すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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第02話:天降@黄泉比良坂怪奇譚?

 阿知賀への取材も終えて、十月も半ばを過ぎた頃のこと。別件のお仕事で、私は一人愛媛県へと赴くことになった。

 もちろん麻雀関係の仕事であるからには、愛媛という地域が出てきただけで関係各所の方々にはある程度分かってしまうだろうけれども。

 一部リーグ松山フロティーラ所属の女流プロ雀士、戒能良子(かいのうよしこ)。今回私にオファーをくれたのは他ならぬ彼女自身だった。

 昨年度の新人賞を含めていくつかの賞を取った程の腕前で、その実力は若手随一ともいわれて色々と期待されている。故に知名度はかなり高いほうのプロといえるだろう。

 その他にも喋り方が独特だったり、なんだかすごい二つ名を持っていたり、噂が一人歩きしていたりと。プロ雀士たちの間でも話のネタが尽きないと別の意味でも有名な彼女。

 笑った噂といえば、実は昔中東で傭兵をやっていただとか、ソロモン王を屈服させるほどのイタコ能力を持っている、だとかそんなものまである始末で。

 前者は眉唾物だけど、後者に関しては……まぁ、ノーコメントということにしておきたい。

 ともあれ、はやりちゃん経由で知らない仲でもなかったし、これまで四国にはあまり縁のない生活をしていたこともあり、軽い気持ちで二つ返事で引き受けた。

 その内容自体は特に難しいワケでもなく、猫耳メイドで買い物に行くこともなければ無駄に料理を作らされることもなくて。

 無難に仕事を終わらせて、さああとは観光とでも洒落込もうかな――なんてことを考えていた時、ぽつりと彼女が私に言ったのだった。

 ――お暇なら明日、須賀に行ってみませんか、と。

 

 

 瀬戸内海には大きく分けて三本の海を縦断していく道がある。

 一つは兵庫県神戸市から淡路島を経由して徳島県鳴門市とを結ぶ、神戸淡路鳴門自動車道。関西圏から四国東部へ、または四国東部から関西圏へと向かう人が主に利用するルート。

 一つは岡山県倉敷市と香川県坂出市を結ぶ、瀬戸大橋。本州と四国を行き来する唯一の鉄道と道路が併設されている橋のため、電車を利用して四国へ訪れる際にはここを通ることになる。

 そしてもう一つが、愛媛県今治市と広島県尾道市の間、実に八つの島々に十本の橋を架けて繋げられている、通称『しまなみ海道』と呼ばれる道路である。

 

 今現在、良子ちゃんが運転してくれている車が走行しているのは、その三つ目のルート。

 愛媛県の松山市から目的の場所まで車で行くには、地理的にこのしまなみ海道を通り広島県を縦断していくのが最も早く到着できる手段なんだそうだ。

 正直な話、茨城生まれの私としては中四国地方近辺の地理にはいまいち疎いため、その辺りの具合はもう完全に現地ガイドさんにお任せするしかないのだった。

 

 橋の上を通っているとよく分かるけど、島々を含む瀬戸内海沿岸部は、海が目の前にあるにも関わらず、道を挟んで数百メートル先は当然のように山の裾野になっていたりする。

 平野部に慣れている首都圏の人間からすると、実に不思議な光景だった。

 窓の向こう側に広がる海と緑のコントラストの鮮やかさに目を細めつつ、せっかく時間があるのだからと昨日からずっと疑問だったことを口にしてみることにした。

 

「それにしてもさ。良子ちゃんは私に弟子ができたこと、誰に聞いたの?」

「もちろん、はやりさんからですよ」

 

 さも当然のように答えてくれた。

 ……何処で聞きつけたんだろう、はやりちゃん。まだほとんど広まっているはずのない情報なんだけど。

 マスコミ連中に無駄に騒がれるのは京太郎君たちの活動の妨げになるかもしれないと、取材に同行していた番組スタッフ陣に対しては緘口令のようなものを敷いた。

 もちろん、そんなことで人の口に戸は立てられぬ。それで完全に安心できるわけがないということは理解している。

 その上で、漏れるぶんには仕方がないけど自分たちから積極的に話すようなことはしないでね、というお願いをしておいた、というのが正しい見解かな。

 業界人の暗黙の了解としてもそうだけど、自分からわざわざライバルの同業者に喜んで話すような人はたぶんいないはず。

 

