうしよう。怒られる。
ごめんなさいしましたが、男の人は何も言いません。恐る恐る顔を上げてみると、何故か笑いを堪えていました。
「いや、うん。気にしなくていいよ。うん。……期待してたし」
最後はよく聞き取れませんでした。
『確信犯かよw』
『だが許そう。特別にな!』
『ちゃんとフォローしてあげてね』
男の人は指を動かし始めます。多分メニュー画面を開いているのだと思います。すぐに池に落ちた釣り竿は消えて、男の人の手元に戻ってきました。すごく便利です。
「所有権を放棄しない限りは手元に戻せるから気にしなくていいよ、れんちゃん」
男の人が釣り竿を振ります。ぽちゃん、と遠くの方で音が聞こえました。その後すぐに、釣り竿がれんに渡されました。
「え? あの……」
「いいから。がんばって」
「うん……」
というわけで、再チャレンジです。
のんびり待ちます。ゆっくり待ちます。桟橋に座ると、シロが背もたれになってくれました。ぽすんとシロにもたれかかります。ふわもふです。膝の上にはクロが座ります。ふわもふです。さらに子猫が側を陣取りました。かわいいです。
「俺、ここで釣りしててよかった……」
『処す? 処す?』
『殺す』
『こえーよw』
『怒るのはとても分かるが、れんちゃんがかわいいのでどうでもいい』
不意に、竿が引かれました。ちょっと力が強いです。れんが慌てると、男の人が手伝おうとしてくれて、けれどどうしてか止めちゃいました。
代わりに、れんの服を、シロが噛みました。
「う?」
「あー……」
『察した』
シロが、おもいっきりれんを持ち上げて、ぽーんとれんは空に放り投げられました。
「…………」
じっとりとした目でれんがシロを睨んでいます。シロはしょんぼり俯いています。その横では、猫たちがれんの釣り上げたお魚に大はしゃぎです。
『珍しくれんちゃんが怒ってるなw』
『まあさすがにあれはなw』
『ぷりぷりれんちゃんもしょんぼりシロもかわいいなあ!』
あまり怒っていても仕方ないのは分かってます。助けてくれようとしたのも分かっています。まあ、ちょっぴり、怖かったですけど。
「もう……。許してあげる」
シロを抱きしめ、もふもふします。シロは嬉しそうにれんのほっぺたを舐めてきました。
シロをもふもふしていると、男の人が話しかけてきました。
「あー……。ちょっといいかい?」
「うん」
「れんちゃんが釣った魚、よければ調理しようか?」
それはつまり、今すぐ食べられるということ。れんはすぐに頷きました。
とても美味しいお刺身でした。猫たちも大満足だったみたいです。ちなみにれんが釣った魚は鯛(タイ)だったそうです。何故池で、という突っ込みはしちゃいけないそうです。
美味しかったので、大きな葉っぱに包んでお持ち帰りです。お姉ちゃんへのお土産なのです。お姉ちゃん、喜んでくれるかな?
猫の案内で向かっているのは、放牧地です。にゃんにゃんかわいい案内です。かわいいので子猫を一匹抱き上げてなでなでしています。もう一匹から羨ましそうに見られているので、あとでこちらも撫でておきましょう。
え? クロも撫でてほしいの? 仕方ないなあ。
順番にもふもふなでなでぎゅっとしていたら、いつの間にか放牧地にたどり着きました。
「ひつじ! さん! だー!」
ふわふわもこもこな羊を見つけて、れんは思わず叫びました。
『羊サンダー?』
『…………』
『…………』
『その、すみません』
コメントを無視して、れんは羊に駆け寄ります。触ってみると、とてももこもこしていました。ちょっとだけ、感動です。
抱きつかれた羊は特に何も反応せず、嫌がるような素振りはありませんでした。それどころか、わざわざその場に座って、れんがもふもふしやすいようにしてくれました。
すぐにれんは全身でもふもふ羊を堪能します。もふもふ。もふもふ。
「もふもふ……。レジェとはまた違う、すごいもふもふ……。ふわあ……」
『れんちゃんがとろけてるw』
『とろとろれんちゃん、かわええ』
『羊かあ……。羊のモンスターっていたかな……』
それはれんにも分かりません。きっとお姉ちゃんが調べてくれます。
羊をたっぷりもふもふしながら、れんはのんびりとした時間を過ごすのでした。
・・・・・
ホームにれんちゃんが帰ってきた。
「おかえりー!」
「むぎゅう」
ぎゅっと抱きしめる。ああ、れんちゃんだ。うえへへへ。
『ミレイの奇行を見ると落ち着くな』
『実家のような安心感』
『お前の実家やばすぎるだろw』
本当にね。……いや待て、どういう意味かな?
