恵比寿のホームグラウンドで行われた一部と二部の選抜プロ雀士たちによるオールスター的な交流戦が終わった翌日。例によって朝っぱらから唐突にファミレスに呼び出された私は、お店に入ろうとした時点でそのまま車に拉致られた。
といっても薄い本などでよく見かけるような、犯罪めいたアブない展開などではなくて。当たり前だけど、いつもの如く主犯格は某テレビ局アナウンサーの福与恒子さんである。
「な、なんなの急に……?」
「ちょ~っと収録に付き合ってもらいたくて来てもらっちゃった。えへ」
「可愛い子ぶったところでやってることは普通に犯罪だよ!?」
「まーまー、すこやんと私の仲じゃない。細かいことは気にしないで」
「親しき仲にも礼儀ありって大きな声で三回くらい声に出して言ってみたらいいと思う、こーこちゃんは」
一昔前のバラエティ番組に借り出されていた若手芸人じゃないんだから、こんなことで身の危険を感じるのは正直勘弁して欲しい。
「……で、今日はなんなの? またあの企画?」
「おしいなー。ちょっと正解で、ちょっと不正解です」
「わけがわからないよ……」
「今はとにかくついてきてくれたらいいよ。そのうちイヤでも分かるから」
「その時点でもう不安しかないんだけど」
ボックスタイプの車の後部座席部分に積まれている機材は取材用のものだろうし、何かの企画であることは間違いない。とはいえ、毎回こんなやり方で連れまわされるのはさすがに番組スタッフに苦情を入れても許されるはずだ。
何をやっても許される女、小鍛治健夜。なんて認識をしているならそろそろスタッフ諸共直々に麻雀で楽しませてあげる必要も出てくるだろう。
「とりあえず目的地だけは教えてよ。いちおう心の準備とかあるんだからね」
「しょうがないなぁすこやくんは」
どこぞのネコ型ロボットみたいな科白を吐きつつ、今時分外国人さんでも滅多にやらないだろう、肩を竦めて両手のひらを上に向ける呆れましたのポーズを取るこーこちゃん。
いい加減グーで殴っても許される気がしてきた。こんなでもいちおうアナウンサーだし、発覚しないようにリバーを狙うのが妥当か。
「じゃーん! 本日向かう場所はこちら! 長野県某所にあるメイド喫茶ならぬメイド雀荘です!」
「……ん?」
あれ、今なんて言った? メイド……雀荘?
こーこちゃんの手によって誇らしげに掲げられたフリップに映りこんでいる写真には、たしかに雀荘っぽい店内の様子が納められている。
それは分かる。分かるけどさ。
最近は都内でもネコ喫茶やら添い寝カフェやら色物全開なお店もやたら多いみたいだけど、個人的にはそんな斬新なカテゴリーの雀荘なんて見たことも聞いたこともない。
やっぱりその名の通り、店側の打ち子がみんなメイドの格好をしているんだろうか。それとも負けたお客さんが全員メイドの格好をさせられるとか? いやいや、さすがにそれはないか。
あと気懸りなのは所在地だ。長野県といってまず思い浮かぶのは先日訪れた清澄高校である。
……はて。清澄で雀荘といえばなにかを忘れているような気がするけど、なんだったかな?
「ふふふ、まあ期待しててよ。すこやんにとってもそう悪いことにはならないはずだからね」
「――?」
口の端を吊り上げてニヤリと笑うその表情、信用はまるでできそうにないけれども。
既に身柄を拘束されたまま高速道路をひた走る車の中にいたのでは、流れに身を任せる以外のことは何もできそうになかった。
お洒落な筆記体っぽいフォントの横文字で『Roof-Top』と書かれた看板と。その隣には、モダンな佇まいの洋風なお店。
なるほど。建物自体はけっこうな年代モノではあるけれど、普通の雀荘と比べると幾分か若者向けに作られたように見えなくも無い。
「さて、んじゃ突撃開始~っ!」
遠慮のえの字も知らないようなハイテンションで扉を開けて中に入る福与嬢。
それとは真逆のローテンションのまま、後に続いて中に入る私。
カウベルが頭上で鳴り響いているのを聞きながら溜め息を吐いて、店内に入ると同時に伏せていた視線を上げて正面を向く。
そこに、メイドさんが待っていた。
「お帰りなさいませー、お嬢サマ」
「……うん?」
それは紛うことなきメイドさんである。にぱっと笑った口元から覗く八重歯がキュートな、とても可愛らしいメイドさんである。
ただそれは、似合っているか否かで言えば似合っているが、明らかに状況からは浮いていた。
なんというか、咏ちゃんもびっくりするくらいのロリっ気全開でメイドとしてはやや幼すぎ、事実を知らなければ労働基準法はどうしたと思わず店主に突っ込みを入れてしまうレベルだった。
「ていうか、片岡さんだよね?」
「うむ、そうだじぇ!」
「なにやってるのこんなところで? もしかして部活で負けた罰ゲームで武者修行も兼ねてバイトしてるとか?」
「じょ!? ち、違……染谷先輩に頼まれたから仕方なく、そう仕方なくだじぇ」
うん。否定するならまず視線を逸らさないようにしないとね。
「でもそっか。ということはここって……」
「お二方ともよう来んさったの。いちおうわしがこの店の店長をやらせてもろうとる染谷まこじゃ。今日は店を手伝ってもらえるゆうことらしいんで、よろしゅう頼んます」
「やっぱり染谷さんのご実家だったんだね」
車で連行されている間に思い出した情報と照らし合わせれば、向かう先が染谷さんの実家なんじゃないかということは推察できていた。
染谷さん、清澄の中だとわりと常識人なほうだと勝手に思っていたけれど、このメイド雀荘の創始者というのであれば、喋り方だけじゃなくて意外とセンスもぶっ飛んでいるのか。
あと、いま彼女の挨拶の中にもさらっと問題発言があったような……。
おそらく彼女に言っても仕方のないことだと思うからあえてここでは聞き返したりしないでおくけれど。
だがこーこちゃん、お前はダメだ。
「こーこちゃん……福与アナ、ちょっとこっち」
「うん? どったのすこやん、なんか表情が硬いけど」
「今衝撃の事実が染谷さんの口から明かされたんだけどね?」
「ほう」
「……お店のお手伝いをするって、どういうことかな?」
「――あ、なんだそっちね」
「そっちってどっち!? もしかしてまだ他にも何か隠してることがあるの!?」
「えへへ」
「えへへじゃなくてさぁー! もー! こーこちゃんはもーっ!」
「うわぁ、駄々こねるすこやんかわいい」
「止めて……本気でダメージが来るから……主に胃に」
がっくりと項垂れる私。
もはや彼女のまるで悪びれないその姿勢には、ある種の尊敬すら感じさせるものがある。けっして見習いたくはないけどね。
「いちおう今回の企画の説明をしておくとだね――第一回、小鍛治プロがメイド姿で一日雀荘のアルバイトを体験するコーナー! いえーい!」
『わー』
ぱちぱちと手を叩く清澄高校麻雀部の皆様。二人しかいないから音量足りてないけど大丈夫だろうか?
「ちょっと待って。そもそもこの企画ってどういう経緯で採用されたの?」
「久ちゃんから話があって、面白そうだから私が採用しました!」
「やっぱり竹井さんはこーこちゃんと組ませちゃダメな人だった!?」
「実際あの取材の時に原村さんと染谷さん泣かせたのは事実だからね! お詫びも兼ねてこれくらいやってもバチは当たらないと思うんだけどなー」
「ぐぬぬ……」
それを言われてしまったら私としてはもう口を噤むしかない。
まさかこんな形で意趣返しされようとは……。
「あと、ブルーレイとかで発売する時の特典映像用になにか欲しかったっていうのもあるんだよね。だからちょうどよかったんだー」
「最初からそっちの理由で押し通してくれたほうがまだ精神的に楽だったよ……」
「ま、そういうわけだから! それじゃ二人とも、や~っておしまい!」
『らじゃー!』
「いや、ちょ、待――」
待って、と言われて素直に待ってくれるような善人が、あんな小悪魔みたいな笑みでじりじりとにじり寄ってきたりはしないわけで。
そんなこんなで、猫耳メイド小鍛治健夜(27)、爆誕の瞬間である。
メイド服自体は片岡さんや染谷さんが着ているものと同じで、足元まで有るロングスカートの上にフリルの白いエプロン着用といった感じのオーソドックスなタイプ。ただ――。
「――ってなんで猫耳付いてるの! 明らかにこの部分だけおかしいよね!?」
「ふぅ、我ながら良い仕事だじぇ。あのとき用意しておいたのを取っといて正解だったな」
「眼鏡も付けた方がようないか? 小鍛治プロは童顔じゃけぇ、こう鼻にちょこんと掛けるタイプのがよう似合いそうじゃけど」
「猫耳眼鏡メイドか……さすがに要素詰め込みすぎじゃないかなー」
「じゃがそれがええゆうヤツもおるじゃろうしなぁ……ほいじゃあ福与アナは別の意見なんかありますか?」
「そうだねぇ。せっかくだからほっぺにヒゲでも書いてみるとか?」
「ふむ、それもアリか」
「それもアリか、じゃなくて! も、もう普通で良いんじゃないかな? ほら、何事も普通が一番っていうし、ね?」
「染谷先輩、とりあえずこれで行ってみようじぇ。お客ウケがいまいちっぽかったら眼鏡もヒゲも付け足せばいいんじゃないか?」
「そうじゃの、そうするか」
「あの、私の意見はまるっと無視ですか……一番まっとうな意見を出してると思うんだけど、ねえ?」
「いやいやすこやん、よく考えな? これは逆にチャンスだよ?」
「逆にって、何に対して逆なのかよく分からない……あと一応聞いてみるけど、なんのチャンス?」
「それはもちろん、小鍛治健夜が猫耳スク水改め猫耳メイドの似合うプロ雀士ナンバーワンであることを広く世に知らしめるための――」
「そんなチャンスたとえ見逃し三振でも誰も文句言わないと思うよ」
「ほいじゃまずはお客が入ってきた時の声かけからじゃな。相手が男性じゃったら『お帰りなさいませ、旦那様』で女性じゃったら『お嬢様』いう感じで使い分けるのが基本じゃ」
やってみろ、と視線で促される。うう、なんか恥ずかしいんだけど……。
「お、お帰りなさいま――」
「目つきが悪い! 小鍛治プロ、あんたぁ客商売なめとるんじゃないじゃろうのぅ? ジト目で主人迎え入れるメイドが何処の世界におる思うとるんじゃ?」
「ひぃ!? ご、ごめんなさい」
「優希、先輩として見本見せちゃれ。小鍛治プロはその後に続いてやってみんさい」
「了解だじぇ! お帰りなさいませ、旦那様っ」キャピッ
「お帰りなさいませ、旦那様っ」グギッ
「……」
「……」
「……ま、ええか。ほんで次じゃが――」
「何とか言ってよ!?」
逆に居た堪れなくなるから無言はやめて!
