「……」
あんまりにもあんまりな出来事があってからというもの、私の頬は膨れっぱなし。
本家本元の野依プロもご納得いただけるであろうぷんすこ顔で、自分の作ったタコスを片手にモニターを見つめている私がそこにいた。
「ま、まぁまぁすこやん。そう怒らないでよ。事故だってば、事故」
「……こーこちゃんはいいよね。どんな現場でもいつも自分がやってるような仕事ばっかでさ。それに比べて私はピエロも同然の扱いばっかり」
「そんなことないって。すこやんはほら、みんなに愛されてるキャラだから……」
「愛の無い弄りなんて虐めと何も変わらないよ」
まぁ今回のことに悪意があったとまではさすがに思ってはいないけれども。
それでもちょっとばかり調子に乗っているスタッフ陣はここらで一回締め直しておくべきだろう。
「あちゃー、こりゃ完全にへそ曲げちゃったかぁ。須賀くん、これなんとかならない?」
「え、そこで俺に振るんスか!?」
「弟子なら師匠のご機嫌取りくらいこなせてなんぼだよ? そんなんじゃ今年のザ☆漫才を勝ち抜いていくのは到底――」
「福与アナ、ちょっと黙りなさい。気が散る」
「あっ、ハイ。すんません監督っ」
今の私は、映像確認の鬼としてここに君臨しているのだ。余計な横槍は止めてもらおう。
撮影確認用のモニターに映し出されているのは、私が調理場へと向かった後の出来事。
入れ替わるように現れた第二組のタコス審査が始まり――第三組の得点が発表された直後、問題の場面はその時間帯である。
「……」
少しだけモニターから視線をずらせば、そこにはしょんぼりと垂れ下がったアンテナが。
水でもかければ復活するのだろうか、とついつい水の入ったカップを手に取りそうになるものの、それはさすがに大人として宜しくないかと自重して。
井上さんたちの手によって隣で華麗に正座されられている元凶の龍門渕さんは、沙汰を待つ咎人の如き様相を見せていた。
フゥ――と小さくため息をつく。
想定外に過ぎたこの一大イベントの結末を語るには、その間に起こった出来事をいくつかに分けて説明していかなければならないだろう。
順を追って、状況を確認していくことにしようか。
時間の経過そのままで話を進めていくと、まずは、巡り巡ってついに私の順番がやってきたところまで遡る――。
第一組の採点結果を踏まえて。
どうしてこうなった?という言葉を脳裏に浮かべながらも、まずは食材を吟味することにした。
最初から作ろうとしているものは決まっていたし、まずは軸となるものを求めて野菜のコーナーへやってきたところで改めて思う。
――食材が豊富すぎて私の常識がヤバい!
鳥がらやら豚骨やら置いてあるのは龍門渕さんによるねじ込みだろうと思っていたけれど、精肉の辺りには鴨とか子羊っぽいものまで普通に陳列されているのはどういうことか。
あの時の私の発言がキッカケになったというのであれば、突発的な企画のわりに新鮮すぎるこの食材たちは一体何処から集めてきたというのだろう。
こーこちゃん含めた番組スタッフか、あるいはスポンサーの龍門渕さん関係でいえばあの執事さんあたりの仕業なのかは知らないけれど。
その中にこれらを一瞬で手配し用意するなどという離れ業をやってみせる程の常識ハズレな人間がいる、ということに間違いはない。
あの忍者、もとい執事さんであればこの程度涼しい顔でやってのけそうな気がしなくもないし……。
……なんて思ってしまうあたり、もはや常識なんてものは煮立っている鍋の端っこでとろっとろに溶けてしまっているのかもしれなかった。
いずれにせよ、余ったらこれらはどうするつもりなんだろうと軽く疑念を覚えつつも、根菜類が集められている一角から目的のものを手に取った。
メイン食材として考えていた蓮根を一節分、表面にあまり凹凸の無いものを見繕う。実際に持ってみた限りだと重みも十分で新鮮さに問題はなさそうだ。
次いで、図らずともこれまで先行しているどのペアも使わなかった豚のバラ肉を選択。
あとは小麦粉などを含めた粉系をいくつかと卵、玉ねぎなんかを見繕いつつ、調味料はあっちに置いてあるのを使うことにしてさっさと厨房へと向かった。
制限時間の二十分というのは、食材の選定なんかも含めてであれば調理時間としてはやや不足気味だ。
もしお昼の休憩時間に外食へ行って実際に提供されるまでそれだけ時間がかかったとしたら、待つ側としてはご立腹ものだろうと思わなくもないけれど。
下拵えから考えるとそれだけで時間の半分を持っていかれてしまうのだから、料理する側からすればやはり短いといわざるを得ないのだった。