 ま、そうはいっても別に疚しい関係でも何でもないので、隠れてコソコソ活動しているわけでなし。どちらにしろいずれは目撃談か何かから広まってしまうのは避けられないことだろうとは思うけど。

 所詮は遅いか早いかの違いでしかないとはいえ、それにしてもこのタイミングでの流出はさすがに早すぎやしないかと。

 

「ああ、はやりさんは阿知賀のレジェンドから聞いたと言っていましたね」

「赤土さん……なるほど、情報源はあそこか」

 

 思わず手の甲で顔を覆いつつ、車の天井を仰いでしまう私。

 そういえば阿知賀でも取材中に指導みたいなことをしていたっけ。

 さらにはあの後のお酒の席で色々とその辺の話をしてしまったような気もするし……なるほど、ぐうの音も出ないほどの紛うことなき自業自得だった。

 同時に情報がその界隈で回されていることと、外部に漏れないよう差し止められているだろうことも、なんとなく理解した。

 咏ちゃんや理沙ちゃんあたりも知っていると見て間違いはないだろう。ちょっかいかけてこなければいいんだけど……正直不安しかないな、特に咏ちゃんは。

 

「情報がリークされるとなにかマズいことでもありましたか?」

「ううん、別にそこまで神経質になってるわけじゃないよ。ただ、あの子の周りに迷惑がかからないといいな、ってくらいのことで」

「アイシー。たしかに永世七冠小鍛治健夜の弟子ともなれば、マスコミが放ってはおきませんか」

「個人的にはそんな騒がれるようなことでもないと思うんだけどね……」

 

 中にはいるのだ。頑張って戦っている人間の足を引っ張る事を喜んだり、下世話な推測とかを記事にしてお金を稼いでいるような人間が。

 世界で戦っていた頃には、色々と嫌な思いをさせられたっけ。あまり思い出したくは無いけど。

 もっとも、全盛期とかならいざ知らず、いまの私に地方に追っかけてまで粘着するような価値があるかといわれたら……無いと思うんだよなぁ、正直なところ。

 

「須賀京太郎くん、でしたか」

「うん」

「その彼はそんなに有望株なんですか? 小鍛治プロが目をつけるほどに?」

「麻雀の才能って意味だとそうでもないかな」

 

 私の目から見た彼の雀士としての将来性は、お世辞にも高いとはいえない。

 何故か雀卓上での彼の運は素麺みたいに細くなってしまうし、牌の取捨選択に対するセンスの部分も角が丸くなっている豆腐の如く凡庸に過ぎるきらいがある。

 稀有な能力はあれども防御特化。攻撃に関していえばむしろハンデキャップを背負った状態から始めなければならないというオマケ付き。

 将来有望か?と問われたら、間違いなく一瞬黙り込んで視線を逸らしてしまいかねないスペックであることは否定できなかったりもする。

 

 しかし、だ。それら懸念材料もひっくるめてではあるけれど、私が彼に見出している資質はそこじゃなくて。

 あの真っ直ぐな心根は素直に好ましいし、目標に対して努力する事を厭わない真摯な姿勢も評価できる。厳しい環境にも決して折れない心を持つことが何よりも必要なのだということを、加害者側の視点からとはいえ経験則でよく知っているからこそ、どうしても技術よりそちらに着目してしまうのだけど。

 天性の才を持つものが必ずしも成功を収めるというわけでは無いように、持たざるものが必ずしも失敗するわけではない。

 そういった人たちが成功するために必要不可欠なものを、彼はきちんと胸の中に抱いている。

 ちょっとばかり胸の大きな女の子に弱そうな部分も、まぁ言ってみれば愛嬌だろう。既に累積警告四枚分は溜まっていそうな気がしなくもないけれども。

 

 思い出して、クスリと小さく笑ってしまう。

 別に馬鹿にしてのものではなくて、むしろ迷いながらも一生懸命突き進もうとしている姿が微笑ましく思えるからこそ、つい自然と笑ってしまうのだった。

 

 

 しまなみ海道を抜けた車は、いくつかの高速道路を経由して、広島県庄原市の中間にある松江自動車道を北上する形で進む。

 手元にあるロードマップを眺めていると、興味深い地名を見つけた。

 ちょうど広島県と島根県の県境あたりを通り抜ける手前あたりのサービスエリアにも、似たような内容の書かれた看板が置いてあったのを思い出す。

 

