すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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本格的にオリジナル設定が出てきますが、本編からするとほぼ蛇足なので後半部分は参考程度に見ておいてくださいね☆


番外編:大人代表・プロ雀士+弟子編
第01話:天敵@迫り来る怒涛のロリ雀士


 ――能力、というのは何だろう?

 そんな問いかけを自分自身にしてみれば、それは麻雀で勝ちを得ることにおいて必要だとは思うけれど、決して不可欠ではない要素だと答えることになるだろうか。

 事実、世の中には特別の力など何も持たずに麻雀を打つ人間がほとんどで、そんな中でも強者と呼ばれる打ち手はそれこそ掃いて捨てるほど存在するのだ。

 私こと小鍛治健夜は、おかげさまで?国内無敗だとかグランドマスターだとか色々な二つ名を襲名しているわけだけど。

 こと能力という点において云うならば、天敵と呼べる存在がいるということは――意外と周囲に知られていない。

 

「お~、小鍛治プロ」

「あ、咏ちゃん。久しぶりだね」

 

 収録を終えたテレビ局の廊下で、前から歩いてくる着物姿の少女――もとい、女性とすれ違った。

 彼女は三尋木咏。一部リーグに所属している横浜ロードスターズの看板選手であり、現日本代表団体戦女子メンバーの先鋒を勤めるという、いわば日本を代表するエース格の選手である。

 

「そういえばさ~、小鍛治プロのインハイの時の相方のあの子、なんつったっけ?」

「こーこちゃん? 福与アナのことだよね?」

「あ~、そうそう。その子がなんかこの前えりちゃんに変なこと言ってたみたいでね~、なんかよくわっかんねーんだけどさ」

「――変なこと?」

 

 なんだろう。また私のネタ弄りか何かだろうか?

 でも、例えそうだったとしても咏ちゃんが告げ口みたいな真似で私にそれを話そうとするとは思えない。

 この子はたしかに適当な態度で適当なことを言い、わっかんねーフリをしつつ的確なことを発言したりもする、かつ私と同等かそれ以上の毒舌家であることは世に広く知られているけれど。他人を陥れるような、自分が自分を誇れなくなるような立ち居振る舞いは決してしない人だから。

 てことは別のことだろうと思うんだけど。正直心当たりはありそうでないな。

 

「なんか、小鍛治プロ本人から聞いたって言ってたらしいよ? 小鍛治プロが、自分が負けるとしたら咏ちゃんかもう一人のどっちかじゃないかと思ってる、って言ったとか。知らんけど」

「あー……うん、たしかにそれっぽいことを言ったね」

 

 あの時は確か、ちょっとお酒が入ってた席での話だったと思う。

 正しくは「能力で負ける相手がいるとしたら、咏ちゃんかもう一人、そのどっちかじゃないかと思ってる」と。原村さんは関係ない、残念ながら。

 麻雀で負けるとは一言も言っていないという意図が見事に失われて伝わってしまったようである。

 

「せっかく会えたんだし、本気でそう思ってるのか本人から直接ちょっと聞いてみたかったんだよね~」

「なるほど」

「んで、マジでそう思ってんの?」

 

 じっとこちらを見つめてくる咏ちゃんの瞳が、逃げることを許さないといわんばかりに強く輝く。

 彼女にとってみれば、私は目の上のたんこぶだ。

 日本代表でエースになって、世界で活躍しているのは咏ちゃんのほうなのに。それでも比べられてしまうのである、過去に小鍛治健夜が残した数々の『軌跡』と彼女が刻み続ける『今』を。

 正直あまり良い気持ちはしていないだろう。

 実質的な国内最強は今でも小鍛治健夜だろうと、咏ちゃんを含め、ほぼ全ての麻雀関係者が暗黙のうちに認めているのだから。

 

「ちょっとニュアンスが違って伝わっちゃってるんだよね。私はあの時、『能力で負けるとしたら』って言ったの。こーこちゃんもけっこう酔っ払ってたし、うろ覚えだったんじゃないかな」

「……な~る、それならまぁ、分からなくはないかねぃ」

「純粋な麻雀の勝負だとまだ負けてあげるわけにはいかないけどね」

「……っ、言ってくれるじゃないか、二部でご活躍中の小鍛治プロ」

 

 バチバチと火花を散らしながら交差する視線。ただ、二人とも本気ではないので問題はないだろう。

 仔猫がじゃれあっているようなものである。だからそこの道行くスタッフさんたち、顔を強張らせたままそそくさと逃げるのは止めてもらえないかな?

