すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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第04局:閑話@タコスの神はかく語りき

「ユーキ☆カタオカプレゼンツっ! ルーフトップ杯B級ご当地グルメオリジナルタコス創作グランプリ最ウマ決定戦インNAGANO!」

「無駄に長いタイトルッスね」

「はいっ、というわけでやって参りました略してB級タコス創作大会。

 解説はタコス作りの第一人者、清澄高校の雑用スペシャリストこと須賀京太郎くん、そして実況はおなじみ○○テレビアナウンサー福与恒子でお送りして参ります!」

「とりあえずその肩書き定着させようとすんの止めてもらえませんか、マジで」

 

 受け付けカウンターを乗っ取り、インターハイさながらのテンションでマイクを握るこーこちゃん。

 あれはもう止めても無駄だろうなと諦めた私は、隣に座らされている被害者……ではなくて解説役の京太郎君を、まるで売られていく子羊の群れを見るかの如く哀しげな瞳で見つめていた。

 

 

 事の始まりはつい先ほど。

 本格的な指導を前に休憩を取ろうと言うようなことをフロアに出て京太郎君と私が話していたところ、半荘を終えた片岡さんが乱入してきてタコスを作るよう命令を下したところまで遡る。

 

「いいところにいたじぇ、今からまた麻雀を打つ私のために大至急タコスを用意しろっ!」

「はぁ? いや俺染谷先輩と師匠から休憩貰ったんで、今から軽く飯でも食べようかと思ってたんだけど」

「そんなことは知らん! 京太郎、お前は私が何処の馬の骨ともわからんようなヤツらに負けてもいいというのかっ!」

「いや全員普通に知り合いだろ? っていうか皆もう卓について待ってんじゃねーか。さっさと行ってコテンパンにやられてこい、このタコスっ子」

「なにをぅ!?」

「まぁまぁ片岡さん……あ、はい京太郎君これ。ウーロン茶とカツ丼ね」

「すみません師匠。あー腹減ったぁ」

 

 本来は別の人用に注文されたカツ丼ではあったが、それこそ「そんなことは知らん!」状態である。

 あっちで涙目になっている靖子ちゃんが見えるけど、以前約束しておいたカツ丼を奢るという権限を持ち出して颯爽と奪ってみせた私はきっと悪くない。

 というかこの短時間で二杯目て。いくらなんでも食べすぎだろうよ。

 ただでさえそのカツ丼のせいでこちとら妙なイメージを方々に抱かれていて大変だというのに。困った人だとつくづく思う。

 

「う~っ! そんなカツ丼なんてどうでもいいものは放っといていいからさっさとタコスを作ってこい!」

「あ、ダメ。その科白は……」

 

 興奮して周りが見えなくなってしまった片岡さん。哀しいかな、それが特大級の地雷であることには気がついていないようだ。

 

「ほう――面白いことをのたまう小娘だな。カツ丼がどうでもいいもの、とは」

「――っ!?」

 

 ギギギ、と錆び付いた音を鳴らしつつ片岡さんが振り返る。そこには夜叉が立っていた。

 さすがマクリの女王と呼ばれるだけのことはある。追い詰められた際に放出されるその鬼気迫る迫力には、思わず半分くらいは無関係の私をして背筋に冷や汗をかくほどであった。

 できれば麻雀で戦う時にそれくらい気迫出してくれないかな、と思わなくもないけれど。

 

「小鍛治プロにカツ丼を掠め取られただけならばいざ知らず――小娘に馬鹿にされたとあってはこの藤田靖子、黙っているわけにはいかんな!」

「じ、じぇ……?」

「だいたいタコスなんて軟弱な食べ物に頼っているから貴様は弱いんだ、片岡優希」

「むっ! いくらプロとはいえタコスをバカにするのは許さないじぇ!」

「あ、怒るとこそこなんだ」

 

 普通は「貴様は弱い」って言われたところに噛み付くものだと思うけど。

 さすがは片岡さん。こーこちゃんの何気ない「将来の夢は?」という問いかけに対して「タコス神に私はなるッ!」と即座に答えた猛者だけのことはある。

 

「タコスはな、凄いんだじょ! なにが凄いって――京太郎でも簡単に作れるくらいお手軽感が凄いんだっ! カツ丼なんて手間がかかりすぎて近くの丼屋さんから出前してもらってるだけのしょせんこの雀荘からしてみたらただのお客様扱い、他所モンなんだじぇ!」

「フ……やはり分かっていないな、小娘が。この店の最大の長所、それはカツ丼が美味いことだ! それがたとえ出前であろうとも関係ない、雀荘で、麻雀を打ちながら美味いカツ丼が食べられることこそがこの店の最大のウリ。それを排除しようなどとこの店を潰すが如く鬼畜の所業だ。見ろ、まこのあの絶望感にうちひしがれている顔を!」

「あれはもやは別の原因だと思うけど……」

「ぐぬぬ……っ」

「フフン」

「あー、似たもの同士だったかぁ」

 

