少しだけ、真面目な話をしようか。
私が麻雀という競技に初めて出会ったのは、中学生になったばかりの頃のこと。その頃の私は特に得意なものがあるわけでもなく、さりとて他の誰かに劣るほど不得手なものもないという、とりたてて特徴のない地味めな子供だった。
勉強然り、スポーツ然り。対人スキルは、下手をすればその頃のほうがまだマシだったと思わなくもない程度に社交的だった……ように思うけど。
――さて。そんな私が何故に麻雀牌を握ることになったか、といえば。
答えは実にシンプルで、中学生になった途端に始まった必修クラブ制度とやらのためだった。それは簡単にいえば、中学校に所属する生徒全員は必ず何かしらの部活動を行わなければならない、という感じのものであって、当然のことながら私も何かのクラブに所属しなければならなかったのだ。
当時の部活動の花形といえば、男子だとやっぱり運動系では野球バスケサッカー、女子だとバレーバスケテニスという感じだったかな。そんな不動のトップスリーが人気を誇っている中での麻雀部の立ち位置はというと、文化部扱いとなってはいたものの当時から男女問わず人気の高い競技であって、クラスメイトの三人に一人は小学生時代に一度は牌を握ったことがあった程。文化系の部活の中ではダントツで人気があったといっていい。
意外と思われるかもしれないけど、私はその『三人に一人』の中には含まれてはいなかった。
だから当然最初から麻雀部に入るつもりなんて欠片もなかったし、文芸部にでも入って三年間静かに過ごせたらいいな、なんて打算を働かせながらクラブ誘致合戦を華麗にスルーしていた。
そんな時、幼なじみであり、当時いちばん仲の良かった友人が言ったのだ。一人で部室に入るのは怖いから、一緒に麻雀部に行ってくれないか、と。結果的にそのお願いに対して強く出られなかった私は、なし崩し的に麻雀部へと入部することになるわけだけど。
人生というのは、いつどこで転機が訪れることになるのか分からない。
もしあの時友人の願いを聞き入れることなく文芸部に入っていたとしたならば、少なくとも世間的に認識されている
であれば、そんな一般人な私とは、いったいどんな仕事に就いて、どんな生活を営んでいたのだろう。
普通にOLとして働いていたとすると、職場で出会った青年なんかと恋をしたりして、もう結婚はしていそうな気がする。そうなれば当然会社は寿退社をしていて専業主婦になり、旦那様が仕事の間は本を読みながら優雅に紅茶の入ったカップを傾けたりしつつ、夕方には腕を振るって料理を作ったり。大好きな人の子供を産んで、育てて、休日には家族で遊びに出かけるとか。そういった幸せの中にいた可能性もあったわけだ。
まぁ、普通に売れ残って後輩の子たちからお局様扱いされて凹んでいる自分のほうが想像しやすくて嫌になるけど……。
そんな妄想はともかく。
本人にとってはまるで自覚のないところで人生の岐路に立たされているということは、往々にして存在するものだ。私にとっての最初で最後の分岐点は、まさに中学時代の部活選びにあったという、たったそれだけのお話。
麻雀連盟の支配下にあるプロ雀士は、一部と二部とを問わず、まず必ずどこかのチームに所属しなければならない。
(※ライセンスを取得しているフリーのプロ雀士も少なからず存在するものの、彼らは公式的にはアマチュア扱いのためプロ用の大会はノンタイトル個人戦にしか出場資格がない)
所属のための方法は様々だけど、一部リーグの場合基本はドラフトだ。連盟主催のアマチュア大会で入賞するか、あるいは実業団リーグやインカレ・インハイなんかで目を瞠る活躍をした有力株の選手は、予めプロ入り希望の意思を示す書類を提出しておけばだいたいここで指名される。
プロ雀士界隈での認識でいうならば、ドラフト入団組はエリート的な扱いを受ける立場かな。
近年の有名どころでいえば、なんといっても昨年度の新人賞受賞者、戒能良子であろう。
彼女の名が麻雀界に知れ渡ったのは二年前、高校生活最後の全国大会。大会後にはチャンピオンとして名を馳せることになる宮永照を相手にして、大会を通じて唯一大きな一撃を食らわしたことで実力の程を評価され、高校卒業と同時にドラフトにかかって一位指名でプロ入りしたという経緯を持つ。
後の活躍ぶりからすると、ここ数年のドラフト組の中では飛びぬけていい成績を残しているプレイヤーといえるだろう。
しかし、プロの中には当然そうでない選手というのも多数存在する。
そもそも二部リーグ所属のチームには、ドラフト指名権が存在しない。なので基本的に一部のチームで戦力外通告を受けたプロを雇い入れるか、ドラフトから漏れた選手たちを自前で開いたトライアルにかけ、そこで目に適った選手を獲得して育成するのが主流である。