「おろちの里ってなんだろう。まさか蛇がいっぱいいるとかじゃないよね?」

「さあ、私も行ったことは無いのですが――小鍛治プロは、八岐大蛇討伐の神話をご存知ですか?」

「えっと、たしか地上に降りてきた神様が悪さをしてた大蛇を退治する話だっけ?」

「小鍛治プロはこちら方面の話には疎いと聞いていましたが……古い文献にも載っている有名すぎる神話の一つですから、さすがに知っていましたか」

「詳しくは知らないんだけど、大まかには……」

 

 戒能良子、曰く。

 日本書紀や古事記なんかにおいて、古くから伝えられている伝承の中に『ヤマタノオロチ討伐』の神話が残されていることはつとに有名である。

 神々の住む国といわれる高天原を追われたスサノオノミコトが出雲へと降り立ったのち、地元の民と盟約を結び暴れ狂うかの化け物を一本の剣を用いて退治するという英雄譚。

 大雑把に説明すると、なんかそんな感じの話らしい。

 

「その八岐大蛇が暴れていた場所というのが現在の雲南市の東部から奥出雲にかけてのあたりと言われています。通説の通り斐伊川を八岐大蛇と見立てれば、その上流域にあたる場所ですね。

 おろちの里というのはそれに因んで命名された『さくらおろち湖』の畔に作られた、最近よくあちこちでフィーチャーされている、いわゆる道の駅の名前ですよ」

「ああ、道の駅なんだ。それにしてもさくらおろち湖って、なんかすごい名前だね」

「なんでも地元の公募で決められたとか。元々ダムのために作られた人造湖らしいので」

 

 なるほど。それで昔の伝承に因んだ名前を付けたのか。

 桜がどこからきたのかよく分からないけど、インパクトは強いし記憶に残る名前だ。

 

「神話の国と呼ばれる島根は、それこそ日本発祥の地といっても過言ではないくらいに神様に愛されている土地です。十月のこの時期は陰暦で神無月と呼ばれていますが、八百万の神様が集まる島根でだけは神在月と呼ぶ、なんて話はわりと有名ですね」

「あー、なんか聞いたことあるかも。全国から出雲大社に集まるんだっけ」

「年に一度、大国主命による天照大神への国譲りの儀の際に提唱された『(かく)れたる神事』に関する会議を行っている、というのが出雲大社における定説です」

「幽れたる神事ってなに?」

「見えない縁を結ぶことだと考えられていますね」

 

 見えない縁、っていうか縁ってそもそも見えないものだと思うんだけど。

 神様だから普通の場合は見えているのかな。

 もしそうなら、私と未来の旦那様との縁も早急に何とかしてください。切実に。

 出雲大社の祭神様は縁結びの神様だと聞くし、ここはやはりきちんと参拝しておいたほうがいいだろうか。今なら全国津々浦々から神様が集まっているんだし、お願い事を聞いてくれる神様が一柱くらいはいるかもしれない。

 

 そんなことを考えながら運転手をちらりと見ると、鼻歌でも歌いだしそうなほどテンションを上げた良子ちゃんの姿が見えた。

 目に見えて感情を表現している姿は、彼女にしてはわりと珍しいように思う。

 普段は主にビジネスライクな場面でしか会わないからかもしれないけど、ちょっと意外だった。

 

「良子ちゃん、なんだか楽しそうだね」

「私たちのような人間にとって出雲というのは実に興味が尽きない場所なんですよ。知っていますか? 根之堅洲国(ねのかたすくに)と呼ばれるあの世と、私たちの住むこちらの世とを繋ぐとされる黄泉比良坂(よもつひらさか)という場所も、実は島根に実在するんですよ」

「なんかその科白を聞くだけで怖そうな場所なんだけど……」

「実際にミステリースポットとして扱われることもありますし。特殊なパワーを秘めた土地であることに間違いはないでしょう。なんといっても死者の国に繋がっている道、ですからね」

「……」

 

 残念ながら今日行く場所の予定には入っていませんが、という続きの言葉にほっとする。

 心霊スポットとかそういう場所に自ら望んで足を踏み入れる人の気が知れない私としては、お昼時とはいえそんな()()()のありそうな場所に行くのはまっぴら御免だった。

 

 しかし良子ちゃん、こういうところは神職の流れを汲む家系に生まれた子なだけのことはある、とでもいうべきか。

 そういった神様関連の話をするときの活き活きとした饒舌っぷりは、見ていて微笑ましくなるくらいだ。

 もっとも、聞き手役の私としては話の内容を半分ほども理解できていない気がするけど。

 ただ……そんな私をして、話の流れが本題に近づいてきたことを予感させる彼女の表情の変化を見逃すことはしなかった。

 