 バチバチと火花飛び散る熱い戦いが続く。但し本人たちだけであるが。

 とばっちりを受けた形の染谷さんが若干可哀相とは思いつつ、おそらくは猫耳様の祟りであろうと結論付けることにして。

 今の当面の問題はこの五十歩百歩コンビをどう諌めるか、ということだ。

 

「あの、これって本当に食べても良いんスか?」

「大丈夫だよ? 怖そうに見えるけど年下の子にはそれなりに優しい人だから、遠慮せずに気にしないで食べて食べて」

 

 京太郎君が心配そうな表情でこちらにお伺いを立ててきたので、食べても大丈夫であることをかいつまんで説明してあげる。

 それでも気後れしていたようだったので、あの子は食べ過ぎだからむしろ食べてあげて欲しいと言うと、納得したのか素直にカウンター席に座って食べ始めてくれた。

 素直な子は好きだなぁ、私。

 翻って、こちらの二人である。お互いに主張を一切曲げようとしないで、ひたすらガンの飛ばしあいというのは正直どうかと思うけど。

 ふと思いつきで口ずさんだこの言葉が、後にあのような惨劇を生むことになろうとは誰が予測できたであろうか?

 

「もういっそのことタコスの生地にカツ丼の具を挟んでみたらどうかな?」

 

 

 

 唐突に始まったはずの企画なのにも関わらず、自然と用意されていたマイクやら中継用のカメラやら小道具やらに番組制作スタッフの本気を見た。

 同時にもうこれはどうやっても逃げられないと痛感してしまう辺り、私も業界のルールに知らずのうちに染まってしまっているのかもしれない。

 

「ではまず出場チームの紹介です。トップバッターは清澄高校から――実はお料理得意なんです、女子力でも最強か!?一年生コンビ原村和&宮永咲!」

「咲ー、のどかー、しっかりー」

「和も自分で弁当作ってきたりしてましたから、料理は得意そうです。あと咲は普段から料理はあいつの担当なんで、普通に上手いッスよ」

 

 紹介された二人が前に出た。拍手と野次が織り交ぜになった雑音の中、二人は困惑の表情を隠さないままちらちらとこちらに視線を飛ばしてくる。

 そこで私を見ないで欲しい。不可抗力なんだから。

 

「続いて風越女子から本命と目されるこの人が登場! 機械以外はお手の物、万能キャプテンとその後継者――福路美穂子&吉留美春!」

「頑張ってくださいキャプテーン! あとついでにみはるんも」

「正直めちゃくちゃ好みッス。俺みたいな野郎どもからしたら福路さんなんてお嫁さんにしたいナンバー1じゃないッスかね」

 

 おどおどしつつも前に押し出される福路さんと、その隣に申し訳なさそうに立つ吉留さんという、巻き込まれた感がハンパない二人である。

 それと君はやっぱり大きいおっぱいの子が好きすぎるでしょ。師匠としてあとで説教しなければ。

 

「今大会のダークホースといえばこのコンビか!? 鶴賀学園――元部長は実はこの人だった! 小さい頃からの腐れ縁コンビ、蒲原智美&妹尾佳織!」

「なんで先輩と私じゃないんスかー! 担当者でてこーい!」

「妹尾さんとはなんか共通点多いんですよね。髪の色だったり初心者だったり……でも扱いの差はダントツで向こうのほうがいいという」

 

 物怖じしない笑顔で笑う蒲原さんと、その隣で所在なく佇んでいる妹尾さんという対照的な二人。料理とか出来るんだろうか?

 あと君は男の子だからね、仕方ないね。

 

「そして優勝候補筆頭とも噂される龍門渕からはあえてのこの二人! 目立つことこそ我が使命、お嬢様は果たして包丁が握れるのか――龍門渕透華&天江衣!」

「フフフ……私、いまとっても目立ってますわぁっ!」

「本職のメイドでもある国広さんたちが出場してしまうと優勝そこで決まっちゃいますからね、この人選は残念ながら当然です」

 

 相変わらずの高笑いである。そんな龍門渕さんの隣にいる天江さんは腕組みをして瞑想中。こちらも先が読めないという点では恐ろしいコンビだろう。

 沢村さんたちはああ見えて給仕の腕も一流なんだとか。本職ってスゴイ、改めてそう思った。

 

「最後に登場するのはもちろんこの人! 猫耳メイドがもはや違和感を喪失させるほど板についてきたぼくらのアラフォー、女流プロ雀士代表小鍛治健夜!」

「アラサーだよ! っていうかなんで私だけ一人なの!?」

「そこを詳しく説明すると長くなるんで、簡潔に須賀くんよろしく」

「えー、これまでに紹介した他のペアは合計年齢が30~35歳の間に納まるようになっていて、小鍛治プロに関しては年齢が年齢のため一人で高校生ペアと同等程度の人生経験があると見做されたこと。故に公平を保つ上で必要な措置だ、とのお言葉を大会委員長代理から言付かっております」

「……」

 

 たとえそれが事実だったとしても京太郎君から告げられるのは心が痛い。

 いやまぁ事実でも無いんだけどさ。

 まだまだ高校生を相手取ってダブルスコアに届くまでは地味に遠いよ……。

 