もちろんそこから一部リーグ所属チームのスカウトの目に留まり、晴れて移籍(個人昇格)をする場合も当然あるわけで。
今現在一部リーグで活躍しているプロ雀士が、必ずしもドラフト組ばかりという訳では決してない。
そんな流れが常道化している中、非常に異質なプロ入りへの道を辿ったのが、件の女性。
――瑞原はやり。一部リーグ・ハートビーツ大宮に所属するアイドル兼プロ雀士、通称『牌のおねえさん』と呼ばれる彼女であった。
「健夜ちゃんお久しぶりー」
「あ、うん、久しぶりだね」
彼女とこうして顔を直にあわせるのも、夏の全国大会の時以来だろうか。
一部リーグ所属の彼女らと二部リーグ所属の私とでは、圧倒的に立場が違う。
中断期間中に行われたオールスター戦でも組分けが違ったので直接会話をすることもなかったし、ランキングに影響のあるトーナメント形式のカップ戦なんかは開催日やチームの資金の関係上ここのところ私のほうが出場していない。いくら同じプロといっても戦う舞台が異なれば、同じ卓を囲むことなんてそう滅多に起こらないのである。
仕事の現場で会わないとなれば、更にアイドルとして活動もしなければならない彼女とはプライベートで会う時間もほとんどないに等しいわけで。
メールでやり取りすることはままあるけれど、顔を見て話をするとなればたしかに久しぶりと言えなくもなかった。
「で、どうしてここにはやりちゃんがいるの?」
「せっかくだからと地元の方に案内を依頼してみたのですが、いけませんでしたか?」
「いけないってわけじゃないけど……はやりちゃん、週末の試合大丈夫なの?」
よほどの事態が起こらない限り、一部の試合は土曜日に、二部の試合は金曜日に行われることがリーグ戦のレギュレーションにより定められている。
今月は連盟主催のカップ戦も開催されないし、リーグ戦も通常通りのスケジュールで行われるはず。
この二人が仲が良いということは一般的にもわりと広く知られている事実ではあるけれど、次回が地元開催の良子ちゃんはともかく、関東のチームに籍を置くはやりちゃんはシーズン中に里帰りをしているような暇があるんだろうか?
「えへへー、実は次のリーグ戦、はやりのチームも松山遠征組なんだ☆」
「あれ、そうなの?」
「うん。だからついでにお母さんの顔でも見ておこうかなってちょっと早めにこっちに来たの。お盆はお仕事が忙しくてなかなかこっちに帰れなかったからね☆」
「レポーター役でインハイに呼び出されている間は仕方ありませんよ」
なるほど。その辺りは普段から両親の顔を見慣れている私とは違う感覚なんだろうな。
「でもじゃあ次節は二人の直接対決なんだ?」
「そうなりますね。もっとも両チームとも今シーズンは中位に沈んでいるので優勝争いとは無縁なところでのバトルになるのが残念ですが」
「モチベーション的には微妙なところかもしれないね。でも残留争いに巻き込まれてないだけマシじゃないかな」
「たしかにそれは言えてるかもー」
チーム的にもファン的にもいえることだけど、あれは精神的に相当きついと聞いている。
一生その感覚を知らなくて済むというのであればそうありたいと、すべてのプロ雀士が願っていることだろう。
「では、そろそろ行きましょうか」
「……うん? 行くってどこに?」
「決まっているでしょう? せっかくここまで来たのですから、今代の須我家の御当主にご挨拶を」
麻雀界において、
それまでは大雑把に感覚派と理論派に分類されていた雀士の性質。
従来の意味でいうオカルト麻雀といえば、場の流れや運気を重視する感覚派のことを指しており、牌効率や確率論を重視する理論派のことをデジタル麻雀と呼んでいた。後者に関しては今もってそうだから一旦置いておくとして。
近年、というのがどれくらい最近のことかというと、私が小学校へ入学した頃にインターハイで活躍していた世代――といえば、だいたいの年代は掴めるだろうか。
セオリーのことごとくを無視したえげつない闘牌にも関わらず、何故かとんでもない勝率を残す雀士というのがまず男子部の中に登場した。
もちろんそれまでにも熊倉先生や大沼秋一郎現シニアプロのように理論重視な打ち筋と併用して特異な力を行使する打ち手は存在していたらしいけど、そういう人たちは主に感覚派として扱われており、頭の凝り固まった古い時代の連盟のお偉方さんたちは頑なにその存在を認めようとはしていなかった。
そこにきて、純粋混じりっけないオカルト特化型の雀士により古い価値観の破壊が徹底的に行われた。
良いか悪いかは別として、分類に第三の派閥『異能力派』が加わったのは彼の活躍があったからこそだろうと、話を聞かせてくれた熊倉先生は仰っていた。
なんでもこの頃の協会関係者にはちょうどその頃に麻雀界で活躍していたいわゆるオカルト肯定派の人たちが増えてきていて、従来の保守派を抑え込む形で多数派になりつつあるのだそうだ。今年のように、偏った形式で行われている全国大会のルールは、その影響をモロに受けているといっていいだろう。
