Betrayal Squadron   作:胡金音

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例の如くサブタイトル詐欺です。すみません。
それから次話はいつもより間が空きそうです。すみません。



十四話 娘

 「たまには頑張って一人で起きてくださいねー」

睦月がそう言ったのは、望月が同室の長月から明日は早起きをして駆逐隊で自主練をするといった話を聞いた矢先だった。

「あぁ?・・・今、なんて?」

「今朝思ったんですけど、いつまでも起こしに来ていたら望月の為にならないのです。長月も起こしちゃ駄目ですよ?」

「姉さん・・・それは結局、起きずに来ない事になるんじゃないのか?」

念を押された長月が苦笑いで言う。

「失礼だなー、あたしだってちゃんと起きられるし・・・」

望月は頬を膨らませた。

 

 

 そして次の日。つい強がってしまった望月は一人遅れて寮を出た。

「全く・・・あたしは朝弱いんだって。何も朝一から洋上訓練なんてしなくてもさぁ・・・ふぁ・・・」

そうぼやいたものの、言った通りになったじゃないかとドヤ顔で話す長月の顔が脳裏に浮かび望月は集合場所に向かう足を速めた。寮から基地の門に通じる坂道へ・・・とは向かわずに寮の裏手へ、そこは寮を建てる際に林が切り開かれたままになっていて雑草が蔓延っている。そんな中途半端な空き地と残った林の境界で足を止めた。知らなければ気付かずに通り過ぎてしまいそうな、道と言って良いのかどうかがかなり怪しい道が林の奥に見え隠れしていた。

「面倒だけど近道するか・・・」

望月の言った近道、獣道のようなそれは誰がいつ作ったのか、門の脇にある番兵詰所の裏を遠目に通って壊れたフェンスを潜るとそこは直接基地の外へと繋がっている。望月は気を引き締めて林の中へ入って行った。

 

 

 林の中はまだ午前中だというのに生ぬるく湿気た空気が充満していた。差す木漏れ日は下り坂を照らすには程遠い明るさで、お世辞にも歩きやすいとは言えないが苦にする様子は望月に見られない。

「・・・ん?」

足元に気を配りながら望月が近道を進んでいると数人の話し声が聞こえた気がして足を止めた。声のした方を見るとちょうど詰所の裏手に当たる位置で木々の間から無骨なコンクリートの円柱が遠目に見える。詰所の右手、門の外では憲兵が、詰所の左手、つまり基地の中では基地の指揮官達と艦娘が集まっている。憲兵が何か言うと指揮官の影から金沢が歩み出た。

「・・・なんか修羅場ってる?」

望月がそんな感想を漏らしたのも束の間。

「望月?みんな待ってますよー!」

風で草木が擦れる音に混じって小さくではあるがはっきりと声が聞こえた。望月が見ると近道の先、茂みに隠れてフェンスが壊れているところで睦月と三日月が手を振っていた。

「はいよー、今行くー」

望月はその場を後にして2人のもとに進んだ。

 

 

 睦月達と合流した望月は港の待機所で艤装の準備を済ませると早速、海に出て水面を駆け出した。向かっている先は艦隊基地の直ぐ近く。艦娘の訓練用に一般船舶の航行が禁じられている海域だ。基本的に空き時間の自主訓練での使用は先着順なので先に皐月達が場所取りに向かっていた。望月は港で待っていた如月、長月と合流して後を追っていた。

「あのさー、なんかさっき機銃の音しなかった?」

「えっ?私は聞こえませんでしたが・・・機銃って発砲音ですか?」

望月の発言に三日月が聞き返した。

「まだ寝ぼけているのか?」

からかい口調で長月が言う。

「む・・・いや、マジで聞こえなかった?これの準備中に」

少しむきになって長月は手に取った砲塔艤装を持ち上げながら言い返す。

「隣の基地でも訓練してるのでは?」

「んー、それにしては近かった気がするけど・・・まーいっか」

三日月に真面目に取り合ってもらい望月は話を打ち切る事にした。

「もー、しっかりしないと駄目ですよ?この間の訓練で加賀さんにも注意されましたし」

「ああ、それで急に自主訓練だなんて言い出したのか」

納得したと言わんばかりに長月が言った。

「そ、そんな事ないですよー」

「あら~、その事気にして提督に相談しに行ってたのは誰だったかしら~」

慌てる睦月を見た如月が話しに乗って面白そうに肘で小突く。

「・・・もう!その事はほっといて下さい!ほらっ早く行きますよ!」

睦月は顔を赤くすると如月の背中を押して歩みを速めた。

 