「今の食材チョイス、須賀くんはどう思った?」
「選んだ順番からするとレンコンがメインっぽかったですよね。でも俺、レンコンってあんま食べたことないんスよ」
「ありゃ、そうなの? まぁ若者は好んで食べようとは思わないよね。地味だし」
「蓮根に年齢は関係なくない!?」
隣を通り過ぎて厨房へと向かう際、マイクのスイッチをオフにしてこれみよがしに会話を始めた二人の声についつい反応してしまう私。
「や、だって普通そんな食べないっしょ? もう一品って時のおかずとしての使い勝手だとごぼうに劣るし、辛子レンコンとかもろに酒飲み御用達じゃない?」
「こーこちゃんはいま土浦市民を完全に敵に回したね。いいよ、そこまで言うなら私が今日見せてあげよう――蓮根が持つ無限の可能性の一端をっ!」
「おおう、すこやんが燃えている……だと!? 麻雀の解説の時でも滅多にそんな顔見せないくせに!?」
「ほっといてよ」
実際、何故私が蓮根をメインに据えようと考えたのかというと、動機は単純であり、大会名に『ご当地』と銘打たれているからだ。
というのも、私の地元茨城県の土浦あたりといえば蓮根や佃煮なんかが名産品として有名な地域なのである。
小さい頃から親しみのある食材であり、ちょうど今の時期から冬場にかけて旬となることなども考慮に入れた結果、食材の中にこれがあった時点で使うことを決めた。
こーこちゃんの言うように、色目的にも見た目が地味というのは否定できない事実ではあるけれど。
何気に栄養価も高いし、美容なんかや健康にもいい。馴染み深いというのをいったん除外したとしても、私としては一推しの素材だったりする。
特にうちのお母さんが作ってくれる海老つみれの蓮根挟み揚げなんてもう、お酒のあてにもご飯のおかずにも対応できる実にすばらな一品で。
世界各地で食べた著名な料理の中ですら劣ることなく輝きを放ち続ける、小鍛治健夜的ランキングでも常に上位に居続ける大好物の一つである。
私、この戦いが終わったら実家に戻ってお母さんの作ってくれた蓮根料理をお腹いっぱい食べるんだ。
――てな感じで心の中で死亡フラグを着々と積み上げつつ、私が厨房に足を踏み入れた時、手に皿を持った状態の福路さんと吉留さんの二人とすれ違った。
どうやら第二組の料理は既に完成していたようで、これから審査員たちが待つフロアへ持って行くのだろう。チーズの溶けたいい匂いがしていた。
◆(※映像確認中)
「さあここで大本命の第二組が戻ってまいりました! いま審査員の前に皿が置かれます!」
ウェイトレス姿が似合いそうな優雅な動作で配膳をしていく福路さん。
お皿の中央に置かれているタコスは、なんだろう……まるでイタリアンとでもいうか、一見するとピザっぽい様相を醸している。
すれ違いざまに微かに感じた、ふんわりと漂っていた香草とチーズの溶けた匂いだけでも十分すぎるほど美味しそうだったし、これは期待が持てそうな一品だ。
「ふむ。じゃあまず私から。いただきます」
今回最初に口を付けたのは久保さんだった。
風越女子での経験から福路さんの料理の腕前を十分に理解しているためか、一切のためらいを見せずに齧り付く。もぐもぐと何度か咀嚼した後、納得したように頷いて飲み込んだ。
あと料理とは何も関係ないけど、口元に付いたオリーブオイルらしきものをハンカチで拭った姿が妙に淑女っぽいというか……。
久保さんはこうして麻雀に関わらないでいる限りは普通に綺麗な大人の女性なんだよね。コーチに変貌したら人が変わったみたいに怖くなるようだけど。
「……なるほど。パスタがタコスになったとはいえ、味はそう変わらないんだな」
「はい。普段使うペンネの原料が小麦粉ですから、トルティーヤにも合うのではないかと。味には問題ないと思いますが……いかがでしょうか?」
「悪くないな」
「ありがとうございます、コーチ」
ほっとした様子で胸に手を当て、にっこりと微笑む福路さん。天使か。
その言葉を皮切りに、待てをさせられているにも関わらず待ちきれずに身を乗り出していた片岡さんと、靖子ちゃんも一口食べる。
反応を待つまでもなく、間髪居れずに黙々と食べ進めるその姿を見れば味がどうなのかは一目瞭然だった。
「むぐむぐ……おお、さすがはおねーさんだじぇ。これは美味いな!」
「チーズが小さく刻まれた鶏肉と洋ナシに絶妙に絡まってて、タコスというよりはピザでも食べてる感じだな。でもまぁ、美味いわ」
「ありがとうございます」
「審査員全員の反応はご覧の通りっ!