「各々のタコスを審査していただく審査員はこちらの三名。

 左から片岡優希大会名誉委員長、佐久フェレッターズ所属の藤田靖子プロ、風越女子高校麻雀部久保貴子コーチとなっております。御三方、本日はよろしくお願いします!」

「新しいタコスの開発に尽力してくれるみなの心意気に、目頭が熱くなってくるじぇ」

「やっぱここのカツ丼美味いな。まぁ適当に頑張れ」

「どうして私まで……」

「――さあっ! 本大会ルールですが、食べられないものを作らないこと。それ以外は基本的には自由っ! ちなみに食材となるのはあちら――」

 

 こーこちゃんの指差す方向をギャラリー含め全員が向く。

 飲食スペースの一角に設けられたテーブルの上には、肉から魚から野菜から調味料からフルーツ類まで、数々の食材が所狭しと並べられていた。

 一体何処から持ってきたんだ?と突っ込みを入れたくなったのはきっと私だけではなかったはずだ。

 

「これらの食材の提供は大会スポンサーでもある龍門渕グループの後継者候補、龍門渕透華さんです! 御協力ありがとうございます!」

「これくらいどうってことありませんわっ!」

「おおー、さすがこういう時金持ちはやることが違うなー」

「よっ、さすがお嬢様っ!」

「お~っほっほっほ! 当然でしてよ!」

 

 やんややんやと周囲の観客から囃し立てられ、調子に乗って高笑いする龍門渕さんという構図がいつの間にか成立している。

 基本みんな他校の生徒のはずなのに、普通に龍門渕さんの扱いが上手いというのも不思議な話である。

 

「さて、先ほど紹介させていただきました五組のペアの皆さんには、ここに用意された食材を使ってこれはウケる!と思った具のタコスを作っていただきます」

「ウケる!というのは笑い的な意味ではなくて流行る的な意味なのでお間違えないようお願いします。食べ物関係は放送局に苦情来ますんで、ほんとに」

「気になる順位の決定についてですが、審査員三名はそれぞれ得点を十点ずつ持っていて一組ずつ試食してもらい合計得点が最も高かったペアの優勝です! なお調理&試食の順番はくじ引きで決めますが、番組の構成上小鍛治プロは最後で固定になりますので御了承くださいっ」

「えっ? な、なんで?」

「オチ要因ってことかしらね?」

『あー……』

「なんでみんなしてそこで納得するの? ねぇ?」

「ペア一組につき持ち時間は二十分! ではくじ引きの後、調理スタートですっ」

 

 

 風牌を用いた厳正なる親決め……じゃない、くじ引きの結果、調理&試食の順番は次の通りになった。

 

 1.蒲原智美&妹尾佳織ペア

 2.福路美穂子&吉留美春ペア

 3.原村和&宮永咲ペア

 4.龍門渕透華&天江衣ペア

 5.小鍛治健夜

 

 調理自体は五分置きに開始時間をずらす形で各ペアが同時進行で行うことになるため、企画の時間的にはせいぜい一時間弱といったところだろうか。

 その時間の間、観客側に回ったメンバーは飲食スペースやら雀卓スペースやらで思い思いに時間を過ごすことになるが、だいたいの子は自分の所属している高校の代表ペアのやりとりを眺めているようだ。

 最初の蒲原&妹尾ペアには心配そうにしている津山さんと加治木さんが着いていたりして、ほぼ四人で作戦会議中といった様相である。あれはいいのかな?

 

「さあ第一組の調理が開始されました。解説の須賀くん、プロから見る食材選びのポイントを教えてください」

「そうッスね。まず、食材は当然新鮮さが命ですから痛みが見られていたり萎びた部分は使わないようにすることは基本です。タコスにはレタスがよく使われますけど、やっぱパリっとして瑞々しいほうが具材との絡みもあって美味いですから」

「ふーむなるほどなるほど、なるほど~。いやぁ想定していなかったくらい普通に無難なコメントから入りましたねー。さすが小鍛治プロの一番弟子なだけのことはある!」

「ほっといてください! つか俺タコス作れはしますけど別に料理のプロでもなんでもないですからね? なんで解説やらされてるのかがさっぱりわかんねーんですけど」

「フフフ、番組的には色々と有るものなのだよ、須賀くん。っとぉ、ここで鶴賀学園元部長蒲原智美に動きがありました! 彼女が最初に手にしたものはなんと――」

「あれは……ジャム、ですか? マーマレード?」

「カマボコを髣髴とさせる満面の笑みで掲げるそれは、瓶詰めのマーマレード! これには観客たちも流石にビックリだぁ!」

「……タコス作る気があるんスかね、あの人? まさかクレープと勘違いしてるとか」

「その辺りは当人にしか分からないでしょう! おおっとそして次に手に取ったのは――えっ?」

 

 思わず実況のこーこちゃんが言葉を詰まらせる。

 それはそうだろう。蒲原さんが何気なく手に取ったのは、どう見ても鯖。一匹丸々、新鮮なままの、紛うことなき鯖である。

 

「さ、鯖……?」

「鯖っすね……」

「誰だあんなの用意したヤツは!? どう考えてもこのまま行けば放送禁止一直線、苦情殺到間違いなし――ですがっ、ここでストップをかけられないのが哀しい現実!」

 

 言いたい放題のこーこちゃんを尻目に、なんと蒲原さんは鯖とマーマレードの瓶詰めを持ったまま、後を妹尾さんに任せて厨房へと向かった。

 まさか本当にあの食材で具材を作り上げるつもりなんだろうか……?