「――メインは接客、注文取って運ぶのが主な仕事じゃな。料理は裏で別の担当がおるし、手の込んだものは出前じゃし。あとあっちの卓で打ちたい言う客がおるんで、面子が足りん時はそっちの打ち子に入ってもらうことになるくらいか」
「染谷先輩、それは大丈夫なのか? むろん客の精神的な意味で」
「……まぁ、常連連中ならコテンパンに伸されてもある程度は大丈夫じゃろ。それに今日は打ちに来る客も予約が入っとるようなもんじゃし、あいつらぁそんなヤワな精神しとらんじゃろ」
「それもそっか。でも、うー……私もあの時負けてなかったらあっち側だったはずなのに……どうしてこうなったんだじぇ?」
「なんもかんも麻雀で勝てんかった自分が悪いっちゅーことで今日は諦めて仕事しとれ」
「世の中は理不尽だじぇ……」
「会話の内容は何のことだか分からないけど、最後の片岡さんの科白には心から同意するよ……」
「心配せんでも小鍛治プロに関しては失敗するんも織り込み済みじゃけぇ、気張らずやってくれりゃあそれでええんで、そがぁに心配しなさんな」
「うう、ガンバリマス」
「さ、一通り説明も終えたことじゃし、仕事はじめるぞ!」
「おー!」
「お、おー」
まさかここにきて一回り近く年下の女の子と一緒にメイド服を着て働くことになろうとは……しかも事前の打ち合わせで了承したとはいえ染谷さんのタメ口というか、独特な言葉遣いが地味に怖いし。
なにはともあれ、プロ雀士小鍛治健夜、生誕二十数年目にして最大の試練の到来である。
仕事を始めてから約五分。最初の客がやってきた。
――カランコロン、カラン。
カウベルが鳴り、扉を潜って三人連れの女子高生が入ってくる。
もはや番組側の仕込みだろうと疑う余地は無い、そのいずれも数週間前に見たばかりのよく見知った人物であった。
「お、お帰りなさいませ、お嬢様方」
言いながら一礼して、お客様へと向き直る。
緊張のせいかちょっと出だしでつっかえてしまったものの、新人だし、店長も睨んでこないし、その程度は許容範囲だろうと思われた……が。
先頭に立っていた女子生徒A――即ち竹井さんはニヤニヤと笑い、その右後ろに控える生徒Bこと宮永さんは苦笑、左後ろの生徒Cつまり原村さんは明らかに不満げな表情を見せている。
あの原村さんの目は間違いない。そんなことで一流のメイドになれると思っているのか、とベテランの域に達した先輩がダメな後輩に問いかける類のものである。
今のところなる予定はありませんが、と返せたらどれだけ楽になれるだろうか? やく……もとい、個性的な言葉遣いの店長が恐ろしいのでやらないけど。
「ふふっ、ありがとう。それじゃテーブルに案内してもらえるかしら?」
「かしこまりました。ではこちらへ――」
代表として一歩前に出た竹井さんは、実に堂々たるお嬢様っぷりを見せていた。
しかし竹井さん、イメージがまるで佐々木助三郎と渥美格之進をお供にお忍びで訪れた水戸光圀、というお嬢様とはどこまでもかけ離れたものでしかないのはなんでだろう。
風格というか威厳があるのは確かだけど、ありすぎるのも考えものである。
一番奥の窓際の席まで案内している間にそんなことを考えていたのだが、ふと思う。それならうっかり八兵衛枠に置かれていそうな須賀君はいったいどこにいるのだろう?
一緒に来ていない、ということは一人だけこの企画からハブられていたりするんだろうか。
それはよくない。イジメかっこ悪い。お姉さんは断固許しませんよ!?
「――こちらでお願いします」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「す、すみません」
三者三様に労いの言葉を返して、竹井さんが一人で右側、宮永さん原村さんの一年生コンビが左側に座る。ボディのバランス的には原村さんが一人で座ったほうがスペースの効率が良いような気がするけど、指摘すれば方々から怒られることは間違いないので言わないことにした。
「ところでお嬢様、お連れはこちらの方々だけでよろしいのでしょうか?」
「うん? いきなり何……ああ、そういうことか。そうね、今日はここにいる三人だけだけど、それがどうかした?」
「い、いえ、失礼しました。ではこちらがメニューになります」
クスクスと怪しげに笑う竹井さんの眼光がキラリと光る。本当、こういったところはつくづくこーこちゃんとそっくりなんだから。
油断も隙もありゃしない。
「じゃ、私はアールグレイをストレートで。咲と和はなんにする? 今日は私が奢っちゃうわよ」
「本当ですか? では私はアッサム茶葉のロイヤルミルクティーにしましょうか。咲さんはどうします?」
「うーんと、私は――アイスココアかな。あと、タコスも一つお願いします」
「……タコス?」
タコスといえば、思い出されるのは先日の撮影時。
タコス神たる片岡さんが思わず熱くなりすぎてしまったが故に延々とタコスの素晴らしさについて語り続けてしまい、結果放送ではバッサリその部分をカットされてしまうという悲劇を生み出してしまった、忌まわしきあのタコス?
しかも、ココアのお茶請けに選んだのがタコスとな……?
メイド雀荘のことといい、この熱いタコス推しの姿勢といい、長野のトレンドは進んでいるのかいないのか、いまいち判断に困る。
「常連さんしか知らない隠しメニューであるのよね、お手製タコス。あ、じゃあ私もタコス追加で。和も食べるでしょ?」
「はい、じゃあ私もそれお願いします……あの、小鍛治プロ? どうかなさいましたか?」
「――ハッ! か、かしこまりました。タコス三つ、しばらくお待ちください」
一礼して、席を辞する。
受付のカウンターに戻り、注文を書いた伝票を店長の染谷さんに手渡すと。
「思ったより普通に対応できるんで、正直意外じゃったが。今の調子でやってくれりゃあこちらとしては何の文句もありゃせんわ」
と感心した風に真顔で言われてしまった。
ふふん、と得意げに胸を張るのもおかしな話だが、これでもファミレス通い暦は長いほうだ。たとえ現実に働いたことはなくても、働いている人を見る機会はたくさんあるのだから、これくらいは普通にこなせるのが大人の嗜みというものであろう。
「あとドリンク類はわしがやるんで、調理用の厨房で待機しとるもう一人のバイトにタコスの注文が入った言うてきてもらえるかの?」
「厨房? あっち?」
「ん、そういえばそれを説明しとらんかったか。ほれ、そこのカウンターの奥に入り口があるじゃろ?」
「そっちか。わかりました」
店長の座っているスペースの横をすり抜けて厨房へ向かう途中、
「なるべく早く戻ってくるようにな」
という染谷さんの含み笑いを込めた声が聞こえて、首を傾げる私がいた。
「すみませーん、タコスの注文が三つ入――り……」
ピシリ。
本来は出るはずの無いもののはずだが、この時は明確な音を伴って私の表情は凍りついた。
「ああ、小鍛治プ――ロ……?」
振り返りこっちを見て名前を呼ぼうとした彼もまた、同じような音を出しながら停止する。その視線はただ一点、頭上でぴこぴこ揺れている猫耳へと注がれていた。
お互いに動きを止めたまま、どれくらい時間が経過しただろうか。思わず回れ右して厨房から逃げ出そうとする私の背中越しに、動き出した須賀君が慌てて呼び止めてきた。
「ちょ、注文ですよね!? ええと、タコスが三つでいいんですか?」
「あぅ、う、うん。注文はそれでお願い……あと、その、これはね? 違うんだよ、けっして私個人の趣味とかじゃないっていうか、そもそもメイドも違くて……」
何気に手触りの良い黒猫仕様の猫耳を手で弄くりながら、必死の弁明を試みる。
あまりに動転して自分でも意味の分からないことになってはいるけれど……ただ、清澄高校の中では私を敬ってくれている側であろう須賀君にまで「このプロキツい」なんて言われてしまったら、もう立ち直れる気がしないのだから仕方が無い。
「最初はちょっと驚きましたけど、よく似合ってますよ。っていうのはこの場合褒め言葉になるのかちょっと微妙な感じかもしれませんけど」
「うあ……そ、そうかな?」
「はい。小鍛治プロはなんていうか、元が可愛い系ッスからね。それにメイド服もばっちり決まっててすげぇ似合ってます」
「そ、そっか。うん、そっか。ありがとう須賀君。君もその執事服?よく似合ってるよ」
「ありがとうございます。素直にそう言って褒めてくれるのなんて小鍛治プロだけッスよ。うちの連中なんてもうね……」
へへへ、褒められてしまった。
こーこちゃん辺りには単純だねぇなんて呆れられるかもしれないが、それはそれで受け入れられてしまえるほど今の私は有頂天。
たとえ相手が一回り(略)の男の子でも、慕ってくれている相手に褒められてうれしくない女なんているだろうか? いや、いない(断言)。
私が一人で脳内をとろけさせている間に、須賀君はというと、慣れ親しんだ手つきで見ているこちらが惚れ惚れするほど手際よくタコスを作りあげていく。
あらかじめクレープの生地っぽい部分(トルティーヤだっけ?)が用意してあったとはいえ、たいそうな早業である。
「へぇ、器用だね。須賀君、料理得意なんだ?」
「料理っつーか、タコスが何とか作れる程度って感じですよ。優希いるでしょ? アイツこれがないと麻雀打つとき困るんで……あ、そうそう。聞いてくださいよ。全国大会で東京に行った時にも――」
言いながらも手は休まず動き続けるところが職人さんっぽい。
私はもちろん、彼の話にきちんと相槌を打ちながらも視線はずっとその手さばきを見つめていたりするのだが。
