「どうしてこうなったんだろう……」
季節がら、少しだけ湿った暖かい風が吹く中で。降り立った駅のホームで、私は一人ぽつりと呟いた。
眼前にどこまでも高く広がる青い空をぼーっと眺めながら、ふと思い起こすのは先日のことだ。新入部員として麻雀部に入部してから一ヶ月ちょっと、普段はあまり話しかけてこない顧問の先生から、いきなりこんなことを言われた。
『小鍛治さん。交通費は全部私が出させてもらうから、週末にちょっとこの人に会いに行ってきてもらえない?』
この時点で理由はなんとなく察していた。私の麻雀がどこか
その中の一人は、新入部員たちに対して常に居丈高というか、色々と無理難題を押し付ける傾向があった。実力は最上級生の中でも抜きん出ていたほうだし、女子校にありがちな人気者だけが許されるある程度の傲慢さというか、そういった態度や言動が許容されていたというのもあながち間違いではなかったけれど。そうでなくとも、最上級生からの半強制的な『お願い』を断れる新入生などそうはいない。
その結果、中学時代は先生の指導方針により基礎ばかりを詰め込んでいたこともあって決して開かれるようなことの無かった開かずの扉を、その先輩が強引にこじ開けてしまうことになる。
ある休日の部活動中。顧問の先生が用事のため退席したこともあってか、その先輩の態度はいつもに増して酷かったように思う。運の悪いことに、その時は私の幼なじみを含む幾人かの子たちがターゲットにされてしまった。
彼女たちに対して出されたお願いは『対局をする』というもので。それだけ聞けばまったく普通の部活風景に見えなくもないけれど、実体は典型的な弱いもの虐めによる単なる憂さ晴らしでしかない。鳴けば舌打ちをされ、和了すれば睨まれる。それでいて勝てなければ延々と厭味を零された挙句の果てに、しばらくは先輩たちの目に届く場所では後片付け以外で牌を握ることさえ許されなくなるというおまけ付き。もちろんすべての上級生らがそうであるわけではなかったけれど、見て見ぬ振りをするのが精一杯な
私は普段から地味めというか、部活動中も黙々と牌符の整理とか道具の手入れとかを中心に行っていてほとんど目立つような行動を取らなかったせいか、その人に直接目を付けられるということは一度もなかった。でも、ターゲットとなってしまった子たちの一人――私が麻雀を打つことになるきっかけを作ったその子は、小中に加えて高校でも一緒になった程のいわば腐れ縁であり、必死に助けを訴えてくるその視線を無視することは私にはどうしてもできなかった。
だから、似合わない役回りだと自覚しつつも「一年生には顧問の先生から部活動中に行うメニューを指示されているから対局は無理です」というようなことを角が立たないようにあくまでやんわりと伝えた。
結果として自分の意に逆らうような発言をした私のことがよほど気に入らなかったのだろう。もしかすると伝え方に問題があったのかな、と後でちょっとだけ思ったりもしたけれど……だったらお前が付き合えといわんばかりにターゲットが私一人に絞られることになってしまい、その上で対局することが強引に決められた。それも『負けたほうが麻雀部を去る』という、最上級生のレギュラーと新入部員との間に交わされるものとしては明らかに歪な条件付きで。
私は別に麻雀が死ぬほど好きというわけではない。でも、だからといって他人に無理やり辞めさせられるのを黙って頷けるわけがなかった。それに、どうせ辞めることになるのであれば、最後に一度だけでもいいから巷で強いと評判の相手に本気で打ってみたいと思ってしまったこともある。もっとも、それがそもそもの間違いだったのかもしれないけれど。
ただ、今になって冷静に考えてみると。私はそれなりに付き合いの長い友人が、理不尽な理由で不当に傷つけられようとしていたことに対して、強い憤りを感じていたのだと分かる。故に――。
「――ロンです。四暗刻単騎、大三――あ、たしか高校の公式戦だとダブル以上のルールはありませんでしたね……」