 

 基地から憲兵を追い払った後、古鷹と加古は鳳翔に呼ばれ千歳姉妹と一緒に今後について話し合っていた。その後、昼食を取った2人は事務員から聞いた言伝を聞き栗崎の執務室の前に居た。

「・・・じゃあ行くよ?」

「うん」

古鷹は加古が頷くのを確認して執務室の戸を叩いた。

「誰だ?」

中から少しだけしゃがれた声が聞こえる。

「古鷹と加古です。参りました」

「・・・入ってくれ」

いつもより送れて聞こえた返事を聞いて古鷹は戸を押した。

「失礼します」

 

 

 「何故呼び出したかは分かるな?」

開口一番、古鷹の後で加古が戸を閉めると同時に栗崎は言った。

「・・・はい」

古鷹はいつもの様に執務椅子に座る栗崎の険しい表情に真摯に答えた。

「2人は今回の事を知っていたんだな?」

質問と言うよりも念を押すといった風に2人に尋ねた。

「っ・・・」

言葉に詰った古鷹の沈黙を肯定と受け取った栗崎が静かに溜息をついた。

「どうして話してくれなかった?」

「あー、それは・・・」

追及を続ける栗崎に何も答える事が出来ずにいる古鷹に代わって、加古が口を開いたがそこから先の言葉は出なかった。

「私は―――」

栗崎は立ち上がると2人に背を向けて窓辺に立った。

「君等の指揮官に着任してずっと、良い信頼関係を築こうと尽力して来たつもりだ。新設されたこの基地に着てからもそれは変わらん。そしてただ上司、部下と言う以上に互いに信頼出来る相手になったと思っていた。それは思い違いだったか?」

「・・・違います!」

古鷹は慌てて栗崎の懸念を拭おうとした。当の栗崎は半身で振り返って2人を見つめた。

「では何故教えてくれなかった?言ったら俺が怒るような安易な理由で君等はあんな事に加担したと言うのか!?」

「そんな事ありませんっ・・・!」

古鷹は首を横に振る。

「では、」

栗崎は2人から視線を外した。

「・・・私はそんな重要な事を話す相手にはならないと、そう思ったんだな?」

「違っ・・・そんな・・・!」

古鷹の声が震えて言葉にならなくなり出した時、今まで黙っていた加古が口を開いた。

「提督には分からないよ」

 栗崎と古鷹が顔を上げた。

「・・・加古?」

少し落ち着きを取り戻した古鷹が声をかける。加古は口を開くと一気に吐き出す様に言った。

「人間の提督には私達が考えてた事なんて分かる訳ないよ!艦娘の事なんて何にも知らないくせにいろいろと気を使われて迷惑なんだよっ!」

栗崎の呆然とした顔を見た途端、加古は駆け出した。

「あっ・・・こら、待ちなさい!」

栗崎が声を上げた時には既に加古は部屋を後にしていた。

急な出来事に見送るだけしか出来なかった古鷹が視線を空きっぱななしの戸から栗崎に向ける。

「・・・好きにしなさい」

意図を察した栗崎にそう言われ、古鷹はその場で大きく一礼すると何も言わず部屋を後にした。

「私には分からない・・・か」

古鷹も部屋を後にして一人になった栗崎は椅子に倒れる様に座り込んで呟いた。

 

 

 栗崎の執務室から出た後、加古を探し回っていた古鷹は寮の裏手にその姿を見つけた。今朝、望月が通ったその場所は日が高くなったのと寮と林に囲まれて風通しの悪い閉鎖的な環境も相まって、この時間に訪れる者はまず居ない。

「古鷹?」

加古は古鷹に気付くと何処か諦観した顔で言った。

「ねぇ、あれで良かったのかなぁ・・・?」

「うん。・・・言わせちゃってごめんね」

「言い、過ぎちゃった・・・かな?」

申し訳なさそうに言った古鷹に加古はまた尋ねる。

古鷹は右手で加古の頭を撫でると抱き寄せて、子供をあやす様に背中を擦った。

「提督は優しいからあれ位言わないと出て行ってくれないよ」

「そっ、か・・・」

その返事を噛み締める様に加古は言った。

「・・・そだね」

 