 

「解説の須賀くん、これをどう見ますか?」

「えーっと……魚介類を具にすること自体は本場でもそう珍しいことじゃないらしいんですよね。となればあのマーマレードも実は重要な味の決め手の一つになるのかもしれません」

「ほう――というと?」

「マーマレードって元はみかんとかの柑橘類でしょ。レモンとか柚子で考えたら分かりやすいかもしれませんが、柑橘類は元々魚介類と相性が悪いわけじゃないですよね。

 そのまま鯖と和えるとなるとさすがに抵抗を感じますけど、一緒に煮込んだりするぶんには……」

「なるほど~、つまりマーマレードを調味料代わりに使うと意外と相性は悪くないかもしれない、と!」

「はい。でも実際にどんなものが出来上がってくるかは流石に現段階だと分かりませんが」

 

 てことは、もし蒲原さんがそれを見越してあの食材をチョイスしたんだとしたら――見るからに大雑把っぽくて、細かい作業を必要とする料理といったものとは無縁に見える彼女だが、もしかしたら普通に料理が得意だったりするのかもしれないということだろうか。

 だが、それがまったくの見当外れでしかなくて、本当に『鯖のお刺身マーマレード和えタコス』なんかが出てくる可能性も無いわけじゃない。

 人は見かけによらないとは昔の人が言った言葉だけれど、できればそうであって欲しいものだと切に願う。片岡さんと靖子ちゃんはともかく、巻き込まれた久保さんの為にも。

 

「さて。蒲原妹尾ペアのもう一人はというと――ほほう、無難に野菜選びをしているところのようですが」

「今持っているのは玉葱ッスかね、たしかに鯖との相性も悪くはなさそうですけど……個人的には葱のほうが好きです」

「ああ、たしかに鯖の味噌煮とかだと白ネギが刻んで添えられたりしてるよね。あとは一般的なのだと生姜とか?」

「青魚の臭みを消すならやっぱ生姜ですよね――っと、福与アナ、どうも厨房で動きがあったみたいですよ」

「あ、ホントだ。では現場を呼んでみましょう。中継先の竹井さーん!」

『はいこちら現場の竹井です。先ほどから蒲原さんが鯖を三枚におろし始めたんですが……これが意外にも慣れた手つきで、そちらに話題を振る前にさくっと終わってしまいました』

「おお、てことはまさかの料理上手な人でしたか。正直ちょっと意外ですけど」

『そうね。手馴れているというか、躊躇しないっていうか。作業の工程を見てみた限りだと、おそらく普段から包丁を握ってるんじゃないかしら?』

「なるほど、これは須賀くんの予想通りの展開かな? 分かりました竹井さん、一旦こっちで受け取りますんでまたなにか動きがあったらよろしくー」

『はい、以上現場からでした。スタジオのほうにお返ししまーす』

 

 って、竹井さんギャラリーの中にいないと思ったら普通にレポーターやってるし!?

 なんでも普通以上にこなす子だな、相変わらず。大学に進学するにしてもどこかに就職するにしても、引く手数多なんじゃないだろうか?

 と感心している時にふと思う。本来であればその仕事、私がすべきだったんじゃなかったのかと。参加者側ではなくてどう考えてもそっちサイドじゃない、私?

 

「さて、そうこうしているうちに第二組の調理開始時間がやってきました! では福路美穂子&吉留美春ペア、調理開始!」

 

 実況席からの宣言を受け、立ち上がる二人。先ほどの戸惑った様子は既に見られず、周囲にいる風越女子メンバーの激励を受け、食材置き場へと向かう福路さんと吉留さん。

 前のペアとは比べ物にならないほど手馴れた手つきで食材を選定して行く様は、まるで若奥様の昼時の買い物事情を髣髴とさせるものがあった。

 悔しいが認めよう。彼女は京太郎君が理想的と言うだけのことはあって、良妻賢母という言葉がよく似合う、今時にしては珍しいほど女らしい女の子だと。

 

「さて、スタートした第二組の風越女子ペアですが、有志から部内合宿などでの料理担当は当時キャプテンだった福路さんが全体的に担っていたとの情報が入ってきております」

「さすが魑魅魍魎が跋扈すると噂される長野麻雀界においてぐう聖と呼ばれ崇められているお方。二年半後くらいに結婚してください!」

「そういうのはできれば婚期がヤバいすこやんに言ってあげてね! お、その福路さんが吉留さんに指示を飛ばして持って来させたのは――なんでしょう、鶏肉かな?」

「鶏もも肉でしょうか。オーソドックスなチョイスですね。俺が作るときも具のメインはやっぱ鶏肉なんスよ、他の肉と比べると安いしヘルシーですから」

「ほほう、たしかにイメージ的にはそうだね、基本に忠実。だけどこの大会で出すタコスとしてはそれってどうなのかなー?」

「あー、それは……そう言われたらそうでした」

 

 大会名に則るのであれば、たしかに既存のものを出すのでは意味がない。いや個人的には美味しければそれでいいじゃない、と思わなくも無いけれど。

 しかしタコス神の琴線を軽く打ち抜いてしまった私としては、もはやそれを口に出すことは許されないのである。無情だ。

 あと何気に私の弄りネタをぶっ込むのはやめなさい。京太郎君もスルースキルが高すぎる。

 そこはもうちょっと食いついてきてもいいんじゃないかな?