――東一局、十四巡目。レギュラーメンバーで誰よりも堅固な守備力を有していたその先輩のガードをプライドごとぶち破る役満直撃で、勝負はあっけなく終わった。
呆然とする人、イカサマを疑う人。反応は十人十色という感じではあったものの、その後も色々な人から勝負を申し込まれ、戦った。ほぼ半日ぶっ通しで対局し続けていたように思う。その悉くを私は返り討ちにし、勝ち続けた。
当然その結果からすれば、負けた先輩のほうが退部しなければならない。だけど彼女を辞めさせたくはない先輩たちがこれまでのことを詫びながら必死に頭を下げる形で条件の撤廃を要求。元々賭けそのものが曖昧な条件だったというよくわからない理由をつけて、私もそれを承諾した。
その先輩は今でも部活に留まっているけど、以前のような高圧的な態度は完全に鳴りを潜め、部活中でも決して私と目を合わそうとはしない。周囲の先輩たちも、私を見るとまるで化け物にでも出遭ったかのようにこそこそといなくなる。
同級生たちは難癖をつけてきた上級生を返り討ちにした私のことを好意的に見ているようだけど、教室では普通に接してくれはするものの、卓を囲むことだけは頑なに拒否されてしまうという有様で。部活動中に麻雀を打つ相手が見つからない、という実に不可思議な現象が発生してしまっていた。
気まずい関係がこのまま続くくらいなら――と、手にした退部届を顧問の先生にいつ渡そうかとタイミングを伺っていた時、言われたのが先程の科白だった。
特別に部活動を休みにしてもらった週末。顧問の先生から渡された件の人物の写真と一万円札を手に数回路線を乗り継いでわざわざ時間をかけてやってきたのが、ここ茨城県鹿嶋市。今現在私が通っている高校の所在地でもある土浦市とは霞ヶ浦を挟んだ対岸に隣接している場所で、茨城県の中ではかなり南端に近い場所に位置している。
この町にはプロサッカーチームのホームスタジアムがあったりもするらしいけど、全国的に有名どころといえばやっぱり鹿島神宮のほうになると思う。改札を抜けて、本日の待ち合わせ場所に指定されている鹿島神宮へ向けて歩きながら、手にした写真にちらりと視線を落とす。
どうやら写真に写っている相手の方は現役の麻雀プロだか元プロだか、とにかくその筋ではかなりの著名人だそうで。普段はとても多忙な暮らしをされているためなかなか時間が取れなかったらしいんだけど、たまたまこちらに来る用事(試合?)があって、その合間を縫う形で私と面会することを先方に了承してもらったという話だ。
なんでそこまで……と思わなくはないけれど。息の詰まる部室で延々と牌符の整理をしているよりかはマシだったから素直に頷いておいた。
大鳥居を抜けて参道を歩き、楼門へと向かう。
季節柄、参拝客が大勢……というわけにはいかないようだけど。そこそこ人の往来が見られる参道の途中、朱色の建物を見上げるようにして、写真の通り右目にモノクルをかけたおそらく四十代後半くらいの女性が立っていた。私が近づいていくと、その人は背後の様子に気づいていたわけでもないはずなのにゆっくりと視線を落とし、何気ない感じでこちらを向く。
「――っ」
蛇に睨まれた蛙の心境とは、こういう感じなんだろうか。
穏やかな表情を見せているその人の雰囲気とは裏腹な奇妙な緊張感が、私の身体を一瞬にして強張らせた。
「ごきげんよう、お嬢さん」
「あ……こ、こんにちは。あの……」
「話は聞いているから大丈夫。あなたが小鍛治健夜さんね? 私は熊倉トシ、今は麻雀プロというよりはスカウトのようなことをしているものだよ」
「スカウト、ですか……?」
「ええ。いちおうプロとしてもまだ現役なのだけど、それと同時に特別な能力を発現させてしまった子たちの面倒を見ているのよ。例えば貴方のような、ね」
「はあ……」
特別な力なんてあったからどうだって話だと思うんだけど。あ。まさか、最初からスカウト目当てに対面させられた訳じゃない……よね?