 

 日が傾き始めた頃。ようやく執務室を後にして食堂に来た栗崎は先客を見止めた。

「少佐か?」

「・・・?栗崎大佐でしたか。こんなところでどうされました?」

階級で呼ばれた三ツ屋は振り返ると立ち上がろうとしたので栗崎はそれを手で制した。

「いや、ちょっと遅めの昼食をな」

疲れた笑顔を見せた栗崎だったが三ツ屋の隣の席を見て表情を硬くした。

「・・・やはり少佐は基地を去る様だな?」

隣の席には三ツ屋の衣類やノートを詰めた大きな鞄が置いてあった。通常の任地異動であれば先に輸送されるので、本来なら仕官自らが運ぶ必要は無いものだ。

「去る、と言うのは心外です。離反を鎮圧しようにも艦を味方に付けられたのでは手の出しようがありませんし、陸上だからと言って基地に残った陸戦の有志を率いたところで艦娘には敵わないだけです」

三ツ屋も栗崎の視線を辿って鞄を見ながら心外だと言わんばかりに言った。

「そうか・・・」

栗崎の反応を見て三ツ屋はある質問をした。

「・・・まさか残られるのですか?」

「・・・」

答えない栗崎に三ツ屋は追い討ちをかける。

「本国の御家族は大佐が離反に加担したと知ったらどう思われるのでしょうね?」

栗崎は口を開いた。

「だが、あの基地司令が何もなく離反など思えんのだ。それに・・・異動だというのであればともかく、今更2人を置いて行く訳には・・・」

「艦娘と実の家族を天秤に掛けるのですか?」

責めるような調子で三ツ屋は栗崎を見上げて言った。

「・・・君は青葉を置いていく事に抵抗は無いのかね?」

少し哀れむ様な口調で尋ねる。

「何故抵抗を感じる必要が?」

三ツ屋は淡々と尋ね返した。

「強いて思う事があるとすれば部下の離反を防げず友軍に迷惑事を増やしてしまった負い目だけです。大佐はその点に関しては何も思われないのですか?」

迷惑、という単語は加古が駆け出す後姿を栗崎に連想させた。そして三ツ屋は栗崎の返事を待たずに付け加える。

「尤も、今更負い目を感じてもどうしようもありませんが」

三ツ屋は自嘲する様に呟いた。

 

 

 重要拠点のトラック泊地とは言えど本国から見れば偏狭の地、ましてや大きな街も無い民間港ともなればこの時代に十分な機材が行き渡るわけも無い。人工1万に満たない春島から泊地本部がある夏島へ向かう小柄な連絡船用の民間港には、船が夜間出入する為の照明は設置されておらず日中のみの稼動となる。したがってようやく照り付ける日差しから解放される夜間に出航する連絡線の最終便だけは、夜間照明があり艦娘や軍の高速艇、最近では憲兵が乗ってきた飛行艇が往来する東港を間借りして運航していた。

 出航10分前、基地を後にした三ツ屋はデッキに上ると彼にとっては意外な人物を目にした。

「栗崎大佐、基地に残られるのではなかったのですか?」

栗崎は三ツ屋に気付くと軽く視線をやってまた基地の方角へと戻した。

「いや。私がしてきた事は余計なお節介だったらしい」

連絡線の乗組員がどこかで出航の鐘を鳴らし始めて、乗客が急いで渡し板の上を通る音が波の音に混ざって聞こえた。

「・・・誰に何を言われたかは存じ上げませんが船室に入られては如何ですか?」

「ああ、ここをもう少し見納めてからそうするとしよう」

栗崎は名残惜しそうに島を見上げて答えた。

 

 

 やがて船の後方からくぐもった排気音が響き始めて眼前の暗闇はゆっくりと流れ出す。少しづつ離れていく島にぽつりぽつりと灯る街灯に混じって規則的に点滅を繰り返す光に栗崎は気付いた。長短を繰り返すその点滅に栗崎は魅せられた様に目を奪われた。

「・・・加古?」

同じ文面を繰り返し瞬かせ続ける光を栗崎は読み解いて行く。

 

meiwaku nante itte gomen

kikan no sinrai ni kansya su

furutaka kako

“迷惑なんて言ってごめん 貴官の信頼に感謝す 古鷹 加古”

 