 

「さて、吉留さんが鶏肉と調味料の中から瓶を数本持って調理場に向かい、福路さんはそのまま食材置き場に残って何を探しているのか……須賀くん分かる?」

「あそこらへんはフルーツ類のコーナーですかね。なんでしょうか、よく見えないんスけどあの形は洋ナシっぽい?」

「洋ナシっていうと、ラ・フランス?」

「イメージ的にはやっぱそれが一番有名ですけど、洋ナシっていっても種類が結構あるらしいんですよ。

 うーん、それにしてもいまいち完成形が見えてこないな……」

 

 福路さんはその後、チーズと数種類のハーブを手に取ってから吉留さんの待つ厨房へと向かった。

 選んだ食材からすると、第一組の鶴賀ペアと比べるとインパクトに欠ける。ただ、どちらがより美味しそうかと問われれば、風越ペアのほうじゃないかとも思う。

 あの子の中では既に完成形が見えているんだろうし、食材選びだけでも手際の良さがここから見ていてもよく分かった。

 ああいった姿が男心をくすぐる要因になったりするのだろうか。勉強になるなぁ。

 

「しかし福路さんは本当に食材選びに迷いが無かったッスね。何故か応援してるだけの池田さんがドヤ顔だったのが不思議ですけど」

「そうだね、さすがは優勝候補ってところかなー」

「福与アナは料理とかなさるんですか?」

「私はあんましないかなぁ。あ、でも包丁も握れないとかそういうことは流石に無いよ?」

「そっすか。やっぱアナウンサーの人も年中忙しそうなイメージがあるんで、そのぶん外食も多そうな感じですよね」

「あははっ、まーねー。最近は何かと便利だからそれでも生きていけちゃうんだよね、一人身だと特に不自由なんて感じないし」

 

 マイクの電源をオフにした状態で京太郎君とこーこちゃんが世間話をしている姿を、遠巻きに何気なく眺めていると。そわそわと落ち着かない様子の宮永さんを連れて、私のところに原村さんがやってきた。

 そういえば、次は彼女らの番だっけか。

 

「小鍛治プロはどういった感じのものをお作りになる予定なのでしょう? もう決まっていますか?」

「うん? いちおう決まってはいるけど、どうして?」

「いえ。最後の小鍛治プロが一番不利なのは分かりきっていますので、もし方向性が重なるようであればこちらが融通を利かせようかなと思いまして」

「そういうことかぁ。でも大丈夫だよ、原村さんも宮永さんも、自分が思ったとおりに作ってくれていいんだからね」

「……はぁ、それでしたら、そうさせていただきます」

 

 番組スタッフの陰謀により最初から問答無用でオチ担当にされてしまった私に気遣いをしてくれるなんて、なんて優しい子たちだろう。

 ただ言葉の随所からナチュラルに「料理のレパートリー少ないんだろうから譲ってあげるよ」的な強者の余裕を感じてしまうのは、流石に穿ちすぎだろうか?

 直前に聞いた実況解説コンビの会話もあってか、厨房で京太郎君と話した時の内容を思い出す。

 やはりこの子たちの中でも私は料理できない人間と見做されているのか……もしそうなら軽く凹むな。

 一人で勝手になんとも言いようのない切なさを感じていると、

 

「では第三組、原村&宮永ペアは調理を開始してください!」

 

 というこーこちゃんの声が聞こえてきて、二人は一礼と共に戦場へと歩いていった。

 

 

「さてさて。ここで調理現場の竹井さんと中継が繋がっています。竹井さーん」

『はーい、こちら厨房の竹井です。第一組の蒲原妹尾ペアは既に下拵えを終えて、次の段階に取り掛かっていますね』

「部長、やっぱり鯖がメイン食材ということでいいんでしょうか?」

『見てる限りはそうみたい。妹尾さんが持ち込んだのは結局野菜だけだったし、鍋の前に立って料理してるのが蒲原さんのほうだから』

「そうッスか、ありがとうございます」

「竹井さん、第二組のほうはどんな感じですかー?」

『えー、事前に鶏肉を持ち込んでいた吉留さんが先に下拵えをしていたから第一組と比べると若干ペースが早い模様。二人の連携もスムーズだし、チームワークは流石といったところでしょうか』