「んー……。おねえちゃん、はなして?」
「だめ」
「えー」
れんちゃんと遊びたいからこのゲームをしてるのに、一時間以上別行動になっちゃったからね。れんちゃん分が足りないのです。だからもうしばらく、このままで。
ただ、このままだと動きにくいとは思うので、少し体勢を変えることにしよう。
その場に座って、シロを呼ぶ。シロに背もたれになってもらって、れんちゃんをぎゅっと抱きしめる。仰向けになったれんちゃんは何か言いたそうだったけど、仕方ないなあとでも言いたげに笑われてしまった。
我が儘なお姉ちゃんでごめん。
そうして、のんびりとした時間を過ごす。後ろはもふもふ、前はれんちゃん、最高です。
「おいで。おいで」
暇になってきたのか、れんちゃんが手招きし始めた。家の前にある、柵へ。すると柵から子犬たちが歩いてくる。子犬とはいえ、れんちゃんの言うことはちゃんと聞くみたいだ。
「子犬なのに賢いね」
『そいつら狼……、いや、気にするな』
『正直子犬も子狼も見分けつかねえし』
『何言ってんだ! 子狼はもっとこう、シュッとしてるんだよ!』
『つまりお前は見分けがつくと』
『つくわけねえだろ、アホか』
『どっちだよw』
まあ、実際のところ、どうなのか分からないんだよね。このゲームで子犬なんて見たことないし、リアルだと子狼を見たことがない。違いってあるのかな?
そんなことを考えてる間に、子犬たちはれんちゃんの元にたどり着いた。れんちゃんによじ登ろうとしたり、足をぺしぺし叩いたりと遊び始めてる。あ、ころんと転がった。かわいいなあ。
『ミレイちゃんミレイちゃん。ちょっといい?』
「んー? アリスかな? なに?」
『耳寄りの情報を仕入れたよ』
おや、なんだろう。わざわざ私に言うってことは、もふもふ関係かな? 正直私は、今でも結構満足して……。
『ペンギン見つかったよ』
「ぺんぎん!」
反応したのはれんちゃんでした。
「ぺんぎん! ぺんぎんいるの!?」
『いるよいるよ。さっき掲示板見てたらさ、ペンギン見つけたって報告があったんだよ』
それはびっくりだ。私もこまめに掲示板は見るようにしてるけど、昨日まではそんな話はなかったはず。今日見つかったのかな?
『テイマー掲示板の情報だな。すでに色々調べられてるみたいだぞ』
『あのさあ……。ペンギン見つけたの、あたしなんだけど。あたしがれんちゃんに教えたくて頑張って調べたのに!』
『え、あ、ご、ごめん』
ペンギンを見つけたのは視聴者さんだったらしい。れんちゃんに教えてあげようと、前もって色々調べておいてくれたんだって。いい人だ。
その人曰く、キツネたちがいた雪山の頂上に洞窟があるらしい。九尾をテイムしていることが条件みたいで、テイムしてない人は見つけられないんだとか。
その洞窟がペンギンたちの住処。しかもこのペンギンたち、モンスター扱いじゃないみたいで、襲ってこない。通常のテイムスキルは使えないみたいだけど、何らかの条件を満たせば仲良くなることができて、ホームにお引っ越ししてくれるらしい。
ちなみにその条件は、まだ調査中。そこまでは調べられなかったとのこと。
『どう? 参考になった?』
「うん! ありがとうお姉さん!」
『どういたしまして』
『誰か知らないけど、満足顔を幻視した』
『俺は俺らに対するどや顔が見えた』
『ああ、そうだれんちゃん。調べてきたご褒美が欲しいなって』
「ごほうび?」
む。何を要求するつもりだ。思わず顔が険しくなったみたいで、慌てたようなコメントが流れてきた。
『いや、ごめんごめん! そんな変なのじゃないから! できれば、名前で呼んでほしいなって。今回だけでいいからさ。だめかな?』
まあ、それぐらいならいいでしょう。見上げてくるれんちゃんに頷くと、にぱっと笑った。かわいい。
『何今の笑顔』
『かわいすぎるんだけど』
「えと。それで、お姉さんのお名前は?」
『ルルよ』
ルル。はて。どこかで聞き覚えがあるような、ないような。
『おそらく一番有名なテイマーだな。エンドコンテンツのダンジョンのモンスターを複数テイムしてるぞ』
『配信もやっててそれなりに人気だったな。れんちゃんに負けたけどな!』
『あ、それは別に気にしてないから。むしろそれでいいから。れんちゃんかわいいもの。かわいいは正義なの。いい? かわいいは、全てに勝るのよ』
『あ、はい』
『おいこいつ意外とやべえぞ……』
『変人だー!』
『うるさい、空狐ぶつけるぞ』
『やめてください死んでしまいます』
ああ、知ってる知ってる。むしろこの人の配信をかなり参考にさせてもらった。咄嗟に出てこなかったのは、まさか見に来てくれてるとは思ってなかったから。そういうことにしておこう。
「ん……。えっと。それじゃあ……。ありがとう、ルルさん」
『…………。あたし、あと十年はがんばれる』
『お、おう』
『ああでもくそ、羨ましいなあ!』
『ちょっと俺も新しいもふもふの情報を探してくる!』
れんちゃんに名前を呼んでもらうのって、嬉しいみたいだね。いや気持ちは分かるけどね! れんちゃんかわいいからね! ぎゅっとしちゃう!
「んぅ? おねえちゃん、どうしたの?」
「れんちゃんは私の妹だこの野郎、アピール」
「……? わたしはおねえちゃんの妹だよ?」
「うん。れんちゃんはかわいいなあ」
なでくりなでくりこちょこちょ。くすぐったそうに身をよじるれんちゃん。でも嫌がってはいなくて、すり寄ってくる。
『てえてえ』
『ほんっとうに距離感近すぎるだろこの姉妹』
『もふもふがまとわりついてるw』
れんちゃんが慌てて子犬を抱き寄せる。子犬も本当にかわいい。
さてさてとりあえず。明日の予定は決まったね。
ペンギンを探しに行こう。