「良子ちゃんが言ってた須賀っていう場所も、もしかして大蛇とかの神話と関係してるの?」

「もちろん。素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇を討伐した後に移り住んだ場所が須賀だと言われています。なんでもその場所にいると気分がすがすがしくなったから、そう名付けられたのだとか」

「……駄洒落?」

「古事記にもそう記されているそうなので、大昔の人たちも案外洒落好きだったんですかね」

「まさかそんな壮大な歴史のあるものだったなんて……」

 

 感心するべきか、せざるべきか。

 ただ、もう気軽に使えそうにないなということだけは間違いない。

 

「これから向かうのは、その『須賀』と呼ばれる始まりの場所――その名を、須我神社といいます」

「須我神社……」

 

 

 神話の国出雲に伝わる八岐大蛇伝説。その由縁により祀られている場所が、ここ島根県雲南市に実在するそうだ。

 ――須我神社。

 大蛇を打ち倒した後に素戔嗚尊により建てられた宮殿で、日本の歴史上初めて建てられたものであることから日本初之宮とも呼ばれるらしい。

 現代においてここは素戔嗚尊と現地の娘との間に儲けられた子供を祭神に祀る神社であり、大蛇討伐の地と並んで歴史に名を残す『須賀』の地とされる場所である。

 その神社を管理・守護している者たちは、この辺りでは代々続いてきた神職の一族として有名なのだそうで。素戔嗚尊によって見初められた娘――奇稲田姫(くしなだひめ)の末裔とも云われるその血筋は、現代においても脈々と受け継がれてきた由緒正しき血統とされている。

 この地に縁を持ち、かつ須賀という苗字を戴いている家系というのは、その分家筋であることがほとんどなのだという。

 

「それってさ、京太郎君がその須賀の一族だってことなの?」

「実際に会ってみなければ分かりませんが、おそらくは。長野に移って久しいのであれば、先祖のどこかにその血が入っているのでしょう」

「でも、須賀って苗字が全部そうってわけじゃないんでしょ?」

「それはもちろん。実は、はやりさんからその名を聞いた時に少し勘に引っかかるものがあったので、本家筋からアプローチして少し調べてみたんです」

「本家っていうと、霧島の?」

「イエス」

 

 こちらを、といって手渡されたのは数枚のレポート用紙が重ね合わされたもの。

 細々と書かれている文字の羅列が目に余り優しくはない。

 

「……こまかっ」

「大半は関係のない部分なので読み飛ばしてもらって構いませんよ。三枚目の真ん中のあたりを」

「三枚目、三枚目……っと」

 

 そこに書かれているのは、瑞原はやりと須賀京太郎の共通点。主に麻雀の打ち筋について、と項目が振られている。

 京太郎君が公式戦で打った麻雀なんて高が知れている。というか長野県大会の個人戦予選の二十局程度のはずなのに、ずいぶんとまぁ細かく精査したものだ。

 そちらに対して出してある結論は、おおよそ私が見極めたものと変わらない。門前状態で全員がツモ和了できなくする類のものだろうと推測されていた。

 

「防御特性が似てるってこと? うーん、でもなぁ……」

 

 たしかに二人とも、防御に特性があるという点では似たタイプといえるかもしれない。

 しかし、だ。

 彼女の防御特性は、どちらかというと場の流れをコントロールした結果に生じるものである。

 突出したいい流れを持つ者、逆に悪い流れを引き寄せている者、卓上には実にさまざまな人間たちの持つ数種類の『流れ』が複雑に絡まりあっている。

 瑞原はやりは、それらが絡まりあっている状況を解きほぐして『流れ』を平坦化し、突出している敵の運気を殺ぎ落とす。

 

 速度の部分で分かり易く例えるならば、平均五巡で聴牌する対局者がいるとする。もう一人は平均速度が十三巡としようか。

 この二人に対して彼女の能力が発動していれば、双方共に聴牌するのは九巡目。前者は四巡手が遅れ後者は四巡手が早くなる。

 あえて分かり易く提示しているだけなので、実際はそんなに単純に推移するものではないけれど、それだけ見ても、メリットとデメリットが同時に発生しているのが分かるだろう。

 彼女はその両方を上手く利用する術に長けている。

 