「――ってな感じで、タコスを売ってる場所を探すのも一苦労だったんスよ」
「まぁ、そうだよね。クレープ屋さんなんかはたまに移動販売っていうの?車で焼いてるやつを見かけるけど、普通タコスはメニューにないだろうし」
「そうなんですよねぇ。それでまぁ、ちょうど作り方を知ってた人が近くにいたんで、それならもう自分で作ったほうが早いかな、と。それから色々と教わって、作り始めたのがきっかけですかね」
「ということは、やっぱりタコス作りが上達したのも片岡さんのためだった?」
「あー、まぁ……そこまで突き詰めてるわけでもないんですけど、料理ってやっぱ食べてくれる人が美味いって言ってくれると嬉しいじゃないですか? その意味で優希は思ったことを素直に口に出して言ってくれるんで作りがいはありましたよ。それで調子に乗ってるうちに作り慣れたってことはあるかもしれません」
「ふぅん、そういうものなんだ」
「小鍛治プロは料理とかしないんですか?」
「私? いちおう一通り出来ることはできるけど……あんまり得意じゃないんだよね」
私もかつては東京で一人暮らしをしていた身であるからには、決して料理が作れないわけではない。
ないんだけど……哀しいかな、自分以外の誰かのために作る機会が皆無に等しかったこともあり、自分が自分好みの味付けで食べられるならそれで良しという感じで作る癖がついてしまった。
結果、いざ他者に振舞うことを前提とした料理を作ることになったとしても、味付けの面で美味しいと言ってもらえる自信がまったくないのである。
こーこちゃんくらい気心の知れた相手ならまだしも、男の人――特にちょっと気になる相手に食べてもらうのは、そんな理由から地味に抵抗があるのだった。
それに実家に戻ってからというもの、食事は基本三食ともお母さんが担当してくれている。そんな恵まれた環境にいるのだから、ついつい足がキッチンから遠ざかってしまうのも致し方ないことだといえるだろう。
決してこれはずぼらな自分に対しての言い訳などではなく。
純然たる事実としてそこにあるれっきとした現実なのである。(キリッ
「須賀君から見て、やっぱり私って料理とか出来なさそうに見える?」
「うーん……正直に言うと、あんまりしなさそうに見えます」
「う……こーこちゃんといい、やっぱそう見えるんだ。なんだろう、見た目がそんな感じなのかなぁ」
以前仕事終わりにこーこちゃんの部屋にお泊りさせてもらいに行った時のこともあってか、実は気になっていたりする私である。
一晩泊めてもらうせめてものお礼にと手料理を御馳走しようとしていた私を見た時に浮かべた、まるでそこに珍獣でも見つけたかのような彼女の表情たるや……いま思い出しても切ない気分にさせられる程。
もはや私には何処へ行ってもそういうイメージが付いて回ることになるのだろうか、と不安を感じるのも事実だ。
女子力を犠牲にして雀力に努力値全振りした結果がこれだよ!
――そんなレッテル張られるのはさすがに嫌過ぎるし、なんとか何とかならないものかしら。
「といっても仕事が忙しそうで時間が取れなさそうっていうか、そっちのイメージでですよ? なんか麻雀プロの人って家で食べるより外食が多い印象があるんですが、なんなんでしょうねあれ?」
「……んん? それってまさか、靖子ちゃ――藤田プロがいつもカツ丼ばっかり食べてるせいなんじゃ……」
「あー、藤田プロのイメージ……なるほど。それでか」
「……」
今度彼女に会ったらそれとなく注意しておこうと強く胸に誓う私だった。
「っと、タコス三つ出来ました。持って行ってもらえますか?」
そうこうしているうちに料理が完成していたらしい。見れば盛り皿の上にはタコスが三つ、綺麗に整えられた状態で並べられていた。
「うん、りょーかい。須賀君は今日はずっと厨房でバイトなの?」
「染谷先輩が言うにはそうらしいッスね。今日はちょっと忙しくなりそうなんでって言われて、バイト料に色もつけてもらえるそうなんで特に不満はないッスけど」
「そうなんだ。私の場合は収録でほとんど無理やりだったけど、こういう機会もたまにはいいかなってちょっと思ったよ。お互いに頑張ろうね」
「はい、慣れないことで大変かもしれませんけど、小鍛治プロも頑張ってください」
「ありがとう」
ここにきて初じゃないだろうかと思われる、とても感じの良い好青年から贈られる笑顔の激励に、荒んだ心が洗われるような思いを抱く。
砂漠に湧いたオアシスが齎す命の恵み、とはまさにこういうことを言うのだろう。
あれだけ憂鬱だったはずの気分が一転してルンルン気分でフロアへの帰還である。染谷さんあたりは呆れ顔だけど、もう何も怖くない!
「飲み物はこれを。で、注文受けた分は全部揃うたか。ほいじゃあ配膳のほうもよろしく」
「はーい」
愛想三倍増しでお届けしております、小鍛治健夜です。
妙なテンションのまま件の三人に注文の品を持って行ったは良いけれど……竹井さんの鼻で笑う姿に若干イラっときてしまった。メイドとしては失格だ。反省しなければ。
「――お待たせいたしました」
「ありがとう」
「どうも」
「すみません、ありがとうございます」
そしてこの対応の違いである。
竹井さんは完全にお嬢様気分を満喫し、原村さんはなんか先輩メイドの気分そのまま、唯一宮永さんだけがお客様っぽい反応をかえしてきた。
何処までが仕込みで、何処からがこの子たちの素なんだろうか?
竹井さんは徹頭徹尾素の自分だろうと思う。間違いない。
早く麻雀打たないかな、今なら指名がなくても混ざってあげちゃうのに。
と、心の中で物騒なことを考えていた矢先、入り口で来客を告げるベルの音が鳴り響いた。
片岡さんの手が空いているはずだからそっちは任せようかな、と思っていたのが間違いの始まりで。
そのタコス娘はというと、厨房から掻っ攫ってきたと思わしきタコスを片手に常連と思わしきおじさんたちの卓に紛れて麻雀を打っているではないか。
ずるい。私もそっちがいいのに!
――なんて言葉は届かない。どうやら今回のお客も私の担当になりそうである。
急いで入り口へと向かう、だけどエプロンドレスの襟元が翻らないよう、かつスカートのプリーツは乱さないように。ゆっくりと歩くのがここでの嗜み。
……このエプロンドレスにはプリーツなんてないけどね。
ともあれ、少し待たせてしまったことは減点対象になりそうな予感がする。ちらりと視線を向けて見れば、案の定、店長の眉は眉間に皺が寄り気味のハの時になっていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
「こ、こんにちは」
「うぉ……まさかホントに小鍛治プロが働いてるなんて思ってもみなかったし」
「ちょ、華菜ちゃん」
「は、はじめまして! 本日は御指導よろしくお願いします!」
「落ち着いて、文堂さん。小鍛治プロはいま店員さんなんだから、御指導お願いしますはおかしいわ」
がやがやと。賑やかな団体の最後に入ってきた子には見覚えがあった。
涼やかな髪の色と常に瞑っている右目、そしてあの男の子が好きそうな絶妙に整った体型。間違いなくそれは、風越女子の元キャプテン、全国大会個人戦第六位の福路美穂子その人だろう。
そういえば他の面々も、直接会うのは初めてだけど試合の録画で見たことがある。
特にこの、私以上に猫耳が似合いそうな黒髪ボブカットの子。なんとなく涙目だったり絶望感に染まった表情だったり、可哀相なイメージしか沸いてこない顔だけれども。
――風越女子。今夏の団体戦レギュラーが全員揃ってやって来たことになるが、もしかしてこれも演出の一部だったりするのだろうか。
どちらにしろ今の私に彼女らを案内しないという選択肢はないのだが……一体何を企んでいるのやら。
「どうぞこちらへ、お席にご案内いたしますので」
「はい、お願いします」
そう言って最初に一歩前に出たのは、最後尾にいた福路さんだ。
たしか風越は秋の新人戦に向けて早めの世代交代をして、眼鏡を掛けている小柄の女の子――吉留美春さんがキャプテンを引き継いでいると聞いている。それでもこの団体で行動する時の代表は、今までどおり最年長の福路さんが勤めるようだ。
私が所属していた土浦女子はどちらかというと名門校というわけではなかったので、序列とかあまり気にしたことはなかったけれど。上下関係が厳しいと聞く名門校においては、違うのだろうか。
これはあくまで想像でしかないものの、そのほうが規律が取りやすいとか色々とあるのかもしれない。
その辺りのことも聞いてはみたいが、明らかに緊張を隠しきれていない面々(一部を除く)を前にして不用意なネタ振りは地雷を踏むことになりかねない。残念だが止めておこう。
店内の飲食スペースには窓際に四人がけのボックス席が六席、通路を挟んで反対側のカウンターには椅子が都合六席分用意されている。
これを広いと取るか狭いと取るかは個人の判断にお任せするが、店舗の約半分を飲食スペースに割いているというのは雀荘としてはやはり異端なように思えてしまう。
現在その飲食スペースの隅一角に清澄の例の三人が居座っており、仮にも同県のライバル校同士、ここは大人の気遣いを見せて席は離しておいた方が良いかな?と密かに悩んでいると。
「やっほー美穂子、やっぱり来たんだ?」
いかにもお友達にそうするように、こちらに気付いた竹井さんが小さく手を振った。
お互い知り合い同士なのは別に不思議なことでもなんでもないものの、やたらと気さくというか、フレンドリーな感じである。竹井さんと福路さんは仲が良いのだろうか?