そんな風に考えていたはずの私の推測は、後に続いたその人の言葉で綺麗に吹き飛ばされることになる。
「さてと。それじゃまずはお参りにでも行きましょうか。せっかくそのつもりで鹿島神宮に来たんだし、ここで話をしているのは時間が勿体ないでしょう?」
「……え?」
ぽかんとする私の手を引いて、その人は参道を歩き出した。
その後のその人の言動を見るに、私の考えはまったくの的外れだったということが分かった。だってこの人、本当に観光目的で訪れた人たちみたいにあちこち立ち寄っては目を輝かせて、傍目から見ても明らかなくらいにはしゃいでいるんだもの。むしろ私との面会という理由を使って時間を作り、観光するためにやって来たんじゃないかと疑いたくなる程である。
まぁ、私も強引に連れまわされながらもそれなりに楽しかったりはするんだけれども。
拝殿で二人揃って参拝した後に、急かされて御神籤を引いた。
実は私は小さい頃から御神籤で中吉以上末吉未満の結果を引いたことが無かったりする。色々なところでこじんまりと纏まっている私らしい結果だと思う。
ちなみに今回も例に漏れず結果は末吉だった。どうにもぱっとしないところを引いてきたものだと自分でも呆れるばかりではあったけれど、願い事の欄に書かれていた『望めば結果はついてくる』という部分は少しだけ信じることにしておいた。
一方の熊倉プロはというと。開いた瞬間に大人げなくもおおはしゃぎで、大吉でも出したのかと横から覗き込んでみれば――。
「だ、大凶……!? って、どうして喜んでるんですか!?」
「だって大凶なんて滅多に引くことないでしょう? レア度だけでいったら大吉よりも高いもの。ふふ、まさか今日という日にこんな極端な結果が出てくるとはねぇ……」
ちらりと私のほうを見て、嬉しそうに笑う。
その物言いだと何故だか私が大凶を引いた元凶であるかのように聞こえるんですけど。
私から向けられているジト目もどこ吹く風という感じで、機嫌良さそうに歩き出す。ため息一つをその場に残し、私はその後を追った。
並んで歩くわけでもなく、そのまま数歩ほど後ろを歩いていた私に、突然振り返った熊倉プロが言う。
「小鍛治さんはあれかい? 女は三歩下がって歩くべし、を持論にでもしているの? もしそうならいまどき珍しいくらいに古風な子だねぇ」
「……え?」
「あら、そういうわけじゃないようだね。そうでないならこっちにおいで。その距離のまま付いてこられたんじゃ世間話の一つもできやしないでしょう?」
「はぁ……すみません」
言われたとおり、早足で隣に並ぶ。
素直に行動に移したものの、世間話といわれても初対面の目上の方に対してできるような面白い話なんて私には無い。友人からも健夜は少し無意識に吐いてる毒を控えたほうがいいよ、なんて忠告をされるくらいだし。できるだけ失礼の無いように言葉を吟味しなければと思えば思うほど、会話をするというただそれだけの行為が酷く困難なミッションに思えてしまう。
「貴方にとってはあまり触れられたくは無い話題かもしれないけど、頼まれていることだし、こうして顔を合わせた以上はきちんと話をしておかないとね」
「……はい」
「そんな思い詰めた顔をしなくてもいいのよ。言ったように世間話のようなものだから」
本題――ということになるはずなのに、熊倉プロの言葉はとても柔らかい。軽いといってもいいくらいに。それがこちらを気遣ってのことだということには、さすがの私でも気が付いた。
まぁ、だからといって完全に肩の力を抜けるのかといわれたら、また別の話になってしまうわけで。
「初対面の時にも少しだけ触れたと思うんだけど、貴方には特別な力がある。ちょっと視させてもらったんだけど、貴方のその能力はとても強力。怖いくらいにね。言ってみれば三元牌の發といったところかしら」
「え……?」
三元牌といえば、麻雀で使う白發中の牌のこと……だと思うけど。特別な能力があるというのが事実だとしても、そこで牌の種類が口から飛び出てくる理由がよく分からない。