「・・・信頼に感謝す。古鷹、加古・・・か。・・・何故気付けなかったんだ」

栗崎は信号の内容を反芻するとある場所へ走り出した。

 

 

 「お引取り下さい!ここは職員以外立ち入り禁止です!」

その日、南洋海運が運航する連絡船でちょっとした騒ぎがあった。

「操舵室はどこだっ!今すぐ船を港に戻せ!」

「お客様一人の為だけにそのような事は致しかねます!」

乗客の軍人が一人、錯乱状態で船を戻せと操舵室の前で騒いでいた。乗務員が男を宥めるのに辟易していた時、船内の見回りをしていた船長が姿を現した。

「騒がしいな、何事だ」

「船長。先ほどから海軍の方が・・・」

船長が騒ぎに気付いたのを見てすかさず助けを求める。

「貴殿が船長か。頼むっ、今すぐ船を港に戻してくれ」

下っ端の乗務員よりも船長を説得した方が良いと判断したのか、騒いでいた将校も船長に詰め寄った。

「それは出来ません。私共は貴方、軍から一刻も早く春島の周辺海域から離脱するよう命じられています」

船長は軍人相手にも動じる事無く落ち着き払って答えた。

「少しの間だけで良い!私は彼女達に何も告げずに来てしまった!」

しかし将校は船長の肩を掴むと無理な頼みごとを続けた。

 「私は海軍大佐だ!責任は私が取る!頼む、この通りだ!」

頭を下げる将校に対して船長は静かに溜息を吐くと横に首を振った。

「大佐・・・。あなたが栗崎さんですね?」

将校がはっと顔を上げた。船長は続ける。

「実は海軍の金沢という方から“栗崎さんという海軍大佐が船を戻せと言われるかも知れないが絶対に戻してはいけない”と連絡を受けています」

「そん、な・・・」

「それから名前は教えていただけませんでしたが出航の直前に貴方の娘だと言う方からも。“提督が貴方で本当に良かった、お世話になりました”と」

その言伝を聞いて将校は船長の肩から手を離すと糸の切れた操り人形の様に膝を着いて両手で頭を抱えた。

 

 

 海軍基地から直ぐの海岸沿いの道に連絡船を見送る人影が2つ並んでいた。手にはそれぞれ大きな懐中電灯のような物が握られている。

「行っちゃったね」

人影の片方が呟いた。

「うん。・・・提督は気付いてくれたかな?」

もう片方の人影が答える。

「・・・きっと気付いてくれるよ」

先に口を開いた方の影が宥めるように言った。

 

 

 栗崎、三ツ屋が乗る連絡船が港を後にした頃。鳳翔と大端は例の如く寮の一室で膝を突き合わせて話をしていた。鳳翔が手に取っているのは、大端が金沢の執務机から取り出して来た便箋で金沢が少将に昇格して以来、水面下で続けて来た旧式艤装の睦月型艦娘の待遇改善に向けて行ってきた活動記録とその失敗、大端に後を任せたいという事が綴られて異いた。

 「これは・・・」

ひと通り手紙を読み終えた鳳翔が顔を上げて、今日はズボンタイプの軍服を穿いているのを良い事にあぐらをかいている大端を見つめた。

「つまりそれをそのまま信じるなら少しょ、じゃ無くて准将・・・」

そこで大端はどこか苛立ちを抑えた様子で一瞬だけ考える素振りを見せる。

「ああもう、とにかく金沢司令は手段は違えど私達と似たような事をしようとしてたのよ!」

結局、降格したばかりの金沢を階級で呼ぶのに違和感を拭えずに名前で呼んだ。

 「・・・基地司令はあの子達を見捨てた訳ではなかったのですね」

大端があまり重要で無い事を考えている間に手紙の内容を飲み込んだ鳳翔はホッとした様子を見せた。

「それでは今すぐ司令とも話し合って今後の行動を・・・」

「それは・・・未だ早いわ」

鳳翔から目を逸らせて大端は言葉を遮った。

「何故ですか!?」

「分からないのよ・・・」

大端は片手で前髪を掻き揚げて自らの考えを纏める様に言葉を選びながら話し始める。

「確かに司令と私達の目的は同じだった。ただこの手紙では私達の計画について一言も触れていない、つまり加賀さんに話を合わせた時点で私達の離反の目的を知らないの。足を撃たれてまで話を合わせる理由が無いのよ」