ちなみに、何故オカルトと呼ぶようになったのかという疑問をぶつけてみたところ。
その彼――というのが、鹿児島県にある霧島神宮を含めた神境一帯を治める神代一族の跡取り候補であったため、神社関係者による不可思議な力だと考えられていたが故に『正しくオカルトによる麻雀』として、オカルトと揶揄されることになったらしい。
オカルト能力の根底にあるものが日本古来の神々の特徴に当て嵌められて考えられるのもまた、その影響といえるかもしれない。
「……と、いうわけで。八岐大蛇を無事討伐せしめた素戔嗚尊は、湯津爪櫛に変えていた奇稲田姫を元通り美しい娘の姿に戻し、約定通りに娶ることにしたそうです。討伐後、二人で暮らすための地を求めこの地へとやってきた素戔嗚尊は『すがすがしい場所』であるここを居住地と定め、日本最古の宮殿を築き妻と共に仲睦まじく暮らしました」
「はや~、なるほどー」
「その際に素戔嗚尊によって詠まれたという和歌が、敷地内の石碑に刻まれています。当神社は日本初之宮としても有名ですが、同時に和歌発祥の地とも言われているんですよ」
須我神社の巫女さんによるありがたい昔話が終わり、私たち三人は揃って小さく息を吐いた。
ご当主が来られるまで間があるからと神社の建立に纏わるお話をしてくださったこの巫女さんはどうやら件の人物の奥様らしい。
しかしまぁ、名前を出しただけでフリーパスなのはさすが良子ちゃんというべきか、それともその背後にいる霧島の関係者がすごいのか。
宗教に疎いとされる民族の私としては、いまいちピンと来ないことではあるけれども。
日本における神々の歴史において、素戔嗚尊を発端としたものはここ出雲地方から始まった。そして素戔嗚尊の姉、天照大神の子孫である
その由緒正しい御宮の管理人が現在の神代家であり、良子ちゃんの背後にいる関係者である。それだけ考えてみても影響力がハンパないということが分かるだろう。
例の企画もそろそろ次の場所へ取材に行くという話が出ているし、もし行き先が永水女子に決まるようであれば、粗相をしないで済むようにこちらもかなり気を引き締めていかなければ。
これまでの学校と同じノリで行って神境の姫様こと彼女に万が一のことがあれば、裏の人たちに錦江湾あたりに人知れず沈められて……うん、あの子にもきちんと釘を刺しておこうと今決めたよ、私は。
「お待たせ致しました。現在の神主を勤めさせていただいております、須我と申します」
満を持して襖を開いて現れた人物は、想定よりも遥かに御歳を召した好々爺然としているお爺様だった。
直系の須我家といっても、特に特別な能力を有しているわけではない。
からからと豪快に笑いながら、神主さんは開口一番こともなさげにそう言った。
京太郎君が奇稲田姫の末裔だから特殊な能力に芽生えたなんてのは後付けのようなものであって、一族だからといって必ずしも天恵が受けられるなんてことはないし、結局それは血筋というよりも彼個人に与えられたものに過ぎないと。
それはまぁ、納得できる。
私なんかは神様とは何の関係もない場所で生まれ育った人間だけど、誰よりも凶悪なチカラを持っている。オカルト雀士がすべて神社関係者というわけではないし、むしろ先祖のルーツに神様の血が混じっている存在なんてもののほうが、競技人口でみれば稀少なのは間違いないのだから。
もっとも、それはそれとして彼の能力の根源がこの地の神話に根ざしているかもしれないという以上、興味をそそられないと言えばそれはウソになるんだけどね。
「時に小鍛治プロ、彼の写真か何かをお持ちではありませんか?」
「京太郎君の写真? ちょっと待ってね、たぶんあると思うから……」
携帯の中に保存されている画像を表示して、良子ちゃんに手渡す。
映し出されているのはいつだったかにこーこちゃんから送られてきた、あどけない寝顔の(たぶん盗撮)写真だった。
他に写真があればよかったんだけど、さすがに現役女子高生の子たちよろしく一緒に撮ろうよなんてことは言い出せなかったため、これが唯一私が持っている彼の写真なのだ。悲しいけどこれがアラサー女の限界なのよね。
「わぁ、かわいい子だね~☆」
「この年頃のボーイに可愛いというのは褒め言葉にはならないのでは……っと、小鍛治プロ。彼はこれ自分で髪を染めているのですか?」
「え? ああ、どうもそれ地毛みたいだよ。家族はみんな黒髪なのに自分だけ金髪だったから、中学校の頃から先生とかに誤解されて不良扱いされて困ったって言ってたなぁ」
「ふむ。やはりそうですか」
けっこう綺麗な金髪だし女の子からは羨ましがられそうなものだけど、聞いてみたらそんなエピソードは無かったとも言っていたっけ。
でも、それがどうかしたんだろうか?