これはかなりの高得点が期待されますが――注目の採点はこちらっ!」
バッと勢い良く掲げられる点数は、左から『8』『9』『8』で合計が25ポイント。第一組の蒲原さんたちよりも僅かに2ポイントほど高いものだった。
靖子ちゃんの9点は十分高得点だし、タコス神たる片岡さんが前回を上回る8点を付けたものの、久保さんがあのコメントにしては評価が若干低いかなと思わなくもない。
「合計得点は25ポイントっ! 第一組の蒲原&妹尾ペアとはわずかに2ポイント差っ! これは接戦になりそうな予感がびんびんして来ましたね!」
「なんていうか、ホントに高レベルな戦いっすね。個人的には満点が出るかと思ってましたけど……なぁ、全体的に優希はちょっと点数辛すぎなんじゃねーか?」
「むっ」
それはもう贔屓の引き倒しという奴ではないかな、解説の須賀君とやら。
思わずモニターを見る視線までジト目になってしまうが、仕方がないだろう。福路さんが好き過ぎて困るのはよく分かったから、少し黙っておくべきだと思う。
ああほら、言わんこっちゃない。片岡さんが京太郎君に向ける視線、もはや呆れを通り越して敵意を孕んでいるじゃないか。
「とりあえず審査員の皆さんにお話を聞いていきましょう。まずは久保コーチ、8点でしたがこれはどのような意図がおありなのでしょうか?」
「福路と吉留のコンビなら、もう少し美味く作れただろうというのが一点。あとは、オリーブオイルが生地に吸われて若干食べ辛かったというのも減点対象です」
「なるほど! これは普段から二人の料理に触れ過ぎていて、逆に得点が若干辛めになってしまった感もありますが――それでもこの点数を取るあたり、福路&吉留ペアは立派だったといえるでしょうか!」
「優希はどうなんだ? 8点っていえば蒲原さんたちより高いってことになるけどさ」
「うむ、これはまさに革命的。メキシコの大地にヨーロッパの文化が融合して、新たなるハーモニーがうんたらかんたらだったじぇ!」
「お、おう」
何言ってんだこいつ、というような表情をする京太郎君と、精一杯胸を張って得意げな片岡さん。
あえて難しいことを言おうとして語彙がそれに追いついていかなかったんですね、分かります。
要するに、美味しかったと。そういう解釈でいいんだろう。適当だけどそう間違ってはいないはずだ。
「藤田プロはここまでで最高得点となる9を付けていますね。それだけ美味しかったということでしょうか?」
「うーん、そうだな。単純に出来栄えとしては第一組の鯖味噌と同じくらいだったと個人的には思うんだが、やはり和風のものより洋風のもののほうがタコスには合う、そういうことなんだろう」
「それは、トルティーヤとの相性部分で差が出てしまった、ということですか?」
「そうなるな。ま、内外のバランスを重視した福路の目の付け所に軍配が上がったということかな」
「なるほどー、解説ありがとうございましたっ。
――さてさて、第二組までの審査が終了してトップは福路&吉留ペアの25ポイント、続いて蒲原&妹尾ペアの23ポイント。接戦の中、次の挑戦者を待つ状況となりましたね!」
「第四組はともかく、第三組と小鍛治プロには期待して待ちましょう」
「……あれ?」
お世辞にも広いとは到底いえない厨房の中にやってきた時、ふとあることに気が付いた。
第一組と第二組が調理を終えて出て行ってしまった室内には、本来であればあと第三組と第四組+執事さんがいなくてはならないはずである。
だけど、どう見ても一組ぶんの人数しか見当たらない。
簡易で設置されたと思わしきコンロの前で作業をしている原村さんと、備え付けのほうのコンロでじゃがいもを煮る宮永さんの姿はここからでも確認できる。
……例の問題児コンビは何処へ?
「ねえ宮永さん、龍門渕さんと天江さんはどこに行ったの?」
「え? あ、衣ちゃんたちはちょっと前に萩原さんに連れられてどこかに……そういえばまだ戻ってきませんね」
「執事さんに? ……説教部屋行きか何かかな」
「説教?」
「龍門渕さんがここの厨房で鶏がらとか豚骨なんかを煮込もうとしてたから、たぶんそれで」
「えっ!?」
明らかに初めて聞きましたという風な宮永さんの反応を見るに、実行には移さなかったのだろうか。
それとも実行に移す前に排除されたのか。だとすると執事さんグッジョブすぎる。
蓮根の皮を剥き、薄く輪切りにして水にさらすという単純作業の片手間に対面にいる宮永さんとそんな会話をしていたら、ボウルを手にした原村さんが戻ってきた。
「話を聞くだけで判断すると……龍門渕さんはラーメンでも作るつもりだったんでしょうか?」
「食材を選んでる時はまさにそのつもりだったらしいけど、今ここに居ないってことは寸前でインターセプトされちゃったみたいだね」
「……そうですか」
なんでそこでちょっと残念そうなんだろうか、この子は。
あ、もしかして原村さん、見かけによらずラーメンが好物だったりするのかな?
何処かの生粋のお嬢様より遥かに深窓のお嬢様然とした立ち居振る舞いが似合うだけに、外見的なイメージだと麺類はパスタ系くらいしか食べないような印象だったけど、それは偏見だったか。
……これも偏見かもしれないけど、あの無駄に主張している部分をお持ちだとラーメンのように器を手で抱えられないものを食べるのはさぞ難しいだろうにね。
スープが(胸部に)飛ばないようにするのってほぼ不可能なんじゃないだろうか。
余計なお世話だろうけどさ。
さて。そんな会話をしているうちに蓮根は切り終わった。この子はこのまましばらく水に漬けておいて、と。
タコスの命ともいえるトルティーヤ、今回の大会に限っていえば既に用意されているものを温めて使うことが許されていたりするのだが、別に自分で作ってはいけないなんてルールは無い。
なので、トウモロコシ粉の代わりに米粉を使用したトルティーヤもどきを作ることにした。
具材を和風にするのであれば、外殻部分も日本らしいものにしたほうがいいんじゃないかな、という単純な思いつきでしかないんだけど。
トルティーヤを自前で作る場合はどうぞという感じで置かれていたレシピを参考に、水と米粉に塩なんかの調味料を少し混ぜてボウルでかき混ぜていると、竹井さんが中継用カメラを担いだスタッフさんを引き連れて戻ってきた。