「それは私達も睦月さん達を救おうとしていると知っていたからではないですか?加賀さんが計画の事を司令は気づいているかもしれないと話していたではありませんか」

「だったらこんな置手紙なんてまどろっこしい事をしないで直接話せば良いじゃない。何かこの手紙には書かれていない事があるのかも知れない」

「だったら尚更、直接会って話をすればいいわ!」

頑なに意見を変えない大端に鳳翔は思わず声を張った。大端はそれでも首を縦には振らない。

「もし金沢司令が上層部と繋がっていて、何か感付かれたら計画が失敗した時にあの子達を逃がす機会が失われてしまうかも知れない・・・そうなったら最悪だわ。こちらの手の内を見せるのは早いわよ」

まだ不満が残る様子だがとりあえずは納得した様子の鳳翔に大端は言った。

「司令の事は今、加賀さんが見張っているし少し様子を見ましょう。話はそれからよ」

 そう言って大端は立ち上がった。

「あ、今日はお休みになられます?」

「人手不足なのにそんな暇は無いわ」

大端は伸びをしながら答える。

「そろそろ司令の見張りを交代してもらわないとね。加賀さんは貴重な戦力なんだから昼間に起きていて貰わないと」

そう言って大端は鳳翔に見送られて部屋を後にした。

 

 

 栗崎、三ツ屋が医務室を去った後、金沢は高熱で寝込んでいた。離反を聞き付けた基地の各部署への説明は司令代理として大端が済ませていた。大端から離反の理由を聞いて基地に留まる事を決めた人員は、事務部から数名、基地守衛の為に遠征に行かなかった陸戦隊の5分の1、艤装整備部から10名弱。要するに大半は離反に反対し基地を去った事になる。憲兵から報告を受けた泊地本部の富山中将独断の説得があった以外は海軍からの通達も無く離反初日が終ろうとしていた。

 「失礼します・・・」

相変わらずノックの返事を待たずにだったが彼女なりに気を使ってか、大端は小声で静かに戸を開けて医務室に来た。明かりは灯っているがベッドを区切るカーテンが半分だけ閉じられていて光が直接顔に当たらないように配慮されている。

「あら?加賀さんが看病を?」

高熱で苦しげな寝息を立てる金沢の額に乗せられている手拭と脇の机に置かれた水桶を見て大端は意外そうに尋ねた。何か考え込む素振りで丸椅子に座っていた加賀がようやく顔を上げた。

「・・・提督でしたか。誰か入らした時に薄情だと思われるのも癪なので。それに・・・まだ司令が本心で何を考えているのか分からない今の状態で万が一の事があっては不本意です」

「ふうん。それで着替えまで?」

大端は椅子の上に放置されている血で汚れた軍服を目で示した。その上には金沢の眼鏡が中途半端に開いたまま置かれていた。

「・・・起きている間にここにあった浴衣に自力で着替えていただきました。大端提督、怒りますよ?」

「ちょっとした冗談よ」

 睨んで来る加賀に軽く返答して大端は本題を持ちかけた。

「そんな事より今のうちに休んだら?いざって時に司令が逃げ出して人質に取れなくなったら困るとか言うなら誰か陸戦の人に見張っててもらうから」

「それこそ心配ね。私達以外の人間はこの司令が離反の先頭に立っていると思っているのよ?」

加賀はカーテン越しに金沢が眠っている辺りを目で示した。。

「こんな離反にまでついて来る愚直な彼らは司令の指示に従って大端提督や鳳翔さんの計画を崩しかねないわ。離反どころか睦月さん達を逃がす機会も無くなったら困るのは提督よ?」

淡々とした口調で加賀は言った。

「じゃあ私が居るから。それで良い?空母艦娘の加賀が寝不足で日中に本領を発揮出来ないなんて事があっても困るわ」

「・・・分かりました」

一先ず納得した様子を見せた加賀は後の事を大端に任せて医務室を後にした。

 

 

 高熱で意識がはっきりとしない中、金沢はようやく目を覚まし屋外が暗い事から既に夜らしいという事は認識した。そして加賀の話しに合わせ離反を宣言した事を思い出し上半身を起こそうとするが、その際足に力を掛けてしまい喉から空気が漏れた。額の手拭が枕の横にずり落ちた。