「これでまた推測に状況証拠が一つ積み重ねられました。お二人は収穫前の稲穂がどうなるかご存知ですか?」
「何で急に稲穂――あっ、そういえば黄金色に波打つ稲穂とかって表現をするよね?」
「言われて見たらたしかにこの子の頭みたいだね~」
「ふむ。確かに奇稲田姫はその名が示すとおり稲田の神様ですからな。加えて姓が須賀であれば、何かしら縁があるのではと思われるのも頷けます」
なるほど。たしかに説得力のある話だと思う。
聞けば京太郎君の両親を含めた親戚一同はみんな地毛は黒髪だそうだし、もし本当にこの地の須我家あるいは須賀家と関係があるのなら、髪色も先祖がえりみたいなものということか。
……んん? 待てよ。
例えば良子ちゃんの推論がすべて真実だったとして、そうとなれば京太郎君には奇稲田姫の他に素戔嗚尊の血が流れていてもおかしくはないということになるのでは?
男の子なんだから、どうせならそっち側の能力が芽生えていたほうがしっくりくるような……。
「私もこれでも神境の一員とされていますから、それに関してはなんとなくですが分かりますよ」
「えっ? どうして?」
「それは当事者でもある私から説明することにしますかの」
古くから名を残し、そのお役目を受け継いでいる神代家やここ須我家のような家柄において、跡継ぎというのは古くから男児に限るとされてきた。
これはおそらく、ある程度勢力を保つ大きな家においてはよく見られる相続の形と思われる。
男の子が生まれたらその子を跡継ぎに。女の子が生まれたらその子は別の家に嫁いでしまう、あるいは外部から婿を招き分家の一員として生きていくことになる。
規模はともかく、仕組みとしては皇位継承権における男系の重要性と同じようなものだろう。
――で、だ。
男系の血が本家に残って須我を継ぎ、女系の血が分家に嫁いで須賀となる。
つまり、始まりが女児から派生している分家には始祖である素戔嗚尊のY染色体が受け継がれておらず、先祖が分家筋の人間である(と思われる)京太郎君にはそちら側の血がほとんど受け継がれなかったのだろう、というのが関係者二人の言い分であった。
「うーん、あの子にとっては良かったのか悪かったのか」
「素戔嗚尊は乱暴者として解釈されることも少なくはありませんから、もしそちら側の血を濃く受け継いでいたらもっと攻撃的な能力が芽生えていたかもしれませんね。もしかすると性格にも影響が現れていたかもしれませんが」
「うっ……それならまだ今のままでいれくれたほうがいいかな」
万が一にも彼が荒ぶる鷹のような性格だったとしたら、まず師弟関係にはなっていなかったと思うし。
それはそれでちょっと寂しいものがある。
「なるほどね~、健夜ちゃんを見てたらはやりもその子にちょっと会ってみたくなっちゃったかも」
「え……!?」
「はや? どうしてそんな顔するの?」
「ううん、別に何も」
言いながらも視線はその果てしなく豊満な部分へ吸い付くように引き寄せられてしまった。
童顔でかなりのものをおもちのはやりちゃんは、雰囲気こそまるで別物だけど、外見だけを見ればどことなく原村さんの進化後を彷彿とさせるものがある。そんな彼女と彼とを引き合わせるのは、いろいろな面を考えても不安しか浮かんでこない。
といってもそれは嫉妬なんていう可愛らしくも面倒くさい感情から来るものではなくて。
どちらかというと、躾の至らなさを外出先で如何なく発揮された時にその子供の母親が周囲の目に対して感じてしまう後ろめたさ、とでもいうべきか。
彼が紳士でいられるボーダーラインなるものがこの世に存在するとして、その境界線がどのあたりに設定されているのか正直さっぱり分からないけれど、少なくとも原村さんと同等かそれ以上の瑞原はやりという女性は、そのラインを遥か向こう側に飛び越える存在であることには間違いない。故に暴走する可能性は捨てきれないのである。
……まぁ、心配なのは何もそちら側だけというわけでもないんだけど。