成り行きを見守っていると、それを裏付けるように風越側の代表たる福路さんを先頭に、全員揃ってわざわざ清澄のほうへと近づいていった。
「上――竹井さん、原村さんと宮永さんも、こんにちは。ええ、せっかくお声がかかったんだし、こういう機会は活かさなくちゃと思って全員で押しかけてみたわ」
「どうも、皆さん。お騒がせしてすみません」
「こんにちは深堀さん。それと吉留さん、キャプテン就任おめでとうございます」
「あ、うん。ありがとう原村さん。今でも私なんかでよかったのかな、ってちょっと思ってるけど」
「大丈夫ですよ、吉留さんなら。それに、何かあったとしても深堀さんもいらっしゃいますし、池田さんも……一応、いらっしゃいますから」
「あはは……ああ見えて華菜ちゃん、面倒見が良くて頼りになるんだよ。うちのムードメーカーだし」
「ん? みはるんあたしのこと呼んだ?」
「んーん、なんでもない」
「そう? って、おー宮永じゃん、この前はありがとなー。おかげでカナちゃん助かったし。今度何か奢ってやろう」
「池田さん、こんにちは。いえ、お役に立てたなら私は別に」
「……」
「あの、文堂さん? いつも以上に細目になってますけど、大丈夫ですか?」
「だ」
『……だ?』
「ダメそうでふ……」
いきなりぐにゃりと倒れこみそうになったところを、大柄の子ががっちりと受け止める。たしか深堀さんといったか。
しかし細目の子は食あたりでも起こしたのだろうか? いやまだ何も食べてないんだしそんなワケないだろう。だとすると、貧血? あの日……いや、これ以上の予想はよそう。
「文堂さん、大丈夫ですか!?」
「ああ、原村も気にしなくていいよ。文堂は小鍛治プロと対面して緊張しすぎてアレなだけだし。寝てたらそのうち治るって」
「は、はぁ」
「え? その子が倒れたのって私のせいなの?」
「あの、文堂さんは小鍛治プロの大ファンなんです。だから、ちょっと緊張しすぎて倒れちゃったというか……その、ですから小鍛治プロのせいではないのであまり気になさらないでください」
「う、うん。それならいいけど……」
「ってことですーみん、文堂はここに押し込めてしまってカナちゃんたちもさっさと座るし」
「了解」
てきぱきと場を仕切りつつ、席を埋めていく五人の女子高生たち。
福路さんが右側奥へ、続いて大きめの子(深堀さん)がその隣。反対側の窓際部分に伸びている細目の子(分堂さん)が押し込められ、真ん中に猫っぽい子(池田さん)、端っこに眼鏡の子(吉留さん)。見ているこちらが大丈夫かと不安になるくらいのすし詰め状態で四人がけの席に五人が座った。
どうやら彼女たちの間には、二席に分かれて座るという発想は無いらしい。
今はわりと空席だらけなので遠慮しているというわけでもないのだろうし、これが風越女子のデフォルトなのだろうか。仲が良いにも程がある。
あと、何の躊躇もせずにそのまま清澄高校メンバーの隣の席を占拠したその行動についても俄かには信じられないものがあった。
私の場合、全国大会で出会った別県の代表選手と仲良くなることはあっても、同県のライバル校とこんな風に交流するようなことは一切無かったと記憶している。
中学が同じで高校が別になった元同級生、という子は個人個人で仲良くやっていたようだけど、それはあくまで個人の繋がりでしかなくて。
……私個人がコミュニケーション下手というのも否定しきれない現実として存在するとはいえ、むしろ恐怖や敵意を向けられる事のほうが多かったような覚えがある。
団体・個人と連覇続きの学校にあまり良い気がしないのも当然なんだろうな、と当時の私は勝手に解釈をしていたわけだけど。
もしかして他県ではこれくらいフランクなのが普通なんだろうか……?
「すみませんでした、小鍛治プロ。お騒がせしてしまって」
「ううん、全然大丈夫。えと、メニューはこちらになりますが、御注文はいかがいたしましょうか?」
「ありがとうございます」
まず差し出したメニューを受け取ったのは福路さんだった。だが彼女は後輩達に先に選ばせようとメニューを逆向きにして中央に置き、手を引っ込めてしまう。後輩に先を譲るという、先輩の鏡のような人柄である。
しかし、それを見た池田さんと吉留さんが慌てて逆向きにひっくり返し、まずは福路さんから決めて欲しいと意思表示をした。後輩側からすれば当然か。
それを受けて彼女は困ったような表情で深堀さんに視線を向けるも、彼女も同級生二人と同じ意見だったようで黙って首を横に振る。渋い役どころである。
結果、諦めてメニューを最後に手に取ったのもやはり福路さんであった。コントでもやっているのか君ら。
「飲み物の種類はとても豊富なのね……すみません小鍛治プロ、こちらのお勧めの食べ物というのはなんでしょう?」
「えっ!?」
この子、油断してたらナチュラルにこちらを困らせる質問をしてきた……だと!?
しかも竹井さんと違って狙っていない純粋な質問だろうから適当に答えるわけにもいかないという、性質が悪いことこの上ない状況である。
えーとたしか季節の野菜を添えたサーモンのクリームパスタ……ってあれはいつも行くファミレスのお勧めメニューだ。そうじゃなくて、えーと……。
咄嗟に脳裏に浮かんできたのは、タコス神たる彼女の笑顔と、先ほど見た手際の良い須賀君の調理風景。
「タ、タコス……とか?」
「タコス……ですか? 片岡さんがよく食べている、あの?」
「うんそう、メキシコ料理のタコスだね。シェフ自慢の一品らしいので、ぜひお一つどうぞ!」
「そ、そうですか。ではセカンドフラッシュのダージリンと、それを一つお願いします」
「あたしもキャプテンと同じで!」
「あ、じゃあ私も」
「私もそれで」
「……」
「かしこまりました。少々お待ちください」
主体性がないのかチームワークがすごいのか、はたまた単なる面倒くさがりなのか。実はメニューをたらい回しにしていた時から狙っていたのか。
この場合すごく判断に困る注文の仕方である。
それにしてもこのお店、あくまでメインは雀荘部分だろうと思われるのに、なんでこんな飲み物の種類に拘りを持っているんだろう?