それに関して説明をするつもりは無いのだろうか。頭にエクスクラメーションマークをいくつも点灯されている私をさらっと無視する形で、熊倉プロは会話の間合いの範囲外から一足飛びに距離を詰めると、鋭く本題に切り込んできた。
「薄々は気がついているんじゃないかい? 自分の打つ麻雀が、対局相手の運気や力……卓を支配している色々な要素を取り込んで『負けるはずのないモノ』になってしまっていることに。それはイカサマにも似たもので、自分自身の打つ麻雀に忌避感を覚えてしまった。だからこそ麻雀を続けるかどうかで悩んでいる。そうでしょう?」
「――……」
「貴方のその気持ちは分からなくはないのよ。そういった疑問にぶつかって、実際に辞めて行った子たちを何人も見ているからね。でもね、よく聞いてちょうだい。その能力は、正しく認められている貴方自身の強さの証」
だから――と。熊倉プロは続けた。
「今日ここで貴方と会えたこと、本当に良かったと心から思うのよ」
「……どうしてですか?」
「だって、もしここで会えなかったら貴方は遠からず麻雀を辞めてしまっていたのでしょう? もしそうなってしまっていたら、日本の将来を担う至宝を失うことにもなりかねなかったということだからね」
至宝……? 私が?
ただひたすらに相手を蹂躙するだけの私の麻雀が、日本の将来を担う……?
お為ごかしならそれでもいい。煽てて木に登らせたいだけならば私はそれを一笑に付しただろう。だけど、そう語った熊倉プロの表情は、疑う余地を挟ませないほどに真剣そのものだった。
「小鍛治さん。私はこれから、貴方にとってとても残酷なことを言わなければならないわ。貴方が麻雀を好きであればあるほど、それは残酷で耐え難い痛みを齎すかもしれない。それでも、それを聞く覚悟はあるかい?」
「……」
覚悟――なんて、あるはずがない。だって私は、心から麻雀を好きだなんて口が裂けても言えないのだから。
でも、それを聞かずに麻雀を辞めることはできないと思ってしまった。人に誇れるような取り柄が何も無かった私にとって、この人のその言葉は魅力的に過ぎたから。
こくりと一つ頷いて、肯定の意を伝える。それが今の私にできる、最大限かつ唯一の意思表示の方法だった。
「たとえ貴方自身がそれを望まなかったとしても、その能力に本格的に目覚めてしまった今、どんな相手との対局でもわざと負けない限りは勝ち続けることになる。それはきっと、インターハイに出場して強豪校の子たちと戦ったとしても変わらないわ。貴方のその能力を打ち破ることができるだけの打ち手は今、私が知る限り、少なくとも国内で見出すことはできないからね」
「それって……?」
「ある意味、約束されている勝利といえるかもしれないね。それは貴方に麻雀をつまらないと思わせることになるし、結果嫌気が差すこともあるかもしれない。ただ強いだけという存在はね、それだけ孤独であるということでもあるのよ……麻雀という競技に触れている時に限ってだけど、貴方はこれから常に絶対的強者だけが味わう本当の孤独に苛まれることになるでしょう」
それは宣告に等しい言葉だった。
これから先、私が普通に麻雀を楽しいと思うことは無くなるだろうという。麻雀という競技を楽しむ資格が、既にお前には無いのだという。
もし私が麻雀を好きだったら、その事実を突きつけられた時点で絶望していたかもしれないけれど。少しだけ胸の奥がちくりと痛んだような気はしたものの、それを聞かされてなお冷静なままでいられたことが皮肉にも麻雀に対する私の冷めた感情を端的に現しているように思えた。
「でもね、それはずっと続くわけじゃないよ。いつかきっと、小鍛治さんですら敵わない相手が現れる――いえ、そうじゃないわね。私が必ず見つけ出してみせるって、ここで約束をしておきましょうか」
「どうして、そんな約束……?」
「それはもちろん――貴方のような子を独りぼっちにしない。それが私の頑張る理由だからだよ」