「風越のほうはメインは鶏肉ってことですけど、他に変わった材料とかありました?」

『これといって特には。ああ、でも須賀君が作るタコスと違って鶏肉の切り方が一口サイズより小さめのサイコロ型になってたわよ』

「サイコロ型っすか?」

『そのほうが火が通る時間も短くて済むし、下味の付き具合もそうなのかもね。美穂子のことだから制限時間を考えて色々と工夫をしているのかもしれないわ』

「なるほど、そういうことですか」

「ふんふむ。風越女子チーム、優勝候補の一角として名に恥じない手際といったところでしょうか。ありがとうございます、一旦こちらに戻しまーす」

 

 

 既に厨房入りしている二組に関しては、そこそこ順調に進んでいるようだった。実況席の反応も概ね好評で、羨ましい限りである。

 料理が上手というのはアピールポイント高くていいよね。麻雀が強いというのを10ポイントとしたら70ポイントくらいは余裕であるはずだ。

 ……ん? あれ、ということはもしかしてここで頑張れば私に向けられている残念な評価もひっくり返るかもしれない、ということ?

 こーこちゃん、まさかそれを見越してわざとこんな大掛かりなイベントを――ってないな。まず有り得ない。

 嬉々としてマイクを握り締めるあの姿、どう考えても面白そうだから乗ったに過ぎない、という顔だ。

 

「あ、そういえばカメラが調理場に向いている間に食材選びをしていたはずの第三組は現在どうなっているのでしょうか?」

「和と咲のことですから、そう変なことにはならないだろうし特に心配はしてないんですけど……っと、まだ食材選んでる途中みたいッスね」

「どれどれ……おおう? 宮永さんは挽き肉と玉ねぎ、あとじゃがいもをいくつか抱えてて。原村さんはアレ、持ってるのって湯煎用のチョコレート?」

「そうみたいですね。材料を見るに咲は肉じゃがでも作るつもりなんでしょうけど、でもそうなると和のチョコレートがちょっと意味不明というか……」

「チョコレートは一旦置いといてさ、肉じゃがだとすると挽き肉じゃなくて普通の薄切り肉のほうを使うんじゃない? 材料的にはむしろコロッケっぽいというか」

「ああ、咲の得意料理なんスよ、肉じゃがって。基本あいつ緊張しいですからね。レパートリーの中から一番自分が信頼できるメニューを選んだんだろうってことで、肉じゃがなんじゃないかと予測しました」

「むむむ、さすがは幼なじみ。情報量がこれまでのペアとは段違いに多いね!

 さて、その宮永さんは材料を持ったまま先に調理場に向かいましたが、パートナーの原村さんは調味料のコーナーあたりでまだ何か探している様子――ただ、その手には相変わらずチョコレートが握られたままですが、その真意はいったい!?」

「あのチョコレートが肉じゃがとどう絡んでくるのか……うーん」

『わっかんねー』

 

 思わずハモる実況解説の二人。気持ちは分かるけど、二人は彼女とはほとんど顔も合わせないような関係だろうに、何故そこで咏ちゃん風なのかと。

 それにしても驚くのは原村さんの持っているチョコレート、まさしく意味不明である。

 まさか、あの二人にはあれを第一組みたいに調味料的な何かとして使う術があるのだろうか?

 もしそうならある意味で斬新な発想だとは思う――が、少なくとも私はそんなの聞いたことも無い。まだ砂糖の代わりに蜂蜜を使うとかなら分からなくはないけれども。

 京太郎君曰く料理の上手な二人が、わざわざそんなチャレンジャーなことをこの場面でするとも思えないし……いや、B級グルメ感を演出するためにわざと選んでる可能性もあるのかな。

 まさしくわっかんねー展開に一人首を捻っていると、

 

「おっとここでついにというか、注目すべき第四組の登場時間がやって参りましたっ! 龍門渕透華&天江衣ペアは調理を開始してください!」

 

 満を持してオッズで言うところの大穴コンビがやってきた。

 優勝候補と目されていたはずの龍門渕から送り込まれてきた、正真正銘生粋のお嬢様とその従姉妹という、自炊経験無いだろうに大丈夫かお前らコンビである。

 私の代わりにオチ担当を任せるに相応しいのはこの子たちじゃないかと思うんだけど。

 実際問題、初っ端に龍門渕さんの起こした行動、躊躇なく精肉コーナーへと向かいさっそうと持ち上げたものがそれを端的に示しているように思えてならなかった。

 それは横で見ている私だけではなく、実況席の二人も観客のみんなも等しく抱いた感想に違いない。

 

「……鶏がらと豚骨ッスね」

「鶏がらと豚骨だね」

 

 何故それだけ豊富な食材が揃っている中で、あえてそんな狭いところを選ぶのか。

 誰もが思っていても口に出さない状況であったが、ただ一人、勇者と思わしき人物が二人の元へと近づいて行く。

 いつの間にフロアへ戻ってきたのか、レポーターの竹井久である。

 

「龍門渕さん、第一チョイスについて一言よろしいでしょうか」

「ええ、構いませんわ。なんでしょう?」

「なぜ鶏がらと豚骨を?」

「無論、出汁を取るために決まってますわ! ハギヨシが言うにはとんこつラーメンこそが至高の料理、その中でも特に重要なのはスープだと。この二つはとてもいい出汁が出ると聞きましたの」

「……出汁?」

 

 堂々とカンニングを宣言しつつ、奇妙なことを言い出した。

 