 流れという目に見えないものの歪みを感覚で視ることができるため、それらに対して敏感に反応でき、ある程度自在に操れるからこそ即座に危険を排してみせ、チャンスを拾い上げて活用することもできるという。

 それこそが、速攻麻雀の下地になっている独自の嗅覚と併せて、彼女の特徴とされる堅守速攻スタイルを支えている柱だと私は思っている。

 しかしそれは京太郎君の能力のように、卓を囲む者に制約を強いて、絶対的な力で場そのものを縛りつけるタイプのものではない。

 

「京太郎君とはやりちゃん、能力としてはむしろ真逆なんじゃないの?」

「発現している能力自体はそのようですね。ただ、その二人に共通するキーワードがあって――それがこの地に深く関わってくるもので、とても無関係とは思えません」

「良子ちゃんがそう言うってことは、確信めいたものがあるんだろうけど……ちなみにそれって?」

「――奇稲田姫」

「クシナダヒメ?」

 

 というと、スサノオと結婚した人のことだったよね。

 

「奇稲田姫は素戔嗚尊が八岐大蛇を退治せんとした時に、彼の手によって湯津爪櫛(ゆつつまぐし)と呼ばれる櫛にその姿を変えられていたといわれています」

「櫛って、髪を梳くあの櫛?」

「イエス。櫛といって最初に浮かぶイメージといえば『髪を梳くものである』というものになるのが当たり前ですが。古来の日本では櫛には別れを招く呪術的な力があると信じられていたのですよ」

「呪術的な力……」

 

 だんだんオカルトっぽい話になってきた。

 元々オカルト能力なんて呼ばれているだけに、巫女の血筋の良子ちゃんが言うとやたらと信憑性があるのがまた困る。

 

「須賀京太郎くんの持つ能力、まさにその『別れを招く櫛』を連想させる力であるとは思いませんか?」

「ええと、ちょっと待ってね……」

 

 一旦整理してみよう。

 スサノオが八岐大蛇を退治して、すがすがしいからと付けた地名が『須賀』であると。

 その須賀にある須我神社を管理している一族が須賀を名乗っていて、その一族は『奇稲田姫』の血を引く末裔だという話で。

 その奇稲田姫はスサノオが戦っている最中はずっと『櫛』に変えられて身につけられていた。

 櫛というのは古来の日本では『別れを招く』呪術的な力があると信じられてきたものである。

 須賀の姓を持つ私の弟子の京太郎君の能力が、手牌と当たり牌との出会いを別つ能力であるということ。これはおそらく櫛=奇稲田姫から来る能力で。

 つまり、京太郎君は奇稲田姫の末裔である須賀一族の可能性が高い――と、そういうことだろうか。

 

「……なるほど。分かったような、分からないような……っていうか、まとめてたらはやりちゃんがどこかに行っちゃったんだけど」

「はやりさんの能力は、場の流れを梳るもの。どちらも同じ『櫛』を連想させるものですよね? そしてあの人の故郷はここ、島根県松江市にある」

「――あ、そういうこと」

 

 方向性はまったく異なっても、祖となる部分は同じものだということか。

 ……あれ? ちょっと待ってよ、それってはやりちゃんと京太郎君は――。

 

 

 思考を巡らせようとしたところで、車が停止した。

 どうやら件の須我神社に到着したらしい。エンジンを停止させ、鍵穴からキーを抜く良子ちゃん。

 のろのろとシートベルトを外して、ドアから外へ出る。

 途中でサービスエリアに何度か寄ったとはいえ、結構長い時間座っていたせいか地味に腰に負担がかかっているのだ。決して歳のせいではなく。

 んー、と伸びをして負担を軽減してやろうとしたその瞬間、視界にとんでもないものが映し出された。

 駐車場の片隅にある、石碑の隣。在ってはならないものがそこに存在しているように見えて、思わず何度か目を擦ってみるものの……それは一向に消えてなくならない。

 隣に来た良子ちゃんにちらりと視線を向け、目で問いかける。

 にやりとしたその表情を見て、諦めた私は思わず天を仰いでため息をひとつ。

 

「はやっ、ようこそ須我神社へ☆」

 

 そこには、いつもとなんら変わらない出で立ちのまま、にこやかに手を振っている――牌のおねえさんが立っていた。

 




※この物語はフィクションです。登場する人物・団体における設定は架空のものであり、現実とは一切関係ありません。

番外編はわりとオリジナル設定ばかりになる予感がしますが、今さらですね。
あらたそが活躍する(予定の)本編はもうしばらくお待ちください。

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