「やっほー咲、和。頑張ってる?」
「部長」
「お疲れさまです」
第三組の中継レポートでも始まるのかな、と手を動かしながらも意識を少しだけそっちに持って行く。
「もうちょっとしたら中継レポートが入ると思うけど、大丈夫?」
「ええ、構いませんよ。別に見られて困るようなことをしているわけでもありませんし」
私と同じく自分たちで生地を作って焼いていた原村さんが、筒状に形成されたそれに溶けたチョコレートっぽい液体を流し込みながら言う。
どうやら第三組は宮永さんと原村さんがそれぞれに別々の物を作るつもりらしい。
肉じゃがとチョコレートを組み合わせて一つのものを作るのかと思っていたけど、そんな訳無かった。よく考えれば当然だ。
「そういえば小鍛治プロはどんなメニューを作るんですか?」
「私はこれ」
竹井さんの質問に、そう言って指をさしてみせたのは、空になったカツ丼の容器である。
「カツ丼?」
「強いて言うなら挟み蓮根カツタコスってところかな。味にはあんまり自信はないけど……」
普通のカツよりはヘルシーで、それでいてボリュームは落とさずに。蓮根により歯ごたえも十分楽しめるという一品。
このメニューに関しては実践してきた回数もそれなりに多いので、少なくとも食べられないほど不味いものを作ることはないはずだ。
だからといって他人が美味しいと評してくれるかどうかはまた別問題なんだけど……。
馴染みのないメニューならばプロが作った同じメニューと比べられるようなこともないだろうし、そのあたりのプレッシャーがない分だけまだマシだと思っておこう。
「豚肉をレンコンで挟んで揚げるのね。下味はどんなものを?」
「基本は塩コショウかな? そのあたりは普通のカツと同じだね」
本来であれば、豚肉の代わりに海老のすり身と摩り下ろした蓮根を混ぜて作るつみれを使うのが小鍛治家の慣わしではあるんだけれども。
それをするには少し時間が足りない。こういう時にもう一人いてくれたらと思わなくもないが、今更言っても詮無き事である。
ある程度情報を仕入れ終わった竹井さんが傍を離れて、カメラのほうに向き直った。
「はーいこちら中継先の竹井です。ただいまこちらにいるのは第三組と小鍛治プロだけですね」
『あれ? 部長、第四組はどうしたんでしょうか?』
「ああ、彼女たちはね……さっき連行されていったわ」
悲しげに目を伏せる竹井さん。いったいあの子たちの身に何があったのか、すごく気になるんですけど。
『れ、連行ですか……?』
「たぶん迷惑がかからないような場所でラーメンでも作ってるんでしょうね。近場に簡易キッチンを作るくらい龍門渕さんならやりかねないし」
『そういうことですか……さすがはハギヨシさん。
主人が作りたいと願っているものを無理に変更させるんじゃなくて、店側に迷惑がかからないよう配慮して作る場所のほうを変更するとは……っ!』
『正真正銘のお金持ちなんだもんね、あの子んち。それこそが執事の矜持っていう感じなのかな、確かにすごいものがあるよね』
みんなしてさも当然のように語らっているようだけど、まず時間的にも物理的にも不可能な気がしてしまうのは私だけなの?
もしかして深く考えたら負けなのだろうか。ここに来てからというもの、私の持っていた常識は崩壊しっぱなしである。物理法則も何もあったもんじゃないな。
『それで、そちらに残っている一組と一人はどんな感じですかねー?』
「第三組の二人に関しては前評判どおりの手際で、もう仕上げに入ろうかってところのようです。小鍛治プロに関しては、意外にも料理できるんだなぁという印象を受けました」
『ほほう、ということは無難に仕上げてくるつもり、と……オチ担当としては仕事を放棄したといえますね!』
「最初からオチ担当じゃないからね!?」
思わずカメラに向けて突っ込みを入れてしまう私。
バラエティのお笑い芸人枠で出てきたわけじゃないんだから、そんな「空気読めてないなー」みたいなコメントは聴きたくなかったよ。
『まぁ、そこは代理が用意できたっぽいからいいけどさ。すこやん分かってる? オチ担当を回避するからにはちゃんと美味しいのを作らないとダメだってこと』
「うっ……」
「ちなみに第二組の得点は8、9、8で25点だったわね。久保コーチは美穂子の料理に関しては普段の出来を知ってる分、ちょっと辛い採点だったみたいだけど」
『それでも高得点なのは確かだからねぇ。すこやんが素の実力でここを上回ろうっていうのはちょっち難しいんじゃない?』
「ぐう……」
ぐうの音しか出なかった。
あの片岡さんから8点以上をもぎ取れるかと問われたら、正直なところ無理ゲー乙としか返せないのだから仕方がない。
京太郎君の作ったタコスと並ぶのもそれを超えていくのも一朝一夕じゃ不可能でしょ。まずは地道に好感度から上げて行かないといけないんだし。
ああでも、そういう意味でも宮永さんと原村さんならいけるんだろうか?
二人とも料理が上手だという話だし、特に原村さんは高遠原中学時代から片岡さんとはコンビを組んできた、酸いも甘いも噛み分けた仲のはず。
前の取材の時に原村さんの将来の夢を聞いた際、片岡さんも言っていたではないか。のどちゃんは私の嫁になるのだ、と。
『とりあえずこれ以上邪魔をしちゃうと時間切れで失格になっちゃいそうだから、一旦こっちに引き取りまーす』
「了解。咲と和がそろそろ出来上がりそうなので私も一回そっちに戻ります」
『はいはーい。それじゃすこやん頑張ってねー』
◆(※映像確認中)
私の中では大本命、第三組の料理が審査される場面がやってきた。
「大会名誉委員長とは盟友のこの二人、原村&宮永ペアのタコスが審査員の目の前に置かれました!」
「普通の形のタコスと筒状みたいになってるものと、二つ乗ってますね」
おそらくは、普通の形のほうが宮永さんの作っていた肉じゃがタコスで、それよりもちょっと小さめの筒状タコスは原村さんが作っていたチョコ入りタコスなのだろう。
ここにきて、まさかのデザート付きである。
発想が微妙に龍門渕のラーメン+お汁粉に似ているような気がしなくもないが、こちらはきちんと企画内に収まるよう考えている跡が見られるだけ大人なのかもしれない。
……あれ? どっちが年上なんだっけ?