紅茶やコーヒー、ココアなんかのホットドリンクはもちろん、コールドドリンクも炭酸飲料、ウーロン茶などのお茶類からアップルジュースなんかの果汁系ドリンクまで幅広く揃っていたりする。
もしかして染谷さんの拘りかなにかだろうか。お茶をいつも飲んでいたのは白糸台の渋谷さんのほうだと思ったけど……。
ちなみにダージリンの中で夏摘み(セカンドフラッシュ)と呼ばれるものは高品質だとけっこうなお値段がするものだと聞いたことがあって、高校生の財布で大丈夫なのだろうかという疑問も残る。
まあそこまで本格的なものを提供しているわけでも無し、最近の子はお小遣いの額もそこそこ貰っているんだろうから、これくらいの出費は普通に平気なのかな。
「ねえ染谷さん、この夏摘みのダージリンって一杯お値段おいくらくらいなの?」
「んー? ウチじゃと一杯税込みで400円じゃな。専門店とは違うんで高級品いうほどの品質は保てんし、雀卓を同時貸し出しで飲み物は半額になるサービスも有るんで財布には優しいほうじゃと思うんじゃが」
「ああ、なるほど。雀荘だもんね、そうなるか」
「で、注文は?」
「あ、ごめんなさい。これです」
「全員同じものか。風越ん連中は相変わらずじゃな」
「あの子たちっていつもこんな感じなの?」
「そんないつもあいつらと一緒っちゅうことはないんであれなんじゃが……まぁ、仲が良いいうレベルはちょっと超えとる気がせんでもないのう」
「風越って女子高だし同姓の年上に対する憧れが強くなるとか、そういうのがあるのかもね」
ちなみに土浦女子にも似たような話はあった。
男性がいないぶん上級生の先輩の大人な部分に過度な憧憬を抱くという夏風にも似た症状のアレだ。
対象が男であれ女であれ、どちらにしろ蚊帳の外だった私に隙はないけれども。
まぁいずれ男女共用の場に出たらまた意識も変わるだろう。一過性で終わらない人も中にはいたけれど、それはもうその人の人生だから仕方がないと割り切るしかない。
「あ、それじゃまた厨房に行って注文どおりにタコス作ってもらって来ようかな」
「ちょっと待った。今回はその必要は無いんでここにおってもらえるか? おーい優希、ちょっとこっち来んかー」
「えっ?」
「染谷先輩、今私を呼んだかー?」
「おう呼んだわ。ちょいと厨房に行ってタコス五つ作るよう京太郎に言って来てくれ」
「はーい、了解だじぇ!」
「で、小鍛治プロのほうなんじゃが――」
染谷さんが顔をこちらに向けたのと同時に、何かを企んだ風ににししと笑う片岡さん。
そのまま厨房に駆け込もうとした矢先、
「ああ、あと優希。追加で作らせたタコスのぶんはきちんと給料からさっぴいとくからな?」
「じぇ!?」
背中越しにかけられたその科白に、小さな背中がビクンと震えたのがここからでもはっきりと分かった。
「すまんな。ほんで小鍛治プロにはちょいとやってもらいたいことがあるんじゃが、ええかの?」
「内容による、としか」
ここに来ての特別なお願いというのには、さすがに警戒心が高くならざるを得ない。
というのも、私が働き始めてからというもの店内にこーこちゃん含めたスタッフの気配が一切なくなったことによる必然的なものである。
どこでなにを仕掛けてこられるかわかったものではない。ここから先は油断が即死亡に繋がる可能性が高いのだ。
「そがに身構えんでも……」
「染谷さんはこーこちゃんたちの無茶振りっぷりをご存じないからそんな悠長なことが言えるんだよ。私の頭上を見て同じ事が言えるなら大したものだけど」
「信用されとらんのう……逆か? 変な方向に信頼されちょるいうことか」
「絶対何か仕掛けてくるっていう確信があるって意味では信用してる。たぶん染谷さんが竹井さんを見てそう感じるくらいにはね」
「思っとったより難儀な関係じゃわ、こりゃ」
大人の世界には色々とあるのだ。
特に番組が関わってきた時に爆上げされるこーこちゃんのテンションには要注意だと、夏の解説の時に身を持って知ったのだから。
「ま、ええか。小鍛治プロ、駅前に商店街があるんは知っとるじゃろう?」
「商店街? あー、うん。いちおう存在は知ってるけど……」
「なら話は早い。ちょいとあそこにあるスーパーで買い物をしてきてもらえんかの?」
「別にそれくらいなら構わな――」
承諾しかけて、ふと気付く。
「もちろん着替えてから、だよね?」
「もちろん着替えずにそのままで、じゃが」
「……そろそろ泣くよ?」
「京太郎の胸でよければ貸すぞ?」
「――行って来ます!」
そういうことなら今すぐ厨房に向けて突撃を――。
「ちょいちょい、ちょっと待った。貸すんはええが先に買い物行ってからじゃろ」
「ちっ」
「大人の女性としてそこで舌打ちっちゅうのはどうなんじゃろうか」
「ごめん、聞かなかったことにして」
このあたりはカットしてもらおう。必要と有らば麻雀ずくでも。
「でも外に出るんだったら猫耳はさすがに取ってもいいよね?」
「うーん、出来る限りそのままでっちゅうのが指令――おっと、ここで働く際のお約束なんじゃが」
「指令って言った!? 言ったね今!」
やっぱりか福与恒子っ! お前の仕業だと分かっていたよ!
「まぁまぁ、これも企画の一環じゃ思うて諦めんさい。ほれ、これが買ってきてもらいたいもののメモじゃ、失くさんようにな」
「うー……なんで私がこんな目に……」
がっくりと肩を落としつつ、差し出されたメモを受け取る。
強力粉、薄力粉、片栗粉……鶏むね肉、牛肉、玉ねぎにレタス、サルサソース、etcetc.....
自分で作った事がないから詳しくは分からないが、どう考えても全部タコスの材料だこれ。
「ねえ染谷さん、これはきっと私なんかよりタコスの生まれ変わりたる片岡さんこそが行くべき案件だと思うんだけど」
「あいつに買出しやらせるんは愚か者のすることじゃ。渡した金額全部で出来合いのタコス買ってきよる姿が目に浮かぶわ」
「もうそれでいいんじゃないかな……」
「アホなこと言っとらんで、できるだけ早う頼むわ。次のお客さんが来るまでには戻ってくるようにしてもらいたいところじゃ」
それってかなりの無茶ぶりじゃないの? それともそんなに人が来ないお店なんだろうか。聞いてみたいが睨まれたくは無い。
頭上で己の存在を主張するかの如くぴこぴこと揺れる猫耳をそのままに、諦めて私は小さく溜め息をついた。
そもそもこんな手酷い罰ゲームを受けなきゃいけないような失態を私どこかで犯していたっけ?
どうも釈然としないものがあるけれど、素直に買い出しに出かけてしまうあたり人が好いなと我ながら思ってしまう。
こんなだから付け上がるのかな。主に番組スタッフさんたちが。
せめてもの救いといえるのは、駅前通りまで行く道中にはほとんどすれ違う人がいなかったことか。
犬の散歩で向かいから歩いてきたおばさんにギョっとした視線を向けられた以外に、私の心を深く抉るような凄惨な事件はなかったといえる。
――だが、ここからはそういう訳にはいかないだろう。
駅前へと続く、少し大きめの主要幹線道路。メモと一緒に渡された近隣の地図によれば、ここを通り抜けなければ目的の商店街には辿り着けない。
お昼ちょっと過ぎという時間帯も、人を多く集めるのに一役買っているようだ。
できるだけ気にしないよう、この格好がいたって自然なふうを装って、それでもできるだけ視界から外れるようにと歩道の右端を歩く。
すれ違いざまに振り返って行く若者たちの視線が、揃って頭上の猫耳付近へと注がれているのは不幸中の幸いといえるだろう。デコイとしては非常に優秀だったと、持ってきた片岡さんを褒めてあげることも辞さない程には想定外の事態である。
そんなこんなで特に何事もなくスーパーへと到着した私は、入店時にすれ違った店員さんの「うわぁ」っていいたげな視線を軽く受け流しつつ、メモにある指定の材料をカゴの中へとぶちこんでいく。
途中、お菓子コーナーにいた子供たちが「ママー、あっちに猫耳メイドがいるー」と言いながら店内を爆走し始めた時にはよほど追いかけて説教してやりたいと思ったが。
それを聞いてやってきたお母さんたちの交わす、
「何かしら、あれ」
「何かの罰ゲームじゃない?」
「いやいや彼氏の趣味でしょ、若い子ってああいうの好きだし」
「でも高校生のうちからあんな格好させられるのは、さすがにねぇ」
「私も今夜あたり秘蔵のメイド服を……」
という、こちらにあえて聞こえる程度に抑えられた音量での会話には、端々に感じる「若い子」という意味を持つフレーズの効果もあってか、溜飲が下がる思いの私であった。
このあたりまでは比較的これといった面倒ごともなく、テレビの絵的にはつまらないのだろうけれど順調に事が進んでいたと思う。
問題が起こったのはその帰り際。少しでも人目を避けるためにと、人よりも車の交通量のほうが多く見受けられる広い道路へ抜けるため細めの横道に足を踏み入れた時に起こった。
あからさまにチャラい格好をした男の子が二人、へらへらと笑いながら行く手を遮ってきたのだ。
車が一台通れるかどうか、という感じの狭い道路である。大柄の男性二人が並列に並んでしまえば、足を止めざるを得なかった。
「あれぇ、メイドさんじゃん。こんなところでなにやってんのー?」
「俺たち暇してるんだよね。よかったらこれから一緒に遊びにいかない?」
「はぁ……?」
仕事中なのが見て分からないのだろうか?と思いつつも、若い子にナンパされるというシチュエーションには満更でもなかったりするのだけど。
ただ、その相手がこうも悉く私のストライクゾーンから外れているというのは頂けない部分である。
せめて須賀君くらいにはイケメンで、須賀君くらい初心な感じの、須賀君くらいには気が利く部分をお持ちじゃないと、これでは流石にときめくものもときめかないというものだ。
どうせ声を掛けられればホイホイ着いて行くだろうと考えた番組スタッフあたりの仕込みだろうと思うけど、それならばそれでもう少し精進して欲しいところである。
まずは出だしの科白の吟味からはじめるべきではなかろうか。何年前の少女漫画風なんだと。
「あの、見ての通りお仕事中なので。遊びに行くのならお二人でどうぞ」
軽くいなしつつ、脇にある一人分の隙間を通り抜けようとした――その時だった。
がっちりと掴まれた右腕の二の腕部分をぐいっと引き寄せられてしまい、荷物との兼ね合いで重心の崩れた体がその男の身体のほうへとよろめいた。
支えてくれるものを探した結果、意図せずその胸の中にすっぽりと納まってしまった私。
「おいおい、いきなり逃げなくても良いんじゃねー?」
「いいなお前。俺もメイド物って大好物なんだよね。あとで俺にもよろしく」
「や、やめて! ここまでやっていいなんてこーこちゃんからは絶対言われてないはずだよ!?」
「あ? こーこちゃん?」
「なにそれ。俺たちそんなの知らないけど?」
「……えっ?」
てことはもしかして、これって本気で本気の大ピンチ……てことっ!?
若干パニック状態で、それでもなんとか体勢を立て直そうと抵抗を試みるもまるで抜け出せそうにない。
そうこうしているうちに顔中に血が集まってくるのが分かる。耳まで真っ赤になっているであろう私だが、これは別に恥じらいからというわけではなくて。
そもそも男の人の腕に抱かれるというシチュエーションに未だかつて遭遇した事の無い私にとって今この時は、まさに全ての力を総動員してでも抜け出すべき乙女の大ピンチという場面であった。
というか今この時もおそらく尾行しているであろうカメラマンさんは一体何をしているの!?