 「基地司令、お目覚めですか?」

物音に気付き大端はカーテンを開けた。

「・・・大端中佐ですか?今は何時です?」

結局、横たわったままの姿勢で金沢は尋ねる。そして大端の返事を待たずに言った。

「既に、ご存知かも知れませんが。この艦隊は軍から離反する、事になりました。貴女は・・・泊地本部の指揮下に、入って下さい」

「そうは行きませんよ」

大端は加賀が部屋を後にしてから使っていた丸椅子をベッド脇に運んで座った。

 「何故、ですか・・・?貴女まで、巻き込むわけには、いかない・・・」

顔色の良くない虚ろな表情のまま話し続けようとする金沢を制して大端は話し始めた。

「巻き込むなんて今更じゃないですか?司令の手紙、読ませていただきました」

「・・・ああ、・・・そうでした」

つい今まで忘れていたかの様に金沢は答える。

「あのお手紙、どこまで事実なんでしょうか?」

大端は何も知らない素振りで金沢の本心を探り始める。

「どこまでって、・・・全部です。以前に赤城さんにも、同じ話をしました」

「・・・4年前、私の艦娘が処分されるのを前から知っていたと言う事も?」

金沢の返事を聞いた大端は表情を強張らせて尋ね続けた。

「はい」

「・・・っ」

大端は犬歯が見える程、歯を食いしばって息を凝らした。

 「では・・・あの手紙を書いたという事は基地司令は加賀さんに撃たれていなければ黙って基地を出て行くつもりだったと?」

怒りを抑えるかの様に話を進めた大端の問いかけにに金沢は何も答え無かった。

「・・・何故、撃たれてまで加賀さんに話を合わせたの?」

なるべくいつもの声になるよう意識して大端は質問を変えた。

「・・・大端中佐なら、気付きそうな物です・・・が、分かりませんでしたか?」

「・・・?」

金沢の返答に大端は内心で首を傾げた。

「それってどう言う・・・」

大端が尋ね返そうとした時、時間帯を全く気にした様子も無く喧しい足音が聞こえてきた。ノックもそこそこに戸が開かれる。

「基地司令!大変です!」

姿を現したのは基地に残った数少ない陸戦隊員の一人だった。

「どうしたの?」

「ちょうど良かった・・・大端中佐もこちらでしたか」

息を切らせてその隊員は報告を始めた。

「早々にどこかの部隊が我々の鎮圧に動き出した摸様。上陸も時間の問題です!」

 

 

>>>To be contemew【15話 大義と軍規】

 




 今回の執筆中にもっと栗崎と古鷹加古の絡みを書いておくんだったとものすごく後悔しました。動画なら半透明で風景に、漫画なら横長コマのカットイン等で再現する(?)別れ際の回想シーンで書ける事が妄想で完結していたものばかりで書いていませんでしたoz
 どうも筆者の筆者の胡金音です。今回は55号基地最高齢の提督、栗崎提督とその艦娘古鷹、加古に焦点を当てた話でした。この3人の付き合いがかなり長いという事はこれまでにそれとなく漂わせて来たつもりですが・・・作中に登場しないシーンを回想で思い出されたって感動もへったくれもねぇってものでして、今後こういうシーンを書く機会があればそちらに反映させたいものです。完結したら反省を踏まえて1話から改訂していくのもいいかも知れませんね。

 そして今回またサブタイトルでやらかしました。予告では“実の娘と部下の艦娘、どちらを取るか葛藤する栗崎”といった意味合いで“娘と娘”というサブタイトルにしましたが実の娘の方は全然出てこなかったのでこうなりました。安定のサブタイトル詐欺と変更です。
 はたしてその結果どう仕上がったかと言うと・・・うん。まあ、子供どころか結婚なんてはるか未来の話に感じる筆者が、仕事の関係上何年も家に帰っていない男の、長い間手紙ばかりの家族に対する想いと毎日顔を合わせる部下への想いの葛藤を書こうだなんて土台無茶な話でありまして。遠方の家族からの手紙を見てにやけるおっさんとか、部下の艦娘と実の娘に重ねるおっさんとか、無茶して怪我をした艦娘に心配からのマジ切れするおっさんとか、木陰で昼寝する加古に上着かけてあげるおっさんとか書いておくんだったと後悔しています。木陰で昼寝はあえて古鷹でもいいかも知れませんね。いや、いっそ木陰で読書をしていたら隣でまどろんでいた加古に寄りかかられて起こさないように動かないでいるうちに古鷹も眠ってしまえば、それはもう栗崎大佐でなくとも風邪引かないように上着かけてあげるでしょ?