「あ、優希ちゃん。私のほうから先に食べたほうがいいかもしれない」
「おお? 咲ちゃんのほうってどっちだじょ?」
「あそっか。えとね、普通の形をしてるほうだよ」
「わかったじぇ! それじゃいっただきま~す!」
パクリと一口。かなり大きめに食らいついたせいで、それだけでほぼ半分が口の中に納まったようだ。
ぷるぷると震える両手を胸の前で組み、祈るようにしてその様子を見つめている宮永さん。卓に座っている時と同一人物だとはちょっと信じられないくらい小動物っぽい挙動である。
やがて、その震えがうつってしまったかのようにして、片岡さんの身体も小刻みに震え始め――すぐに噴火した。
「――っごいじぇ! 咲ちゃん、これは……これはっ、まさに究極の一品だっ!」
「えっ? え?」
あまりに突然の出来事すぎて、当の宮永さんは困惑状態。隣に居た原村さんも一緒に驚いているところを見るに、彼女がこれほどになるのは珍しいことなのだろうか。
興奮しすぎているのか片岡さんの瞳がるんるんと輝き、その中に椎茸――じゃない、お星様のようなキラキラが見える程である。
「ほっくほくのジャガイモの包み込むような優しさが香ばしいそぼろと絡まって……ううっ、これこそまさにお袋の味だじぇ」
「あ、あはは……そんな大げさな」
「いや、たしかにこれは――とても懐かしい味がする。うん、マジで美味いわ」
「そうですね。あの短時間でもじゃがいもはホクホクになって味が染み込んでいますし、トルティーヤとの相性も抜群です。まさかこれ程までとは……」
「あっ、ありがとうございますっ」
三者三様にべた褒めされる中、ようやく落ち着いた宮永さんが勢いよく頭を下げる。
よほど緊張していたのだろう、その瞳には涙すら携えて。
その気持ちは分からなくはないけれども……別に将来が決まるか否かを賭けた料理コンテストじゃないんだから、ちょっと落ち着いたほうがいいのではなかろうか。
原村さんもそう思っているのか、肩に手をかけ宮永さんを下がらせた。
「では次は、私のタコスをお召し上がり下さい」
ほぼ無表情のままで原村さんが言った。
……君はもうちょっと気持ちを表情に出したほうがいいと思うよ?
なんというか、君らは本当に真逆なんだな。性格以外にも何処が、なんて悲しいことは言わないけれども。
「これは珍しい形だな。春巻きっぽいというか」
「ロールタコスといって、世間でもきちんとタコスとして認識されているものだそうです」
「ほう――んじゃまぁ、いただくとするかな」
今度は靖子ちゃんが先陣を切るようだ。
サイズ的にも普通のタコスより片手間で食べやすそうだし、この形態のものが主流になってもおかしくなさそう。実際に靖子ちゃんは一口食べた後で、まずはその食べ易さに驚いているようだった。
「……うん、チョコレートパイだな。しかしなんだ、ガワだけじゃなくてこのチョコレート自体のモチモチ感というかぷるぷる感?」
「なんでしょうね、不思議な食感ですが……あとチョコが口の中で溶けた後に微かに広がる紅茶の香りが絶妙というか。甘さも控えめで上品だし、大人な感じの味がしますね」
「もぐもぐ……んむ、さすがはのどちゃん、私の嫁だけのことはあるじぇ。まさかタコスをデザートに変えてしまうとは」
「誰が嫁ですか」
片岡さんのお決まりの科白にも、冷静に突っ込みを入れる原村さん。この辺りは手馴れたものだ。
しかし、単純にチョコレートを溶かして流し込んでいただけだと思っていたのに、感想を聞くにそうじゃなかったということなのかな。
「和、モチモチ感とかぷるぷる感とかってのは何なんだ?」
「寒天ですよ。食べながらするダイエットに適している食べ物として一昔前に話題になったの、知りませんか?」
「すまん、それはちょっと知らないわ」
「あー、そんなのもあったね。たしかウチじゃない他所の局だったと思うけど、特集でやってたやってた」
チョコレート寒天、だったっけ? ネーミングはそのまんま過ぎてアレだけど、ダイエット方法としては有用だとかなんとかいう話を私もはやりちゃんから聞いた覚えがある。
しかし、あれってそんな短時間で作れるようなものだったっけ。寒天はたしか固まるのに結構時間がかかるというような話だったと思ったけど。
疑問に思ったので、映像を見終わった後で原村さんに直接聞いてみたところ、
『ボウルごと氷水に付けておいてある程度時短はしましたけど。完全に固まっているわけじゃないので、ぷるぷる感が少ない代わりにもちもちとした食感になったんじゃないでしょうか』
とのことだった。
「では、気になる採点のほうを見てみましょうか! 審査員の方々、お願いしますっ!」
例によって勢い良く掲げられた点数は、左から『10』『9』『10』で合計がなんと29ポイント。他の組を大きく引き離し、ダントツで一位となる結果となった。
「遂に出ました! 出る事はまずないだろうと思われていた大会名誉委員長がまさかの満点、満点です!」
おおーと観客席からどよめきが聞こえてくる。
食べた後のリアクションを見た時点で高得点は間違いないと思っていたけれど、それ程までに美味しかったのだろうか。
点数に不満があるわけじゃないが、そこまでのものなら実際にちょっと食べてみたいと、純粋にそう思う。
「大会名誉委員長の片岡さん、いやーついに出てしまいました満点表示! 評価のポイントを教えてください!」
「まず咲ちゃんの肉じゃがタコス、これはもう芸術品といっても過言じゃないじぇ。
具とトルティーヤとのバランス、具そのものの出来栄え、食べ易さ、何処を取っても文句が言えないものだった……完敗だじぇ」
「いや別に誰かに負けたわけじゃねーだろ、お前は」