はやりちゃんははやりちゃんでこう、なんていうのか……本人曰く小学生の頃からそうだという、その強烈かつ確固たるキャラクターをどんな時でも崩さない。そのせいか、たまに世間の声として「あのプロはキツい」というような意見を聞くこともある。
仮にも同年代の、友達と呼んでもいいだろう相手が自分の弟子に痛い人扱いされるのもまたやるせないに違いないのだ。私が本人のいない場ではやりちゃんの話題を出された時に思わず胃が痛くなってしまう原因の大半はこの部分によるものである。
猫耳メイド姿の私を見て褒めてくれる彼のことだから、大丈夫だとは思うんだけど……二人のダメな部分が組み合わさった際の相乗効果で、展開が思いも寄らない方向に転がってしまう危険がある以上、こちらとしてはどうしても戦々恐々とせずにはいられないのであった。
ここまでのお話で京太郎君の持つオカルト能力が奇稲田姫とその周辺の伝承に由来するものっぽいということは、なんとなく納得した。
それにしても、一個人が有するものとしては話のスケールがだいぶ大きくなってきたと思わなくもない。
「あのさ、そもそもオカルト能力って何なんだろうね?」
「一言で済ませてしまえば神様がその者に与えたもうたギフト――才能といえるのではありませんか?」
その問いに即座に返してきたのは良子ちゃんだった。
「才能かぁ。霊感とかは関係ないんだ」
「神境の姫様などは巫女としてお持ちの霊力を麻雀用に逆輸入して発現させておられるので、この場合は完全に無関係とはいえないでしょうが。どちらかというとそちらが例外なのであって、霊感がないからオカルト能力が芽生えないかと言うとやはり違うと思うのです。小鍛治プロもその一人ですよね?」
「うーん。たしかにこれまで幽霊とかを見たことは無いけど……」
姫様といえば、永水女子の先鋒――神代小蒔か。
あの子の麻雀は巫女であるその身に神様を降ろすことによって成立しているらしいという話を聞いたことがある。いっそ清々しいまでに他人(神?)任せなものであり、能力依存度でいえば今大会出場選手の中でも随一な上、それを取り上げられた際の本人のレベルは初心者に毛が生えた程度とも聞く。
高千穂峡の山頂に瓊矛よろしく突き立てられても困るので、関係者たる良子ちゃんの前で口にすることは無いけれど。正直な話、昨年度の全国大会で宮永照・天江衣と同等な実力者として彼女の名前が挙がったことにも違和感しか覚えなかった。眠ると強くなるって、なんだそれ。
「でも才能って聞くとさ、オカルト能力を持ってるってだけでその人たちはみんな天才だって言ってるっぽく思えてきちゃうんだけど」
「それは違うんじゃないかな~? 才能って子供の頃はみんなたくさん持ってるって言うし」
「はやりさんの言う通りですよ。本人が望むと望まざるとに関わらず、人は必ず何かしらの才能を有して生まれてくるものです。バット、才能というのは目に見えるものばかりではない。己自身に理解できるものとも限らない。才能があるからといって、必ずしもその道へと進む人間ばかりではないでしょう?」
「うん、それはまぁそうだろうね」
「己の持っている才能を活かすことのできるものに出会えるかどうか。そして、それを活かし続けようという意思があるかどうか。大切なのはその二点であって、才能という言葉だけで大成が確約されているわけではありませんから」
「継続は力なりって言うしね☆」
「才能は種みたいなもので、芽吹くかどうかはその人の運と環境次第ってことかな?」
「そうですね。そういった意味でも小鍛治プロは正真正銘麻雀における天才と呼ぶに相応しい人だといえますか」
「そういうの褒め殺しって言うんだよね。知ってる」
まぁ、なんとなく言いたいことは理解できたと思うけど。
たとえば人を魅了することのできる魂の篭った音を奏でることができる音楽界のピアニストしかり。
独自の嗅覚とも呼べる不思議な感覚の位置取りで得点を量産していくサッカー界のエースストライカーしかり。
芸術・スポーツ・勉学、どんな分野においても才能のある人物というのは必ず現れるもの。麻雀におけるオカルト能力というのは同じ競技をしている人間に分かり易い結果を齎すという特徴があるだけで、本質はそれらと同じということらしい。