まさか暢気に撮影を続行しているわけじゃないだろうな!?
という感じに、憤りが目の前の男達にだけではなく、いるかどうかも定かではない撮影スタッフにまで及び始めた頃。
「――何をしている?」
これ以上ない絶妙なタイミングで背後から聞こえたその凛とした声が、とても格好よく辺りに響き渡った。
少しだけ緩んだ腕の隙間を掻い潜って、その戒めから脱出する。
勢い余ってよろよろと地面に倒れこみそうになった私だったけど、何もないはずのその空間にあって、何故か身体はふんわりと柔らかなものに包まれて支えられた。
「大丈夫ッスか?」
「え!? あ、うん……ありがとう、助かったよ」
「大事にならなくてよかったッス」
目の前には、先ほどまではたしかに存在していなかったはずの黒髪の少女が。
そしてそんな私たちを庇うように、背後には、立ちはだかる二人の女の子がいて。
「明らかに嫌がっている女性に対して、あまり褒められた行為ではないな。恥を知れ」
「ワハハー。警察はもう呼びに行ってもらってるから、お前ら覚悟したほうがいいぞー」
片方は鋭く尖った冷たい声、そしてもう片方はこの場面に似つかわしくないほのぼのとしたものである。
ただ、その内容は男たちを怯ませるには十分なものであった。
「ちっ、おい行くぞ」
「待ってくれよ、おい!」
逃げ足の速さはたいしたものだ。二人の男は身を翻して、商店街の大通りとは反対のほうへと消えて行く。
窮地を脱出したことを知った私は、思わずといった感じにその場にへたり込んでしまった。
「はぁ、怖かった……」
「大丈夫か? しかし君もまたなんでそんな格好でこんな場所に――」
呆れたような顔で私に手を差し伸べてくれるのは、格好良い声のほうの子――だったのだが。
上目遣いで見上げた私と視線が交錯した瞬間、何故かその動きを止めていた。
「こっ、小鍛治健夜……!?」
「へ? あ、うん。そうだけど……もしかして君たちも麻雀関係者? あれ?」
言われてみれば、で思い出す。そういえば私も目の前の少女達にどことなく見覚えが。ああ、そうか。
「たしか決勝で宮永さんと戦ってた、鶴賀の大将加治木さんだったっけ?」
「――ハッ! し、失礼しました。鶴賀学園麻雀部、加治木ゆみです」
「同じく鶴賀学園の東横桃子ッス」
「ワハハ、私はいちおう元部長の蒲原智美。まさかこんなところで猫耳メイドの小鍛治プロに会うとは思わなかったなー」
「あ、あはは……これはちょっと、色々あってね。それはそうと、危ないところを助けてくれてどうもありがとう」
「いえ。ですがああいった輩は調子に乗りやすく、そのくせちょっとしたことで逆上する、対応には気をつけたほうがよろしいかと」
「うん、身に染みてよく分かったよ……」
差し出された手を取って、立ち上がる。
先ほどの場面での颯爽とした登場の仕方といい、さりげなく差し出された手といい、格好良い女性だなぁ。
思わずぽーっと眺めていると、加治木さんの斜め後ろにひっそりと佇んでいた東横さんの視線が厳しくなった。
この子もやっぱりそういう感じなんだろうか? でも安心して欲しい、ノーマルな私は彼女を取ったりなんてしないから。
「ああもう……野菜類がレジ袋から飛び出さなかったのは幸いだったけど、大丈夫かなぁ」
アスファルトの上だったとはいえお尻の部分に付いたであろう砂埃を払いつつ、辺りに散らばった食材を拾い集める。
鶴賀の子たちも手伝おうとしてくれたものの、さすがに全員の手を煩わせるほど大惨事にはなっていないので固辞しておいた。
そうこうしているうちに、カメラマンさんらしき人と一緒に女の子が二人、こちらへ走り寄ってくる。
目の前の三人と同じ紺色のブレザーを身に付けていることから、彼女らもまた鶴賀の生徒であることに疑う余地はない。
「加治木先輩、大丈夫で――!?」
「智美ちゃん、大丈夫だった?」
同じようにこちらへ駆け寄ってきた二人。ただその後の反応は正反対である。
加治木さんと向かい合っていた私を見た途端に、ぴしりと固まるのは黒髪ポニーテールの女の子。
……何故だろう、この子からも先ほど会った風越の文堂さんと同じような感じを受ける。この後気絶しなければいいけど。
片や、蒲原さんを心配するように近づいてきた眼鏡の金髪サイドテールな彼女はというと、こちらのことはさっぱり眼中にないらしい。
自分のことながら街中で猫耳着用のメイド服姿という、いと珍しき存在を視界に捉えつつ無視できるその胆力は実に素晴らしいと思う。
そしてもう一人、実に申し訳なさげに頭を下げてくる中年の男性が一人。彼は私の前に出てくるや否や、いきなり土下座を始める始末であった。
「す、すみませんでしたァーっ!」
「ちょ――や、やめてください! なんか私がものすごく怖い人みたいに思われちゃう!?」
「無事に初めてのお使いが終わって、ホッとしたからちょっとトイレへと目を離した隙によもやこんなことになろうとは……っ」
「完全に子供扱いじゃないですか、やだー」
カメラマン一人だけに仕事をさせようとするからこういうことになるんだと、後にこーこちゃん含め番組スタッフは上層部の人たちからこっぴどく叱られることになるのだが、それは完全な余談である。
ともあれ、問題は解決したのだから早くお店に戻らなければ。あの店長から次にどんな無理難題を押し付けられるかわかったものではない。
もはやかの輝夜姫でさえも裸足で逃げ出しかねないレベルである。恐れない理由がないのだった。
「というわけで、ごめんね。本当はお礼がしたいんだけど、今仕事中で……」
「なるほど、例の番組の……」
「鶴賀のことが一切触れられなかった、あの番組のことッスね」
「こらモモ」
「あー……」
以前放送した内容の中で、決勝進出校の中で唯一話題にも取り上げられなかったのが、たしか彼女らの所属する鶴賀学園だったか。
だって仕方がないのだ。風越女子より上の順位だったとはいえ、実質的には天江衣による執拗な池田ァ!苛めによるところの棚ぼた的な第三位であるに等しいのだから。
それはたしかに副将東横さんの区間トップは目を瞠るものもあるし、大将の加治木さんが宮永さんから撃ち取った槍槓なんかは見所があるといえなくはないけれども。
その加治木さんが抜ける来年以降の展開を語る上で、人数も足りなくなる鶴賀学園の名が出てくる理由は、正直欠片もなかったのである。
とはいえ、今日この時に生まれた恩義という点において、そのまま放置というのも心苦しいものがある、というのもまた事実だ。
「小鍛治プロが急ぎっていうんなら、ちょうど車で来てるし送って行くのもやぶさかじゃないぞー?」
「え? 本当?」
「ちょ、智美ちゃん!? それはちょっと、いくらなんでも――」
「ああうん、そうだよね。これ以上迷惑掛けるのは流石に……」
「いえ、そういう理由とはまったく別の問題があって、あまりお勧めはしないというだけで」
加治木さんが苦虫を噛み潰したような表情で唸る。
ちなみに金髪サイドテールちゃんこと妹尾佳織さんからは既に自己紹介を受けた後で、彼女が私の名前と顔が一致しない程度には麻雀初心者だという説明も受けていたりする。
それともう一人、津山睦月さんだったかな?は案の定、自己紹介を終えた時点で置物のようになってしまった。私、悪くないよね?
「でもどっちにしろ、あの雀荘には行くことになってたんじゃなかったッスか? 加治木先輩が例のあの人からお誘いを受けたって喜んでたッスよね?」
「も、モモ。その目で見るのは止めてくれないか? 久とは友人なんだから、遊びに誘う誘われるくらいは普通にあってしかるべきだろう?」
「うう、それは分かってるッスけど……」
「それに久からは遠征終わりでもし時間が有れば、程度で話を貰っていただけだ。よもや小鍛治プロが働いているとは夢にも思っていなかったが、そういう理由だったとはな」
どうやらこちらにも色々と深い事情がありそうだ。蛇が出てきそうなんで自分から首を突っ込んだりはしないけど。
「というわけで、もしよろしければ一緒に行きませんか? 私はあまり、お勧めしたくはないのですが」
ボソリと付け加えられた一言に、悪い予感を抱かざるを得ないのは何故だろうか?