「うっさいっ! 私はな、京太郎。今回の大会で満点を出すつもりは一年生四人で打った時に京太郎が残すだろう点棒ほども無かったんだじぇ。それを覆させられた時点で、私は咲ちゃんに負けた……」
がっくりと肩を落とすタコス神。しかし、次に顔を上げたときにはその表情はとても清々しいものに見えた。
「でもな、絶望のどん底で気づいたんだ。タコスの持つ可能性は無限――私の中の常識を打ち破ることで、それを咲ちゃんが教えてくれたのだとっ!」
「ゆ、優希ちゃん……」
「大げさだなぁおい」
「名誉委員長、それじゃ満点表示に原村さんの点数は加算されてないの?」
「のどちゃんの心遣いは点数とは別の部分にあるからな。のどちゃんのチョコ寒天ロールタコスには特別に花丸をあげるじぇ」
「和の心遣い?」
「そうだじょ。そっか、京太郎には分からないか……のどちゃんはな、私がいつもタコスばかり食べてるからと、身体に優しいものをあえて選んでくれたんだじぇ」
「……そうなのか?」
「いい機会なのでちょっとでも別のものに意識を向けてもらおうと考えていたのは事実ですけど」
「ふふん、どうだ?」
「お前が何に勝ち誇ってんのかが分かんねーよ」
京太郎君の突っ込みも意に介さないほど、盛大なドヤ顔の片岡さんである。
「ではでは、名誉委員長に続いて満点表示の久保コーチ、評価のポイントを教えてください!」
「そうですね。基本的には片岡が言っているのと同じです。完成度の高い肉じゃがタコスと、健康と美味しさを両立させる原村のチョコ寒天ロールタコス、どちらも素晴らしい出来でしたので」
「なるほどー。ちなみに点数の内訳、みたいなものはありますか?」
「強いて分けるなら、ですが。宮永が6、原村が4の割合になるでしょうか」
「ほほう、はやり評価としては肉じゃがタコスのほうが上ですか!」
「若干比率が高い程度のものですが、そうですね。それくらいあの肉じゃがの完成度は高かった」
あの久保さんをしてそこまで評価させるなんて、宮永さん……恐ろしい子っ。
「では、この場で唯一9点の表示だった藤田プロ、どうでしょうか?」
「二人の言いたいことは分からなくはない。だが――そうだな、減点したポイントを一つ上げるとするならば――」
「まさかまた肉じゃが定食として食べたかった、なんて言いませんよね? 藤田プロ?」
「……」
あ、図星だこれ。
目が泳いでいるのを見逃す私ではないが、今回ばかりは私でなくとも気づくだろう。あまりに挙動不審すぎる靖子ちゃんの態度に、その場の全員が呆れ顔だった。
「だってなぁ……」
「だってじゃないですよ! 大会趣旨をガン無視するのはスポンサーだけで十分ですっ!」
「ご、ごめんなさい」
珍しくこーこちゃんがマジ切れしてしまったせいか、靖子ちゃんが素直に謝るという奇妙な構図が出来上がっていた。
自分がかき回すのは好きでも他人にそうされるのは嫌なのか。我侭だなぁ、こーこちゃんは。
怒られてしゅんとしてしまった審査員はともかくとして、これで優勝が確定してしまったといっても過言ではない点数が出たことになる。
この時点でもはや第三組の勝利は揺ぎ無いもののように思えた。
竹井さんに加え、第三組の二人が間を置かずフロアへと戻って行ったことで静まり返った厨房は、とても寂しいものがあった。
京太郎君は朝からずっとこの状況で一人せっせことタコスを作らされていたというのだろうか?
もしそうだとしたら、せめて私くらいはもう少し労ってあげるべきだったかもしれないな……と思いつつ。
そんな中で黙々と作り上げた料理、薄切り蓮根で豚肉を挟んで揚げたカツを出汁と卵でとじた一品、カツ丼風タコス(仮)。
メニューとしては珍しい部類に入るだろうと自負してはいるものの、見た目といい味といい、出来上がったものは無難という他はない。
下味もきちんと付けてあるし、油の温度も揚げる時間もそうズレているわけではないというのに。お母さんが作るものとはやっぱりどこか違うのだった。
このメニューに関わらず、カレーだとか味噌汁だとか定番のものをはじめとした大抵の料理で起こってしまう謎現象である。
まぁそれでも自分で食べるぶんにはなんら問題ないんだけど、いざ他人に振舞うという時にはどうしても抵抗が――っと、でもそんなことを言っている場合じゃないか。
出来立てのほうが美味しいだろうし、早く持っていかなければ。
「――っ!?」
タコスを載せたお皿を手にフロアへと続く扉を通り抜けた時、私は飛び込んできた光景の異様さに思わず絶句した。
意味が分からない。ついでに訳も分からない。
つい今しがた間で盛り上がっていたはずの会場は、シンと静まり返ったまま……フロアの何処を見渡してみても、誰一人そこには存在していなかったのである。
私が厨房に一人で篭っていたのは、せいぜい十分かそこらの短い時間でしかなかったはず。
その間に、いったいここで何が――。
「……って……わ」
と、そんな時。微かに声が聞こえてきたのは壁の向こう側、お店の外からのようだった。
訝しみながらもお皿を一旦カウンターの上に置いて、出入り口の扉から外に出る。
そこに広がっていた光景に、思わず目が点になる私。
気分はもはや一昔前の刑事ドラマで胸部を撃たれて絶叫する某俳優さんのそれと同じである。
第一声でなんじゃこりゃぁぁぁぁっ!と叫ばなかっただけ自分を褒めてあげたい。
「な、なにごと……って龍門渕さん!?」
まるで特設ステージを髣髴とさせるような佇まいの特設車の前に置かれた簡易テーブルと、その前にずらりと並んでいる少女たち。
特に問題となるのは、テーブルを挟んで向こう側にいる第四組の龍門渕さんだろうか。
なぜか頭には三角巾、制服の上から着込んだ割烹着という奇妙な出で立ちで、集まった民衆相手にお玉をマイク代わりにして熱弁を振るっている。
……移動屋台のラーメン屋さんの選挙運動か何かかな?