 失礼しました。本編の話に戻しますが、モールス信号の表現には毎度悩まされます。以前、実際に点と線で書いた事がありましたが今回は英字にしてみました。普通の通話?であれば括弧の種類を変えるだけでいいと思うのですがああいうシーンで使うと物足りない気がします。赤城さんの電文の時はすでに通信員の手書きでカタカナに直されているつもりなのでそのままにしましたが・・・。本職の方からすれば訳なんて無くても即理解出来るのでしょうが文章だと全部“・”とか“―”で済ませるのは難しそうですし・・・。
 難しいと言えば、ここ数話で“誰が何を知っているか、何に気付いているか”を、ややこしくしすぎて筆者自身分からなくなりつつあります。今回もかなり無理をしたところがありましたので次回に向けて(筆者自身の整理も兼ねて)14話までの主要登場人物と大本営を振り返ってみました。今までの話の中で“ここ、おかしいだろ!”と思っても太平洋のような心の広さで“ああ、ドジっ子なんだな。仕方ないな”と思ってごらん下さい。改めてキャラ崩壊注意!


・金沢
 4年前に艦娘の処分を目の当たりにして水面下で処分の対象になる使い捨ての旧型艤装のを持つ艦娘の艤装更新を大本営と交渉していたが失敗。重要機密である艦娘の処分を大端に手紙で明かし大本営への抵抗を試みるが好意を寄せていた加賀に撃たれる。鳳翔が何か企んでいるらしいと言う以外、何も知らない状態で加賀の話に合わせて離反。離反の理由によっては協力する事も厭わない姿勢を示していたが・・・。
 14話終了時点(以下、現在)では加賀に撃たれて出来た傷から菌が入り高熱で寝込んでる。14話までに2度も被弾しているが基地司令。
(筆者コメント)
 これでも本作の主人公。そもそも管理職に向かないタイプの人間かもしれない。書き始めた当初はそんな事無かったのにどんどんクズになってる気がする。何を考えているのか分からない。筆者も分からない。筆者的に一番書き辛い。


・加賀
 土佐と赤城を短期間で失い傷心中。鳳翔、大端から不要な艦娘の処分が行われている事を聞き土佐はその犠牲に、赤城は口封じの為に金沢に処分されたのではないかと疑念を持ち始める。金沢から赤城について話を聞くが大本営との交渉決裂に苛立つ金沢の言葉に失望し、彼女の中で金沢に対する疑いは事実に変わる。赤城の復讐を果たす為に鳳翔、大端に離反を持ちかけた。後に私情から鳳翔、大端の目的に離反を持ちかけた事で対して負い目感じを自分の口から2人の離反理由を金沢に明かすことは無かった。金沢の離反に協力するという発言に戸惑いつつある。
 とは言えど離反後の現在、金沢の手紙を読んでいない加賀の彼に対する不信は変わらず、彼を警戒し監視目的で金沢と行動を共にしている。
(筆者コメ)
 筆者的に赤城さんの出番を掻っ攫う形で登場回数が増えた気がする。結構な悪役を押し付けちゃってる感があるので・・・うん、ごめん。


・大端
 4年前に処分された艦娘の提督だった人物。鳳翔から処分の話を聞き半信半疑であったが独自の調査から徐々に信じ始めると同時に大本営、金沢への不信感を募らせる。鳳翔の計画には賛成していたが、より確実に睦月達を処分させない為に加賀の離反に賛同する。その後、金沢の手紙を読むが不信を拭いきる事が出来ずに今に至る。
 現在、金沢の本心を探り始めているが・・・。
(筆者米)
 狂い始めた運命の歯車は崩れ始めるのを待ってはくれない。言ってみたかっただけである。筆者的には一番書きやすいキャラ。何故ってオリジナルだからキャラ崩壊気にしなくても良いし、2枚舌だから度重なる設定変更で言ってる事支離滅裂でも後で辻褄合わせやすいから。こんな事していてこの作品最後まで完走出来るのか・・・。