とはいえ、これ以上遅れて戻ったら染谷さんに『なンしとったんじゃわれ!』と言われかねないのもまた事実である。正直あの口調の染谷さんはめっぽう怖い。
「そんなに身構えなくても平気ッスよ? 慣れればどうってことないッス」
「……慣れ? ま、いっか。それじゃお願いしちゃおうかな」
「了解ッス! ほらかおりん先輩もむっちゃん先輩も、乗り込むッスよー! あ、加治木先輩は私の隣で」
「おーし、そんじゃ超特急で目的地まで行くぞー」ワハハ
『……』
一人元気な東横さんとそれに乗っかる蒲原さんを横目に、何かとても可哀相なものを見る目でこちらを一瞥し、溜め息をついた加治木さんと妹尾さん。
これまでの不穏当な科白やその視線の意味を正しく理解したのは、この五分後の出来事であった。
「」
「一体何があったんじゃ……」
放心状態のままお店の中に放り込まれてからしばらく経って。
なんとか大人としての体面を整えることが出来るに至るまでは、結構な時間を要したといえる。
「車怖い車怖い車怖いワハハ怖い……」
「そろそろええか? 次の仕事が待っとるんじゃが」
「――ハッ! ご、ごめんね。もう大丈夫」
「ほんまかのぅ……」
真っ暗闇の中で不意打ち気味に蒲原さんのカマボコ型笑顔を見でもしない限りは大丈夫だと思う。たぶんだけど。
「そういえば染谷さん、鶴賀のみんなはどうしたのかな?」
「あいつらならほれ、あっちでウチの部長らと盛り上がっとるよ」
くいっと向けられた親指の方向を見てみれば、飲食コーナー部分の半ばほどを占拠している女子学生たちの群れが見えた。
見れば文堂さんと津山さんも無事復活を遂げており、なにやらカードのようなものを広げて楽しげに談笑しているようだ。
「長野の学校ってなんでこんな仲良いんだろう? 私の頃のイメージじゃ、同じ県のライバル校とこんな風に笑いあうとか考えられないよ」
「ま、こうなるに至るまでには色々とあったんじゃ。それでも卓を囲むときにゃあ一切手心を加えるこたぁないけぇ、健全な関係じゃと思うぞ」
「そっか。ある意味理想的ではあるかもね」
私とて、何もライバル校同士は憎しみあっているのがお似合いだぜ、とか思っているわけではない。
お互いにお互いをきちんと認めることができ、切磋琢磨していける関係でいられるならば。それはとても素晴らしいことだと思う。
心の中で素直に関心していると、タコスを乗せたお盆を抱えた片岡さんが厨房からやってくるのが見えた。
「染谷先輩、追加のタコス五人前できあがりだじぇ」
「ほーか。ご苦労さん、ついでにそっちに置いとる飲み物と一緒に鶴賀の連中に持って行っといてくれ」
「ほーい、了解だじょ」
「あ、片岡さん、ちょっと待って」
「ありゃ、小鍛治プロもう立ち直ったのか? ワハハカーにやられたわりに意外と早かったじぇ」
「ジェットコースターって安全性を重視してあるぶんよっぽど親切なんだねってことが分かっただけ貴重な体験ではあったけど、おかげさまでね」
あまり知りたくもなかった情報だし、今後一切活かす場面に遭遇しない事が前提ではあるけれど。
「それ私が持って行くよ。あと染谷さん、鶴賀のみんなの飲食代は私が持つから、あとで請求回しておいて」
「うん? どういうことじゃ?」
「ちょっと街中で助けられちゃってね、せめてそのお礼にと思って。っとありがとう片岡さん、じゃちょっと行ってきます」
差し出されたお盆を受け取り、ある意味無法地帯になりかけている団体さん御一行の元へと向かう。
清澄の三人、風越の五人、そして鶴賀の五人と併せて計十三名。それぞれ所属の違うメンバーが四つのテーブルに別れて座り、あちこちで混成軍が出来上がっていた。
本来であれば四人がけのテーブルに無理やり五人を詰め込んでいたはずの風越テーブルから深堀さんと文堂さんが抜け、津山さんと一緒に新しく用意された別の席へ。
竹井さんの抜けた清澄テーブルには風越から池田さんと吉留さんが合流、謎の面子が出来上がっている。
福路さんの残った旧風越テーブルには竹井さんと加治木さん(+おそらく東横さん)が加わり、鶴賀に用意されていたテーブルには蒲原さんと妹尾さんが残り差し向かいで座る、という布陣である。
とりあえず仕事であるからには、メイドとしてきちんと配膳しなければならないわけだけど。
なにこのカオス。どうして鶴賀面子はせめて注文が揃うまで一つのテーブルでジッとしておけないのか。
「お待たせいたしました、オレンジジュースとタコスのお嬢様は――」
「あ、私だ」
声をと共に手を挙げたのは、鶴賀テーブルの妹尾さんである。
露避けのコースターをあらかじめ敷いてから、その上にグラスを置く。で、手前には未開封のストローを。
「智美お嬢様のお飲み物は、この中のどちらでしょう?」
「おー、私か? お嬢様ってガラじゃないけど、頼んだのはコーラだなー」ワハハ
「失礼いたしました。ではこちらを」
手前のオレンジジュースにしたのと同じようにしてから、どす黒い液体で並々と満たされている状態のグラスを置く。
その動作を見てか、妹尾さんが小さくため息を付いたのが分かった。
「佳織、どうかしたのかー?」
「ううん。でも、トッププロにこんな風にお仕事させちゃっても大丈夫なのかなぁってちょっと思って」
「あー、たしかにそれはなー」
「そう言ってくれたのは妹尾さんが初めてだよ……。でも気にしなくて良いからね、これはお仕事っていうのもあるけど、さっきのお礼って意味のほうが強いから」
はいどうぞ、と小皿に二つ取り分けた、シェフのお勧め出来立てタコスをテーブルの中央に置いた。
次に向かうのは津山さんの他に文堂さんと深堀さんのいる、ちょっとこれ私が行っても大丈夫なのかと思わざるを得ないメンバーたちの集いしテーブルであった。
「失礼いたします。睦月お嬢様のお飲み物は――」
「は、はいっ! 私は抹茶ラテを頼みました!」
お、おおう。
なんだか妙にテンションの高い津山さんが、立ち上がって手を上に目一杯伸ばしながら宣言する。
思わず選手宣誓を任せたくなるほど力強いそれは一気に注目の的となったが、あにはからんや、彼女は何処吹く風である。
「ど、どうぞ、これ飲んでちょっと落ち着いてね?」
「ハッ!? す、すみません小鍛治プロ!」
机に所狭しと並べられていたカードの隙間を確保して、コーヒーカップと一緒にタコスの小皿を手前に置く。
近くで見ればよく分かるが、それらは全部プロ麻雀せんべいに付録として付いてくる例のアレのようだった。
「これってお煎餅のオマケのやつだよね? へぇ、集めてるんだ」
「はいっ! 第一弾から欠かさずに!」
「わ、私もそうですっ!」
話題を振ってみたら、すかさず食いついてくるのは津山さんと文堂さんである。
同卓している深堀さんは我関せずのスタイルで、優雅にカップを傾けていた。
こういったトレーディング系のおまけというのは昔からほんと人気が高いなぁと妙なところで関心してしまう。
某超有名タイトルのウエハースなんかに至っては、オマケで付いていたシールにその価値のほとんどを奪われてしまい、末期にはシールだけ抜かれて本体はゴミ箱へ捨てられるというなんとも切ない悲劇をも生み出したほどであったという。
そういった点ではおせんべいの味を細かく変えていると噂のプロ麻雀せんべいは上手くやっているほうなのかもしない。
ただ、煎餅という謎のチョイスが渋すぎると思うのは私だけなのだろうか。いったい狙いは何処の層なのかと問い正したくなるくらいには謎すぎる選択である。
「そういえば私も何回か写真を使わせて欲しいってオファーがあったなぁ……採用されるのは何故かなんでわざわざそれを選ぶの!?っていうのが多かったけど」
「それはもしかして、この時のヤツですか!?」
文堂さんが半ば興奮気味に懐から取り出したのは――ああ、なんかもう身に覚えのありまくるカードであった。
「ああ、うん。それもそう。第二弾のやつだったっけ? 懐かしいなぁ……」
「わわっ、やっぱり!」
どこか感慨深げにカードを見やる文堂さん。そしてそれをどこかむず痒そうな表情で見つめる津山さん。
なんだろう。なんというか、耽美なものとはまた別の意味で二人の世界である。
ちらりと深堀さんのほうに視線をやると、それに気付いた彼女は小さく首を振り、触れてやるなと言わんばかりに眉を顰めていた。
……今のうちに席を離れたほうがよさそうだ。
半ばトリップ状態に陥った二人を残し、最後に加治木さんとおそらく東横さんがいるであろう旧風越テーブルでの配膳である。
「お待たせいたしました」
盆上に残されたメニューはあと二つ。片方はクリームソーダ、片方はホットコーヒーだ。
イメージ的にはどちらがどちらを頼んだのか一目瞭然だが、ここであえての引っ掛けというか、万が一ということもある。
間違えたら普通に失礼だし、そもそも本当にここに東横さんがいるかどうかも分からないのだからきちんと聞いておかなければなるまいて。
「時にゆみお嬢様、桃子お嬢様はこちらに?」
「ああ、モモなら――」
「ここにいるッスよー」
加治木さんの隣のスペースに、迷彩を解くようにして姿を現すのは黒髪の少女。間違いなく東横さんだった。
やはりというか、加治木さんの近くにいたか。私の勘も満更ではないな。
「えと、ホットコーヒーとクリームソーダをお持ちいたしまし――」
「あ、小鍛治プロ。ちょっと待ってちょうだい」
「……なんでしょうか、久お嬢様?」
ニコリと笑う竹井さん。
こーこちゃんで見慣れている私としては、それが悪戯を仕掛ける直前に浮かべるものだと即座に理解した。明らかに面白いことを思いついたと言わんばかりの、悪待ちで当たりを引いたときにも似た、悪い顔だ。
「メイドたるもの、まさか仕えているお嬢様を前にどちらが何を注文したかも分からない、なんてことは言わないわよね?」
「……」
やはりそう来たか。さすがはこーこちゃんに次ぐ対小鍛治健夜における危険人物四天王不動のナンバー2、油断も隙もありはしない。
隣に座る福路さんはおろおろと、対面に座る加治木さんは呆れた様子を見せる中、東横さんはニヤリと笑って私を見た。あの時加治木さんに見とれていたせいか、どうやら挑発されているらしい。
ただ、竹井さんのそれと違ってやたらと可愛らしく見えるのは彼女の性格の成せる業か。
だが私もやられっぱなしではいられない。特に竹井さんにはそろそろ痛い目を見てもらわなければならないだろう。
ちらりと伝票に目を通し、一番上に書かれているものが津山さんのものであることを確認。次いで妹尾さん、蒲原さんと、ここまでは奇しくも長野県予選団体戦時のオーダーと重なる。
となれば、続いてホットコーヒー、クリームソーダの並び順であることを考慮すると――。
「ホットコーヒーになります。熱いのでお気を付けを」
確信を抱き、私は手に持っていたコーヒーのカップを加治木さんの前に置いた。
順当に行けば東横さん、最後が加治木さんとなるべきだろうが、素直にそうならないであろう要因がこのチームの中には潜んでいるのだから。
――そう、東横桃子。本日ここに集まっているメンバーの中でも相当異質な存在の彼女である。
影が薄いというよりは存在感そのものを喪失できる、という感じなのだろうか。まだ麻雀中の卓上でなら話は別だけど、普通に生活している状態で消えられてしまうとどうにも捕捉しきれない。
これでよく日常を問題なく過ごせているものだなと逆に感心するほどの彼女をして、いざ注文をという時に普通にオーダーを通してもらえるものだろうか?