「フフ、これ以上は企業秘密ですわ。せいぜい勉強なさることです」

「……ありがとうございました。とのことです、実況の福与アナ」

「ほほう、出汁と来ましたか」

「調理時間二十分しかないのに出汁から取るつもりなんですね、龍門渕さん。時間配分とか大丈夫なんでしょうか?」

「さあ、そこらへんは私にはなんとも……ってことで、ここでスペシャルゲストに龍門渕家執事、ハギヨシの愛称で知られる萩原さんにお越しいただきましたっ。よろしくお願いします!」

「皆様どうぞよろしくお願い致します」

 

 その言葉に振り返ってこーこちゃんたちのほうを見やると、なんと実況席に先ほどの執事さんが座っているではないですか。

 店内に居たのは龍門渕さんに飲み物を持ってきた時だけだったと記憶しているのだが、いったい誰が何処から連れてきたんだろうか。

 そして何気に実況席は現状、京太郎君、こーこちゃん、執事さん、という布陣である。さりげなく両手に花とは羨ましいなおい。

 

「さて、さっそく本題に参りましょう。ゲストの萩原さんは龍門渕さんが何をしようとしているのか、御存知なんでしょうか?」

「ええ。おそらくは――先ほどのコメントそのまま、ラーメンを作ろうとなさっておいでなのでしょう」

「……ラーメン? タコスではなく?」

「はい。以前衣様から『庶民の味、かつ作れただけで一目置かれる料理はなんだろう』との問いかけをされたことがありまして、その返答にラーメンとお答えしたのはいいのですが」

「なんとなく続きを聞くまでもない気がしてきたな……ハギヨシさん、もしかしてそれって――」

「ええ。誠に遺憾ながら、それをどこかで聞いておられた透華お嬢様が衣様のためであればと作り方をお調べになられたようでして……」

「そ、それでラーメンが作れるようになった、と?」

「いえ。これまで実際に作ったことは一度もありません」

「……」

「……」

 

 あ、これ本格的にダメなやつだ。

 そもそもこの店舗の調理場には、豚骨を一からぐつぐつ大鍋で煮るだけの環境も無ければ、それだけの時間もないはずで。

 もし本当に実行に移せば、ただ無駄に調理場に豚骨の独特な臭いが充満するだけの誰得状態になることは必至だった。染谷さん涙目すぎる。

 

「あ、まだ天江さんが――エビフライ大好きな天江さんならきっと何とかしてくれるはず!」

「その頼みの綱の天江さん、なんか小豆と砂糖の袋を山ほど抱え込んでるように見えるんだけど、気のせいかな?」

「……えっ?」

「衣様は先ほど昼食としてエビフライランチをお召し上がりになられましたので、今は既にデザートの気分なのではないかと。

 あの量なのはおそらくこちらにおられる方全員に振舞えるよう、自らの好物のお汁粉を大量に作ろうとなさっておいでなのでしょう」

「スポンサー側の二人が率先して企画意図をガン無視……だと!?」

「普段料理をほとんどしたことがないって人ほど、いざ作ろうって時に何故か本格的に一から始めちゃうっていうの、ありますよね」

 

 作るにしてもせめて出来合いの餡子を使えばいいじゃない、という京太郎君の言葉に仕込まれた裏の意をどうか察してあげてほしい。

 天江さん、執事さんの話を聞くにとても良い子だというのはその通りなんだろうけど……残念なことに、気を使う方向を盛大に間違えていた。

 

「……萩原さん、特別にヘルプにつく許可を出しますので、どうかよしなにお願いします」

「かしこまりました」

 

 言うやいなや、シュバッっと姿が掻き消えて視界から消える執事さん。なんか格好いい人だけど、忍者なのか執事なのかそろそろはっきりしてほしい。

 このままだと気になって夜しか眠れないような気がするから。

 

 

 私にお鉢が回ってくるより先に、第一組が手にタコスらしき物体を持ってフロアのほうへと戻ってきた。

 見た感じ、外見はごく普通。最初の食材チョイスで感じたヤバさは影を潜め、今となっては無難中の無難といった感じでの帰還である。

 

「さて、第四組の開始とほぼ同時に第一組が戻ってきました。今、お皿が審査員の前に置かれます」

「これ、食べていいの?」

「はい。出来立てを食べてもらったほうが審査としては都合が良いので。あっ、念のためあちらにバケツが用意してありますから、万一の時は遠慮なく!」

「そんな気遣いより先に考えるべきことがあンだろうがっ!」

 

 思わず素のツッコミを入れる久保さん。気持ちはよく分かるけど、いちおうこれ収録されて発売されちゃうんだよね。そのあたり大丈夫なのか心配になるけれど……ま、いいか。

 意を決して恐る恐るタコスを手に取る大人二人に対し、一方の片岡さんはさすがというべきか、タコスを取る手つきももう慣れたものだ。

 躊躇も何もなく皿から引っぺがし問答無用で豪快に噛り付くその姿は、まさにタコス神と云うべき神々しさに満ち溢れて……うん、ちょっとウソ言った。神々しいとかそんなわけはない。