・鳳翔
 4年前以前から艦娘の処分に気付き始めるも確証は無かった。以前から面識のある明石を頼りに大本営を探り、処分の対象である睦月達を守る決意を固める。睦月達を連れての逃亡を画策する中で艦娘に慕われる大端に協力を求める。しかし逃亡計画作成に当たっての情報収集中、加賀に処分の話をした事が切欠で離反を持ちかけられる。鳳翔自身は乗り気ではなかったが協力者の大端の賛同もあり離反を止める事は無かった。金沢の手紙を読み、金沢と協力関係を築く事を大端に持ちかけるも大端の賛同は得る事が出来ず今に至る。
 現在は離反により激減した陸戦隊員を補う形で艦載機を用いて基地周辺の哨戒に勤めている。
(筆者ry)
 作中では出していないが4年前に新設されたばかりの55号基地に特別顧問的な役割で配属されているという設定がある。以前いただいた感想に処分される艦娘は指揮官や指導役にした方が大本営からしても良いのでは?とあったが実は鳳翔さんがまさにその人だったりする。
 ついでに言ってしまうと、作中では触れていないが鳳翔さんは不老だが適性とかの問題で艤装の更新をせずに旧性能の艤装のまま指導に徹している数少ない艦娘である、ざ・いれぎゅらー。作中で全く書いてなかったけど。
 もうちょっと踏み込んで言うと殆どの艦娘が不老という関係上、不要になった艦娘を全員指導役にすると、指導役ばかり増える一方で人事部が困る。指導役+不老で留まる事を知らない実績≒高階級、高軍歴でほっといたら海軍の上層部が若い婦女子(しかも美少女美女ぞろい)になりそうだけど風紀的にどうなのさ、やだーって言う大本営が艦娘の不老化を渋ったり不用な艦娘をぽかぽか切り捨てていくのに歯向かう人達を書きたいのがこの作品。


・大本営
 対外戦争による資金不足が原因で全艦娘の艤装更新(作中で言う不老化)を渋っている。金沢の交渉が実を結ぶ形で処分の是非を問う演習(結果が良好であれば艤装の更新に使用する予算を議論、それまで処分は保留。)を企画するが、赤城の電文が軍規違反に当たるとして金沢を降格処分した。この作品で艦娘との恋愛はご法度、鳳翔さんもなんか最初の方で言ってた。それに伴い金沢の希望で企画した演習も中止となり実質的に艦娘の処分は秒読みとなった。金沢が離反宣言してから出てこないけど何やってるの?って疑問に関しては15話が軍部サイドのお話になる予定なのでお待ちを・・・。
(筆ry)
特にいう事は無いけど、大本営から派遣されてきた大都長官は海軍で1,2を争う権力者。ここだけの話、親の七光りに寄る出世。こう言っておくだけでものすごい無能臭がするけど実力的には割と優秀な方。親の七光りって言われるのを結構気にしてるのであまり触れないであげて。戦国武将で言うなら武田勝頼。


・魚雷
 うん、この間の話しなんですがね。もうこの作品書き始めて1年かーと思ってちょっと振り返ってたんですよ。そこで気付いたんだけど1話で加古さんがうっかり雷撃した時に加賀さんは損傷軽微で済んでるんですよね。で、7話で金沢が魚雷まともに喰らったら跡形も残らず1パンって言ってるんですよね。・・・この矛盾にお気づきだろうか。片やほぼ無傷で片や轟沈である。えっと・・・訓練弾のそれとは違うって書いたけど、実は実戦用では無くなんか威嚇用の弱めの魚雷でした!
AD「な、なんだってー(棒)」
・・・ゴメンナサイ。そういう事にしといて下さい。
(ひry)
これでも結構気にしてるのであまり触れないであげて。


 と、まあこんな感じですね。一応補足説明としてB.S.ラジオなんて物も書いてますが14話まで進むのがいつになるか分かったもんじゃないので一旦まとめて置きました。


 さて、次回の更新ですが前々から後書きに書いていた通り未定となります。少なくとも毎月29日更新は絶望的です。が、ハーメルンさんのサイトでは3ヶ月以上放置すると未完作品扱いになるみたいなので最低でも5月29日までには仕上げたいと思っています。今までの文字数に仕上がらず小分けにしてでも投稿しますので、もしよろしければ気長にお待ち頂けると幸いです。
 それでは次回、いつになるかは未定ですが後書きでお会いしましょう。長々とした後書きまで読んで頂きありがとうございました。15話の後書きまでさよなら!(・ω・)ノシ

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