私の出した答えは当然の如く、否、というものであった。
つまり必然的に、最後に書かれているオーダーは東横さんのものとなる。おそらく存在そのものを忘れられていたところを呼び止められて、慌てて書き記したのだろう跡が見て取れた。
「あらま、引っかからなかったか」
「――ふぅ。ここはさすがというべきなのか?」
「順当といえば順当なのではありませんか? 加治木さんはコーヒーを飲む姿がとてもよく似合っていますし、イメージ通りかと」
「逆に加治木先輩がクリームソーダを頬張る姿は想像できないので、残当ッスね」
と、それぞれの評価が並んだところで竹井さんがつまらなさそうに口を尖らせた。
ふふん、と胸を張って勝ち誇ってみせる私。大人気ないが、仕掛けられた勝負を返り討ちにした勝者の私には許されて然るべき程度のほんの些細な優越感である。
竹井さん以外の子たちには関係ない話だが、そこは同卓した好ということで勘弁してもらおう。
「てことで残ったクリームソーダは私ッス。溶けないうちに飲みたいんスけど、いいッスか?」
「あ、うん。遅くなってごめんね」
コースターを敷いて、目の前にスプーンと並べて置く。
ついでに二人の真ん中にタコスの乗った小皿を置いて、お盆の上はようやく空になったのだった。
お昼過ぎから働き始め、なんやかんやありつつも、そろそろ二時間が経過しようかという頃。
休憩がてら雀卓側のカウンターの受付を任されていた私の元に、吉留さんが池田さんと清澄の一年生コンビを引き連れてやってきた。
飲食スペースでの会話に飽きたのか、打つ気満々という様相である。
「そろそろ麻雀卓をお借りしたいんですけど、卓空いてますか?」
「えっと……うん、大丈夫。三番の自動卓が空いてるから、そこ使ってもらってかまわないよ。あ、東風戦か半荘戦かだけ教えておいてね」
「半荘でいいよね?」
「はい、問題ありません」
「てことで、半荘戦でお願いします」
「了解。片岡さーん、油売ってないで案内よろしくねー」
さりげなくお客さんに混じってくつろいでいた片岡さんを呼び戻す。
福路さんに宥められつつ渋々といった感じでやってきた彼女だが、須賀君から差し入れで貰った貴重なタコスのうちの一つを渡してあげると、一気に機嫌がよくなった。
なんていうか、扱いやすいことこの上ない子だな。
近場にうろついている悪女の彩には決して染まらず、純粋なままの君でいて欲しいと思う、切実に。
やる気になった片岡さんが吉留さんたちを連れて麻雀スペースへと消えていった頃、しばらく鳴っていなかったカウベルが新たな来客の到来を告げる。
――否。カウベルよりもよほど騒がしいソレが、というべきだったか。
「お~っほっほっほっほ! 真打は後から登場するもの! 龍門渕透華、華麗に参上ですわっ!」
全国大会で他の誰かによって既出のそんな宣言を高らかに歌い上げながら、頭頂部にアンテナを尖らせたその女子高生らしき人物は、三人ものメイドを引き連れてやってきた。
……道場破りならぬ雀荘破りかなにかだろうか?
どちらにしろ面倒くさい……もとい、私の手に負えなさそうだったので、諸事情で事務室へ引っ込んでいた染谷さんを呼び出すことにする。
すると、顔を出した染谷さんは集団の先頭で高笑いをする彼女の姿を見た瞬間、げんなりとした表情で私の肩をポンと叩いた。
「あれの相手は任せる、席に案内して適当にあしらっといてくれればええけ」
「え? でも明らかにあれ、雀荘破りかメイド勝負を挑んできた宗教団体かなにかでしょ? いいの?」
「ありゃあ龍門渕のお嬢様とその連れ御一行様じゃ。そんな存在するかどうかも怪しいワケの分からん連中とは違うけぇ、心配はいらん」
「えぇ……」
存在するかどうかも分からない怪しげな連中と、目の前に確かに存在しているお嬢様率いるメイド軍団と、どっちがより心配かと問われれば明らかに後者なんだけど。
ともあれ、店長がそういうのならば仕方が無い。こちとらしがない従業員である。
エプロンドレスの皺を手で伸ばしつつ、未だお嬢様の高らかな笑いのポーズを崩そうともしないお客様の前に立つ。
「お帰りなさいませ、お嬢様。それと、ええと……」
龍門渕のお嬢様というからには、本来の意味で正しくお嬢様なのだろうが、だからといってお抱えのメイドが仮にもメイド雀荘を名乗る場に一緒に来るのは流石に想定外だ。
さすがにメイドさんを主人と同等のお嬢様扱いするのもどうかと思うし、本職相手にメイドっぽく振舞うのもなんだか気恥ずかしいものがあったりして。
ぶっちゃけてしまえば、こちらのキャラ設定がさっぱり定まらないのである。こんなのいったいどうしろと……?
「あ、ボクたちのことはお気になさらず。新人さんも、なんというかやりにくいでしょ?」
「……一、その人は」
「まぁ国広くんの言う通り細かいことはいいんじゃねぇの。透華もいつまでも笑ってねーでさっさと正気に戻れよ」
「ハッ! そうでしたわ。そこの方、ここで長野県決勝進出校三校によるささやかなパーティーが催されているというのは本当のことですの?」
「えっ? パーティー……? 結果としてはそんな感じになってるっぽいけど、意図してやってることではないというか」
「ああもう! ごちゃごちゃとワケの分からないことを! やっているならやっているで経緯などどうであろうが構いませんわ!」
「はぁ……そ、そうかな?」
「当然っ! そこに長野県大会で死闘を尽くして戦った三校が揃っているというのであれば、長野団体戦第二位の私たち龍門渕も当然参加しなければならないということ! それはもはや強者たる私達に与えられた責務であると言っても過言ではありませんわ!」
「そ……そうなんだ」
その力強い演説に思わず圧倒される私。むしろ引いてしまう。血圧大丈夫かこの子。
「まぁ、仲間外れになるのが嫌なだけだろうけどね、透華は」
「透華も聞いて、その人は小鍛……」
「捲土重来! とーか、話はハギヨシより聞いた! 咲もののかもいると聞くし、衣も喜んで参加しよう!」
「衣、ナイスタイミングですわ。これから始まるそうなので心配は無用、さあ皆さん、行きますわよ!」
「うむ!」
「あー腹へったー」
「たまにはこういう集まりもいいかな。全国大会の時以来だし」
引き留める暇も有らばこそ。
お嬢様以下二名のメイドと、後から現れたうさ耳っぽいリボンのヘアバンドを装着した少女――おそらく天江衣――は、こちらの案内を待たずにさっさと飲食スペースへと向かって歩き出す。
結果、唯一何かを言いたげだった黒髪眼鏡のメイドさんと私だけがその場に取り残されてしまい。
「……ごめんなさい、小鍛治プロ。みんなテンションがおかしいから、目の前が見えていないみたい」
「うん、まぁ……貴方だけでも気づいてくれたんだし、別に謝らなくて良いよ?」
「みんな根は悪い子じゃない。それだけは、分かってあげて欲しい」
「大丈夫。ちょっとびっくりしちゃったけど、別に嫌いになったりとか、そういうことはないからね」
私なりにフォローはしたつもりだったけど、それでも申し訳なさそうに小さく一礼したあとで、彼女も龍門渕御一行様のあとを追っていった。
なんというか、良い意味でも悪い意味でも目立ちたがり屋なんだろうなというのが第一印象のほとんどを占める、そんな微妙な対面となってしまったわけだけど。
周囲のメイド軍団たちが特にこれといった反応を返さなかったということは、あれが彼女の普段通りというやつなんだろう。
それにしても――これで清澄、風越女子、鶴賀学園に加え、ついには龍門渕高校のレギュラーメンバーまでもが、この雀荘に大集合してしまったことになる。
もしやここで県大会の決勝戦の再現でもおっぱじめる算段なのではないかと疑いたくもなるシチュエーションではあるのだが。
「……どうしてこうなった?」
静かになった出入り口の扉の前で、思わず素直な気持ちを零してしまう私。
この大集合の裏でとある一人の人物が暗躍していることを知るのは、もう少しばかり先のこととなる。
ちょっと長すぎな感が否めない。でも更に後半へと続きます