 モグモグと咀嚼するその姿は小動物っぽくて実に可愛らしい。それはそれでちょっと卑怯だと思った。

 

「……うん、これは鯖味噌っぽい感じで普通に美味いじぇ!」

「お?」

「ほほう」

 

 その片岡さんの反応をみて、残りの二人も一口食べる。それでいいのか、大人たち。

 

「ほう、これはなかなか。生姜が入っていないわりに青魚独特の臭みというか、それも感じないし……ふむ、確かに普通に美味いな」

「そうですね。予め身が解してあって骨も取ってあるし、周囲に添えられている玉葱もきちんと味が染みていますし。丁寧な仕事ですね、これはちょっと意外でした」

「おっとこれは、食材チョイスのどよめきから一転、審査員からの評価は上々の模様!」

「蒲原さん、これはマーマレードになにか秘密があったということでしょうか?」

「まーなー。食材の臭みを消しながら甘みと渋みを出して煮る場合にはけっこう重宝するんだぞー」ワハハ

 

 いつもとほとんど変わらない表情のまま笑う蒲原さん。でもあの笑顔が笑顔に見えないのは私だけなのかな……。

 昔ぺこちゃんの人形があの笑顔を張り付かせたまま追いかけてくる夢を見たことがあるけれど、それと同等の怖さを感じる。これもワハハカーとやらの後遺症だろうか。

 

「では、審査員の皆様は第一組の点数を発表してくださいっ、どうぞ!」

 

 こーこちゃんの言葉を受けて、審査員役の三人が手に持っていた点数表示用の小道具を振り上げる。

 掲げられている点数は、左から『7』『8』『8』。合計23ポイントだった。

 この点が以降のペアの基準点になるのだろう。試食時の反応はそう悪くは無かったものの、片岡さんの点数はそれと比べると少し低いようにも感じてしまう。

 

「合計得点は23ポイントっ! 初っ端のため高いのか低いのかは正直さっぱり分かりませんが、少なくとも最低点が名誉委員長の7点の時点で今のところは高得点っぽい数字が出たといえるでしょう!」

「優希は7点の表示か。けっこう美味そうに食ってたのに、この点数ってのはどういう理由なんだ?」

「ふむ、いい質問だな京太郎。私の中でタコスとは究極の一品、そう易々と満点が取れるなんてことはありえないんだじぇ」

「ってことは名誉委員長、この点数はご自身の中ではほぼ最高点に近いということでしょうか!?」

「最高点という意味なら京太郎が作るタコスには8点を付けてやろう。この鯖味噌タコスはここで満足をせずもう一捻りぶんだけ高めていって欲しいという願いを込めて7点を付けさせてもらったじぇ」

「なるほど~、さすがは名誉委員長! 御見それしました!」

「フフン、タコス道は奥が深い。みな精進するがいいじぇ」

 

 こーこちゃんによって、なんか良いコメント風に纏められてしまったけれども。

 タコス道を本気で極めようとしている人間はきっとこの場には君くらいしかいないと思うんだ、お姉さんは。

 

「ちなみに藤田プロはなぜ8点を付けたのでしょう?」

「いやまぁ普通に美味かったし。ただそのまま鯖の味噌煮定食として食べてみたかったんで、そのぶん減点だな」

「なるほどっ、ということは鯖の味噌煮定食として出されていたら満点だったと!?」

「そうなるな」

「それもはやタコス創作大会の意味を全否定してますよね」

 

 当然のように頷く靖子ちゃんに向けて、京太郎君がすかさず突っ込みを入れる。ボケがいっぱいいたらその立ち位置の人は大変そうだな。

 靖子ちゃんも何気に真顔でボケ倒すタイプだから尚更だろうか。本来相方ポジションにいるはずの久保さんは我関せずを決め込んでるっぽいし。

 

「コーチの久保さんはいかがでしょう?」

「ん。普通に美味しかったですね。最初のあの衝撃から巻き返して無難に着地を決めたことを考えると、このくらいの点数が妥当なのではないかと」

「ふむふむ、たしかに食材チョイス時は思わず全員が死んだ鯖の目みたいになってしまったほどに衝撃的でしたからね!」

「あの強烈過ぎたインパクトの勝利といえるんですかねぇ、これは」

 

 

 最初に断っておくと、何も別にあのカオス空間(実況席)に自ら望んで飛び込んで行きたいと願っているわけではないのだけれど。

 そもそもさ、何故口論をしていた当事者の二人が審査員席に座っていて、ほぼ無関係な私が料理を作る側にいるのだろうか。おかしくない?

 理不尽を飛び越えて予めそうなるように仕込まれていたんじゃないかと疑ってしまう私は、既に心まで毒されきった汚い大人になってしまったということなのか。

 こーこちゃんによって宣言された「すこやん調理開始していいよー」という、実況担当にしてはフランクに過ぎる掛け声を聞いて、ふとそんなことを思ってしまった。




例によってまともに麻雀勝負をさせてもらえない麻雀界最強の女。CMの後、後半です。
漫画無関係なアニメオリジナルっぽいドラマCDの存在なんてそんなん考慮しとらんよ……

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