だから貴方には、麻雀を続けてみて欲しい。
そう言ってにっこりと微笑んだ熊倉プロの表情は、迷子になって泣いていた私を抱きしめてくれた時のお母さんのように、ただ優しかった。
「あれから十二年、か。早いものだね」
ろうそくの火が全部消えて、みんなが寝落ちしてしまった後。縁側でボーっと星々がきらめき続ける夜の空を見上げていた私の背中に、そんな声がかけられた。
振り返るでもなく、応えるでもなく。
ただ空を見上げ続ける私の隣に腰掛けて、その人も同じように天を仰ぐ。
「今年の夏は、一際暑かったねぇ」
「――はい」
「あの年頃の子達は吸収力が違う。全部が全部って訳にはもちろん行かないんだろうけど、きっとこれから先もあのたくさんの星たちはあんな風にキラキラと輝き続けるんだろうね」
「若いって羨ましいですよね。あの子たちを見てると素直にそう思います」
「おやおや。貴方だってまだ十分若いじゃないの」
「最近特に年齢で弄られることが多いんですよ。まだ二十代なのに……どう思います?」
「ふふ。それは健夜ちゃんがみんなに慕われている証拠でしょう」
「うーん、そんな慕われ方は正直ちょっと……」
秋の夜長に響く、虫たちの大合唱の中。交わされていた言葉たちが、吹き抜けていった風の合間にふと途切れた。
耳の奥にまで染み込むような沈黙が二人を支配する。やがて――それを破るようにして言葉を漏らしたのは、熊倉先生のほうだった。
「私は――貴方に謝らなければならないわね。約束を守れず、長い間、貴方をずっと独りぼっちのままにさせてしまっているのだから」
「……いいえ。その必要は無いです。謝罪の言葉なんていりませんよ」
「そうかい?」
「ええ。私は――プロ雀士っていう立場の今の自分がそれほど嫌じゃないんです。あの約束も、いつも私を助けてくれていました。だから――」
待って、ただひたすらに待ち続けて。挑まれれば戦って、戦い続けるから挑まれ続ける。そのうちに史上最年少でプロ八冠を達成してみたりもした。
いつの間にか日本の代表として世界にまで飛び出していったあの頃のこと。四位の選手のトビ終了という敗北と呼ぶには不完全に過ぎたリオでの決勝、その果ての銀メダルもそう。
始まりは――あの日、あの時、あの言葉。
約束は守られてはいないかもしれない。けれども、私の人生において大切なものは全部――きっとその『約束』があったからこそ、この手の中に生まれ落ちたものだろうから。
最初の出会いから十二年。長いようで短く、短いようで長い年月を私たちは過ごしてきた。
二十七歳という年齢が物語るのは、私はもうあの頃のように青臭い感情に左右されてしまったりはしないだろうという現実。成長なのか、擦れてしまっただけなのか。それは分からないけど。
痛いくらいに照りつける太陽の日差しから身を守ってくれるその
「――だから私はね、先生。いつまでも守られる立場のままいるんじゃなくて、あの時の先生のように、誰かを守れる立場の人間になりたいって、そう思ったんです」
「……そうかい」
「まぁ、とりあえず私の差した傘の下に居てくれるのは、胸の大きな女の子に弱いところが玉に瑕――の、不肖の弟子くらいなんですけどね」
「ふふ、あの子ね。色々と経験が足りないだけで筋はいいみたいだから、これからいっぱい可愛がってあげなさい? 貴方が愛情を注げば注ぐほど、彼はきっと大物になれると思うから」
「大物ですか……そうですね、そうします」
よかったね。この人にお墨付きを貰ったのなら、間違いなく将来は大物になれるよ。
おそらく今頃はぐっすり夢の中と思われる、件の彼が眠っているだろう部屋に向けて、私は少しだけ微笑んでみせる。
月が沈み夜が明ければ、また忙しない日常が目を覚ます。
私と熊倉先生だけが知っている、秋の夜長の隙間に落ちた、ちょっとした一幕のそんなお話。
健夜さんの昔話その①。
後半のシチュエーション的に意味不明な部分がちらほらあるかもしれませんが、詳しくは本編をお待ちください。