 

「でもちょっと安心したわ~、まさかもう耄碌始まっちゃったんじゃないかと密かに心配してたんよ。知らんけどさ」

「耄碌はひどいなぁ」

「ま、ほっといてもそのうち一部に上がってくんだろうし、その時を楽しみにさせてもらおっかね~」

「今シーズン終わった頃にはたぶんね。でも、咏ちゃんは私を倒す前にもう一人倒さなきゃいけない人がそのうちプロ麻雀界に現れるんじゃないかな?」

「へぇ~、誰だろう? 宮永照? それとも妹のほうかな? わっかんねー」

「咏ちゃんも解説で気にしてたでしょ? ほら――今年度団体優勝校、阿知賀のレジェンド、赤土晴絵」

「――っ! そうかぃ、あの人やっとこっちに来るんだ。それはそれは――」

 

 ククク、と楽しげに笑う咏ちゃん。扇子で口元を隠しているけれど、嬉しさはまるで隠しきれていない。

 

「まだ口約束なだけだけどね。私を倒しに来てくれるってさ」

「ふぅん、十年越しのリベンジマッチってワケか~、そりゃ弟子たちの活躍に触発でもされたんかね? 知らんけど」

「それも間違いなく理由の一つだろうけど。なにはともあれ――これで私も、もうちょっとだけ麻雀が楽しめそうだよ」

「――……」

 

 おっといけない。つい気持ちが入りすぎたせいか、咏ちゃんの表情が完全に引いてしまっている。

 オカルトっぽい気配を察知できる人によると、どうやら私、こうなった時には周囲に何か奇妙な模様をあちらこちらに浮き上がらせているうように見えるらしい。

 その雰囲気を拡散させて、いつもの自分を取り戻す。

 

「不甲斐ない後輩ですまんね、小鍛治プロ」

「――うん? どうしたの咏ちゃん、いきなり?」

「うんにゃ、ちょっと言っておきたかっただけだから気にしなくていいよ~」

「……? そう?」

 

 ふりふりと着物の袖を振り回す姿は、いつもの咏ちゃんとなんら変わりなく。

 一瞬見せた哀しげな表情は、いつのまにやら飄々としたいつもの笑顔に隠れて消えていた。

 

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 宮永咲が点数を思い通りに調整する能力を持つように。あるいは、松実玄がドラを自分の手の内に招きよせることが出来るように。

 私にも、麻雀を打つ時には不思議な力を行使することが出来る。

 それは――自分へ向かう弱体化系能力の影響を『倍加して反射する』という能力。あるいは、対局者が自身にかけて行使する能力を『反射させて自分に取り込む』という能力。

 具体的に言えば、天江衣の場の支配は私には一切効かず、それでいて天江衣自身には己の能力である一向聴地獄の倍に相当する遅延が発生してしまう。

 また、新道寺女子の鶴田姫子が使うリザベーション解放の能力、彼女がそれを解放すると同時に私のほうへ反射させ、鍵を奪い取ったこちらが和了することができるといった具合の、そんな能力である。

 私が点数をも支配してみせる宮永咲を相手にしてまず負けないと言い切れるのも、彼女が、嶺上開花で勝負を決めることを本人も気付かぬうちに『悪癖』としているためだ。

 点数調整能力の反射は私自身にとっては毒にしかならないが、オーラスで『嶺上開花で必ず和了する』能力を使うのならば、私はそれを自身に向けて反射すればいい。

 ただそれだけで彼女は最後の頼みの綱を失い、点数調整を行えず勝手に自滅することになるだろう。

 本来であればそんなものを必要としないはずの彼女が、どういう理由から、嶺上開花を己の最重要スキルとして扱い、拘っているのかは分からないけど。

 いずれにせよ、宮永咲――彼女はいまだ精神的に未熟であることに違いはない。

 

 ――話を元に戻そう。

 かつてまだ私が高校生だった頃、一人のプロ雀士と顔を合わせた事がある。

 彼女の名前は熊倉トシ。現在の宮守女子高校で麻雀部の顧問をしている、妙齢の女性である。

 熊倉先生は麻雀打ちが持っている特殊な能力に関する知識が豊富な方で、私の持つ不可思議な能力に恐れを抱いた当時の土浦女子顧問の先生の伝手によって対面することになった。

 その時に言われた言葉を私は今でもはっきりと覚えている。

 

『貴方のその能力はとても強力。怖いくらいにね。言ってみれば三元牌の發といったところかしら』

 

 

 熊倉先生は仰った。麻雀において発症する特殊な能力と言うのは、いってみれば麻雀牌のようなものだと。

 麻雀牌を細かく分類していくと、いくつかのカテゴリーに分けることが出来る。

 大雑把に分ければ数牌と字牌の二種類に。数牌はさらに萬子、筒子、索子の三種類に分けられ、さらに2~8までの中張牌、1と9の老頭牌とに分けられる。

 字牌の場合は東南西北の風牌、そして白發中の三元牌。

 これら全136個の牌の中で、どの種類の牌が一番数が少ないのか――即ち、稀少であるのか。

 中張牌の場合、3×7×4=84。全体の中では約61%もの割合を占めている。

 老頭牌の場合、3×2×4=24。全体の中では約18%の割合とだいぶ少ない。

 風牌の場合は、4×4=16。更に減って、全体の約12%に満たなくなる。

 そして最後の三元牌に至っては、3×4=12。全体では約9%前後しかない。

 