その言葉どおりに解釈するのであれば、私も京太郎君も大会で活躍して見せた宮永さんたちも等しく『麻雀が強くなる才能の種』を持って生まれてきたということになるのかな。
そして私は麻雀と出会い、その種に栄養をしこたま注ぎ込んだ結果として仏隆寺の千年桜級に育て上げてしまったと。これ、素直に誇って良いものかどうか……。
「はや~、たくさんある分野から麻雀と出会うって、それってすごい偶然だよね。運命っていってもいいくらい☆」
「小鍛治プロがもし他の分野でも麻雀と同等のポテンシャルを秘めていたとしたらと、そう考えるだけでも恐ろしいですが……」
「ご期待に添えなくて残念だけど、料理とボウリングに関しては既に凡人クラスだってことが判明してるんだ」
私の場合は麻雀特化型だから分かり易いっちゃ分かり易い。
良子ちゃんの場合はおそらく巫女としての才能も持っていて、麻雀と霊媒どちらにあっても質の高い力を発揮できるのだろう。
そしてはやりちゃん。彼女は今でこそアイドルと雀士をかけもちでやってはいるけれど……本来であれば高名な大学や企業なんかで研究者の道を行くこともできた程の才女である。
「健夜ちゃんは麻雀が天職みたいなものだからいいんじゃないかなぁ。でも他の競技でも同じような特殊能力で活躍する人が出てもおかしくないのにね~」
「認知されていないだけで、中にはいるのではありませんか? サッカーなどではフィールドを俯瞰で見ているような感覚を持ってプレイする人もいると聞いたことがありますし」
「上から見て敵と味方の位置が全部分かってる状態ってこと? それもなんだかすごいね」
「これは友人からの受け売りですがの。麻雀という競技が国民的にも流行り始めてからの話というのであれば、麻雀の才能を持つ子が目に付くようになる下地が今の日本にはあるということなんでしょうなぁ」
たしかに。私がもし超早い速球を投げられるような野球の才能を有していたとしても、野球という競技に触れなければ、あるいはそれが開花する兆しを見せるまでやり続けなければまったくもって意味がないということになってしまう。
その点において、今のように麻雀が国民的に人気を誇っている世の中にあっては、触れる機会も多ければ続ける意思も保ちやすい。だからこそ、特異な能力持ちが麻雀に集っているように見えてしまうと。
予めどんな才能を自分が持っているかを分かっていれば間違えずに済むんだろうけど、あいにくと人間というのはそこまで便利にはできていない。
でも、そんな中でもし私が出会ったことがきっかけで埋もれていくはずの彼の麻雀に関する才能を見出すことができたというのであれば――それはとても喜ばしいことなのかもしれない。
京太郎君の話が一段落したところで、話題は須我神社に関するものへと移っていった。
お話を伺うには、出雲大社もそうであればここ須我神社の主祭神様もどうやら良縁成就のご利益があるらしい。年齢的にはキャンパスライフを堪能している大学生たちと大差がなく、未来が燦然と輝いているだろう良子ちゃんはともかくとして、お肌の曲がり角の適齢に差し掛かった私とはやりちゃんはここぞとばかりに熱心に手を合わせてお参りをすることにしたのだった。
お賽銭も奮発して一番大きな硬貨を投入し、念入りに拝み倒すこと数分間。
ご利益があるかどうかはまだ分からないものの、なんとなく数年以内にいいことがありそうな気がしてきた。うん。
……神様への感謝より自分の欲望が大事なこの人はしばらくご利益を受けられそうにないですね、なんて言葉を後ろの良子ちゃんが洩らしていたけれど、きっとそんなことはない。……はずと信じよう。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体における設定は架空のものであり、現実とは一切関係ありません。
はやりん含めプロ勢には謎が多すぎる。掘り下げていくにはシノハユも必修科目なのかしら。