「あ、すこやん。こっちこっち」
「こーこちゃん? これっていったい何事なの?」
机の端っこに審査員たちと一緒に座っていたこーこちゃんに呼ばれ、そちらに歩いていく私。
「なんか龍門渕さんから全員に振舞いたいから外に出てくれって言われちゃってね」
「……呼んでくれてもいいんじゃないの?」
「うーん、たしかにすこやんも呼ぼうかって思ったんだけど、料理中だったし終わったら出てくるだろうと思って」
たしかに料理中に火元を離れてラーメン食べには来れないけどさ。
それにしたって声くらいかけておいてくれてもいいんじゃないだろうか。むしろ誰一人としてそう思わなかったことに対して悲しくなるわ。
「……でも、あの子本当にラーメン作っちゃったの? あの短時間で?」
「そうみたいだねぇ。でもさすがに出汁から取ってはいないんじゃないの? ちょっとこれ飲んでみ?」
「ん……」
差し出されたレンゲを素直に口に含んでみる。
北九州近辺によく見られる乳白色のこってりとした、これぞとんこつといった感じのスープというよりは、比較的あっさりとした醤油系のスープだろうか。
正直にいってかなり美味しい。とてもじゃないが、素人が作ったものとは思えないくらいには。
「……美味しいね」
「でしょ? スープは多分、どっかから仕入れてきたものなんじゃないかな。で、問題はこれ」
「――麺?」
ここから見るに、麺というよりはワンタンに近い、いやむしろこれ――。
「タコス……丸ごと、だと……!?」
「シェフいわく『タコスラーメン』らしいよ」
そう。麺の代わりに投入されているのは、どう見てもタコスである。
トルティーヤと、その中に詰め込まれた玉ねぎやらもやしやら焼き豚やらの、いわゆるラーメンの具らしき物体。
それはね? トルティーヤはもともと数種類の粉を混ぜ合わせたものなんだし、小麦から作られる麺との類似性は保たれているだろうさ。でも、あえてそれを丸ごとぶち込む理由が何処にあるのか、それをまず作った張本人に聞いてみたいものだ。
「小鍛治プロ、どうぞ」
「あ、ありがとう沢村さん」
元からメイド服姿だった沢村さんが給仕役としてラーメンを運んできてくれた。
こうやって改めて完成形を目の当たりにしてみれば、どこから見ても液体に浸されてしなしなになったタコスという他はない。
ただ、京太郎君の隣で一心不乱に箸を進めている片岡さんを見る限りでは、味はそう悪くないんだろう。
……作ったのが本当に龍門渕さんなのかという疑問は残るところだが。
「片岡さん的にはこれはどうなるの? タコスなのかラーメンなのか?」
「タコスラーメンだからラーメンじゃないか? 私は名前にタコスが付いてて美味しければ何でもいいじぇ!」
「あ、そう」
なんか今の発言で、私の中にあったタコス神のグレードが一段下がった気がするなぁ。
懐が広いとも取れるだろうけれど、第一組のところであれだけ熱く語らっていた君の情熱はいったい何処へ消えていったのかと。
しかもこのタコスラーメン、実際に食べてみたら美味しかったというのがまた殊更面倒くさい部分である。
出来栄えという意味での点数はさぞ高かろう。けど、これをタコスとして認定するというのは些か納得いきかねるものがあった。
先に店内に戻って待っていると。
しばらく後、天江さんが作ったというデザートのお汁粉を食べ終わったのか、全員がぞろぞろと店内に戻ってくる。
「さて、審査員も全員無事戻ってきましたので、それでは恒例の採点に移りましょう! どうぞっ!」
満足げに札を掲げる審査員の三人。左から『9』『10』『10』でなんと第三組と並ぶ最高点をマークした。
なんだかんだ言いつつもちゃんと美味しかったし、得点そのものに不満があるわけではないものの……どうにも腑に落ちない部分が残ってしまう。
疑惑の判定に、私だけではなく周囲からもがやがやと不満の声が上がり始め――代表として手を上げたのは、審査員の一人でもある靖子ちゃんだった。
「得点は文句なしの合計29ポイントで同率一位っ! しかしここで審査員の一人、藤田プロから物言いがつきました!」
「タコスラーメン自体は文句なく美味かった。しかしだ、これを二十分で作り上げるということが実際に出来るのかどうか、そこに疑問の余地が残るわけだが」
「ふんふむ、それは確かに。そこのところをご本人に聞いてみましょう」
例の割烹着姿で観衆の前に連れて来られた龍門渕さん。なぜか誇らしげに胸を張っているが、これからどうなるかきちんと理解しているのだろうか?