 子供から老人まで、広く遍く存在する麻雀打ちたちをあえてこれらに従って分類するとするならば――オカルトを持たない一般人が数牌側、そしてオカルトを発症させる人間が字牌側、といえるだろうか。

 最も数の多い中張牌は、何の能力も持たずに普通に麻雀を楽しむだけのいわゆる普通の一般人。プロになれる人間はいるものの、トッププロにはなれない。そんな人たちだ。

 老頭牌は、牌効率を極めたり、鳴きの扱いを極限まで突き詰めたり、または運そのものによってオカルト雀士たちと互角以上に戦うことが出来る打ち手たち。プロの中にもこの手の打ち手は数多く存在している。

 

 この数値がそのまま当てはまるのであれば、字牌側の人間、つまりオカルト能力を発現させる者たちは全体の約二割ということになる。

 これが多いのか少ないのか、ということになると、それは議論の余地があるだろうしここで話すようなことでもないので割愛するが。

 オカルト能力が麻雀牌のようなもの、と熊倉先生は仰った。

 というのも、先生のようなオカルト能力に深く関わる関係者の間では、能力の方向性ごとに使い手を分類する際、便宜上、風牌と三元牌がそのまま用いられているらしいのだ。

 言ってみれば言葉遊びの類であるが、具体例で示すとこんな感じか。

 

 

○東:自身に影響を及ぼす能力(特定の種類の牌を集める、打点を急上昇させる、特定の条件で必ず和了する等、自分自身に有利となる能力)

 

○南:他人に影響を及ぼす能力(相手の能力を封じる、特定の相手を狙い打つ等、他家の誰かを妨害して自分に有利にするための能力)

 

○西:場そのものを支配する能力(宮永咲の点数支配や天江衣の一向牌地獄など、複数の相手を同時に支配下に置く強力な能力)

 

○北:自分以外の『何か』の力を使役する能力(極めて特殊なタイプだが、永水女子の神代小蒔など)

 

 

 これらを見れば分かるように、西と北はオカルト能力の中でも更に希少種であるといえるだろう。

 世間一般で浸透しているものに『牌に愛された子』あるいは『魔物』という呼称があるが、あれに該当する打ち手はどちらかの能力を必ず有している上で、同時に東か南の能力をも操ることが出来る存在とされている。

 宮永咲もそう、大星淡もそうならば、天江衣ももちろんそうだ。

 しかし、そんな彼女らを以ってしても、こと能力の性質だけで論じれば叶わない力が存在する。

 それが、麻雀牌の中で最も稀少な牌、三元牌に振り分けられる能力者たちである。

 この能力を有する者はおそらく世界でも数十名いるかいないかと言われており、牌に愛された子と呼ばれるどころか『牌に畏怖される子』と呼ばれるほどの存在になる可能性を秘めた者である。

 先生は仰った。私にはその三元牌の中でも“鏡(反射)”を司る『發』系の力が、よりにもよって槓子ぶん宿っているのだ、と。

 その時私は、麻雀という競技の上では自分が普通で無いことを確信し、諦観と共に静かにその事実を受け入れた。

 

 

 三尋木咏の持つ絶対的な火力の根底にあるものもまた、稀有な能力であることを私は知っている。

 熊倉先生風に言えば、咏ちゃんの能力は三元牌で言うところの『中』である、といったところか。

 その火力の源が、三元牌の中でも“剣(貫通)”を司る『中』系の能力によるものであることは、当人を除けば私と熊倉先生しか知らない事実である。

 彼女もまた、私と同じく牌に畏怖される子の一人であり――今現在、唯一私の能力を打ち破る事の出来る可能性を秘めた打ち手といえるだろう。

 というのも、熊倉先生曰く『發は中との相性が悪く、中は白との相性が悪い』らしいからだ。

 その事実を知っているが故に「能力で負けるとしたら」という言葉となって現れたのが、先ほどの咏ちゃんとの会話に出てきた科白の真相であった。

 

 そして赤土晴絵。彼女もまた、三尋木咏と同じ系統の能力を持っていると熊倉先生によって推測されている人物の一人である。

 十年前、私に直撃させたあの一撃には、微かにだがその片鱗が感じられた。

 長い年月が経過した今この時でさえ、あの一撃に関しては強く心に残っている。

 その可能性を検証するためとはいえ、その後に私が赤土さんに対して行った仕打ちは彼女のことを応援していた人たちからしてみればとても許されないことなのかもしれないけれど。

 それでも、遠回りに遠回りを重ねた結果として、それはもう一度、私の前に立ちはだかろうとしている。

 熟成されて強化されているのか、あるいは縮小してしまっているのか、それは本気の立会いの場にならなければ分からない。だからこそ――。

 

「……ホント、今から楽しみだよ。赤土さん」

 

 終わりの始まりを告げる鐘。

 

 私はあの時からずっと、それが鳴る時を待ちわびている。

 




※ちなみに白は“勾玉(吸収)”を司る能力。相手の能力を奪い取って自分のものとすることができる。
 未だ三分咲きの不完全な状態ではありますが、所持者が誰なのかは何となく分かりますよね?


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