「なんですの?」
「実はですね、このラーメンそのものを龍門渕さんが作っていないのではないか、とのことなんですが――」
「失礼なっ! きちんと私が作りましたわ!」
「そうですか。ちなみに、作業工程を教えていただいても?」
「ハギヨシが何処からか持ってきたスープの中に、麺と具材を掛け合わせてハギヨシが作ったタコスを入れる。ふふっ、私の手にかかれば相手が至高の料理といえど、お茶の子さいさいでしたわ」
しーんとなるフロア一帯。
「……失格っ!」
「ですよね。それは流石にダメですよ、龍門渕さん……ほぼハギヨシさんが作ってるじゃないですか。この場合だと、ラーメンのスープから中に入ってたタコスまでちゃんと自分で作らないと……」
「な――っ!? そんなルール聞いていませんわ!?」
「いやあのね透華、それってたぶん当たり前のこと過ぎてわざわざ注意事項に入れてないだけだと思うんだけど……」
「はじめっ!?」
「とーか、流石にそれは料理とは言えぬ。衣のようにきちんと自分で作ってこそ胸を張って料理だと言えるのだ」
「こ、衣まで……」
味方にまでダメ出しされて、がっくりと膝を付く龍門渕さん。
せっかくの最多タイとなる高得点が、参考記録に成り下がった瞬間だった。
不正ダメ、ゼッタイ!
なんていうか、ある意味で期待通りの結果を齎してくれた第四組を経て、ようやく小鍛治健夜の本領が発揮される時がやってきた。
「じゃ、じゃあ次は私の番だね。えっと、これが――」
「うう、もうお腹いっぱいだじぇ……けぷっ」
「私も……さすがに四つ分のタコスとカツ丼二杯にラーメン一杯はキツイ」
「すみません、小鍛治プロ。実は私も……ラーメン一杯はちょっとお腹に溜まりすぎました」
「え?」
……えっ?
――どうして私がいじけていたのか、お分かりいただけただろうか。
ここに来てまさかの審査員全員が満腹による審査拒否である。
いやいやいやいや、片岡さんはともかく他の二人は大人なんだからペース配分くらいきちんと把握しておこうよ。
特に靖子ちゃんのカツ丼二杯は完全に自業自得という他はない。だからあれほど二杯目はダメだと言っておいたのに……。
「……これ、企画ごと全部没ね」
「え……? いや、ちょっとすこやん? ここまで大々的にやっといてそれはさすがに――」
「ディレクター?」
私の問いかけに、存在感皆無だったディレクターさんはこくこくと水飲み烏もビックリの速度で首を縦に上下させる。
どうやらこちらの意見にご了承いただけたようである。
これでこの大会ぶんの映像は無事お蔵入りになるだろう。
悪は滅びるとはよく言ったものだ。この企画にかかった費用など私の知ったことではない。
「あー、師匠。そのタコス、一つもらってもいいですか?」
「……京太郎君は優しいね。でもいいよ、これは責任持って私が処分しておくから」
「いえ、そういうんじゃなくて。俺さっきも言いましたけど、レンコン料理ってほとんど食べたことないんすよね。だからちょっと興味があるっつーか……」
「……」
ちらりと京太郎君の表情を見てみる。
別段これといって代わり映えしないあたり、こーこちゃんかスタッフ連中にご機嫌取りを命じられているということはなさそうだ。
でも、なぁ。あの出来のラーメンの後に出すというのはちょっと……。
「んじゃ私も一つもーらいっと」
「あっ」
躊躇している間に残っていた二つのうちの一つをこーこちゃんが掻っ攫い、口に入れてしまった。
遠慮も何もないその行動には、流石に呆然とせざるを得ない。
「むぐむぐ……へぇ、すこやんって意外に料理上手いんだねぇ。普通に美味しいじゃん」
「むっ、意外ってのはどういうこと? 私だってそれなりにはやるよ」
「そういえば前に作ってくれたカレーも美味しかったもんねー、当然っちゃ当然か!」
「まあね――ってあれレトルトだったよね? もう、ホントにこーこちゃんはしょうがないんだから」
「じゃ最後に残ったやつは俺が食べていいっすか?」
「……いいよ。でもあんまり期待はしないでね」
お皿を差し出してあげると、京太郎君は嬉しそうに受け取ってくれた。
たったそれだけのことでささくれ立っていた心が少しだけ落ち着いてくるというのも、我ながらチョロいなと思わなくもないけれど。
龍門渕関係者と番組のスタッフさんたちが周囲で大会の撤収作業を始める中、ふと前に京太郎君と話した内容を思い出す。
料理はやっぱり食べてくれた人が美味しいって言ってくれると嬉しいものなんだよね、と。
点数上では一切評価されることの無かった私のタコスだったけど。
それを食べて「美味しい」と言ってくれた二人の顔を見ながら、そのことを再確認する私だった――。
「うう……それで、私はいつまで正座させられていればいいんですの……?」
――あっ。
清澄高校編はたぶん次話でラストになります。
次回『第06局:面談@嶺上に咲き誇る花たちの愁え』。ご期待くださいませ